やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

また遅くなってしまって、あの、すいません。

最近勉強のために、久しぶりにノートに長時間書いていたりしたのですが、すぐに腕が疲れました。
いや、もう本当にすぐに。そこまで早いペースで書いていたわけではないのですが、一時間も経たないうちに腕の方がやばいんです。

同じように肺がだんだんと弱くなってきて、運動をすると足よりも肺がだめになったりします。
……歳ってこええ。


それでは、ご覧下さい。


幼少期Ⅲ ~ガラスの向こう側~

 季節が冬を通り過ぎて春になると、私は小学生になりました。

 

 

 その頃には母が職場に復帰したこともあり、弟の死から家の中にわだかまっていた嫌な空気がだんだんと薄くなっていきました。

 

 

 毎日お線香を上げるときは、それでもしんみりとしてしまうのですが、その質も次第に変わっていき、死自体を悼むものへと変わっていったのです。

 

 

 小学校では、幼稚園よりもずっと多くの子供たちがクラスの中にいて初めのうちは少し困惑していましがた、それもすぐに慣れて、クラスメイトと当たり前の様に仲良くなりました。

 

 

 授業中にこそこそと小言で友人たちと話し、決められた授業をこなして勉強をし、休み時間は友達と遊んで学校生活を楽しんでいました。

 

 

 ただ仲良くなった子で同じ方面に帰る子がいなかったため、帰り道はいつも一人でした。しかしそれが嫌だとは思いませんでした。どんなに楽しいことでも、一人になってしまうとそれは遠くへ追いやられてしまい、どちらでもいいものへと変わっていってしまうのです。

 

 

 そのため自分の周りにあるものが、何だか私には過ぎたものに思えてしまい、学校にいる自分と一人でいる自分にずれのようなものを感じてしまいました。

 

 

 なのでそんな自分を少し嫌悪しつつ、何故か一人でいることへの安心感を伴ってまだ歩き慣れない道を踏みしめて下校していったのです。

 

 

 一人で帰ることをいいことに時々放課後、図書室に行っては本を読んでいました、昔から本を読むのは好きで、幼稚園でも絵本を良く呼んでいたのです。そのため小学校の図書室へも本を探しに行きました。

 

 

 ただ蔵書の中で私が興味を惹かれるものはどれも難しく、文字を追っているうちにうつらうつらと眠ってしまいました。

 

 

 この頃はまだ、夜中に起きるとたまに猫の鳴き声が聞こえることがあり、それを聞くと眠れない夜を過ごしていたため、昼間の間に眠くなることが度々あったのです。

 

 

 次第に本を読むためではなく、ほんの一時お昼寝をするために図書室へ通うようになり、私の下校時刻は少しずつ遅くなっていったのです。

 

 

 そうした毎日を過ごし、長い梅雨が明けてすぐのある日、私は下校途中に一人の男の子を見かけるようになりました。男の子と言っても、私より少し背が高く、おそらくは年上でしたが。

 

 

 周囲が騒がしくしている中、その男の子は不機嫌そうに口唇をぎゅっと結んで歩いていました。近くで石蹴りをしたりして遊んでいる子たちを少しだけ濁った目で一瞥し、ぷいと仏頂面で不機嫌そうに正面を向くのです。

 

 

 そうやって人嫌いの雰囲気を纏っていた彼でしたが、時々、ほんの一瞬だけ気を抜くときがありました。するとその表情に悔しさと寂しさが滲みでて来るのです。そして私がその表情を偶然覗いてしまったとき、きゅっと胸が締め付けられました。

 

 

 ……だって彼が浮かべていた表情は、私とは正反対だったから。

 

 

 彼は私のようにどうでもいいなんて思っていなくて、中途半端に仲良くしている子たちに唾を吐いて、それでも誰かと深く関わることがその表情からありありと分かってしまったのです。

 

 

 だから私にとってその彼は凄く眩しくて、羨ましくて、私は彼と同じ仮道になる度に彼の横顔を眺めていました。

 

 

 それで私の欠陥が直るわけでもないですが、玩具箱から綺麗な宝石を見つけたような気持ちになり、それこそガラスケースの向こう側を眺める気分で眺めていたのです。

 

 

 だから彼が私に話しかけたときは本当に驚きました。私自身、彼が私を知っているだなんて微塵も思いませんでしたから。

 

 

 七月の初めの頃。まだまだ高い太陽から肌を焼くような光線がこれでもかと降りしきり、顔をしかめながら歩いていると、喧しく鳴く蝉に混じって知らない声が流れこんできました。

 

 

 

「なあ、一人でいて寂しくないのか?」

 

 

 

 初めは私に話しかけられているとは全く気付きませんでした。私はそれまで彼の声を聞くことはなく、普段通り知らない誰かの会話だろうと思っていました。

 

 

 でもそういえば、ここには私と例の男の子しかいないことに気付き、辺りを見渡してみると、孤独の影を帯びた瞳と目が合いました。

 

 

 そうして私は初めて彼を正面から見据えたのです。

 

 

 男の子にしては少し長めの黒髪。目鼻立ちは整っていて、少しだけ濁った目が印象的でした。ただ口を閉じていると、どこかむすっと機嫌が悪いように見えてしまいました。

 

 

 その瞳が私を映していることがどこか不思議で、少し呆然としてしまいます。

 

 

 

「……はい、寂しくないです」

 

 

 

 何を言うべきか一瞬迷いましたが、正直に答えるようにしました。

 

 

 そもそも私は嘘を吐くのが苦手でした。幼稚園の頃から得意ではなかったのですが、小学校に上がる頃にはその意識が一層強くなり、こんな私が嘘まで吐いてついてしまったら、人間として失格してしまう気がして、どうしても忌避を感じてしまうのです。

 

 

 

「何でだ? お前友達いるだろ。休み時間にみんなと楽しそうにしているだろ? でも一人でいて寂しくないのか?」

 

 

 

 ひどく切実さを含んだ声で彼は言いました。

 

 

 

「元々そういうのは平気なので、みんなと一緒にいるのは楽しいですけど、それだけ。いないのだったら、それでもいいんです」

 

 

 

 自分の内面を晒すのは初めてで、しっかりと言葉を考えて話していると、緊張で自分の心臓の音が聞こえるほどでした。でもそのことを彼に知られるのは恥ずかしく、どうにか平然を装って口を動かしました。

 

 

 上手く言えたかどうかは分かりませんでした。ただ、彼は私が言い終えるともの凄く悲しげな顔をしました。目尻を下げて、その瞳が揺れるほどに。   

 

 

 私は彼にそんな表情をさせてしまったことが申し訳なくなってしまい、場の雰囲気を和らげようと考えましたが、何も思い浮かびません。

 

 

 夏の訪れを知らせる蝉の泣き声がより一層耳に入ってきます。さっきよりも日差しが強くなった気がして、肌に髪が張り付きました。

 

 

 

「……私は、私は切花朱音といいます」

 

 

 

 出てきた言葉はありきたりで、どこにでもあるようなものでした。

 

 

 

「今から一緒に帰りませんか?」

 

 

―――――――

 

 

「お前、どうして一人で帰っているんだ?」

 

 

 

 隣を歩く比企谷さんが、若干真剣みを帯びた声で尋ねてきました。

 

 

 一人で歩いていた男の子は比企谷八幡という名前で、私よりも二つ上の三年生だそうです。

 

 

 自己紹介の様な簡単な話によると、比企谷さんの家は近所にあるらしく、私の家から歩けば十分もかからない場所にあることが分かりました。

 

 

 

「仲の良い子で、同じ方面に帰る子がいないんです」

 

 

「……そうか」

 

 

「比企谷さんこそ、どうして一人で帰っているんですか?」

 

 

「俺は友達がいないからだ」

 

 

「……どうしてそんな自信ありげに言うんですか?」

 

 

 やがて会話がぽつんと途切れました。隣にいる比企谷さんは、ぶつぶつと言って何かを考えながら物思いに耽っていました。

 

 

 考え事を邪魔するのを悪い気がして、そのまま何も話さずに帰り道を一緒に歩いていきます。

 

 

 突き抜けるような青空の下、何の変哲もない風景が一面に広がり、聞こえる音は真夏の風が風切り音しかありません。私の隣には比企谷さんがいて、どうにも落ち着かずにふわふわした気持ちになりました。

 

 

 そのような中私は、現実感を確かめるように伸びた私の影をしっかりと踏みしめながら歩いていきました。

 

 

 私の家へと繋がる分岐までたどり着き、いったん足を止めました。比企谷さんも私に倣うように止まりました。

 

 

 

「私はこっちの道から帰りますが、比企谷さんはどっちから?」

 

 

「俺はここを真っ直ぐ行くぞ」

 

 

「そうですか。なら、ここまでですね。……では、さようなら」

 

 

「おう、気を付けて帰れよ」

 

 

 

 学校で習ったように、丁寧にお辞儀をしてから比企谷さんに背を向けます。

 

 

 家までの道のりは、歩き慣れた代わり映えのない風景で蒸し暑いだけでしたが、顔に当たる風は、何故か涼しく感じました。

 

 

 それから二日後、比企谷さんが紹介をしたい子がいるというので、放課後に待ち合わせをしました。

 

 

 帰りの会が終わり、クラスの子たちと少しだけ話をして昇降口へと向かうと、比企谷さんと一人の女の子が顔を付き合わせて話をしていました。

 

 

 背は私よりも少し小さいくらいでしょうか、少し癖っ毛で表情豊かな大変可愛らしい女の子でした。

 

 

 

「お待たせしました」

 

 

 

 首を傾げながら声を掛けると、二人が同じ表情をしてこちらを振り向いたのが面白くなってしまい、思わず頬が緩んでしまいました。

 

 

 

 そのことを疑問に思ったのか、また二人で顔を見合わて。それが更に面白かったのですが、そうなると話を進められないので、笑いを堪えてました。

 

 

 

「呼んで悪かったな。……ほれ」

 

 

 

 比企谷さんは女の子の背中を押して、私の目の前に出すと、明後日の方向を見ながら言います。

 

 

 

「俺の妹も一緒に帰る奴がいなくてな。……だから一緒に帰ってやってくれ」

 

 

 

 その言葉に女の子は不満そうに比企谷さんを見ていましたが、すぐに笑顔になると私の手を握りました。

 

 

 

「比企谷小町。小町って呼んでね」

 

 

「……切花朱音。朱音でいいよ」

 

 

 

 それからは、毎日小町ちゃんと一緒に帰るようになりました。

 

 

 帰り道にはそれぞれにクラスの出来事を話し合ったり、道沿いで飼っている犬を柵越しに可愛がっていたりしました。

 

 

 その夏の休みでは毎日のようにお互いの家を行き来するようになり、小町ちゃんのご両親にも可愛がってもらうようになりました。

 

 

 お互いの両親が忙しいこともあって、私と小町ちゃん、そして比企谷さんの三人で祖父の家に預けられては、遊んでいたりしました。とはいっても比企谷さんは祖父の書斎にばかりいましたが。

 

 

 以前、祖父の「大事にしなさい」という言葉を守れなかった後ろめたさから、なかなか祖父の家に行きづらかったのですが、比企谷兄妹と一緒にいると自然と足を運ぶことができました。

 

 

 いくつかの季節が通り過ぎました。

 

 

 秋には家族で栗拾いにいきました。緑色の葉っぱからだんだんと色が失われていった林は、枯れた葉っぱの乾燥した匂いがどこか懐かしく感じました。

 

 

 冬の木枯らしが街を包んでいた日には、薄く張られた氷を小町ちゃんと二人で割っては、登校をしていたりしました。

 

 

 そうして小学校に入学してからいくつかの春を経験したころには、私が感じていたずれのようなものは徐々に薄くなっていき、眠れない夜を過ごすこともなくなっていったのです。

 




ご覧いただきありがとうございます。

思ったよりも早く八幡と小町を登場させることができました。最初はもう少し幼稚園の頃の朱音のエピソードを入れることも考えていたのですが、削った分一話ほど登場が早くなりました。

私としても、せっかく朱音視点なので、小町との絡みを多く書いていければなあ、と思っています。

……フラグではないです。多分。


それでは、また次回。

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