やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
こんなに早く投稿したのは久しぶりです、と書こうと思ったんですけど、それでも前回投稿してから四日も経っていました。
最近時間の感覚がやたら早くなったというか、鬼のような早さで一週間が過ぎていくので嬉しいやら、悲しいやら。
とりあえず、明日からプロ野球が開幕しますので、嬉しいことが一つ増えたということで。
それでは、ご覧下さい。
切花と付き合い始めて一つ週を跨いだ日曜日、駅に向かって自転車を漕いでいると前方にしっかりとした足取りで歩いてくる切花が目に入る。
時刻はまだ十時を過ぎたぐらいのため、六月なのもあってか意外と風が涼しい。これが午後には突っ立ているだけで汗が噴き出るほど、津差が増してくる。。そのため早い時間のうちに用事でも済ませておこうと思ったのだが、どうやら切花も同じ考えだったらしい。
少し反応が遅れる形で向こうも俺に気付いたのか、切花は微笑みながら会釈をすると足を早めた。
そのまま進み、横断歩道を渡った所で鉢合わせになったところで自転車を降りて声を掛ける。
「よう」
「おはようございます、八幡さん」
淡いピンクの花柄が施されたショートミニのワンピースに、白いカーディガンを羽織った切花は、少し恥ずかしげな笑みを浮かべると、するりと俺の隣に並ぶ。
流石に大分暑くなってきたのか、切花の格好も薄着になってきている。プリーツの端からすらりと伸びる生足がやたら眩しく、思わず視線が下に向いてしまう。
とりあえずは通行人の邪魔にならないように道路の端の日陰に身を寄せて、一息ついたところで口を開く。
「どこかに行ってたのか?」
「はい、少し寄りたい場所があったので。本当は先週の土日に行こうと思っていたんですけど、ほら、色々バタバタしちゃったじゃないですか?」
「……まあな」
告白をした当日、由比ヶ浜と雪ノ下には結果の良し悪しに関わらず報告しようと思っていたので、とりあえずはメールで報告した。
細かいことは週が明けた部活で礼を含めて伝えようかと思っていたのだが、恐ろしい速度で二人から、すぐに俺と切花から直接聞きたいという旨の返信が来た。俺の休みの予定なんて大抵は決まっているので切花に確認を取ると、向こうも空いているので、土曜を使って由比ヶ浜と雪ノ下に挨拶をしたわけである。
ぶっちゃけ俺が会話に参加しているのは本当に序盤だけで、三人の女子会を眺めているだけだったのだが。ただ一つ言えることは、人がどういう告白をしたなんてかは、興味津々で聞くものではないということである。あれ、本当に恥ずかしいから。
そして日曜は小町がデートと称して切花を一日どこかに連れ去ってしまった。まあ、小町と切花が仲良くするのは、俺としても願ってもないことなので、そのまま見送った次第である。
「八幡さんこそ、これからどこかに行くんですか?」
「ああ、ちょっと本でも買いに行こうと思ってな」
そういえば五月にも、似たようなやり取りをしたな。まあ、俺が外出するなんて、買い物くらいしかないわけだから仕方がない。
「だったら丁度いいですね。八幡さん、今からお爺ちゃんの家に行きませんか?」
「別にいいが、何でだ?」
あの家には、切花のじいさんが死んでからは足を踏み入れていない。今は誰も住んではいないが、時々近くを通ってみても荒れた様子は見られなかったので、おそらくは絹絵さんが手入れをしているのだろう。
切花はこちらを伺うように控えめに覗き込むと、言葉を継いだ。
「今までは固定資産税とか色々な事情で、家をそのままにしていたんですけど、この度土地の買い手が見つかりまして、取り壊すことにしたんです」
できれば固定資産税よりも、その他の事情を聞きたかったが……。いや、固定資産税も至極全うな理由だけれど。
それにしても、じいさんの家が無くなるのか。小学校の頃に過ごした場所なだけに、胸の中がどこか欠けてしまう感覚に陥る。それまであったものが無くなるというのは、人や物にかかわらず大きな影響を与えるものだ。
「それで遺品を整理していまして……。なのでもしよかったら、書斎にある本で八幡さんの好きな本があれば、是非貰ってもらいたくて」
「貰えるのなら貰うが、けどいいのか?」
「はい、本はやっぱり人に読まれるものなので。知らない人よりも、できれば八幡さんや小町ちゃんに読んで欲しいんです」
「そうか、なら貰っておく」
確か日本文学以外にも、海外文学や哲学系も割と揃えてあったはずだ。小学生の頃は宮沢賢治や夏目漱石などの読みやすい本ぐらいしか読んでいなかったが、この年にならばもう少し読める本もあるだろう。
確か三島由紀夫がかなり揃えられているので全部頂こうかと考えていると、切花の指に違和感を覚える。
「指、どうかしたのか?」
「……これですか?」
細長くすべすべした指が目の前に差し出される。べたべた触るの憚られるので少し離れて見てみると、白い人差し指の先端に絆創膏が貼られていた。
女の子らしい可愛げのあるものではなく、薬局で売られているような不無骨なものなのだが、それが切花らしくて少し可愛い。
「ちょっと火傷をしてしまいまして。でも軽い火傷なので、大したことありませんよ」
「そうか、気を付けろよ」
「はい。ちょっと馬鹿みたいな失敗だったので流石に反省しました。次はないので、安心して下さい」
少し晴れ晴れとした表情で切花は言った。
大方料理でもしている時に失敗でもしたのだろう。そういえば小町と一緒に料理を始めた頃は、二人と小さな火傷や切り傷は時々ついてたな。
最近は大分安定したのだが、時々はこんなこともあるだろう。俺だって、お湯を捨てるときに失敗することがあるわけだし。
「……おし、ならじいさんの家に行くか」
「はいっ」
切花が返事をしてそのまま軽やかに歩き始めたので、腕を掴んで止める。
「……おい、ちょっと待て」
手の平から切花の肌の柔らかさと体温の温かさが伝わりどぎまぎしていると、切花は首を傾げながら振り返る。
ちょうど見返り美人のような構図になり、切花の瞳と絡み合う。すると気恥ずかしさとが頭に上ってきて、切花の顔が見られなくなり思わず目を逸らしてしまう。
「どうしたんですか?」
「……ま、まあ、なんだ。じいさんの家ってここから少し距離があるだろ?」
「はい、ちょっとですけど」
切花はいまいちピンとこないのか、疑問符を浮かべながら生返事をした。腕を振り払わないので、ぽつんとしているので本当に俺が何が言いたいのか分かっていないらしい。
……ああくそ、どうしてこいつはこういう時だけ察しが悪いのだろう。
少し声が上擦りながら、明後日の方向を見ながら言う。
「だから、あれだ。切花が荷台に乗っていけば歩くよりも早く着くからな。……まあ、乗ってけ」
言った瞬間に火が出るほど顔が熱くなっているのが分かる。似合わないセリフだが、せっかくこういう関係になれたのだから、これくらいはしても罰は当たらないだろう。。
始めはぽかんとしていた切花であったが、やがて真夏の青空のように綺麗に笑うと、「では、お邪魔します」と一言掛けてから、控えめに荷台に腰掛けた。
いつもより重いペダルを踏み、自転車を漕ぎ始める。梅雨らしい湿った風に顔に当たる。首を巡らしてちらりと後ろを見てみると、切花は手で髪を押さえながらも、心地良さそうにしていた。時々バランスをとるように服を引っ張るのが少しだけくすぐったい。
見慣れた町並みが素早く流れゆく中、背中の切花が透き通った声で呟いた。
「八幡さん。そういえば、一つ言い忘れていたことがあるんです」
「なんだ?」
「案外私、和服が似合うんですよ?」
「お、おう……」
どう返していいか分からず、中途半端な返事になってしまう。そもそも切花は黒髪が良く似合うのだから、和服が似合うのは当たり前だと思うのだが。
ただ切花は俺の返事を介さずに、何が面白いのかくすくすと笑いながら俺の背中に頭を預けてくる。
……まあ、来月くらいに夏祭りか花火大会にでも行って、切花の浴衣姿でも拝むことにしよう。
見上げた空には所々に梅雨の雲が浮かんでいる。風に流された鱗雲が太陽の縁にかかり、染み込むように浸食していくと焼けるような日差しが遮られ、ぬるくじめじめとした感覚が襲ってくる。
梅雨が明けるのはまだまだ先で、夏になるのはもう少しだけかかりそうだ。
ご覧いただき、ありがとうございます。
これにて、第一部が完了となります。第一部は八幡視点ということで、八幡と朱音が付き合うまでを描かせていただきました。
第一部ということは、もちろん第二部に続くわけなのですが、ここで注意点が一つあります。
注意点というと仰々しいのですが、第二部からは語り部が変わりまして、朱音視点で物語を進めたいと思います。
そのため、第一部とは少し違った雰囲気になるとは思いますが、私も精進していきますので、これからもお付き合いいただけたらなと思います。
それでは、また次回。