やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

21 / 37
お久しぶりです、フリューゲルです。

また更新が遅くなって、申し訳ないです。今回は大きな山場だったので、何回も書き直した分遅くなってしまいました。

自分の目安として考えていた時期よりも、ひと月くらい後になってしまいましたが、何とかここまで来ることができました。



それでは、ご覧下さい。


その20 ~そうして二人はこの場所に帰ってくる~

 由比ヶ浜と雪ノ下と友達になった二日後の放課後、まだ太陽が高くにそびえ、この町が朱色に染まりきらない中を足早に駆けていく。

 

 

 この時間帯ならば、切花は小町と一緒に下校中だろう。ならば大まかなルートは想像がつく。

 

 

 走っているうちに自然と息が上がっていく。だらしなく生きてきた俺の体が悲鳴を上げ、心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。だがそれが心地いい。

 

 

 勿論、この先に対する不安もある。それでも心の中からは、不安を上書きする事実がどんどん出てきていた。それは久しぶりに切花と話すことができることだったり、数日前の個人的に良いニュースであったりするが、そんな小さなことが、自分の支えになっているのが何だか面白い。

 

 

 十分程度走って、母校へと続く路線へと入る。そうしていくつかの交差点を通り過ぎ、一つ右に折れた所の交差点で足を止めた。

 

 

 中学校から帰るには、多少寄り道をするにしてもここを通るのが一番だ。それこそ駅の方面まで出ることがなければ、あいつらはここを通るだろう。

 

 

 手近な擁壁に背中を預けて、息を整える。制服越しにコンクリートの冷たさを感じながら、道行く人間の顔を覗いていく。ただ、見覚えのある制服姿を何回か通り過ぎるだけで、切花と小町の姿を見ることはできない。

 

 

 少しこの場所にくるのが遅かっただろうか。授業が終わってから直ぐに学校を出たものの、ラグはどうしてもあるわけだから、既に家に帰っているかもしれない。

 

 

 引き返すことが脳裏を掠めるが、足は棒のように動かない。しばらく撫でつけるような風を浴びながら立ち尽くしていると、少しだけ光に橙色が混じり始めたころにようやく、身長差のある二人組が歩いてくるのを確認できた。

 

 

 透き通る午後の光の下、切花の肩まで伸びた黒髪が風に揺らさている。幾条の髪が舞い上がり、その一本一本が光を浴びて、金色に輝いて、切花の端正な顔立ちを一層引き立てていた。

 

 

 まだ遠目だからだろうか、二人は俺に気付くことなく歩いていたが、交差点から五歩程度離れた距離で、ようやく俺の姿を認めた。

 

 

 

「……よお」

 

 

 

 できる限り自然に、気さくな声色で話しかける。

 

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 

「どうも、ご無沙汰しています」

 

 

 

 切花は一瞬だけだじろいだ表情をしたが、すぐに堅苦しい挨拶と小さな会釈をして立ち止まる。

 

 

 ご無沙汰、という程でもないんだがな。日曜日から数えれば五日しか経っていない。小町と遊ぶときに家に来ないことも多々あるため、この程度顔を合わせないことは、よくあることだ。

 ……それでも、これまでで一番長い五日間だっただろう。

 

 

 切花の視線と絡み合う。だがそれも一瞬で、すぐに切花は気まずそうに顔を逸らした。そのことに少し傷つきながらも、となりで不安そうにしている小町に声を掛けた。

 

 

 

「なあ小町、少し切花を借りていいか?」

 

 

「うん! いいよ! できるだけ早く返してね」

 

 

 

 小町が即答すると、「あ、あの二人とも、私は私のものですからね」という空しい反論が聞こえてくる。完全に正論であるが、似たもの兄妹は見事に無視をして、二人で目を合わせていた。

 

 

 家族特有の心配するような感情が小町の目に浮かんでいる。それに返すように不遜に笑ってみせると、小町も顔にも笑顔が浮かぶ。

 

 

 そのまま小町は体を翻して切花を見据えると、「じゃあ朱音ちゃん、ちょうどいいし、またね」と言った。何が丁度いいのだろうか。

 

 

 

「あ、うん……。またね」

 

 

 

 切花の中途半端な返事を満足そうに受け取った小町は、俺がもと来た道へと進み、そして少しだけ色づき始めた住宅街に消えていった。

 

 

 小町が完全に見えなくなったところで、一歩踏み出して切花に近づく。切花は困ったように眉を寄せた。逡巡した様子で何度か口唇が動いたが、言葉にはならず、すぐに自動車の騒音に紛れていった。

 

 

 

「お久しぶりです。八幡さん」

 

 

 切花は迷った挙げ句、今度は少しだけ砕けた挨拶をした。

 

 

―――――――

 

 

 五年前までは毎日にように歩いていた通学路は、俺が高校に上がるまでの間に大分様変わりをしていた。

 

 

 かつては空き地が多く物寂しさを感じさせていたこの近辺は、今は開発されてその大部分が画一的な住宅が並んでいる。

 

 

 ただのアスファルト舗装だけだった道も道幅が広げられているとともに、煉瓦敷きの歩道と曲線の多い街灯、街路樹などが新たに設置され、昔と同じ場所とは思えない程賑やかになっている。

 

 

 

「あ、あの、八幡さん。どこに行くんですか?」

 

 

 

 隣を歩く切花がおずおずと聞いてくる。

 

 

 

「いや、ただこの辺りを歩きたかっただけだ」

 

 

「……そうですか」

 

 

 

 切花の歩みはいつもより少しだけ遅く、自然と俺も歩く速度が緩まる。

 

 

 だんだんと船を漕ぎ始めた太陽が世界を鮮やかに染め始め、それに伴い人影も伸びていく。

 

 

 揺らめく影を踏みながら、一番始めに言おうと思ったことを口に出す。

 

 

 

「……この前は悪かった。自分勝手に言い過ぎた」

 

 

「いえ、私のほうこそごめんなさい。ちょっと感情的になっちゃいました」

 

 

「何でお前が謝るんだよ」

 

 

 

 それでも真面目な顔をして、「いえ、私も謝っておきたいんです」と言うので、仕方がないので受け取る。

 

 

 変に律儀というか、昔からよく分からない所で謝るんだよな、こいつ。

 

 

 新興住宅地を抜けると、一転変わって田園風景が見え始める。とはいいつつも小さな畑と田圃だけだ。子供の頃はやけに広く感じたものだが、こうして成長すると大分小さい。

 

 

 

「ここはあんまり変わらないな」

 

 

「そうですね。でも畑や田圃を潰して家を建てるのも、風情がないですよ」

 

 

「そうか? 発展して綺麗になるならいいだろ」

 

 

「発展したって、良くなったと思ったのは新しく住んだ人だけかもしれないですよ。もしかしたら、元々の住人は迷惑だってしてるかもしれません」

 

 

「……」

 

 

 橙色が辺り一面に染まっていくと同時に、重く硬い雰囲気が満ちていく。

 

 

 口の中が乾いていくのを感じながら、感情的にならないように言葉を頭の中に浮かべていく。

 

 

 

「……なあ、一人でいて寂しくないのか?」

 

 

 

 そうして、初めて話したときと同じ問いかけをする。

 

 

 足を止めた切花は、瞳に猜疑と警戒の色を浮かべ、探るようにこちらを覗いてくる。その瞳が少し前のデートのときと良く似ていて、背筋がふるえる。

 

 

 しばし見つめ合ったあと、切花の顔が平時のものに戻り、口を開いた。

 

 

 

「……はい、寂しくないですよ」

 

 

 

 その表情はやっぱり、あの時と変わらなくて、自然と胸が締め付けられていく。

 

 

 

「元々そうなんです。誰かと一緒にいるのでも、一人でいるのも、あんまり変わりがないんですよ、私は」

 

 

「……そうか、元々か」

 

 

「ええ、元々です」

 

 

 

 どこか内緒話をするように、微笑みながら切花は言った。

 

 

 元々ならば仕方ない、俺だって自分の性格を変えるなんて到底思っていない。せめて、友達くらいは作ろうと行動しただけだ。

 

 

 ただ、その切花の言葉を聞いて、俺は自分の中に渦巻くものを改めて確認した。

 

 

 

「……なので」

 

 

「なあ、切花」

 

 

「えっ、……あ、はい」

 

 

 

 言葉を遮られたのにも関わらず、律儀に切花を返事した。ただ、少しだけ不満が表情には残っており、口を尖らせている。

 

 

 その顔を見て、鼓動がどんどんと激しくなっていく。ただ、それは緊張ではなく、胸が弾んでいるからだ。

 

 

 ……断られるかもしれない。でもきっと、俺はこの言葉をずっと切花に言いたかったのだ。

 

 

 

「俺はお前が好きだ。何があろうと独りにさせないから、ずっと側にいさせてくれ」

 

 

 

 俺は、切花に何が何でも幸せになって欲しいわけではない。もちろんその気持ちも間違いなくあるが、それでも一番に想うことは別にある。

 

 

 俺はただ、切花が独りになってしまう光景が見たくないんだ。

 

 

 切花がそのままで、誰かと一緒にいるのを求めなくても、変わらなくても、ただ側にいたい。

 

 

 

「……っ」

 

 

 俺たちの間を悪戯な風が通り抜ける。

 

 

 切花はぱちくりと瞬き、それこそ鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くしていた。徐々に頬が赤くそまり、ぎゅっと手を握って必死に何か堪えるように、体を震わせていた。

 

 

 それでも堪えきれなかったのか、口唇が動くと、

 

 

 

「あははははっ!」

 

 

 

 と堰を切ったかのように大笑いし始めた。

 

 

 ……おい、ちょっと待て。今は笑う所なのか。「何言ってんだ、こいつ」みたいな目で見られるのまでは覚悟していたが、こんなリアクションは完全に想定外だ。

 

 

 普段からは考えられない程の大きな笑い声に、道行く人々が何事かといった風に、じろじろと見てくる。しかし、切花はそんな無遠慮な視線にもおかまいなしに、体をくの字に曲げ、本当に可笑しいといったように笑い続けている。

 

 

 そのまましばらく待っていたものの、切花の笑いは一向に収まらない。むしろ悪化して、腹を手で押さえている程だ。

 

 

 

「おい、いつまで笑い続けるつもりだ?」

 

 

「だ、だって、ほとんどプロポーズじゃないですか、しかも昭和の匂いがする。……ふふっ」

 

 

「……悪かったな、古くさくて」

 

 

 

 二日間真面目に考えた結果がこれである。いや、自分でも臭い台詞なのは分かってるんだよ。

 

 

 

「ああ、いえ、ごめんなさい。茶化しているわけではないんです」

 

 

 

 切花はようやく笑いを堪えて、姿勢を正して背筋をぴんと伸ばす。そうして上がっていた口角を元に戻して、一瞬だけ表情を和らげると、

 

 

 

「……でもその古くささが、私はとても好きです」

 

 

 

 これまでで一番眩しい笑顔で、そう言った。

 

 

 これまでとは全く違ったものが胸の中に広がっていく。それは甘酸っぱく、胸を痛いほど叩いてくるくせに、どこかむず痒い。そのむず痒さを噛みしめながら、やっぱり俺はこいつのことが好きだということを改めて自覚する。

 

 

 その切花は先程までとは打って変わって楽しそうに笑っている。肩を揺らしながら小さく、「プロポーズだ、この人馬鹿だ」と呟いて、口の中をくつくつさせていた。

 

 

 ちくしょう、馬鹿で悪かったな。

 

 

 ただその楽しげな表情も長くは続かず、何かに気付いたように、切花ははっと真面目な顔を作ると、おずおずと聞いてくる。

 

 

 

「でも、いいんですか? 私はこのままで、きっとあなたの望むような人にはなれないと思います。もし八幡さんがいなくなってしまっても、私は寂しいと思うことができないかもしれません」

 

 

 

 こいつは本当に、何というか。深崎くんに告白されないと思っていたりと、自分については本当に理解がないな。

 

 

 

「あのな、俺はお前がいなくなったら寂しいんだよ。だから安心しろ、お前が嫌がらない限りは、手を離したくないつもりだぞ」

 

 

「ふふっ、ストーカーみたい」

 

 

 

 あまり否定できねえな。

 

 

 でも思うのだ。切花が誰も求めなくて、そして周りが切花を求めなくても、俺だけは側に居たいと。傲慢で、単なる杞憂かもしれないが、やっぱり俺は切花が独りでいるのが嫌だから。

 

 

 

「それにな、お前の澄ました顔は病的に綺麗なんだよ。……だから、たまにはそんな顔を覗くのも悪くないと思っただけだ」

 

 

「……そうですか」

 

 

 

 切花は硬い顔で若干上擦りながら言った。

 

 

 否定してしまったが、俺は切花が一人でいる姿を見て、好きになってしまったのだ。全く我ながら矛盾しているが、だからこそその部分もきっちり受け入れようと思う。

 

 

「……それで、返事を聞いてないんだが」

 

 

「そうですね」

 

 

 

 そう言って、切花は胸に手を当てて、酩酊したように体を揺らす。細長い指がタクトのように振られると、少し先の夏を感じさせる風が辺り一帯を包み込んだ。

 

 

 切花は優しく微笑んで、唄うように言葉を紡ぐ。

 

 

 

「では不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 

「なんか、嫁に行くみたいだな」

 

 

「誰かさんが、プロポーズみたいな告白をするからです、……っよ」

 

 

 

 切花は嬉しそうに手を繋いでくると、「では、帰りましょうか」と言って歩き始める。

 

 

 その柔らかさと重さを腕に感じながら、黄昏に思う。

 

 

 できる限り切花の人生を楽しくしよう。

 

 

 馬鹿みたいなことで笑って、素敵なことで喜んで、面白い物を楽しんで。

 

 

 嫌なことだって色々あるだろうけど、それでも誰かと一緒にいることの味わいを、切花と一緒に見つけていこう。

 

 

 ……その果てに切花がそのままだったとしても、この小さな手だけはしっかりと握っていこう。

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

本編については触れ辛いので、全く関係のない話でもしようかと思います。

三月の終わりということで、新生活、新学期の時期ですね。中学校や高校までは、新学期というと常に真新しさがついてくるのですが、それ以降になってしまうと、年度末なんてものは、三月と四月の間でしかないんですよね。

まあ、役所の絡みで公共工事が増えますので、道を歩くのが不便になったりはするのですが……。

という訳で、四月になってもあまり変わらないなーと思っているフリューゲルでした。

それでは、また次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。