やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

今回は割と投稿が速かったです。……いや、最低でもこのくらいの速度で更新するのが理想なんですけど。

話は変わりますが、遂にJリーグが開幕しましたね。私の贔屓のチームは現在J2にいるのですが、とりあえず白星発進してくれたので嬉しい限りです。

あとひと月もすれば、野球も始まりますし、スポーツ三昧の日々が送れそうです。

それでは、ご覧下さい。


その19 ~そうして三人は始まる~

 放課後は部活に出ないことを由比ヶ浜に告げて、早々に帰宅する。小町はどこかへ遊びに行っているのか、家には誰もいなかった。

 

 

 そのまま二階へと昇り、部屋に入ってカバンを放り出して、ベッド仰向けになって倒れ込む。

 

 

 部活に出なかったのは、何か用事があったわけではない。ただ、考え事がしたかっただけだ。

 

 

 外はまだ明るいが、リモコンに、蛍光灯の電気を点ける。

 

 

 何条かの青白い光が揺曳する光景を見ながら、頭の整理をする。

 

 

 別に今考える必要なないかもしれない。明日か明後日か分からないが、それでも近い間に切花とは会うだろう。もし切花がいつも通りに挨拶をしてきて、俺が何か余計なことを言わなければ、今まで通りの関係が続くかもしれない。

 

 

 それとも会ったときに無視されるかもしれない。……まあ、自分勝手な言葉を随分言った訳なのだから、それも仕方ない。

 

 

 でも、どちらも嫌なのだ。あいつはきっとそのままで平気なのだろうけど、そのことは嫌だ。

 

 

 だから考える。次に切花と会うまでに俺がどうしたいかを考えて、しっかりと行動する。

 

 

 結局の所、問題の根幹は俺と切花の認識の違いだ。俺は切花には人間関係を大事にして欲しくて、切花はそんなことがなくてもいいと思っている。

 

 

 俺と切花の、どちらが正しいのかは分からない。自信を持って正解を出せるほど、俺の人生は周りに友達がいなかったし、喧嘩別れだってしたことはない。

 

 

 自分自身が知らないものを、きっと美味しいからと言って他人に強制してしまったのだ。

 

 

 そもそも理想を押しつけるだけでも駄目なのに、さらに追加で過ちを犯してしまった。届けたいものがあるならば、もっと説得力を持たせなければいけなかった。その努力をしなければいけなかった。

 

 

 ならば俺らしく、そして俺だからできる形で伝えよう。

 

 

 ……では、どうして俺は切花に寂しいと思って欲しかったのだろうか。いや違う、俺は切花のどういった風景が見たいのだろうか。

 

 

 そう思った時に、初めて切花と出会った時の光景が思い浮かんだ。続いて切花のじいさんが死んだ時、そして俺が中学三年の時の切花の表情、そしてついこの前の切花の表情。

 

 

 それらを思い返す度に胸の奥底が疼く。甘さをほろ苦さが口の中に満たされるのを感じながら、ただただ俺は考えた。

 

 

 青白い光と蜂蜜色の夕日が複雑に混じり合い、そして夕日が消え去ってしまう頃にようやく、俺は体を起こした。

 

 

 思いついたものは極めて単純で、陳腐で、ありふれたものだった。でもきっとこれが俺の答えなのだろう。

 

 

 そうたどり着いたとき、二人の少女の顔が同時に浮かぶ。わずか二ヶ月の付き合いで、部活仲間以上も以下もない二人。でもきっとその二人には真っ先に、話さなければいけないだろう。

 

 

 それが俺のやりたいことなのだから……。

 

 

―――――――

 

 

「あっ、ヒッキー……」

 

 

「あら、今日は来たのね、比企谷くん」

 

 

 

 深呼吸をして思い切り扉を引くと、由比ヶ浜と雪ノ下の姿が目に入った。

 

 

 授業が終わった後も、教室でぐだぐだと話す内容を吟味していたので部活に出るのが大分遅くなってしまった。

 

 

 心臓の鼓動がだんだんと早鐘を打ち始めるのを聞きながら、定位置に腰を落ち着ける。

 

 

 普段と何も変わらないこの場所は、四月に比べると大分暖かくなってしまった。未だ衣替えを行っていないため、冬服の俺たちにとっては少し暑いくらいだ。

 

 

 

「それで、川崎くんの件はどうなったのかしら」

 

 

 

 雪ノ下の言葉で、口の中に溜ったものが霧散した。

 

 

 そういや、完全に大志のことを伝えるのを忘れてた。昨日はそのまま帰ったし、先輩は先輩でわざわざ聞かれなきゃ報告しなさそうなので、雪ノ下たちは知らないのか。

 

 

 

「大志は振られたぞ。先輩曰く、付き合うにはちょっとレベルが足りないそうだ」

 

 

「そう。なら川崎くんにも一度話を聞かないといけないわね。このままお依頼を続けるかどうか、確認しないと」 

 

 

「そういやそうか。まあ、諦めるかどうかは、あいつの気持ち次第だろ」

 

 

「そうね……」

 

 

 

 大きな息を一つ吐く。何でも頭の中で反芻した言葉だ。

 

 

 

「二つ、話がある」

 

 

「どうしたのヒッキー、凄く真面目な顔をして?」

 

 

 真面目な顔か、確かにそうなのかもしれない。今から言うことは、部活だとか依頼だとか、クラスメイトだからとかは関係ない。

 ただ純粋に、比企谷八幡個人として、雪ノ下と由比ヶ浜に言う言葉だ。だから怖い。自分を晒すことは、相手に否定されるかもしれないということだから。

 

 

 

「……何かしら?」

 

 

 

 本のページを繰る手を止めた雪ノ下は、落としていた視線を上げる。由比ヶ浜も椅子を向けてこちらをじっと見ていた。

 

 

 

「俺は、切花のことが好きだ。たぶん、ずっと前から」

 

 

 

 声が震えそうになりそうなのを必死に押さえながら、丁寧に口に出す。言葉にしてみれば、思ったよりもずっとしっくりきた。

 

 

 

「……それを、私たちに言う必要があるのかしら?」

 

 

 

 雪ノ下は澄ました顔でそう言った。由比ヶ浜は何も言わない。

 

 

 由比ヶ浜から何かしらの感情を向けられていることは、知っていた。

 

 

 その気持ちを、どういうものか断定することはできない。それを判断するには俺の人生経験は短く、それに反比例して濃いわけではない。

 

 

 何となく想像はしているものの、由比ヶ浜の優しさを、思春期の男子特有の過剰な自意識で勘違いしているのかもしれない。

 

 

 勘違いならそれでいい。俺が勝手に舞い上がっただけなら、単に恥ずかしい思いをするだけで、青春の失敗として記憶されるだけだ。

 

 

 だがもし由比ヶ浜の気持ちが俺の想像通りだった場合、やっぱりけじめをつけなければいけないのだと思う。それはただの自己満足で、由比ヶ浜を傷つけるだけかもしれないが、それでもしっかりと言っておきたい。

 

 

 

「必要かどうかは分からない、それでも言っておきたくてな」

 

 

 

 由比ヶ浜はその小さな手をぎゅっと握って、俯いていた。ここからでは僅かしか見えないが、髪の隙間から覗いた瞳は潤んでいた。

 

 

 少しの沈黙の後、顔を上げた由比ヶ浜は苦しそうな笑顔を表情に張り付けたまま、俺に尋ねる。

 

 

 

「……知ってたよ。だってヒッキー、朱音ちゃんにだけ、距離が近くて、自然に目線を追ってるんだもん。……でも、どうして今、そんなことを言うの?」

 

 

「けじめをつけたかったんだ。色々見つめ直して、やり直したくなった」

 

 

 

 誰かに理想を重ねて押しつけるのは必然だと、井杖先輩は言った。それによって擦れ違うのも当たり前だと。

 

 

 でもあの人は一つだけ大切なことを言い忘れている。

 

 

 理想を押しつけていいのは、理想を追って、努力している奴だけだ。

 

 

 先輩は自分が求めて努力するのを当たり前だと思っているから、そんなことを言わなかったのかもしれないが。

 

 

 

「どういうこと?」

 

 

「それが二つ目の話になるんだが……」

 

 

 

 用意していた言葉が急に途切れる。心臓の音は雪ノ下たちに聞こえてしまうと思ってしまうくらいに大きく、そして自傷をするかのように大きく叩いていた。

 

 

 ……ああ、やっぱり怖いのだ。拒絶されることが、嫌われることが。大多数の人間から受けても何も影響を及ぼさないそれは、親しい人間からのものになると途端に刃が鋭くなる。

 

 

 それでも、何とか絞り出す。たとえ痛みを覚えても、嫌われるかもしれなくても、俺が望んでいるものなのだから。

 

 

 

「……なあ由比ヶ浜、それに雪ノ下、俺と友達になってくれないか?」

 

 

 

 切花に変わって欲しいなら、俺も少しだけ変わろう。欲しいものを、欲しいとねだろう。この場所は気を抜くと眠ってしまうくらいに居心地が良い、だからちゃんと言葉に出して求める。

 

 

 視界がぐにゃぐにゃと揺らいでいる。座っているのに平行感覚がおぼろげで、世界がゆっくりと回っている。それでも、二人の視線が突き刺さる。

 

 

 

「……ずるいよ。ヒッキー。そんな風に言って欲しいことと、嫌なことを一緒に言うなんて。すっごく自分勝手」

 

 

「……悪い」

 

 

 幾許かの静寂。それでも俺にとっては果てしない沈黙が訪れた。

 

 

 ああ、本当に俺は自分勝手だ。由比ヶ浜の気持ちをないがしろにして、自分の気持ちを押しつけている。

 

 

 これから由比ヶ浜の口から放たれる言葉を想像すると、凄く恐ろしい。完全に自業自得で、自分勝手に振る舞った人間の末路だ。

 

 

 だが、俺の思い描いた言葉は舞い降りてこない。

 

 

 由比ヶ浜はことんと椅子を俺の方へ一歩分近づけると、ぎこちないが、それでも本当の笑顔を浮かべて言った。

 

 

 

「そんなことを言われたら、嬉しくなっちゃうじゃん」

 

 

「…………」

 

 

 

 由比ヶ浜はもう一歩分椅子を近づけた。

 

 

 

「一つだけお願いがあるの」

 

 

「できる限り叶えやすいやつで頼む」

 

 

「……ちゃんと、朱音ちゃんに告白して。そしたら友達になろ」

 

 

 

 ……ああ、こいつは本当に良い奴だ。良い奴すぎて、もし違う形で出会っていたら、絶対に好きになっているくらいだ。

 

 

 

「……結果は随時報告する」

 

 

「うん、友達なんだから、恋バナくらいしよ」

 

 

 嬉しさがだんだんと込み上げてくるが、まだ喜ぶには少し早い。俺は由比ヶ浜だけではなく、雪ノ下とも繋がりたい。

 

 その雪ノ下は、何も言わず俺たちの会話ずっと見ていた。普段通りの澄ました顔で、流れるような黒髪と陶磁器のような白い肌を持った彼女は、この場においても美しく、鋭利な印象を振り撒いていた。

 

 

 由比ヶ浜と頷き合うと、自然と俺たちの視線が雪ノ下に集まった。

 

 

 雪ノ下は視線が集まったことに一瞬困惑し、少しだけ上を向いて考えたのちに言った。

 

 

「私は、友達と呼べる程、比企谷くんのことを知らないわ」

 

 

「……だな」

 

 

 

 俺たちは互いの名前と、大まかな性格くらいしか知らない。共有している時間もほんのわずかだ。

 

 

 

「ゆきのん……」

 

 

 由比ヶ浜が悲しげな声を出す。

 

 

 やはりこればかりは、時間が必要なのかもしれない。僅か二ヶ月足らずで友達になってくれる由比ヶ浜が飛び切りに良い奴で、雪ノ下が普通なのだ。むしろいつもの毒舌を吐かれなかっただけでも、上手くいった部類だろう。

 

 

 

「だから、知り合うところから始めましょう。今この場であなたの友達になることはできないけれど、しっかりとお互いのことを知ってから、築いていきましょう」

 

 

 でも雪ノ下はしっかりと気持ちを受け入れてくれた。その先を考えてくれている。それだけでも、今の俺には十分過ぎるほど嬉しかった。

 

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 

 そうして今日、俺は大きな一歩を歩き出した。

 

 

 知らないものを探しに行こう。おぼろげで、今まで手に入らなかったものだけれども、その喜びを、嬉しさを、しっかりと理解して、誰かに伝えられたらと思う。

 

 

 

「では、行きましょうか」

 

 

 

 俺がそんな干渉に浸っていると、雪ノ下はそう言って席を立ち始めた。

 

 

 

「行くってどこにだ?」

 

 

「喫茶店か、ファミレスよ。あそこなら高校生は十時まで居られるじゃない? 私たち全員がお互いのことを話すには、十分な時間よ。そうでしょう、由比ヶ浜さん?」

 

 

「ゆきのん……。うん、そうだよ!」

 

 

 

 由比ヶ浜が、今度は嬉しそうに言った。

 

 

 雪ノ下は立ち上がりって、俺と由比ヶ浜を一瞥すると、晴れやかな笑顔で言った。

 

 

 

「比企谷くんと切花さんのことについても、しっかりと聞かせて頂戴ね」

 

 

 

 こうして俺は、少しだけほろ苦い後味を胸に残しながらも、人生初の友達を二人も同時に作ることができた。

 

 

 ……それでもまさか、日付を跨ぐまで話すとは思わなかったな。

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

ようやくと八幡が、前に進もうとした回です。

人間関係って、すごく曖昧なものです。。だからこそ、細かいことでもしっかりと言葉に出して、確認していくことが大事なことだなあ、って思いながら書いていたりしました。


では、また次回。

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