やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
月曜日からこの寒さということで、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私としましては、今日の帰りにGLAYの「winter again」を聞いていたら、ちょうど雪が降ってきまして、無駄にテンションが上がったくらいです。
それにしても、GLAYの曲を聴いていると、バラードにしろロックにしろ、両手を広げたくなるのは、何ででしょうかね?
それでは、ご覧下さい。
沈鬱な表情の鱗雲とともに、月曜日がやってくる。
普段と同じ時間に起きて、同じ時間に家を出る。そうして、沈んだ顔をしている中学生や高校生に混じって、学校への道を歩いていく。
空は今にも雨を落としそうで、そのせいか傘を手に持った学生たちが心配そうに空を見上げていた。
その姿を見て、傘を持ってくるのを忘れたことに気付く。そういや天気予報では夕方から雨が降ると言っていたな。
……まあ、帰りに雨が振ったのならば、最悪職員室に行って傘を借りればいい話だ。
特に遅く歩いたつもりはなかったが、教室に入ると一緒のタイミングで始業のチャイムが鳴り響く。いつもなら着いてから鳴るまでに数分の猶予があるので、歩くのが遅かったのだろう。
「おはよう、ヒッキー」
由比ヶ浜との擦れ違いざまに掛けられた挨拶に、顎を引いて応え、無造作に席に座る。
そうして退屈な授業が始まった。
学校の授業は、基本的に大勢に教えることを前提にして内容が作られる。その為、前に習った文法だったり、一回読めば覚えられる内容についてもしつこい位に繰り返す。
覚えている内容を復習するほど、退屈で効果的な勉強はない。つまり授業の六割が新しい内容でも、残りの四割は復習ということで、授業中がつまらなくなるのも仕方がない。
つまり、俺が眠たくなるのも仕方がないことだ。
そういう訳で、現代文だけを背筋を伸ばして聞き流し、残りは睡眠導入材として活用して一日の授業を消化する。なぜか『マトリックス』の背景のような数字の羅列がひたすら並ぶ夢を見たりもしたが、放課後には不思議なほど頭がすっきりしている。
そういえば、大志についてどうなったのだろうか。一応デートに付き添ったのだから、結果くらいは雪ノ下と由比ヶ浜に伝えなければいけない。
そう思って井杖先輩の教室を覗いて見るが、ブラウンの髪と特徴的に指を動かしている人物は見当たらない。
「ねえ……、恵なら、今日は用事があるって先に帰ったよ」
後方から声が聞こえる。
恵って誰だろうか。多分知らない人だろうから、俺に宛てられた言葉ではないだろう。
「ねえってば」
そう思って声を無視して、教室内を見渡していると苛立たし気な声と一緒に、肩を乱暴に叩かれる。
肩にかかる頼りない感触を感じながら振り返ると、肩まで伸ばした黒髪をゆるめのウェーブにかけた先輩が不機嫌そうに立っていた。
この人、井杖先輩の友達のはずだが、名前が絞れない。美弥と加世、どっちだっただろうか。
「ひ、ひ、ヒキガヤくんだっけ? 恵のこと探してるんでしょ?」
「まあ、そうですね」
恵って井杖先輩の下の名前か。名字が目立ちすぎるせいで、名前で顔が出てこなかったぞ。
「恵は今日は帰っちゃったから、探してるんなら無駄足になるよ」
「……そうですか」
そのまま回れ右をして部室へ向かおうとしたが、ふと頭に思いついたことがあるので口に出してみる。
「あの、先輩って運動とかやってました?」
「中学までは、バスケをやってたよ」
「……例えばバスケ素人の俺が、先輩のプレーについて上から指摘して直そうとしたら、どう思います?」
加世(?)先輩は少し顎を引きながら、上を向いて考え始める。井杖先輩の癖でも移ったのだろうか、腰に当てられている右手の、人指し指がくるくると回っている。
やがて思いついたのか、晴れやかな笑顔で先輩は言う。
「殴りたくなる」
想像以上にバイオレンスな答えが返ってきやがった。
「そ、そうですか……」
「うん。だってムカつくじゃん。別に下手だなーとか思うのは勝手だけど、それを言葉に出すんだったら、それ相応の説得力が欲しくなるじゃん」
「それは、俺が正しいことを指摘してもですか?」
「もちろん。だってヒキガヤくんには、そのプレーが正しいかなんて、想像でしか分からないでしょ。逆に言えば、私が意味のないと思ってる指摘でも、ラリー・ブラウンが言ったら、普通に聞くよ」
先輩は両手でシュートフォームを作ると、虚空へ向かって、架空のボールを放り投げた。
その際にスカートが少し舞い上がり、引き締まった白い太ももの可視面積が増加する。
「……まあ、そうっすよね。ありがとうございます」
そう事務的に二重の意味で挨拶をして体を翻そうとすると、先輩は「何か伝言があるなら伝えとくけど」と言ってスマホをこちらに向けて振ってくる。その表情は先程と変わらないままなので、面倒見が良い人なのだろう。
「……じゃあ、明日の昼休みにでも顔を出すって言っておいて下さい」
「はいよー」
すぐにスマホに向かってメールを打ち始める先輩を見ながら、もう一度礼を言う。
「ありがとうございます、加世先輩」
もう一度礼を言うと、先輩は残念なものを見る目をして、
「私の名前、美弥なんだけど……」
「…………」
幸い拳は飛んでこなかった。
―――――――
「……では、昨日の様子を報告して頂戴」
部室に入るとともに、鋭く冷えた声を浴びせられる。
窓の外の曇空とは打って変わった、蛍光灯の青白い光が降り注ぐ部室には、すでに雪ノ下と由比ヶ浜の姿があった。
まあ、三階に寄ってから文化棟まで来たのだから、遅くなっても仕方がない。
本と携帯に目を落とす二人を横目に見ながら定位置へと向かい、パイプ椅子に無造作に腰掛ける。
「報告っつてもな。最後まで付き添わなかったから、大志が告白したかどうするか分からんぞ。一応最後に二人でどこかに行ったみたいだが……」
おまけに今日は、井杖先輩に聞くこともできなかったから、それ以上は報告のしようがない。
「えっ、それだけ?」
由比ヶ浜が疑問符を浮かべながら首を傾げる。雪ノ下も顔を上げて、俺の目を覗き込んできた。
「何も結果だけを報告しろとは言ってないのよ。途中経過くらいは、話すことはできるでしょう?」
「そんなの言ったところで意味はないだろ。どんなにいい雰囲気でも、振られるときは振られるもんだ。だったら、報告しても意味はないんだよ」
「……そういうものなのかしら」
雪ノ下の言葉が、部室の壁へと吸い込まれていく。
部室へ行くついでに買ってきたMAXコーヒーを、一口飲む。喉に甘さが引っ掛かるのを感じながら、半分以上中身が残っている缶をテーブルの上に置く。
そうして、しばらく窓の外を眺める。すぐにでも雨が振りそうなのに、運動部は通常通りにグラウンドで活動をするらしい。遠目で葉山たちと思しき集団が、きびきびとブラジル体操をしているのが目に入った。
「……それで、比企谷くんの目が、いつもよりも影を帯びているのは、昨日のデートと関係があるのかしら?」
運動部を観察するのにも飽きて、図太い木の枝で羽を休めている雀を観察していると、雪ノ下に聞かれる。
「……何のことだ?」
「見るからにダウナーな雰囲気を纏っているじゃない」
「そんなの、いつものことだろうが」
「そう言われると、そうなのだけれど……」
雪ノ下は顎に指を当ててそう言うと、雪ノ下と対面に座っている由比ヶ浜が、こちらを向いて身振り手振りで説明してくれる。
「ヒッキーっていつもだらーんってした目をしてるでしょ? でも今日は何て言うかぼよーんっていうか、でらーんとした目をしてるって感じなの……」
でらーんって、何でそんな名古屋人みたいな例え方をするんだよ。
由比ヶ浜は平行線を作っていた両腕を下ろすと、心配そうな声を出す。
「だから、昨日何かあったのかなーって思って……」
そういや今朝、小町にも似たようなことを言われたな。いつもよりも目がおかしいとか、何とか。どうして、どいつもこいつも、人の状態を目で見て判断するんだよ。
「……別に、何にもなかったぞ。井杖先輩と大志に付き添って、途中で退席して、どうでもいい話をして、帰っただけだ」
そう、本当にどうでもいい話だ。一番最初に結論が出ていて、それが嫌だから、駄々を捏ねていただけ。
そうして部室内が一段と静かになる。遠くから聞こえる運動部の掛け声と仄かに香ってくる雨の匂いが、俺たちの間を埋めていく。
何とはなしに首を巡らすと、本に目を落としている雪ノ下の姿が目に入る。
雪ノ下はページをめくる手を少し止めて、目を伏せたまま言う。
「なら、その気持ちを姿に出すのはやめなさい。本当に何にもなかったのなら、そういう風に振る舞いなさい」
「そうだな、悪い」
何故か横で由比ヶ浜が、「すごい、ヒッキーが謝った……」と呟いてたが、気にしない。人のこと、何だと思ってるんだよ。
でも、言われてみればそうだ。誰かに頼る気がないのならば、そんな素振りなど見せるべきではないのだ。
そんな、俺と雪ノ下からすれば、当たり前のことをすっかりと忘れていた。どうやら自分が思っている以上に落ち込んでいたらしい。
一度思い切り背筋を伸ばして、深呼吸をする。湿った空気を肺に入れて、重くなった空気を肺から出す。
目を瞑って肩の力を抜く。少し気だるげな、いつもするような表情を作ると、目を開ける。
……そうして、一番重要なことを思い出す。
「俺、今日は帰るわ」
「えっ、ヒッキー来たばっかだよ?」
「傘持ってきてねえんだよ。だから、雨が振る前に帰りたいんだ」
何だか感傷的な気分に陥っていたが、それどころではない。そもそもまだ雨が降ってきていないのだから、その間に帰らないと濡れ鼠になるぞ。
「だったらゆきのんとか、あ、あたしとかが傘を入れればいいじゃん……」
由比ヶ浜が少したじろぎながら言う。
「私は折りたたみ傘しか持っていないから、そもそも無理よ」
そもそも最初から入れてくれる気が無いような奴が、もっともらしい理由をつけて否定しやがった。
それに、雪ノ下と帰ったところで、針のむしろになるに決まっている。そんなのはごめんだ。
「そういうわけで、じゃあな」
「あ、待ってよ、ヒッキー」
通学鞄を肩に掛けて、由比ヶ浜の声を背に受けながら部室を出る。
このくらいの雰囲気が、やっぱり俺にはちょうどいい。
ご覧いただき、ありがとうございます。
久しぶりに、後書きが全く思いつきません。
自分としての決まりで、前書きは内容とは全く関係ないことを、後書きはできるだけ内容に沿ったことを書こうと思っているのですが、なかなかうまくいきません。
というか、適当に内容について言及すると、先の展開を話そうで怖いんですよ。
それでは、また次回。