やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
そういえば、今日ってセンター試験なんですよね。受験というと、割と嫌な思い出が残っている人が多いのですが、私の場合、何だかんだで楽しめた気がします。
受験が終わった後に、溜まっていたアニメを一日中見るのが本当に楽しいんです。
それでは、ご覧下さい。
インターホンを押すと、ばたばたとした足音とともに、木調色のドアが勢いよく開かれる。
「あら、八幡くんじゃない。どうかしたの?」
切花と良く似た瞳に、形の良い唇が特徴の女性が驚いた顔をしていた。明るいブラウンに染められた髪が後ろで一つに纏められており、若草色のエプロンと相まって、生活感を醸し出している。
切花の母親である絹絵さんは、今日も年相応さの綺麗さがとても似合っていた。
「いえ、きり……朱音さんと出掛ける約束をしてるんですけど、呼んでもらえません?」
「そうなの? 今呼んでくるから、ちょっと待っててね」
絹絵さんが満面の笑みを浮かべながら再び室内へ戻るので、一息ついてその場に立ち尽くす。
やっぱり、絹絵さんと切花は目元以外あまり似ていない。落ち着いた雰囲気をこちらに与える切花と違って、絹絵さんはどちらかと言うとほんわかとした雰囲気だ。
何でも切花の外見は父方の血が強いらしい。俺は会ったことがないが、切花の父親の妹、つまり叔母とは外見がよく似ているそうだ。歳をとった切花というのも見てみたい気がするので、どこかで顔だけでも見てみたいと常々思っていたりする。
「ちょっと仕度に時間がかかっているから、中で待っていて貰っていいかしら?」
あいつ、わざと仕度に時間を掛けてるだろ。
「い、いや、外で待ってるんでいいです」
「いやいや、わざわざ来てもらったんだから、入っていって」
絹絵さんに背中を押される形で、切花家へと足を踏み入れ、十畳以上はあるリビングへと通される。
小学校以来の切花の家は、当たり前といえば当たり前だが、大分様変わりをしていた。
壁紙は真新しい織物の白へと変わっているし、以前は痛んでいた和室の畳は張り替えられて、近くを通ると井草の香りが漂ってくる。ブラウン管のテレビは大型の液晶テレビへと変わり、デスクトップのパソコンは、ノートへ買い換えられて省スペースとなっていた。
「ど、どうも……」
案内をされたソファーには先客である切花の父親が背をもたれながら、ワイドショーを眺めていた。
別に俺と切花の父親の仲は悪くない。道ばたで会えば、挨拶を交わして世間話くらいはする。時折将来の夢や、卒業後の進路に聞かれるくらいで、特に不仲になる要素などない。ないはずだ。
ただ小町が、切花の家で俺の話題が出ると微妙に不機嫌になると言っているので、俺が勝手に恐れているだけである。
ちょうどテレビでは、二十歳の女優ができちゃった結婚した話題で盛り上がっている。何でも付き合ってから半年でゴールインしたらしく、せっかく仕事が盛んな時期にこれでは、今後の仕事に大きな影響が出るだろうと熟年のコメンテーターが喚き立てている。
「今日、どこかに行くのか?」
切花の父親が尋ねてくる。
「映画、とかです。いやあの、知り合いの付き添いと言いますか、二人で出掛けるわけじゃないんですよ。何でも二人だけだと、緊張するそうで。そりゃそうですよね、二人きりじゃまずいですよね」
矢継ぎ早に言葉が口から飛び出てくる。普段からこれだけ言葉がでてくると助かるのだが、普段からこんな状況になりたくはないので、やはり今のままでいいのかもしれない。
ちなみに映画というのは全く嘘である。本日のコースは井杖先輩が一任しているため、直前になっても知らせてはくれなかったのだ。
「そうだな、二人きりはまずいな」
「そ、そうですよね……」
そういや、少し前に切花と街に行ったことがあったな。いや、この場では、全然関係ないが。ほんとに。
そうして、本来ならば家族の団らんの場に重苦しい雰囲気が降り積もる。絹絵さんは隅のキッチンでのん気にお茶を煎れている。もう少し空気というものを読んでもらいたいものである。
「八幡くんが家に来るのも久しぶりね。こうして見ると、やっぱり大きくなったわ」
茶柱が立つお茶を目の前にお茶を出してくれると、絹絵さんは俺の少し隣に座る。どうしてこの夫婦は俺を挟むように座るのだろう。
「さすがに背は伸びましたね。でもそれなら、そっちの方が背は伸びましたよね」
出されたお茶に口をつけるが、熱くて味が分からない。
切花の両親の前だと名字で呼びにくいために、つい代名詞を使ってしまう。だからといって、具体的に名前を呼ぶのは抵抗があるので、やりづらいことこの上ない。
「そうなのよねー。あんまり背が伸びすぎると、男の子が寄ってこないと思ってたんだけど、余計な心配だったわね」
もう一口お茶を飲むが、やっぱり味が分からない。もしかしたら絹絵さんの家事スキルが落ちたのかもしれない。
「……当の本人は、まだ降りてこないんですか?」
「もうちょっとかかるかもね。せっかくだから、お菓子でも食べていって。ほら、うなぎパイ」
いい加減脱出をしてとっとと待ち合わせ場所へと行きたが、うなぎパイが差し出されるので一口かじる。
うなぎパイは自称夜のお菓子と名乗っているが、その理由には二つの説がある。一つは夜の家族団らんのお菓子に使ってほしい、という願いから来ている。そしてもう一つは、うなぎがあることを増強するからこそ、夜のお菓子と言われているのだ。後者は完全に俗説なのだが、なぜか信じている人は多い。
その後十分に渡り、絹絵さんとしんどい会話を続けていたところで、ようやく、切花が二階から降りてくる。
シックな黒のふんわりとしたワンピースに、薄いピンクのジャケットを着こなしている切花は、今日も変わらず落ち着いた雰囲気であった。私服のときはよくストッキングを履いていたが、今日は素足をむき出しにしている。
「お待たせしました。では、行きましょうか」
全く悪びれる様子がない切花は、俺とその両脇に座る両親を見て小さく笑う。……こいつ、間違いなくわざと遅れてきたな。
すぐにお礼を言って切花の家を出ると、「遅くならないようにね」と絹絵さんから背中で注意を受ける。何だかんだいっても、こういう部分はやはり母親である。
年長者として肯定の意味で振り返ると、「あと八幡くんも、たまには小町ちゃんと一緒にご飯でも食べにきてね」と言われる。
「……遅れてしまって、すいません」
「お前な、そこまで悪いと思ってないだろ。まだ顔が笑ってるぞ」
集合場所となっている駅の東口へと向かって歩き始める。さすがに日曜日だけあって、子供連れの夫婦が楽しそうに通り過ぎる光景が、そこら中で見られる。
ここ三日くらい雨模様だったが、今日は鮮やかな青と入道雲が空から吊り下げられている。久しぶりの晴天のせいか、道行く人々の顔もどこか明るく見える。
「川崎くんからの伝言なんですけど、様子を見て上手く消えて欲しいそうです。何でもできれば、今日決めたいそうで」
「そう言われてもなあ、とりあえず今日の予定が分からなければ、どうしようもないだろ」
何だか段階をすっとばそうとしているというか、大志は普通にデートして次に繋げようとは思わないのか。
この焦り具合が中学生らしい気もするが、相手が高校三年生なだけに、不安を禁じ得ない。特に井杖先輩みたいなタイプの場合、一回遊びに行くくらいなら大したことはないわけだから、大志だけ張り切りすぎる嫌いがある。
十分ほど歩いたところで駅に到着したので、人混みの中から大志や井杖先輩を探す。切花の家で時間は消費したものの、ほぼ待ち合わせ時刻に着いたので、どちらかはいるだろう。
「比企谷さん! こっちっす」
体育会系らしい敬語とともに、聞いたことがある声の方を振り向くと大志の姿が目に入る。体育会系らしく、メンズパンツにデザインの良いTシャツを合わせているだけだが、日焼けの跡も相まってなかなかに格好が良い。
「井杖先輩は?」
「まだっすね。さっきから、この辺りうろちょろしてたんですけど、見当たらなかったですし」
まあ、五分、十分くらいなら、そこまで遅れても問題はないだろう。
歩き回っても仕方がないので、邪魔にならない所で三人で待つことにする。
「ほんとうに、来てくれるんすか? 何か、信じられないっす」
「安心しろ、来る途中に交通事故にでも遭わない限りは確実に来るぞ」
大志は、俺たちデートのセッティングまでをしてくれたと思い込んでいるのか、何度も俺に対して礼を言う。デートは井杖先輩が勝手に言ってきてくれたわけだが、中学生男子の夢を壊すのも悪いのでそのままにしておく。
待ち合わせの時刻から五分ほど経ったくらいに、遠目から井杖先輩がやってくるのが分かった。
アクアブルーのフレアスカートに、練乳色のカーディガンを合わせた清楚な格好であるが、不思議と井杖先輩に似合っている。スカート丈にしても制服よりも長く、膝が隠れていた。
「待たせちゃってごめんね」
「いや、全然そんなことないっす」
大志が筋を痛めそうなくらいな勢いで首を振ると、井杖先輩は微笑みながら大志に手を差し出す。
「こうやって話すのは二度目だね。井杖恵です、よろしくね」
「か、川崎大志です。よろしくお願いします」
緊張した面もちで同じく手を出した大志と握手をすると、井杖先輩はこちらへ向くと、俺と切花を見る。
「切花ちゃんも、わざわざ来てもらって、ありがとねー」
「いえ、面白いものが見られたので、来て良かったです」
こちらを横目で見て、機嫌の良い声で切花は答えた。
切花の機嫌が良さそうでなによりだが、それよりも井杖先輩が割と普段通りなのに驚く。清楚な服装ではあるが、その表情にはいつもの親しみを抱かせる笑みが浮かんでいる。案外、キャラを作るタイプではないのかもしれない。
「遅れるのは全然良いですけど、今日ってどこに行くんすか?」
「ウインドウショッピングをしたり、映画を見たりするだけだよ。中学生が二人いるわけだし、あまりお金が掛かるのも嫌でしょ?」
指をぴんと立てて、井杖先輩は言う。
確かに、映画は高校生にとっては意外と安い。千八……、高校生は千円で見れるのだから、下手にカラオケに行くよりは安く済む場合の方もある。別に高校生料金だと、大人二回分見られるとか、思っているわけではない。
最近はブルーレイがあるために、映画館には足を運ばないという層もあるが、やはり映画は映画館で見るのが一番良い。とくに少し暇な時に映画館に行き、上映されている中で見ることは、なかなか面白い。それに映画はあの薄暗い空間で映し出されること前提として作られるわけだから、最適なメディアで見るからこそ分かる良さもある。
「とりあえずは、映画館に向かいながら、ぶらぶらと歩いて回ろうか?」
そもそも俺と切花は、井杖先輩たちに付いていくだけなので、特に異論はない。
先輩たちが談笑する姿を後ろから眺めながら、人混みの中を通り抜けていく。今の所、特に詰まることなく、大志が話をできているので少し安心する。
「なんだか、いい雰囲気ですね」
「今の所、はな。先輩のことだから、どうなるか読めないんだよなあ……」
流石にその場で帰るとかはないとは思うが、笑顔できっぱりと大志を振る可能性は捨てきれないし、逆に気付いたらどこかにテイクアウトしているかもしれない。楽観視するにはまだ早いだろう。
近くの店を軽く覗きながらふらふらと歩いていると、井杖先輩が一つの店舗を指で差す。
「ここに入ろうと思うんだけど、いいかな?」
人指し指の先には、窓や壁面に可愛らしい犬や猫、ウサギなどの写真が載せられたポスターと、看板に書かれた「ペットショップ」の文字が踊っている。
ポスターを見る限りでは、ペットといっても女子受けしそうな動物ばかり扱っているようだ。鳥類や魚類といった、においがキツい生物は販売していないらしい。
ふむ、どっちから提案したのかは分からないが、なかなか良い所だな。会話のネタにしやすいし、可愛い生き物を見ていれば、誰でも和やかな気分になるだろう。
「俺はいいんですけど、切花が……」
「ありゃ、切花ちゃんは動物は苦手?」
「基本的には平気なので、大丈夫です。是非、入っちゃって下さい」
井杖先輩は少し心配そうに何度か切花に確認をしていたが、切花が平気だと突っぱねるので、仕方なく店内へと入る。
「おい、いいのか?」
「私が川崎くんのデートを邪魔しちゃいけないですよ。それに動いて鳴かなければ平気ですから、離れた所で犬でも見るので大丈夫ですよ」
ちなみに、切花は猫が苦手である。
別に猫アレルギーではないし、切花もこういう性格なので声を上げて逃げる程ではないが、それでも動いている猫には出来る限り近づこうとはしない。ただ、犬やウサギなどは普通に大丈夫なのだから、人の得手不得手は分からない。
写真ならば平気とは言っているものの、それは大丈夫のうちには入らないだろう。
そのため、我が家に切花が来るときは、愛猫であるカマクラは空気を読んで俺の部屋へと退避してくる。大変空気の読める猫であるが、誰に似たのか出不精なのでその後しばらく俺のベッドを占拠しやがるのが難点だ。
井杖先輩に引き続いてペットショップに入ると、店内の隅々から愛くるしい鳴き声が聞こえてくる。その中に混じる猫の鳴き声に、切花は一瞬だけ体を竦ませるが、そのまま歩いている。
……全く、嫌なら入らなければいいのに。
「おい大志。俺たち犬のコーナーの方にいるから、先輩と適当に回っといてくれ」
「えっ、いいんすか? じゃあ、ある程度回ったら、そっちに行きます」
「またねー」とこちらに向かって手を振りながら、猫のコーナーに向かう井杖先輩を見送った所で、犬の鳴き声がうるさい方へと足を向ける。
「ほら、行くぞ」
「ありがとうございます」
切花の言葉を背中で受け止めたまま、店内の隅へと向かう。
犬のコーナーには、様々な種類の子犬がゲージに入れられていた。辺りを見渡してみてもある程度大きくなった犬が見えないので、この店は小犬をメインに扱っているのだろう。
少し間だけ体を強ばらせていた切花であったが、次第にゲージの中にいる小犬たちを見て、頬を緩ませる。
「あっ、この子とか落ち着いていて可愛いですね」
切花の視線の先には、黒と茶色が混じった毛並みの利発そうな小犬が伏せの体勢のまま切花をじっと見ていた。
ゲージに取り付けられた名札によると、犬種はジャーマン・シェパードらしい。確か警察犬や軍用犬としても使われるくらいには、知能が高かったはずだ。
「お前、そういう頭良さそうな犬とか好きそうだよな」
「チワワとか豆柴よりは好きですね。やりとり出来る感じが特に」
そう言うとゲージ越しにシェパードの頭を優しく撫でる。やはり頭が良いのか、シェパードは嫌がる素振りを見せずに、切花の為すがままにされている。
愛玩動物みたいな見た目よりは、シェパードやレトリバーのような狩猟犬から改良されたような犬種が好きな気持ちは多少は分かる。うちのカマクラにしたところで、先ほどは生意気といったが、その生き物らしさが美点でもあるのだから。
「よろしければ、抱いてみますか?」
切花の後ろから若い女性店員が声を掛けてくる。
「いえ、今日は買いに来たわけではないので」
「別に買わなくてもいいんですよ。こちらとしましては、また来たいと思ってもらえるようにするのが目的ですから」
なかなかぶっちゃけた店員であるが、その分こちらとしても遠慮をしなくて済むのだから、なかなか上手いものだ。
切花が少し逡巡した後、「では、お願いします」と言うと、なぜか店員は俺に向けてウインクをして、誇らしげな顔を作る。
別にいい雰囲気にしてくれとは言ってないぞ。
それでも、小犬を腕に抱いた切花が嬉そうだったので、少しはお節介な店員に感謝しても良かったかもしれない。
ご覧いただき、ありがとうございます。
今回はちょっと長めですが、デート回はまだまだ続きます。
分割して投稿をすることも考えたのですが、デート回と言ったのに待ち合わせで終わるのもどうかと思って、一つにまとめました。
それでも、書くのが楽しく、個人的にはそこそこ早く書けたかなーと思っていたりします。
それでは、また次回。