やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
12月辺りはスポーツがあまりやっていなかったのですが、最近はスポーツの中継がたくさんあって、とても充実しています。
最近は見るテレビがあまりないので、スポーツ中継があるとついつい変えてしまうんですよ。
早く野球とサッカーが始まると、なおいいですよね。
それでは、ご覧下さい。
担任の「お疲れさま」の一言で、今日一日の授業がつつがなく終了する。
一気に弛緩した空気とともに、慌ただしく教室から飛び出していく運動部に混じって教室を出ると、廊下に突き出している柱に背中を預けた井杖先輩が目に入った。
他のクラスはまだ、ホームルームが終わっていないのか、廊下は閑散としている。本日の天気が雨模様なのと相まって、薄暗く、沈んだ空気が停滞していた。
黙って立っている先輩は、窓の外から降り注ぐ雨をつまらなそうに眺めていた。そうしていると顔立ちの良さがより際立って、まるで映画のワンシーンを見ている気分になる。
「……おっ、ヒキガヤくん。やっと来たね」
「こんなところで、何をしてるんですか?」
それよりも、いつからここに居たのだろう。上の階からは、どこかのクラスがホームルームを終えたような声は聞こえてきていないので、もしかしたら井杖先輩は六限をさぼったのかもしれない。
「よく考えたら、奉仕部ってどこにあるのか分からなくて。だからヒキガヤくんに連れて行ってもらおうと思って」
そういえば詳しい場所までは言ってなかった気がする。これだからマイナーな文化部というのは面倒だ。書道部や吹奏楽部みたいに、名前と場所が一致すると助かるのだが。
しかし奉仕室なる部屋があったところで、基本的に使わないし、使われたとしても男子高校生の妄想くらいだろう。
「北校舎の三階の、一番西にある部屋ですよ」
「うわっ! 一番遠いとこだ」
奉仕部は最近新設された部活なのもあって、立地条件は文化部の中でもかなり悪い。おかげで毎日、必要以上に階段昇降をしている気がする。
一度教室の中を見る。由比ヶ浜は、まだ三浦たちと雑談に興じており、解放されるにはもう少し時間が掛かるだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
そう返して奉仕部へと足を向ける。
すぐに他のクラスが時間差でホームルームが終わり、甲高い声と共に学校内がにわかに活気づいてくる。
週末の予定を相談している女子。速足で昇降口へと向かう運動部。流行の芸人のモノマネをしながら、やかましく廊下を歩く文化部。加速度的に人口密度は増していき、すぐに見慣れた光景ができあがる。
その人混みの中から、ちらほらと視線を感じた。
かつて俺が受けたからかいの視線でも、やっかみでもない。強いて言うなら好奇心とでも言うべきだろうか。それが井杖先輩ではなく、何故か俺へと向けられているのが不思議だ。
「あの、先輩って二年に知り合いとかいます?」
「んー?」
口唇に指を当てながら考えると、「前の彼氏と、後は中学の部活の後輩くらいかなー。だからちょっと気まずいんだよね」と軽く答える。
……間違いなくそれが原因だ。
つまり、その昔の彼氏くんや中学の後輩からすると、俺が井杖先輩の新しい男に見えるわけで、その男の俺がどんな奴なのか興味津々というわけか。全くもって、ひどい誤解である。
「気まずいなら、ここまで来なければいいでしょう?」
「でも前の彼氏に遠慮して、自分の行動が取りづらくなったら意味ないでしょ? それはそれで終わった関係だし」
澄ました顔で井杖先輩は言った。
確かにそうである。終わった人間関係に引っ張られて、こちらが損をするようではよろしくない。自分が悪いことをしていないのであれば、堂々としていればいいのだ。他人に遠慮をしすぎていては、きっと肩身の狭い思いを強いられることだろう。
渡り廊下を通って、文化棟の三階へと上がる。通る度になぜかコーヒー豆の香りが漂ってくる生物室を過ぎると、すぐに奉仕部のドアの前に立つ。
「結構色んなものがあるねー。いいなー、ポットもある」
誰もいない部室に入ると、井杖先輩が部室内を物色して歩き回る。
「コーヒーか、お茶か、紅茶、どれがいいですか?」
「じゃあコーヒーでお願い、ブラックでいいよ」
ケトルで湯を沸かして、紙コップでインスタントコーヒーを二つ作る。三本目の砂糖を入れ、井杖先輩が残念な目で俺を見始めたころに、雪ノ下と由比ヶ浜が部室にやって来る。
雪ノ下が紅茶を二人分煎れ、全員が手持ちの飲み物に一口浸けたところで井杖先輩が切り出す。
「……それで、私に聞きたいことって何かな?」
大志が井杖先輩に財布を拾ってもらったこと、そしてその件で大志がお礼をしたいこと伝えると、井杖先輩は思い出すように、ふむふむと頷いていた。
「大志のこと、覚えていたりしますか?」
「うん、財布なんて、なかなか拾わないからね」
井杖先輩はスカートの裾を直すと、パイプ椅子に深く座り直す。
覚えているのなら話が早い。後は適当にどこかで二人を引き合わせてしまえば、俺たちの仕事は終わりになる。意外に楽な仕事だったな。
雪ノ下は顎に手を当てて考えた仕草をすると、何か訝しげな顔色をしながら尋ねる。
「一つ聞きたいことがあります」
「どうぞ、どうぞ」
「井杖先輩は財布を拾った後、何故わざわざその場で待っていたのですか? 交番に届けた方が正しい行動に思えるのですが……」
俺と同じような疑問を、俺とは違って切り出す。
「私の心が天使の様に清純だからは?」
「論外です」
井杖先輩は「困ったなあ……」と全く困っていない声音で返すと、吟味するように俺たち一人一人の顔を舐めるように見渡し、「口外しないでね」と人指し指を口唇に当てて、口外無用のポーズを作る。
なんだか嫌な予感がするが、気にしてはいけない。
「ぶっちゃけ言うとね、財布を拾ったときに学生証が入っていたから、顔と名前が分かったんだよね。それで顔はまあまあだったから、とりあえず知り合いになっとこうかなー、って思って」
「うわあ……」
由比ヶ浜が思わず呻き声を出してしまう。
つまりあれか、大志は井杖先輩の餌で見事にフィッシングされたということか。
「だから、どうせ会うなら、一回くらいデートして、どんな人なのか試したいなーって」
うわっ、この人ビッチだ。
それは大志からすれば願ってもないことだろうが、このまま引き渡してもいいのだろうか。なんだか手離れの悪い仕事になってきたな。これだからサービス業は嫌なんだ。
「それは多分大丈夫でしょうけど……」
「じゃあ、ついでに一個お願いしていい?」
「内容によります」
どうせろくなお願いじゃないんだろうな、と思っていると何故か井杖先輩は椅子を俺の方向へと向け、首を傾げてしなりを作る。
「ヒキガヤくん、一緒にデートしよっか」
「ふぇっ!」
「…………」
何考えてんだ、この人は。しかも口元をいやらしく歪め、流れるように俺たち一人ひとりを見渡してやがる。
「どうして三人でデートしないといけないんですか? どう考えても俺が邪魔になるでしょうが」
「そうですよ! ヒッキ―なんて居たって、邪魔になるだけですよ」
……あの、自分で邪魔と言って何だが、ヒッキ―なんて酷くないか。
「ごめん、言葉が足りなかったね。ダブルデートをしようってこと。いきなり二人きりじゃあ、大志くんも緊張するでしょ?」
なんだか理に適っているような、いないような感じだ。そもそも年上のお姉さんからすれば、その初々しさが良いと、どこかの漫画で読んだことがある気がするが……。
「ダブルデートって、そもそも俺は誰と行けばいいんですか?」
「たくさんいるでしょ? 雪ノ下ちゃんとか、由比ヶ浜ちゃんとか。……それとも、切花ちゃんとか」
何故か、切花の名前だけをはっきりと区切るように言う。
「……もし俺が行かないって言ったらどうします?」
「私と大志くんが二人でデートに行くだけだよ。ただ、どこで何をするかは私たちの自由だよね。ヒキガヤくんの仕事は、大志くんを私に紹介するだけだから、その後に干渉するのは余計なお世話だよね」
「手を出す気満々ってことですか?」
「そこまでは言ってないよー。ただ私も大志くんも若いから、有り余る情動に逆らえず、過ちが起きるかもしれないだけ」
この人、思いっきり手を出す気が満々だよ。
それにしてもデートか。行きたいか行きたくないかで言えば、もちろん行きたくないが、だからといって、このまま獅子に喰われる兎を見逃すというのも寝覚めが悪い。
それに井杖先輩の性格を分かった上で、大志を引き渡したことが川崎に知られれば、間違いなく川崎に怒られる気がする。
雪ノ下はどう思っているのかと思って目を向けると、ちょうど雪ノ下と目が合う。何秒か見つめ合った後、雪ノ下は仕方がないと言った様子で、大きな息を吐いた。
「比企谷くん、別に私でも、由比ヶ浜さんでも、それこそ切花さんでも良いから付いてもらってもいいかしら?」
「別にかまわんが、どうしてそんな含みのある言い方をする?」
「特に何もないわ。ただ、少し女子としてもプライドが関わるだけよ」
つまりあれか俺が誰を選ぶかによって、女子の格付けがされるということか。全く女子というのは面倒だと思ったが、よくよく考えれば男もそういう部分は大いにあるので、女子だけを取り上げて批判することができなかった。
さて、そうなると誰を選ぶのが良いだろうか。
何やら頬にここにいる全員からの視線を感じる。雨足が強くなり、うるさいくらいに窓を横殴りに叩きつけている。遠くの空が紫色の光に満たされるのが目に入る。雷でも落ちたのだろうか。
正直に言ってしまえば、それぞれに一長一短があるので、誰を選んでもあまり変わりをないように感じる。井杖先輩を監視する意味では雪ノ下が一番適しているし、健全なデートコースを回るなら由比ヶ浜がいい。切花は、……まあ一番気を使わなくてもいいだろう。
それよりもさっきからクイックセーブの項目を探しているが、なかなか見つからない。なんだ、このクソゲーは。
「……切花に頼んでみる。切花なら大志と同じクラスだし、大志も気が楽だろう」
「まあ、無難な選択よね」
「やっぱ、ヒッキーは朱音ちゃんを選ぶんだ……」
俺の答えに雪ノ下と由比ヶ浜がそれぞれに反応を示すと、井杖先輩は満足気な顔で言う。
「じゃあ、決まりだね。悪いけど、大志くんと切花ちゃんにこのこと伝えといてね」
やっぱり選択肢をまちがえたかもしれないと、頭の隅で思った。
―――――――
「切花、お前週末って暇か?」
「特に予定はないですけど……」
二本目のエビに箸を伸ばしたところで、切花に尋ねてみる。
「よし、ならデートするぞ」
「はいっ!?」
切花が驚いた拍子に、喉を詰まらせて可愛らしくむせていた。
井杖先輩にダブルデートを提案されたその夜、ちょうど切花が俺の家に夕食を食べに来ていたので、話を切り出してみる。ちなみに我が家の献立はエビと野菜の天ぷら、筑前煮、サバの塩焼きと夕食の中では割と当たりな方である。基本的に母親が夕飯を作っているが、その母親曰く、筑前煮は切花が味付けをしたらしい。なかなか旨いが、完全に俺の家の味になっているので、手放しに褒めにくい。
「えっ、お兄ちゃん、どうしたの? いや、全然問題ないけど……」
「小町ちゃん、問題あるよ……」
こほんと咳払いをした切花は、「ちゃんと一から説明して下さい。どうしたんですか一体?」と言って茄子の天ぷらを口に入れる。心なしか、若干顔が赤くなっていた。
井杖先輩が大志とデートをしてくれることにはなったが、先輩を単体で放置すると何をするか分からないので、同伴者が必要だということを伝える。
話を聞いていくうちに、だんだんと納得した表情へと写り変わっていくと、その仕草さから面倒臭さを滲ませた切花は、油もののせいか口唇がグロスを塗ったように光っていた。
その様子がいつもよりも艶めかしく、話していると思わず目が口唇へと吸い寄せられてしまう。
「いいじゃない、一緒に行ってきなさいな。朱音ちゃん悪いけど、この子の面倒を見てくれないかしら?」
それまで黙々とレンコンを口に運んでいた母親が、箸を置いて言う。ぶっきらぼうな物言いだが、目尻が少し笑っている。
ちなみにこの母親、切花がいない時には「お嫁に来るなら、朱音ちゃんみたいな子がいい」と俺に聞こえるように、しきりに言っていたりする。将来は間違いなく、たちの悪い姑になるだろう。
「……分かりました。そういうことなら、お付き合いします」
どうやらこれで、切花と一緒に井杖先輩に付いていくことが決定した。雪ノ下が言ったように、これが一番無難な選択だろう。
テーブルの下で、小町と母親が静かにハイタッチしているのが目に入る。前から思っていたが、この親子は本当に仲が良いな。
何だか色々な人に振り回されている気がしてならないが、だからといってこのまま放置するのも決まりが悪い。
切花は居心地が悪そうに一本目のエビをかじっていたが、何かを思いついたように俺を見ると、井杖先輩のような笑みを浮かべる。
「じゃあ、せっかくなので、デートの日には私の家まで迎えに来て下さいね」
切花の家に迎えに行くということは、切花の両親に会うということだ。
……俺、あの人たち苦手なんだよなあ。
ご覧いただき、ありがとうございます。
本編の通り、次回はデート回です。
少し前にデート回を書いた気もしますが、あっちは偶発的に発生したものなので、大目に見てください。よく考えれば本屋に行って、文房具屋に顔だして、お墓詣りに行くって、あんまりデートっぽくないですし。
それでは、また次回。