やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
年末最後の更新になります。
もう少し更新ペースを上げたかったのですが、無駄にバタバタしてしまって結局いつもの通りな気がします。
いや、突発的なイベントが多かったんですよ。ビックカメラにタブレットを見に行ったら、出ていくときにはガンプラを手にしていたりと。
それでは、ご覧下さい。
「あっ、お兄さん! こっちです」
放課後、時間を持て余した帰宅部に紛れて、正門の前に切花と大志がぼうっと立っていた。
切花たちの側に寄り、辺りを見渡してみるが、こいつら以外には中学生は誰もいない。
「小町はどうした? あいつも来るって、朝に言っていたぞ」
「小町ちゃんは、数学の補習に捕まりました。今日は難しそうです」
兄として少し心配になってくる情報だった。あいつ、高校受験は総武高校を受けると言っていたが、果たして受かるのだろうか。
ただ、俺も中学の時に数学で補習を受けたことを思うと、遺伝子というのは相当強いらしい。
黒ずんだ大谷石で積まれた塀に背中を預けながら、川の流れのように増えていく人波に視線を泳がせる。「なかなか来ない」と大志が残念そうに呟いていると、流れるような黒髪とお団子頭が目に入った。
「出てくの早いよー、ヒッキー」
「お前らが遅いんだよ。いつも話している癖に、なんで放課後まで残って話しているんだよ……」
帰宅部の女子のグループの場合、なぜか放課後に教室に居残ってお喋りに興じている場合が多い。普段ならそこまで害はないのだが、教室掃除の際にまで居座るのがやっかいだ。あいつら、俺が机を運ぼうとするともの凄く嫌な顔をしやがる。しかも別のクラスの奴が。
これで一応は全員が揃ったことになる。川崎(姉)はこの見回りには参加はしないと休み時間の間に聞いている。。まあ、弟の恋愛相談の手伝いなんて、ブラコンの姉ならば受けたくはないだろう。
「……よし、五人で固まっていても怪しまれるだけだし、男と女で分かれるか」
「それだと、私が来た意味が全くなくなるんですけど……」
切花がぽつりと呟く。
「遠目でそれらしき人が来たら、すぐに合流すればいいだろ」
実は言うと、先ほどから通行人の視線が少し気になるのだ。切花も大志も中学校の制服姿のままなので、この空間では非常に浮く。
その二人が俺たちと一緒に居て、傍目から見ると特に何もしないで喋っているのだから、多少は怪しまれるだろう。
「それでいいっすよ」
主催者というかクライアントの意向により、二手に分かれることが可決される。判別できるのが大志しかいないため、俺たち男陣営が校門から少し離れて全体を見渡せる位置へ、切花たちが校門の直ぐ側でいることに落ち着く。
近くに植えられた防風木を背にし、帰り道を歩く奴らの顔を一人一人確認するついでに、さりげなく聞いてみる。
「まあ、何だ。小町は学校じゃどうだ?」
切花にはたまに聞いてはいるものの、基本的に小町と近しいので、少し離れた視点が欲しかったのだ。
「比企谷っすか? 普通に人気あるっすよ。優しいし、可愛いんで、中心っすよ中心」
思わず安堵してしまう。小町の性格上、上手くやるとは思っていたが、それでも地雷を踏む可能性はいつでもから、少し不安だったのだ。
「……切花はどうだ」
「切花も普通に人気ありますよ。ただ、綺麗で大人っぽいんで、時々たじろぎます」
……普通か、まあ、良いだろう。
雪ノ下と由比ヶ浜と会話している切花を見る。軽く肩に掛かるさらさらとした黒髪と、高い腰の位置といい、中学の制服さえ着ていなければ、雪ノ下たちと同い年くらいに見えるだろう。
俺にしたって気を抜くと年下には見えなくなるのだから、大志たちからすれば、だいぶ大人びて見えるのだろう。
「だったら、お前の姉ちゃんの方が怖いだろ。川崎に比べたら切花なんて大したことないぞ」
「いやいや、姉ちゃんなんて、ぶっきらぼうなだけっすよ」
「……そんなもんか」
「そうっすね……」
結局の所、自分に近い人間ほど評価が低くする傾向があるのだろう。俺にしたところで、小町の良い所と同じくらいに悪い所も知っているのだ。合計すれば評価が低くなっても仕方がない。
特に話す話題もなくなってしまったので、下校中の生徒の会話をBGMにしながら、再び人波を観察する。
かれこれ十分くらいは軽く眺めていたが、大志は何も言ってこない。
時折男子生徒が通り過ぎる際、切花たちに気付き、チラチラと盗みみているのが目に入る。
総武高校の制服が群青色を基調にしたブレザーに対して、切花は白に深緑色を合わせたセーラー服だ。大志はまだ学ランだから、俺たちに紛れてそこまで目立たないが、どうしても切花の制服が存在を主張してくる。
でもこいつ、中学の制服があまり似合わないんだよな。切花のスタイルに中学生向けのデザインだと、どうしても噛み合わない。言い方が悪くなるが、なんだかコスプレをしているようなちぐはぐさがあったりする。
ただ、そのことを指摘すると機嫌が悪くなりそうなので、切花に直接言ったことはないが。
どちらかというと、総武高校のような落ち着いた服装の方が切花は似合うだろう。よくよく思い出してみると、切花はシックな色の服を着ていることが多かったな。
「あっ……! たぶん、あの人っす」
大志が遠目から指した先には、三人組で歩いている女子の集団が見える。遠くなので顔まではよく見えないが、その中の一人には、どこか見たことがある髪型と体型だった。具体的には昼休みくらいに。
「あの中央にいた、短い髪の人がそうなのね?」
「そうっす。間違いないっす」
あからさまに凝視しないように気をつけながら、五人で顔を寄せながら集団を見やる。
近づくにつれて顔がはっきりと見えるようになると、少し前に見た井杖先輩だと判別できた。やはり大志が出会ったのは、井杖先輩だったようだ。
三人組の中央で楽しげに話している先輩は、少し前にいる俺か大志に気付いたのか、愛嬌たっぷりに手を振ってくる
「今の子たち、知り合い?」
「ううん、一回会ったことがあるだけ」
「またそんなことやってるの……。……あんた、いつか刺されるよ」
そのまま別の話題へ移り、先輩たちは俺の前を通り過ぎる。一緒にいたゆるいウェーブの掛かった女子が、興味深そうに俺たちを一瞥したが、何も言わなかった。
そのまま先輩たちの華奢な背中を呆然と眺めていたが、大志がだらしない顔をしていたので背中を叩いて、正気に戻す。
「どうっすか? 誰か知り合いとかいないですかね?」
「比企谷くん、どうかしら?」
雪ノ下が俺に尋ねてくる。
「井杖恵。多分三年生で、後は知らん」
「八幡さん、知り合いなんですか?」
切花が意外そうな顔をして、こちらを見てくる。
「名前と顔を知ってるだけだ。それより由比ヶ浜は知らんのか?」
「見たことはあるかも。だけどちょっと分からないかなー。誰かに聞けば分かるかもしれないけど……」
まあ、井杖先輩は三年生なのだから、由比ヶ浜が知らないのも無理はない。
そうなると、まずは地道にこつこつと情報収集から始めなければならない。そして最終的に井杖先輩と、大志のことについて話をする必要がある。……どうもあの先輩と、直接話す気にはなれないんだよな。
マジで面倒だ。何が面倒かというと、こうなると由比ヶ浜の力に頼り切りになるのがとうによろしくない。
「恵さんっすか……。いい名前っすね」
大志がうっとりと、名前を繰り返す。ただその名前、全国にたくさんあると思うぞ。
「とりあえず、顔と名前は分かったわね。後は、本人にそれとなく確認したり、人づてに聞くしかないわね」
「そうっすね。申し訳ないっすけど、よろしくお願いします」
「……じゃあ、今日は解散?」
由比ヶ浜の言葉に、雪ノ下が首を縦に振る。本人も目の前を通り過ぎてしまったし、周
りに聞くにしても放課後だと人が少なくて聞きづらいので、仕方がないだろう。
ただ、本当に切花が空振りに終わってしまったな。付き合えと言ったのが自分なだけに若干申し訳ない気持ちになる。
大志は川崎と帰ると言って、メールを打ち始めたので切花たちの方へと向き合う。
雪ノ下と由比ヶ浜は帰りに買い物でも寄っていくと行って、俺たちに挨拶だけをして、先に帰ってしまう。
「……切花は行かないのか?」
「さっき小町ちゃんから出所したとメールが来たので、保護観察でもしようかと思って」
何でそんな縁起の悪い例え方をするんだよ。
すぐに川崎が大志のところまでやってきて、雪ノ下たちと同じく挨拶をして帰ると、俺たち二人が残される。
下校の波が一段落したのか、付近には人影がほとんどない。さきほどまでこの辺りを支配していた喧騒は、遠くに聞こえる運動部の掛け声によって流しだされている。これ以上居ても、もう何もすることがないだろう。
「……帰るか」
「はい、帰りましょう」
新緑が色づく街路樹の通りを足早に歩く。時刻は既に午後五時を回っているが、空は水に朱色を溶かしたような、夕焼けとも青空とも言えない様子だった。
切花は小町に比べると歩くのが早い。というよりも歩幅が俺と近いせいか、俺と歩くスピードが同じくらいなのである。
小さい頃から小町と歩く時には、歩くスピードを合わせるように躾をされてきたが、その点では非常に楽である。
「川崎くんとお姉さん、仲が良いですね」
俺たちが小学校の頃からある古びた駄菓子屋を通り過ぎた辺りで、切花が遠くを優しく見ながら話しかけてくる。
「川崎の方もブラコンだが、大志の方も割とだよな」
「川崎くんも学校じゃあ、結構しっかりしているんですけどね。だからちょっと面白くて、ほっこりしました」
手を後ろに組みながら軽快に歩いている切花の顔は、その言葉の通り柔らかい表情だった。
ただ切花にしたところで、そのしっかりしている大志には大人びていると言われていたのだから、大して変わりないだろう。
「まあ、姉弟の仲が良いにこしたことはないだろ。もし小町に反抗期が来たら本気で泣くぞ」
実際に、親父に対しては反抗期は来ていないが、倦怠期はすでに来ているからな。
「二人は十分に仲が良いので、大丈夫ですよ」
「そうか」
「それに私は、小町ちゃんと八幡さんが仲良くしているのを見るのは、凄く好きですよ」
「…………」
「あ、照れてます? 顔が赤いですよ」
太陽が地平線に沈みゆく中、切花は悪戯な表情を浮かべて笑っていた。
夕陽のせいにするのでしゃくなので、そのまま黙り込むと、切花も何も言わずに隣を歩いてくる。時折その表情を覗き込んでみると、何が楽しいのか機嫌が良さそうだった。
世界が紅緋色に染まりきるまで切花の表情が変わることはなく、俺は気恥ずかしい思いをしながら帰り道を後にした。
ご覧いただき、ありがとうございます。
2014年も終わり、いよいよ2015年に突入しますね。今数字を書いて思いつきましたが、2000年に生まれた子が、15歳になるんですよね。
当たり前と言えば当たり前なのですが、なんだか未来だなあと思ってしまいます。
九月の終わりから投稿を開始させて頂きましたが、今年一年ありがとうございました。自分としては思い切った挑戦でしたが、このような体験ができて、本当に良かったと思います。
それでは、また次回。