やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

10 / 37
お久しぶりです。フリューゲルです。

やっと年末休みに入りました。

今年最後の追い込みということで、休みが少なかったため、なかなか書く時間が取れなかったのですが、これからは一日中執筆することができます。

まあ、今回遅くなったのはゲームやってたからなんですけど。

まったく、大変に気分がいい。


それでは、ご覧下さい。


その9 ~比企谷八幡は徘徊する~

 静謐な校舎内に、昼休みを告げるチャイムが祝砲のように流れる。

 

 板書をしていた金田が意外そうに時計を見上げ、何人かがすでに筆記用具を片づけ始めているのが目に入る。そして金田が「今日はここまで」と言うと、戸部が元気良く号令を掛け、俺たちにも昼休みがやってくる。

 

 

 さっきまでの静寂が嘘のように、騒ぎ声が耳をつんざく。

 

 

 高校生というものは基本的にうるさい。大学生のように、「ウェーイ」などという原始人みたいな言葉のやりとりはないものの、とにかく声が大きく、そして話題が絶え間なく降り注ぎ、いつまでも反響している。

 

 

 女が三人集まれば姦しいとは良く言うものの、それは男が三人集まっても同じだ。むしろ高校生位の年代であれば男の方が大きい。それが一つの部屋に男女合わせて四十人もいるのだから、それはやかましくもなるだろう。

 

 

 ただ、こんな馬鹿みたいなやりとりであっても、当人たちにとっては重要なコミュニケーションツールである。それぞれのグループがやたら大きな声で話している姿は、どこか縄張り争いしている鳥類が思い浮かぶ。実際にグループ同士でしっかりと距離が取られているのが面白い。そして何よりカーストが高いほど、声の大きさは大きくなる傾向になっている。どうやら人間はまだ、動物の本能からは解放されていないらしい

 

 

 そっと教室から脱出し、いつもの昼食スペースへと向かって、弁当を広げる。

 

 

 普段なら冷凍食品の進化に感動しながら、のんびりと暖かなランチを楽しむところだが、今日は技術の進歩を堪能することなく、すぐに胃の中へ流し込む。いつもより早めに昼食の時間を終わらせると、再び校内に戻って校舎を散策することにする。

 

 

 どうせ何もすることがなく、適当に時間を潰すのだ。だったら候補に辺りをつけておいた方が良い。

 

 

 ただまあ何というか、大志の話を聞く限り、やはり男は単純である。しかし創作でも定番であるが、運命的な出会いと感じているものほど相手は何も思っていないことが多い。

 

 

 校舎に戻ると、先程までの日差しがなくなり、仄かに暗い。窓が多い割には、案外日の光が入らない作りをしている建物は意外と多い。

 

 

 まだ制服に着られているような一年生たちの階を歩き回るが、それらしい人物は見当たらない。

 

 

 亜麻色の髪をした一年生が少し近かったが、そいつは髪型がセミロングだったので違うだろう。というか、あのキャピキャピ感はわざとやっているだろ。どう考えてもあざとい。

 

 

 どうせ戻るので、最後に二年生を見て回ろうと思い、昇降口から一番近い階段を登り始める。

 

 

 我が校では学年ごとに使う階層が上がっていくシステムだが、どうやらこれは学校ごとに違うらしい。三年生が一階で、二年生が二階、一年生が三階といった形で、学年が上がるごとに昇降口が近くなるシステムもあるらしい。

 

 

 立体的な上下に上座・下座がどう適用されるかは知らないが、それでも三年生になって朝に階段を昇らなくて済むのは素直に羨ましい。慣れるほどに時間にルーズになるのは、どこに行っても適用されるルールだ。俺もあと一年経てば、今以上にぎりぎりの時間で登校することになるだろう。

 

 

 三年生の階はゆったりとした空気に満ち、半分ほど空けられた窓から、五月の暖かな光が射し込んでいる。それだけで俺たち二年生とは違う、独特の雰囲気が漂っていて、一年という時間の重さをこちらに訴えてくる。

 

 

 怪訝な顔を向けられながら廊下を歩き、教室を通り過ぎると同時に中の人間の顔を盗み見る。ショートカットを目印にして探してみるが、美人と言える人間はいない。

 

 

 

「君、誰か捜しているの?」

 

 

 

 声がした方向へ振り返ると、見事にショートカットの美人が姿勢よく立っていた。

 

 

 シックなブラウンに染められた髪と、起伏が少ない体つき。どこか落ち着いた雰囲気を醸し出しながらも、制服を着崩しているせいか、親しみを感じさせる。この階にいるということは、三年生なのだろうか。

 

 

 その表情には人懐っこい笑みが浮かべられていて、特にこちらを疑っている様子は見られない。というかなぜ俺に声を掛けたのだろうか。

 

 

 

「ち、血の繋がっていない、生き別れの姉を捜していまして……」

 

 

 

 「あなたと良く似た外見の人を捜しています」とも言うわけにもいかず、適当なことを口走ってしまう。

 

 

 ……嘘が下手だな、俺。

 

 

 美人の先輩は不思議そうに教室内を見渡し、人差し指で差しながら、もう一度俺の顔を見てくる。細長く綺麗な人差し指が、可愛らしく上下しているのがとても気になる。

 

 

 

「生き別れたんだ」

 

 

「そうなんですよ、小さい頃はよく遊んでいたんですけど、向こうが引っ越しをしてしまって。大きくなったら結婚しようって、約束していたんですけどね」

 

 

「そうなんだ。じゃあ、その子の名前教えてよ、名前。私知り合い多いから、聞けば紹介できるよ」

 

 

「…… 名前ですか?」

 

 

「そう、名前。結婚の約束をしたなら覚えているでしょ?」

 

 

 

 名前なんて知らねえよ。

 

 

 適当に名前を考えているうちに、先輩の人差し指が、だんだんと円を描く動きに変わってくるとともに、俺の目の前まで持ち上げられる。思わずくるくると回る指を追って、視線が泳いでしまう。

 

 

 そのままの体勢でしばらくいたが、俺たちの間に堆積する沈黙としつけをされている犬みたいな気分に耐えられなくなり、顔を逸らしてしまう。

 

 

 

「……すいません、嘘です。特に意味もなく、のぞき込んでいました」

 

 

「うん。まあ、知ってたけど」

 

 

 

 花の咲くような晴れやかな笑顔でそう言って、先輩は指を引っ込めると、今度は自分の顔の側で指を回し始める。この人、人差し指を遊ばせるのが癖なのだろうか。

 

 

 もう一度先輩を見てみると、やっぱり大志の言った特徴に符合している。暗めの茶髪に、こちらをあまり緊張させない気さくな話し方、こんな人が二人もいたら、この学校の女子のレベルの高さを、改めなければならない。

 

 

 

「うん、まあ詳しい理由は聞かなくていいや。それはまたの機会に聞けばいいしね」

 

 

 

 先輩はそう言うと、ひょいと一歩距離を詰めると、自分で指を指す。

 

 

「私は井杖恵(いづえ めぐみ)です。あなたは?」

 

 

「ひ、比企谷八幡です」

 

 

「よろしくね、ヒキガヤくん」

 

 

 

 すべすべした綺麗な手を差し伸べてくるが、その手を取らず、そのまま見つめてしまう。

 

 

 頭の中の天使が、もの凄い勢いで警鐘を鳴らしている。いやいや、絶対おかしいだろ。こんなことで一々、名前を聞いていたらどこかでストーカーに遭うだろ。

 

 

 少し意外そう俺の手を見た井杖先輩は、ゆっくりと伸ばしていた手を引き戻す。そうして何故か納得をした表情で頷くと、改めてこちらの目を見てくる。

 

 

 

「あの、どうして俺に声を掛けたんですか?」

 

 

 

 とりあえず一礼だけしてとっとと立ち去ろうと思ったが、少し気になったので聞いてみる。

 

 

 

「ん、変わった……、間違えた。腐った目をしていた子がこそこそと教室を覗いていたから、とりあえず声を掛けてみただけ」

 

 

 

 さりげなく酷いことを言われる。

 

 

 当の言った本人は、涼しい顔で人差し指をひょこひょこと動かしていた。どうやら辛辣なことを言っているわけではないらしい。

 

 

 

「まあ、何かあったらよろしくね」

 

 

 

 こちらが立ち去る前に、井杖先輩は手を振って二つ先の教室へと悠然と入っていく。

 

 

 ……ここ、あんたのクラスじゃねえのかよ。

 

 

 何だか狐につままれたというか、通り雨にでも遭った気分だ。大した被害はないが、何か心に付きまとう意味で。

 

 

 このまま残りの教室も見て回ろうかと思ったが、もう一度井杖先輩に会うのも嫌なので、来た道を引き返す。一応は目的を果たしたわけなのだから、これ以上働いても仕方がない。

 

 

 校舎が古いためか、段差が高い階段を降りて二階に足を着けると、そのまま図書室へ向かう。何か読むわけではないが、時間を潰すのに図書室は丁度いい。

 

 

 古くなり微妙に立て付けの悪い引き戸を開け、図書室へ入ると、共同の机で静かに読書をしている雪ノ下が目に入る。

 

 

 校内の喧噪が嘘みたいに静まりかえった図書室の中で本を読んでいる雪ノ下の姿は美しく、近寄りがたい雰囲気を纏っている。そのせいか大きめの長机には空きがあるのにも関わらず、雪ノ下に近づくものはいない。

 

 

 こいつ、昼休みはこうして時間を潰しているのか。やっぱこいつ友達いねえなあ。

 

 

 どこに座るか少し迷ったが、丁度報告したいことも会ったので、雪ノ下から見て対角線上にある椅子に腰掛ける。計らずというか、やはり俺と雪ノ下はこの位置関係が一番落ち着く。

 

 

 

「何か用かしら?」

 

 

 

 雪ノ下が顔を上げると、済ました声で聞いてくる。

 

 

 

「ここに来たらお前がいたからな、昨日の件でちょうど話したいことができたんだ」

 

 

「川崎くんの片想いの話?」

 

 

「片想いというか、一目惚れだな」

 

 

「どちらも大して変わらないじゃない」

 

 

 

 雪ノ下は読みかけの本に花柄の栞を差し込むと、こちらに視線を寄越して続きを促してくる。

 

 

 閉じられた本の表紙を目で追うと、『ガリヴァー旅行記」』と記されている。……ふむ、イギリス文学の中でもなかなかの名作である。

 

 

 著名な話であるが、絵本での『ガリヴァー』では小人の国、さらには巨人の国までを描いてあることが多い。ただ、スウィフトの原作では、先の二つに加えて、天空の国とその諸国、そして高い知性を持った馬が支配する国へと訪れる。

 

 

 この作品は風刺小説として当時のイギリスへの批判が多く含まれているが、現在読んでも十分に読み物として面白い。なんと言ったって、ラピュタの元ネタが存在するわけだし。

 

 

 雪ノ下の目がだんだんと険しくなってきたことに気付き、余分な思考を停止させる。思わずシータが降ってくるところまで再生してしまった。

 

 

 

「ついさっきだが、大志が惚れたとおぼしき人物に遭遇した」

 

 

「そう、どんな感じの人だったの?」

 

 

「多分計算でやってるだろうが、基本的に人当たりはいいな。初対面で俺に声を掛けてるなんて、普通はありえないだろ」

 

 

 

 初対面もしくは、話したことがない女子から優しくされたことは小・中で計五回ある。その全てが罰ゲームまたはドッキリという結末だったが。つまり統計学上、純粋な好意で最初から話しかけてくる女子は存在しないことになる。

 

 

 

「どうして比企谷くんが言うと、こんなにも説得力があるのかしら?」

 

 

 

 雪ノ下は呆れたように息を吐くと、頭に手を当てて悩ましげな表情を作る。

 

 

 

「実体験なんだよ……。まあだから、やっぱり相手は何も思っていないことの方がかもしれなくてな」

 

 

 

 一番可能性が高いのが、井杖先輩に恋人がいることだ。そうなってしまえば、よほど大志が惚れていない限りは、泡沫の恋としてすぐに消えてしうのだろう。

 

 

 まあ、失恋をしたにしても、それはそれで大志は世の中の世知辛さを学び、大人への階段を一つ、上ることになるかもしれないが。それでも多少は同情を禁じ得ない。

 

 

 

「そこは今考えるべきではないし、考えても仕方がないものよ。どちらにせよ、動いてから対策を練るしかないわね」

 

 

「なんか、行き当たりばったりだな」

 

 

「臨機応変と言いなさい」

 

 

 

 少しの沈黙の後、昼休みの終了を告げるチャイムが流れ、図書室内も慌ただしく動き始める。

 

 

 

「お先に失礼するわ。また放課後に会いましょう」

 

 

 雪ノ下も席を立ったが、何かを思い出したように静止し、不思議そうにこちらを見る。

 

 

 

「確か、由比ヶ浜さんが五限は体育だと言っていたのだけれど、比企谷くんは大丈夫なのかしら?」

 

 

「……あっ」

 

 

 

 五限開始まで、残り約五分。その間に俺は、教室へ戻り、体操服に着替え、運動場まで降りなければならない。軽く見積もって七分くらいはかかるだろう。そして近くの窓から校庭を覗き込むと、談笑しながらぞろぞろと出てくる葉山たちが目に入る。

 

 

 ……無理だな、これは。

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

オリキャラその2の登場です。朱音意外にメインのオリキャラを出すか、結構悩んだのですが、一人も二人も変わらないだろうと開き直ることにしました。

それとは別に、だいたい目標としている量の大体25%がこれで終わりました。
一応前作の倍ぐらいの文量で書こうと思っていたのですが、確実に増える気がしてなりません。


書きたいことが、どんどん増えるんですよね。


それでは、また次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。