白い犬   作:一条 秋

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94 修了試験 中編

 左腕に盾を付け、右手にN型90ミリキャノン砲を持ったニコイチが、シャッターの開け放たれた建屋から歩いて出てくる。

 その間にも背広の上から防具一式を着込んだ光秋はパネルに指を走らせ、藤岡主任を通じて聞いたZCとNPが衝突している沿岸部工場地帯、その詳細な位置を地図に入力していく。

 

「これでよしっと。盾よし、キャノン砲は弾倉もしっかり付いてるし。準備完了、いつでも行けますっ」

 

 建屋から完全に出ると同時に位置情報の入力を終え、装備品の確認を済ませるや、左耳に着けた通信機越しに藤岡に告げる。

 

(了解した。俺も準備が整い次第現場付近に向かい、そこで観戦させてもらう。あとは二曹の判断に任せる。せいぜい頑張れ)

「了解っ。MB‐00、加藤出動します!」

 

 通信越しに叫ぶや、光秋は右ペダルを踏んでニコイチを飛び立たせ、地図で方向を確認しながら現場へ直進する。

 

―……さて、そろそろ向き合わんとなぁ―

 

 移動が開始されてひと段落すると、それまで敢えて意識の外に置いていた傍らの防具で身を固めた特エス少女3人、特に多分な不満を込めた目でこちらを見据える桜を見る。

 

「…………えっとだな――」

「アタシ、あんたのこと主任って認めてないって、前にそう言ったよね?」

 

 言葉を選ぶ暇を与えず、桜の怒りを含んだ声が閉ざされたコクピットに響く。

 

「それなのにあんたの下に付いて出動って、どういうことさ!」

「桜!今はそんなこと――」

「菫は黙ってて!」

 

 メガネ越しに怒気を乗せた視線を向ける菫を遮って、桜は声の荒さを増しながら続ける。

 

「出動前の話聞いてりゃ、要はあんたの試験に付き合って出るってことじゃん。アタシらはお試し用か何か?この前はいろいろ言っといて、あんた結局アタシらを出世の道具くらいにしか思ってないの?えっ!?どうなのさ!!」

「…………確かに、そういう見方も成り立つよな」

 

 桜の言ったことに小さく頷くと、光秋はその目を見据え、努めて落ち着いた声で応じる。

 

「桜さんの言う通り、そういう形で出ることになったのをまずはお詫びしたい。ただ、藤岡主任や上層部の思惑は知らないが、僕なりに出たい理由もあったんだ」

「何だよ?やっぱり出世?正式な主任になる前に手柄立てようって?」

「……僕の戦う理由の為――助けたい人を助ける為だ」

 

 棘のある声で訊いてくる桜に、光秋は春菜の顔を浮かべながら答える。

 

「助けたい……人…………?」

「…………」

 

 その答えがあまりに意外だったのか、顔一杯に不機嫌さを浮かべていた桜は唖然とし、菫はどこか安心した様な表情を浮かべる。

 ただ一人、北大路だけが特に興味のない様子でモニターに背中を預けながら上着のポケットから出した飴玉を口の中で転がしているのを確認して、光秋は現場に近付いていることに内心焦りながらも、最低限言うべきことを言おうと口を動かす。

 

「今向かってる現場、その近くに僕の知り合いがいる……かもしれないんだ」

「かもって――」

 

 口を挟もうとする桜を手で制して、さらに続ける。

 

「その人が傷付く……かもしれないのが、僕は恐ろしい。その人が傷付くこと自体も、それが現実になって自分で決めたことが果たせなくなるかもしれないことも。だから藤岡主任に協力してもらって、こういう形で特別に出動させてもらった。ここまではいいかな?」

 

 そこで一旦言葉を区切り、見回した3人からそれぞれ首肯を得る。

 

「ただ、その所為で……半分は僕の我儘を実現させる所為で、君たちを巻き込んでしまったことはすまないと思う。だから――」

 

 一瞬藤岡の顔が浮かぶものの、光秋は胸の中で詫びを告げて先を告げる。

 

―藤岡主任、お膳立てありがとうございます。でも、やっぱり大人の我儘に子供を巻き込むのはいけないと思うから…………―「だから、この出動に納得できない者は今から機体を降りてもらっていい」

「「!?」」

「……」

 

 その言葉に桜と菫は驚愕を浮かべ、北大路もようやく関心を持ったのか、それまで明後日の方に向けていた顔を光秋に向け直す。

 

「いや、でも……それって問題じゃ……」

「藤岡主任は僕に指揮を任せると言った。その僕が、降りたければ降りていいと言ったんだ。なら、後は僕の責任だ」

 

 戸惑う桜に、光秋はしっかりと目を合わせて返す。

 

「掻い摘んでだが、僕の方の事情は話したつもりだ。それに賛同できるなら一緒に来てほしい、できないなら適当な場所で降ろす。現場到着までもう時間がない。『はい』か『いいえ』か、即決してほしい」

「「「…………」」」

 

 コクピット全体を見回しながらの問い掛けに、3人はしばし思案顔を浮かべる。

 そして数瞬の後、真っ先に沈黙を破ったのは菫だった。

 

「私は行きますっ。人助けっていうなら、それこそ私たち特エスの仕事です!……それに光秋さんのお役に立てるなら……」

「ありがとう。あとの2人は?」

 

 菫に深く頭を下げた光秋の問いに、今度は桜が答える。

 

「それなら、アタシも……言っとくけど、別にあんたの為とかじゃないからなっ。あくまでの人助けだからな!」

「充分だっ……それで、北大路さんは?」

「2人が行くなら、私も行きます。あなたに任せっ切りにしてケガされるのも嫌なので。それに一緒にいれば、減点の理由とかいろいろ見付けられそうですしね」

「なら、せいぜいボロを出さないようにしないとなっ」

 

 桜と北大路、双方の返事に応じると、光秋は改めて3人を見据える。

 

「最後にもう一度確認する…………一緒に来てくれるんだな?」

「はいっ」

「くどいよ」

「……」

 

 菫と桜の返事と、北大路の頷きを確認すると、光秋は胸の内の迷いを払うつもりで声を上げる。

 

「よしっ。では改めて、君らはこれから僕の指揮下に入る。地図によれはもう間もなく現場に差し掛かる。各自いつでも動けるように準備しておくように!」

「「了解!」「……」

 

 桜と菫の返事と、北大路の首肯を確認してしばし。

 モニター越しに大小複数の埋め立て地を浮かべた東京湾が見えてくると、所々に遠目にも判る散発的な爆発の光と、立ち込める黒煙が見えてくる。

 

―いよいよだな……―

 

 引き返せない所まで来た、そう自覚しながら、光秋は高度を下げつつ黒煙の許へ距離を詰めていく。

 

「各自、アクセサリーの電源切っておけ。いつでも出られるように」

「「「了解」」」

 

 基本的な手順に従って特エスのアクセサリー解除を指示し、それに返答しながら自分の出した指示に従って各々のアクセサリーを切っていく3人を見て、光秋はぎこちないながらも特エス主任として動けている自分にひとまず安堵する。

 

―大丈夫、ちゃんと指示が出せてる。久々の防具付きの操縦もちゃんと馴染んでるし、あとは落ち着いていけば…………さて、まずは状況確認…………て?―「アレは!」

 

 自分を鼓舞しながらある程度近付くと、意思を拾ったモニターが拡大映像を表示するが、そこに映った光景に光秋は唖然とする。

 工場らしき建物がいくつも破損し、所々から煙が上がる中、銃器で武装した生身の人間や戦車、武装ヘリに混ざって、複数の人型ロボット――メガボディが混戦を繰り広げているのだ。

 

―これまで生身での抗争は聞いていたが、メガボディを出してくるなんて!それこそ祝賀パーティー襲撃事件以来だぞ?……今まで双方“大人しかった”――ここまでやらなかったのは、準備期間に入ってたから……操縦者を育てていたからってことか?いや、今はそんなことより……―

 

 目の前に広がる驚愕、その背景に向きそうになる意識をどうにか引き留めると、光秋は一旦距離を保って状況をさらに精査する。

 

「黒い丸いのがNPのフラガラッハで、茶色で細身なのがZCのヘラクレス……だったよな。装甲板が付いた奴は防御力向上型か?」

 

 祝賀パーティー襲撃事件の後に聞いた情報と外見からの推測から、この場には大きく3種類のメガボディがいると判断する。

 地上を闊歩してマシンガンを撃ち続けるNPのフラガラッハ、空中を自在に飛んで上から攻撃を加えているZCのヘラクレス、ヘラクレスの全身に装甲板らしきものを追加して地上から援護を行っているZCの新機種――「防御力向上型」といえるもの。

 これら3種類の巨人たちが、戦車やヘリといった見慣れた兵器たちに混ざって弾丸の応酬をしているのだ。

 あるフラガラッハはNPの90式戦車の援護射撃を受けつつマシンガンを斉射しながら建物の合間を駆け回り、ある防御力向上型ヘラクレスは放たれたマシンガンの弾を肩に乗せた仲間に念壁で防いでもらってマシンガンの応射を行い、あるヘラクレスは手持ちのマシンガンや各部に装備した機銃で地上を攻撃しつつ妨害してくるヘリを足蹴にする。

 そんな光景があちこちで繰り広げられる工場地帯一帯を俯瞰して、光秋は思わず呟く。

 

「頼むから、そういうのはマンガかなにかの中に留めといてくれよ…………!」

 

 間の前の現実に対する苦い感慨を抱いたその時、戦闘域から離れた場所――本土寄りの埋め立て地の一角に、胴長の車体に8つ程のタイヤを備えた兵員輸送車と思しき車を5台ほど率いたにフラガラッハともヘラクレスとも異なる機影を2つ捉え、映し出された拡大映像に目を凝らす。

 

「アレは!」

 

 それが合衆国軍のゴーレム、さらには右肩のマークからスフィンクス隊の機体だと判るや、光秋はすぐに通信を繋ぐ。

 が、

 

「デ・パルマ少佐――っ!?」

 

直後に通信機のスピーカーから鼓膜を掻き回されるような雑音が響き、慌てて通信を切る。

 

「どうかしましたか?」

「電波障害だ……直接降りるしかないか」

 

 心配そうな顔を浮かべて問う菫に応じつつ、光秋は周囲に警戒しながらゴーレム2機の許に降下していく。

 その間にも、ゴーレム2機と車列は戦闘域から本土側に向かっていたフラガラッハ1機と90式戦車1台と鉢合わせる。

 

―いかん!―

 

 そう思って光秋がペダルを踏み込もうとした寸前、マシンガンを装備したゴーレムが跳躍しながら地上に向けて散発的な発砲を行い、フラガラッハと戦車の注意がそちらに向いた隙に、キャノン砲を構えたもう1機がフラガラッハのマシンガンを撃ち抜き、それを持っていた右前腕を大きく凹ませる。

 そして跳躍したもう1機はフラガラッハを飛び越えて戦車の真ん前に砲身を跨ぐ形で着地し、腰に収納していたナイフを左手に持ってその砲身を根元から叩き切ってしまう。

 

「……スゲェ、あの2機」

「あぁ……」―出会って瞬く間に1機と1台を無力化。伊達に『教導団』を名乗ってるわけじゃないか……―

 

 こちらの気持ちを代弁する様に呟く桜に相槌を打ちつつ、光秋は戦闘能力を失ったフラガラッハと戦車に砲口を向ける両ゴーレムにデ・パルマ少佐と関大尉の顔を重ね、戦慄の混ざった感嘆を抱く。

 直後、フラガラッハと戦車がやって来た方向からさらに防御型ヘラクレスが現れ、背部推進器の左側面に装備された肩部砲身をゴーレムたちに向ける。

 

「!各自、何処かに掴まれ!」

「「「!?」」」

 

 ゴーレム2機はフラガラッハと戦車の乗員の相手をしている為に対処できない、そう直感的に断じるや、光秋は少女3人に声を掛けるのとほぼ同時にペダルを踏み込み、防御型ヘラクレスと他の一団の間に割って入る。

 落ちる様な着地と同時に左腕を前に突き出した刹那、防御型の左肩部砲身から砲弾が放たれ、腕に装備した盾を叩く。

 

「!」

 

 着弾の瞬間、自身の腕にも何かが当たった様な微かな感触を覚えるものの、それに構わず光秋はNクラフトを噴かし、防御型との間合いを瞬時に詰める。

 よく見れば防御型の右肩には人が乗っており、おそらくは念壁を張って動きを封じようとしたのだろう、反射的な素早い動きで右手を突き出してくる。

 が、超能力耐性を備えたニコイチに念力が効くことはなく、白い巨人は留まることなく防御型に肉迫し、勢いの乗った左肩を相手の右肩付け根に叩き込んで転倒させる。

 と、防御型の右肩に乗っていた人が宙に投げ出される。

 

―不味い!―

 

 思うやキャノン砲を離したニコイチの右手が走り、光秋の意思を汲んだ相手を潰さない絶妙な力加減でその身を掴む。

 

「ふぅ……」

 

 ニコイチ、つまりは敵のメガボディに掴まれたのに気付いて焦った顔を浮かべる人――歳格好は二十歳(はたち)前後の男性――の無事な様子を見て、思わず小さな吐息が漏れる。

 その時、

 

「光秋さん、前!」

「!」

 

菫の声が響くと同時にニコイチを通じて感じた正面からの悪寒に、光秋は咄嗟に背を向けて手の内の男性をニコイチの陰に隠す。

 直後にニコイチの背中を連射された弾丸が叩き、頭部を巡らせた光秋は背後にもう1機の防御型ヘラクレスを捉える。

 

(や、やめろっ!俺がいるんだぞ!!)

―味方もお構いなし……あるいはニコイチしか見えていないのか?―

 

 外音スピーカー越しに手の内の男性の悲鳴を聞きながら、光秋はマシンガンの連射を続ける背後の防御型に苛立ちを覚える。

 その時、左肩に「01」と書かれたゴーレムが背部推進器を噴かしながら跳び上がり、両手保持したキャノン砲を一射する。

 放たれた砲弾はマシンガンごと防御型の右腕を砕き、その間に間合いを詰めた左肩に「02」と書かれたもう1機のゴーレムがコクピットを内包した胸部に左手に持ったナイフを突き付ける。

 

「キャノン持ちが01で、マシンガンの方が02ってことは、今相手を抑えた方が関大尉ってことか。凄い連携だな…………」

 

 胸部ハッチを開けて両手を挙げて出てくる防御型のパイロットと、それを見てすっかり意気消沈した様子で両手を挙げる手の内の男性を見ながら、光秋はスフィンクス隊2人の連携に脱帽する。

 

―だって、あんなゴチャゴチャしたコクピットで操縦してアレだぞ?ニコイチならまだしも、僕だったら――!?―

 

 試乗した時のことを思い出しながら2人の凄さを噛み締めていると、その思考を遮る様に脚をやや強く蹴られ、慌てて蹴ってきた方を見やると桜が目を三角にして言ってくる。

 

「『凄い連携だな』、じゃねぇよバカ!あぁいう時こそアタシを出せよ!全部一人でやろうとしてさっ」

「!……あぁ、すまない。今後気を付ける」

 

 その叱責に一時的とはいえ特エス主任を任されている自身の立場を思い出して頭を下げると、手に持っていた男性を地面に降ろす。

 

―いかんな。いつもの調子でつい……しっかりしろ光秋っ。今は桜さんたちもいるんだ。彼女たちがいることを前提に動かないといけないんだっ―

 

 胸の内に言い聞かせる間にも、輸送車から降りてきたと思しき全身防具で固めた軍人たちが、項垂れた男性を後ろ手に拘束していく。

 

「桜ちゃんも別に教えることないと思うけどなぁ?その分減点させられて私はいいんだけど」

「べ、別に、今だけとはいえ不甲斐無いリーダー見てんのはなんか嫌だから言っただけだしっ。別にこいつに合格してほしいとか思ってねぇし!」

「菊……桜も…………」

「君らなぁ…………」

 

 北大路と桜のやり取りに、菫は2人に若干の怒りを含んだ目を向け、光秋は苦笑を浮かべる。

 その時、

 

(テメェら、何勝手に降参してやがる!!)

 

拡声された怒声が周囲に響き渡ると同時に、声の主たる砲身付きの防御型が起き上がる。

 起き上がった拍子にニコイチの体当たりで破損していた右腕が肩から外れ、各部の装甲板も剥がれ落ちてヘラクレス本来の細身な輪郭や接続部分が剥き出しの腰回りが露わになるが、パイロットは構うことなく左肩から突き出た砲身をニコイチに向ける。

 

「!」

 

 それを感知した光秋は振り返りざまに両腕を前に出して砲撃に備えるものの、

 

(クソッ!ポンコツが!!)

 

転倒の際に不調が生じたのか弾が放たれることはなく、多大な苛立ちを乗せた声を上げたパイロットはヘラクレスの左手で砲身を掴み、背部接続部から無理矢理引き抜いたそれを棍棒にしてニコイチに叩き付ける。

 が、ニコイチの頑丈な外装に叩き付けられた砲身、その後部は呆気なく弾け飛ぶ。

 刹那、

 

―今だ!―

 

接近したヘラクレスを両手で押して距離をとった光秋はハッチを開け、桜に呼び掛ける。

 

「さく――柏崎さん、アイツを無力化しろ!」

「え?あ、了解!」

 

 突然の指揮官の声に戸惑ったのも束の間、桜は頭上のハッチから飛び立とうとする。

 が、

 

「あ、あれ?」

「EJC!」

 

NPの戦闘区域ということもあって当然のごとく効いているEジャマー、それを忘れて念力が働かないことに困惑する桜に、光秋の慌てた声が掛かる。

 

「わ、わかってるよっ!」

 

気まずさと焦りが混ざった声で応じるや、桜は床に置いていたトランクに肩掛け紐が付いた様な装置――EJCを掴むと、その電源を入れてニコイチのハッチから外に飛び出していく。

 その間にも正面のヘラクレスは残った砲身を尚も叩き付けようとするが、その背後に回り込んだ桜は手をかざしてその左肩を圧壊させ、両脚も腰部の付け根から歪ませる。

 それによって歩行はおろか安定して立っていることも困難になったヘラクレスは仰向けに倒れ込むが、

 

(畜生っ!)

 

ハッチを開けて出てきた男性は懐から出した拳銃を上空の桜や正面のニコイチ、その背後の軍人らに乱射して尚も抵抗を試みる。

 

―不味いな。どうする…………?―

 

 迂闊にニコイチの手で止めようとすれば、相手を刺激して余計に抵抗するかもしれない。そんな恐怖から光秋が手をこまねいていると、桜が浮遊しながらゆっくりと男性の正面に回り込む。

 

「!」

(待って!)

「?……」

 

 それを見て驚愕した光秋は慌てて止めに入ろうとするが、モニター越し桜の声に一旦踏み止まる。

 その間にも男性は近くに来た桜に拳銃を何度も撃つものの、銃弾は桜の周囲に重点的に張った念壁によってことごとく弾かれ、あっという間に弾切れになってしまう。

 それを見てすかさず、桜の威圧的な声が響く。

 

(まだやる?言っとくけど、容赦しないよ?)

 

 言いながら、足元に横たわっているヘラクレスの脚の残骸を念力で押し潰してみせる。

 

(…………クソッ!…………)

 

 それを見て、男性は顔一杯に悔しさを滲ませながら膝を折り、間髪入れずに軍人たちが身柄を拘束していく。

 

―威嚇による戦意喪失…………なるほど、あんな使い方もあるのか。けど……―

 

 後ろ手に押さえ付けられて輸送車へ運ばれていく男性を見ながら、光秋は桜の今の戦い方をそう理解し、感心し、少し引っ掛かるものを感じる。

 その間にも、開けっ放しのハッチから桜が機内に戻ってくる。

 

「凄いな。てっきり力押しで行くかと思ったけど、威嚇で相手を鎮めちゃうなんて」

「!べ、別にっ?見たとこサイコキノでもなかったし、そんな(りき)む程の相手じゃないと思って…………」

 

 ハッチを閉めながら思ったままと告げる光秋に、桜は背負っていたEJCを床に下ろしながら心なしか顔を赤くする。

 が、直後に光秋は少し険しい顔をする。

 

「ただな、不用意に銃を持った相手の正面に回り込んだり、撃たせるに任せたり、そういうのは極力控えてくれ」

「!?別に、アタシは銃くらい平気――」

「平気とかそういう問題じゃない」

 

 唐突な注意に食い下がる桜に、しかし光秋は大きくはないが強い声で続ける。

 

「確かに、桜さんのレベルなら拳銃くらい余裕で防げるかもしれない。でも、相手に攻撃の機会を与えてることに変わりはないだろう?万が一弾があらぬ方向に飛んで、それで桜さんが傷付かないとも限らない…………えっと、つまりだ、必要以上に危ないこと、自分の力を過信するようなことはしないでくれ。そうしないと、桜さんが傷付くことになる」

「…………わかったよ」

 

 先程の戦い方を見て感心と同時に抱いた引っ掛かり――桜自身への危機感を目を見据えて述べると、桜は渋々ながら応じてくれる。

 その時、耳の通信機から雑音混じりの声が響く。

 

(おいおい、ESOの御犬さ……がこんな……何の用だ?しかも子連れ……)

「デ・パルマ少佐?」

 

 辛うじて聞き取れた声色からそう断じると、光秋はニコイチを振り返らせ、モニター越しに正面に立つゴーレム・01を見る。

 

「特務部隊主任就任の実技試験を兼ねて東京本部より応援に参りました。現状の説明をお願いします」

 

 通信機のマイクに自身の事情を手短に吹き込むと、光秋は雑音の所為でデ・パルマの返答を聞き漏らさないよう左耳に意識を集中する。

 

(応援?)

「その説明は後程。今どうなってるんです?」

(どうって言わ……てもなぁ……)

―えぇいっ。距離を詰めたことで少しはマシになったかと思ったが、やっぱり雑音が酷いな…………少し危なっかしいが、情報を得なきゃ動きようがないしな―

 

 耳障りな雑音に苛立つ一方、一抹の不安を覚えながらも断じると、光秋は桜を見やる。

 

「柏崎さん、今からコクピットを外に出す。不意打ちに備えて周囲に念壁を張ってくれ。漏れなくな」

「?……了解」

 

 その指示に桜は一瞬首を傾げるものの、すぐに頷き、それを見た光秋はニコイチを01に歩み寄らせると、ハッチを開けてコクピットを機外に出す。

 

(お、おい!?)

 

 主戦場からはまだ距離があるものの、たった今NP、ZC両勢と交戦したばかりの場所、未だ隠れてこちらを攻撃する機会を窺っている者がいるかもしれない所で一見無防備な姿を晒した光秋に、案の定デ・パルマの困惑した声がスピーカーから響く。

 

「この子はESOの特エス、高レベルサイコキノです。今コクピット周囲に念壁を張らせています。通信じゃ雑音が多くて埒が明かないので、少佐ももう少しこちらに寄って出てきてください。そちらも念壁に入れるので」

 

 EJCを背負って周囲を見回しながら両手をかざす桜を示しながら告げる光秋。それを見て状況を理解したのか、光秋が言った通りデ・パルマはゴーレムをニコイチ、その胸部に寄せてくる。

 

「少し屈むぞ」

 

 言うと光秋はニコイチの膝を折り、頭部の前に位置する自機のコクピットと、胸部に位置するゴーレムのコクピットの高さを合わせ、直後に開いたハッチからヘルメットと防具一式を身に着けたデ・パルマが出てくる。

 

「特エス3人連れとは、またやるじゃねぇか?そこのメガネはこの間の嬢ちゃんか?」

「どうも…………」

 

 ハッチから身を乗り出したデ・パルマに応じながら、初対面の時のことを思い出したらしい菫は、そっと光秋の陰に隠れる。

 

「それで、状況は?」

「そう焦るな。そもそも、俺たちもそれを調べに来たばっかりなんだよ」

「え?」

 

 デ・パルマの予想外な返答に、光秋は一瞬唖然とする。

 それに構わず、デ・パルマはさらに続ける。

 

「近隣住民の通報を受けて警察がやって来たら、NPもZCもメガボディでドンパチやってたからな、当然普通の警察じゃ歯が立たないから、やむなく工場地帯一帯の一般人を避難させて、周囲を封鎖したわけだ。で、逃げ遅れがいないかの確認も兼ねて俺たちが偵察に来たわけなんだが、なにぶんこの通信障害とEジャマーの所為でまだ何もわからず、そうこうしてる内にさっきの連中と鉢合わせちまったわけだ」

「…………なるほど」

 

 デ・パルマの説明に一応納得すると、光秋は途方に暮れた顔を浮かべる。

 

「それじゃあ、どう動くべきかわからないということですか?となると、このまま偵察の続行を?」

「まぁ待て。情報源なら今手に入ったところだ」

「?……あぁっ」

 

 冷徹な笑みを浮かべて輸送車の1台を指さすデ・パルマを見て、光秋はすでに身柄を拘束したZC、NP双方数名のことを思い出す。

 デ・パルマの様子を見るに、こうしている間にも輸送車の中で尋問が行われているのだろう。

 その時、デ・パルマのヘルメットに内蔵されたスピーカーに通信が入る。

 

「何だ?」

 

 ヘルメットから伸びるマイクにデ・パルマが応じるが、辛うじて漏れ聞こえた相手の声が光秋の耳にも届くものの、離れている所為か、通信障害の所為か、殆ど意味を成さない雑音にしか聞こえない。

 

―凄いなぁ、あれが聞き取れるなんて―

 

 おそらくは通信障害の影響と思った光秋は、自分の耳に多少問題があることを承知しつつも、感心せずにはいられない。

 

「普通、みんな聞き取れると思いますけど?」

「?」

 

 手の甲を指先で突かれたと思った直後、出し抜けに今思ったことに応じる様なことを言ってきた北大路に首を傾げるものの、直後に通信を終えたデ・パルマが渋い顔を浮かべるのを見て、光秋は出かかった北大路への問いを呑み込んでデ・パルマを見る。

 

「どうかしましたか?」

「いや、尋問の結果、今がどういう状況かわかってきたんだが…………」

「……思わしくない?」

「あぁ……」

 

 その表情から予測した答えを控えめに告げる光秋に、デ・パルマは重々しい首肯を返す。

 

「とりあえずお前にも伝えておくとして……関、輸送車の連中も、聞こえてるか?」

 光秋を見やりつつ、デ・パルマは通信越しに他の者たちにも呼び掛ける。

 

「まず大まかな現状を説明する。周囲に効いているEジャマー、これは例によってNPが仕掛けたもんだ。そもそもここらの工場のいくつかはNPの隠れ家、ないしは支援者だったらしく、Eジャマーをはじめ各種装備が保管されていたらしい。で、それ以上に厄介な通信障害だが、こいつはZCによるものらしい。情報によると、メガボディ数機と一緒に妨害装置と思しき物が上空からテレポートしてきて、そのまま向こうから攻撃、NP側も応戦して今の事態になったらしい……で、問題は俺たちの今後だが……」

「戦闘に介入して、双方鎮圧するんじゃないんですか?」

「だから、どういう手順でそうするかって話だよ」

「……すみません」

 

 苛立った声を返すデ・パルマに、焦りからつい余計なことを言ってしまった光秋は気まずく謝る。

 

「とりあえず、俺たちが真っ先に対処しないといけないのは通信障害装置だ。これさえ潰せば円滑な連携ができて後々楽だろうが……」

―じゃあそうすれば――なんて迂闊に言おうもんなら、また怒られるだろうからな。実際、僕も少し焦ってるようだ。ここは少佐の言うことに集中して、気分を落ち着けよう―

 

 喉まで上がってきた言葉を呑み込みながら胸の内にそう言い聞かせると、光秋はますます渋顔を強めるデ・パルマに努めて耳を集中させる。

 

「敵……それもNP、ZC双方の詳しい戦力は不明ときてやがる。今のメンツで切り込んでいいものか……連中がその件で口を割ってくれればいいんだが…………」

「……いっそ後退して、充分な戦力を整えて出直しますか?」

「俺もそれは一応考えたがな……」

 

 控えめに提案する光秋に、デ・パルマはヘルメット越しに頭を抱える。

 

「その間に連中が逃げちまえば、それはそれで後々面倒だし、輸送車の奴等はともかく、俺と関はゴーレムの稼働データ収集も兼ねて出てる以上、少しは戦っとかねぇと福山がなぁ……」

―なるほど―

 

 デ・パルマが決断を迷う理由を聞いて、光秋は胸の中で手を打つ。

 その時、何かに気付いた様子のデ・パルマが光秋を、それ以上に特エス少女3人を見据える。

 

「そういえばお前、特エス連れてきたんだよな?」

「えぇ……?」

「能力は?」

「えー……」

 

 唐突な質問に内心戸惑いながらも、光秋は少女たちの顔を見て記憶を引き出す。

 

「それぞれサイコキノ、テレポーター、サイコメトラーですが……?」

「それを先に言えよ!」

「「「!?」」」

「……」

 

 怒りとも喝采ともつかない声を上げたデ・パルマに、光秋と菫、桜は心臓を跳ね上げ、北大路はようやく興味が湧いた様子で目を向ける。

 

「サイコメトラーがいるなら話は早い。今すぐそいつを尋問に加えろ」

「!……いや、でも、そういうのって厳しい制限があるんじゃ……」

 

 続く言葉デ・パルマの言葉に先程の大声の理由を察したのも一瞬、研修で習った聴取における超能力の制約を思い出した光秋は、やや制する声を掛ける。

 が、

 

「超法規的措置ってやつだ。状況を考えるに、今が使い時だろう」

「……やっぱり、そうなりますか…………」

 

薄々予感していた返答をしてくるデ・パルマに観念しつつ、同時にその言い分に理解もした光秋は、渋々ながら北大路を見やる。

 

「……わかりました。聞いての通りだ、北大路さん。一旦降ろすぞ」

「……」

 

 掛けた声に答えることなく、北大路は自分のEJCを背負ってコクピットに寄せられたニコイチの右手に乗り、そのまま地面に降ろされる。

 

「待った、僕も行く」

「え?ちょ!?」

「光秋さん!?」

「柏崎さん、悪いがコクピットの守り、引き続き頼む」

 

 言うや席を立った光秋は傍らに置いていたヘルメットを被り、戸惑う桜と菫を残してリフトで地上に降りる。

 

「輸送車の方には連絡を入れた。一番前のやつにNPの奴等を、その後ろにZCの連中を入れてある。会話は通信越しに随時聞いてるんで、一つよろしく頼む」

「了解」

 

 ゴーレムのコクピットから見下ろすデ・パルマに応じると、光秋は北大路を伴ってまず一番前の車両へ向かう。

 車列の周辺には自動小銃を持った軍人たちと、若干だがESO一般部隊の隊員たちも佇み、四方へ警戒の目を向けている。

 

―しかし、本当に充分な審議もなく尋問にサイコメトリーを使っていいのだろうか?デ・パルマ少佐の言い分や、状況が急を要することはわかってるつもりだが…………なにより、10歳かそこらの女の子にこんなこと…………―

 

 その間にも我ながら性懲りもなくそんなことを思っていると、一瞬手の甲に触れた北大路が蔑む様な目を向けながら言ってくる。

 

「あの、別にそういうのいいですから。寧ろ変な気遣いとかうざったいだけなんで」

「……!まさかっ」

 

 その口ぶりから、コクピットでの唐突な声掛けと合わせて考えていることを読まれたと理解した光秋は、思わず表情が険しくなる。

 

「ここまで急なのは初めてですけど、入間主任の頃から似たようなことさんざんやってたし。今更中途半端に同情とかされても迷惑なだけなんで」

「っ!」

 

 その言い方に、つい握り拳に力を込めてしまう。

 

「そもそも、そんなに私にサイコメトリーさせることが不満なら、あなたが捕まえた人たちを拷問して情報を訊き出しますか?」

「それは…………」

「所詮、その程度の偽善ってことでしょ?」

「…………」

 

 そう言い残し、軽蔑の目でこちらを一見して先を行く北大路。それに対して言い返す言葉を持てず、かといって拳に込める力をますます強めてしまう光秋は、しかし冷静な部分の訴えに溜飲を下げる。

 

―落ち着け光秋。今のは北大路さんの言うことが妥当だ。どんなに納得してなくても、それに代わる方法を取る勇気――あるいは蛮勇……いや、冷徹さか?――がない以上、黙って現状を受けれるのが妥当だ―

 

 そうしてどうにか冷静になると、一番前の輸送車、その後部のドアから車内に入っていく。

 壁に沿って左右6つ、計12の座席が並び、その内奥側の6つに両手を手錠で拘束されたNPのメンバーが座らされている。いずれも体のどこかしらを包帯やガーゼで覆い、内1人は左脚に添え木が巻かれている。

 

―これはまた…………―

 

 敵対者とはいえ、思った以上の負傷具合に内心唖然としていると、NP6名の近くに控えていた、おそらくは尋問役をしていた初老くらいの軍人が声を掛けてくる。

 

「御苦労様です」

「どうも」

 

 それに応じることで光秋が気を取り直した直後、初老軍人はやや威圧的な声でNP6人に告げる。

 

「今からESOの特エスによるサイコメトリーを行う。抵抗せず素直に受けるように」

「制約違反じゃないか!人権侵害だ!」

「非常事態による特例措置と理解している」

 

 1人の反論に取り付く島もない様子で応じると、軍人は光秋に目配せする。

 

―……やるしかない、かっ―

 

 思うや光秋も北大路に目配せしてサイコメトリーを促し、それに目立った返答を返すことなく北大路は手前側の左脚を痛めた女性に手を伸ばす。

 が、

 

「待て」

「?」

 

触ろうとしていた女性の向かいに座っていた、20代半ばから30代程の顔ぶれの中で唯一50に手が届きそうな白髪混じりの男性の硬い声に、北大路は思わず手を止める。

 

「要は素直に答えればいいんだろう。何が知りたい?」

「そんな!」

「いや、社長!それは……」

 

 おそらくはこの一行のリーダー格なのだろう男性の言葉に、他の面々は動揺と悔しさが滲んだ声を漏らす。

 

―『社長』?……あぁ、なるほど―

 

 その呼び方が引っ掛かった光秋が目を凝らすと、全員同じデザインの作業服らしきものを着ていることに気付く。

 

―そういえば、少佐がこの辺の工場のいくつかはNPの隠れ家だって……この人たちもその口か―

 

 デ・パルマの言葉を思い出しつつ、普段は工員として活動しているのだろうと察していると、社長と呼ばれた男性は他の者たちに静かに応じる。

 

「悔しいが、我々は負けた。怪物の支援者共にな。これ以上の抵抗は、もう無理だろう…………だが、心までは屈しはしない。超能力で俺たちの心に土足で入られるくらいなら、自分の口で語ろうじゃないか」

「「「…………」」」

 

 社長の穏やかな語りかけに、メンバーたちは静かに俯く。

 

「それで?何が知りたい?」

「……あなた方の戦力、その規模を」

 

 打って変わって鋭い眼光を向けてくる社長に悪寒を覚えたのも一瞬、下がりそうな足をどうにか踏み止めた光秋は、怒鳴るわけではないが腹の底から意識して声を出す。

 

「…………ここら一帯に限っていえば、90式が7台、フラガラッハが6台、あとは重機関銃や対物砲が数点といったところだ。ただ、騒ぎを聞き付けて救援に来た同志がいて、そちらについては交信が錯綜しいていた所為ではっきりしない。こちらが最後に見た時は、フラガラッハが10台、90式が6台くらいだった。あぁ、ヘリも2、3機飛んでいるのを見掛けたな」

「……Eジャマーは何基設置しましたか?」

 

 思った以上に淀みなく淡々と語る社長に意表を突かれながらも、光秋はさらに続ける。

 

「かなり高出力なものを7台程、工場地帯を囲う形で設置した。もっともコレも同志たちが新たに持ち込んだらしく、そちらについて俺たちは知らない」

「……わかりました。御協力感謝します。行こう」

 

 こちらを見据えて告げた社長に一礼すると、光秋は北大路に声を掛けて輸送車を出ようとする。

 が、直後に後ろから声が掛かる。

 

「これで勝ったと思うなよ、ESOの若造、そして怪物の少女!実際、外では我が同志が未だ戦い続けているんだからな」

「!怪物って!」

 

 隠す気のまるでない憎悪を乗せた北大路への一言に、咄嗟に血が上った光秋は振り返って社長を睨み付ける。

 

「おい、やめんか」

 

 軍人も制止の声を掛けるものの、社長は臆することも耳を貸すこともなく続ける。

 

「お前はすっかり騙されているようだがな、例え愛らしい少女の姿をしていても、中身は我々ノーマルのことなど虫けらとしか思っていない化け物だ。なまじ念力や瞬間移動といった目に見えて“らしい”能力でないからわかりにくいだろうが、超感覚――サイコメトリー程度でも充分人を傷付けることはできる。人を構成する最も脆い部分――心をな。俺はそれで何度連中に嘲笑されてきたことかっ。何度惨めな思いをしてきたことかっ…………」

「それは…………」

 

 社長の言葉に、去年の夏、サイコキノの不良に首を絞められたことを連想した光秋は、最後の方の怒りと悲しみを含んだ一言も合わさって、返す言葉に困ってしまう。

 

「おい、いい加減にしておけ」

(もうい……次、Z……頼……)

「……了解」

 

 先程よりも強い語調で軍人が制すと同時に、耳の通信機から雑音混じりのデ・パルマの声が響き、それに小さく応じると、光秋は後ろ髪を引かれながらも輸送車を後にし、北大路も無感動にそれに続く。

 

「さっきのおじさんに、何も反論してくれませんでしたね」

「…………」

「別にいいですけど」

 

 指摘する北大路に重くなった口は開かず、心底軽蔑した顔を向けられる。

 

―北大路さんの言う通りだ。彼女の暫定上司として、せめて何か一言言うべきだったんじゃないか?…………ただ、僕の中にも確かにあるんだよな。超能力者――自分よりずっと力のある者を恐れる気持ちが…………―

 

 その自覚が去り際の社長の表情に過度な感情移入をさせるのだと理解しつつも、かといってすぐに気持ちを切り替えることもできず、悶々とした気分を持て余しながら、光秋は2台目の輸送車の後部に回り込む。

 

―…………そろそろ()そう。もうひと頑張りしなきゃいけないからな―

 

 ドアの前でそう自分に言い聞かせ、沈殿した重い思いを無理やり退かすと、光秋は北大路と共に2台目の輸送車に入る。

 先程と同じ左右に6つずつ並んだ座席、その奥側にいずれも二十歳前後といった年格好の男性たちが3人腰掛け、ドア側と運転席側に控えている軍人2人がそれを監視している。NP側程ではないが3人も負傷しているらしく、内1人――ヘラクレスが停止した後も拳銃で抵抗していた男性は頭に包帯を巻いている。

 

―こうして間近で見ると、やっぱりみんな若いな……?―

 

 着崩したり、わざと裂いて痕を作った服を着たり、日系の顔立ちではどこか違和感を抱いてしまう金髪に染めていたり、テロリストというよりも不良少年の一団を想起させる3人の格好にそんな感想を抱きながら、光秋は威圧を意識した声を出す。

 

「これより、サイコメトリーによる情報収集を行う。抵抗せず素直に受けるように」

 

 さっきの車両で会った軍人を倣って告げると、頭に包帯を巻いた男性がこちらを、特に北大路を睨んでくる。

 

「ガキがESOの制服?まさか、特エスか!?ノーマルに尻尾を振る裏切り者が!!」

「おい、勝手に喋るな」

 

 すぐに軍人の制止の声が飛ぶものの、包帯は北大路に向ける目の険しさを弱めることはない。

 

「特エスって、あの歳でか?なら相当レベル高けぇじゃねぇかよ!」

「そんなの相手に(しら)切れるわけないっすよ…………」

―……これは……行けるか?―

 

 一方、他の2人はすっかり意気消沈し、それを見た光秋は内心小さな望みを感じる。

 いずれも小型Eジャマー内蔵の手錠で拘束されているものの、あくまでも慎重にその内の一人に歩み寄ると、膝を折って目線の高さを合わせる。

 

「…………話していただけませんか?あなた方の戦力がどれくらいか」

「!」

 

 車内に入って来た時の第一声とは逆に、穏やかさを心掛けた声を掛けると、その男性は俯いていた顔を上げてハッとした表情を向けてくる。

 

「話したら、罪軽くなるっすか?協力したら俺のこと、ZCから守ってくれるっすか!?」

「!えぇ、まぁ……詳しいことは裁判所や弁護士の方と相談する必要はあると思いますが、ある程度はプラスになるはずですよ。みなさんも、ちゃんと聴いてますよね」

 

 すっかり怯えた様子で縋りついてくる男性に一瞬困惑しながらも、証言者は多い方がいいと思って車内の面々に呼び掛けた光秋に、傍らの軍人2人がそれぞれ頷いて応じる。

 

―にしても、ZCから守るって…………?―

 

 その一言が引っ掛かっていると、包帯が声を荒げる。

 

「佐賀、テメェ!何裏切ろうとしてんだよ!!」

「おい!やめんか!!」

 

 叫んだ勢いで光秋が話していた男性に飛び掛かろうとするものの、すぐに軍人に押さえ付けられて座席に戻される。

 そんな包帯に、「佐賀」と呼ばれた男性は半泣きになりながら返す。

 

「だって俺らもう捕まったんすよ?特エスのサイコメトラーまで来たんすよ!?もういいじゃないっすか!これ以上頑張る必要ないじゃないっすか!先輩こそ、まだあんなとこにいたいんすか!?」

「あんなとこ……?」

 

 その最後の一言に、光秋は顔を寄せながら問い掛ける。

 

「ZCっすよ!俺らも行くまでわからなかったけど、あそこはヤバい奴等の巣窟っす。俺らもともとは『デビルズ』って超能力者の不良グループで、関東でもそこそこ名が売れてたんすよ。年明けの放送を観たリーダーの決定でZCにグループ丸ごと加わることになって、俺も最初は張り切ってた…………でも、実際行ってみたら…………」

―なるほど。第一印象はあながち間違ってなかったか―

 

 顔を青くさせながら語る佐賀の話を聞きながら、光秋は小さく納得する。

 

「あそこにいる連中に比べたら、俺らがやってたことなんてガキの火遊びっすよ!俺もうついてけないっすよ!もう嫌っすよ…………」

―構成員からここまで恐れられるって……あぁ、だから『ZCから守ってくれ』なんだ―

 

 いよいよ本格的に泣き始めた佐賀を見て、光秋はそこから伝わってくるZCのメンバーの恐ろしさに上着の下の肌を粟立てつつ、先程の言葉の意図を察する。

 

「事情はだいたい理解しました。身の安全については僕の方からもよく言っておきます。その代わり、質問に答えてくれますね?」―……嫌な言い回しだなぁ―

 

 自然と出てきた自分の言葉に内心眉を寄せつつ、光秋は佐賀の肩にそっと手を置いて語り掛ける。

 

「答えるっす!何でも訊いてくれっす!!」

「…………ここに来たあなた方の戦力はどのくらいですか?」

 

 途端に向けられる縋る目に罪悪感を抱きながらも、問うべきことを問う。

 

「佐賀!この裏切り者がぁ!!」

「おい!いい加減にしろ!」

「暴れるな!!」

 

 直後に包帯が怒声を上げながら立ち上がるものの、傍らの軍人2人に取り押さえられる。

 

「!!」

「……佐賀の言う通りっすよ、先輩……俺ら、もう負けたんす…………」

 

 その様子に内心肝を冷やし、それまで黙っていた3人目の弱々しい呟きを意識の隅に聞きながらも、光秋は冷静であろうと努めながら佐賀の答えに意識を集中させる。

 

「えっと……確かヘラクレスが10機に、イピクレスが20機……全部で30機っす!」

「『イピクレス』?」

 

 震えた声で告げられた佐賀の情報、その聞き慣れない単語を光秋は訊き返す。

 

「ヘラクレスに装甲くっ付けたヤツっすよ。俺らが乗ってた」

「あの防御力向上型のことか?」

 

 佐賀よりはいくらか落ち着いた――あるいは諦観した――様子の3人目の説明に、光秋は今回初めて目にした装甲板で身を固めたヘラクレスを思い出す。

 

「まぁ、そういう言い方もありっすかねぇ。俺らみたいな戦闘向きじゃない、あるいはレベルが低い能力者向けにヘラクレスを改修したモデルって、そう聞いてるっすけど」

「なるほど…………」―とりあえず、ZC側は30機か……『社長』って人の証言から――曖昧な部分も多いが――NP側も似たような規模みたいだし……都合60近くの敵対者と考えるべきか…………?―

 

 さらに続いた説明に応じつつ、今わかっていることを整理した光秋は、その結論に悪寒を覚える。

 

「……御協力感謝します。行くぞ」

 

 意識的に明確な声で告げることでどうにかその悪寒を追いやるとドアへ向かい、北大路も特に反応を示すことなくそれに続く。

 が、すぐに包帯の怒声に呼び止められる。

 

「テメェ、勝った気でいんのも今の内だぞ!こいつ等はともかく、俺はまだ諦めちゃいねぇ。テメェ等がどんな頑丈な檻にぶち込もうが必ず抜け出して、またZCに戻ってやる!戻って今度こそノーマル共と裏切り者の特エス連中皆殺しにしてやる!!」

「まだあんなとこ戻りたいんすか先輩は!?そんなにあんなヤバい連中と一緒にいたいんすか――」

「黙れぇっ!!」

 

 いよいよ本格的に泣きながら告げた佐賀に、包帯はひと際強い怒声を押し被せてくる。

 

「…………」

 

 手錠を掛けられ、防具の上からでもわかる屈強な体格の男性2人に押さえ込まれていても、その耳を直接殴り付けられた様な声に、光秋は冷や汗をかかずにはいられない。

 

「俺だって、正直あそこ怖ぇよ。これ以上いたらヤバいかもって思ってるし、あんな連中と平気な顔して一緒にいられるリーダーたちってどうなんだとも思ってる……でもなっ、俺が超能力者だってだけで――直接人を傷付けることなんてまず不可能なサイコメトラーって知ってるくせに、やれ化け物だ、やれ悪党だと言って物を投げ付けてきた、そうでなきゃ遠巻きにこそこそ囁き合ってた、そういうガキの頃から俺を虚仮(こけ)にしてきた連中に一泡噴かせるには、ZCで似たような境遇の連中と一緒に戦うしかねぇだろうっ!!」

―あぁ、これは…………―

 

 主張の内容と、それ以上に唾を飛ばす勢いで語りながらも、少しずつ嗚咽を含んでくる包帯の声色に、光秋は先程のNPの「社長」の姿を重ねて見る。

 静かに怒り泣いていた社長と、湧き上がる感情を躊躇も遠慮もなく放出する包帯、表現こそ正反対なのだが、それがかえって両者の根底にあるもの、その共通項を際立たせているように感じて、微かに胸が痛くなる。

 

―違う者――()()()()()()()を排そうとする動き…………人の――“今の人”の(さが)…………否、今はそれよりも―

 

 放っておけばいつまでも浸ってしまいそうになる感傷、それを現状を思い出すことで振り払い、それを表すつもりで足を前に出して輸送車を降りると、意識した速足でニコイチの許へ戻る。

 

「ちょっと待っててくれ。すぐ上げる」

 

 北大路に一言断ってリフトで上昇すると、コクピットに残してきた桜と菫が出迎えてくれる。

 

「光秋さん!大丈夫でした?」

「待たせたな。話聞きに行っただけだから大丈夫だよ」

 

 心配した顔で歩み寄ってきた菫に努めて明るく応じると、今度は桜が訊いてくる。

 

「菊は?」

「下で待たせてる。これから上げるとこだが、その前にコイツを動かさないといけない。悪いが2人共、ちょっと少佐のゴーレムの方に行っててくれ」

 

 そう言って少女2人を隣接したままのデ・パルマ機のコクピットへ退避させると、光秋は操縦席に着いて認証を行う。

 ニコイチが再起動するやすぐにコクピットを機外に上げて桜と菫を迎え、ニコイチの手に乗せた北大路を上へ上げる。

 と、デ・パルマがゴーレムのコクピットから顔を出す。

 

「ご苦労だったな。結局サイコメトリーは使わなかったか」

「言ったら向こうから話してくれたので。ただそれよりも、敵の規模が明らかになったとはいえ、どう対応します?単純計算でも20倍近い戦力差ですが?」

 

 労いに応じながらも、光秋は自分のニコイチ、デ・パルマと関のゴーレム、5台の兵員輸送車とその周囲に佇む人々を見回し、途方に暮れた顔を浮かべる。

 その時、

 

(いや……でもな……さ)

 

雑音混じりの通信が聞こえたかと思うと、それまで2機から離れた所に立っていた関機がニコイチの傍らに歩み寄り、ハッチを開けて本人が身を乗り出してくる。

 

「軍とESOの合同部隊――つまり僕たち、NP、ZCと、この場にいる勢力の中では、確かに僕たちの規模が一番小さい。馬鹿正直に挑めば、よくて大苦戦、普通に考えたら全滅だろうな。もっとも、NPとZCが拮抗しているなら、付け入る隙はある」

―……拮抗、か…………―

 

 言いながら横を向く関の視線を追って、光秋も海側を見やる。その方向からは未だ発砲や破損と思われる轟音が鳴り響き、建物の合間からは何本もの黒煙が上がっている。

 

「つまり、こういうことか?」

 

 同じく視線を追ってその方向を見ていたデ・パルマが、察した様子で言ってくる。

 

「膠着状態に陥っているNPとZCの間を突っ切り、目下最大の懸案たる妨害装置を破壊、そうして通信を確保した後本隊に適切な装備を備えた増援を要請し、戦闘区域一帯を一気に鎮圧する」

「突っ切るのは流石に無理でしょうが、だいたいその通りです。実際、これだけ一カ所に留まっていても、NPもZCも最初に遭遇した人たち以外こっちに向かってきません。状況を見るに、負傷者を連れて離脱しようとしていたNPの一団をZCのあの2機が独自の判断で追撃、そこを僕たちと鉢合わせて捕まったと、こんなところでしょう。つまり、双方目の前の相手に手一杯で、僕たちに回せる余力はない、あるいは極端に少ない。目的地を絞って回り込めば、勝ち目はあります」

「…………凄いな」

 

 決して多いとはいえない情報からこれだけのことを、本当に短時間で思い付き、それを理路整然と語ってみせる関と、その意図を少ない言葉から察したデ・パルマに、光秋は近しい仕事に携わる者としての格の違いを見せ付けられた気がして、2人のゴーレムの操縦技術を見せられた時以上に圧倒され、つい小声を溢してしまう。

 

「そうなると、あとは妨害装置までのコースだな。大よその位置はさっきの報告でわかってるから――と、加藤はまだだったな。関、教えてやれ」

「了解」

 

 デ・パルマの指示に応じるや、関はニコイチのコクピットに移って位置情報を教え、それに基づいて光秋はパネルに指を走らせる。

 その間にデ・パルマは考えをまとめ、関がゴーレムに戻るのを見計らってこの場の全員に告げる。

 

「よし。まずコースだが、最短コースで行く」

「!?」

 

 その一言に驚愕しつつ、光秋は地図上に表示された妨害装置の凡その位置を確認し、建物の向こうから響く轟音の位置――戦闘区域をその上に当てはめてみる。

 

―まるっきり突っ切る形じゃないか!―「少佐!それは流石に無茶――」

「黙って最後まで聞け」

「…………」

 

 思わず口を挟んだものの、デ・パルマの険を含んだ声にすぐに押し黙ってしまう。

 

「行くのは俺と関、3から5番車、そしてESOの白い犬だ。内輸送車たちは適当な所まで同行した後、戦闘区域の間近に隠れて待機、状況に応じて可能な限り援護してもらう。一部の人員は付近のEジャマーを捜索、通信回復後、俺が指示を出したら停止させてくれ。1番車と2番車は後退、本隊への現状報告と捕縛した連中の身柄引き渡しを頼む。今から15分経過しても通信が回復しない、もしくは遠くから見ても大きな変化があった場合は、そちらの判断で次の行動をとるようにとも伝えてくれ。質問は?…………ないようだな。なら、作戦開始だ!」

((「了解!」))

「……了解」

 

 デ・パルマの号令に通信や叫びを通じて全員が応じる中、光秋も多少の不安を抱きながらそれに続き、本土側に引き返していく2台の輸送車を見送ると、放ってそのままだったキャノン砲を右手に持ち直してデ・パルマ率いる一行に続く。


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