白い犬   作:一条 秋

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89 レールガン

 2月14日月曜日午前6時。

 起床した光秋は朝食のトーストをかじりながら、未だ眠気の残る頭で昨日のことを考えていた。

 

「綾のあの電話、どういうことだったんだろうな…………?」

 

 その時は反射的に謝ってしまったものの、あれから今まで考えてもこれといった意図は解らず、かといってこちらからそれを訊くような度胸もなく、未だ綾の態度に対する疑問が徒に頭の中を回り続ける。

 そうしながらも食事を終え、着替え諸々の出勤準備を済ませると、コートの上からカバンを肩に掛けて玄関へ向かう。

 

―…………これ以上考えてもろくな答えは出そうにないし…………次の機会にそれとなく訊いてみるか―

 

 我ながら思考放棄を自覚する一方、徒に考えごとばかりしているわけにもいかない自分の現状も理解している光秋は、そう思うことで半ば強引にこの懸案を割り切ると、戸締りを確認して東京本部へ向かう。

 

 

 

 

 電話の件を記憶の隅に押しやり、藤岡主任の研修に集中して過ごす午前中。

 理解の程度こそ相変わらず不安が残るものの、この1カ月程ですっかり馴染んだ時間の経過過程に身を委ねていると、気付けば昼食の時間となる。

 混み合う食堂で掻き込む様に生姜焼き定食を食べ終えた光秋は、すっかり膨れた腹を抱えて研修室に戻ってくると、いつも使っている椅子に腰を下ろす。

 

「ふー……混んでたなぁ……」

 

 少し前までの食堂の様子を思い出し、そんな状態で昼休み中に食事を終えられたことに安堵にも似た気分を抱いていると、上着のポケットに入れた携帯電話が振動する。

 

―また綾……なわけないか……福山主任?―

 

 唐突な着信に数時間ぶりに電話の件も思い出したのも一瞬、先日のスフィンクスとの模擬戦で初めて会ったメガネの青年を思い出しながら、携帯電話を左耳に当てる。

 

「もしもし?」

(福山だが。今いいだろうか?)

「はい。何です?」

(MB‐00用の新装備が完成したので、近い内にそのテストを行いたい。19日が空いていたと思うのだが)

「ニコ――00の新装備、ですか……19日?ちょっと待ってください」

 

 その一言に興味と不安を同時に抱く自分を意識しつつ、光秋はカバンから手帳を取り出してカレンダーのページを開く。

 

「土曜日ですね。確かにこの日休みです」

(では、当日は00で直接試験場に来てくれ。後ほど位置をメールしておく)

「わかりました」

 

 応じるや、福山の方から電話は切れ、光秋は携帯電話をポケットに戻す。

 

「この間ニコイチ用の90ミリ砲を見せてもらって、もう新しい装備か……何だろう?」

 

 改めて興味半分、不安半分な気持ちを意識しつつ、19日の空白に「テスト」とメモしていく。

 

 

 

 

 午後6時。

 研修を終えた光秋は、念のため藤岡にテストの件を伝えた後、すっかり馴染んでしまった頭の鈍痛を抱えながら食堂へ向かう。

 

「……?……菫さん?」

 

 食堂の出入り口前に見覚えのある人影が佇んでいるのを見て声を掛けるや、学校の制服の上にコートを羽織った菫が駆け寄ってくる。

 

「研修終わったんですか?」

「あぁ……菫さんは?こんな時間にどうした?検査でもあったのか?」

「いいえ。光秋さんにお願いがあって」

「僕に?」

「今度の週末、空いてますか?」

「週末?……土曜は用があるが、日曜なら」

「じゃあ日曜日、光秋さんのお(うち)にお邪魔してもいいですか?」

「家に?」

「はい。昨日あれから“次の人”についていろいろ考えたんですけど、それについて光秋さんとまたお話したくて」

「……なるほどな」

 

 唐突な申し出に一時意表を突かれたものの、さらに続いた菫の説明に、光秋は魅かれるものを感じる。

 

「面白そうだな。家ならゆっくり話せるだろうし……わかった、予定しておく」

「ありがとうございますっ!」

 

 今のところ予定がないことを頭の中で確認して頷くと、菫が嬉々とした顔で深々とお辞儀する。

 

「詳しい時間……とかは食べながら話すか。流石にそろそろ何か詰めないと()たない」

「わかりました」

 

 言いながら光秋は腹を擦りながら食堂に入り、菫もそれについていく。

 券売機の前で食べたい物を選んでいると、光秋はふと抱いた疑問を菫に投げ掛ける。

 

「ところで、本部に来た用事ってこれか?」

「はい。これくらいの時間にここで待ってれば会えると思って」

「わざわざそれだけのことで来なくても、電話すればいいのに。メールでもいいが」

「最初はそう思ったんですけど……番号もアドレスも知らなかったから……」

「えっ?」

 

 バツが悪そうに菫が答えるや、光秋は慌てて携帯電話を取り出して電話帳を確認する。

 

「…………本当だ。教えたつもりになってたな……すまない」

「いいえ、私もうっかりしてて」

 

 互いに気まずそうに頭を下げ合うと、注文を決めた光秋は食券を買い、菫も買ったのを見ると受付へ向かう。

 

「席に着いたら交換しとこう。柏崎さんと北大路さんの方も追々な」

「そうですね」

 

 言いながら、光秋はうどん、菫はミートソースの載ったトレーを受け取り、近くのテーブルに向かい合って座る。

 

「じゃあ、忘れない内に」

「はい」

 

 言うや光秋と菫は互いの連絡先を交換し、それぞれ携帯電話をポケットに戻すと、菫が思い出した様に訊いてくる。

 

「そういえば、土曜日は用事があると言ってましたけど、なにがあるんですか?」

「ん?ニコイチの新装備ができたから、それのテストしてくれって」

 

 答えつつ、光秋はうどんを一口すする。

 

「ニコイチ……あの白い一本角のロボット――メガボディのことですよね?」

「そう。僕の大事な“相棒”にして、ある意味生命線かな?」

「生命線……?」

 

 胸ポケットの中のカプセルを意識しながら少し自虐的に言ってみせる光秋に、菫は首を傾げる。

 

「詳しくは言えないが、アレがあったからこそ僕はESOで働けてるようなものだからな。強いて言えば一芸入社だよ。もし今ニコイチが無くなろうもんなら……もしくは“上”に『価値が無い』と言われようもんなら、少なくとも()()()はESOにいられないだろうな……」

 

 うどんをすすりながら当たり前のことを話す様に言ってみるものの、内心では今まで漠然と感じていたものが明文化され、自分でそれをやっておきながら不安を覚えずにはいられない。

 

―『今の』というか……これからもニコイチに関係なくESOにいられるかわからないんだけどな…………―

 

 加えて今日までの研修の様子を振り返れば、不安は和らぐどころかより強くなり、知らぬ間に苦い笑みが浮かぶ。

 

「…………」

 

 そんな光秋を見た所為か、菫は居心地の悪そうな顔を浮かべて押し黙ってしまう。

 

「……すまんすまん。僕のことはいいんだよ。それより、日曜のことだけど」

「あ、はい」

 

 それを見るや、光秋は雰囲気を変えたいものあって先程の話題を持ち出し、渡り船とばかりにそれに乗った菫と詳しい予定を詰めていく。

 

 

 

 

 予定を決め、食事を終えると、光秋と菫はそれぞれトレーを返して食堂を出る。

 

「確認するが、当日は菫さんが僕の寮近くの駅まで来て、僕が10時にそれを迎えに行く。その後寮に行って、2人で話し合う。これでいいな?」

「はい。その日はよろしくお願いします」

 

 正面玄関に向かいながら先程決めた予定を確認する光秋に、菫は頭を下げながら応じる。

 顔を上げると、菫は思い出した様に訊いてくる。

 

「……そういえば、土曜日は装備品のテストに行くんですよね?」

「だな」

 

 光秋が応じると、菫はしばし考える顔をし、若干迷いを含みながら言ってくる。

 

「……それ、私も見学することってできますか?」

「菫さんが?どうだろうな……そもそも、突然どうした?菫さんもあぁいうのに興味あるのか?」

「いえ、確かに物珍しい感じはしますけど……それよりも、この前入間主任が話してたことが気になって」

「入間主任?……なんだっけ?」

「ほら、この前光秋さんとお見舞いに行った時、メガボディと超能力者をセットで使うかもしれないって」

「……あぁ」

 

 言われて光秋は、初めて入間の見舞いに行った時の会話を思い出す。

 

「もしそうなら、私もニコイチが動くところを観て、一緒にやっていく上での感覚を覚えなきゃいけない、その新しい装備が出るなら、私も観ておかなきゃいけないって……そう思ったんですが……」

「……なるほど。言われてみれば確かにな」

 

 態度こそ気弱そうながらも整然と語る菫の姿に舌を巻き、語られた内容を噛み締めると、光秋は深く頷く。

 

「少なくとも、今回の人事にそういう部分もあるかもっていうなら、確かに菫さんたちにもこういう機会には顔を出してもらった方がいいかもな。柏崎さんと北大路さん……については今は置いとくが……今回についてはそうだな。後で僕から福山主任に――テストの主導者の方に電話して訊いてみるよ。流石に無許可じゃ不味いだろうからな。詳しいことは追って連絡する」

「ありがとうございます」

 

 言いながら福山に連絡するタイミングを考える光秋に、菫は再度頭を下げる。

 そうして気付けば玄関をくぐって外に出、正門の前まで歩くと、不意に光秋は足を止め、菫もそれに倣う。

 

「そういや、菫さんの寮ってこの辺だよな?最後まで送ろうか?」

「……いいんですか?」

 

 突然の申し出に、菫は浮かびそうになる嬉しさを抑えて探る目で訊いてくる。

 

「まぁ、駅に向かう道から少し逸れるが……暗いしな」

「それなら……よろしくお願いします!」

 

 日が落ちて久しい周囲を見回しながら応じる光秋に、菫は今度こそ弾んだ声で頼むと、2人は菫の寮へ向かう。

 

 

 

 

 2月19日土曜日午前7時半。

 早朝の冷気の中、コートを羽織った背広下の肌を粟立たせた光秋は正門前に着くと、近くに菫の姿を探す。

 

「…………まだ来てないか」

 

 周囲を見回していないことを確認すると、正門のそばに佇んで来るのを待ちながら、4日前に福山に菫の見学の許可を得た時のことを思い出す。

 

―思ったよりあっさりOKしてくれたよな、福山主任。一応理由も説明したが……―

 

 思いつつ、入間が推測し、先日の菫との会話で思い出したことを電話越しに述べた時のことを思い出すと、再び菫への感心を覚える。

 

―しっかりした子だとは思っていたが、まさか僕がそのお世話になるとは……僕ももう少しその辺考えられるようにならんとなぁ……―

 

 それは自身の至らなさへと転化し、胸の中に自戒を抱かせる。

 そんな気持ちを表す様に頭を掻いていると、本舎の方から声が掛かる。

 

「あ、光秋さーん!」

「菫さん?来てたのか?」

 

 本舎の方から駆け寄ってくるコートを羽織った菫に、寮の方から来ると思っていた光秋は意表を突かれる。

 

「すみません、お待たせしました」

「いや、僕も今来たとこだが……何で本舎から来たんだ?」

「一応ESOのお仕事ですから、着替えておこうと思って」

 

 少し息を上げながらも、菫は光秋の質問に答えながらコート下の緑服を指さす。

 

「あぁ、そっか…………そこも考えてなかったな……」

 

 思っていた矢先の再度の失敗に、光秋は再び頭に手を当ててしまう。

 

「こういう考えが足りないとこ、それこそ“今の人”かね?」

「……えっと……何です?」

「いや、こっちの話だ」

 

 思わず漏れてしまった呟きに、話の前後関係が見えない菫は首を傾げるものの、光秋は短く応じて駐車場の中ほどに進み出る。

 

―なにより、こういうのは次気を付けるしかないんだよな―

 

 そう思って割り切りながら上着の内ポケットからカプセルを取り出すと、正面に左膝を着いたニコイチを出現させる。

 

「そこから出すんですか。テレポートの応用かなにかですか?」

「さぁな。僕も詳しくは知らないが、そんなとこなんじゃないか?ちょっと待ってて」

 

 掌くらいの小さな物から全長10メートルの大きな物が出てくる、そんな光秋にはすっかり馴染んだ、しかし一般的には充分超常的な光景に若干唖然としながら訊いてくる菫に応じると、光秋はリフトを伝ってコクピットに上がる。

 認証を済ませてニコイチを起動させ、操縦席を機外に出すと、右手を菫の許に差し出す。

 

「乗ってくれ。それでこっちに上げる」

「はい」

 

 応じると、菫は掌に乗ってその中央で体を安定させ、光秋はそれを慎重に上げてコクピットの前に持ってくる。

 座席の左側面に移動した菫が背もたれに掴まったのを確認すると、光秋は操縦席を機内に下げ、ハッチを閉じてニコイチを立ち上がらせる。

 

「えー、試験場の位置は……こうだな」

 

 言いながら、携帯電話を開いて福山から送られたメールに書かれている位置情報をパネルに入力し、地図に案内が表示されると、光秋は傍らの菫を見やる。

 

「行くぞ。椅子がなくて悪いが、その辺に座っててくれ」

「わかりました」

 

 返事を聞くとペダルをゆっくりと踏んでニコイチを上昇させ、地図に赤点で示された場所へ向かって飛行する。

 

―……菫さんたちとニコイチに乗る機会が増えるなら、また補助席かなにか作ってもらった方がいいか……テストの後に福山主任に頼んでみるか?―

 

 操縦席の側面に背中を預けて床に座る菫を横目に見て、光秋は法子が使っていた折り畳み椅子のことを思い出しながら、少し真面目に検討してみる。

 

 

 

 

 雲の少ない青空をしばらく飛ぶと、目的地たる山間部の試験場が見えてくる。

 木の葉が落ちてすっかり寂しくなった山々の合間にひっそりと広がる平地にニコイチを着地させると、光秋は掌に乗せた菫を地面に降ろし、自分もリフトで降りると、ESOのコートを羽織った福山がやって来る。

 

「福山主任、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。早速新装備の説明に入りたい。降りてきてもらったところ悪いが、キャノン砲の時のように実物を見せながら行うので、また乗ってくれ」

「わかりました」

 

 応じえると、光秋は踵を返してリフトへ向かおうとする。

 と、

 

「あ、あのっ!」

「?」

 

突然の声に振り返ると、菫が緊張した面持ちで福山を見上げているのを見る。

 

「光秋さ――加藤二曹から紹介があったと思いますけど、本日見学を許可させていただきました、特エスの柿崎菫です!よろしくお願いしますっ!!」

 

 心なしか震えた、最後は若干裏返った声で言うや、菫は直立不動の体を直角に折り曲げて深々と頭を下げる。

 

「よろしく……見学なら、間近で直に観た方がいいだろう。君も00に」

「は、はいっ!」

 

 返事と指示を告げるや福山は振り返って歩き出し、菫は逃げる様に光秋の許に駆け寄る。

 

「…………私、何か変なこと言っちゃいましたか?今の人、なんか機嫌悪そうでしたけど……」

「そうかな?僕もまだ付き合い短いから福山主任のことよく知らないけど、いつもと変わらなかったと思うが?」

 

 不安そうに訊いてくる菫に、光秋は先程見たままを答える。

 

「緊張でそういうふうに見えたんだろう。それよりまたすまないな。僕の方から一言紹介するべきだった……とまぁ、そういうのは一旦後だ。早く乗ろう」

 

 数十分ぶりに再び抱いた悔いを隅に押しやりつつリフトでコクピットに上がると、光秋はニコイチを再起動させ、菫を乗せて福山の後を追う。

 と、

 

(よぉ、加藤二曹。新しい装備のテストだって?)

「?その声はデ・パルマ少佐?どちらです?」

 

突然通信機から響いてきた聞き覚えのある声に、光秋は半月前に見た白い顔を思い浮かべながら辺りを見回す。

 

(こっちだこっち。お前から見て右側)

「右……あ」

 

 通信越しに言われて右を見やると、森の手前に佇んだゴーレムがこちらに左手を振っているのを確認する。

 その右腕には銃器型の装備が握られており、90ミリキャノン砲に比べてずっと細身なソレは、遠くから見れば巨人サイズの自動小銃に見えなくもない。

 

「ソレ、新しい装備……少佐たちもテストですか?」

(あぁ。といっても、関は今休憩中だがな。口径30ミリのメガボディ用マシンガンだってよ。数が撃てるのは助かるな)

「はぁ…………」

 

 言いながらデ・パルマが掲げて示してくれたソレは、確かに連射に向いた装備のようだ。細長い銃身、照準カメラや持ち手を備えた本体、末広がりの銃床、銃身付け根下に差し込まれた長方形の弾倉と、細部に若干の違いはあってもNPのフラガラッハやZCのヘラクレスが持っていた物とほぼ同じ形をしたソレに、祝賀パーティー襲撃事件のことを思い出した光秋は、寒さとは異質な寒気を覚える。

 その時、

 

(加藤二曹、何をしている)

「!すみません、今」

 

外音スピーカーから響いた急かす様な福山の声に、我に返った光秋は寒気を追いやる。

 

「すみません少佐。これで」

(おう。そっちも頑張れよ)

「ありがとうございます」

 

 デ・パルマに一言告げ、意思を拾ったニコイチが人間そのものの挙動で一礼すると、光秋は歩みを再開する。

 

「……今通信してきた人、さっきのメガボディに乗ってた人ですよね?」

「あぁ」

「お知り合いですか?」

「この間模擬戦やったんだが、その時相手してもらったんだよ。陸軍の新設部隊の指揮官だって」

 

 菫の質問に答えながらニコイチを歩かせること少し、光秋は目の前に鉄板の上に載った新装備と思しき機材を捉える。

 

「コレは…………拳銃、ですか?」

 

 キャノン砲やマシンガンに比べてずっと小さく、しかし少し奇妙な形状のソレに、光秋は表現に困りながら呟きつつ、手に取って観察の目を注ぐ。

 幅広の直方体を中心に、後部下にニコイチ用と一目でわかる引き金を備えた持ち手、前部に細長い砲身、それらでL字状に形成された全体像は、確かに人間用の自動拳銃に近い形をしている。

 しかし拳銃として見た場合、砲身がやや長く、弾倉の差し込み口と思しき穴が砲身の付け根に空けられ、加えて他の部分に比べて異様に肥大しているように見える直方体部分――本体に、どうしても違和感を覚えてしまう。

 そんな疑問に答える様に、通信越しに福山の声が響く。

 

(もともとは対高レベルサイコキノ用に開発されていたレールガン、それを00の手持ち火器に転用した物だ)

「レールガン……て、SFなんかに出てくるアレですか?」

 

 言われて光秋は、未来や宇宙を舞台にした作品をいくつか思い浮かべる。

 

「本当にあるんだ……」

(理論上は実現可能な技術だからな。詳しい説明をする前に、二曹はレールガンについてどの程度知っている?)

「『火薬を使わずに弾を発射できる武器』くらいにしか」

(そうか)

「ちなみに、どうしてそうなるのかも全く知りません」

(わかった…………)

 

 質問に正直に答え、念のため補足も加えると、福山はしばし黙る。

 ややあって、再び通信越しに声が響く。

 

(ではまずレールガンの原理を説明しよう。日本語では『電磁加速砲』とも訳されるレールガンだが、掻い摘んでいうと、砲身内に電気伝導体でできたレールを2本設置し、そこに同じく電気伝導体でできた弾体を挟む。この状態でレールに電流を流すことによって弾体を加速させ、砲口から撃ち出すというのが大まかな仕組みだ)

「えっと……つまり、電気を流すことで弾が動く……と?」

(そんなところだ)

 

 聞き慣れないいくつかの単語に少し頭を重くしながらも、光秋は電流の流れる2本の棒と、その間を高速で進んでいく弾を想像してどうにか理解しようとする。

 

(話を本装備に戻すと、今説明したレールを砲身内に、電源たる燃料電池を直方体部分からグリップ部にかけて内蔵してある。見てもらったからわかると思うが、砲身の付け根辺りに弾倉を差し込み、引き金の動きと連動した押し棒で弾体を砲身内へ移動させ、弾体後部に付加した伝導体とレールを接触、電磁加速によって高速で撃ち出す)

「燃料電池ですか……だからこんな独特な形してるのか」

 

 福山の説明に、光秋は所々理解し切れていない箇所があることを自覚しつつも、少なくとも初めて見た時から気になっていたその奇妙な形の理由にようやく合点する。

 

(さて、説明はこれくらいにして、早速実射してみよう。弾倉を持ってこちらに)

「はい」

 

 言いながら福山は別の方向へ歩き出し、光秋もレールガンの隣に置いてあった長方形の弾倉を左手に持ち、ニコイチを歩かせてそれについていく。

 

「……なんか、思ったより凄い物が出てきましたね」

「だな。もっとも、動いてるメガボディとか、他にもいろいろ見た後だと、これくらいなんてことない気もするんだよな」

 

 モニター越しにニコイチの右手に握られたレールガンを見ながら呆然と呟く菫に、光秋は一応の共感を覚えつつも、初めて神モドキや超能力、DDシリーズを見た時のこと、その時の驚きの程度とつい比べてしまう。

 その間にも福山の後についてしばらく進み、前方に10メートル四方のコンクリート塊と思しき的が設置された場所に案内される。

 

(弾倉に30ミリ口径の徹甲弾が7発入っている。約2キロ先に設置した的目掛けて撃ってくれ。全弾使い切ってくれて構わない)

「わかりました」

 

 福山の指示に応じると、光秋は左手の弾倉を砲身付け根下に差し込む。

 

―この状態だと、『刀』って字みたいだな。ちょっと不格好ではあるが―

 

 砲身も含めた長い本体部と、そこから下に向かって伸びる弾倉と持ち手で形成された全体像についそんな感想を抱きながら、砲口を的に向け、生身での拳銃の射撃訓練の要領で右手で握った持ち手の下に左手を添える。

 

(本体後部に燃料電池の起動スイッチがある。それを押すことで砲身への通電が開始される。発砲する時は通常の火器同様引き金を引けばいい)

「はい……これだな」

 

 福山に応じつつ、光秋はレールガンの後部、持ち手との境目辺りに丸い出っ張りを見付け、右手の親指を伸ばしてそれを押してみる。

 すぐに微かな振動がニコイチの掌を介して自身の掌にも伝わり、燃料電池が動き出したのだと直感的に理解する。

 

「そういえば、コレにはレーザーポインターないんですね?」

(構造上無理があったので、導入を断念した)

「そうですか……」

 

 淡々と告げる福山につい苦い顔を浮かべながら、光秋は赤いマーカーが重なった的を目を細めて凝視する。

 

―ないものは仕方ないか…………さて、どんなもんか…………―

 

 思いつつ、初めて扱う――しかも今までと原理が異なる――装備に緊張し、それを引き写して心なしか動きがぎこちなくなったニコイチの右人差し指を引き金に掛ける。

 

「!」

 

 引き金を引き絞ると砲口から弾丸が放たれ、それは正に瞬時に的へ向かっていく。

 引き金を引いてから1秒経ったかどうかという頃に轟音が轟き、外音スピーカー越しにも耳を若干痛めながらそれを聞いた光秋は的の中央部を注視し、表示された拡大映像に深々と突き刺さった弾丸を見る。

 

「…………速い……ですね」

 

 一連の光景に唖然としながら、知らぬ間にそんな感想が漏れる。

 先程の福山の説明や、以前触れた創作物で得た知識から、弾速が速いことが特徴の武器であることは予想していたのだが、実際に目にしたそれは正に「瞬間的」といえる程であり、その圧倒的な光景と、的の壊れ具合に、現状を受け止めるのに少し時間が掛かってしまうのだ。

 そんな光秋の心境を知ってか知らずか、語調の変わらない福山の声が通信越しに応じる。

 

(そうだな。構造上、他の種類の弾も使えなくはないが、レールガンの前提は圧倒的弾速――つまり弾丸の強力な運動エネルギーを以って対象を破壊することだ。開発段階ではそれを利用して、強力な運動エネルギーを一点に集中して高レベルサイコキノの念壁を突破することを試みていた。こうしてメガボディ用の火器に転用してからもそれは変わらない。が……)

「あわよくばDDシリーズの頑丈な装甲も抜けるかもしれない……ということですか」

(その通りだ)

 

 これまでのやり取りから予想したことを光秋が告げると、通信越しにも深く頷いていることがわかる福山の声が返ってくる。

 

―確かに、念壁対策に一点突破も手だとは習ったし、この威力なら真正面からぶつかっても通じる気はする…………けど、DDシリーズは流石にどうかな……?―

 

 手の中のレールガンと、弾丸が埋まった的を見比べて一方の前提には頷くものの、四方からの集中砲火を受けても、ミサイルの直撃を何度受けても傷を負わなかったツァーングのことを思い出した光秋は、もう一方の前提には疑問を抱く。

 と、傍らの菫が迷った様子で声を掛けてくる。

 

「あの、光秋さん……まだ弾残ってますよね?福山さん全部使ってくれって……」

「そうだったな」

 

 その一言に脳裏を漂う疑問を隅に押しやると、光秋は再び的に向き直る。

 

―それについては、次の機会に実際に試してやるまでか。その為にも、今はコイツの感覚を掴むことが大事か―

 

 そう思うことで気持ちを切り替えると、以後はレールガンの発砲感覚に慣れることを意識しながら、1発ごとに丁寧な試射を繰り返していく。

 

 

 

 

 少しして弾倉1つ分を撃ち切り、電源を切ったレールガンを下に向けると、光秋は操縦席を機外に出し、7つの穴が空いた的を注視する。

 

「…………凄いもんだな……」

 

 7つとも弾が深々と突き刺さった穴を、次いで右手のレールガンを見て、映像ではない、直に目にした威力に、改めて驚嘆の声を漏らす。

 

「ですね…………まともに当たったら桜でも危ないかも」

 

 左隣に佇んで呟きに応じた菫の言葉に、光秋は柏崎の顔を思い浮かべる。

 

「福山主任が言ってたように、元は高レベルサイコキノの念壁を突破する為の武器だからな。レベル9の全身全霊の守りがどの程度かは知らないが、柏崎さんに近い菫さんがそう言うなら、可能性は大なんだろうな……」

 

 そう返す一方、光秋の脳裏には再びツァーングとの交戦記憶が過る。

 

―もっとも、肝心のDDシリーズ相手にはどうか…………至近距離で撃てばいけるか…………?―

 

 不安と検討が頭の中を交錯していると、福山の声が通信から響く。

 

(全弾撃ち終わったようだな)

「あ、はい」

 

 その声に思考を中断すると、光秋も通信越しに応じる。

 

(こちらでも観測させてもらったが、発射動作そのものに問題はなさそうだな)

「はい。撃つ要領自体は他のニコ――00用の武器や、人間用の拳銃と大きな違いは感じませんでした……ただ、感覚とでもいうのかな?撃った時の反動の具合が、やっぱり火薬式と違うような……欲を言えば、もう少し撃ってその感覚に慣れておきたいですが」

(すまないが、それはまたの機会に頼む。どの道、レールガンに積んだ燃料電池ももう殆どないだろうしな)

「そうなんですか?」

(全体の大きさとの兼ね合いから、7発分の容量が限界だったんだ。だから弾倉1つ分の弾数も7発にしてある)

「なるほど……」

(それに、全弾使用した後の内部の状態も調べたい。ということで、先程レールガンを渡した地点まで戻ってきてくれ)

「了解」

 

 ひと通りのやり取りを終えると、光秋は菫に目配せして操縦席を機内に戻し、指示に従ってレールガンを渡された所にニコイチを歩かせる。

 少しして指定された場所に着くと、敷かれたままの鉄板の上にレールガンを置き、歩きながら外していた空の弾倉をその隣に置く。

 

(よう。そっちも終わったみたいだな)

「デ・パルマ少佐」

 

 通信越しの呼び掛けに振り返ると、右肩にスフィンクスのマーク、左肩に01の番号が描かれ、右手にマシンガンを持ったゴーレムが歩み寄ってくる。

 ニコイチのそばまで来ると、ゴーレムは両膝を着いて姿勢を低くし、胸部ハッチから出てきたデ・パルマが、下側に開いたハッチ、その先に内蔵されたワイヤーを伸ばして降りてくる。

 

「菫さん、一旦降りるぞ」

「はい……?」

 

 それを見て直接挨拶に行こうと思った光秋は、返事をしながらもいまいちこちらの意図を測りかけている様子の菫を掌で地面に降ろし、自分もリフトで降りてデ・パルマの許に歩み寄る。

 

「その新装備――レールガンだっけ?遠巻きにちょっくら見物させてもらったが、凄いもんだな」

「どうも。少佐も、テストお疲れ様です」

 

 被っていたヘルメットを左脇に抱えて話すデ・パルマに、光秋は軽く頭を下げる。

 と、デ・パルマの目が光秋の左隣、より正確には光秋の陰に隠れる様にして立つ菫に向く。

 

「で、そのガキは?何でテストに連れて来てるんだ?」

「あぁ、紹介が遅れましたね。彼女は――」

「もしかして妹か?メガネくらいしか共通点ないが」

 

 光秋の答えを遮って、デ・パルマはいかにも当てずっぽうなことを言ってくる。

 

「い、妹!?……私が……光秋さんの…………妹……」

「いえ、違います」

 

 それに対して、菫は何故か変に動揺を浮かべ、光秋はすぐに訂正を入れる。

 

「こちら、東京本部所属の特エス、柿崎菫さんです。僕の部下――になる予定の人です。来月からね」

「あぁ、そういや特務部隊主任の研修受けてんだっけな。で?特エスにしたって何でこんなとこにいる?」

「今後、メガボディと超能力の連携が増える機会が予想されるので、その参考にと同行してもらいました。福山主任にも許可はもらってますよ。ほら、菫さん」

 

 ひと通りの説明を終えると、光秋は菫の背中を叩いて挨拶を促す。

 

「……『加藤菫』…………いいかも!」

「?……菫さーん?」

「!は、はいっ!?」

 

 さっきより大きめな声で呼び掛けると、自分の世界に浸っていた様子の菫は緩みつつあった口元を引き締め、若干困惑しながら応じる。

 

「こちら、陸軍のデ・パルマ少佐。さっきも話したと思うが、先日模擬戦でお世話になった人」

「ロレンツィオ・デ・パルマだ。よろしくなお嬢ちゃん」

「……柿崎菫です。はじめまして……」

 

 光秋の紹介に続いて気さくに告げるデ・パルマに対し、菫は心なしか硬い表情で応じる。

 

「…………」

「……あ、あの…………何ですか?」

 

 そんな菫にデ・パルマは舐める様な視線を注ぎ、菫は余計に緊張する。

 

「…………」

「……あの、少佐、菫さんがどうかしましたか?」

 

 それにも構わずアゴに手を当てて注視を続けるにデ・パルマに、流石にただならぬ気配を感じた光秋は慎重に声を掛ける。

 と、デ・パルマはおもむろに呟く。

 

「あと6年……いや、7年くらいしたら芽が出るか……?」

「「…………?」」

 

 あくまでも真剣な顔で独り告げるデ・パルマに、咄嗟に何を言われたのか解らない光秋と菫は、互いに困惑した顔を見合わせる。

 その時、若干怒気を含んだ声がスピーカーを通して響き渡る。

 

(少佐。それ以上は冗談が過ぎますよ?)

 

 声と同時に微かな振動を感じると、光秋は声のした方へ顔を向け、こちらに歩いてくるもう1機のゴーレムを見る。その右肩にはスフィンクスのマークが、左肩には02の番号が描かれている。

 

「その声、関大尉ですか?」

(そう)

 

 光秋の問いに短く応じると、そのゴーレムもニコイチの傍らに両膝を着き、開いたハッチから関がワイヤーを伝って降りてくる。

 

「すまない加藤君。ウチの指揮官が迷惑を」

「いや、僕というか……」

 

 ヘルメットを取りながら詫びてくる関に、光秋は菫を見やりながら訂正を入れる。

 

「おいおい、迷惑はないだろう?俺は美しい女性を……その素質がありそうな少女を正直に称賛しただけだぜ?」

「怖がってるじゃないですかっ!」

 

 あっけらかんと言うデ・パルマに、関は先程以上に光秋の陰に隠れてしまった菫を見やりながら怒鳴る。

 

「へーへー、わかったよ……怖がらせて悪かったな、お嬢ちゃん」

「え?……その…………いいえ」

 

 不承不承といった様子で関に返すと、デ・パルマは菫に向かって軽く頭を下げ、菫は意外そうな顔を浮かべて頷き返す。

 

「……あー、ところで、こうして近くで見るとやっぱり壮観ですね。ゴーレムって」

 

 一連のやり取りで広がってしまった妙な雰囲気、それを変えたいこともあって、光秋はさっきから気になっていたことを言ってみる。

 実際、数歩歩けば触れられるくらいの近さに2機揃って膝を着ける全長約10メートルの巨人たち、それらが作り出す光景には奇妙な興奮や好奇心を抱かずにはいられない。

 

「それを言ったら、00も充分壮観ではないか?」

 

 言いながら、ニコイチの陰から現れた福山も一同の許に歩み寄ってくる。

 

「それもそうなんですが……」

 

 それに一応の同意を示しつつ、光秋は背後に左膝を着いて待機しているニコイチと、その傍らのゴーレム2機を改めて見比べてみる。

 

「確かにニコイチ――00もいいデザインをしています。見た目だけでいえば、コッチの方がより洗練されている印象すらある。でも、ゴーレムはゴーレムでいいと思うんですよね。あっちこっち太い体付きだったり、一つ目だったり……そういう、武骨なところが格好いいというか……」

「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ!」

 

 表現に迷いながらも感じたままを告げる光秋に、デ・パルマが白い歯を見せて応じる。

 そんな“関係者”の一人の様子を見ると、光秋は思わず言ってしまう。

 

「よかったら、なんですが…………ちょっと乗せてもらってもいいですか?」

「構わんよ」

「えっ?」

 

 まさかの福山の即答に、一瞬意表を突かれる。デ・パルマに対してさえダメでもともとのつもりで言った分、どうしても嬉しさよりも先に困惑を抱いてしまう。

 

「……いいんですか?」

「僕としては00を目標にメガボディ開発に挑んでいる。その00の専属パイロットに現状のゴーレムはどう見えるか、意見を求めるのも重要だろう。突発的な申し出なのが少し気に入らないが、いい機会なのかもしれない」

「ありがとうございます!」

 

 相変わらずの淡々とした口調で告げる福山に深々と頭を下げると、光秋はデ・パルマと関を見る。

 

「そういうことなら、俺の機体を使え」

「ありがとうございます!悪い菫さん。少し待っててくれ」

 

 申し出るデ・パルマにもう一度深く頭を下げると、傍らの菫に一言告げ、光秋はデ・パルマ機の許へ向かう。

 

「……気を付けてくださーい」

 

 その背中に向かって、菫は気遣いの声を掛けた。


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