白い犬   作:一条 秋

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82 合衆国の機械巨人 前編

 1月29日土曜日早朝。

 

「……また、やってしまった…………」

 

 昨夜の夜更かしに瞼を重くつつ、どうにか睡魔に抗いながら、光秋は東京本部に出勤し、ノート執りと手を抓る痛みで眠気を抑えながら午前中の研修を乗り切る。

 

―どうにかなったな。眠気も粗方治まってくれたし……流石に、2日続けて同じ失敗は格好悪いよな……―

 

 昼食時、食堂の片隅でうどんをすすりながら、今日は藤岡主任に怒られなかったことに内心ほっとする。

 その時、食堂の端に置かれた大型テレビから流れるニュース番組が目に入り、本部近くの住宅地で予知出動によって空き巣が捕まったことと、その予知の算出に鷹ノ宮涼子が加わっていることが放送される。

 

―昨日涼さんが言ってたやつか。こんなふうに強調されたら、確かにいろんなイメージ持たれるわな。「有名税」っていうのか……―

 

 うどんを食べながら、光秋は涼子――涼の心境に思いを馳せてみる。

 

―あ、予知で捕まった場合は未遂になるのか。それもそうか。()()()()()()()()()んだからな―

 

 続く詳細な報道に一人頷いていると、右側から聞き覚えのある声が掛かる。

 

「加藤さん」

「?……柿崎さん?」

 

 声のした方に顔を向けると、学校の制服の上にコートを羽織った柿崎が、ぽつぽつと席が空き始めたテーブルの合間をこちらに向かって歩いてくる。

 

「よかった、やっぱりここにいた」

「学校は――て、今日は土曜日だったな。で、どうした?僕に何か?」

 

 安堵した様子で呟く柿崎に、光秋はうどんを運ぶ手を休めて問う。

 

「いえ、特に用があるってわけじゃないんですけど…………」

「?」

「その……お隣いいですか?」

「あぁ、どうぞ」

 

 歯切れ悪く訊いてくる柿崎に、光秋は左隣の椅子を引いて勧める。

 

「ありがとうございます」

 

 礼を言いつつ、柿崎は光秋の後ろを通ってその椅子に座る。

 

「こっちこそ済まないな、余計に歩かせて。ただ、2人で会話するなら左に来てもらった方が楽なんだよ」

「なんでです?」

「僕、右耳殆ど聞こえないから」

 

 軽い好奇心から訊いたのだろう柿崎に、光秋も当たり前のことを話す調子で答える。

 途端に柿崎の顔に罪悪感が浮かび、慌てて頭を下げる。

 

「!……すみません、知らなくて……」

「いや、謝ることないさ。そういえば言わなかったけな。僕、生まれ付き右耳と左目が悪くてさ、話し掛ける時はなるべく左から掛けてくれると助かる。重要な話なら特にな」

「…………はい。わかりました……」

 

 補足説明の要領で告げる光秋に、柿崎はどこか唖然とした様子で応じる。

 その様子に、光秋は食事を再開しながら問う。

 

「なんだい?鳩が豆鉄砲食らった様な顔して?」

「あ!いえ、その…………悪いこと聞いちゃったなって……」

「『悪い』って何が?」

「それは…………加藤さんが、その……障害者だって言わせちゃったから…………」

「まぁ、それは事実だからな……『悪い』ってそのことか?」

「…………はい」

 

 うどんをすすりながら根掘り葉掘り訊く光秋に、柿崎の顔は徐々に俯いていく。

 麺と具材を食べ切り、つゆを飲み干したどんぶりをトレーに置くと、光秋は柿崎の方に体を向ける。

 

「何でそれが『悪い』って思うんだ?」

「……何でって、それは…………」

 

 その質問に、顔を上げた柿崎は答えに詰まってしまう。言葉を選んでいる――というよりも、そもそもなんと返していいか迷った様子で。

 

「その…………その所為で、いろいろ大変だし……」

「確かにな。現に席順とか、周りに配慮を求めることはある。でも、そういうのを明らかにするのを『悪い』っていうのは、また違うんじゃないか?寧ろこっちとしては、そういうことは知っておいてもらった方が助かるし」

「……そう、ですね…………すみません、変なこと言って」

「『変』っていうか……柿崎さんなりの気遣いなんだろう?空回りしたかもしれないけど、それ自体は悪いことじゃないよ」

 

 言いながら、光秋は右手で柿崎の頭を撫でる。

 

「!だ、だから!それは恥ずかしいからやめてくださいっ!」

「あぁ、すまん。ちょうどいい位置にあったんで、つい」

 

 途端に慌てた柿崎に応じながら手を離すと、光秋はコップの水を飲み干し、空になった食器を載せたトレーを持って席を立つ。

 

「ちょうどいい位置ってなんですか…………」

 

 不満そうに言いながら柿崎も席を立ち、トレーを返した光秋を追って食堂を出る。

 

「そういえば結局、柿崎さんどういう用で来たんだ?うっかり話し込んじゃったが」

「えっ。いえ……別に用があるとかじゃなくて…………その、時間ができたから、ちょっと本部に遊びに行こうかなぁとか……そんな感じで」

「そういうもんか?……まぁ、僕も中途半端に時間が空いた時とか、建物の中散歩したりしてるしな」

 

 どこか歯切れの悪い柿崎の説明に多少引っ掛かりながらも、光秋は自分の行動パターンを思い出して一応納得する。

 

「そうなんですか…………あの、それで……この後、研修が始まるまで一緒にいていいですか?もちろん時間の余裕とかあるから、研修室でいいんですが……」

「僕とか?別に構わんが」

 

 柿崎の頼みに、特に断る理由もない光秋はすぐに了承する。

 

「あ、その前に歯ぁ磨かせて。研修室のカバンに入れてあるから、取りに行ったらそこで待ってて」

「わかりました!」

 

 そう付け加えると柿崎は嬉々として返し、研修室に着くや光秋は最前列中央の机の下に置いたカバンから歯ブラシと歯磨き粉の入ったケースを出して最寄りの水盤へ向かう。

 歯磨きを済ませて戻ってくるとケースをカバンに仕舞い、椅子に腰を下ろすと、左隣の椅子に座って待っていた柿崎に向き合う。

 

「…………そういえば、気になってたんだが」

 

 メガネが掛かった柿崎の顔を眺めていると、不意にあることを思い出す。

 

「はい?」

「柿崎さんもメガネだけど、目ぇ悪いのか?」

「え?えぇ、まぁ……でも加藤さん程ではないかと……」

「……そうみたいだな」

 

 遠慮がちに応じる柿崎に、光秋は自分のメガネと比べるとずっと薄いレンズを見やりながら返す。

 

「いつから掛けてるんだ?食堂でも言ったが、僕は生まれ付き悪かったからずっとだけど」

「……私も……一応、物心ついた頃から」

「なんだぁ、その理屈で言えば似た者同士じゃないか。思わぬ所にお仲間がいたな」

「お仲間、ですか…………」

 

 軽口の語調で告げた光秋に、しかし柿崎は表情を曇らせる。

 

「……すまない。何か気に障ったかな?」

「あ、いえ、その…………この話してたら、食堂での会話思い出しちゃって……」

「食堂って……空回りのことか?」

「……」

 

 返事の代わりに、柿崎は首肯で応じる。

 

「それは失礼した。僕の方も考えが足りなかった…………あぁでも、柿崎さんみたいなことって、結構みんなしてるんじゃないかな?思い込みで物事を決めちゃったり、一つのことに囚われて他を見失う――『木を見て森を見ず』っていうのをさ」

「……『木を見て森を見ず』?」

 

 咄嗟に浮かんだ言葉を口にした光秋に、柿崎は小さな好奇心を含んだ目を向けてくる。

 

「僕も実際、昨日そんなことやっちゃったんだがね……」

 

 ちょうど1日前の涼とのやり取りを思い出して苦笑いを浮かべながら、光秋は思ったことを語る。

 

「さっきの柿崎さんの例でいえば、僕という“森”の中の、『障害者』って1本の“木”に気を取られて、他の“木”を見失っちゃった……『偏った見方をしてしまった』とも言えるよな。僕が昨日やってしまったもの、つまりそういうことなんだろう。何か一つの事に気を取られて、全体像とでもいうものを見失ってしまう。それが『偏見』や『先入観』とでも言うものになって視野を狭め、物事の本質を見失わせる…………それが“今の人”だっていうなら、“次の人”はこの部分を克服できた人ってことなのか…………?」

「…………あの、加藤さん?」

「!あぁ、すまん」

 

 話している内に自分の世界に入り込んでいたらしい。柿崎の遠慮がちな呼び掛けに、光秋は慌てて現実に戻ってくる。

 

「いいですけど……ぶつぶつ言ってましたけど、『今の人』とか『次の人』って、なんのことです?」

「あ、声に出てたか。この間ある人から聞いた言葉なんだが……すまないが、それについてはまた今度で。そろそろ時間だし、何より僕がまだ自分のものにできていない言葉だからな」

 

 柿崎に応じつつ、光秋は1時を指しつつある腕時計を確認する。

 

「もうそんな時間?……わかりました」

 

 どこか寂しそうに言いながら、柿崎は席を立つ。

 

「あの……またこうして、お話しに来てもいいですか?」

「休憩時間なら構わんよ。僕も柿崎さんと話してみて、いい刺激になったし……て、話してたのは殆ど僕だった気がするが……」

 

 一連の会話、特に先程の一人語りを思い出して、光秋は気まずくなる。

 

「いえ、それはいいんです。加藤さんが話してたこと、なんて言うのか…………面白そうだったから。だから、もっと聞きたいって」

「それなら助かるんだがね…………」

 

 気を遣っているわけではない、本当に興味を惹かれた様子の柿崎に、光秋はいくらか救われた気持ちになる。

 その時、ドアを開けて藤岡が入ってくる。

 

「じゃあこれで」

「あぁ」

 

 それを見て柿崎は入れ違いに部屋を出、見送った光秋は体を前に向ける。

 

「入間隊の子か。確か柿崎とかいったか。何かあったのか?」

「いいえ、時間まで雑談……というか、僕の話に付き合ってもらってたんですが」

 

 ホワイトボードの前に立ちながら訊いてくる藤岡に、光秋は会話の大よその流れを思い出して苦笑いしながら答える。

 

「そうか……そうだ、さっき二曹宛ての連絡が来た」

 

 言いながら、藤岡は脇に抱えていた用紙を差し出す。

 

「僕への連絡?藤岡主任の所にですか?」

「研修が終わるまで、君に関する連絡は一度俺の所に来る段取りになっているからな。メールで来たのを印刷したんだが、来月一日(ついたち)に模擬戦が入ったらしい」

「模擬戦?」

 

 疑問への返答と合わせて述べられた藤岡の言葉に、光秋は意表を突かれながら用紙に目を通す。

 

「……本当だ。2月1日――来週の火曜日に陸軍の新設部隊と……でもそうなると、この日の研修はどうなるんです?」

「仕方がない。その週の日曜――6日に振り返る」

「……やっぱり、そうなりますか」

 

 薄々察していた流れに、光秋は思わず気落ちしてしまう。

 しかしそれも数瞬のことで、次の藤岡の言葉に気を取り直す。

 

「とりあえず、細かなことは後で確認してもらうとして、今は研修を再開するぞ」

「はい」

 

 応じると、光秋は用紙をカバンに仕舞い、シャープペンシルを持って聴く準備を整える。

 

―模擬戦って、もちろんニコイチのだよな。軍の新設部隊とって…………まさか……―

 

 そんな一抹の不安とも期待ともつかない気持ちを覚えたのを最後に、藤岡の言葉に集中する。

 

 

 

 

 2月1日火曜日午前8時。

 藤岡から渡された用紙に書かれていた指示に従って、光秋は本舎正面玄関前で迎えを待つ。

 

―いつもならこういう時、ニコイチで直接飛んでくのに、今日に限って何だろう?―「…………寒い……」

 

 指示の意図に疑問を覚える一方、吹き付けてくる冷風に、スーツの上にコートを羽織った体を震え上がらせる。

 そうしている内に、本部敷地の奥から1台の白いワゴン車が現れ、光秋の目前で停車すると左の窓が開く。

 

「加藤二曹か?」

「はい……?」

 

 開いた窓から問い掛けてくる黒縁メガネに短い黒髪の男性に、光秋は声がよく聞き取れるように車に近付きながら応じる。

 

「模擬戦の迎えに来た福山(ふくやま)だ。乗ってくれ」

「はい。お願いします」

 

 メガネの男性――福山に応じると、光秋は左前の助手席に乗り込み、提げていたカバンを膝の上に置いてシートベルトを締める。

 それを確認すると、福山はワゴン車を走らせ、正門をくぐって車道に出る。

 

「このような形での移動を指定してしまってすまない。模擬戦の前に、どうしても君と話しておきたかったからな」

「僕と?……福山さんが、ですか?」

 

 てっきりただの運転手だと思っていた福山の言葉に、光秋はその意味を測りかねながらその身に目を凝らす。

 改めて見ればその服装は黒のスーツであり、その上にESOの緑色のコートを羽織っている。外見上は自分とそう歳が離れているようには見えないが、メガネ越しの視線はやや鋭く、どこか知的な印象を与えてくる。

 

「そうだ……そういえば、言ってなかったな。福山(ふくやま)泰三(やすみ)、葵重工で新兵器――メガボディの開発計画に参加している技術者だ。現在はMB‐00の調査と、今後のメガボディ開発のデータ収集の為にESO東京本部に出向している。つまり二曹が東京にいる間、僕が00の調査・整備主任を務めさせてもらう」

「!……あなたが、ニコイチの……?」

 

 淀みなく淡々と自己紹介をする福山、その最後の一言に、光秋は思わず驚きの声を上げる。

 

「……大河原主任の代わり……ということですか?」

「そうだ。大河原主任、それと君の報告にもいくつか目を通させてもらった。なかなか興味深い」

 

 自身の中で整理した考えを告げる光秋に、福山は極僅かだが活気を含んだ声で応じる。

 

「付け加えるなら、今回の模擬戦で使用する実用試験機、MB‐01・ゴーレムの開発主導者の一人でもある。その点から、今回は模擬戦に付き合ってもらって感謝している」

「福山さんがゴーレムを作ったんですか?そもそも、今回の模擬戦ってやっぱりメガボディの……」

 

 またも予想外なことを告げる福山に、光秋は再三驚く一方、藤岡から今回の件の連絡を受けた時から予想していたことが当たってしっくりくるものを感じる。

 

「無論、僕一人で作ったわけではない。あくまで複数いる主要スタッフの一人だ。もっとも、かなり広い範囲で意見を反映させてもらったが」

「はぁ…………」

 

 謙遜というわけではない、あくまでも事実関係を淡々と告げる様子で話す福山に、光秋は物事とは得てしてそういうものだと理解しつつも、目の前にいる若者がメガボディという新しい技術の開発に関わっているという現実にどうしても圧倒されてしまう。

 

―新しい技術の開発っていうのがどれくらい大変かは想像し難いが、僕と大して歳が離れているように見えない福山さんがそれに関わってる――本人の言葉を信じるなら、かなりの影響力を持ってるっていうのは…………凄い、としか出てこないなぁ……―

 

 胸中に感嘆を漏らしつつ、その様な表現しかできない自分の語彙に独り恥ずかしくなる。

 そんなふうに圧倒される中、光秋の口から無意識にある言葉が零れる。

 

「……福山さんって、おいくつですか?」

「19歳。今年の7月で二十歳(はたち)になる」

「つまり、僕と同い歳と…………あれ?でもそうなると、最終学歴って高卒?」

「14の頃に飛び級で技術系の大学に進んで、18で卒業した。付け加えるなら、その後すぐに葵社に勤めて、去年の夏……その初め頃からこの計画に参加している」

「…………そうなんですか」

 

 返って来た福山の返答の数々に再度唖然としつつ、胸の奥にシコリの様な違和感を覚えていると、光秋の中である言葉が浮かぶ。

 

―僕と――生きてきた世界こそ違えど――同世代の人が、飛び級ってので既に大学を出て、大きな計画の中枢に腰を据えて…………―「正に『天才』ですね…………」

「僕は『天才』という評価を受けることをあまり好まない」

「あ、声に出てましたか?」

 

 視線だけを向けて言ってくる福山に、少し茫然としていたらしい光秋は慌てて返す。

 しかしそれに構うことなく、福山はさらに続ける。

 

「『天才』とは、常人には到底思い付かない発想を引き出し、またそうした頭脳を持つが故に日常を常人のように送ることが困難な者のことだ。この観点でいえば、僕は多少社交性に劣るところがあるようだが、日常の大部分においては特に問題なく過ごしている」

「……見ているもの――世界観が大多数の人と根本的に異なる人……ということですか?福山さんに言わせれば」

「その理解で概ね問題ない」

「……それで、福山さんはそれ程『大多数』の世界観とはズレていない、だから『天才』ではない……と?」

「そうだ」

 

 自分なりの理解を述べながら確認する光秋に、福山はあくまでも淡々と答える。

 

「確かにゴーレム開発に当たって、僕なりに斬新な発想を提案したり、新しい試みを行ったりしてきたつもりだ。しかし、ゴーレムがここまで形になったのは……メガボディという新技術の実用化の目処が立ったのは、それ以上に斬新な発想を多数提供した者がいたからだ。僕はその人こそ、真の『天才』と思っている」

―…………福山さんの上を行く人がいるってことか?―

「加えて、そうした発想を理解し、協力してくれた周囲あってこそだ」

「……やっぱり、最後はそうなりますか」

 

 福山の言葉に、光秋は一部引っ掛かるものを感じながらも、最後の一言には親近感を――自分と同じ感じ方をしてくれることへの安心感を覚える。

 

―なるほど。この感じ方が『天才にあらず』ってことか―

 

 そのように納得していると、福山は仕切り直す様に告げる。

 

「僕のことはいい。君とこうして2人きりにしてもらったのは、話したいことがあったからだ」

「そういえば、そんなこと言ってましたね。なんです?」

「君はDDシリーズをどう思う?」

「…………」

 

 唐突に出た、光秋にとって恐怖の象徴といっていいモノの名に、束の間口が動かなくなる。

 

「…………どう思う、とは?」

 

 どうにかそれだけ告げると、福山は変わらぬ淡々とした口調で言ってくる。

 

「僕も縁あってソレらの記録映像を観ているのだが、君は何度か直接目撃――交戦している。そんな君から見て、DDシリーズとはどのようなものか、率直な意見を聴きたい」

「……率直な意見、と言われても…………」

 

 問い掛けの意図を理解しつつも、実際にどう表現していいか思い浮かばない光秋は、これまで3回戦った時のことを思い返してみる。

 1回目――陸軍・空軍・ESOの合同演習にDD‐01・ツァーングが乱入してきた時。

 

―あの時は、こっちの武器がまるで通じなくて、あまつさえ砲撃の集中砲火に放り込まれても無傷で戦い続けて……ようやくバテたと思ったらニコイチごと“黒い空間”に連れていかれて、そこでさんざんボコボコにされて……綾が再起させてくれなかったら、今頃…………―

 

 そこまで考えて、暖房が効いているにも関わらず強烈な寒気に体を震わせると、それを押しやる様に2回目――初めての夜警の際にDD‐02・ナイガーと初交戦した時を思い出す。

 

―あの時は確か、戦う直前に初めて黒球さんと遭遇したんだよな。その後生身でナイガーと対峙したもんだから、余計に怖かった。光の剣――ビームを初めて見たのもあの時だ。ツァーングの三枚刃もそうだが、ニコイチを傷付けられる武器なんてそう見ないから、尚更怖かった。その所為で動きも鈍ったような…………あの時も、法子さんが一緒にいてくれたから乗り切れた気がする―

 

 相乗りした法子と撤収するナイガーの姿を思い出すと、3回目――サン教ベース制圧戦の最中にナイガーと再戦した時の記憶を振り返る。

 

―あの時は、夜警の時はあんまりわからなかった素早さに翻弄されたっけ。おまけに羽根が外れて四方から攻撃してくるからな。人を取り込んで力を増すのを見た時は、驚愕したっけ…………もっとも、あの時も法子さんや綾…………否、藤原三佐や曽我さん、タッカー中尉や古谷大尉、他にもあの場にいた大勢の人の助力を得て、今度は完全に墜とすことができた…………そう考えると…………―

 

 以上3つの交戦の記憶を振り返って、光秋の中の考えがまとまってくる。

 

「率直に言わせてもらうなら、恐ろしいと思います。人類の持つ武器は効かず、超能力さえ無効化する、ニコ――00でも単独で立ち向かうのは厳しい……あまつさえ頑強な装甲を壊せるときた。理屈が通じないデタラメさという点では、恐ろしいという以外ありません」

「僕もそう思っている」

 

 思ったままを語る光秋に、福山は深く頷きながら応じる。

 

「合同演習に乱入した個体と、秋田に出現した個体の戦闘記録の一部始終を観させてもらったことがあるが……重火器の直撃を何度受けても――DD‐01に至っては集中砲火に巻き込まれても――目に見える損傷を負わない防御力、空中を高レベルサイコキノよろしく自在に飛び回る運動性、超能力耐性、未知の武器…………いずれも君の言う『デタラメ』な域に達した、正に恐ろしい者たちだ」

―あ、福山さんも怖がったりするんだ―

 

 言いながら、極僅か、それこそ注意して見ていなければ見落としていたくらい僅かに表情を強張らせる福山を見て、光秋は再度親近感を覚える。

 

「何より恐ろしいのは、そんな恐ろしいDDシリーズに対抗できる手段を人類が保有していないということだ。所謂大量破壊兵器並みの火力を与えればまだ手傷を負わせられるかもしれないが、行動不能の域にまで持っていけるかは不明だ。今のところ00のみを優先して攻撃し、これを妨害した者を消極的に撃退しているだけだからいいものの、あれだけの力が本格的に人類に牙を向いたらと思うと……僕は恐ろしい」

「…………確かに」

 

 言いながらハンドルを握る手を強張らせる福山に、今度は光秋が同意の頷きを深々と返す。

 

「…………結局、こうして二人で話したいことって、DDシリーズの認識ということですか?」

「そうだ」

「でも、何でそれをこのタイミングで?」

「メガボディには、対DDシリーズ用兵器としての側面も持たせたいと考えている。無論、現状ではその目的からは程遠いだろうが、そうした現状認識も含めて研究を続けていくつもりだ。可及的速やかににな。今回の――というより、今後もこうした機会は増えると思うが――模擬戦に対して、君にはそうした部分も意識した上で当たって欲しかったからだ。現状、DDシリーズに限りなく近いモノを動かせる者として」

「…………つまり、『デタラメな恐ろしい者』を演じてくれと?」

「その理解で概ね問題ない」

「…………」

 

 自分の投げ掛ける問いに淡々と応じていく福山、その最後の返答に若干腹を立てながらも、光秋は一応の理解も抱く。

 

―言い方はアレだが、確かになぁ。皮肉だが、ニコイチが現状最もDDシリーズに近いモノであるのは事実だし、仮想敵としてはこれ以上の適材もない、か…………―

 

 車窓越しに行き過ぎていく街並みを眺めながらそのように気持ちを整理する一方、不意に先程福山の自己紹介の時に感じた違和感のことが頭を過る。

 

―そういえば、あのシコリみたいな違和感……不快感って…………あぁ、そっか。あれ、嫉妬だ―

 

 自分と歳の変わらない者が大きな才を持ち、新しい物事の最前線で活躍しているということへの羨み。そう自己分析を下すと、若干の自己嫌悪を抱き、本部への転属初日の昼食時に曽我と交わした会話を思い出す。

 

―ほーら、やっぱり僕だって人並みに嫉妬するんだ。そういう部分もあるんだ……―

 

 その理解に不思議と安心感とでもいうような感覚を覚えつつ、福山の運転の下、ワゴン車は目的地へと向かっていく。


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