白い犬   作:一条 秋

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68 藤原の知ること

 1月4日火曜日午前8時半。

 新年祝賀パーティーの警護――もとい、祝賀パーティー襲撃事件から戻った翌日。

 京都支部敷地内に積もった雪の除雪を命じられた光秋は、竹田二尉、法子と共にコートを着てスコップ片手に駐車場一面に薄っすらと積もった雪を端に避けていく。

「たくよー。戻って早々にこれかよー……」

「仕方ないですよ。雪積もったままだと不便だし。それにこれくらい、どうってことないでしょ」

 傍らの竹田の愚痴に応じつつ、光秋はスコップで掬った雪を駐車場の端目掛けて放り投げる。

 降雪地帯新潟の出身であり、つい先日も岩手の豪雪風景を見てきた光秋にとって、菓子の上に塗した粉砂糖程度の厚さしかない積雪など苦にならず、かえっていい運動になる。

 寧ろ関西地方では雪が降らないと勝手に思っていた分、白が占める割合が多くなった目の前の光景に意表を突かれる。

「僕としては、京都にも雪が降るってことが意外です。昨日の内に降ったんですかね?」

「2日の夜から疎らに降ってたっていうけどね」

 素直な感想を述べる光秋に、法子がニュースで聴いたことを思い出しながら手を休めずに応じる。

「で?藤原三佐と小田一尉は暖房の効いた待機室でデスクワークってんだろ?いいよなぁ」

「といっても、昨日の件の報告書作りでしょ?二尉代われます?」

「無理だな」

 自分の愚痴に返してきた光秋に即答すると、竹田はそれ以上余計なことを言わずに除雪作業を続ける。

 光秋や法子も、黙って傍らに雪を放っていく。

 光秋らをはじめとする一部職員たちによる除雪作業は始まったばかりであり、周囲を染める雪を皆黙々と除いていく。

 

 午後0時。

 午前中一杯かけて敷地内の除雪を終えた光秋ら3人は、作業に使った備品を返すと、その足で昼食を摂りに食堂へ向かう。

「へー……ようやく終わったぜ……」

「これで本来の仕事ができますね」

「……お前は元気だねぇ……」

「光秋くんらしいですけどね。竹田二尉もですけど」

 思い思いの会話を交わしながら3人はそれぞれ注文を済ませ、8割程埋まっている食堂内で空いている席を探す。

 と、

「……あ。藤原三佐、小田一尉」

光秋が2人が向かい合って座っている席を見付け、3人はその許へ向かう。

「おぉ。3人共ご苦労だったな」

「どうも」

 藤原の労いに会釈で応じつつ、光秋は席に着いてトレーの上のトンカツ定食に箸を付ける。

「…………」

 食事を始めて少しして、光秋は自分の左前――対角線上に座って焼き鮭定食を食べている藤原を見やり、昨日から気になっていたことを思い出す。

―そういえば、あの物部って人と三佐、知り合いみたいなこと言ってたな。ベース制圧の時は結局訊かなかったが…………でも、今後のことを考えるとな―

 初めて物部と会った際の藤原の狼狽を思い出して束の間迷うものの、新たな社会的脅威に対する情報を得ておきたいという気持ちと、知り合いの過去に対する興味から、意を決っして訊いてみる。

「……あの、藤原三佐」

「ん?」

「昨日現れたあの物部って人、いったい何者なんです?」

 瞬間、藤原は持っていたみそ汁のお椀を落としそうになる。

「本当は昨日から気になっていたのですが、事後処理とか今朝の雪掻きとかで訊けなかったもので……やっぱり、教えてもらえませんか?」

「……」

 顔色を悪くさせたことに若干の罪悪感を覚えながらも付け加える光秋に、藤原は視線を逸らす。

 しかし、

「そうっすよ三佐。この間も結局教えてくれなかったし、気になるじゃないっすか。あのメチャクチャ強い奴何者なんすか?」

「三佐を信用してないわけじゃありませんが……新しい反社会的集団――本人たち曰くの『Zeus‘s Children』、そのリーダーらしい人間と顔見知りっていうのは、流石に具合悪いですよ?」

「……それとも、どうしても私たちに言えないことなんですか?」

光秋の一言が呼び水になったのか、竹田、小田、法子もそれぞれ明後日の方を向く藤原を見ながら問う。

「…………やっぱり、言えませんか?」

 それでも沈黙を続ける藤原に、光秋は不安な表情を浮かべる。

 それから少しして、顔を前に向け直した藤原は口を重そうに開く。

「…………わかった。儂の知っていることは教えよう。ただし、食ってからだ。食事の後、待機室に集合しろ。それと、ある者にも確認をとっておきたい」

―ある者……?―「わかりました」

 未だ迷っている様子を見せながらも応えてくれた藤原に返すと、光秋はそれ以上何も言わず、小田たちと共に食事に専念する。

 

 昼食を終えた藤原隊一行は、そのまま隊の待機室へ移動する。

 光秋たちがテーブルを囲む様に席に着くと、藤原は上着から出した携帯電話を右耳に当てる。

「……あぁ、富野か。今少しいいか?」

―富野って……まさか富野大佐!?上官相手にそんな口の利き方……いや、でも……―

 普段の藤原からは考えられない態度に一瞬驚愕するものの、すぐに光秋は馴染むものを感じる。

―親しい感じ……そう、こっちの方が普段通りというか……―

 その間にも、藤原は電話越しの会話を続ける。

「昨日の件は知っているな?……そうだ。実は加藤たちからあいつについて教えて欲しいと頼まれてな……あぁ。あくまでも儂が知っていることだけだが、構わんか?…………悪いな」

 やや長い沈黙の後に応じると、藤原は電話を仕舞い、一同を見回す。

「よし。準備は整った。早速話すとするか」

「その前に三佐、なんで富野大佐に電話したんすか?」

「大佐もあいつの――物部の知り合いだからだ。寧ろ付き合いは儂より長いだろう。大佐のことも話すかもしれんから、事前に連絡したんだ」

 竹田の問いに応じると、藤原は少し考える。

「……ちょうどいい。まずは物部の過去から話そう。といっても、儂も本人や大佐から聞いたのだがな……もともとあいつは高レベル超能力者で、幼い頃から日ESOの前身機関で特エスをしていたらしい。その同期が富野大佐だ」

―……そういえば、大佐も特エスだったんだっけ。確か横尾中尉と純さんのお父さんが主任だったんだよな―

 藤原の話を受けて、光秋は陸・空軍との合同演習の際に横尾姉弟と交わした会話を思い出す。

「やがて整理戦争が激しさを増し、2人も各国の高レベル特エスの例に漏れず国連軍に招集された。儂が2人と会ったのはその頃だな。自衛隊から参加してな。当時は先輩として2人の面倒を見ていた」

―……なるほど。さっきの親しげな口はそういうことか。僕にとっての小田一尉やタッカー中尉みたいなもんか―

 思いつつ、光秋は先程の藤原の態度に納得する。

「当時の2人の活躍は目覚ましくてな。富野は『炎の貴公子』、物部は『微笑みの蹂躙者』の異名を取る程だった」

「……なんか、加藤の『白い犬』が霞む名前っすね」

「僕のことはいいでしょ……」

 知らぬ間に過去を懐かしむ顔で語る藤原に、竹田は率直な感想を述べ、同じことを考えていた光秋は自嘲気味に返す。

「もっとも、儂は途中で本国に戻されてな。その後の2人がどうしていたかは知らん。ただ、物部についてはMIAと聞いていたから、秋田であいつと再会した時は、正直自分の目が信じられんかった……」

「MIA?」

「『戦闘中行方不明』の略だ。戦闘後の所在や生死がはっきりしない者に対して使われる……状況によっては事実上の戦死扱いだな」

 聞きなれない単語に首を傾げる光秋に、小田が掻い摘んで説明してくれる。

「……つまり、死んだかもしれないと思ってた人が10年以上経っていきなり現れた、と?」―確かにこれはびっくりするだろうな―

 未だに狐につままれた様な顔の藤原を見て、光秋はその心境を察する。

「いや、あいつのことだから簡単には死なないだろうとは思っていたがな……まさかあんな形で出てくるとは……」

 若干訂正を入れつつ、藤原は喜んでいいのか悔やんでいいのか迷った表情を浮かべる。

「……いかんな。話を戻そう。今説明したように、物部は特エスとしても、超能力兵士としても優秀な奴だった。『力ある超能力者は、弱者たるノーマルを守らなければならない』。よくそんなことを言っていた」

―それって……―「それだけ聞くと、昨日の人と同一人物の話とは思えませんね。“力”ある者の美学を語ってた人が、昨日は守るべきとしていた人たちを貶していた……ただ、超能力者至上主義とでもいうのかな。ノーマルを下に見ている……ノーマルというだけで弱いと決めつけているのは共通してますね」

 気を取り直した藤原の説明に、光秋は襲撃事件の際の物部の演説を思い出しながら感じたままを述べる。

「加藤の言う通りだな。何故昨日のようなことになってしまったか……」

 言いながら、藤原は悲しそうな顔で天井を仰ぎ見る。

「……儂が教えられるのはこのくらいだな。儂が引き上げて以降のあいつの足取りは知らん。富野なら知っているかもしれんが……とにかくこんなところだ」

「わかりました。ありがとうございます」

 知っていることを語り終えた藤原に、光秋は頭を下げる。

「ただ三佐、最後に一つだけ確認させてください」

「何だ?」

 探る様な視線を向ける小田に、藤原は目を合わせて問う。

「今後、あの物部という男、そして彼が率いる『Zeus‘s Children』と対峙することになった場合、三佐はどうされますか?」

「「「……」」」

 光秋、法子、竹田の視線が集まる中、藤原は静かに応じる。

「今の儂は、ESO実戦部隊の隊員だ。嘗ての後輩であろうと戦友であろうと、その仲間たちであろうと、世を乱し、法を犯し、人に危害を加えるというのなら然るべき対応をとる。今までと一緒だ。その点に関しては信じてくれていい」

「それなら、もう言うことはありません」

 短く返すと、小田は深く頭を下げる。

「……さて、話は済んだ。そろそろ仕事に戻るぞ。加藤、アリーナに移動だ」

「はい」

 ペキパキと指示を飛ばしながら藤原は立ち上がり、光秋はその背中を追って部屋を出る。

―……また、あんな人たちと戦うことに……当然か。NPはもともとだし、『Zeus‘s Children』――ZCについては事実上の宣戦布告をしてるんだ。寧ろこれからいろいろと…………いや、そういうことに備えるために、普段から鍛錬しておくんだ。それこそ、今までと一緒だ!―

 新たな勢力の登場に不安になりそうな気持ちを持ち直すと、光秋はこれから始まる訓練に集中する。




 今回で「新年祝賀パーティー編」は終了です。
 次回からも引き続きよろしくお願い致します!

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