白い犬   作:一条 秋

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66 人の創りし巨人

 午前11半。

 交代まで残すところ30分という時に、荷台全体を幌で覆った大型トレーラーが迎賓館北側の検問所に近付いていた。

「……!」

 気付いた中年の男性警官は慣れた手付きで誘導灯を振り、停止指示を出す。

 しかし、

「?……おい、停まれ!」

トレーラーは停止どころか速度を落とす様子すら見せず、寧ろ徐々に速度を上げて検問に突っ込んでくる。

「停まれ!停まらんかぁ!」

「停まらないなら停めるまでだっ」

 狼狽する警官を脇に押しやるや、非常用に控えていたESO所属のサイコキノの若い男性がトレーラーの前に立ちはだかり、顔に余裕を浮かべて右手をかざす。

 が、

「!?念力が?……!」

サイコキノの予想に反してトレーラーを停止させるための力は発生せず、動揺している間に寸前まで迫ってきた車体を横に飛び退いて間一髪でかわす。

 目と鼻の先を大質量が行き過ぎる恐怖に冷や汗を流す警官とサイコキノに目もくれず、大型トレーラーと、その後ろを隠れるようにしてついていく荷台を幌で覆った中型トレーラーは真っ直ぐに迎賓館を目指す。

「こ、こちら北側検問所!トレーラー2台に突破された!」

 慌てて通信機に吹き込む警官の目の前で、紐の結びが甘かったのか中型トレーラーの幌が外れ、その下から大型Eジャマーが現れる。

 

(繰り返す!トレーラー2台に北側検問を突破された!)

「!?」

 焦りと恐怖を含んだ声がワゴン車の通信機から響くや、光秋は後部座席に腰を下ろした体を強張らせ、竹田二尉が買ってきたお茶を吹き出しそうになるのを何とか堪える。

(警備本部より迎賓館周囲を巡回中の各員。至急正門前に集合してトレーラーの停止、及び乗員の身柄を確保しろ。待機中の者は外に出ている来賓らを館内に避難、一部正門側に応援を回せ)

「聞いての通りだ。行くぞ!」

「「「「了解!」」」」

 通信機から流れる赤坂署からの指示、それを聞いた藤原三佐の号令に小田一尉たちと応じると、光秋はワゴン車を降りて先頭を行く藤原の後を追う。

―結局来ちゃったか非常事態……だが、“やりたいこと”をやれる初めての機会なんだ。何が相手だろうとやってやる!―

 起こってしまった“万が一の事態”に落胆する一方、伊部母との会話を思い出して気合いを入れ、少しだけ強がりも浮かべながら主庭に出る。

「館内に避難してください!そっちはダメ!報道陣も下がって!」

 他の警官やESO職員に混ざって声を上げ、八方走り回って外に出ている人々を迎賓館の中に避難させていると、

「何アレ!」

「?」

来賓の女性の1人が絹を裂く様な悲鳴を上げ、光秋は思わず正門側に顔を向ける。

「!?……DDシリーズ?」

 そこには全長10メートル程の黒い巨人が、長い銃身、その付け根の上側に照準機らしきカメラを、下側に長方形の弾倉を設け、その後ろに持ち手を、さらに後ろに細長い三角形状の銃床を付けた――人間が使う自動小銃を模した様な巨人サイズの銃を右手に持ってこちらを見下ろしている。

「…………否、違う」

 ヘルメットの様な丸い頭に輝く単眼を見据えながら、光秋は直感的にそう断じる。

 

 この数分前。北側検問所を強行突破したトレーラー2台は、迎賓館へ向かって伸びる片側4車線の国道を直進していた。

 この道は迎賓館正門の手前でY字型に枝分かれしており、その分岐点には周囲を巡回していた警官やESO一般部隊隊員たちが集結していた。

 各々警備用に支給された短機関銃を構え、後からやって来た待機組の応援たちも加わると、場慣れした様子の中年警官が手に持った拡声器越しに呼び掛ける。

(接近中のトレーラーに告げる。君たちは交通規制が敷かれた道路を無断で走行している。至急停車し、車から降りて投降しろ。従わない場合は、実力を以て対処する)

 落ち着いた、しかし壁の様に揺るがない警官の呼び掛けに応える様に、前を走る大型トレーラーは道路を抜けた先に広がるY字の分け目部分に左側を前にして停まり、Eジャマーを積んだ中型トレーラーもその陰に停まる。

 もっとも、それは警告に従ったわけではない。

「お、おい?」

「何だぁ!?」

 大型トレーラーの荷台を覆っている幌、その下にある荷台を埋め尽くす程巨大な積み荷が動いたかと思うや、自らを固定していたワイヤーを起き上がる勢いのまま切り、幌に隠されていた黒い巨体を露わにする。

「コイツ!……白い犬?」

「バカ!黒いだろうが」

「どっちにしろ違う。とにかく撃て!」

 あまりに現実離れした光景に警備たちに束の間動揺と恐怖が走るが、次の瞬間には敵性と判断した巨人に集中攻撃が行われる。

 しかし、短機関銃の一斉射は巨人の装甲に目立った傷を付けることはできず、その間にも荷台から降りて迎賓館へと歩き出した巨人は足元で銃撃を続ける警備たちに右手に持った巨大な銃を向ける。

「来るぞ!」

「散れぇ!」

(ふっ!)

 途端に警備たちは互いの距離を離しながら後退し、蜘蛛の子を散らす様な光景を嘲笑する様な声が巨人から漏れたかと思うと、巨人は迎賓館目掛けてゆっくりと、しかし威圧感を伴った地響きを鳴らしながら足を進める。

 

「アレは、ゴーレム?」

 我が物顔で迎賓館へ歩を進める黒い巨人、その見覚えのある人のそれを模した上半身に、光秋は自分が知っている物の名前を呟く。

「……否、それとも違うか。どっちにしろ、敵か!」

 ゴーレムと比べてやや丸みを帯びた各部、サン教ベース以来2度目に見るニコイチやDDシリーズ以外の二本脚、両腕の手首近くにあるコブの様な膨らみといった差異を観察しつつ断じると、防弾ベストに右腕を突っ込んで上着の内ポケットからカプセルを取り出そうとする。

 が、

「待て!」

「!?」

突然後ろから藤原に怒鳴りつけられ、カプセルを掴みかけていた手を止める。

「何です?」

「ここでニコイチを出すな。乗る前に狙われるぞ。ここは儂らが引き受けるから赤坂署の辺りで出してこい」

「……でした。了解です!」

 藤原の説明に合点するや、光秋は突っ込んでいた腕を抜いて赤坂署の方へ駆け出す。

 が、

「?」

3歩と進まない内に脇を小柄な影がすれ違い、それを追って振り返ると仁王立ちした柏崎が巨人を睨み付けている。

「オモチャ野郎が!舐めてんじゃないよ!」

 怒声と共に柏崎は右手をかざし、()()()()巨人の装甲を凹ませる程の念を放つ。

 しかし、

「……あれ?」

―バカ!Eジャマー効いてるっての!―

巨人の前進が止まった以外何も起こらないことに眉を寄せる柏崎に、敷地内にEジャマーが設置されていることを完全に失念していると察した光秋は、慌ててその許に駆け寄る。

(進まない?……ESOの特エスか。例え子供の姿をしていようと)

 正門から少し進んだ所で足を止めた巨人から冷酷な声が響くや、その左手首が柏崎に向けられる。

―不味い!―

 直感的に危険を察知するや、光秋は駆けた勢いのまま柏崎に飛び掛かって押し倒し、一瞬前まで柏崎の胸があった辺りをコブの先端に空いた穴――銃口から放たれた数発の銃弾が過ぎていく。

(ESOの一般部隊か?邪魔するならば貴様も!)

 怒りを孕んだ声を響かせるや、巨人は柏崎を隠す様に倒れている光秋に左腕の銃口を向け、銃口の上に設置されたカメラが冷たく反射する。

―いかん!―

 伏せている姿勢から咄嗟に回避できないと直感し、一瞬後に再度銃弾が放たれる。

 が、

「!?……綾?」

前に綾が割り込んでくるや、両手をかざして念の壁を張り、銃弾の一連射を弾く。

「使えるのか?」

「いつもよりやり辛い……集中しないといけないけど、なんとか」

 強張った顔で光秋の問いに答えるや、綾は巨人を睨み付ける様に正面に意識を集中させ、さらなる攻撃に備える。

(貴様も特エスか?Eジャマーの影響下で念壁を張るとは……だが、コレはどうだ?)

 若干驚愕した声で言いながら、巨人は右手に持った巨大な銃を向ける。

「いかん!」

 咄嗟にこれは防げないと断じるや、すでに柏崎を右肩に担いで立ち上がっていた光秋は左手で綾の右手を掴み、駆け出した直後に銃弾よりもずっと太い弾丸が1発飛んでくる。

―えぇい!早くニコイチに乗らなきゃいけないのに!―

 一瞬振り返って見えた舗装された地面にめり込んだ弾丸――目測で直径3センチ程――に、光秋は焦りを募らせながら、綾の手を引いて柏崎を担いだまま迎賓館の左脇へ駆け入る。

「おい!こっちだぁ!」

「これも食らいやがれ!」

「2人共前に出過ぎです!」

(チッ……しかし貴様たちに構ってもいられんか。進むようなら……)

 後を追ってくる様に響く藤原と竹田二尉の怒声、小田の注意、重い物が砕ける音と銃声、巨人の舌打ちを聞きながら、迎賓館の陰に入った光秋は柏崎を降ろすや内ポケットを探ってカプセルを取り出す。

「とりあえずここなら目立たないか」

 言いながらカプセルの先を前に向け、ボタンを押してニコイチを出現させる。

「このデカいの、そんな小さい中に入ってんの!?」

「説明は後で。僕は乗り込むから、綾――法子さんは柏崎さんをお願いします」

「了解」

 目の前で起こった超常的ともいうべき光景に驚愕する柏崎に応じながら、光秋はリフトを掴んで上昇し、その間に綾と交代した法子に柏崎を任せる。

「『お願い』って何だよ!アタシだって――」

「Eジャマーが効いてる中で超能力者、それもサイコキノにできることは限られる。じきに敷地内のやつは切られるだろうから、それまで大人しくしてた方がいいよ。現にさっきだって」

「それは……」

今にも再び飛び出して行きそうな手をしっかりと掴んで言い聞かせる法子に、勢いを殺がれた柏崎は何も言えなくなる。

 その間にも光秋はコクピットに座って認証を済ませ、モニターが点くやニコイチを立ち上がらせようとする。

 が、

(この場にいる政府高官たち、及びその警備たちに告げる)

「?」

直前に迎賓館の真正面まで接近した巨人の声が響き渡り、咄嗟に左膝を着いたまま待機する。

(我々はNormal People、超能力者という危険分子を討伐する勇士たちである。超能力者の危険性は度々指摘されているにも関わらず、現在の合衆国政府はこの様な者たちを管理する(すべ)を設けることなく野放しにし、“平等”という言葉の飾りで包み隠し、社会秩序の崩壊を放置している)

―……管理とまではいかないかもしれないが、超能力の使用を規制する法律はあるはずだが……それに……この人、狭いな―

 巨人の主張に心の中で反論しつつ、光秋は言葉の隅々から感じる攻撃的な態度に居心地の悪さを覚える。

(今回の活動は、我々が新たに得た聖剣――この“フラガラッハ”で以てそのような無能な高官たちに鉄槌を下すことである。危険分子を放置するような者共は、それ自体が危険な者たちなのだ。そのことを肝に銘じろ!)

 一方的に言い切るや、巨人は両手保持した銃を迎賓館へ向ける。

「!やめろぉ!」

 それを見るや光秋は右ペダルを踏み込み、立ち上がった勢いのままニコイチを上昇させると、迎賓館の陰から躍り出て巨人に飛び掛かる。

 直後に弾が連射されるが、ニコイチの左手で銃口を下に向けられて放たれたそれらは周囲の舗装を抉るだけに終わる。

 その間にも右手を巨人の胸部に押し付けた光秋はNクラフトを吹かし、推力にものをいわせて巨人を迎賓館から遠ざける。

(貴様、白い犬かっ!)

「その機体から降りて投降しなさい。武装は押さえました」

 単眼を介して敵意の視線を向けてくる巨人に、光秋は努めて冷静な、しかし有無を言わせない語調で呼び掛け、銃を押さえる左手にさらに力を込める。

 しかし、

(私だけを相手にすればいいと思っているのか?甘いな)

「?……!?」

返ってきた言葉に眉を寄せたのも一瞬、先程まで意識の外にあった無数の銃声が聞こえてくる。

 すぐに銃声がする方――正門側に意識を向けると、門の前の二股道での銃撃戦を映した拡大映像が表示される。

 同時に、

―!……後ろ?2機?それに人が大勢?―

背後から悪寒を感じ、直後に映し出された後方の拡大映像に、森の向こうからこちらに駆け寄ってくる2体の巨人を見る。

―やられた!最初の騒ぎは陽動――否、それもあるが、DDシリーズなんかの件でこの手の物にみんな過剰反応したんだ!―

 自分自身陥っていた心理状態に悔しさを覚える間に、巨人はそれまで上げようとしていた銃をいきなり引き下げ、押し返す力がなくなってニコイチがバランスを崩した隙に地面を蹴って距離を取り、体勢を整えるやニコイチに両手保持した銃を放つ。

「!」

 反射的に両腕を前に出してそれを受け流し、光秋自身の両腕にも薄っすらとなにかが当たり続ける感覚が伝わってくる。

 ニコイチにとっては1発ごとの威力は大したことないものの、当たり続けていて気持ちのいいものではない。一刻も早くこの場から立ち去りたいのが本音ではある。

 しかし、

―それだと迎賓館に当たる。前と後ろから挟み撃ちって、来賓の人たち何処に逃げればいいんだ!?―

自分の後ろいる数十の人々、その命が脅かされている現状を打開できないことに、心の中で絶叫する。

 その時、通信機に藤原から連絡が入る。

(加藤、聞こえるか?)

「三佐?何か?」

(Eジャマーの管理をしている係たちに異常が起きたそうだ。儂らはその様子を見に行くからこの場から一旦外れる。すまんが持ち堪えてくれ)

「了解です」

 応じると、藤原の方から通信は切れる。

 と、光秋は今更ながら疑問に思う。

―……そういえば、何でこの期に及んでEジャマーを止めないんだ?―

 

 車載通信機で光秋に連絡を入れる間にも、藤原と小田、竹田と男性警官2人を乗せたワゴン車は、迎賓館を右に迂回して反対側に回り込む。

 さらに奥まで進んで噴水のそばで停車すると、一行は赤坂署で通常の警備の装備とは別に支給された自動小銃を持って、藤原はそれに加えてトランク状の箱を背負って車から降り、森に入る。

「Eジャマーの位置は?」

「えっと、一番近いのは……こっちです」

 藤原の問いに30代手前くらいの若い警官が手元の端末を見ながら応じると、彼を先頭に一行は木々の合間を進む。

 迎賓館と隣接するこの森は、赤坂御用地と呼ばれる四方1キロ程に及ぶ国有地であり、現在は敷地内の文化財と自然保護のために合衆国が管理している。防犯上Eジャマーもいくつか設置されているが、今は迎賓館一帯を影響下に置く最も近い1基を目指している。

 本来の歩道を外れてしばらく進むと、雨避け様に設けられた屋根の下に鎮座する大型Eジャマーが見えてくる。

 刹那、

「ESOの者かっ!」

「!伏せろ!」

前方からの声に直感的に叫んだ藤原に従って全員が即座に体を屈めると、直後に一行の頭上を二条の銃撃が過ぎていく。

「今のって?サブマシンガン!?」

徳川(とくがわ)、伏せてろ!」

 困惑して姿勢を上げそうになる先頭を行っていた若い警官を押さえつつ、小田は銃撃が来たEジャマー周辺目掛けて自動小銃を撃ち返す。

「散れ!木の陰に隠れろ!」

 藤原の叫びに応じる様に、一行はそれぞれ近くの木の陰に転がり込む。

 体勢を整えた藤原が木の陰からEジャマーの周囲を窺うと、短機関銃を構えた警官2人がこちらに警戒の視線を向け、Eジャマーのすぐそばに管理係と思しきESO一般部隊2人がぐったりと横たわっている。

―警官?NPの奴ら、こんなところにまで浸透を……―

予想外の光景に、藤原は知らぬ間に小銃を持つ手に力を込める。

「!」

 直後に顔の横を銃弾が走り、隠れている木が削れるのを横目に見ながら首を引っ込める。

 

 巨人の銃撃を両腕で受け流し続ける中、光秋は徐々に焦りを募らせていく。

―Eジャマーはまだ解除されないのか!?僕だっていつまでも()たないぞ!……?―

 本当なら声に出したい不満を心の中で叫んだ直後、巨人の銃撃が止み、腕を少し下ろして相手の様子を見る。

(これ程までに頑丈とは……弾の無駄だな。だが)

 言うや巨人は銃を下ろすと、左手を左腰に伸ばし、格納されていた棒状の物を取り出す。棒の先から刃を伸ばして巨人サイズのナイフを形作ると、

(これならどうだ!)

叫びと共に地面を蹴って間合いを詰め、逆手に持ったナイフをニコイチの頭部目掛けて振り下ろす。

―!……今!―

 反射的に後ろに飛び退いてそれをかわすと、光秋は踏み込んだ攻撃をかわされて体勢を崩した巨人に仕掛けようとする。

 が、

(みなさん落ち着いてっ!外に出ないでくださいっ!)

「!?」

外音スピーカーから響いた法子の叫びに動きを止め、声がした迎賓館の入り口を見やると、拡大映像が表示される。

 入り口に詰め寄せた来賓たちが警備たちを押し退けて外に出ようとし、法子たち警備はそれを必死で押し止めている。

(外は戦闘が行われていて危険です!館内に退避していてください)

(巨大な銃を持った巨人がすぐそこまで迫ってるんだぞ!ここにいたらみんなやられるっ!)

「!?……まさか!」

 映像と共に聞こえた警備と来賓の口論に、光秋は思わず迎賓館の方にニコイチを振り返らせ、すぐ近くまで迫ったもう1機の巨人が銃を向けるのを見る。

 瞬間、光秋は地面を蹴って跳び上がり、ペダルを一杯に踏んで裏手で銃を構える巨人に突進する。

「やめんかぁぁぁ!」

 絶叫と共に一瞬で間合いを詰めると、迎賓館の上を越える間に腰に引いていた右拳を放とうとする。

 が、

―拳じゃ不味い!―

繰り出す直前に思い至るや、腕を伸ばす間に握り拳を開き、巨人の胸部に平手を叩き付ける。

 光秋の意志を反映した力加減も加わって大きな破損はしなかったものの、それでも巨人の胸周りは僅かに凹み、ハッチらしき扉の上下を外側にひん曲げながら後ろへと押し倒される。

 同時に撃ち出された数発の弾は迎賓館を外れて明後日の方へ飛んでいき、ひとまず事なきを得る。

 しかし、

(わぁぁぁ!)(あぁぁぁ!)(いやぁぁぁ!)

「!?」

迎賓館正面から多数の悲鳴が響き渡り、ハッとした光秋はニコイチを振り返らせて高度を上げて下を見ると、今の発砲音で恐怖がいよいよ限界を迎えたのか、警備の制止を決壊させた人の波が正面玄関から溢れ出していく。

 すぐそばにはもう1機の巨人が佇み、正門前では銃撃戦が繰り広げられているのだが、恐慌をきたした人々の視界には入っていないのか、我先にと正門目掛けて駆け、あるいは別の出入り口を目指して四方に散っていく。

 と、人混みから少し外れた辺り――巨人の足元の近くに青いドレスの女性が足を縺れさせて両手を着く。

「あの人、さっきの!」

 拡大された映像に、光秋は先程迎賓館の裏手で体を心配した女性を思い出す。

 直後、

(貴様、鷹ノ宮(たかのみや)涼子(りょうこ)か!)

足元の女性に気付くや、巨人は多分な憎悪を孕んだ声を上げる。

(相手が何者であろうと超能力者には――怪物には死を!)

 迷いのない宣誓をすると、巨人は立ち上がりかけていた女性に左手首のコブを、そこに内蔵された機銃を向ける。

「!」

 手首を向けた瞬間、光秋は再び迎賓館を飛び越えて巨人の胸部に突っ張りを入れるが、僅かに間に合わず数発の銃弾が放たれる。

 と、

(逃げてっ!)

「!?」

聞き覚えのある声に下に目を向けると、光秋はESOのコートを羽織った入間主任が女性を突き飛ばし、代わりに当たった銃弾に両腕と両脚から血飛沫を上げる光景を見る。

 

 散発的な銃撃が続く中、小田に「徳川」と呼ばれた若い警官が叫ぶ。

「テロリストの協力をして!お前らそれでも警察官か!」

「社会の脅威になる超能力者を擁護する者、そんな奴らに協力するお前たちに言われたくない!」

 叫び返しと共にすぐそばを銃弾が掠り、若い警官は応戦の小銃を撃つ。

 木々が多いために視界が悪く、加えて所属の性質上殺傷は極力避けたい思いから致命傷になり得る辺りには迂闊に撃てず、相手も似たか寄ったかの状態に、互いに決定打を与えられない状況がすでに2分程続いている。

 と、小田が姿勢を低くして銃撃を避けつつ藤原の許に駆け寄ってくる。

「三佐、これ以上足止めを食らうわけにはいきません。例の新装備使いましょう」

「ウム……確かに時間を掛け過ぎているか……さっきの地鳴りも気になるしな」

 小田の進言に応じつつ、藤原は自分たちの背後から響いた巨大な物が移動する様な振動を思い出し、背中の箱に意識を向ける。

―EJC――『Eジャマー・キャンセラー』。Eジャマーの効果を打ち消して影響範囲内での超能力の使用を可能とする装置か……秋田での一件で小耳に挟んでいたが、まさか今回配備されていたとはな―

 支給される際に聞いた自身が背負っている装置の性質を思い出しつつ、藤原は持っていた小銃を肩に提げて、多少の不安を覚えながら紐に付いているスイッチを入れる。

「ウム……」

「どうっすか?」

 小銃の応戦を続ける竹田に応じる様に、藤原は足元の地面に右手をかざし、念で一握り程の土を引き上げる。

「行けそうだな。しかし、影響範囲は約2メートルか……よし。儂が壁を張って突撃する。小田たちはそれに続け」

「「「「了解!」」」」

 4人の返事を聞くと、藤原は木の陰から飛び出して左手をかざし、正面一帯に意識を集中させて念の壁を張る。

「行くぞぉ!」

 叫ぶやそのままEジャマーへ向けて駆け出し、念壁で銃弾を弾きながら木々の合間を疾走する。

「EJC!?出してきた――!」

 驚愕する警官の顎に鈍器の様な右拳を叩き込んで失神させると、藤原は左手をかざしながら残った1人に距離を詰め、それに続いて駆けてきた小田たち4人もその後方から銃口を向ける。

「ク、コノッ!」

 叫ぶや残った警官は短機関銃を撃つが、弾は全て念壁に弾かれて藤原を傷付けることはない。

「投降しろ!5対1、それも手持ちの武器が使えんで何ができる」

「…………チクショウッ!」

 閻魔の顔で睨み付ける藤原に、警官は短機関銃を取り落としてその場に膝を着く。

「誰かこいつと、そこに転がっている1人を拘束しろ。倒れている係たちの様子も診てやれ」

 小田たちに指示を飛ばしながら、藤原はEジャマーの停止作業を行う。

―すぐにケリが付いてよかった。バッテリーの容量上、コイツは長く使えんからな―

 背中のEJCの稼働時間を気にしながら停止作業を終えると、紐に付いているスイッチを切る。

「離反した警官2名、拘束しました」

「係2人、気絶してるだけの様です」

「よし、救護班と代わりの係を寄こしてもらう。来次第儂らはその2人を連れて撤収するぞ」

 若い警官と小田からの報告を聞くと、藤原は通信機を取り出して赤坂署に繋ごうとする。

 が、

「!この音は!?」

自分たちの許に近づいてくる地鳴りと多数のエンジン音に、藤原は体を強張らせ、通信機に伸ばしかけた手を固まらせる。

 直後、

「全員動くなっ!」

威圧声と共に木々を押し退ける様に中型のトラックが2台現れ、それぞれ幌が屋根状に被せられた荷台から降りてきたNPメンバー計10人が、各々手に持った自動小銃を向けてくる。

 木々に隠れてはっきりとは見えないが、後ろにはEジャマーを積んだもう1台が控えている。

―止めたと思えばこれか!……だが、あのサイズなら迎賓館までは届かんな。どうにかしてEJCを――!―

 何とかして状況打開を図ろうとする藤原の思考を遮る様に、木々の上から顔を出した巨人が単眼で足元の全員を見下ろし、巨大な銃を向ける。

 その時、

(EJCを入れろ!)

「!?」

頭上から響いた拡声器越しの声に、藤原は反射的にスイッチに手を伸ばす。

 直前、巨人の上から黒いものが接近し、一瞬後に巨人の銃が爆発する。

「ヌォ!」

EJCが作動するや、藤原は両手をかざして影響範囲一杯の頭上に念壁を張り、爆発の衝撃や落ちてくる銃の破片から自分や小田たちを守る。

 一通り防ぎ切ると、藤原は巨人の目の前に浮かんでこちらを見据えるスーツ姿の黒い癖毛の男と目が合う。

「物部……」

「どうも藤原さん。“盛大な催し”やりに来ましたよ」

 サン教ベース攻防戦の終盤に現れた男は、余裕の笑みで応じる。

 

 コート下の腕と、スーツ用ズボンを履いた脚から血を流した入間は、そのままうつ伏せに倒れこんで動かなくなる。

(入間主任っ!)

 直後に叫び声が響くや、柏崎が脇目も振らず入間に駆け寄ってくる。

(貴様!さっきの!)

 巨人の方もそれに気付くや、胸周りが若干凹んだ巨体をすぐに起こし、必死に入間を揺する柏崎に巨大な銃を向ける。

「!」

 その間にも光秋は巨人に背を向け、柏崎と入間、入間が倒れてからずっと彼女に右手をかざしている青いドレスの女性に覆い被さる様にして銃撃から庇う。

 と、

(何!?)

「?」

4、5発程受けたところで背後に爆発音が轟き、同時に響いた巨人の驚愕の声に光秋は後ろを振り向くと、持ち手から先が粉々になった銃を持って佇んでいる巨人を見る。

―!……上?―

 上空を見上げる巨人と、ニコイチが感知した悪寒から上を見上げると、右手に銃器らしき物を持った茶色い人型が浮かんでいるのを見る。

 大きさは10メートル程とニコイチや後ろの巨人と大差ないが、それらに比べて全体的に細く、直線を主体とした直角の多い外見をしている。ニコイチや巨人と違って肩や腰に装甲板は施されておらず、露出した腕や脚の接合部分が機械的な印象を強めている。頭部には巨人と同じく単眼が輝いており、それでこちらを見下ろしている。

 右手に持った巨人と同型の巨大な銃の口からは薄っすら煙が上がっており、察するにアレで巨人の銃を撃ち砕いたのだろう。

―今度こそDDシリーズ?……いや、感じが違う。そこまでの威圧感は感じない。巨人を攻撃したってことは、NPでもないようだけど…………―

 立て続けに現れた未知の敵に、光秋は生唾を飲む。


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