また、少しだけ作中世界観に触れる部分があります。
では、どうぞ!
銃を捨てた黒服たちは次々と防具類を着けた緑服に囲まれ、役所の中に連行されて行く。おそらく、光秋が入れられたあの部屋に運ばれているのだろう。
「……」
正面玄関の方に機を向けながら、光秋はその光景を呆然と見る。
そんな中、その作業に参加せず、光秋の機体に近づいて来る3つの人影がある。今朝の大男と長身、男性兵士である。3人とも緑服の上にベストを着け、ヘルメットを被り、大男以外の2人は向けこそしないが自動小銃を構えている。
光秋がハッチを開けて姿を現すと、
「「「!?」」」
3人とも驚きの表情をする。
「伊部!なぜそんな所にいる?」
大男が光秋の隣の女性兵士に向かって叫ぶ。
「え!いや、その……」
女性兵士が答えに詰まっていると、
「貴様!」
と、長身が光秋に銃口を向ける。
「!」
「まっ、待ってください一尉!」
女性兵士が慌ててその行動を制する。
「成り行きなんです!彼が乗せてくれたんです!」
「とにかく貴様!」
再び大男が叫ぶ。
「まずは彼女を下に降ろせ!」
「は、はい!」
光秋はイメージ操作で機体に左脚を曲げて跪かせ、右手をハッチの上に持って来る。
「乗ってください」
「うん……」
マニュアルを返した女性兵士が乗り込むのを見ると、光秋はゆっくりと手を地面に下ろす。先の戦闘の疲労から動きか若干鈍くなっているが、なんとか問題なくその動作をこなす。
地面に下りた女性兵士は、長身の許に駆け寄り、
「一尉!彼に敵対の意志はありません!銃を下ろしてください!」
と、長身が向ける銃口を下げさせる。
その傍らで大男は、
「よし、次は貴様だ!降りて来い!」
と叫ぶ。
「は、はい……」―『降りろ』と言われても、どうやって……―
そう思いながらも、光秋はマニュアルに目を通すと、「備品」という項目を見つけ、試しに開いてみる。様々な機器の名が羅列される中、「リフト」という欄に目星を付け、そこを開く。
―『ハッチ左の扉からリフトを引き出す』?―
図解付きの説明に従ってハッチの左側を探ると、手前にかなりの幅のフタを見つけ、上に開いてみる。その下には、手前に肘掛にも付いているハッチの開閉ボタンがあり、その奥には幅の殆どを占める長い穴がある。図解に従って穴に左手を入れると、幅のある固い物を掴む。引き出してみると、丸みを帯びた三角形の輪に横棒が付いた奇異な装置が穴の中にロープを伸ばしながら出て来る。しばらく引っ張って伸びが止まると、光秋は再びマニュアルに目を向ける。
―『左の赤いボタンでロープの伸長、右の青いボタンで収縮』……―
マニュアルを畳んでシートの上に置き、図解に従って棒の赤いボタンを押しながら三角形の部分を引くと、その間にロープが現れ、一気に2メートル弱まで伸びる。
―なるほどなぁ……―
三角形のフックに左足を掛け、右手で棒を掴むと、光秋は左手で赤いボタンを押し、穴からロープを伸長させて地面に降下する。
機体の左膝の辺りに降りた光秋は、とりあえず敵意がないことを示すために両手を高く挙げて大男たちに近づいて行く。
と、
「……う!」
突然脚の力が抜け、崩れる様にその場に座り込んでしまう。
「お、おい!どうした?」
大男が心配そうな声で駆け寄ると、グーッと光秋の腹が鳴る。あとの3人も続いて近づくと、光秋は、
「……よく考えたら……今朝から何も食べてなくて、その上……こんなに暴れて……その疲れも、出ちゃったみたいです…………」
弱々しい声でそう言うと、また、グーッと腹の虫が鳴る。
―さっきよりでかいな……―
と、
「フ…………フハハハハハハハハハハ!」
男性兵士が大口を開けて爆笑を始め、他の3人もつられる様に笑い出す。
「ハハハハハ!」「フフ、フ、フ!」「グッ、ハハハハハ!」
光秋も、我ながら漫画の様な滑稽な様子に可笑しくなり、頬を動かす。
「…………」
が、疲れた体からは声は出ず、疲労した表情筋で作った笑顔は、合わせ笑いか苦笑いの様な弱々しいものである。が、そんな笑いでも、体の奥が楽になる様な感じを覚えなくもない。
今までは、状況がわからないという緊張感や、戦闘中の興奮で、空腹感や疲労感といった動くのに都合の悪い感覚が抑えられていたのだろうが、機体を降りてからの「終わった」という安心感が抑力を弱め、そもそも時間的にも限界だったのだろう。脚に力が入らない光秋は、大男に背負われて、役所の中の広い空間の隅に椅子やテーブルが畳み積まれている会議室の様な部屋に運ばれる。来るまでの道のりは、途中階段を上った以外は空腹で集中力が低下してよく覚えていない。
先に入った長身がパイプイスを広げ、光秋はそれに座る。散々とした意識の中、
―……この部屋は、比較的無事みたいだなぁ……―
と考える。来る途中、壁が粉々に砕けた部屋や照明が点かなくなっている廊下を見てきたが、この部屋は壁に若干小さいヒビが入っているくらいで、灯りも空調も問題なく作動していることがそんなことを思わせる。
ヘルメットを脱いで部屋の隅に置いた黒い角刈り頭の長身と、黒髪を短く切り揃えた男性兵士が、光秋の前に折り畳み式のテーブルを置き、それを挟んでヘルメットとベストを脱いだ顎髭と繋がった黒い短い髪の大男もパイプイスを広げて座る。女性兵士は大男の右後ろに、長身は光秋から見てテーブルの右に、男性兵士は左にそれぞれ控える。
その間にも光秋は、これ以上みっともないところを見せたくないと気を張るが、空っぽの体はろくに言うことを聞かず、体全体が徐々に沈んで行くのがわかる。
「……どうやら、そうとう腹ペコの様だな」
光秋のそんな様子を見て、大男が言う。
「無理もないか。よし、まず腹ごしらえと行くか。何か食べたい物はあるか?」
大男の質問に、光秋は、
「……米と……肉が……しょっぱい物が……」
と、大儀そうに答える。
「米と肉か……よし、近くに安い牛丼屋があるから、そこで頼んでやろう」
「……!」
「牛丼」という言葉に、光秋の頭が少し冴える。
―牛丼!―「よろしくお願いします!」
「よし、
「オレっすかぁ?……」
「竹田」と呼ばれた男性兵士が、面倒そうな顔で答える。
「三佐、そもそもあそこやってるんすか?こんなことの後で?」
「奴らはあくまで、ここだけを狙ったんだ。建物は無事だろう。誰もいなければ、置手紙に『非常時の為頂く』とでも書いて持って来ればいい。
「りょーかーい!」
そう言うと、竹田はベストも脱いで光秋から見て正面左端にあるドアから出て行く。
しばらくして、竹田は息を弾ませて帰って来る。同時に、右手に持った袋から漂う醬油の香ばしい香りが光秋の鼻をくすぐる。
―来た!―
「騒ぎが収まったか見に来た店員が1人いたんで、なんとか話しつけてきました」
そう言いながら竹田は、テーブルの上に袋を置き、光秋の方を見る。
「ただし、牛丼だけで生姜とか薬味はなしだからな。味わって食えよ!」
「充分です!ありがとうございます!」
光秋は深々と頭を下げて礼を言うと、袋の中身を出す。
プラスチックの透明なフタを開けると、発泡スチロールの器に盛られた牛丼から湯気が上がり、先程以上に香りが鼻を突く。両手を合わせ、
「いただきます!」
と言うやいなや、急いで箸を割って搔っ込む様にありつく。
と、
「う!……ウフッ、ウフッ!」
急いで食べたせいで喉に詰まってしまう。鳩尾を打って治そうとするが、なかなか上手くいかない。
そこで長身が駆け足で部屋を出て、戻って来るとその手には500ミリペットボトルの緑茶が握られている。
「急いで食うからだ。飲め!」
光秋は差し出されたお茶をすぐに飲んで、ようやく詰まりを治す。
「ありがとうございます」
「そう慌てんでも、誰も盗らんわ」
「……」
大男が笑顔でそう言う中、光秋はこの4人に対する警戒心が今朝よりも弱くなっていることを自覚する。監獄を出て以降、いろいろと親切にしてもらっているのがそう感じる原因だろう。が、元来の人見知りな性格から、完全に警戒を解いた気もしないという、我ながら微妙な心境である。
その後は特にトラブルもなく牛丼を平らげ、喉も渇いていたのでお茶も飲み干す。食べ終わると、また両手を合わせ、食べた物に対してもそうだが、それを提供してくれた2人への感謝も込めて、
「ごちそうさまです!」
と、深々と頭を下げる。
「さて、腹も一杯になったところで、まずは自己紹介をさせてもらおうか」
大男がそう言って、話を切り出す。
「儂は
「『隊長』?」―それに『三佐』って?やっぱり軍隊か何かなのか?―
「詳しい説明は、後でゆっくりする。まぁ、よろしくな!」
そう言うと藤原は、平均男性の足程はある大きな右手を差し出す。
「こちらこそ、改めまして加藤光秋です。よろしくお願いします!」
聞きっぱなしはよくないと思いそう返すと、光秋も手を差し出し、握手をする。
「!……」
藤原の握る手の強さに光秋は少し驚き、同時に、
―本当に大きいんだなぁ!―
と、藤原の手に感心してしまう。光秋の手も大きい方なのだが、藤原の比ではなく、なにより手が細いため、握られると殆ど相手の手に隠れてしまう。また外の寒さですっかり冷えてしまった光秋の手に比べ、湯たんぽの様に温かいその手の温度にも感心してしまう。
握手を解くと、次は長身が紹介を始める。
「俺は
そう言って、小田は軽く頭を下げる。光秋は黙礼で応じる。
と、光秋の頭が上がり切らない内に、
「オレは
と、男性兵士が右手を差し出す。
「!……」
光秋は急いでそっちに手を伸ばしてそれに答える。そんな竹田の態度に、
―せっかちな人だなぁ―
と思ってしまう。
そこで、それまで藤原の後ろにいた女性兵士がテーブルに近づき、紹介を始める。
「私は
彼女も一礼して言い、光秋も頭を下げてそれに答える。
その直後、コンコンと、ドアをノックする音が響き、
「今、いいかね?」
と、男の声で入場を求めてくる。
「どうぞ?」
藤原がドアの方に振り返って答えると、少々老けた印象を持ちながらも、藤原に劣らない逞しい体つきをした男を筆頭に、若そうで細身のスタイルの黒い長髪でそこそこ巨乳の女と、白衣姿の短い黒髪をした若い男が入ってくる。
「局長!」
藤原が筆頭の男に向かって少し驚いた様に言い、
「
竹田が若い男に向かって首を傾げて言う。
「いやいや、NPの襲撃があったと聞いて、ちょっと様子見にね。何より、彼のことをねぇ……」
「局長」と呼ばれた男が光秋を見ながらそう答え、近づいて来る。
「オレは、負傷者の手当てがひと段落したんで、そいつも調子悪いって聞いてちょっと診察に」
若い男も光秋を見ながらそう答える。
席を譲った藤原に代わって、局長が光秋の正面に着くと、
「
と、どこか信じられないといった表情でそう言う。
「は、はい……でも、無我夢中でしたから……」―他になんて言えば?……―
そう思いながら、光秋は渋々と答える。
「ンー…………まぁ、君のおかげで敵味方とも少ない負傷者で済んだんだし、死者が出なかったのも事実だろう。礼を言う。ありがとう!」
東局長は、テーブル越しに少し皺の刻まれた右手を差し出しながらそう言う。光秋も手を出してそれに答える。
「……!」
藤原程ではないが、今度も強い力で握られる。
それに続いて細身も女も、
「局長の秘書の
と、軽く頭を下げながら言う。
そして、それまで後ろに控えていた若い男も前に出、光秋から見て東局長の右隣りに来る。
「オレもまずは自己紹介からだな。
上杉も右手を差し出し、光秋もそれに答える。
と、
「まぁ、会うのはこれで2度目なんだがな……」
「2度目?」
「あぁ。お前が留置所にいる時に検査諸々で1度な。もっともお前、そん時熟睡してたから。起こそうかと思ったが、あまりに気持ちよさそうに寝てたから、やめたがな」
「そ、それは……失礼しました!……」
光秋は自分の失敗に、肩身が狭くなる思いを感じる。
「気にすんな。こっちが勝手にやったことだし」
「ところで、上杉……」
そこで藤原が話に加わる。
「彼の調子は、どうなんだ?」
「ちょっと待ってください」
そう言うと上杉は、目をつむって握手している手に若干力を込める。
―……何してるんだ?そういえばこの人、『診察』って言うくせに聴診器も提げてないし……?―
光秋がそんなことを考えていると、不意に上杉は目を開ける。
「体調の方は、ほぼ正常ですね。ただ、さっきの戦闘や環境の急変から来る疲労やストレスがまだ残ってます。昼間たっぷり寝たみたいですけど、今夜も早めに休ませた方がいいかと」
「わかった」
藤原がそう答える傍ら、光秋は、
―何だ今の?脈拍でも読んだのか?―
と、持ち合わせの知識から事態を推測しようとする。
と、
「『脈拍でも読んだのか?』って思ったろう?」
と、上杉に今考えたことをそのまま声に出される。
「!?……」
光秋が驚きの顔を隠せないでいると、
「悪りぃ悪りぃ、脅かしちまって」
上杉はいたずらっ子な笑みを作って謝り、ようやく握手を解く。
「オレはサイコメトラーでね。触った所から色んな情報を引き出せるんだ」
「『サイコメトラー』?」
その発言に光秋は、また驚きの顔をする。
元来物語好きの光秋は、SFやホラーなど色々な内容の話を本やテレビなど媒体を問わず見聞きしている。もちろんその中には、超能力モノも含まれている。そのフィクションで得た知識によれば、「サイコメトリー」とは、上杉の言う通り触った所から情報を得る能力であり、この能力を有する者を「サイコメトラー」と呼ぶ。そして光秋は、そういう超自然的な存在が実際にいてもいいと思っているところがある。が、いきなり「自分は超能力者だ!」と言われて、「はいそうですか」と鵜呑みにするほどお人好しでもない。
「……」
故に、光秋の表情は驚きの顔から、疑いの顔へと変わる。
それを見て、上杉は笑いながら、
「疑ってるな?」
と訊いて来る。
「そりゃあ……いきなりそんなこと言われて……」
「じゃあ、お前がこっちの世界に来るまでのいきさつ話してやるよ。留置所で診察ついでに調べとけって指示されてたしな。まず、夜行バスに乗ってたら、突然真っ白な空間に飛ばされた!」
「!」―まだ誰にも話していないはず?―
「そこで人型の白い影みたいのに出会って、表のあのロボットをもらった!」
「…………」
「んで、その後演習場近くに落ちて、伊部二尉に発見され、ここに連れて来られた!とまぁ、こんなとこか。どうだよ?」
「…………その通りです!」
ここまで言われて、光秋の懐疑心は殆ど消えてしまう。
それに加えて、
「では仕上げがてら」
と、藤原が右手を押し出す様に前にかざすと、
「……!」
その動きに合わせて光秋のイスが1メートル程後退し、さらに藤原が手を上に挙げると、それに合わせてイスも天井すれすれまで上昇する。
「どうだ?これがサイコキネシス!モノを動かす力だ!」
微笑みながら藤原は豪語する。
「わかりました!わかりましたから下ろしてください!高い所苦手なんです!」
すっかり疑う心が消えた光秋がそう言うと、藤原はゆっくりと手を下ろし、それに合わせてイスも元々あった位置に下りて行く。
下りながら光秋は、神モドキのことを思い出す。
―そういえば、神モドキさんが僕を機体に乗せた時も……じゃああの声も、テレパシーか何か?……―
光秋が元の位置に着地すると、
「では、我々はこの辺で本部に戻る。藤原君、支部長によろしく言っておいてくれ」
「はっ!」
東局長の言葉に藤原が敬礼で答えると、東局長と沖は部屋から出て行く。小田、竹田、伊部の3人も、敬礼してそれを見送る。
敬礼を解くと藤原は、
「……さて、今何時だ?」
と、小田に訊く。小田は左袖を軽くまくって腕時計を見ると、
「7時……50分ですね」
と答える。藤原は髭を撫でて少し考え込む。
と、
「……上杉には『早く休ませろ』と言われたが、あのデカブツをあのまま座りこませとくわけにもいかん。加藤君、だったな?最後にアレを、元あった場所に戻してくれんか?暗い内の方が目立たんですむ」
「……わかりました。ただ……アレが入ってた倉庫、壊してしまって……」
「それなら、その近くに置いておくので構わん。頼む」
「……はい」
そう言って光秋は立ち上がり、残った面々と共に部屋を出る。
来た時はわからなかったが、さっきの部屋は2階にある。部屋のすぐ左隣にある階段を降りると、すぐ1階だからである。そしてそのすぐ左側のドアから出ると、正面に正門の壁があることから、ちょうどそこがコの字の下の横線の先端だと気付く。光秋は駐車場の方に目をやると、正面玄関の方を向いて跪く機体を見る。
光秋は機体に駆け寄り、リフトのフックに左足を掛け、左手で棒を掴む。説明を思い出しながら右手で青いボタンを押すと、リフトが上昇を開始する。それがコクピット付近に自動で停まると、光秋は右の手足をコクピットに掛け、這い上がる様に搭乗する。
「さてと、仕舞い方は?」
シートの上のマニュアルを取ってリフトの仕舞い方を調べると、その説明の通り、まず青いボタンを押してフックと棒を繋ぐロープを収縮し、あとは穴に押し込める様に戻し、フタをする。
席に着くと、開いたままのマニュアルを膝の上に置き、素早くメガネを上げて両手を操縦桿に置き、機外での生体認証を済ませる。降下しながらメガネを掛け直し、シートベルトを締め、静脈の確認も済ませる。モニターが点くとすぐに、イメージで機体を立ち上げ、あとは操縦桿で機体を倉庫の方に移動させる。
その中で光秋は、先程の自分の戦いのことを考える。
―……初めてとはいうものの、あれじゃあ頭に血が上った猿が暴れてるだけだ!―
光秋が自分の戦いをこの様に評価・反省するのは、小さい頃に空手をかじった経験が多少影響しているのだろう。が、初の、そして唐突な実戦を前に、事態の中では我を忘れてしまったのである。
考えながらも、ビルを擦らないよう慎重に狭い通路を抜け、全壊した倉庫の前に着くと、光秋は再び機体に左膝を着かせる。
機体から出ようとハッチのボタンに手を伸ばそうとした時、不意にマニュアルの「カプセル」という表示が目に入る。
「?……」
好奇心からマニュアルを持ってそこを開くと、まず備品のありかを表示する図解が目に入る。それに従って右肘掛正面のパネルのレールの下を手探りすると、円形の浅い窪みを感じ、試しに押してみると、そこがせり上がる。
「……何だ?」
引っ張り出してみるとそれは、長さ15センチ程の太めのペンライトの様な形をしている。が、ライトにしては電球の部分が異様に小さく、そもそも電球というよりもテレビのリモコンの先端にある様な銀色の玉粒に似た形をしている。白い胴体に赤い縦に長い楕円のボタンと、その裏側に小さな赤いレバーが付き、レバーの上下にはそれぞれ「入」「出」と浮き彫られている。そしてボタンを右、レバーを左に、等間隔に挟まれる様に、頑丈そうな赤い長方形の出っ張りがある。
「…………?」
手首を回して様々な角度から眺めてみる。
と、
(加藤君!いつまで入ってるんだ?ここに置いてくれれば充分だ。早く出て来い。上杉もさすがに心配しているしな)
正面からの藤原の呼び掛けに、
―外で調べればいい―
と思い、光秋は機外に出てリフトを出し、マニュアルとカプセルをズボンの脚ポケットの左と右にしまって降下する。
降りるとすぐに、
「長かったが、何をやっていた?」
と藤原に訊かれ、光秋は右ポケットからカプセルを取り出し、
「中でこんな物を見つけたんです」
と言って、それを藤原に差し出す。藤原はそれを取って訝しげに眺める。
「何だ?これは?」
「マニュアルには、『カプセル』とありましたが?」
「『カプセル』?」
「どれ、オレが」
上杉がそれを持ってサイコメトリーを試みる。
が、
「……?……!?おかしい!何度やっても情報が伝わってこない!」
と、驚きの表情をする。
「ロボット自体も、ESPや機械の測定を全く受け付けなかったと言う。加藤君をここに連れて来た白い奴の作った物には、そういう特性があるんじゃないですか?」
小田が推測を述べる傍ら、光秋はマニュアルに目を通す。
と、
「……これに…………『収容』!?」
カプセルの説明に驚きの声を上げる。
「何だ?」
声に驚いた藤原が光秋に尋ねるが、
「……ちょっと!」
光秋はそれに答えず、急いで上杉の手からカプセルを取ると、説明に従って銀玉の方を機体に向け、レバーが「入」の方になっているのを確認し、その右横の四角い出っ張りを開いて中のレバー式スイッチを「切」から「入」に替え、ボタンを押す。
銀玉から白く細い光が放たれ、それが機体に当たった次の瞬間、
「!」
光の当点に向かって機体が瞬時に縮み出すと、そのままカプセルの中に吸い込まれてしまう。
「な、何だ今の!?」
それを行った光秋を含め全員が驚きを隠せない中で、竹田が叫ぶ。
「……」
気を取り直した光秋は、皆の方にカプセルを向けて説明する
「マニュアルによると、今のようにして機体を『収容』するそうです……つまりこれが、あの機体の容器!……いや、格納庫と言うべき物なんです!」
「……出す時はどうするの?」
伊部の質問に光秋は、機体のあった方に振り向き、手を動かしながら答える。
「カプセルのレバーを『出』に切り替えて、あとは、またボタンを押すと……」
そう言いながら押すと、再び光が放たれる。と、今度はその光線を軸に機体が膨らむ様に出現し、照射が終わると、光秋の1メートル程前の位置に収容前同様、ハッチを開け、リフトを垂らし、左膝を着いた体勢で現れる。
「……すごい!」
伊部が驚愕の声を漏らし、
「……なんという!…………」
藤原が驚きの顔で呟き、
「お前……スゲーもん持たされたな!」
竹田が光秋を見ながら言う。
光秋は再び機体を収容し、フタ付きのスイッチを「切」に替えながら、
「……そうですね……」―使いこなせるかな?……―
と、呟く様に答えながら、ふと不安を覚える。
と、
「……ヘクチュン!」
光秋は不安を吐き出す様な大きなくしゃみをする。
それを見て小田は、すまなそうに言う。
「すまん、コート返すの忘れてたな。とりあえず、今日はこの辺にして、休む前にシャワーでも浴びていくか?」
―シャワーかぁ……できれば風呂がいいが、贅沢も言えんし……それでも暖まるだろうし、すっきりしたいしなぁ……―「そうさせてもらいます」
光秋が答えると、小田は続けて、
「よし、入ってる間に、君の荷物も持って来よう。こっちだ」
と、光秋をシャワー室へ案内する。
光秋が案内されたシャワー室は、正門側から見てコの字の建物の右隣にある、2階建ての白い三角屋根の建物、小田曰くの「寄宿舎」の1階にある。塀のすぐ前に建ち、コの字の建物―本舎に垂直に向くように建てられており、シャワー室のドアは門側と逆の面に設けられている。塀側の、ほぼ壁の隅に設けられている方が男用である。
光秋がドアをくぐって手探りで電気を点けると、左側には着替えや荷物を入れるかごをいくつか置いた4段の備え付け棚が、右側には大きな一枚鏡を備えた3つの洗面台が並び、正面にはモザイクガラスが張られたドアがある脱衣所に出る。
「タオルはそこにあるやつを使ってくれ。俺は君が浴びてる間に、荷物取って来るから」
光秋の後ろから小田が指差した場所―棚の手前には、白いバスタオルが数枚重ね置きされている。
「はい、お願いします」
そう言ってドアを閉めた光秋は、靴を脱いで棚の方へ移動し、上から2段目のかごに服を脱ぎ入れる。メガネもそこに入れると、バスタオルを1枚取ってガラス張りのドアをくぐる
シャワー室は壁一面が青く塗られ、簡単に区切られた個室が左右3つずつ、中央には線を引く様に青いベンチが2つ置かれている。脱衣所もそうだが、掃除が行き届いているのか清潔な印象を抱く。左側の手前の個室に入った光秋は、扉にタオルを掛けると、シャワーの射線から外れる様に立って左側の赤い丸が描かれたお湯のコックを回す。出てきたお湯を触ってみると、
「熱ち!」
すぐに手を引っ込め、右の青い丸が描かれた水のコックを回し、湯加減を調節する。ちょうどいい加減になると、それを頭から浴び、ふと長考に入る。
―……そういえば、水道の仕組みは、同じだな……いや、水道だけでなく、さっきの牛丼にしろ、箸にしろ、お茶にしろ、銃や戦車にしろ、文明や文化は、僕がいた所と変わらない。今のところ唯一の相違点は、超能力者の有無、か……―
と、不意にガラスをノックする音と、
「俺だ、小田だ」
と言う声が響く。
「!」
光秋はよく声を聞くためにシャワーを止めながら、
「はーい」
と答える。
「荷物は2つとも君の脱いだ服の隣に置いといた。携帯や財布は灰色の方に入れといた。あと使ったタオルは、入口の横のかごに入れておいてくれればいい。着替えが済んだら、階段上がってすぐの1号室に来てくれ」
「わかりました」
光秋が答えると、ドアが閉まる音がし、小田が出て行ったと察する。
光秋は長考をやめ、速めに体の各部にお湯を流すと、扉を開け、掛けてあったタオルを頭に被ってよく拭きながらベンチに腰掛け、他の部分もよく拭いてシャワー室を出る。
棚の方に目をやると、小田の言った通りリュックとカバン、コートが服の入っているかごの隣のかごに入っている。小田に言われた通りにタオルを入口の右横のかごに入れ、リュックから替えの下着と、濃い緑のズボン、白地に赤い線が描かれた上着を取り出す。
「……すぐそこみたいだし、靴下はいいか」
そう決めると、下着を着、ズボンを穿き、上着を着る。脱いだズボンからカプセルとマニュアルを取り出し、穿いている方のポケットに移すと、脱いだ服を軽く畳み、リュックに仕舞う。洗面台の上のドライアーで髪を乾かし、若干整えると、コートを羽織り、荷物を持って裸足で靴を履いて電気を消し、外に出て小田の言った1号室へ向かう。
階段は来る時に見ており、本舎側にある。シャワー室側から始まって途中で折り返された吹き抜けのそれを上ると、4つの部屋があり、それぞれ1から4と番号がふられている。
―……3月くらいの気温に、シャワー後の肌はきつい―
そう思いながら、階段から一番手前の1号室のドアを開ける。
そこは六畳の畳み部屋である。入口から見て左側に襖が1つ、正面にはカーテンが掛かっていることから窓があるのだろう。先に来ていた小田と竹田が布団を敷いてその上に座っているのだが、それが2つある。
「?……」
光秋の疑問を察してくれたのか、小田が説明する。
「悪いが、後からこいつと一緒に寝てもらう」
そう言いながら竹田を指さす。
「かまいませんが、なぜ?」
光秋はとりあえず部屋に上がって腰を下ろしながら尋ねる。
「元々、今日俺たち当直なんだ、夜警の」
小田が答える。
「夜警?」
「施設が施設だから、警備員じゃなくて俺たちがやらなきゃならないんだ。まぁ詳しい説明は、明日にさせてくれ」
「はい……」
そこで竹田が愚痴る様に言う。
「今朝は
「そ、それは……」
光秋は、肩身が狭く感じる。
「ま、気にすんな!お前の方は事故みたいなもんなんだしな」
そう言って竹田は立ち上がり、小田も続く。
「ま、先に寝ててくれ。オレも後から来るから」
竹田がそう言うと、2人は部屋から出て行く。
「…………」
1人残された光秋は、とりあえずカバンとリュックを枕元である窓側に移動させ、そのそばにコートを二つ折りにして置き、カバンのポケットから携帯電話と常時薬の目薬が入った小さい紙袋を、ズボンからカプセルとマニュアルを取り出し、それらを襖側に敷かれた布団の、横になって左側になる枕元に置く。紙袋から緑の小袋に入った容器を取り出すと、メガネを額に上げ、その中の水薬を左目に注す。
―これ冷蔵庫で保管しなくちゃいけないんだが……1日くらいいいか―
そう思いながらメガネを戻し、目薬を紙袋の上に置くと、横になって再び長考に入る。
―…………『夜警』と言ってたけど、あの黒服たちの所にも行ってるのかなぁ?……そもそもあの白い機械、みんな僕にしか動かせないようなこと言って……その上超能力者か…………―
考えながら5分程経つと、光秋は右手を枕の左側に伸ばして紙袋を取り、中から今度は青い袋に入った容器を取り出す。メガネを上げ、中の薬を左目、右目の順に注すと、メガネを戻し、1分程目をつむり、開けると容器を片付けて紙袋の上に置く。
―…………右も左もわからない奴が、これからどうすればいいか…………―
光秋の中に、小さいながら不安が起こる。
再び5分程経つと、紙袋からオレンジの袋に入った容器を取り出し、それも左、右の順に注すと、1分程目をつむる。目を開けると3つの目薬を紙袋に戻し、上体を起こして後ろに捻り、左手でカバンを寄せると、右手で紙袋をカバン内の元の位置に戻す。
灯りを豆電球にし、メガネを外して床に入る。上杉に早く寝るよう言われた光秋だが、半日近く寝ていたことと、なにより、起こった出来事を整理しようと、長考に入ってしまう。が、
―……その辺にしとけ光秋!悪い癖だ。気持ちだけ先に行ってる!―
そう自分に言い聞かせ、それ以上、先のことを考えるのをやめる。
―わからないことをだらだら考えてもしょうがない!とりあえず今は寝よう!明日もあるし。目をつむって横になっていれば、そのうち寝る―
そう思い、寝付くことに専念する。
「…………」
しばらく時間はかかったが、やがてその意識は夢の中へと沈んで行く。
いかがだったでしょうか?
なにげに主人公がシャワーシーン一番のりですね。色気はかけらもないけど……。
感想やアドバイスをお待ちしています。
では、また次回。