「……!」
穴から現れたDD‐02を見て絶句したのも束の間、光秋は特大の悪寒を感じると、すぐに機内に戻ってハッチを閉め、ニコイチを立ち上げて02と対峙する体勢になる。
ガスマスクのレンズの様な形をした02の目が光った刹那、5つのNクラフトを吹かして急速に接近し、右手に持った赤い光の刃を伸ばした剣を振り下ろす。
「!」
光秋はそれ以上の速さで左手を伸ばし、02の手首を掴んで剣を止める。
「速く退避して!コイツは本当に危険なんです!」
足元にいる人々にそう怒鳴る間にも、02は力を掛けて剣を下ろそうとする。
付近の人々は慌てて2機の巨人の許から逃げ去り、自分の周囲に誰もいなくなったことを確認すると、
「よし!」
光秋は短く呟き、02の腹部に右蹴りを入れる。蹴る直前に左手を離し、体をくの字に曲げた02は吹き飛んでいく。
50メートル程飛ばされたところで02は5つのNクラフトを吹かし、蹴りの力を殺し切って地面から数メートル浮かんで体勢を立て直す。
そこで光秋は、ようやく相手の全体像を把握する。
―前に壊した左手と腹の扉のヒビはない。光の剣も背中に2本ある。唯一残っている傷は顔くらい……必要な部分は直してそうでない部分は後回し、あるいは「この傷の礼は」ってやつか?マンガじゃないんだよ!―
心中に毒づいた直後、02は剣を振り上げて瞬間的に接近してくる。
「!」
咄嗟に右に避けてそれをかわすと、02の胸部に右突きを食らわす。
「!」
それでバランスを崩したと見るや、飛ばされていく02を追いながら腹部の赤い扉に腰溜めにした突きを連続で叩き込む。
―ココさえ貫ければ!―
直後、02の背中から2つの影が跳び出す。
「?……!」
何だと思った一瞬後、左右の斜め上から白刃を突き付けられる様な悪寒を感じ、反射的に後退すると、直前まで自分がいた辺りを赤い光弾が交わる様に飛び、着弾した地面から2本の湯気柱が上がる。
「!」
改めて見れば02の上部の羽根がなく、五角形をしたそれが光弾の来た上空に2つとも浮かんでいる。
―あの羽根、推進補助だけじゃないのかっ!?……!―
敵の新機能に驚愕するや、先端をニコイチに向けた2つの羽根から再び光弾が放たれ、光秋は身を屈めて避けると滑るように縦横に動いて撃ち続けられる光弾を寸でのところでかわしていく。
が、その間に相手の接近を許し、正面に迫った02が右手の剣を振り下ろす。
「!」
すぐに左手で手首を掴んで止めるが、今度は左手にも剣を持ち、こちらは振り下ろそうとする直前に右手を伸ばして止め、ニコイチと02は互いに押し合う形となる。
「その細い体で、ニコイチよりも力持ちってことはないよな!」
叫ぶと同時に光秋は両腕に力を込め、02の腕を徐々に押し返す。
その時、
「!」
ニコイチの左右に先程の羽根が飛来し、光弾の狙いを定める。
「クッ!……」
02を押さえているために動くことができず、その間にも左右の羽根の先端から強烈な悪寒を感じる。
刹那、
「!?」
ニコイチの前後からサン教の黄色い戦車が羽根目掛けて投げ込まれ、燃料、あるいは残っていた弾薬に引火したのか、正面衝突した2台の戦車は爆発する。それに煽られた羽根は狙いを外し。左の弾はニコイチと02の胸辺りの僅かな隙間を、右の弾はニコイチの背中すれすれを過ぎていく。
―三佐と曽我さんか!―
直感した光秋は左足を02の腹に入れ、蹴り飛ばして距離をとる。
02が着地して体勢を立て直すと同時に羽根が背中に戻り、左腕を前に出した構えで光秋は思案する。
―あの羽根、厄介だな。死角に潜り込んでくる上に、ニコイチの苦手な光線ときてる…………どうする?―
しかしいい案は浮かばず、その間に両手に剣を持った02がニコイチに迫る。
「!」
光秋も迎え撃とうと両足に力を込める。
が、踏み出そうとする直前、
(儂らを忘れるでないわぁ!)
「?」
外音スピーカー越しに藤原の怒声が響いたかと思うと、ニコイチの頭上すれすれをサン教の戦車が飛び、02の頭部に直撃して爆発で機体を煽る。
(加藤!行けぇ!)
「!」
直後に通信機から藤原の声が響き、脊髄反射で反応した光秋は02との間合いを瞬時に詰め、腰に一杯に溜めた右拳をその腹部の扉に放つ。
体勢を崩していた02は勢いよく飛んで地面に背中を着くが、肝心の扉は無傷だ。
―クソ!やっぱり赤くならないと……でも、さっき使ったばっかりでまたなれるのか?―
好転の兆しが見えない状況に、光秋は奥歯を噛み締める。
と、再び藤原から通信が入る。
(加藤よく聴け。今の様に儂らが援護するから、お前はその隙を突いて攻撃しろ。それを繰り返せ)
「え?……繰り返す、ですか?」
(持久戦に持ち込んで消耗させるの)
首を傾げる光秋に、伊部の声が応じる。
(01の時もしばらく経ったらバテてきたでしょ。何で動いてるかはわからないけど、向こうもずっと動けるわけじゃない。時間が経てば動けなくなっちゃう。あとは黒い空間に巻き込まれないように気を付ければ、ガス欠になるなり撤退するなりするでしょうから)
「なるほど!了解しました」
伊部の説明で理解した光秋は、起き上がる02に対して再び構える。
と、
「!また羽根か!」
02は下部の羽根を飛ばし、左側から来る悪寒に光秋は地面を蹴って上昇し、直後にニコイチの左の足跡に湯気柱が立つ。
しかし、
―!しまった!飛んだら下からも……―
思う間にニコイチの下に羽根が回り込む。
その時、
(右に避けろ!)
「!」
通信機越しの声に、光秋は反射的に右へ動く。
直後にミサイルが直撃し、爆発に煽られた羽根は左にブレて光弾がニコイチの左横を掠めていく。
(オレたちもいいるんだよ!)
「タッカー中尉!」
通信機から響く声に右を見ると、F‐22の編隊がベース近くまで接近してくる。
(加藤二曹。話は聞いている。奴をとにかく消耗させるぞ!)
「了解です!」
頼もしそうな古谷大尉の通信に、光秋は活力を籠めて応じる。
(各機、散開して四方から攻撃しろ!)
直後に古谷の指示が通信を駆け、それまで固まっていた編隊が崩れて四方八方から02にミサイルを撃つ。
自らに向ってくるミサイルを02は避け、羽根の光弾で撃ち落とし、紙一重で直撃をかわす。
そして、
「あさぁ!」
回避でできた隙を突いて接近した光秋が右突き、左突きを腹に入れ、右飛び蹴りを食らわす。
突き飛ばされた02は3つのNクラフトを吹かして何とか止まるが、間を置かずミサイルの集中砲火を受け、今度は数発の直撃を受けて四方からの爆風に煽られる。
そこへ、
「あさぁ!」
一気に懐に入った光秋の腰溜めにした右拳が腹に入り、02はまた吹き飛ばされる。
しかし今度は先程よりも素早く体勢を立て直し、漂っていた2枚の羽根で迫るミサイル群を撃ち落としていく。
それによって生じた黒煙に紛れて光秋は接近し、3発目の右正拳突きを放つ。
が、
「!」
一瞬早く02が剣を突き出し、すぐに左に避けるものの伸び切った右腕に光が当たってしまう。
光に触れたニコイチの装甲が焼け爛れ、光秋自身の右腕にも焼かれる様な激痛が走る。
「!」
奥歯を噛み締めてそれに耐え、02の脇を行き過ぎると、振り返りざまにその背に右蹴りを食らわす。
が、それは一瞬だがニコイチの動きが止まってしまうことである。
「!」
蹴った直後に光秋は左右斜め上から鋭い悪寒を感じ、視界の端に2枚の羽根を捉える。
その時、
(させるか!)
古谷の声が通信機に響くや羽根にミサイルが着弾し、爆発で煽られた羽根は狙いを外して2発の光弾がニコイチの頭部すれすれを飛んでいく。
「古谷大尉……ありがとうございます!」
02から距離をとりつつ、光秋は行き過ぎた光弾に冷や汗を流しながら礼を言う。
(油断するな!)
「はい!」
古谷の叱責に素直に応じると、光秋は羽根を背中に戻して光の剣を消した02と構えながら向き合う。
(……妙だな)
「何です?」
古谷の呟きに、光秋は問う。
(何故奴は羽根を全て使わない?その方が本体も合わせて五方向から攻撃できるのに、何故2枚しか使わないんだ?)
「……確かに!」
古谷の指摘に先程までの戦闘の様子を思い出し、光秋はハッとする。
(もしかしたら……加藤二曹、俺が合図したらアイツに仕掛けてくれ)
「?……了解!」
古谷の指示に一瞬首を傾げながらも、すぐに策があると察した光秋は気を引き締めて答える。
(ペガサス・リーダーより各機!ミサイルがまだ残っている者は奴を囲むように飛べ。ただし俺の合図があるまでは撃つな)
古谷の指示の下、02の周囲に9機のF‐22が集まり始め、一定の距離を開けつつも囲む様に飛ぶ。
「…………」
それを戸惑う様に目で追う02を見つつ、光秋は呼吸を整えながら古谷の合図を今か今かと待つ。
その間にも、02は上部の羽根を2枚放つ。
(よし。ペガサス2から5は今出た羽根を引き付けろ。足止め程度でいい)
((((了解!))))
間を置かずの古谷の指示に応じるや、呼ばれた4機は双方の羽根にまとわり付く様に飛んで進行を妨害する。
と、F‐22の1機の左翼底側を羽根が掠る。
(うぉ!)
「タッカー中尉!」
同時に通信機に響いたタッカーの声に、光秋は思わず声を上げる。
(掠っただけだ。心配ない)
直後に返ってきた声に、光秋はひとまず安心する。
「古谷大尉!」
(まだだ。もう少し待て)
すぐに焦った声を古谷に掛けるが、冷静な声を返される。
その間にも02の周囲に残った編隊は、進路妨害を除こうと02が振り下ろす光の剣を巧みにかわし、その周囲を囲み続ける。
そしてついに、
(よし!残った者は新しく出た羽根を引き付けろ!加藤二曹は奴にかかれ!)
「了解!」
02が残りの羽根2枚を放つや古谷は指示を飛ばし、光秋は応じると同時に02に接近する。
「!」
一気に懐に入るや腰溜めにした右拳を腹に食らわし、くの字に曲がって吹き飛ばされる02を追ってさらに左拳を入れる。
さらに追いながら高度を上げると、
「あさぁ!」
気合いの叫びと共に02の頭部に右飛び蹴りを叩き込む。
顔面に直撃を食らった02は体勢を立て直す余力もなく、眼下の森の木々を倒しながら大の字に落下する。
―行ける!―
僅かながらヒビが入った頭部に、光秋は活路を見い出す。
光を消した剣を肩に戻しながら02は立ち上がるものの、その動きには先程までのキレはなく、疲れた体に鞭打つ様にしてなんとか体を起し、直後に息を切らす様に戻ってきた4枚の羽根を背中に繋ぐ。
(思った通りだ)
古谷の確信した声が通信機越しに届く。
(羽根の誘導兵器といい、光の剣といい、奴は武器が多い分エネルギーの消費も激し。手数を増やしてやればバテるのも早くなるというわけだ)
「!……なるほど!」―古谷大尉……すごい!―
古谷の説明と、なによりもその観察眼の鋭さに、光秋は思わず感動する。
その間にも02は上昇し、ふらつきながらニコイチと同じ高度まで上がってくる。
その一連の動作を見ても、もうあまり余力がないことがわかる。
―さて、ここで引き上げてくれるか?その場合、また黒い空間に巻き込まれないように注意しないと……―
身構えながら02を見据えつつ、光秋は周囲を警戒する。
直後、
「!」
02は5つのNクラフトを吹かしてニコイチに突進する。
―玉砕覚悟かよ!―
唾棄する様に心中に言うや、光秋は右拳を腰に引く。
瞬く間にヒビの入った02の顔が迫り、光秋は右拳を放とうとする。
が、
「?」
拳を放つ一瞬前、02はニコイチの上を飛び越えてベースへ直進する。
「?……!」
予想外の事態に束の間動転するも、すぐに気を取り直して後を追う。
しかし、
「速い……!」
もともと出遅れたこと、何よりも5つのNクラフトを全力で吹かして飛ぶ02の速度に、光秋は見失わないようにするだけで精一杯になる。
一足先にベース上空に着いた02は眼下を見下ろし、護送車の1つを見据えるとその許に急降下し、紙の箱でも破る様に護送車の外装を剥がして右手に人影を掴む。
―?……!坂本さん?―
拡大映像に映る02に握られた坂本の姿に、光秋は驚愕する。
「人質にするつもりか?」
怒気を含んで言いながらも02との距離を詰め、ベース上空に着いたのと同時に02も坂本を掴んだまま同じ高度まで上がってくる。
「……」
身構えつつ、光秋はどうやって人質を解放するか考える。
その時、
「?」
02は腹部の扉を開け、そこに手足を振って抵抗する坂本を押し込んでしまう。
扉が閉まり、02が一瞬身震いしたかと思った、次の瞬間、
「!」
02の節々から赤い燐光が漏れ出し、各関節のカバーが胴体から末梢に向って開いて赤い骨格を露わにする。
「!……」
同時に、今までの比ではない強烈な悪寒が光秋を襲う。
―人を取り込んだ?DDシリーズも赤くなるのか?―
目の前の予想外の事態に圧倒され、戦闘中であることも忘れて動揺してしまう。
そして、これが隙になる。
「!」
動揺している間に02は一瞬でニコイチに迫り、光秋は慌てて後退する。
しかし、右手で振り下ろされた光の剣の先が前に出していた左腕を掠ってしまう。
「!……」
左腕を走る痛みに光秋はやっと現実に戻り、改めて赤くなった02と対峙する。
―さっきより速い!それに人を抱えてるぞ……?―「どうする?」
呟く間にも02は左手にも剣を持ち、二刀流にした腕を胸の前で交差させて突進してくる。
「!」
2本の光の刃が振り払われる直前、光秋は跳ねるように上昇してそれをやり過ごす。
と、
―……独りは嫌だ……―
「え?」
消え入りそうな声を聞いた様な気がしつつも、振り返って向かってくる02の斬撃を右にかわす。
と、
―これで独りじゃない―
「?」
同じ様な声が聞こえたかと思うや、座敷の様な一段高い場所に座って持論を述べ、それに大勢の人が賛同し、頼られる視線を向けられる光景が脳裏をよぎり、それに安心する様な、少し酔う様な気持ちが沸き起こるのを感じる。
―この感じ……テレパシー?―
綾と精神感応した時とどことなく似ている感覚に、光秋は半ば確信を抱く。
―相手は……―「坂本さんなのか?」
振り返りながら自問すると、02が再び迫ってくる。
「!」
あまりの速さに今度は避けることができず、振り上げられた02の両手首を掴んで斬撃を防ぐ。
―!?重い!―
赤くなる前よりも強く押してくる腕力に、光秋は驚愕しつつも歯を食い縛って押さえる。
直後、
―!不味い!―
下側の羽根2枚が放たれ、一瞬でニコイチの左右に着く。
と、
―おかしい。何かがおかしい―
「?」
坂本の声と共に、彼を取り巻く崇拝者たちの光景が脳裏をよぎる。縋る様に集まる崇拝者たちの視線からは異様な圧力を感じ、その気持ちに応えられるのか、そもそもこれが自分の欲していたものなのかという不安を覚える。
刹那、
「!」
左右から来る悪寒に、光秋は手首を押さえている手を軸にして02の上に逆立ちする。
ニコイチを外した光弾は互いの羽根を撃ち、それぞれ一部を爛れさせながら落ちていく。
「!」
手を離し、勢いに乗ったまま光秋は一回転し、その勢いを乗せた左踵蹴りを02の後頭部に食らわせて距離をとる。
―孤独を恐れる人が、孤独でなくなるために弱い人たちの受け皿になろうとした……―
振り返って02を見やりつつ、先程見えた光景にそんなことを思う。
02が残り2枚の羽根を放つやソレらは縦横無尽に駆け巡り、光秋は四方八方から来る光弾に行く手を塞がれて思う様に動けなくなる。
「クッ!」
ニコイチの感知機能ですぐに反応し、縦横に動いて紙一重で直撃はかわすものの、それでも所々掠ってしまう。何よりも、実質一カ所に釘付けにされてしまう。
―こんなの、いつまでも続けられないぞ?―
そう思った直後、
―!しまった!―
羽根の攻撃に気を取られて、02の懐への接近を許してしまう。
「!……」
左右から挟む様にして振るわれる斬撃を手首を掴んで押さえるものの、強力な腕力に腕が折れそうになる。
と、
―いけない!この流れは不味い!―
「……」
崇拝者の中にテロ紛いの主張をする者が現れ、それが徐々に広がっていく危機感、自分もそれに合わせた弁を述べなければならないという焦り、それでも何とか流れを是正したいという思いが伝わってくる。
―……周りに合わせなければ、また独りになるから?―
02の挟み込もうとする力を歯を食い縛って押さえながら、光秋は問う様に思う。
さらに、
―もうダメだ。俺じゃどうすることもできない!誰か止めてくれ!誰か…………―
周りが望むことを声高に、笑顔で主張しつつも、心は自分の力では最早どうすることできなくなった絶望が広がっていく。
―……弱い人間が、自分よりさらに弱い人たちの受け皿になろうとして、結局なり切れず、孤独を恐れて深みにはまっていった……―
一連の思惟を、光秋はそう理解する。
そして、
―教祖だ何だと言っても……この人も
理解は決意を生み、決意は宣言となって現れる。
直後に光秋は02の腹部に左蹴りを入れて突き飛ばし、自身も後退して間合いを取る。
一瞬後に左右から光弾が迫り、ニコイチを撃ち漏らした弾はそれぞれの羽根を掠って表面を爛れさせる。
間を置かず02が斬りかかるが、光秋はそれを跳ねる様に上昇してやり過ごす。
「?……さっきより遅い?」
足元を過ぎていく02の速さに対し、光秋は2枚の羽根を付けていた時よりも僅かだが遅いと感じる。
「……そうか!」―羽根は誘導兵器だけじゃなく、補助推進機も兼ねてるんだ!Nクラフトの数が減れば、当然最高速度は下がる!―
02とその周囲を飛ぶ羽根を見比べながら理解するや、
「……行けるかもしれない!」
希望を含んだ声で呟き、通信機を繋ぐ。
「藤原三佐!02が出した羽根2枚、何とか押さえてください。羽根さえなければ行けるはずです!」
(何?……了解した。意地でも押さえる。お前は本体に集中しろ!)
「はい!」
よく通る声で言い切るや、02がこちらに向き直り、光秋はニコイチを通じてそのレンズ型の目を見据え、構える。
呼吸を整えて意識を集中すると、自身を圧迫してくる悪寒の中に、微かだが違う感覚を覚える。
―……温かさ?……人の息吹……人がいる感覚!―
感覚が与える印象、そして以前01や先程までの02と戦った時には感じなかった経験から、そう強く確信する。
「……やはりあそこか」
さらに意識を研ぎ澄ますと、その感覚が02の腹部――赤い扉から出ていると判る。
―あの人は、子供を盾にし、多くの人を見捨てて逃げた。それは事実だ。でも、それも弱さ――人間なら誰しもが持つものの所為。どこかで何かが違えば、あの人の所にいるのは自分だったかもしれないんだ……だから―「まず助ける!しかる後、出る所に出てもらう。人間だからこそ弱さに屈するが、そこから立ち直るのも人間だから……だからニコイチ、僕に“力”を貸せぇぇぇぇぇぇ!」
判断によって生じた熱は叫びとなって広がり、それを表す様にニコイチの節々のカバーが展開して骨格から放たれる赤い燐光が周囲を照らす。
頭部の角が伸び、意識がニコイチ大に拡大するや、光秋は02に突っ込む。
赤くなったことで向上したNクラフトの推力は瞬時に02との間合いを詰め、
「!」
同じく向上した感知機能で温かさの源をより正確に見据えるや、02の腹部の扉に手を伸ばす。
が、
「!」
02は両手の剣を振り下ろし、それを掴んで止めることで両手が塞がってしまう。
しかし、
「ならっ!」
光秋は頭部に意識を集中させ、体中から湧き出る燐光が額の角に集まる。
燐光を纏った角は赤い刃となり、光秋は頭部を後ろに引くと、
「オォォォォォォ!」
雄叫びと共に体を大きく曲げて頭を振り下ろし、赤く輝く角で02の胸部から腹部を縦一の字に切り裂く。
同時に両手に力を込め、赤く輝く手で02の手首を握り潰す。
「!」
空いた右手を扉の割れ目に突っ込んで広げ、中で気絶している坂本を取り出すや、距離を取って地上へ下りる。
屈んで右手を下ろし、駆け寄って来た青服たちが坂本を運び出すのを見届けると、
「あとは……」
振り返って上空の02を見据える。
輝きを失い、ぎこちない動きで坂本を求める様に手を失った右腕を伸ばしながら地上に迫る02に対し、光秋は呼吸を整えながら右手を腰に引き、握った拳に意識を集中する。
瞬く間に右腕全体が赤い光に包まれ、特に右拳は眩しい程の輝きを放つ。
そして、
「あさぁぁぁ!」
跳ねる様に上昇して02の懐に入るや、腹の底からの気合いと共に煌々と輝く右拳を腹部に叩き込む。
燐光を放つ拳は02の胴を貫通し、腕を引き戻すや糸が切れた様に落ちていく。
「これで、終わった……」
大の字になって地上に倒れ伏す02を見据え、そこからもう何も感じないことを確認すると、光秋は安堵の息を漏らして地上に降り立つ。
降下の間に燐光は消え、カバーが閉まり、角も縮むと、いつもと同じ姿でニコイチは着地し、雲の合間からのぞく太陽が多少汚れの浮かんだ体を白く輝かせる。