白い犬   作:一条 秋

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54 サン教ベース攻防戦 前編

 12月29日水曜日午前5時。

「…………!」

 携帯電話のアラームが鳴ると同時に起きた光秋は、それをすぐに止めると、体を起して身なりを整え始める。

 直後に藤原三佐と小田一尉が同時に起き、竹田二尉が小田に起されて全員起床する。

 それぞれ準備を整えると、藤原を先頭にして食堂へ向かう。

 途中で伊部が合流し、最後尾を歩く光秋の左隣に着く。

「眠れた?」

「なんとか。伊部さんは?」

「……なんとか」

光秋の訊き返しに、伊部は意識した微笑みで返す。

 食堂で焼き肉定食を食べ、近くの水盤で歯を磨いて出掛ける準備を整えると、

「さーてね」―暴れてくるか―

光秋は他人に聞かれない程度の声で呟き、藤原たちと共に装備品置き場へ向かう。

 

 制服の上から防具一式を着け、その上にコートを羽織った藤原隊一行は、テレポートで現場周辺まで来るとニコイチとゴレタンの許へ向かう。

 ニコイチに乗り込んだ光秋は、伊部を乗せて左隣の補助席に座ったのを確認すると、包囲初日からそのままになっていたN砲と盾の具合を確認する。

―盾の輪は……緩んでないみたいだな。N砲は……とりあえず刃に汚れは見られないし、大丈夫かな。弾は……緑だから榴弾だったよな―

 モニター越しに走査してそう判断すると、左手首の腕時計を見る。

―7時か……―「あと1時間ですね……」

 呟きながら顔を上げ、昇り始めた朝日に照らされているベースを見る。モニターの補正機能も手伝って、少ない光量にも関わらず細部までよく見ることができる。

 昨日まで随時何機か飛んでいたテレビ局のヘリは、安全と作戦の邪魔にならないよう退避させられ、人員の交代で出る音も妙に少なく、現場は異様な静けさに包まれている。

「……やっぱり、怖い?」

「そりゃあ、怖くて、嫌ですよ」

 伊部の問いに、光秋は正直に応じる。

「でも、前にも言った様に、仕事ですから……それに、“力”云々っていうのもそうだけど、今ここにいるのは、自分で決めたことの結果ですから。ESOに入るって、ニコイチをそのために使うって決めた時の、結果ですから……損も得も、ちゃんと受け入れます」

「そう…………そうだね」

光秋の静かな決意に、伊部はただそっと応じてくれる。

 

 7時55分。

―あと5分か……―

 操縦桿を握る手に薄っすらと汗を浮かべつつ、光秋は何度目かわからない時間の確認をする。

「そろそろ時間だから、立たせて」

「わかりました」

 伊部の指示に応じると、左膝を着いているニコイチを立ち上がらせる。

「補助席の調子はどうです?」

「今のところ大丈夫。戦闘中に留め具が外れないといいけど」

光秋のふと浮かんだ疑問に、伊部は留め具を見やりながら応じる。

 直後、

「!」

正面から刺す様な悪寒が走り、光秋はニコイチに地面を蹴らせて跳び上がる。

 左腕の盾を前に出すと同時にNクラフトを吹かしてゴレタンの頭上を一気に行き過ぎると、盾に砲弾が直撃し、左腕に押される様な感じを覚えると同時にモニター一杯に黒煙が広がる。

 左腕を振って黒煙を振り払い、悪寒を感じた辺りに意識を向けると、倉庫らしき建物の中から砲口をこちらに向けた黄色い74式戦車の拡大映像が表示される。

―始まった!―

(作戦開始!制圧部隊を死守しろ!)

 思うと同時に怒声の指示が通信を駆け、光秋は映像の中の74式に集中する。

 その意思を拾って左の履帯に赤いマーカーが表示され、N砲のレーザーをその下側ギリギリに合わせる。

「!」

引き金を引くと同時に榴弾が放たれ、履帯を吹き飛ばす。

 直後に光秋は加速し、74式の真ん前に立つ。

「……」

殺気の籠った目を引き映したニコイチの目が74式を見下ろし、怯えた乗員たちが慌てて戦車から降りていく。

―……使ってみるか―

 乗員たちが離れたのを視界の端に確認すると、光秋はN砲の刃を74式の上に下ろし、

「!」

一気に振り上げたそれを力一杯に振り下ろし、多少の手応えを感じながら車体を真っ二つにする。

「こりゃあまた……!」

 斬られた戦車と、戦車を斬っても刃こぼれ一つせず冷たい輝きを放ち続ける刃を見比べて、自分がしたこととわかっていながら驚嘆の声を漏らす。

「ぼんやりしない!右から何か来るよ!」

「!」

 パネルのレーダーを覗き見る伊部に叱責されて気を取り戻すや、接近警報と右からの悪寒を感じて倉庫の天井を突き破って上昇し、直後に倉庫が黒煙と炎を上げて爆発する。

 倉庫があった場所のそばに戦車3台が並んでいるのを捉えるや、光秋は中央の奴に狙いを付ける。

 が、

「!」

新たな接近警報と悪寒に正面を見るや、2機の黄色い武装ヘリがこちらにミサイルを撃ってくる。

―……避けたら流れ弾が!―

 咄嗟に断じると光秋はN砲を向かってくるミサイル4発に向け、残弾4発を放って3発迎撃、残り1発を盾で受け流す。

 膨れ上がった爆炎に紛れて右のヘリに急接近するや、左に伸ばしたN砲の刃にニコイチの腕力と推力を乗せて擦れ違い様にローターの根元を斬る。

 振り返ってもう1機のヘリの後ろを取ると、

「!」

右蹴りを入れてローターを砕く。

 落ちていくヘリを拾おうと意識を向けると、2機共に一瞬空中に静止し、直後にゆっくりと下りていく。

―念力?―

(アタシを忘れないでよ!)

 疑問に思っているや外音スピーカー越しに呼び掛けられて上を見ると、防具一式の上にコートを羽織った曽我が念力で浮いている。

「曽我さん?Eジャマーは?」

(さっきからの撃ち合いでもう何基か壊れたわよ)

 背後を指す曽我の指を追って振り返るや、2基のEジャマーが黒煙を上げ、若干の装甲を施した護送バスと装甲車が数台、ベースに取り付こうと猪突しているのを見る。

「制圧部隊の車ね」

「えぇ……」

 伊部の言葉に短い相槌を打ちつつ、光秋は曽我に視線を戻す。ちょうどヘリ2機を下ろし終えたところだ。

(殺さずに墜とそうっての?やるじゃ――)

「!危ない!」

 曽我の言葉を遮る様に叫ぶや、光秋は曽我の許に急接近し、左腕を曽我の背に回す。直後に盾を銃撃が叩き、ニコイチの上をヘリが1機過ぎていく。

「大丈夫ですか?」

(え?……えぇ……!)

「気を付けてください」

(わかってるわよ!)

 光秋の問いと注意に、束の間呆然としていた曽我は慌てて応じ、不機嫌に返すが、

「空中戦は全方位警戒。常識ですよ」

(その声、伊部二尉!……す、すみません…………)

上官である伊部の指摘には素直に応じ、少し小さくなる。

(……と、とにかく!アタシもいるんだから、少しは周りに任せなさい!)

「わかりました。でも、気を付けてくださいね」

 立ち直った曽我の助言を嬉しく思いつつ、光秋はニコイチを上昇させ、現場全体を俯瞰できる位置に停まる。

 下を見ると、いくつかの建屋周辺に装甲車が何台か取り付き、場所によっては制圧作戦の影響か、窓から薄い煙を上げている所もある。しかし、ベースの大部分は未だに手が回っていない印象を受ける。

「制圧、あんまり進んでないみたいですね」

「抵抗が激しいからね。戦車のバリケードがくせ者みたい」

「じゃあ、そのくせ者を何とかしますか!」

 伊部との会話で断じるや、光秋は手近な建屋の前に並んで備え付けの機関銃を撃っている5台の戦車部隊に目を付け、その許に急降下する。

 高度を下げながら空になった弾倉を中央車の前に投げ付け、乗員たちが怯んで銃撃が止んだ一瞬に着地し、中央車とその左隣の砲身をN砲で斬る。

 すぐに左前に跳んで戦車の上を取り、右側2台の砲身も斬る。

「!」

 宙を蹴って一番左の戦車の上を取り、右足を叩き下ろして砲身を圧し折ると、光秋は戦車5台を見下ろし、

「まだやります?言っとくけど、銃弾じゃ喧嘩にもなりませんよ」

と、ドスの効いた声で問う。

 その声と、何よりもニコイチを通じて放たれる威圧感に、乗員たちはすぐに戦車から降り、光秋たち以上に厚い防具に身を包んだ制圧部隊によって近くの護送バスに乗せられていく。

「……少し、言葉が過ぎましたかね?」

「無駄な戦闘を早く終わらせるためなんだから、あれくらい当然。むしろもっとキツく言っていいくらい」

「そう、ですか……ですね!」

伊部の言葉に束の間抱いた疑念を払い、光秋は気を取り直す。

 と、

(そこのデカいの!)

―!……鬼崎中佐!―

通信機越しの聞き覚えのある声に、光秋は禿頭に縫い目の顔を浮かべると同時に、反射的に体を強張らせる。

 周囲を見回すと、目の周りだけが空いた覆面を被った大柄な青服――体格と声から光秋は十中八九鬼崎中佐と推定する――が戦車のそばに仁王立ちしているのを見付ける。

(支援に感謝する。後は俺たち任せて他をあたってくれ)

「了解です!」

 ヘッドフォン型通信機のマイクを口に近づけて言う覆面――鬼崎に、光秋は緊張を含んだ声で応じる。

(……ま、『戦力外』ではなさそうだな。それなりに期待してるぞ、細いの)

「!……あ、はい!」

覆面からの予想外の言葉に動揺しながらも、光秋は短く応じる。

 覆面が人数を集めて建屋へ入っていくのを見ると、光秋は左腿の荷台に懸架されている榴弾の弾倉をN砲に装填し、再び上昇する。

「オニザキ中佐に貸しができたね!」

「キザキ中佐ですよ……まぁ、確かに予想外の言葉でしたけど」―『期待してる』、か……―

嬉々として言う伊部に思ったことを伝えるながら、光秋は覆面の言葉を噛み締める様に口の中で言う。

 と、

「……見て!」

「!」

伊部の指さす先を追うと、光秋は左10時くらいの上空に黄色いF‐14が複数テレポートして来るのを見る。

「戦車よりは喧嘩になりそうなのが出てきましたね」

「図に乗らないの」

「そんなんじゃありませんよ!」

 伊部の注意にあくまでも正直に返すや、光秋はF‐14の編隊の下側に接近し、手近な1機の右翼をすれ違いざまにN砲で斬り落とす。

―さぁて、僕の仕事をしますか!―

墜とした機のパイロットが脱出するのを視界に端に捉えつつ、男が昂り始めたのを自覚しながら次の標的を探す。

 

 同じ頃、ゴレタン周辺。

(小田ぁ!撃てぇ!)

「!」

 車体部分の上に乗って念力の壁で攻撃を防いでいる藤原の指示に、スコープを覗く小田は若干震える右の指で背部二連装砲の引き金を引く。

 2つの弾はゴレタン正面で砲撃を続ける2台の74式のすぐ後ろに着弾し、相手が怯んで攻撃が止んだ一瞬、

(!)

藤原の右平手を下に叩き付ける様な動きに合わせて2台の履帯と備え付けの機関銃が潰れ、砲身が圧し折れる。

 行動不能になったと見るや、自動小銃を構えた青服や緑服が2台に押し寄せ、乗員たちを拘束していく。

(空中戦では儂らの出番はないな。タッカー中尉たちに任せるしかないか)

「ですね。というか……!」

 空を見上げて言う藤原に応じつつ、右側を掠った砲弾に小田は肝を冷やす。

「こっちはこっちで手一杯ですからね」

(全くだ!竹田、位置を変えるぞ)

(了解!……オレだってもっと活躍してぇのにぃ……)

 愚痴りながらも藤原の指示に合わせてゴレタンを移動させる竹田の顔を想像しながら、小田は心の中で言う。

―悪いな加藤。だが、こっちも命懸けだ―

 スコープとモニター越しに正面の戦車部隊を認めると、小田は作戦開始からいくらかマシになった震える指で引き金を引く。

 

 赤いマーカーが付いたF‐14の上を取り、N砲の砲口を向ける。瞬時に照準を合わせた刹那、

「!」

光秋は引き金を引き、放たれた榴弾は標的の左翼を吹き飛ばす。

 パイロットが脱出したのを確認すると、次の標的を探すために辺りを見回す。

 直後、

「!」

接近警報と背後からの悪寒を感じ、振り返ると咄嗟に左腕を前に出す。

 着弾したミサイルが盾を砕き、光秋は黒煙の向こうにさらに複数の悪寒を感じる。

―間に合わんか!―

回避する時間がないと判断すると、盾の輪だけを残した左腕を前に出し、装甲を直接撃たれることで感じる軽い痛みに備える。

 その時、

(俺たちを忘れてもらっちゃ困るぜ!)

「!」

通信機から聞き覚えのある声が響いたかと思うと、左横から銃撃が走り、ニコイチに迫っていたミサイルを火球に変えていく。

 そして爆発で生じた黒煙を切り裂く様に、1機のF‐22が目の前を過ぎていく。

「タッカー中尉!」

「空軍が来たみたい!」

 声と目の前の機から金髪を想起した光秋は歓喜を上げ、左側を見る伊部は次々とテレポートしてくるF‐22の部隊に安堵の笑みを浮かべる。

「よし!」

 一時は乱れた調子を取り戻すと、光秋はさらに上昇し、見下ろした先を飛んでいる1機に狙いを定める。

「!」

N砲で右翼を吹き飛ばすと、それで注目した10機程が機首を向けて迫ってくる。

 何機かは友軍機に墜とされるものの、それを掻い潜った5機が接近する。

 それに対し、光秋はN砲で先頭の1機の左翼を吹き飛ばすと、一気に高度を下げて向ってくる4機とすれ違う。

「!」

すれ違いざまに1機の左翼を斬り落として弾ける様に再上昇し、上昇を続ける3機の背中を取るや、N砲で左と中央の機の右翼を撃ち砕き、刃を振り下ろして左の機の左翼を斬り落とす。

 その時、

「!」

接近警報と背中の悪寒を感じるや空になった弾倉を掴み、振り返りざまに投げ付けると間近まで迫っていたミサイルに当たって誘爆させる。

「危なかったぁ……」

「流れ弾みたいだけど……曽我さんのこと言えないね」

肝を冷やしながら言う光秋に、伊部も左手で額の汗を拭いながら返す。

 と、正面下方の空に再びF‐14の集団がテレポートしてくる。

「向こうも増援か」

「あの数……徹甲弾じゃダメですね」

 伊部に返しつつ、左の荷台に積まれた灰色の線が描かれた弾倉を見やりながら断じると、光秋は通信機に意識を向ける。

「大河原主任。加藤です。散弾の補給を!」

(了解した。おい!)

 通信機越しに大河原主任の指示を聞いてすぐに、ニコイチの少し上辺りに黄色い線が描かれた弾倉がテレポートしてくる。

 落下を始める直前にそれを左手で掴むと、素早くN砲に装填する。

「うし!」

 気合を入れると右ペダルを一杯に踏み、増援部隊に接近する。

 試しにと部隊中央辺りを飛ぶ3機に狙いを付け、

「……!」

3機の中央辺りを狙って一射する。

 砲口から吐き出されると同時に弾は先端を破裂させ、拳大程の金属球を雨の様にばら撒く。

 左右を飛ぶ機は片側の翼を、先頭の機はエンジン周りをズタズタにされ、見る間に高度を下げていく。

「守りの弱い敵なら、今みたいに一度に大勢墜とせるみたいね」

「えぇ。でも拡散が思ったよりも広いから、味方を巻き込まないように注意しないといけませんね」

 伊部の評価に光秋が補足を加えた直後、増援の一部がこちらに接近してくる。

「!」

 光秋も急加速を掛けると、先頭の1機の右翼をすれ違いざまに斬り落とし、振り返ってN砲を一射、旋回が間に合わず背中を見せたままの5機程を一気に飛行不能にする。

「でも、やっぱり使えますね、これ」

先程の評価に付け加えると、光秋は撃ち漏らした残り3機の銃撃をかわしながらそれぞれの翼を斬り落としていく。

 と、

「ベースから少し離れ過ぎてない?今の位置だと制圧部隊の援護ができない」

「?……そうですね。少し戻ります。その前に!」

伊部の注意に地図で位置関係を確認して応じると、光秋は置き土産にN砲を一射して3機程飛行不能にしてからベースの方向へ向かう。

 少し飛ぶと前方に戦闘機とも違う影を見付け、その意思を拾ったモニターが拡大映像を表示する。

「!?」

その映像を見て、光秋は心臓を跳ね上げる。

「これ、テレビ局のヘリじゃ?」

「確かにそうみたい!でも何で?飛行禁止で撤収したはず……」

 よく映える赤基調のヘリの映像を見ながら視線を向けると、伊部も明らかな動揺を浮かべている。

 と、

「……!」

接近警報と背後から悪寒を感じ、光秋は振り返りざまに一射する。

 迫っていたミサイル群の中央で散弾がばら撒かれ、近くの物は鉄球に叩かれて誘爆し、遠い物はその爆発に巻き込まれて火球に転じる。

 が、

―3発か!―

誘爆を免れた3発がニコイチに迫り、光秋は咄嗟に避けようとするが、

「ダメ!ヘリに当たる!」

「!」

伊部の言葉にハッとし、そのまま留まろうとする。

 刹那、

「!」

左側を過ぎようとする1発が目に止まり、次の瞬間には左手で右の荷台に残っていた徹甲弾の弾倉を投げつける。

 すれ違う直前にそれはミサイルに命中し、至近距離での爆発にニコイチが僅かに煽られる。

 直後、

「!」

受け身を取る暇もなくミサイル2発が直撃し、爆発に煽られたニコイチはバランスを崩して地上に落ちる。

「……伊部さん、大丈夫ですか?」

 胸周りに軽い痛みを覚えながらも、光秋は伊部の無事を確認する。

「……なんとかね。補助席の耐久テストにはちょうどよかったかも」

「そりゃよかった」

 伊部の冗談ともつかない返事に返しながら、光秋は背中から落ちてしまったニコイチを立たせ、鉄屑の様な物が散乱している周囲を見回す。

―……包囲中に見えた重機置き場か―

 思いつつ、ニコイチがその内の1台に乗っていることに気付く。

 クレーン車かなにかだったそれは、落ちた際に直撃したのだろう、運転席部分が粉々に潰れており、辛うじて原型を留めている履帯の上とその周囲に錆の浮いた破片が散乱している。

「!……やられた!」

 N砲の様子を見ようと顔を向けると、その本体部分が大きく凹んでいるのに気付く。

「さっきの爆発で凹んだみたいね。これはもう使えないよ」

「わかってますよ。こんなんで撃ったらコレまで爆発する」

 伊部の注意に応じつつ、安全のために弾倉を外して左の荷台に載せ、周りを見回す。

「といっても、銃剣だけで戦線復帰っていうのも不安ですからね。他に武器になりそうな物は……!」

 呟きながら探すと、左の足元に鎖が付いた大きな鉄球を見付け、左手で鎖を持って上げてみる。と、鉄球と反対側にクレーンの腕が付いていることに気付く。

「ビル解体用の鉄球かな?さっき潰しちゃったやつの一部みたい」

「ですね……」―多少錆が浮いてるのが気になるが……戦闘機くらいならいけるか?―「ちょうどいい。これ使おう」

伊部に応じながらそう断じると、光秋は左手でクレーンの腕をしっかりと掴んで上昇する。

 と、目の前にF‐14が1機迫ってくる。

―ちょうどいい!―「オリャアァァァ!」

 断じるや、光秋は左手を後ろに引き、一瞬後に叫びながら前に向って力一杯振り下ろす。その手に持った鉄球は円を描く様に戦闘機に引き寄せられ、ニコイチの腕の力と重力を加えた大質量を左翼に叩き付ける。

 相手の翼は付け根から粉々にされ、あっという間に失速していく。

「よし!使えるな」

予想以上にいい使い勝手に、光秋は嬉々として言う。

 と、

「あのヘリ、まだ」

「!」

伊部の言葉に光秋は振り返り、相変わらず滞空し続ける赤いヘリを見るや外部スピーカーを点けて怒鳴る。

「そこのヘリ、さっさと離脱しなさい!……危ないですよ」

感情的に「撃ち落とすぞ!」と喉まで出かかった言葉を飲み込んで言い換える。

 それに続く様に伊部が、

「それと、あなたたちの行為は公務の妨害に当たります。これ以上ここでの撮影を続けるなら処罰の対象になりますよ」

と、怒鳴りはしないものの威圧する様な語調で付け加える。

 2人の声を聞き付けたのか、ベース側から緑服のサイコキノが3人飛んでくる。

(どうしたんで……て!テレビ局のヘリじゃなにですか!?)

―ちょうどいい―「すみませんが、そのヘリの誘導頼みます。こちらは制圧部隊の援護に行くので」

(あぁ、了解しました!)

「お願いします」

通信機越しのやり取りを終えると、光秋はヘリをサイコキノたちに預けてベース上空へ向かう。

 ベース全体を俯瞰できる高さまで上昇すると、2人は足元を見下ろす。

「制圧、だいぶ進んでるみたいですね」

「そうみたいね。終わるのも時間の問題かな」

 光秋と伊部が言う様に、すでに建屋の9割程に制圧部隊が入っており、2人が話している間にも拘束された人々が次々と最寄りの護送バスに乗せられている。

 その時、

「!?」

ベース中央辺りの建屋内から銃撃が起こり、開け放たれている大扉から何かが出てくる。

 光秋の意思を拾った拡大映像が表示されると、

「?……何だありゃ!?」

思わず驚きの声を上げる。

 それは簡単にいってしまえば、全身黄色に塗られた全長9メートル程の人型ロボットである。ただ、ニコイチとは雰囲気が異なっている。

 頭に相当する部分に前と左右をガラスで覆ったコクピットがあり、土管を繋いだ様な太い両腕を振りながら四角い両足でぎこちなく前進している。左腕先端の4砲身ガトリング砲を制圧部隊や拘束されている人たちに向けて乱射し、右腕の先に付いた小さな口から出す火炎を振り回している。

 制圧部隊が銃器で反撃するものの、装甲はそれなりに堅いのかなかなか傷付かず、コクピットもガラスは防弾なのか割れる気配がない。

 体形がどこか野暮ったいくせに、両腕の武器の所為で危険を感じさせるという、なんともちぐはぐな印象を抱かせる。

―……しかし何であれ、攻撃してる以上は止めないとな!―

 断じると、光秋はその黄色い野暮ったいロボットの前に降下し、

―コイツで!―

左手の鉄球に意識を向ける。

 直後、

(加藤!退けぇ!)

(竹田!待て!……て!クソォォォ!)

「!」

通信機から竹田の叫び声と小田の慌てた絶叫が聞こえたかと思うや、背後から全速力で突進してくるゴレタンを見、咄嗟に地面を蹴って右に避ける。

 次の瞬間、

(オォォォォォォ!)

一気に懐に入ったゴレタンの右ストレートが小田の叫びと共に放たれ、それが野暮の胸辺りに直撃する。

 ゴレタンの運動エネルギーと腕の力を乗せた一撃は野暮を押し倒し、雪を巻き上げながら背中から転倒させる。

(竹田……後で覚えてろよ!……)

 粗い呼吸を挟みながらも、車体部の竹田を睨み付けている様な小田の声が通信越しに響く。

「え?……あー……伊部さん、こういう時どうすれば……」

「私に訊かないで……」

(加藤。そいつは儂らに任せて、お前は補給に行け。もう弾がないんだろう)

 突然の事態に光秋と伊部が狼狽していると、藤原の通信が入る。

「三佐?……いや、しかし……」

(この程度、儂らでも何とかなる)

(たまにはオレらにもいいとこ見させろよ!)

(俺はあまり気が進まないが……お前だけが頑張らなきゃいけないルールはないんだ。ここは俺たちに預けろ)

―藤原三佐、竹田二尉、小田一尉……―「ありがとうございます!」

 藤原たちに応じると、光秋は基地に向って飛び立つ。

「補給してこいって言われたの?」

「はい。ここは任せて行けって」

 伊部の確認に、光秋は一瞬藤原たちを振り返りながら応じる。

「それなら、ガトリング砲回してもらおう」

「そのつもりです。今から連絡入れ――」

「着いてから言おう」

 遮る様に言いながら、伊部は操縦桿を握る光秋の左手に右手を重ねる。

「!……」

その行動と、少しだけ力を籠めて握ってくる伊部の手に、光秋は思わず押し黙ってしまう。

「……いや……でも、急がないと」

「それだと、ガトリング砲受け取ってすぐ行っちゃうでしょ」

「そうですよ!」

 話が見えない伊部の言い方に、光秋は少し苛ついた声を返す。

「だって、早く戻らないと――」

「補給ついでに、光秋くんも少し休んでいこう」

「大丈夫ですよ。それに制圧ももうすぐ終わるみたいだし」

「だからこそ。追い詰められた敵は何をするかわからないんだから。さっきのロボットみたいに」

「!……」

「そういうことに備えて、光秋くんの調子を少しでも回復しておかないと。そうでなくともさっきからずっと戦ってたんだから、休んだ方がいい。ほんの少しリラックスできればいいの。補給にかかる時間を延ばせば言い訳も立つし、腿の荷台もガトリング砲のやつに換えてもらおう。それを着いてから言うの」

「……」

 伊部の強くはないが理のある言い方に、光秋は返事に困ってしまう。

「……でも……ロボットのことを言うなら、尚更早く戻った方がいいんじゃ?三佐たちが危ないですよ!」

「でも、任せろって言ったんでしょ」

「……えぇ……」

「だったら、アレは三佐たちに任せなさい。光秋くん一人が頑張らなきゃいけないことはないんだから」

―!……『お前だけが頑張らなきゃいけないルールはないんだ』……しかし……―

伊部の言葉に、光秋は先程の小田の言葉を思い出す。が、自分だけが休むことにどうしても後ろめたさを感じてしまう。

 と、

「……三佐を信じるって、昨日言ったでしょう」

「え?……あぁ、はい」

「だったら、今こそ信じなさい。私も保障する。三佐たちならアレくらい大丈夫。ゴレタンだってあるんだし……だから、着いたら少し休んで。もしものためと思って」

「…………わかりました」

真っ直ぐ目を見て言う伊部に、光秋はようやく納得する。

 すると今度は、伊部に対して申し訳ない気持ちが起こる。

「……すみません。気を遣わせちゃって」

「そういうこと言わないの。私は光秋くんの補佐役としてここにいるんだから、これくらい気を回すのは当然。そもそも姉が弟のことを考えるのは当たり前でしょう……それに、戦闘じゃ私何もできないし、これくらいやらせてよ」

「そうですか?……そうですね」

伊部の言葉になんとなく納得すると、光秋は基地に戻ることに意識を向ける。

 

 同じ頃。

―加藤にあぁまで言った以上、俺たちも格好つけないとな!―「竹田、ここからは俺の指示通りに動け。わかったな!」

(ウッス!)

「とりあえず少し後退しろ。奴との距離をとる」

(了解!)

 念を押して言った指示に竹田が応じたのを聞くと、小田はすぐに後退の指示を出して野暮との間合いをとる。

 その間に自力で立ち上がることを諦めた野暮がサン教のサイコキノ2人に背中を押される形で立ち上がり、ゴレタンに左手のガトリング砲を向ける。

―コイツはかえって邪魔だな……―

 そう思うと、小田は両肩の砲身を上に真っ直ぐに上げる。

―お前と同じニコイチのでき損ないなんだろうが……―「俺たちのゴレタンを見くびるな!竹田!一気に前進しろ!」

(了解!)

叫ぶ様に指示を飛ばすや、一気に最大速度まで加速したゴレタンが野暮に突っ込んでいく。

 野暮がガトリング砲を浴びせ、回避ができないゴレタンは全弾をまともに受けてしまう。

 しかし、

「見くびるなと言った!」

この程度の弾では戦車と同等の装甲はそう簡単に抜けない。

「オォォォォォォ!」

弾丸の雨に構わず小田は右拳を一杯に引き、絶叫と同時に腰の入った右ストレートが野暮の胸に放たれる。

 が、

「!?」

拳は野暮の胸に達する寸前に念の壁に阻まれてしまう。

 すかさず野暮が右手の火炎放射器を突き出し、ゴレタンの頭部を赤々とした炎が炙る。

「チッ!後退だ!」

 炎で埋め尽くされるモニターに舌打ちするや、小田は指示を飛ばす。

―タコ殴りにして大破、乗り手は引きずり出そうと思ってたが、お付きのサイコキノが面倒だな……捕縛は諦めるか?―

そう思うと、両肩の砲の引き金を一瞬見やる。

 直後、

「!」

野暮がガトリング砲を撃ってきたかと思うや、唐突にモニターが消え、コクピットが闇に包まれる。

「何だ!?当たったのか?否、カバーは防弾のはず……」

(一尉?どうしたんです?)

 動揺する小田に、竹田が慌てて通信を送る。

「モニターが落ちた!」

(はぁ?……て、アイツ来ましたよ!)

「しょうがない!とにかく動き回って距離をとれ。これじゃ攻撃もできん」

(動き回れって?)

「お前に任せる!」

(あぁーもう!やってやらぁ!)

 ヤケクソに叫ぶや、竹田は後退して迫ってくる野暮から距離をとり、直後に火炎放射の直撃をかわす。

 ある程度距離をとると左に弧を描く様に曲がり、背後から追ってくるガトリング砲の流れ弾が起す雪煙りから逃げる様に野暮の周りを回る。

―にしても、何でカメラが?……もしかして、さっきの火炎放射か?―

 暗い中で揺られながら、小田は先程接近した時のことを思い出す。

―つまり、さっきの火炎放射で温められて脆くなったところに攻撃を食らって抜かれたってことか?……―「クソッ!」

 失念していた自身と、意外に脆い自機に思わず唾棄すると、小田は藤原に通信を送る。

「三佐!」

(小田?すまん。こっちはさっきのサイコキ――ぬぉ!)

「三佐!……クソッタレ!」―これじゃあ、加藤と伊部に格好がつかねぇじゃねぇか……!―

 藤原との通信が突然切れたことに怒声を上げつつも、小田は何とかこの状況を――それも光秋が戻ってくる前に――打開しようと思案を巡らせる。


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