白い犬   作:一条 秋

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52 少女の気持ち

 12月25日土曜日午後1時。

 午前7時からのシフト時間を終え、藤原隊一行は基地の食堂へ向かう。

「人員増強万々歳だなぁ。イライラする時間が減って助かるぜ」

「ですね」

 食事を載せたトレーをテーブルに置きながら言う竹田二尉に、正面に座る光秋はほっとした気分で返す。

―人員が増えて1回当たりの時間が1日の四半分くらいに減ったからな。その分緊張する時間も減って、精神には優しいや―

 そんなことを思いながら手を合わせると、遅い昼食のフライの盛り合わせ定食を食べ始める。

「でもなぁ、待つだけってやっぱじれってぇよなぁー。ひと思いにゴレタンとニコイチで殴り込みかけて、連中ボコボコにできればいいのによぉー」

「いや、ボコボコにしちゃダメでしょ。ちゃんと捕まえないと」

「それに、下手に動いて人質を危険にさらすわけにもいきませんし」

 竹田の愚痴に、光秋と、その左隣に座る伊部がそれぞれ返す。

「わーってるよ。だからじれってぇんだ……」

「まぁ、気持ちはわかりますけどねぇ……」

多分な不満を含んだ顔で応じると竹田はみそ汁を一口すすり、光秋は共感の声で呟く。

 直後、

「ざけんなよっ!」

「!?」

テーブルを力強く叩く音と共に怒声が響き渡り、光秋は心臓を跳ね上げながら声がした方――右奥のテーブルを見る。

「なんだ?」

「さぁ……?」

 竹田の右隣に座る藤原三佐と、その右隣に座る小田一尉も声がした方を向く。同時に、食堂にいる全員の目がその辺りに向けられる。

 直後に声がした辺りに座っていたESOの制服を着た子供が、脇目も振らずに駆け出す。

「桜!」

 子供の向いに座っていたスーツの上にESOのコートを着た女性が呼び掛けるのも聞かずに、子供は食堂から出ていく。

―?……あの子どっかで…………―

 駆け出していった短い赤毛の子に光秋が既視感を覚えていると、

「今の子、この間のジュースの子じゃない?」

「……あぁ」

伊部の指摘に、基地に来た初日にぶつかってジュースを溢されて怒った少女のことを思い出す。

―そうだ。あの子だ……また怒ってた様だけど、なにかあったのかねぇ?―

 少女のことを多少気にしつつ、光秋は白飯を口に運ぶ。

 

 昼食を終え、部屋に荷物を置いた光秋は、気晴らしにと基地内の見学を思い付く。

 手始めにと現在宿舎となっている建物の中を巡っていると、

「……!」

廊下の先の突き当たりに設置されている自動販売機、その右隣のベンチに、先程食堂から駆け出ていった赤毛の少女が座っているのを見る。

―引き返す……のも不自然だよな。なにより避けてるみたいで失礼だろうし……でも昨日の今日のさっきだしなぁ……とりあえず、黙ってさり気なく通ろう。それが無難だ―

 初対面の時と先程の不機嫌な少女の顔を思い出して気まずさを覚え、通りたくないと思う一方であからさまに態度に出すのは失礼だろうとも思い前進し続けることを選ぶと、あまり少女を見ないよう心掛けて左に曲がろうとする。

 しかし、

「……あ!この間のジュースのオッサン」

「!…………どうも……」

少し近づいたところで気付かれてしまい、渋々返事をする。

―この間と同じコート羽織ってたからか……?いや、こんな分厚いレンズのメガネしてる奴はそういないから特徴になるか……―

 気付かれた原因について考えつつ、光秋は少女の前に歩み寄る。

「……オッサン、今アタシのこと避けようとしたろう?」

「……まぁ、正直に言うとね。初対面の時といい、さっきの食堂の時といい、尽く機嫌が悪かったから……というか、僕の呼び方は『オッサン』で決定なのか?」

 下手に誤魔化しても仕方がないと思って正直に答えつつ、気になったことを訊いてみる。

「不満?」

「一応まだ19(じゅうく)二十歳(はたち)にもなってないんだが……そう呼びたいならいいけど」

「そうなの?」

 光秋の答えに、少女は意外そうな顔をする。

「そうなんだよ。というか、その言い方だといくつだと思ってたんだ?……まぁ、それはいいや。ところで、さっきはなにかあったのかい?あんな大声出して」

「……なんでそんなこと訊くのさ」

 光秋の質問に、少女は不機嫌そうに返す。

「深い意味はない。ただ気になったから訊いただけだよ。嫌なら答えなくていい」

「……」

光秋の正直な返答に、少女は少し考える。

 と、

「……今日がなんの日か、知ってる?」

「?」

ぎりぎり聞き取れるくらいの小声で唐突に問われ、光秋は少し考える。

「今日?……12月25日…………あ。クリスマス?」

「うん……」

 短く返すと、少女は先程までの不機嫌さを消し、代わりにどこか物悲しそうな顔で俯く。

「本当は今日、アタシんちでクリスマスパーティやるはずだったんだよ。アタシんち、アタシが特エスで家にいないことが多いから、家族に会えるのってなかなかないから……楽しみにしてたのに…………」

「作戦が長引いて、帰れなくなった?」

「…………うん……」

 途中で黙り込んでしまったために後を引き継いで言った光秋に、少女は消え入りそうな声で応じる。

「そっか……そりゃあ、怒鳴りたくもなるか……」

「わかったみたいに言うなよ……」

 応じる光秋に、少女は不満そうな小声で返す。

「家族に会えないのが寂しいって意味でなら、わかるよ。僕も訳ありで、今そんな状態だから」

「別に!寂しくなんて……」

 光秋の言葉を否定しようとしてし切れず、少女は黙り込む。

「……」

 それを見て光秋は膝を折って中腰になり、座っている少女と視線を合わせるようにする。頭一つ分程低くなった光秋が、少女を見上げる形になる。

「僕もさ、訳あって3月から家族に会ってないんだよ。もともと一人好きだからそんなに苦には感じないけど、それでもときどき寂しいとか、会いたいって思う時がある」―今はその中に綾も入ってるしな……―

 少女の目を見ながら言いつつ、心の中にそう付け加える。

「……なんかあったの?」

「それは悪いが言えない。その理由自体が機密扱いだから」

少し興味を持った様子の少女に、首を横に振りながら答える。

「でも、僕でないとできないことがあるからここに呼ばれた、それだけは言える。そして僕は、今は手が出せないけど、その時が来たらやるべきことを精一杯やるつもりだ。君がここにいるのも、それと同じだろう?君でないとできないことがあるから、ここに留まってもらってる」

「でも!……だからって何でアタシがここまで損しなきゃ……」

 落ち着いて語りかける光秋に、少女は湿気を帯び始めた声で返す。

「そこなんだよなぁ……今言った様に、君の”力”が必要とされてるのは事実。でも、本来子供を守らなきゃいけない大人が、子供を利用し、あまつさえ家族と会う機会さえ奪う……僕は自分の意志でESOにいるからいいとして、君の場合は、ちょっと難しいなぁ……」

 包囲が始まってすぐに思ったことを思い返しながら、光秋は吐息を吐く様に言う。

―……どうも口で言ってると上手くいかんなぁ……―

 思う様に少女の気持ちを変えられないもどかしさにそう思うと、光秋は腰を上げて自動販売機の前に立つ。

―これでどうなるってわけじゃないが……―「なにか飲みたいものあるか?」

「……え?」

そうすることに若干の迷いを感じながらも声を掛けると、少女は俯いていた顔を上げる。

「この間のお詫びというか、なんか1つ買ってあげる――と言うか、買わせてくれ」

「え?でも……」

「これ缶だからさ、今飲みたくなかったら後で飲めばいいし、入間主任だっけ?なんか言われたら、この間ぶつかったおじさんがお詫びにくれたって言えばいいよ」

 先程一応拒否した呼び方を自分で言ってみて、それがどこか馴染む感じに少し可笑しくなる。

 その間にも上着のポケットから財布を出し、小銭を自動販売機に入れていく。

「…………じゃあ……」

 それを見て少女はベンチから立ち上がり、光秋の右隣に立つ。

「……これ。オレンジジュースがいい」

「ん」

 言いながら少女はそれを指さし、光秋はボタンを押して出てきた缶を差し出す。

「……あんまり上手く相談?……できなかったけど、今回はこれで勘弁して欲しい。また機会があれば。じゃあ」

 言うと光秋は振り返り、基地内の見学を再開する。

「あ……あのさ!」

「?」

 ジュースを受け取った少女に呼び掛けられ、一度足を止めて振り向く。

「…………ありがとう……」

「あぁ……頑張れ、とは迂闊には言えないけど、お互い、死なない程度に頑張ろう」

 照れくさそうに言う少女にそう返すと、光秋は前を向いて再び歩き出す。

―子供と接するのは苦手なはずなんだが……綾のおかげかな?意外とちゃんと話せた…………にしても、自分にしかできないことがあるからここにいるっていうのは事実。ただ……必要とされてるからいるっていうのは、なんか違う気がするな…………―

 少女との会話を思い出しながら、光秋は心の中に引っ掛かるものを感じる。


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