白い犬   作:一条 秋

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50 前夜の湯船

 建物内をしばらく歩くと、光秋と伊部は食堂へ入る。

 食堂内の造りは京都支部のそれと大差なく、それぞれメニュー表の中から食べたい物を選び、カウンターでトレーを受け取って席を探す。

 6時という時間帯であるためか、6割程埋まっているテーブルの中から伊部がカウンター近くに空いている場所を見付け、2人はそこに向かい合って座る。

「……にしても、さっきは危なかったですね」

 生姜焼き定食に箸を着けるや、光秋は溜め息混じりに呟く。

「曽我さんに大学に行かなかったことを訊かれたこと?」

「えぇ……」

 トンカツ定食を食べながら確認する伊部に、光秋は白飯を食べながら答える。

「ま、曽我さんの方から切り上げてくれたからよかったんですけどね……」

「まぁねぇ…………そう言えば光秋くんって、本当なら大学生なんだよね」

「えぇ」

「……やっぱり、せっかく受かった学校に行けないのって辛い?」

「……」

 遠慮がちに訊く伊部に、光秋はDD‐01との戦闘の後、神モドキに自分を元の世界に戻すよう頼んだ綾の姿を重ねる。

「……まぁ、少しは…………でも、今の状況も悪い気はしません。そりゃあ、さっき話した様に争いごとに巻き込まれるのは嫌ですけど、違う世界に来て、ニコイチに乗って、できることを精一杯やって……少なくとも退屈はしませんから。あと、遠い所に行って独り暮らしっていうのもやってみたかったんで。まぁ、だから進学先を京都にしたんですが……」

 上着の胸ポケットのカプセルを意識しながら言うと、光秋はみそ汁を一口すする。

「それならいいんだけどね……今の話だけ聞けば、マンガかなにかの主人公みたいだし、確かに退屈はしないだろうね」

 一瞬顔に陰が差したものの、すぐに伊部は微笑みを浮かべて言ってくれる。

「でもやっぱり、家族や友達と会えないのは寂しくない?」

「中尉と2人の時にも同じ様な話になりました。その時、こっちにも家族みたいな人はいるから、その人を大事にすればいいって、思えるようになりましたから」

 言いながら、光秋は伊部の目を見る。

「……?」

「なに?」と尋ねる顔をする伊部に、光秋はさらに続ける。

「僕のことを弟分って言ってくれたでしょ」

「あぁ、そういうことか……それもそっか。私は光秋くんの姉貴分なんだし、確かに家族みたいな人か」

 合点がいくと、伊部は笑みを浮かべる。

「それに…………綾もいますから」

 女の人の前で他の女の話をするのはどうかと一瞬迷ったものの、光秋は一気に言ってしまう。

「会うことは難しいけど、でもいなくなったわけじゃない。ちゃんと伊部さんの中にいて……本当のところはよくわからないけど、僕自身とも繋がってるみたいですから…………いるんなら、また会えますから…………」

 そう続けると、光秋は言った内容から感じる気恥ずかしさを誤魔化すために肉と白飯を流し込む様に口に入れる。

「お姉さんとしは、少し妬けちゃうかな?」

「……」

 微笑みながら言う伊部に、光秋は返事に困ってさらに白飯を口に放る。

 と、

「おぉ!お前たちも来ていたか」

「!」

藤原三佐の声に光秋は後ろを振り返り、各々にトレーを持った藤原、小田一尉、竹田二尉を見る。

「お先にいただいてます」

「ウム」

 伊部に藤原が応じると、3人はそれぞれ伊部と光秋の周りの席に座る。

「どうでした?ゴレタン」

「まぁ、なんとかな…………」

 光秋の問いに、左隣に座った小田は焼き鮭定食に手を付けながら多分に疲れを含んだ声で応じる。

「やっぱ時間が空くとダメだ。感じ取り戻すにこんなに掛かっちまった」

 と、右隣の竹田がラーメンをすすりなが疲労を浮かべる。

「少なくとも、明日の作戦には参加できる程度にはなったようだがな。もっとも、主力はあくまで加藤、アレはその援護だがな」 

―主力、か……ま、死なない程度に頑張るだけさ―

 左前で大盛りの生姜焼き定食を食べながら言う藤原に軽いプレッシャーを覚えるものの、光秋はみそ汁を飲みながら努めて気楽に考えるようにする。

「……そう言えば、前々から気になってたんですが、NPもそうですけど、あぁいう反社会的団体……言ってしまえばテロリストと呼ばれる人たちって、どうやって装備を調達してるんです?銃器くらいなら百歩譲って手に入れられなくもないでしょうけど、戦車とか戦闘機とか、結構大規模な物も持ってますよね」

 会話が途絶えたのを見て、光秋は以前から薄々疑問に思っていたことを周りに訊いてみる。

「そりゃあもちろん、そういうメーカーからだろうな。後は、おそらく軍の横流しだろう」

 言いながら、小田はみそ汁をすする。

「メーカーっていうのはまだ解りますけど、横流しって?軍の中にそういう団体に武器を回す人がいるんですか?」―話として聞いたことはあるが、本当にそんなことが……?―

「確証はないが、状況から考えてそういうことだろうな。回収した兵器の中には、以前軍の中で使われていた物や、正式採用から漏れた物もあったから、単にメーカーから購入しただじゃないだろう。もっとも、武器会社から購入するにしたって、軍や政府の関係者、それも高い地位にいる人間の伝手がなきゃ、見ず知らずの民間人が買える様なことにはまずならないだろうがな」

 首を傾げる光秋に、小田は鮭の身をほぐしながら応じる。

「……軍や政府の高官の中にも、テロリストに協力する人がいるってことですか?話には聞いたことはありますけど……やっぱり、思想的な問題ですか?超能力者排斥とか、今回なら信仰とか」

「そういう部分も確かにあるだろうな。あとは横流しの際にもらう賄賂や、軍以外の納品先を見付けることで武器会社を儲けさせて経済を回していく目的もあるだろうな」

 聞きかじりの知識を交えながらの問う光秋に、藤原が肉を食べながら応じる。

「……やっぱり、そういうのってあるんですね…………」

 静かに返すと、藤原や小田が語る現実に煮え切らないものを感じ、光秋は顔を俯ける。

「にしても、お前よくそんな話解るよな。オレなんてさっぱりだぜ」

「僕がそういう話に興味があるのは確かですけど…少なくとも僕のいた側の僕と同世代は、少なからず解りますよ」

ラーメンをすすりながら心底感心した顔をする竹田に、光秋は顔を上げながら不意に湧いた同世代をも含めた自尊心を込めて返す。

「そういうもんかねぇ?……」

「お前はもう少し解らないと困るんだがな…」

 軽く応じてまた一口ラーメンをすする竹田に、小田は呆れた顔を向ける。

―……さっき曽我さんも言ってたが……こっちでも――統一政権ができたはずのこっちでも、やっぱり争いを喰い物にする人たちがいるのか……―

 先程の会話を思い出しつつ、光秋は糢糊とした気持ちを覚えながらみそ汁をすする。

 

 食事を終えると、藤原隊一行は部屋に戻る。

 藤原たちと一緒に部屋に戻った光秋は、カバンから歯ブラシを出し、最寄りの水盤の前で歯を磨く。

―……にしても、とんでない日になったもんだ―

 右手に持った歯ブラシを動かしながら、今朝のことを思い出す。

―突然呼び出されて、大きな作戦の説明を聞いて、あまつさえ秋田まで来ちまった……本来なら、明日タッカー中尉たちと演習があったのに……ま、予定は変わることもある、か。それに、こういう時のために日々訓練してるんだし、いい機会か。少なくとも、明日はきちんと仕事をこなすさ…………すんなり済むに越したことはないが……―

 半ば祈る様に心の中に呟くと、歯ブラシを出して口を漱ぐ。

 

 光秋が部屋に戻ると、

「おぉ、戻ったか。4人揃ったことだし、大浴場にでも行くか」

左のベッドの下の段に腰掛けている藤原が、ドアの前の光秋、左隣の小田、向いのベッドに腰掛けている竹田を見ながら提案する。

「そんなのあるんですか?」

 予想外のことに、光秋はカバンに歯ブラシを仕舞いながら訊き返す。

「案内には描いてあったぞ」

「でも、風呂用のタオルは持ってきてませんよ?」

 答える藤原に、光秋は続けて訊く。

「心配しなくても、京都の宿舎みたいに風呂場にあるだろう」

「……それもそうですね」

 小田の指摘に、光秋は納得しながら応じる。

「では、みんなで行くか」

「「はい」」「うっす」

 藤原の提案に小田、光秋、竹田は同時に応じ、各々着替え等を用意すると、4人揃って大浴場へ向かう。

 藤原を先頭にしばらく歩くと、上に「大浴場」と書かれた札があるドアの前に着き、中に入るとそれぞれ靴を棚型の下駄箱に入れてロッカーが並んでいる脱衣所に上がる。

 ハンガーが掛かっているロッカーの中に脱いだ服などを入れ、ベルトが付いた鍵をそれぞれ左手首に締めてロッカーの脇のタオル置き場からタオルを取ると、4人はガラス張りの戸をくぐって浴室に入る。

「ひょおー!広いなぁ!」

 25メートルプール程の広い浴槽に、首にタオルを掛けた竹田はしゃぐ声を上げる。

 その背中を見つつ、腰の辺りにタオルを下ろしている光秋は、

―やっぱり、三佐体付きすごいよなぁ。一尉も負けてないし……二尉も普段ぼんやりしてるのに、ある所はちゃんとあるもんなぁ……―

と、メガネがないにも関わらずよく判る3人の肉付きのいい体格に感心する。

―三佐は胸板厚いし、腕も太いしなぁ。あれで本気で殴られたら痛いじゃ済まないだろうな……一尉は腹筋割れてるし、二尉は手足立派だしなぁ…………―

 思いながら光秋は、自分の腹を見つつそこに右手を添える。日頃から鍛えているため、光秋の体付きも決して貧弱ではない。同年代の男性の割にはやや細めの体格ながらも、全体的に引き締まった肉付きは均整のとれた健康的な体を形作っている。が、近くに藤原たちの様な人々がいれば、どうしても見劣りしてしまうのである。

―ま、言ってもしょうがないか……―

 そう思うことで虚しい比較を割り切ると、光秋は腰の前に下ろしていたタオルを畳んで頭に載せ、浴槽のそばに置いてある洗面器で体を流し、同じようにしている藤原たちに続いて湯船に浸かる。

「ふぅー……ただの水道水のくせに、風呂が広いとそれなりに気持ちいいですね」

「あぁ。ここに勤めている人たちにとっては、数少ない楽しみだろうな」

「……」

 左隣で小田と藤原が話すのを聞きながら、肩まで湯に浸かった光秋は気持ちがほぐれる感覚を覚える。

―……確かにこんな広い風呂もいいが、普段の一人用の浴槽の方が落ち着くなぁ。一人ゆっくり入ってる方が好きだ…………―

 藤原たちの会話を受けて、意識の片隅でそんなことを思う。

「こうして広い風呂に入ってると、なんか歌いたくなりますよねぇ」

「歌うなよ。他の人もいるんだ」

「ほんとに歌いやしませんよ……」

 一行の右端に腰を下ろしている竹田が気持ちよさそうに呟くと、その右隣の小田が穏やかだが釘を刺す声で応じる。

 小田の言う通り、浴室には光秋たち以外にも人がおり、藤原隊の様に数人で固まって、あるいは1人で湯船に浸かっていたり、戸の左隣に並んでいる蛇口の前で体を洗ったりしている。

 そんな光景を見ながら10分程浸かっていると、

―…………そろそろかな―「体洗ってきます」

体が温まったと感じた光秋は立ち上がってタオルを前に持ち、浴槽から上がって蛇口の前に向かい、その前に置いてある風呂椅子に座る。

 前に置いてある洗面器に蛇口からお湯を入れ、腰に当てていたタオルを軽く洗って絞ると、それにボディーソープを付けて体を擦っていく。一通り洗い終えるとタオルを洗面器に浸けて残っているボディーソープを洗い流し、絞って丸めたそれを備え付けの鏡の前に置き、シャンプーで髪を洗う。

 シャワーで泡を流しながら髪を後ろに分け、体中の泡も流すと、自分が使った辺りを水で洗い流し、丸めていたタオルを再び腰に当てて浴槽へ向かう。

―三佐たちは……―

 すでにいなくなっていた藤原たちの姿を探すと、それぞれ蛇口の前で体を洗っているのを見辛い目でなんとか確認し、光秋はタオルを頭に載せて一人浴槽に浸かる。

 10分程浸かって温まると、

―…………そろそろ上がるか―

立ち上がりながらタオルを腰に当てる。

 それと入れ違う様に、ちょうど体を洗い終えた藤原が浴槽に入ってくる。

「先に上がります」

「ウム。なんだったら先に寝ててくれ。明日は早いからな」

「はい。そうさせてもらいます」

 すれ違う際に藤原にそう応じると、光秋は浴槽から上がり、空いているシャワーで体を流し、濡らしたタオルを絞ってそれで髪と体を拭き、タオルを洗って浴室を出る。

 戸の前に敷かれたタオルで足裏をよく拭きつつ、左手に置かれた使用済みのタオルを入れる籠にタオルを入れ、右手に3つ並んだ籠からバスタオルを1枚取ってロッカーの許に移動しながら体中の水気を拭いていく。

 一通り拭き終わると左手首の鍵を取ってロッカーを開け、バスタオルを戸の上に引っ掛け、メガネを掛けて制服を着ていく。

 ズボンとワイシャツを着るとバスタオルで髪をよく拭き、それを首に掛けて水盤の前に行き、備え付けのドライヤーで髪を乾かす。

 乾いた髪を真ん中で分ける形に整えると、水盤でメガネのレンズを水洗いし、バスタオルで拭いて掛け直す。時計やカプセルが入っている上着を羽織って制帽を被り、バスタオルを使用済みの籠に入れ、脱いだ下着等が入ったビニール袋を左手にもってコートを左脇に抱えると、制靴を履いて廊下に出る。

 と、

「光秋くん!」

呼び掛けらて首を回すと、女湯のドアの前に立つ伊部を見付ける。その後ろには曽我が立っている。

「伊部さんも風呂でしたか、曽我さんも」

 応じながら、光秋は同じ様に制服を羽織った伊部と、袖を通さずに肩に掛けた曽我の許に歩み寄る。

「……」

 風呂上がりのためか髪を下ろしている伊部に、反射的に綾を思い浮かべてしまう。

「行く途中でばったり会ってね。そのまま一緒に入っちゃった」

「三佐たちは?」

「まだ入ってます。先に上がると言ったら、なんだったら寝ててくれって……」

 曽我に続いて伊部が訊いてきた質問に、光秋は2人のワイシャツ越しの胸元に行きそうになる視線をなんとか抑えつつ、先程のことを思い出しながら応じる。

「じゃあ、しばらく上がらないかな……先に一緒に帰ろっか」

「はい」

 伊部に応じると、光秋は2人と共に部屋へ向かう。

「温泉じゃないのは惜しいけど、脚が伸ばせるお風呂ってやっぱりいいですねぇ」

「うん。機会があれば、今度みんなで本当に温泉行かない?」

「……」

 そんな会話を交わしながら歩く曽我と伊部の後ろに続きながら、光秋は洗濯物を入れたビニール袋が気になり、それを抱えているコートに隠す様に包む。

「ところで、加藤君」

「あ、はい?」

 ちょうど包み終わったところで、左前を歩く曽我が顔を向けながら声を掛けてくる。

「さっきからアタシたちの後ろにいるけど、並んで歩けばいいのに」

「いやぁ、さすがに3列は。すれ違う人や急いでる人の邪魔になりますし」

 光秋が応じる間にも、一行の右手を大量のタオルを抱えた青服の男がすれ違って行く。

―タオルの補給か……―

 大浴場へ向かう青服の背中を見やりながら、光秋はそのように判断する。

「光秋くんの言う通りだね。悪いけどこのまま行こっか」

「気にしないでください。いつものことですから」―そう言えば昔っから、大勢で移動する時って大抵最後尾に着いて、みんなの後追いだったもんなぁ…………それにしても―

 伊部に応じつつ昔のことを思い出しながら、2人の後ろ姿を見ている光秋は、不意に甘い香を覚える。

 嗅覚として感じたわけではなく、2人の僅かに水気を帯びた長髪や、風呂上がりの所為か若干朱が差した頬を見て、唐突に”甘い香”というものを連想したのである。

―女の香り、か?…………!いかんいかん!―

 浮かんできた言葉にハッとすると、その言葉も甘い香もすぐに頭から追いやる。

―上官、先輩を変な目で見るわけにはいかんからね―

 断じると、前を行く2人の日常的なおしゃべり――主に先程の温泉話を受けた会話に耳を傾けつつも、再び先程の様なことが浮かんでこないように意識して歩く。

 

「じゃあ、明日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。白い犬の実力期待してるから」

「あんまり抱え込まないでね」

「はい。お休みなさい」

「「お休み」」

 曽我と伊部に応じると、光秋は背後に2人の返事を聞きながら別れ、自分に宛がわれた部屋へ向かう。

 ドアをくぐって明かりを点けると、洗濯物の袋をカバンに入れ、入れ違いに目薬が入った袋を取り出し、カバンの上に丸めたコートを置いてドアから見て右のベッドの下の段に腰を下ろす。

―次の注せるの待ってる間に、トイレ行ってくるか―

 思いながら3種類ある目薬の1つを注し、部屋を出て最寄りのトイレに向かう。用を足して戻ってくるとさらにもう1つ注し、そのままベッドに腰を下ろして3つ目が注せるようになるまで待つ。

―……文庫本の1つも持ってくるんだったなぁ。こういう半端な時間に前読んだ本の気に入った部分を読むのって、けっこういい時間潰しになるんだよなぁ…………―

 ベッドの上に置いてある布団一式を敷いて携帯電話のアラームを設定しながら、光秋は思考を持て余す。

 と、藤原たちが部屋に戻ってきたのに気付いて一礼する。

「まだ起きていたのか」

「目薬がまだ1本あるんで……それろそろかな」

 藤原に応じると、光秋は3つ目の目薬を注し、目薬が入った袋をカバンに戻す。

「儂は歯を磨いてくるんで、みんな先に寝ててくれ」

「あぁ、俺も行きます」

「お休みなさい」

 言うと藤原と小田は歯ブラシを持って部屋を出、光秋はその背に挨拶して見送る。

「……竹田二尉はもう磨いたんですか?」

 脱いだ上着をカバンの上に置いてベッドに腰を下ろしつつ、光秋は向かいのベッドの下の段に座っている竹田に訊く。

「いや。一日(いちんち)くらいしなくても大丈夫だろ」

「磨かないんでね……気を付けた方がいいですよ。僕なんていつも磨いてるのに、検査の時は必ず引っ掛かるくらいですから」

 楽観的に返す竹田に応じると、光秋は制靴を脱いでベッドに上がり、枕元の右側に上着から抜いておいた携帯電話とカプセルを置く。

―小田一尉が恐れる二重奏が始まる前に寝よ―「お休みなさい」

「おぉ。お休み」

 例の鼾のことを考えながら竹田の返事を聞くと、21時半を指す携帯電話を閉じてメガネを枕元の右側に置き、布団を被る。

―明日は、死なない程度に頑張ろう―

そう思ったのを最後に、光秋は寝ることに専念する。


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