不可思議な状況に放り込まれた光秋の気持ちを追体験してくれればと思います。
では、どうぞ!
「…………!」
気が付くと、光秋の視界一杯によく晴れた青空と緑が広がっている。
―……異世界?―
と思ったのも束の間、
「……!?」
突然物体が降下、否、落下を始める。
―さっきまでの力がなくなった!?―「クソ!どうすれば?」
動揺する間にも、物体は落下を続ける。
―これまでか!―
光秋は覚悟を決め、固く目をつむって両手で頭を庇った直後、コクピットを軽い振動が襲う。
「…………」
数秒後、光秋は両手を解いて顔を上げ、正面のモニターに深めの森を背景に、手前に巨木の残骸と大量の土くれが映っているのを見る。
「たす、かった?……」
両手で体のあちこちを触ったり首を動かしたりして、五体の無事を確認する。
「どうやら……生きてるみたいね……」
それが終わると、光秋は外に出てみようと思う。
―木があるってことは、空気もあるだろうし、さっきの青空も地球のと大差なかったから、大丈夫だろう―
そう思い、ハッチの開閉装置を探すと、左肘掛の内側にある白い四角いボタンと、その隣の手前側にある車の窓開けの様な小さいレバーが目に止まる。
―これか?―
そう思い、レバーを上に上げると、座席が床ごと上昇する。
「!」
慌てて手を放すと、
「じゃあ、こっちか?」
と、白いボタンを押す。
と、頭上のモニターがスライドし、床と同じ大きさの孔を開ける。
「この後に、これか!」
と、再びレバーに手を掛け、今度は座席が止まるまで上げ続けると、機体に入れられた時に椅子が出てきた高さで止まり、機体顔面の直前に出る形となる。
「…………」
周りを見回すと、モニター同様、森を背景に樹木の残骸と土ぐれが散らばっており、機体の肩やハッチの上も少々土を被っている。
光秋はシートベルトを外し、正面のパネルを端に退け、床の右側に身を乗り出して恐る恐る下に目をやると、機体の腰辺りまで完全に地面に食い込み、それを中心に浅目のクレーターを形成しているのを見る。コクピットの出っ張りで引っ掛かる様にして止まったという感じである。
元来目が不自由で視力が低いことと相まってか高い所が苦手な光秋であるが、地面までの距離を二メートル少々と見積もり、行けると判断し、おっかなびっくりしながらも右側から下に降りてみる。機体を見ると、腕までも地面に埋まっており、白の装甲が所々茶色く汚れている。一方で、見える範囲では機体に目立った損傷はなく、ヒビも欠けも全く見られない。
「……どんだけ頑丈だよ、コイツは?」
苦笑いを浮かべながら率直な感想を言った直後、背後でバキッと枝を踏む音が響く。
「!?」
光秋は慌てて音のした方向に体を向ける。
「!」
「動くな!」
視線の先に、緑色の服の上に黒いベストの様な物を着、銃を構えた人の姿を見る。
「!?……」
突然の事態に動揺する中、とりあえず敵意がないことを伝えるため、光秋はゆっくりと両手を挙げる。
それを見て、兵隊らしき人は左手でズボンのポケットから小型の通信機らしきものを取り出し、それにぼそぼそと吹き込む。その間も、目線と銃口は光秋から離さない。吹き込みが済むと通信機を仕舞い、銃口を光秋に向けたままゆっくりと近づいて来る。
距離が詰まるにつれて、光秋は兵隊の姿を詳しく観察し易くなる。
―?……女?―
遠くて判らなかったのだが、顔付きから相手は女である。薄い黒色の肌をし、ヘルメットの下に長い黒髪を後ろで一本に束ね、すっきりとした顔立ちをしている。背は光秋より若干小柄である。よく見れば肘や膝にも、黒く丸い防具の様な物を着けている。
それが手にしている機関銃――正確には自動小銃なのだが、光秋にそんな銃器の知識はない――は、光秋もニュースでちらっと見る米軍が使うそれによく似ている。銃床から銃身の付け根まで木材を用い、引き金の前に長方形の弾倉が伸びている。
「!……」
不気味に黒照かる銃身を見、光秋は背筋に寒気を感じる。
兵隊が光秋から1メートル程手前まで近づいた辺りで、木々の影から3人、兵隊と同じ緑の服の上にベストや防具、ヘルメットをした者たちが現れる。髭を蓄え、遠目にも二メートルを超えていると思える大男を先頭に、その左右を女性兵士と同じ銃を構えた者たちが固めながら近づいて来る。観察し易い距離まで近づいて来て改めて見ると、やはり先頭の大男は優に2メートルを超えており、顔の下部を覆う様に生えた濃い顎髭を持つ容姿は、角張った顔付きと合わさってさながら「山賊のお頭」を想起させる。彼だけが腰の右側に拳銃を提げてこそいるものの、他の3人と違い空手である。
大男の、光秋から見て右側の男は、背は大男と光秋の中間程。大男程ではないがこちらもゴツイ顔付きである。髭は生やしていない。
左の男は、背は光秋と同じくらいである。
3人はいずれも、光秋と同じ黄色系の肌をしている。
大男が女性兵士の左隣まで近づくと、
「こいつか?」
と、彼女に向って問う。
「はい」
「我々が来るまで、何もなかったのか?」
「えぇ。銃を向けたら、すぐに手を挙げて」
「……そうか……」
言うと大男は、光秋のすぐ近く、手を伸ばせば触れられるくらいの距離まで近づき、光秋に観察の目を向ける。
「……」
それによって光秋は、再三得体の知れないものへの恐怖を抱く。
―この人たちは、いったい?……―
と、
「身分証は?」
「……へ?」
「
「……あぁはい!」
大男のドスの利いた声に肝を冷やしながらも、光秋はズボンの左脚部に設けられたポケットに手を伸ばす。
が、手が届く直前、大男の太い指が光秋の手首を鷲掴みにして動きを封じる。同時にかなりの力で締め付ける。
「痛!……痛た!」
「ある場所を言え!」
「左のポケットの……財布の中……です……保険証が……あります……」
言い終わると、大男は先程のポケットに手を入れ、薄黄色の二つ折りの財布を取り出す。財布を開いて保険証を取り出すと、それを見ながら光秋に質問する。
「名前は?」
「……加藤……光秋です……」
「歳は?」
「18……です」
「生年月日は?」
「91年、6月17日です……」
「んーん……」
大男は渋い顔を作って唸ると、右側の二番目の長身の方を振り向く。
「一尉、身体チェック!」
「はっ!」
長身が銃を肩に掛けながら近づくと、
「お前は手を高く挙げろ」
「は、はい!」
光秋は大男の命令通り、元々挙げていた手をさらに高く挙げ、万歳の体制になる。大男が長身に場所を譲って光秋の右側に移動すると、それに合わせて女性兵士も銃を構えたまま左に移動し、3人目の男性兵士も一歩前に出る。
長身は光秋のコートを脱がし、手首から触りだすと、左手の黒い時計を外し、精査が終わると、
「時計!」
と言って地面に置く。再び触りながら屈んでいき、脇の下を通った時、
「!……」
光秋は思わず笑い出しそうになるが、当然そんな雰囲気ではないので必死に堪える。長身は次に腰で手を止め、右のポケットから赤地にチェック柄のハンカチを取り出す。これも全開にして精査を終えると、
「ハンカチ!」
と言って、一応大雑把に畳んで光秋から見て時計の左隣に置く。次に右脚部のポケットで手を止め、そこから赤い二つ折りの携帯電話を取り出す。外側を舐める様に精査し、内側も開けて精査を終えると、
「携帯!」
と言って、ハンカチの隣に置く。とうとう長身の手が足元に来ると、
―靴も脱ぐのか?―
と光秋は思うが、靴の上から触るだけで終わる。
長身はチェックが終わると、光秋の前に跪いた体制から大男を見上げ、
「身に付けていたのは、以上の様です」
と報告する。
「ウム!財布の方も当たり前の物しか入っておらん。それにこんなに時間が経っても何もせんということは、おそらくノーマルだな」
―ノーマル?……―
大男はポケットから女性兵士と同じ通信機を取り出すと、光秋に背を向け、ぼそぼそと報告を始める。
「?……」
光秋は生まれ付き右耳が殆ど聞こえないため、返ってきた通信もろくに聞き取れない。
通信が終わると大男は、
「小物はそいつのコートに包んでデカブツのそばに置いておけ。後で調査兼回収班が取りに来るそうだ」
そう言って、元通りにした財布を長身に渡す。受け取った長身は、
「はっ!」
と答えて、地面の小物と光秋のコートも持って光秋の左側に移動する。
入れ違いに光秋の前に大男が立つ。
「すまんが、お前を連行する」
―れ、連行!?―「は、はい……」
どの道光秋は、そうとしか言えない。
光秋を中心に、前に大男、右に長身、左に男性兵士、後ろに女性兵士の陣形で、森の中を進んで行く。大男以外の3人は、いつでも撃てる体勢である。
―さながら僕は、地球に墜落した宇宙人か……―
肌寒さを感じながらも、光秋は自分のことをそう思う。
薄暗い視界の中、木の根に何度か足を取られながらも、20分程進むと視界が利いた広い野原に出る。そこからさらに5分程進んだ所で、光秋たちは違う一団と合流する。規模はそちらの方が多く、20人以上はいる。その殆どが、構えてこそいないが銃器を手にしている。
その内の1人が、光秋一行に近づいて来る。
大男が立ち止まって敬礼をする影から光秋がその人を見ると、背は光秋と同じくらい、黒髪を短く切り揃え、「若い」という印象を抱かせる顔の男が返礼をして立っている。青い制服の様な物を着ているその男は防具の類を着けておらず、大男たちの緑服と見える部分が共通している。
後ろの一団も殆どが青い服に防具姿で、光秋の視界には、緑は2、3人しかいない。
大男が長身の側に退くと、男は一歩進んで、光秋に観察の目を向ける。
「こいつか?報告にあった不審人物とは?」
「はい、そうです」
大男が答える。
「落下物の近くにいるのを
「そしてこれだけ時間が経つのに、何もしないところからノーマルと推定、か?」
「はい」
「……ちゃんと調べてみるまでは、確定できんがな」
「はぁ……ところで大佐、頼んでいた護送の方は?」
「報告のすぐ後にヘリの申請をさせた。そろそろ……」
男がそこまで言った辺りで、何処からかヘリ独特のローター音が聞こえ出す。
「噂をすれば」
男はそう言って後ろを振り向き、上空を仰ぐ。
「?……」
光秋も男の視線を追って上を見ると、前方に朝日を浴びながらこちらに向かって来るヘリを見つける。
しばらくしてそれは、青服たちを挟んで光秋の正面に左側を向けて着地する。すぐに出られる様にするためか、ローターはまだ回り続けている。
青服たちが道を開けて光秋一行がヘリに近づくと、例の如く光秋はそれに観察の目を向ける。
「……」
操縦席には足元にも窓を設け、上部の窓も大きく設けられ、殆ど出っ張りのないすっきりとした緑色のボディは、光秋もニュースなどで自衛隊のヘリとして見たことがある。
「?……」
その上で違和感を覚えるのは、ヘリに描かれたマークと文字である。本来日の丸が描かれているはずの尾部の付け根には、国連のマークである円形の世界図があり、その下には「E・S・O」と書かれている。
―『E・S・O』?……―
何の略かも解からないまま、大男が扉を開けるのに合わせて光秋は残りの3人に追い立てられる様にヘリに乗せられ、そのまま後部座席の右端に着かされる。ローターが回り続けているために、機内はかなり賑やかである。その隣に女性兵士が座り、長身と男性兵士は少し間合いを取って立ったまま光秋の様子を見る。その2人の影から、最後に大男が乗り込むのが見える。
「では、こ奴の身柄はこちらで」
「あぁ、そちらの方がいいだろう。よろしく頼む」
男の言葉に敬礼で答えた大男は、扉を勢いよく閉めると、
「よし、出してくれ」
と指示を出す。パイロットが、
「了解」
と答えると、ローター音が増し、少し揺れたかと思うと、機体が上昇を始める。
―どうなることか……―
飛び始めてどれ程経っただろうか。
3人はずっと自分の配置を維持し、大男は操縦席の方に寄って、時折パイロットと何か話している。
「?……」
距離がある上にローター音も合わさって、光秋には会話の内容は全く聞こえない。
光秋自身は、高度が定まってからは右窓からの下界観賞に徹している。元来高い所が苦手な光秋だが、今は前2人の視線から逃れたい気持ちの方が勝っているのである。
「…………」
しばらくは山岳部が続き、集落らしき家の集まりがまばらに見える。それが田園地帯へと変わり、田植え前の剥き出しの大地が先程より殺風景な印象を与える。ようやくビルが見え出すと、それらを区切る様に敷かれた規則的な道路網も目に入る。
―田んぼといい、建物の造りといい、文明の方は僕がいた所と大差ないのか……―
もうしばらく進むと、光秋はヘリの進行方向に対して左右に多数のレールを伸ばす建物を見、その少し奥には赤基調のランドマークらしきタワーを見つける。
―……あの駅、京都駅みたいだな。上からは絵でしか見たことないけど。それにあの塔、京都タワーみたいだ……―
光秋の記憶では、目の前の二つは確かにそれらと似ているのである。
―でも、まさかな。似ているだけだろう……―
その後も摩天楼が続き、その中に何か所か周りより広い敷地を持った建物を見る。
と、不意にヘリが空中停止し、そのまま目下の白基調の逆コの字型の建物に降下する。
光秋はその建物の周囲にも、同じ様な色あいの大小複数の建物が建っているのを見る。
コの字の内側、駐車場らしきスペースに着地すると、ローター音が弱まりだす。
「すまんな。本来は上のヘリポートに停まるべきなのだが……」
「『解からん相手だから早く隔離したい』、わかりますよ」
大男とパイロットのそんな会話が聞こえたかと思うと、大男はすぐに左側の扉を開けて外に出、
「出せ!」
と3人に命令する。
光秋は前の2人に引っ張られる様に立たされ、押し出される様に外に出る。
正面には、白基調の役所風の建物が建っている。優に10階はあり、光秋が見ているのはちょうどコの字の縦線に当たる所である。正面玄関前までの10メートル程の距離には、10人以上の防具を着けていない緑服が進路を作る様に両側に立っている。やはりヘリに乗る前に見た男の青服と同じデザインである。操縦席に控えていた大男も含めて再び銃を持った大勢に囲まれる光秋は、
―まるで犯罪者だ……―
と、心中に愚痴をこぼす。
―……?ここにも銃を持っていない人が何人かいるけど、どういうことだ?―
そんな疑問を抱いても答えてくれる当てもなく、再び後ろから押される様にして前に進む。
正面玄関の自動ドアをくぐると、受付や待合用の赤い長椅子が目に止まる。が、受付も含め、そこには人っ子一人いない。そんなことに構わず、光秋は左に曲がってすぐ行った所のエレベーターに乗せられる。
広めにとられた空間の、入って奥右端に立たされる。続いて三人が入り、最後に大男が入って扉の右側にあるボタンを押す。
扉はすぐに閉まるが、なかなか動かず、一方で大男は、まだボタンの前で何かごそごそしている。と、その辺りからピッ、ピッという電子音がし、ようやくエレベーターは動き出す。体感から、おそらく降下しているのだろう。
しばらくして扉が開き外に出されると、光秋は両壁に等間隔にノブのない重そうな扉が並ぶ白一色の廊下に出る。
その内のエレベーターから左前にある扉の右横に立たされ、大男が左の備え付けの端末に身分証の様な顔写真付きのカードを通し、パネルに左手を押しつける。続けざまにピッという音がし、最後にパネルの何か所かを押すと、扉が開く。
押される様にそこに入れられると、後ろから大男の声で、
「しばらくここにいろ」
と言われたのを最後に、扉が閉まる。
―……監……獄……!?―
それが光秋のその部屋に抱いた印象である。
外同様に白い壁や床なのだろうが、照明の調子が悪いためどちらかというと濃い灰色の部屋である。扉の前に立って右側には簡易ベッドがあり、その上に薄い敷布団と毛布、枕か畳んで置いてある。奥の左端にある便座はどこか粗末な印象を抱かせる。便器と同じ壁の、ベッド寄りの方に設けられた水道はコックが1つしかなく、暗に水しか出ないことを物語っている。そしてそれら以外には何もない、寂しい所である。
立っていてもしょうがないと思い、光秋はベッドに腰掛ける。
―……そういえば今何時だ?―
習慣で左手首に目を向けるが、そこに時計はない。
「そうだ、時計盗られたんだ……」
嘆息混じりにそう言い、不意に天井を見上げる。
「!?……」
そこには平行に設置された蛍光灯2本に挟まれる形で、キノコ型の機器が設置されている。円錐形のカサを下にし、短めの円柱形の脚を天井に付けた深緑の大型の機械である。脚の中央からも四方の壁に向かって1本ずつ、本体の小サイズ機が生えている。
―さっきからしてた空調とも違う音はこれか……―
そう思っても、光秋にはこれがなんの機器なのか見当もつかない。
と、
「……」
急に体中、特に瞼が重くなり出すのを感じる。
―……当然か、
そう思うと、奥に畳まれていた布団を敷いて、扉側に枕を置く。端の便器で用を足してから靴を脱ぎ、メガネを取って、毛布を被りながら横になる。
―……そういえばあの白いの、自分を『神に近い者』って……『神モドキ』にしよう……あの人……………………―
光秋の意識が夢よりも深みに沈むまでに、1分と掛からない。
いかがだったでしょうか。
次回もお楽しみに。