引き続きよろしくお願いします。
42 プレゼントを買いに
11月1日月曜日午前8時35分。
伊部と共に出勤した光秋は、エレベーターで地下1階に降り、藤原隊の待機室へ向かう。
ドアを開けると、藤原三佐が部屋の奥側左の椅子に座って新聞を読み、小田一尉が左隅のロッカーの前に立っている。
「「おはようございます」」
「ウム。おはよう」
「おはよう。珍しいな。2人揃ってこんな時間に」
「うっかり寝過ごしまして」
「僕もです」
2人の挨拶に藤原は新聞を下ろして応じ、小田は藤原の右隣の椅子に座りながら返すと、伊部と光秋はそれぞれ答える。
と、
「そうだ三佐。今日お時間ありますか?」
抱えていた折り畳み式の席をテーブルの脚に立て掛けると、伊部は藤原の許に歩み寄る。
「なんだ突然?」
「光秋くんもだけど、先日大河原主任からいただいたニコイチの補助席の乗り心地を確かめたくて。単に移動するだけなら問題ないのは、本部からの帰路でわかったんですが、戦闘中、というか、激しい動きの時の様子が知りたくて、三佐とニコイチの模擬戦をお願いしたいんです」
―………そうだ。この間の帰りにそんなこと言ったな―
伊部の話を聞きつつ、光秋は先日の東京本部からの帰りにニコイチの中で交わした会話を思い出す。
「なるほど。確かに、早めに調べておいた方がいいことではあるか……しかし、儂1人より戦車や戦闘機の大群を相手にした方が効果的じゃないのか?」
「それはそうです。でも実戦がいつ始まるかわからないし、場合によっては主任に改良を頼まないと。もちろん、三佐の仰る様なことも検討していますが」
新聞を畳んでテーブルの上に置いて考える顔をする藤原に、伊部はそう付け加える。
「……よし。なら今から始めるか。加藤、今朝の訓練はニコイチでの模擬戦、ということでいいな?」
「僕はかまいません。三佐や伊部さんが言うように、早めに調べるべきことですし」―ニコイチの一層の慣熟にもなるしな。僕の場合は、最終的にはニコイチ頼りなんだから―
「ありがとうございます」
藤原と光秋の応答に、伊部はそれぞれに頭を下げる。
「そうと決まれば、早速グラウンドに行くぞ」
「「はい」」
藤原の号令に伊部と光秋は応じ、部屋を出た藤原に続いて伊部もカバンを置いて席を抱えて続く。
光秋もカバンをテーブルのそばに置いて行こうとすると、
「頑張ってな。竹田が来たら言っとく……たくアイツは……」
小田が左手首の腕時計を見ながら呆れた様子で言う。
「ありがとうございます」
応じると、光秋は部屋を出て藤原と伊部が乗り込んでいる最寄りのエレベーターに駆け入る。
本舎裏のグラウンドに着くと、藤原は肩を回して準備体操を始める。
その間に光秋は上着の内ポケットからカプセルを取り出し、その先端を本舎の方に向けて左膝を着いたニコイチを出現させ、コクピットに乗り込んで認証を済ませる。
起動するとハッチを開けて操縦席を機外に出し、右手に伊部を載せてコクピットに運ぶ。
コクピットに移るや、伊部は抱えていた折り畳み式の席を広げて操縦席の左隣に取り付け、それに腰を下ろしてシートベルトを締める。
光秋もシートベルトを締めると、足元の右側で準備体操を終えた藤原を見る。
「三佐!こっちの準備は整いました。いつでもかまいません」
「こっちもだ。いつでもいいぞ。で、具体的にどうする?」
返ってきた藤原の問いに、光秋は伊部を見る。
「とりあえず、厳しくいきますか?」
「そうね。今日この後の仕事に支障が出ない程度に厳しく」
伊部の意見を聞くと、光秋は藤原に向き直る。
「この後の仕事に支障が出ない程度まで厳しくお願いします」
「了解した」
応じると、藤原はグラウンドの本舎の反対側に駆け、ニコイチと対峙する形になる。
その間に光秋も操縦席を機内に下ろしてハッチを閉め、左耳に通信機を付ける。
(加藤は儂から寸止めを取ったら勝ち、儂はニコイチの頭を取ったら勝ち、5分程の時間制、これがルールだ。いいか?)
「了解です」―8時50分か―
モニター越しの藤原の指示に、光秋は左手首の腕時計を見ながら外音スピーカー越しに応じる。
「三佐。時間は私が。今8時50分です。51分になったら開始で」
伊部も左手首の腕時計を見つつ、パネルに顔を近づけて言う。
(了解だ。まず礼から始める)
「はい」
藤原に応じると、光秋はニコイチを直立させ、藤原が頭を下げると同時に一礼させる。両足を肩幅に開き、両拳を腰の辺りに構える。
「…………」
自身も両手を操縦桿の上に、両足をペダルの上に置くと、小さく深呼吸する。
「始め!」
「!」
伊部の号令が響くや、光秋は左脚を大きく前に出して姿勢を低くし、腰溜めにした右拳を藤原に放つ。
が、
「!?」
跳躍してそれを避けた藤原はニコイチの拳の上に乗り、真っ直ぐに伸びた右腕の上を駆け昇ってくる。
瞬く間に右肩の上に達すると、藤原はニコイチの頭部右側を捉えて右腕を腰に引く。
「!」
横目でそれを見た光秋はすぐにニコイチを立ち上げ、その際の揺れでバランスを崩した藤原は肩から落ちる。
と、
「!?」
突然土煙が舞い上がり、モニター越しの光秋の視界を遮る。
―目潰しか!何処だ?―
思いつつ周囲を見回して藤原を捜すが、視界は全て土煙で覆われおり、藤原どころか周囲の建物も満足に見えない。
―これじゃ曽我さんの時と同じだ!―
見付けられない焦りの中、演習前の模擬戦を思い出して歯軋りする。
直後、
「足元右!」
「!」
伊部の指示した方に目を向けると、藤原がニコイチの右足の上に飛び乗り、右肘の突起の上に飛び上がるのを見る。
「!」
咄嗟にニコイチを前に傾けて落とそうとするが、藤原はそれをものともせずに右腰の装甲板の上に飛び、そこからさらに右肩の上に飛び上がる。
「!」
光秋は左手を伸ばして肩の上の藤原を捕らえようとするが、藤原はそれをかわして左腕の上へ駆け、ニコイチの顔の真ん前に迫る。
左肘の上で右拳を腰に引いた藤原を見るや、光秋は左腕を払って藤原を落とす。
―対人、それも模擬戦となると、やっぱりやり辛い!―
再び土煙に消えた藤原を捜しつつ、歯痒さを覚える。
―……少し上から見てみるか―
土煙に覆われた視界にそう思うと、光秋は右ペダルを踏んで上昇する。グラウンド全体に広がる土煙を認めつつ、その中に潜む藤原をなんとか見つけようと目を凝らす。
と、
「……!」
土煙がゆっくりと消え、グラウンドの中央に立つ藤原が露わになる。
「どういうつもりだ?……」
予想外の事態に思わず呟くと、光秋はニコイチを見上げる藤原を凝視し、それに合わせてモニター右側に藤原の拡大映像が表示される。
影像越しに藤原は、右手を挙げて2回招く動きをする。
―次で決めるか……―「なら!」
それに応える様に光秋はニコイチを藤原の正面に着地させ、左腕を前に出して構える。
藤原も同じように構える。
「…………」
鼻から深く息を吸い、口からゆっくりと吐く。
直後、
「!」
光秋は左脚を大きく踏み出して姿勢を低くし、腰溜めにした右拳を藤原に放つ。
が、藤原は先程と同じ様にはその上に飛び乗り、一気に右肩まで駆け上がって腰溜めにした右拳を放とうとする。
―そう来ると思った!―
それを横目で見た光秋は、腰に引いていた左拳を放つ。
「そこまで!」
「「!」」
伊部の号令が響くや、光秋と藤原は互いに当たる寸前で拳を止め、手を開きながら腕を下ろす。
光秋は顔を右側のモニターへ向け、それに合わせてニコイチの頭部も右肩の上の藤原を見る。
「……引き分け、ですか?」
「……そうだな……ほぼ同時だった。引き分けだ」
ニコイチの顔を見ながら藤原が答えると、光秋は左手を藤原の許に指し出し、乗ったのを確認すると手を慎重に左側に移動させる。ハッチを開けて操縦席を機外に出すと、ハッチの上に左手を置いて藤原がコクピットに移る。
「なかなか手こずらせてくれたな」
「いえ、結局引き分けです。それに、身長差が5倍もあるのにこうも翻弄されるなんて。つくづくデカければ勝てるわけじゃないことを思い知らされました」
充実した笑みを浮かべる藤原に応じると、2人は互いに礼をし、光秋は伊部を見る。
「ところで伊部さん。本題の補助席の方はどうです?」
「うーん……特に問題ないかな。本部からの帰りにも言ったけど、もともとコクピットのできがいいから振動は少ないし、それに……」
「それに?」
「やっぱり対人、それも個人戦だと、動きもそんなに激しくならないし」
「やっぱり……」
模擬戦前に藤原が言った懸念を口にされ、光秋は思わず呟く。
「まぁ、問題がないならいいだろう。儂と加藤にも慣熟になったんだからな。とりあえず、終わりならこのまま訓練に入りたいんだが」
「そうですね。どうです伊部さん?」
「どうぞ。私もこの後、戦闘機かなにかの訓練の話、少し真剣に考えないといけないし」
伊部の返事を訊くと、光秋は低く屈み過ぎているニコイチに右膝を着かせ、左手の上に乗った藤原を地面に下ろす。
その間に伊部は補助席を操縦席から外して折り畳み、ハッチの上に差し出した右手に乗って地面に下りる。
光秋もリフトで地面に降りると、カプセルにニコイチを収容してソレを上着の内ポケットに戻す。
「では、私はこれで」
そう言って伊部は藤原と光秋に一礼し、本舎へ戻る。
「よし、儂らも訓練始めるぞ」
「はい」
藤原の呼び掛けに、本舎へ向かう伊部の背中から顔を離しながら応じると、光秋は上着等を置きにグラウンドの端に向かう。
―……結局、竹田二尉来ないか―
不意にグラウンドを見回して自分と藤原以外誰もいないのを確認し、ふと思う。
11月2日火曜日午後0時。
午前中の訓練を終えた光秋は、藤原と共に食堂へ向かう。
トレーを受け取って空いている席を探していると、
「……!」
光秋は小田が座っているテーブルを見つけ、藤原と一緒にそこに向かう。
「あぁ三佐、加藤。先いただいてます」
2人を認めた小田が焼魚を摘まみながら言う。
「うむ」
短く返すと藤原は小田の左隣に座り、光秋はその向かいの席に座る。
「伊部さんたちは?」
「食堂が混んでるから、外に食べに行った。というか、俺が行かせたんだ」
「行かせた?」
「あぁ。昼休みは限られてるからな。ただ、俺は三佐に渡す物があって……」
言うと小田は、テーブル下の物置棚から大き目の封筒を取り出す。
「この間の件の報告書が来ました」
「!」
小田の言葉に光秋は一瞬ハッとするが、小田はそれに気付かずに封筒を藤原に差し出す。
「ざっと読ませてもらいましたが、演習の時同様、黒い人型のことには触れず、超能力関係の事故ということにするそうです」
「そうか。儂も後で読ませてもらおう」
応じると、藤原は封筒を受け取ってテーブル下に置く。
「……僕らの……僕のことについては、何か?」
小田の方を見ながら、光秋は恐る恐る訊く。
「なにも。褒めるでもなく、貶すでもなく。平常通りにってことだろう」
「平常通り……ありがとうございます」―平常通り、か……ま、なにか言われるよりいい―
小田に礼を返しつつ、内心少しほっとする。
「……三佐、僕も後で読ませてください」
「かまわんぞ」
「ありがとうございます」
報告書の内容に興味を持った光秋は藤原に頼み、食事を再開する。
昼食を終えると、3人は待機室に戻り、光秋はカバンから歯ブラシを出して最寄りの水盤へ歯磨きに向かう。
それを済ませて部屋に戻ってくると、左では椅子に腰を下ろした藤原が先程の報告書を読み、テーブルを挟んで右では小田がその様子を見ながら休憩している。
歯ブラシをカバンに仕舞うと、光秋は小田の左隣の席に座る。
「うーむ……」
溜め息混じりの声を出しながら、藤原は持っていた紙の束をテーブルに置く。
「確かに、平常通りか……読み終わったから読んでもいいぞ」
「ありがとうございます」
藤原の感想を聞きつつ応じると、光秋は左上がクリップで留められたノートくらいの厚さの紙束を取って観る。
専門的な用語や略称が多いために殆ど斜め読みになってしまうが、それでもある程度のことをなんとか読み取る。
小田が言ったように、称賛も咎めもなく普段通りに勤務を続けるようにとのこと。人型のことは機密扱いとし、10月29日未明の一件は夜勤で残っていた特エスの不注意による事故とすること。
―確かに演習の時と同じか……が、今回の隠蔽、ちょっと無理ないか?それともこっちではこれで通じるのか?……とりあえず一ついいことは、こっちはお咎めなしってことか―
2機目の黒い人型――UKD-03が現れたことで、ニコイチと他の2機の分類を分けたこと。
―『UKD-01』改め、『MB-00』……『MB』?……『メガボディ』の略なら、大河原主任が僕の意見を通してくれたか。でもって、『UKD-02』改め『DD-01』、『03』改め『DD-02』……『DD』――『
新たに振られた番号を眺めつつ、残りの分をパラパラと捲って一通り目を通す。
読み終えると上下を逆にし、
「とりあえず、お咎めなしってことはいいですね」
感想を呟きながらテーブルに置いて藤原の許に返す。
と、ドアを開けて竹田と伊部が入ってくる。
「あ、三佐も読んだんすか?この間の報告書」
藤原の前に置かれた報告書を見ながら竹田が訊く。
「あぁ。加藤もさっき読んだところだ」
「へー……てことは加藤」
「はい?」
竹田の呼び掛けに、光秋は顔を向ける。
「例のとこ読んだか?『DD』んとこ」
「はい」
「『ダーク・ドール』って、上もかなり洒落た名前を付けるじゃないの!『ダーク』ってところがいかにも敵って感じがするし!」
「……水を注すようでなんですが、おそらくそういう意味ではないかと……」
若干はしゃぐ竹田を見て、光秋は野暮かと思いつつも言ってしまう。
「じゃあ、どういう意味なんだよ?」
「つまり、よく解らない物ってことでしょう」
少々機嫌を損ねた竹田に応じつつ、光秋は自分の考えを述べる。
「あるはずだけど正体が解らないから『暗黒物質』、『ダークマター』といったり、遺物が発見されないからその期間の様子が解らないっていうんで『暗黒時代』といったり、真っ暗の中じゃなにも見えない――解らないから、よく解らないものに『暗黒』とか『ダーク』ってよく付きますよ」
「いちいち御尤もだなお前は……この間の続きじゃねぇが、ユーモアの一つも覚えたらどうだよ」
不満に顔を歪めながら、竹田は口を尖らせて返す。
「ユーモアならありますよ。ねぇ」
それまで竹田の後ろに立っていた伊部が、光秋を見ながら言う。
「え?……あぁ」
「三佐たちが先に帰った後に言ってたでしょ。えっと……」
「5トンが載ってゴトンと床が落ちたら洒落にならない」
「「「…………」」」
伊部の意図を察した光秋の発言に、室内が季節の影響とは異なる寒気に包まれる。
「……さぁ加藤、午後の訓練始めるぞ!」
「……は、はい!」
妙に気合いの籠った藤原の呼び掛けに応じると、光秋は後を追って部屋から出る。
―言わなきゃよかったか?……―
エレベーターに向かいながら、後悔と恥ずかしさを覚える。
11月6日土曜日午後9時。ESO職員寮の自室。
パジャマ姿の光秋は、以前買った文庫本をなんとなしに一通り読むと、それを正面の机の上に置き、凝り固まった背中を伸ばす。
「……」
座っている椅子の背もたれに背中を預けて首を左に向けると、備え付けのフックに吊るしてあるカレンダーが目に入る。
―伊部さんの誕生日まで、あと1週間ちょいか…………―
そんなことを思いながら、17日のメモ欄にボールペンで書いた「伊部」という記述に意識を向ける。視力の都合上文字自体はここからでは見えないが、先日その記述を書いたことはしっかりと覚えている。
―明日あたり、プレゼント買いに行ってくるか……でも、伊部さんが喜びそうなものなんて……いや、こういうのは気持ちだ。それに近所のデパート探し回れば、いい物の1つ2つあるだろう―
そう思うと、背もたれに掛けていた上体を起す。
11月7日日曜日午前10時10分。
白いワイシャツに緑のズボン、白のスニーカーを着、左手首に数珠を巻いて右肩にカバンを斜め掛けした光秋は、寮から歩いて5分程の所にあるデパートの前に来ると、入口の前に設置してある売り場の案内を観る。
―…………とりあえず、貴金属の所にでも行ってみるか―
漠然と決めると自動ドアをくぐり、最寄りのエスカレーターに乗って3階へ向かう。
3階に着くと、左側の壁に設けてあるこの階の地図で現在位置と貴金属品売り場の位置を確認し、示されている場所へ向かう。
売り場に着くと、ガラスケースの中で金色に輝くネックレスや指輪などを見て回ってみるが、
―……たっかいなぁ……―
0がいくつもついている値段に、思わず表情を曇らせる。
―ある程度予想はしていたが、こうまで……伊部さんへの贈り物とはいえ、自分の懐事情に響くことはできんしな……―「んー……」
唸りながらガラスケースから顔を離すと、再び売り場の中を散策してみる。
「……?」
少し歩いた所に数種類の首飾りがフックに重ね掛けされて売られているのを見つけ、その許に歩み寄って内1つを右手で寄せてよく観てみると、
「……これ、アクセサリーか」
見覚えのあるデザインと近くに立て掛けてある看板から、それが超能力抑制機器であるリミッタ―アクセサリーであることに気付く。
―こんなあからさまに、それもけっこうな種類が売られてるんだな……アクセサリー、か……―
手の内のアクセサリーを眺めながら、光秋はふと綾のことを思い出す。
―……と、伊部さんにこれ渡してもしょうがないんだよ……しゃーない。とりあえずここは諦めて、他の目ぼしい場所探すか―
そう思うとアクセサリーを離し、最寄りのエスカレーターに移動してそこにある地図を観る。
―……服屋か―「さっきよりは値段も問題もないだろうし……行ってみるか」
地図上に服屋を見つけてそう呟くと、位置関係を確認してそこに向かう。
しかし売り場に来ててすぐに、光秋は後悔する。
―迂闊だった……女物のコーナーを物色するのは、やっぱり恥ずかしいな……が!―
気を取り直すと、女物の服が売られている辺りを見て回る。といっても、1つ1つ立ち止まって吟味する勇気はなく、左右の大量の服が掛かった棚を見回しながら進む。
―こういう態度が、挙動不審に見られたりするんだよな……?―
そんなことを思いながら歩いていると、正面に小さい布物を並べた棚が目に入り、その近くに歩み寄る。
―……髪留めか―
棚から伸びた長いフックにたくさん掛かっているゴムが入った輪状の布を見てそう思う。
と、
―髪留め……!―「これいいじゃなにのよ!」
長髪を後ろに1本に束ねた伊部を思い出しながら嬉々として呟くと、その棚の前を左右に行き来して、多様な柄や形の中から伊部に合いそうなものを選ぶ。
―ピンク……は、どっちかというと綾向きだよなぁ……白、か…………ま、プライベート用と断ればいいだろうし、これかな―
迷いながらも白地に赤いフリルが付いたものを選び出し、一応値段も確認すると、それを持ってレジへ向かう。
「すみません。これ包んでもらうことってできますか?」
「はい。プレゼントですか?」
「はい」
店員に包装を頼み、代金を払って白い紙袋に包まれた髪留めを受け取ってカバンに入れると、光秋は服売り場を後にする。
―よし。プレゼントの用意はいいな……にしても、さすがに寒くなってきたな……―「帰ったら、いよいよコタツ出すか……」
下りのエスカレーターに運ばれながら、プレゼントを用意できたことにほっとしつつそう呟く。
11月8日月曜日午前8時15分。
いつもより少し遅く寮を出た光秋は、心なしか速足で支部へ向かう。
正門をくぐって少し進むと、
「光秋くん!」
「おはようございます」
「おはよう」
左から伊部に呼び掛けられて挨拶し、2人は並んで歩く。
「もう11月か……ずいぶん寒くなったよね」
「ですね。僕昨日、いよいよコタツ出しました」
「コタツか……私もそろそろ出そうかな」
そんな会話を交わしながら、2人は本舎の玄関をくぐってエレベーターに乗り込む。
「……そういえば伊部さん、来週誕生日でしたよね」
「そうだけど?」
「なにか予定ありますか?」
「今のところは……ていっても、平日のど真ん中だしね」
「……もしよかったら、一緒に食事行きません?……!」
なんとなしに言った言葉を思い返し、光秋は我ながらハッとする。
「え?……」
「もちろん、仕事帰りに近所の料理屋に寄って、少しいい物食べて誕生祝いってことですけど……ダメですか?」
「ダメじゃないけど……それなら、私の部屋に来る?」
「伊部さんの!?……いいんですか?」
「うん。あんまり大したものじゃないけど、手料理作って、2人で誕生会。どう?」
「いいですけど……祝ってもらう人に料理させちゃっていいんですか?」
「いいのいいの。祝ってあげるって人がいるんだがら、こっちもそれくらいしないと」
「じゃあ……そうしますか。伊部さんの部屋で、2人で誕生会」
「了解!」
そこでエレベーターは地下1階に着き、2人は開いたドアから出て待機室へ向かう。
「とりあえず、詳細はまた後で」
「わかった」
―……自分から言い出したとはいえ、すごいことになったな…………というか、僕凄いこと言い出したな!―
伊部の返事に喜びつつも、光秋は心中に驚きの声を挙げる。
10月16日火曜日午後6時。
その日の訓練を終えた光秋は、藤原と並んでグラウンドから待機室に行って荷物を取ると、そのまま一緒に食堂へ向かう。
―いよいよ明日だ!―
1週間程前に決めた伊部との約束を思い出しながら、光秋は訓練の疲れが和らぐ程の嬉しさを覚える。
と、
「そうだ加藤。儂と伊部は明日早くから用亊があって出かけるから、訓練はなしだ。なにかあったら小田の指示に従え」
―?……伊部さんも?―「なにかあるんですか?」
左隣を歩く藤原の知らせに、光秋は少し驚きながら訊く。
「前に話してたニコイチの模擬戦のことで、いろいろと打ち合わせをしにな。本来ならお前も連れて行った方がいいのかもしれんが、そうすると隊の余力がなくなるんでな」
「あぁ……」
相槌を打ちつつも、一抹の不安が胸を過る。
―明日大丈夫かな?……後で電話しとこ―
藤原との夕食を終えて寮の自室に戻ると、光秋は掛けていたカバンを下ろし、伊部に電話をしようと椅子の背もたれに掛けた上着から携帯電話を取り出す。
直後、
「!」
携帯電話が振動し、少し驚きながらも画面を開く。
―小田一尉?……―
画面に映る名前に首を傾げつつ、電話を左耳に当てる。
「はい?」
(あぁ加藤か?実はさっき三佐から電話があって……)
「明日出かける件なら、さっき本人に聞きましたが?」
(あぁ聞いてたか。ただもう一つ知らせがあってな。さっき緊急で入った仕事で、明日ウチの隊が護送車の警護を引き受けることになった)
「護送の警護?」
(詳しいことが明日話すが、とりあえずそのつもりで、いつも通りに出勤してくれ)
「……わかりました。ありがとうございます」
(じゃあ、よろしくな)
「はい。お休みなさい」
(お休み)
応じると、電話は小田の方から切れ、光秋は携帯電話を顔から離しながら今聞いたことを思い返す。
―護送車の警護?……どうなるんだろう?……―「とりあえず、約束の確認がてら今のこと相談するか」
一人呟くと、伊部に電話をかける。
が、
「…………?」
しばらく着信音を鳴らしても出る気配はなく、
―かけ直すか?―
と、思った直後、
(もしもし?)
やっと伊部は電話に出る。
「あ、伊部さん?加藤です。明日のことで相談したいことがあるんですが、今大丈夫ですか?」
(大丈夫。電話出るのに時間掛かってごめん)
「いえ。それで相談なんですが、三佐から聞きましたが、明日出かけるって。約束の時間大丈夫ですか?確か、6時に正門の前で待ち合わせですよね?」
言いながら、カバンから手帳を出してカレンダーに書いたメモを見ながら確認する。
(あぁ、それね。大丈夫。打ち合わせそのものは大して時間掛からないと思うし、約束の時間までには支部に帰れると思うから)
「それならいいんですが。あと僕の方も緊急で用亊が入って、詳しいことは明日行かないとわからないんですが、約束に遅れる可能性も……」
(用亊って?)
「護送車の警護です。さっき小田一尉から電話があって。今はこれ以上のことはわかりません」
(そう……でも、少しくらい遅れても、寮も仕事場も近いし、早く来た方は待ってればいいでしょう)
「それで大丈夫ですか?」
(私はね。光秋くんは?)
「僕もかまいません。じゃあ、とりあえず予定通り6時に正門前で待ち合わせってことで」
(了解。明日楽しみにしててね)
「はい。では、お休みなさい」
(お休み)
伊部の返事を聞くと、光秋は電話を切る。
「とりあえず、予定通りってことでいいか……あぁそうだ」
先程の会話を思い返しながら呟くと、机の上に置いていた先日買った伊部へのプレゼントが入った包みをカバンの中に入れる。
―これで、誕生祝いの方は準備完了だな。さぁて……―
急遽入った仕事に若干の不安を覚えつつ、光秋は風呂に入る。
お知らせ
この度、当サイトで活動されている空薬莢氏のオリジナル作品『Dirty Works』の二次創作作品『Dirty Works――ある便利屋の仕事』を掲載しました。
書いた側としては挑戦的な作品であり、拙い所も多いかと思いますが、よかったら読んでみてください。
なお、本作はR18作品となっております。