藤原三佐たちが待つ部屋の前に着くと、光秋は迎えが開けたドアをくぐる。
迎えはその後ろから、
「次、伊部二尉お願いします」
と、部屋の中に呼び掛ける。
「はい」
応じて部屋を出ていく伊部を見ながら、光秋は竹田二尉の左隣に座る。
「どうだった?司令いたか?」
竹田の問いに、光秋はテーブルの上の飲みかけのお茶を一口飲んでから答える。
「……はい。あと東局長も。他にも3人軍の高官がいましたが、誰かまではわかりません」
と、光秋の正面に座る小田一尉が言う。
「……終わったんなら、ニコイチ取ってきたらどうだ?調査とか修理とかももう終わってるだろうし」
「いや、でも、ここで待機してなくて大丈夫ですか?」
言いながら、光秋は部屋の奥に座る藤原を見る。
「いや、別に構わんだろう。お前はもう済んだのだし、なにかあったら儂らが連絡すればいい。行ってこい」
「……わかりました」
そう言われると、光秋は立ち上がってドアへ向かう。
「行き方、わかるか?」
「一度行ったんで、多分大丈夫だと思います」
小田の問いに応じると、光秋は部屋を出て先程のエレベーターに乗り、1階のボタンを押して壁に背中を預ける。
―……にしても、さっきはやっちまったなぁ……ま、次気を付けよう。もっとも、こんなことに参加する機会がまたあるってのも困ったもんだが……―
そんなことを考えている間にドアは閉まり、エレベーターは下へ向かう。
少しして、エレベーターは1階に着く途中で止まり、ドアが開く。
と、
「!?」
開いたドアの真ん前に、緑服姿に長い茶髪の女――曽我
「!……」
曽我の方も一瞬驚いた顔をするが、すぐにそれを妖しい微笑に変えてエレベーターに乗り込む。
「あら、メガネのワンちゃん?こんな所で会うなんて、奇遇ね」
「曽我さん……」
緊張した声で応じる間にドアは閉まり、エレベーターは降下を再開する。
「京都でひと騒ぎあったって聞いたけど、まさか本部に来るなんて……で?時間は開いちゃったけど、あの時の話、してくれる?」
「話?……」
真正面に迫ってくる曽我に、光秋は首を傾げながら応じる。
「演習に乱入してきたロボットのこと。話は後って言ったっ切り、あなたとはあの後会えなかったから」
「……あ……そう言えば……」
言いながら、UKD‐02に迫る曽我をニコイチで掴んで強い調子で離脱するように言った時のことを思い出す。
「で?結局アレは何だったの?」
「……僕も詳しいことは……」
「恍けないの!」
「!……」
曽我の強い口調に、光秋は震え上がる。
「あの時の様子は何か知ってるって感じだったし、突然ロボットと消えたと思ったら、ソレ倒した状態で戻ってきて、おまけにヘトヘトになってたじゃない!」
「!……あの時、いたんですか?」
「遠くからだけどね。それでもわかりやすいバテ具合だったし、ロボットはお腹に大穴開けてたし……ロボットもそうだけど、あなた何者?」
迫っていた体を離しながら、曽我は先程より落ち着いた調子で問う。
「……演習の時のことに関しても、僕自身のことに関しても、僕からは何とも言えません……一つ言えるのは、それらが上位機密に属することで、僕の一存では話せないということです」―タッカー中尉たちには話したが、あれはある程度親密だったからだ。曽我さんとは殆ど交流ないし、然るべき立場の人でもない。さすがに許容範囲外だ!―
そう考えつつ、光秋は曽我の目を見てはっきりと返す。
「……機密じゃあ、しょうがないか……なーんか上手く言い逃れられたって感じだけど……」
―……よかった―
多少不満を含んだ様子で曽我は応じ、光秋は内心安堵しつつ一礼で返す。
そこでエレベーターは1階に着き、開いたドアから光秋が降りるのに続きながら曽我が訊いてくる。
「ところで、どっか行こうとしてたの?それくらいは教えてくれてもいいでしょう?」
「ニコ……UKD‐01、あの白いのの修理を頼んであって、ソレを取りに」
「そう……それ、アタシも見に行っちゃダメ?」
「え?……なぜです?」
「別に。ただ、面白そうだから」
曽我の唐突な頼みに、光秋は少し考える。
―修理の見学くらいなら、いいか?……いや、修理ってことは、あのブロックがあるかも。アレを見せるのは流石にまずいか……―「と言っても、修理なんてもう終わってると思いますし、仮にやってたとしても、内部構造の機密保持やら、作業の邪魔になるやらで入れないと思いますよ」
「邪魔は悪かったわね」
「すみません……とにかく、行ったところで作業は見れないでしょうし、せいぜい棒立ちの01が見えるくらいですよ?」
「別にそれでもいいわよ。機密にしたって、見て大丈夫なくらいになるまで外で待ってるし。アタシ今時間あるから」
―それなら……いいか?こう来ると断る理由もないだろうし……―「わかりました。ただ、スタッフさんの方にも確認取りますから、見れるとは限りませんよ」
「わかったわよ。で?どこでやってんの、それ」
「こっちです」
応じると、光秋は曽我を伴って先程の格納庫へ向かう。
記憶を頼りに廊下を進み、外に出、ニコイチを置いていった格納庫の前に着くと、後ろの曽我を見やる。
「ちょっと待っててください」
言い残すと半分開いているシャッターをくぐり、大河原主任を捜す。
「……大河原主任!」
ニコイチの足元に大河原を見つけると、速足で歩み寄る。
「おぉ、二曹」
「作業、終わりましたか?」
「破損箇所の確認と撮影は殆ど終わったんだが、修理がまだだ」
「そうですか……実はニコイチを見たいと言っている人が外にいるんですが、入っても大丈夫ですか?」
「誰だ?」
「本部の特務部隊の人です。先日の演習で少しお世話になって」
「ESOの者か……だが、今関係者以外に入ってこられるのは困るな」
「では、作業が終わってからは?」
「それならいいが」
「わかりました。ちょっと待っててください」
言うと光秋は、速足で曽我の許へ向かう。
「まだ作業の途中なんで、もう少し待ってください」
「わかった。どれくらい?」
「そこまではわかりませんが、作業量自体はあと少しみたいです。終わり次第呼びに来ます」
必要事項を伝えると、大河原の許へ戻る。
「呼びに来るまで、中見ないでください」
「わかってるわよ」
シャッターをくぐる前の念押しに、曽我は心得ている様子で応じる。
大河原の許に着くと、光秋は何をすべきか問う。
「待つようにと、中を見ないように言ってきました。で、修理はどうします?」
「その前に、念のため足の裏も調べておきたい。一度ニコイチを浮かせてくれ。修理はその後だ」
「わかりました」
応じるとニコイチに乗り込み、認証が済むや右ペダルを軽く踏んでニコイチを1メートル程上昇させる。
すぐにカメラを持ったスタッフが2人駆け寄り、左右の足の裏を調べていく。
2人が足の裏から出るのを見ると、光秋はニコイチを着地させ、外音スピーカーを入れる。
「主任、調査終りました。修理の方は?」
(少し待ってくれ。それと、スピーカーはやめて通信機で話してくれ)
「はい」
応じると右肘掛けに収まっている通信機を左耳に付け、大河原の顔を思い浮かべる。
「主任?通信機付けました」
(わかった……おぉ。来たな)
通信機越しに大河原の声を聞くと、光秋はニコイチの足元に立つ大河原の視線を追ってシャッター側を見る。
と、大型の木箱がスタッフの押す台車に載って運ばれてくる。
(この中に例のブロックがある。出して使ってくれ。それと調査の結果、破損箇所は左腕――その大きな傷だけだ)
右隣に着いた箱を指しながら大河原は説明し、その間に台車を押してきたスタッフによって箱の蓋は取られ、演習の時に神モドキから送られた白いブロックが顔を出す。
「了解です」
応じると、光秋は屈んで右手を伸ばしてブロックを取ろうとする。が、ニコイチの指の太さが箱の隙間に入らず、左手で箱を持ってそれを右手の上で反すことでブロックを出す。
右手にブロックを持つと、ソレを左手首の傷口に当て、塗り薬を付ける要領で傷を塞いでいく。
傷を完全に消すと、ブロックを箱に戻して台車に載せる。
「修理終りました」
(よし。見学したいという人を呼んできていいぞ)
「わかりました」
通信機越しに大河原に応じると、光秋は中腰になっているニコイチに左膝を着かせ、コクピットを降りて曽我の許に速足で向かう。
「曽我さん。お待たせしました」
「おっそーい」
「すみません。こっちです」
曽我の軽い不満に応じつつ、光秋は倉庫の中に招く。
「アレです。01」
「……演習の時も見たけど、やっぱり大きいわね」
右手でニコイチを指す光秋に、その左後ろに立つ曽我は顔を上げながら応じる。
「二曹、その人か?見学したいというのは」
「はい」
大河原の問いに答えつつ、光秋はその許に歩み寄る。
「曽我ガイア。東京本部所属の特エスです。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、大河原です。よろしく」
軽く頭を下げながらの曽我の自己紹介に、大河原は微笑んで返す。
―人はこの淑やかさに騙されるか……伊部さんの時も感じたが、やっぱり女は怖い―
初対面の時の様な品がある自己紹介を行う曽我を横目で見つつ、光秋は背筋を若干震わせる。
「ねぇ、操縦席見せてよ」
「それは……どうです?主任」
曽我の頼みに、光秋は大河原を見る。
「まぁ、ESOの人間だし、見るだけならな。ただ、撮影は遠慮してください」
「わかりました」
「じゃあ……」
曽我が応じると、光秋はリフトで上昇して席に着き、認証を済ませると足元に曽我を捜す。
が、
「……あれ?」
足元には大河原しかいない。
と思っていると、
「……うぉ!?」
突然モニター一杯に曽我の顔が映り、慌ててハッチを開けて外に出ると、ハッチの上に屈んだ曽我を見る。
「ちょっと!いきなり足元動かしたら危ないじゃない!」
「そんな所にいたらどっち道危ないですよ。そもそもどうやってここに……あぁ、そうか。サイコキノでしたね」
怒りながら言う曽我に、光秋はそんなことを思い出しながら返す。
「そうよ。大河原さんに、ここEジャマー点いてるか訊いて、点いてないって言うから自分で上がってきたの」
「なるほど……」
「まぁいいわ。それより……」
機嫌を直しながら言うと、曽我はコクピットに歩み寄る。
「この前は気付かなかったけど、けっこうスッキリしてるのね?」
「はい……ひょっとして、曽我さんもこういうの好きなんですか?」
右隣から操縦席を好奇心の目で覗き込んでいる曽我に竹田の姿が重なったので、試しに訊いてみる。
「別に。ただ物珍しいから見てるだけだけど。そもそも『も』ってなに?」
「ウチの隊の先輩に、こういうメカっていうか、そういうのが好きな人がいまして」
「そう……」
興味がない様子で返しつつ、曽我は操縦席を観察し続ける。
と、
「光秋くーん!」
左下から名前を呼ばれ、顔を向けるとニコイチを見上げる伊部を見つける。
「誰?」
光秋の視線を追った曽我が訊く。
「ウチの隊の先輩です」
応じつつ、光秋はニコイチの右手を伊部の許に差し出し、その上に伊部が乗ったのを確認すると慎重にハッチの上に運ぶ。
「伊部さん、もう終ったんですか?」
「うん。それで、光秋くんこっちに行ったって三佐に訊いて来たんだけど……そっちの人は?」
掌からコクピットに移りつつ、伊部は曽我を見ながら訊く。
「曽我さんです。ほら、演習の時に会った」
「あぁ、光秋くんの手合わせしてくれた人」
光秋の説明に、伊部は個人同士での練習のことを思い出す。
「あの時はどうも。後輩がお世話になりました」
「いえ、別に。ワタシから言ったことですから」
伊部の軽く頭を下げながらのお礼に、曽我は品がある調子で返す。
と、
「?……」
「なにか?」
軽く首を傾げる伊部に、曽我は不思議そうに問う。
「あぁいえ。演習で見かけた時は、なんていうか……もっと気が強い人かと思ったんですけど。ほら、一人でアンノウンに突っ込んでいったり、光秋くんに止められた時すごく怒ったりしてたから」
「あー、あれは……お、おほほほほほ、おほほほほほ…………」
伊部の指摘に、曽我は狼狽の表情を浮かべ、あからさまな作り笑いをしながら自分で下にゆっくりと降りる。
―逃げたな……―
着地後に駆け足で格納庫から出ていく曽我を横目で見ながら、光秋は少し気まずい思いを抱く。
「……僕たちも行きますか。修理も終ったし」
「そうだね」
応じると伊部はニコイチの掌に移り、光秋はそれを慎重に地面に下ろす。伊部が掌から降りたのを確認すると、光秋もリフトで下へ降り、ニコイチをカプセルに収容してそれを上着の内ポケットに入れる。
「……!」
大河原を見かけると、光秋はその許に速足で歩み寄り、伊部もそれに続く。
「主任。本日はありがとうございました」
「なぁに。俺たちはそれが仕事みたいなもんだし、そもそも写真を撮っただけだ……そうそう。昨日君が言っていたサンプルのことだがな、グラウンドをくまなく探したら、大小いくつかの破片を採取できた。UKD-02やニコイチのブロックと合わせていい研究材料になるだろう。こちらこそ礼をいう」
「いえ……」―そうだ。そんなこと言ったな。眠かったから記憶に残りにくかったのか?―
返しつつ、光秋は昨夜のことを思い出す。
と、大河原は光秋の左隣の伊部を見る。
「そうそう伊部二尉。頼まれていた補助席ができたんで、一緒に持っていってくれ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうな表情を浮かべながら、伊部は格納庫の奥に向かった大河原に深く頭を下げる。
戻ってきた大河原から一抱え程の大きさの二つ折りになっている席を両手で受け取るともう一度頭を下げ、光秋もそれに倣うと、2人は倉庫を出て藤原たちが待つ部屋へ向かう。
「……持ちましょうか?」
「大丈夫」
補助席を抱え直しながら、伊部は光秋の申し出を断る。
「それより、これで今まで以上に光秋くんの補佐ができる。きちんと腰を落ち着けられるようになったからね」
「確かに」
「光秋くんの目の代わりだけじゃなくて、他にもなにかできるかも」
「なにかって?」
「それは……これから見つけていこう」
「……僕としては、目代わり耳代わりだけで充分なんですがね」
「光秋くんはそれでいいだろうけど、私だってチームに貢献したいの。もっと積極的にね」
「わかってますよ」
応じながら、光秋はドアを開けて伊部を先に入れ、自分も中へ入る。
少し進むと2人はエレベーターに乗り込み、光秋は奥右端の壁に背中を預ける。
と、
「……!?」
一緒に乗り込んで前に立った緑服の男の横顔を見る。
―いやに若く見えるな……中学生くらい?でもそんな年の子があんな格好してるわけないし……童顔ってやつか?―
背丈こそ光秋より頭一つ分小さいくらいだが、制帽以外の緑服一式を着た男の顔付きには明らかな幼さがあり、そんな外見上の年格好と、ESOという公的機関の制服を着ているという目の前の事実に、光秋は違和感を覚えるのである。
少しして男はエレベーターから降り、光秋はなんとなしにその背中を目で追う。
「……どうしたの?」
エレベーターが動き出すと同時に、光秋の左隣に立つ伊部が訊いてくる。
「どうしたって、なにが?」
「さっき乗り合わせた人のこと、ずっと見てたじゃない」
「あぁ。いやに若いけどいくつかな?童顔ってやつかな?って」
「あぁ、確かにね……でも、やっぱり見たままの年じゃないかな?特エスかも」
「特エス?」
思わぬところで出た単語に、光秋は訊き返す。
「どういうことです?なんで見たままの年――中学生くらいなら特エスなんです?」
「子供でも、ある程度能力が強いと特務部隊に入ることがあるの」
「え!……それって大丈夫なんですか?」
「もちろん、本人や保護者の合意を得てからだけどね。さっきの人、曽我さんだっけ?あの人もけっこう若かったし、演習の時も慣れた感じだったから、小さい時にESOに入ったのかも」
「……なるほど」―確かに念力の使い方が上手いというか……戦い慣れしてたな―
伊部の指摘と演習前の手合わせの時の記憶から、光秋は伊部の予測を半ば確信する。
と、
「曽我さんかぁ……」
伊部が天井を見ながら呟く。
「なんか、ちょっと変わった人だったね……人によって態度がはっきりしてるっていうか……」
「確かに……悪い人ではないんでしょうけど、僕は少し苦手ですね。あぁいう気の強いタイプは……」
曽我の顔を思い浮かべながら、光秋も呟く様に言う。
少ししてエレベーターは30階に着き、2人はエレベーターを降りて部屋へ向かう。
部屋の前に着くと光秋はドアを開け、伊部、光秋の順に中に入る。
「遅かったな?」
「ちょっと話し込んでたんで……三佐は?」
左の長ソファーの奥側に座る小田に返しつつ、光秋は空の奥側のソファーを見ながら訊く。
「聴取中。三佐で最後だ……ニコイチの方は、もう大丈夫なんだな?」
「はい。損傷は左腕だけでしたし、それも例のブロックで修復しました」
小田の問いに、光秋は右の長ソファーの手前側に座りながら答える。
「……伊部、それは?」
光秋の右隣に座る竹田が、光秋の正面に座る伊部が抱えている補助席を見ながら訊く。
「この前大河原主任に頼んでおいたニコイチの補助席です。できたから持っていってくれって」
答えつつ、伊部は補助席をソファーの右端に立て掛ける。
「……ところでさ、加藤」
「はい?」
竹田の呼び掛けに、光秋は顔を向ける。
「演習の時に来たあのブロック、ニコイチの予備部品ての?アレなんて呼んでんだ?」
「なんてと言っても……ただブロックとしか。他になんて言えば?」
「せっかくだからさ、アレにも名前付けてみようぜ。ニコイチの装甲材みたいなもんだから……『ニコイチウム』ってどうよ?」
「なんですそのマンガみたいなネーミングは?」
竹田の幾ばくかの真剣さを含んだ言葉に、光秋は少し呆れた様子で返す。
「いいじゃねぇか。格好いいし」
「格好いいって……」
「じゃあ他に案あるのかよ?」
「……今まで通り、『ブロック』でいいでしょう?」
「それじゃ味気ねぇだろう。せめてもう少し考えてさ」
「もう少し……じゃあ、『Nニウム』とか?」
「なんだよそれ?」
「いや、ニコイチの物質だから、頭文字を取って、『Nニウム』です」
「オレには『ブロック』と五十歩百歩だよ」
「……そもそも、なぜアレにも名前付けるんです?」
「スーパーロボットの素材にはそれっぽい名前を付けるのがお約束なんだよ」
「はぁ……」
「「……」」
竹田のマンガ的な、しかしあくまで真剣な発言に、光秋は返事に困り、小田と伊部は少し笑う。
「それにだ、気晴らしだよ。気晴らし。ユーモアの一つもなきゃあ、息が詰まるってもんだ」
「ユーモア、ですか?……」
続けて言われた竹田の言葉に、光秋は若干の理解を覚えるものの、いま一つの煮え切らなさを感じる。
と、
「竹田にしちゃあ、珍しくまともなこと言うな」
「ほんと」
小田が竹田を見ながら微笑を浮かべ、伊部もそれに続く。
「それどういう意味っすか?」
竹田が顔をしかめるが、小田はそれにかまわず光秋を見る。
「まぁ、確かに仕事柄、面白いことの一つもなきゃあ堪えるな。それに、固有名詞があるとなにかと便利だし、いいじゃないか?『ニコイチウム』」
「……それもそうですね」
小田の説明に、光秋は先程よりは納得する。
―確かに固有名詞があれば、それを言うだけで通じる。現に僕も、ニコイチの各所にいろいろ付けたしな。それと、『ユーモア』か……ただ……―「結局、その名前ってのは『ニコイチウム』なんですか?」
3人の顔を見回しながら、光秋は一番気になっている部分を訊く。
「いいだろう?かっこいいし」
竹田が応じる。
「一応、光秋くんも前に似たようなこと言ってたよね?」
「なんだよ?」
「あー……Nメタルって……といってもあれは、ニコイチの装甲を指して言ったんですが……」
伊部の言葉を受けての竹田の問いに、光秋は少々の気恥ずかしさを覚えながら答える。
「『Nメタル』ねぇ……じゃあ、ブロックである分には『ニコイチウム』、装甲になったら『Nメタル』でどうだ?」
言いながら、小田は光秋と竹田を見回す。
「んー……まぁ、加藤の案も微妙に捨て難いし……いいか!」
「僕はどっちでも……」―なにが違うんだ?……―
少し悩んでから了解する竹田に、光秋は素朴な疑問を抱く。
「よし!じゃあ、ブロックのことは『ニコイチウム』、装甲になったら『Nメタル』ってことで決まりだな」
そんな両者の顔を見回しながら、小田がまとめる様に言う。
と、
「なにが決まりなんだ?」
藤原が訊きながら部屋に入ってくる。
「ちょっとニコイチのことで……それより、聴取どうでした?」
応じつつ光秋が問う。
「儂らの報告を基に、軍とESOの上層部で協議するそうだ。その結果は追って伝えると言っていた」
「……わかりました」
奥側のソファーに腰を下ろしながら答える藤原に、光秋は若干の不安を覚える。
と、
「……そういえば、今何時?」
伊部が視線を寄こしながら訊き、光秋は腕時計を見る。
「1時15分です」
「お昼過ぎかぁ……どうりでお腹空くと思った」
「飯にするか。局長が、帰りのヘリの準備に少し時間が掛かると言ってたしな」
「本部の食堂に行けるんすか!ヨッシャ!」
伊部の呟きに藤原が答え、それに竹田が嬉しそうに応じる。
「よし。各自荷物をまとめて食堂へ向かえ」
「「「「はい」」」」
藤原の号令に4人は応じ、各々ソファーから立ち上がって自分の荷物を持つ。
光秋も飲みかけていたお茶をカバンに入れると、4人に続いて部屋を出、藤原を先頭にして最寄りのエレベーターへ向かう。
開いたドアから一行はエレベーターに乗り込み、光秋は入口から見て手前右端に立ち、壁に背中を預ける。
と、
「こうなると、あの黒い奴らにも名前付けた方がいいか?……どう思う加藤」
「……二尉に任せます」
右隣から半ば真剣な様子で意見を求めてくる竹田に、光秋は無感動に返す。
「なんの話だ?」
「いや、さっき竹田が、ニコイチのブロックに名前付けようって言い出しまして……」
光秋の正面に立つ藤原の問いに、藤原の左隣に立つ小田が先程の自分たちのやり取りを語りながら説明する。
その間にエレベーターは目的の階に着き、藤原を先頭にした一行は食堂へ向かう。
と、
「……?」
光秋は、補助席を抱えた伊部が藤原の右隣に寄ってなにごとか話すのを見る。
―……ダメだな―
2人の会話を聞こうと意識を向けるが、少し距離があること、2人の話す声がそれ程大きくないこと、なにより左前を歩く竹田の、
「なにがいいかなぁ……敵だからあんまりかっこよくするのもなぁ……」
などという独り言に掻き消されて、2人がなにを話しているのか全く聞こえない。
そうしている間に一行は食堂の入口をくぐり、入ってすぐ右側にあるメニュー表を見る。
―……日変わり定食にするか―
光秋も表を見ながらそう考えていると、
「光秋くん、なににする?」
左隣に立つ伊部が訊いてくる。
「日変わり定食に。伊部さんは?」
「んー……私もそれにしようかな」
「みんな決まったか?」
「「「「はい」」」」
一番左に立つ藤原が一同に訊き、4人はそれぞれに返す。
「それなら、荷物を置きに行くぞ。席も確保したいしな」
言うと藤原は奥に進み、一同もそれに続く。
昼時を少し過ぎているものの、テーブルは6割程が埋まっている。それでも受付近くに全員が座れる場所を見つけ、それぞれ椅子の上や脇に荷物を置いて受付に向かう。
トレーを持って注文の品を受け取り、支払いを済ませてテーブルに戻ると、全員で食べ始める。
「……そういえば伊部さん、さっき三佐となに話してたんです?」
テーブルの右端で白飯を口に運びつつ、光秋は左隣でみそ汁をすする伊部に訊く。
「あぁ、後で話そうと思ってたんだけどね、大河原主任にもらった補助席の座り心地を知りたいから、私帰りはヘリじゃなくてニコイチにしたいって頼んだの。もちろん光秋くんがよければだけど」
「あぁそっか……僕はいいですよ。ちょうどいい機会だし。そんな大したことでもないし」
「じゃあ、帰りお願いできる?三佐も光秋くんがよければいいって言ってたから」
「はい」
応じると、光秋は大皿に盛られたトンカツを一切れ口に運ぶ。
と、
「……すみません。藤原隊のみなさん、ですよね?」
やや控えめな声が掛かる。
「……!」
光秋は口の中の物を飲み込みながら声がした方に顔を向けると、そこにトレーを持った見覚えのあるスーツ姿の女性が立っている。
「やっぱり、加藤君。お久しぶりです」
「沖一尉?……お久しぶりです」
思いがけない人との出会いに若干驚きつつ、光秋は演習前に見た肩に届く程度の長さの髪をした沖一尉に応じる。
同時に、
―今回はちゃんと思い出せた!―
心中に小さな満足感を呟く。
「沖一尉?……おぉ。局長秘書のな」
伊部の左隣に座る藤原が思い出した様に言う。
「本日はお疲れ様でした。私はまだ聞いていないんですが、どうでしたか?聴取」
「それより、立ち話もなんだから座ったらどうです」
沖の問いに答える代わりに、伊部の正面に座る小田が自分の右隣の空席を示す。
「いいんですか?」
「どうぞ。食事は大勢の方がいいでしょうし」
席を見ながら問う沖に、伊部が促す様に返す。
「それに、こんな美人と飯が食える機会そうそうねぇもんな」
光秋の正面に座る竹田が笑みを浮かべながら言う。
「竹田!」
「冗談すよ」
「「「……」」」
小田の叱る声に竹田は表情を変えずに返し、光秋、伊部、沖は苦笑いする。
「では、お言葉に甘えて……」
苦笑いを浮かべつつ応じると、沖は小田の右隣に移動し、トレーをテーブルに置こうとする。
と、
「うぉ!?」
「すみません!」
トレーの端が小田の右肩に引っ掛かり、その弾みでトレーの左端に置いてあったコップが倒れ、中の水が小田の上着の右肩を濡らす。
「いや、大丈夫です。時間が経てば乾きますから」
突然のことへの驚きを抑えつつ、小田は沖を見ながら努めて冷静に言う。
「でも制服びしょびしょ!ちょっと待ってください!」
動揺を隠さずに言うと、沖は慌ててトレーをテーブルに置き、ズボンの右ポケットからハンカチを取り出して小田の右肩を拭く。
「いや、本当に大したことないですから」
顔を向けて言いながら、小田は自分の肩を拭き続ける沖の右手に左手を伸ばし、小田の手が沖の手に触れる。
直後、
「「!…………」」
沖は肩を拭いていた手を止め、小田も手を伸ばしたまま固まってしまう。
「……?」
一連の光景を小田の肩が濡れたことへの若干の動揺を覚えつつ見ていた光秋は、明らかに硬直してしまった2人の頬が心なしか赤くなるのを見る。
「……そう……ですか?……それじゃあ…………」
か細い声でそれだけ言うと、沖は右手を引いてハンカチを仕舞って席に着く。
「…………」
小田も左手を戻し、気まずそうな視線を目前のトレーに落とす。
その2人の様子と、それを困った顔で見る藤原と伊部、面白いものを見る目を向ける竹田を確認し、
―……なんか尻の座りが悪いな……話題を変えんと……!―
と、光秋は未だにトレーに目を落とす小田に顔を向ける。
「そういえば一尉、ここの道に詳しかったですよね。なにかやってたんですか?」
「え?あぁ……」
ハッとしつつ、小田は顔を上げて光秋を見る。
「陸軍からESOに移った話は前にしたよな」
「はい」
「その時、俺いったん本部に、ここに来たんだよ。1ヶ月くらいで藤原隊への配属が決まって、すぐに京都に移っちまったけどな」
「なるほど」
「陸軍にいたんですか?」
沖が小田を見ながら訊く。
「えぇまぁ……一応、元戦車乗りで……と言っても、すぐにへばってやめてしまいましたが……まぁ、だからこんな格好してるんですがね。ハハッ……」
歯切れが悪そうに言ってぎこちなく微笑みながら、小田は上着の襟を摘まんで示す。
「そう、ですか……」
沖もぎこちなく返すと、迷った様にトレーの上の箸を右手で持って食事を始める。
―……まいったな。また……そうだ―「そういえば、三佐もここに詳しい感じがしましたが?さっきも真っ先に食堂に向かったし」
またも尻の座りの悪さを感じた光秋は、藤原に話を振る。
「ん?……あぁそうか、話してなかったな」
食事の手を止めながら、藤原は思い出した様に言う。
「儂は東京の出身でな。ここには何度か出入りしてたんだ」
「三佐も特エスだったんですか?」
「いや。超能力関係の検査やら相談やらだ。何度か声も掛けられたが、家の方針で全て断っていた」
「断った?」
「儂の家は、代々軍人の家系でな。子供の頃からずっと士官になることを期待されていた」
「……そうなんですか」
意外なところで藤原の家庭の事情を聞き、少し意表を突かれる。
「儂もそんな家で育ったせいか、迷わず士官学校、いや、当時は防衛大学だったか?そこに進学して、士官になって、しばらく陸軍にいた……が、勤めてる間に仕事が肌に合わなくなってな。小田と同じ様にESOに転職したというわけだ」
「……そうですか」
応じつつ光秋は、束の間黙った藤原の遠くを見る様な目に、漠然とだが暗いものを感じる。
―が、それは……少なくとも今は触れないでおこう。その方がいい気がする……―
直感的にそう断じると、みそ汁を一口すする。
「…………」
「…………」
小田と沖が若干落ち着かない様子を見せるものの、6人は静かに食事を続ける。
結局少々居心地の悪い雰囲気の中で食事を済ませると、藤原隊一行と沖はトレーを片付けて食堂を出る。
と、藤原の携帯電話に着信が入る。
「はい?……了解した。すぐに向かう」
短く応じると、藤原は一行を見やる。
「ヘリの準備が整った。屋上に向かうぞ」
「「「「はい」」」」
藤原の指示に、藤原隊の4人は同時に応じる。
「京都に戻られるんですか?」
「えぇ。もともと、聴取が目的で来ましたから……」
藤原隊一同を見ながら訊く沖に、小田がぎこちなく応じる。
「……それなら、その前に小田一尉、ちょっとお時間よろしいですか」
「はい?……」
沖のやや強い口調に、小田は首を傾げつつ応じると、沖の後に続いて近くのT字通路の左側に消える。
「?」
その2人の様子を、光秋は不思議そうに見る。
少しして2人は曲がり角から一行の許に戻り、沖一尉は一行に敬礼する。
「お手間を取らせて申しわけありません。帰路のご無事を」
「ウム。ありがとうございます」
「「「「!」」」」
藤原の返事に合わせて一行は返礼し、沖は振り返って廊下の角に消える。
「なにしたんです?」
「……角に連れられて、アドレス交換してくれって頼まれた」
竹田の問いに、左手に持ったままの携帯電話を見ながら小田は呆然と答える。
「ヒュー!上杉がいたらなんて言いますかね?」
「勘違いするな!」
口笛を吹く竹田に、小田は少し焦りを見せつつも咎める声で言う。
「こんなことの後だ。今後も仕事で一緒になる機会も増えるだろうから、互いに連絡先は知っておいた方がいいと思ったんだ」
―『こんなこと』……―
小田の言葉に、竹田程ではないものの、2人のやり取りを若干の好奇心を持って見ていた光秋は、少々の不安を覚える。
―今後も一緒になる、か……それもそうだ。まさかあれで終わりじゃあるまい……―
思いつつ、黒い穴に消える顔の側面の装甲が抉れた人型を思い出す。
「まぁ、小田の言うことはともかく、竹田。軽口もほどほどにしておけ。帰るぞ」
「!……」
藤原の声に、光秋は人型の記憶を隅に押しやり、一行は最寄りのエレベーターへ向かう。
エレベーターに乗り込んで一気に最上階まで上がると、屋上に通じる階段を上って外に出る。
正面のヘリポートには来た時と同じ型のヘリ――UH-1Yヴェノムが停まっており、一行はその許に歩み寄ると、小田、竹田、藤原の順にヘリに乗り込む。
「では、儂らは先に出る。2人は京都支部に着いたら自主解散しろ。気を付けてな」
「了解です」
「ありがとうございます」
入口で振り返った藤原に、伊部と光秋はそれぞれ返す。
「あとの2人は別の物で帰る。出してくれ」
操縦席の方に向けて言うと、藤原はドアを閉め、ヘリはローターを勢いよく回転させて屋上を飛び立つ。
少しの間それを見送ると、光秋は顔を下ろして左隣の伊部を見る。
「じゃあ、僕たちも帰りますか」
「そうだね。これも試したいし」
両手で抱えた補助席を見ながら伊部が返すと、光秋は上着の内ポケットに右手を伸ばし、カプセルを取り出そうとする。
と、
「……ここでニコイチ出して大丈夫ですかね?アレ5トンくらいはあるって……」
「大丈夫だと思うけど……念のため下行く?」
「……それがいいと思います。5トンが載ってゴトンと床が落ちたら洒落になんないし」
「アー…………」
「……ウフン!行きましょう」
伊部の若干困惑を含んだ苦笑いに咳払いをすると、光秋は階段を下りてエレベーターへ向かい、伊部も少し困った顔をしてそれに続く。
―言うんじゃなかった……か?―
エレベーターに乗り込んで1階のボタンを押しながら、光秋は若干恥ずかしい思いを抱く。
「……とりあえず、格納庫区画で適当な所探しますか」
「そうだね」
光秋の確認に、右隣に立つ伊部は短く答える。
「……駄洒落か……光秋くんにもユーモアのセンスあったじゃない」
「あまり面白くありませんが……」
微笑みを浮かべながら続ける伊部に、光秋は自嘲気味に返す。
1階に着くと2人はエレベーターを降り、裏口をくぐって格納庫区画に出ると、光秋は辺りを見回す。
「……ここで出してもいいですかね?通路の広さも充分あるし」
「そうね。いくらもいないし」
伊部の返事を聞くと、右手を上着の内ポケットに伸ばしてカプセルを取り出し、その先端を前に向け、左膝を着いたニコイチを出す。コクピットに上がってカバンを右端に置いて制帽を脱ぎながら操縦席に着き、起動させる。
ニコイチが動き出すと、光秋はカプセルを右肘掛に収め、ハッチを開けて機外に出、右手を伊部の許に差し出す。
伊部がその上に乗るのを確認すると、右手を慎重にハッチの上に上げる。
伊部はすぐにコクピットに移り、左肩に提げていたカバンに被っていた制帽を入れて床に置き、補助席の取り付けを始める。
右側に付いている2つのクリップを操縦席左のパネルの脚のレールに掛け、左側に付いている2本の脚を伸ばし、二つ折りになっている背もたれを開いて椅子の形にする。
「よし。こんなとこかな?」
「なんか、まさにバスの補助席ですね……そういえば伊部さん、前にそんなこと言ったっけ」
取り付けを終えた伊部を見ながら、光秋はそんなことを思い出す。
「正にそれがヒントなんだけどね……うん。座り心地もなかなか」
座布団くらいの厚さのクッションが敷かれた席に腰を下ろしながら、伊部は機嫌よく言う。
「じゃあ、操縦席下ろします」
「どうぞ」
伊部の返事を聞くと、光秋は操縦席を機内に下げてハッチを閉じる。
その間にシートベルトを締め、左隣に座る伊部も背もたれの肩の辺りから2本、腰の辺りから2本伸びたシートベルトを締めるのを確認すると、光秋は右足を右ペダルに掛ける。
「じゃあ行きます」
「了解……あ、そうそう。帰り、少しきつ目に飛んでみて。コクピットにも少し負荷が掛かる感じに」
「なぜです?」
「戦闘中……というか、急いで動いてる時の座り心地も確認しておきたいの。あと席の強度もね。問題があるようなら、明日大河原主任に頼んで直してもらわないと」
「なるほど。確かに、それは前提にすべきですね」―昨日の今日だしな……―
伊部の頼みに応じつつ、光秋は再び昨夜の人型を思い出す。
「了解です。それじゃあ、しっかり掴まってください。行きます!」
そう言って人型の記憶を隅に押しやると、ペダルをゆっくりと踏み、ニコイチを数センチ浮遊させる。
と、
「!」
直後にペダルを一杯に踏み込み、ニコイチを一気に上昇させる。
上昇する間にパネルの地図を一見して京都支部の方向を確認し、雲の高さに達すると、間を置かずにその方向にニコイチを急転換させ、上昇時の速度のまま前進する。
少しして若干速度を落とすと、横目で伊部を見る。
「どうです?」
「今のところ大丈夫。席自体丈夫にできてるんだろうけど、やっぱりコクピットがよくできてるのかも」
「そうでしょうね」―なんだかんだ言って、やっぱよくできてるんだよな―
思いつつ、光秋は神モドキの白い顔を思い出す。
「もう少し続けます?……といっても、今飛んで思ったんですが、ただきつく飛ぶだけじゃ席の検証にならないと思います。一度三佐と模擬戦でもした方が早いかと」
「……それもそうかな……じゃあ補助席の試験はおしまい。これくらいの速度でゆっくり帰ろう」
「了解です」
応じると、光秋は地図に目をやって進行方向の確認をする。
「……そういえば、そろそろ誕生日でしたよね」
「あ、覚えててくれた?」
ニコイチを前進させながらなんとなしに浮かんだことに、伊部は嬉しそうに返す。
「11月17日……女性にこんなことを訊くのは失礼かもしれませんが、いくつになるんです?」
「ナイショ。ていうか、失礼とわかってて訊いてくる?」
「嫌なら答えなくてもいいんです。ちょっとした好奇心ですから……ただ伊部さん、僕とそんなに歳離れてる感じはしませんが」
「まぁね。少なくとも20代ってことは教えてあげる」
「……やっぱり、歳取ると歳を隠したがるものなんですかね?」
「女の場合は特にね」
「はぁ……」
伊部の返答に、光秋は吐息の様な返事をする。
しばらく飛ぶと、ニコイチは京都支部の駐車場に降り立つ。
「お待たせしました……伊部さん?」
話し掛けても答えない伊部に首を傾げつつ、光秋は左隣を見る。
と、
「…………」
伊部は顔を前に垂らしてうたた寝をしている。
―歳の話が終わってから静かだとは思ってたが、いつの間に寝たんだ?―「伊部さん!着きましたよ!」
思いつつ、光秋はシートベルトを外して左手で伊部の右肩を揺する。
「……?……」
「着きましたよ」
「……!あぁ、ごめん。寝ちゃってた?」
「はい……そんなに座り心地よかったですか?」
ハッとした伊部に応じつつ、光秋はニコイチに左膝を着かせ、ハッチを開けて席を機外に出す。
「そうかも。あと昨日からの疲れも出たのかもね。黙って青一色の映像見てたら、ついうとうとしちゃって」
「それは……」
目を擦る伊部に応じつつ、光秋は右手をハッチの上に載せ、操縦席から外して折り畳んだ補助席とカバンを持った伊部がその上に乗ると、慎重にそれを地面に下ろす。
伊部が手から降りたのを見ると、光秋は右の肘掛からカプセルを取り出し、カバンを右肩に斜め掛けして制帽を被り、リフトで降りてカプセルにニコイチを収容する。
「とりあえず、藤原三佐の指示通り自主解散ということで?」
ニコイチを収めたカプセルを上着の内ポケットに仕舞いながら、光秋は左隣に補助席を抱えて立つ伊部に問う。
「そうね。一応、私から三佐に連絡しておく。お互い早く帰って、ゆっくり休もう」
「はい。では、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
言いながら、光秋と伊部は互いに礼をし、正門へ向かう。
門をくぐると、光秋は伊部を見、
「では、また月曜日に」
言いながら、もう一度一礼する。
「うん。また」
そう言って返すと、伊部は右に曲がって寮へ向かう。
「……」
少しの間その後ろ姿を眺めると、光秋は振り返って、自分も寮へ向かう。
11月1日月曜日午前8時半。
ESOの制服一式を着て右肩にカバンを斜め掛けした光秋は、心なしか焦りながら京都支部の正門をくぐる。
―寝坊したなぁ……やっぱ休みが入るとどうも怠けちまって……―
と、
「光秋くん!」
「!」
後ろからの呼び掛けに振り返ると、緑服姿にカバンを左肩に提げ、両手で折り畳み式の補助席を抱えた伊部が駆けてくる。
「おはようございます」
「おはよう!」
返しながら、伊部は自分の左隣に並んでくる。
―……さて、今日も頑張るか!―
そんな伊部を一見して心中に呟くと、光秋は正面に建つ本舎へ向かう。
今回で「夜警編」は終了します。
次回もお楽しみに!