飛行の微振に揺られつつ、光秋は右側の窓に頭を預けて中途半端な眠りに就く。
「…………」
「光秋くん。もうすぐ着くよ」
「!」
左肩を揺すられながらの伊部の呼び掛けに、光秋はすぐに目を開けて頭を上げる。
少々凝った首を左右に曲げると、
「……ありがとうございます……」
と、若干眠気が残る目で返す。
ヘリが着陸すると、光秋から見て正面左端に座っていた藤原三佐が、すぐ右にあるドアを開けてカバンを持ってヘリから降り、それぞれに荷物を持った小田一尉、竹田二尉、伊部、光秋の順にそれに続く。
ドアを閉めた光秋が振り返ると、ヘリから少し離れた所に集まっている藤原たちを見つけ、その許に駆け寄る。
「よし。全員揃ったな。行くぞ」
光秋が合流するや、藤原がカバンから紙を取り出しながら言い、その紙を見ながら5メートル程先にある階段を目指し、一行もそれに続く。
―……屋上、といったところか……京都支部より高い気がするな―
目測でも20階はあろう周囲のいくつかのビルを見、それらに負けない高さを持つ自分が今いる屋上のことを考え、光秋は腰周りに寒気を覚える。
一行は藤原を先頭に階段を下り、最後尾の光秋は左側の手すりを持ちながら一行と逸れないようにその背を追う。
と、光秋のすぐ前を歩く伊部が、こちらを見やりながら訊いてくる。
「光秋くん、ひょっとして高所恐怖症?」
「恐怖症って程じゃあ……まぁ高い所は苦手です。あと宙に浮くものとか……」―そういえば、前にもそんなこと言ったような……あ……―
答えつつ、光秋は藤原に初めて念力で浮かされた時のことを思い出す。
「ニコイチではよく飛んでるのに?」
「自分で動かす分には平気なんですがね……」
続けて問う伊部に、光秋は踊り場で振り返りながら応じる。
階段を下りると一行は左に曲がり、少し歩いた所にあるドアの前で止まる。
「ここだな。12時までここで待機するぞ」
「「「「はい」」」」
手に持った紙とドアの上の番号板を見比べて言う藤原に全員が答え、ドアを開けて部屋に入る。
―11時10分……あと50分か……―
ドアをくぐりつつ、光秋は左手首の腕時計で時刻を確認する。
と、携帯電話の振動を感じ、上着の左ポケットからそれを取り出して画面を開く。
―大河原主任?―「ちょっとすみません」
藤原たちに断って廊下に出ると、光秋は電話を左耳に当てる。
「はい?」
(二曹か?もう東京には着いたか?)
「はい。今待機中です」
(聴取は確か12時だったな)
「はい」
(ちょっと下の格納庫まで来てくれ。昨日の戦闘でニコイチが破損したと言っただろう。その調査と修理をしたい)
「調査って……主任今どちらです?僕は東京ですが」
(テレポートで俺もさっき来たんだ)
「あ、そうか。そうでした……」―その手があったな。僕は利用しないからすっかり忘れてた―「ちょっと待ってください」
言うと光秋は電話を顔から離し、ドアを開ける。
室内には脚の短いテーブルを囲む様に、2人用の長ソファーが2つと、1人用のソファーが2つ、互いに向かい合う形で配置されており、ドアから見て正面奥側の1人用ソファーに座る藤原に声を掛ける。
「三佐、大河原主任が、ニコイチの破損の調査と修理をしたいから来てくれと言ってますが、かまいませんか?」
「どこでやるんだ?」
「ちょっと待ってください」
言うと光秋は電話を左耳に当てる。
「主任、どちらに行けばいいですか?」
(格納庫区画だ。隊の中で誰か知らないか訊いてくれ)
「わかりました……格納庫区画だそうです」
電話越しに応じると、再び顔を離して言う。
「それなら、俺が一緒に行こう」
光秋から見て左の長ソファーの奥側に座っている小田が言う。
「ウム。どの道ニコイチの修理は必要か……わかった。行ってこい。ただし早めに戻ってくるようにな」
「わかりました。主任、今向かいます」
(わかった。待ってるぞ)
藤原に応じると光秋は電話越しに言い、電話を上着のポケットに戻す。
「では一尉。案内お願いします」
「あぁ」
部屋に入ってカバンを隅に下ろしながら言う光秋に、小田は応じながら腰を上げる。
「竹田、お前はどうする?」
「行きません。傷の付いたニコイチなんて見たくもない」
小田の問いに、右の長ソファーの奥側に座る竹田は忌々しげに答える。
「それなら、私もお茶かなにか買ってきます」
右の長ソファーの手前側に座っていた伊部が立ち上がる。
光秋はカプセルが上着の左の内ポケットにあることを確認すると、藤原と竹田に一礼し、小田と伊部に続いて部屋を出る。
2人の後を追って最寄りのエレベーターに乗り込むと、光秋は奥の壁の中央辺りに背中を寄せる。
と、光秋の左隣に立つ伊部が、
「一尉。お茶買いに行く前に、私もニコイチの破損状況ちょっと見たいんですが、よろしいですか?」
と、ドアの右側のボタンの前に立つ小田に訊く。
「構わんぞ。実を言うと、俺も興味あるしな」
小田が1階のボタンを押しながら答えるとドアが閉まり、エレベーターが下り出す。
「……やっぱり、気になりますか?」
下りていくエレベーターの動きを感じながら、光秋は2人の顔を見ながら訊く。
「そりゃあ、昨日は暗くてちゃんと見えなかったし……私は光秋くんの補佐役でもあるから、ニコイチのことはできるだけ知っておきたいし……」
「戦車隊の集中砲火を受けても傷一つ付かなかったニコイチの装甲が傷付いたんだから、俺だって興味というか……恐れの一つも感じるさ」
「それもそう……ですね……」
伊部と小田、特に小田の言葉に、光秋も強く同意する。
同時に、初めてニコイチに乗った時のNPの集中砲火を筆頭に、戦車砲やミサイルの直撃を幾度となく受け、それに耐えてきたニコイチの装甲――Nメタルの破格の強固さを思い出し、それを傷付けた昨夜の人型の光の剣に再び恐怖を覚える。
―思えば、UKD‐02の時も僅かだが傷が付いた……マシン同士の性能が大差ないなら、最後は使う人間の……僕の力量が問われるってわけか……―
と、
「ところで、光秋……加藤くんなにか欲しい物ある?」
伊部が訊いてくる。
「いえ、伊部さ……二尉に任せます……そもそもさっきから緊張してきて、あんまり食欲ないんです……」
答えつつ、人型への恐怖を隅に押しやる。
「なんだお前ら?いつの間にか名前とさん付で呼び合う仲になったのか?」
先程の言いかけを聞いた小田が、伊部と光秋の顔を見ながら言い、
「にしても、伊部は名前で呼んで加藤は名字にさん付てのは、どういう距離感だ?」
と、少し笑いながら続ける。
「伊部さん……二尉がそう呼べって言ったんです。さん付で呼べって。僕のことはなんと呼んでくれてもかまいませんが……」
「私も、特に深い意味はありません……光秋……加藤くんとは仲良くしてあげたいだけで……それに、あくまで2人の時だけですから……」
光秋と伊部は互いを見やりながら、言葉に困った顔で応じる。
「いや、別に2人だけの時じゃなくてもそれでいいんじゃないか。大事な時だけきちんとしてれば……違和感があるのは、加藤の名字にさん付の方なんだがな」
「…………」
小田の付け加えに、光秋はどう応じていいか困ってしまう。
そうしている内にエレベーターは1階に着き、ドアが開くと小田を先頭に一行はエレベーターを降りる。
小田の後を追って光秋は廊下を進み、少し歩いた所にあるドアから外に出、円形の屋根をした格納庫が多数ある場所に出る。
―京都支部でニコイチが運び込まれた倉庫に似ている。が、デカイな……―
ニコイチを初めて動かした際に壊してしまった倉庫のことを思い出しつつ、光秋は記憶の中のそれと目の前の物の大きさを比べてみる。京都支部の倉庫は横になったニコイチを入れただけではぼ一杯になっていたが、目の前の格納庫は全長10メートル程のニコイチが直立したまま入ってもまだ5メートル程余裕があり、広さは京都支部のグラウンドの半分はある。
「さて、主任はどこか……」
呟く様に言った小田に続いて、伊部と光秋は格納庫同士の間を碁盤の目の様に走る通路を進む。
光秋は歩きながら顔を左右に振り、シャッターが上がり切っている倉庫の中でヘリや軍用車の整備が行われているのを見る。
と、
「二曹!」
「!」
大河原の声に光秋は立ち止まり、周囲を見回すと、左前の格納庫前に灰色のツナギ姿の大河原を見つけ、その許に速足で歩み寄る。小田と伊部もそれに続く。
「お待たせしました」
「いや。とりあえず入ってくれ」
光秋に応じた大河原の後に続いて、3人は中程まで上がっているシャッターをくぐって格納庫の中に入る。照明が点いていないために薄暗い倉庫内を中央辺りまで進むと、大河原は立ち止まって3人の方を振り返る。
「早速だが、ニコイチを出してくれ」
「はい」
応じると、光秋は左の内ポケットからカプセルを出し、先端を右に向け、左膝を着いたニコイチを出現させる。
「細かい所まで調べたいから立たせてくれ」
「わかりました」
大河原に応じた光秋はニコイチに歩み寄り、リフトを掴んで上昇する。
その間に天井の照明が一斉に点き、格納庫内が一気に明るくなる。同時に、周囲にいたツナギたちがニコイチの周囲に集まり、何人かは念力で宙に浮いて、見える範囲での破損状況の調査を始める。
急な明るさに目の不快感を覚えつつもコクピットに入って認証を済ませ、
「動かします」
と、外音スピーカー越しに周りのツナギたちに知らせてニコイチを直立させる。
と、それまでは暗くて気付かなかったが、光秋はモニター越しに、反対側の壁を背にする形でゴレタンが置かれているのを見る。
―ここに運ばれたのか……?―
思いつつ、その左隣に、数本の鉄骨や光秋にはよくわからない機械の様な物が組み合わさってできた2本の柱の様な物を認める。さらによく見ると、2本の柱は最上部が台の様な物で繋がっている。
―アレってまさか……―
ゴレタンの上半身と柱自体の形状からその正体を察しつつ、光秋はハッチを開けてニコイチを降りる。
ニコイチの左脇に立って爛れた左腕をカメラで撮っている大河原を見つけると、
「主任。アレって、まさかゴーレムの脚ですか?」
と、その許に歩み寄りながら柱の様な物を指して問う。
「そうだ。先日やっと組み上がってな」
大河原はカメラを下ろしながら答える。
「ということは、もうすぐ正式なゴーレムができるんですか?」
それまで伊部と共に壁側に立ってニコイチの左腕の爛れを眺めていた小田が問う。
「いや、そうもいかん」
言いながら、大河原は小田に顔を向ける。
「ご覧の通り、脚自体は後は装甲を付けるだけなんだが、脚の動きのプログラムがまだできていないんだ。あと、あの上に付けるゴーレムの上半身がまだ製造中でな。まぁ、こっちは一度作った物をまた作るだけだから、プログラムの問題よりはマシだろうがな……」
言いながら、大河原はニコイチの正面側に移動して撮影を再開する。
「……プログラムができないってのはどういうことだ?」
伊部と共に光秋の許に来た小田が、2人の顔を見ながら訊く。
「……つまり、どういう動きをすべきか、動き自体を制御する情報がまだできてないってことでしょう?僕も機械にはあんまり詳しくないんで、よくは知りませんが」
歯切れが悪いことを自覚しつつ、光秋は聞きかじりの知識で応じる。
「俺もコンピューターはちょっとな……伊部はこういうの詳しいんだろ?」
「えぇ、まぁ……ところで、時間大丈夫ですか?」
「!」
伊部の言葉に、光秋は腕時計を見る。
「11時35分。そろそろ戻った方が」
「だな。お茶も買わなくちゃいかんし」
「ちょっと待っててください」
小田にそう告げると、光秋は大河原の許に駆け寄る。
「主任。そろそろ時間が迫ってきたんで、一度戻らせてください」
「ん?もうそんな時間か?だが、まだ調査が……」
「ニコイチはこのまま置いていきます。聴取が終わり次第取りに来ます」
「そうか?……じゃあ、そうしてくれ」
「わかりました。ニコイチをお願いします」
そう言って一礼すると、光秋は小田と伊部の許に駆け寄る。
「まだ調査途中なんで、ニコイチは後で取りに来ることにさせてもらいました。行きましょう」
「わかった」
小田が答えると、3人は藤原と竹田がいる部屋へ向かう。
1階の自動販売機でペットボトルのお茶を5つ買った光秋たちは、エレベーターに乗り込んで藤原たちの部屋がある30階へ向かう。
「明るい所で改めて見て思ったが……破損箇所そのものはそんなに広くないが、ニコイチにあんなはっきりとした傷が付くのは、やっぱり衝撃だな」
「ですね……」
ドア側に立って両手にペットボトルを1本ずつ持つ小田に、同じく両手にペットボトルを持つ光秋は深く頷く。
その間にエレベーターは30階に着き、ドアが開くや3人は心なしか速足で部屋へ向かう。
T字の廊下を左に曲がろうとした直前、合衆国軍の青い制服を着た者が5人程右から横切って来たので、一行は止まって彼らが行き過ぎるのを待つ。
と、
「「!」」
小田が右手のペットボトルを左脇に挟み、その左隣の伊部が右手に持っていたペットボトルを左手に持ち替え、同時に緊張の表情で敬礼する。
「?」
なんだと思いつつも、小田の右隣に立つ光秋もすぐに2人に倣って敬礼し、その視線を追うと、前後2列になって歩く青服4人の中央に、口周りに黒い髭を蓄えたやや年配の男を見る。
青服一式に身を包んだ背丈は光秋よりも少し低いのだが、細く締まった険しい顔立ちは、それだけで見る者に威厳を感じさせる。制帽を被っているため髪型はわからないが、見える範囲では短く切り揃えているようである。
「!」
行き過ぎる直前に男は目だけを動かして光秋を一見し、その視線に光秋は人型から感じたのとは別種の威圧感を覚え、思わず生唾を飲む。
男を中心にした青服の一行が通り過ぎると、3人は敬礼を解き、
「「「はぁー……」」」
と、思わず安堵の息を漏らす。
「……すごい雰囲気の人でしたね」
脇のペットボトルを右手に持ち直しながら、光秋は率直な感想を述べる。
「そういえば、加藤は知らなかったんだな。あの人が誰か」
小田がペットボトルを右手に持ち直しながら言う。
「?……そんなにすごい人なんですか?」
「
「司令……虎ですか……」
伊部の説明に、光秋は呆然としながら返す。
「……まさかとは思うが」
「なんです?」
部屋への歩みを再開しながらの小田の呟きに、光秋が訊く。
「いや、司令今日の聴取に参加するんじゃないだろうなぁと思って……」
「あり得ますね。最高責任者が散歩でこんな所に来るわけないし……一応、ESOは合軍の下部機関でもあるんだし……」
伊部が応じる。
―軍のトップが参加するかもしれない……!……よく考えればそうだが、つくづくとんでもない事態になってるんだな…………―
小田と伊部の会話から、光秋は改めてことの重大さを認識し、精神的な重圧が心なしか増したと感じる。
部屋の前に着くと、小田を先頭に中に入る。
「戻りました」
「ウム。伊部も一緒か?やけに遅かったな?」
「すみません。ちょっと時間掛かっちゃって」
部屋の奥側正面のソファーに座る藤原にドアの前に立った伊部が応じている間に、光秋は右の長ソファーの奥側に移動し、竹田にペットボトルを渡す。
「どうぞ」
「サンキュー」
応じつつ、竹田はフタを開けて中のお茶を飲み始める。
小田も移動して藤原にペットボトルを渡しながら、
「そういえばさっきそこで、毛司令を見かけましたよ」
と、先程のことを報告する。
「毛司令だと?」
ペットボトルを受け取りつつ、藤原は束の間目を丸くする。
「一尉の予想では、聴取に参加するかもしれないんですよね?」
竹田の右隣に立ったままペットボトルのフタを開けつつ、光秋は藤原の右隣に立つ小田を見ながら言い、お茶を一口飲む。
「あぁ。その可能性大だろう」
返すと、小田もお茶を一口飲む。
「毛司令か……ウーム…………」
「なにか?」
腕を組んで険しい顔をする藤原に、光秋は竹田の左隣に座りながら訊く。
「いや。司令は、指揮官としては非常に優秀で知られているが、同時にタカ派の筆頭としても有名でな。少々強引なところがあってな……」
―タカ派の筆頭……―
藤原の説明に、光秋は綾のことを思い出し、左前のソファーでお茶を飲む伊部を見やる。
―まさか、綾が生まれるきっかけになった計画も、その人の指示で?……いや。決めつけはよそう。情報が少なすぎる―
一瞬浮かんだ疑念を隅に押しやると光秋は、またお茶を一口飲む。
と、ドアがノックされ、
「失礼します」
と、緑服一式を着た男が入ってくる。
「聴取の時間になりましたので、部屋までのご案内に参りました。1人ずつ案内いたします。まずは加藤二曹」
「!はい!」
突然の呼び掛けに、光秋は慌ててペットボトルのフタを閉めてテーブルの上に置き、すぐに立ち上がる。
襟周りと制帽の具合を確認すると、迎えの緑服の後に続いて部屋を出、その背中を追う。
―1人ずつなのか……―
そう思いながらしばらく廊下を進むと、正面にドアが現れる。
迎えはその前で立ち止まり、
「こちらです」
と、そのドアを示す。
光秋はそのまま歩哨になった迎えに一礼すると、もう一度襟周りと制帽を確認し、
「……」
一つ深呼吸をしてドアをノックする。
「加藤光秋二曹、入ります」
言いながらノブを回し、部屋の中に入る。
正面には長テーブルを挟んで5人の高官がおり、中央に茶色いスーツ姿の東局長が、その左隣には毛司令が座っている。後の3人は光秋の知らない顔だが、いずれも壮年くらいの青服である。加えて毛の右後ろには、若い男の青服が1人立っている。
「よく来たな。まぁ楽にして、座ってくれ」
「はい」
東の言葉に若干緊張を含んだ声で答えると、光秋は高官たちの正面に設置された椅子に腰を下ろす。
「まず、名前と所属、階級を述べてくれ」
「はい。超能力者支援機構、京都支部実戦部隊一般、藤原隊所属、加藤光秋二曹です」
手前の録音器の電源を入れた東の問いに、光秋は緊張を抑えることを意識しながらよく通る声で答える。
「早速だが、昨夜起きた京都支部襲撃について話してくれ」
「はい……」
毛の左隣の高官に応じると、光秋は昨夜のことを話し始める。
夜警のために医療棟の見回りをしていた際、最上階で黒い球体に遭遇したこと。
「私はそれを、黒球と呼んでいます」
「名前など後でいい。続けてくれ」
「はい……」―余計だったかな?……―
毛の言葉に内心震えつつ、光秋は続ける。
黒球に遭遇した直後にUKD‐02とは別型の黒い人型が現れたこと。その後に伊部が来て黒球に発砲したが弾は当たらなかったこと。黒球が消えた後に人型は動き出し、2人は何とかその場から逃れ、光秋はニコイチに乗って対峙したこと。光の剣と素早さのために人型に押されたこと。赤くなったニコイチで光の剣の発生機と左手を握り潰し、頭部左側面を破損させつつも、撃墜には至らなかったこと。
「……私からは以上です」
「「「「「…………」」」」」
光秋が話し終えると、束の間の沈黙が訪れる。
「…………確認するが、その黒い球体……君の言う『黒球』は、君をこちらに送り込んだ者と同格の存在であり、今回のことは君の様子を見るために起した、ということでいいのかな?」
「はい……」
毛の問いに光秋は、その眼光に膝が笑いそうになるのを堪えて短く応じる。
「いったい何が目的で……」
「仕留め損ねたということは、また現れるかもしれんな……」
「…………」
高官たちの呟きに、光秋は居心地の悪さを感じる。
と、
「わかった。さがってよろしい」
「はい」
東の指示に応じると、光秋は椅子から立ち上がり、高官たちに敬礼をして部屋を出る。
ドアを開けると、歩哨になっていた迎えがそれに気付く。
「お疲れ様でした。先程の部屋までご案内いたします」
「はい」
応じると、迎えの背中を追って後に続く。
―……あ……入った時に敬礼するの忘れた……―
歩きながら失敗を思い出し、少々恥ずかしくなる。