「…………何を、する気です?」
黒い球体と対峙する光秋は、乾いた口で何とかそれだけ告げる。
―そう怯えるな。今回は奴が選んだものがどんなものか興味を持って、顔を見に来ただけだ。ただ、手ぶらはどうかと新たなギフトを用意したがな―
「!……」
黒い球体の返答に恐怖した刹那、窓の外の上空に多数の稲妻が縦横に走る。
直後にガシャーン!という轟音が響くと同時に空が割れ、割れたガラス窓の亀裂の様な穴から夜空以上に暗い闇が覗く。
間を置かず、穴から黒い人型が現れ、ガラス1枚隔てて光秋を見据える。
「……」
丸みを帯びたヘルメット状の頭部に円形の2つのレンズ、排気口の様な縦に板が並ぶ口という、どこかガスマスクを想起させる顔に睨まれ、光秋は生唾を飲み、
―フフフ……―
黒い球体の嘲笑う様な声を聞く。
直後、
「伏せて!」
「!」
知っている声に反射的に従って屈んだ光秋は、声がした背後を振り向き、
「……!伊部さん!?」
廊下の先に拳銃を両手で構えた伊部が立っているのを見る。
黒い球体を撃つと察した光秋は、
―勝てない!ダメだ!―
と直感するがそれは声にならず、伊部は2発発砲し、放たれた銃弾は瞬く間に黒い球体に達する。
が、
「……」「!?……」
弾は2発とも黒い球体の数センチ前で止まり、その光景に光秋は絶句し、伊部は驚愕の表情を浮かべる。
―つまらん―
言うと同時に弾は床に落ち、黒い球体は闇に溶ける様に姿を消す。
直後、
「!」
視界の右端に黒い人型のレンズが輝くのを見た光秋は、咄嗟に振り返って伊部の許に駆け、一拍遅れて放たれた人型の肩溜めの右突きをかわす。
壁の破片や粉埃が舞う中、光秋は左手で伊部の右手を取って最寄りの階段へ向かって駆ける。
が、
「……!」「!」
背後から人型の左拳が壁を突き破りながら迫る。
「!…………」
光秋は伊部を自分の前に引き寄せて両腕で強く抱き、不可能と承知しつつも背中で人型の拳を受けようとする。
拳が到達する刹那、
「……!?」
光秋は足が床から離れた感覚を覚えたかと思うと、一瞬後には伊部を抱いたまま廊下を高速で直進する。正面の突き当たりの壁が押される様に吹き飛び、空いた穴から空中に躍り出て人型の拳から逃れる。
―念力?……まさか!―
ハッとしつつ腕の中の伊部を見る。
「……アキ」
「…………綾」
顔を向かい合わせて微笑む綾に、光秋は確信の声で呟く。
直後に2人の体が急速に右下へ降下し、最後の数センチはゆっくりと下りて医療棟の端に着地すると、光秋は棟の影にいる人型を見やる。
―今のでこっちを見失ってくれたか?……とにかく、この隙に!―
人型に対する多少の恐れを自覚しつつもそう考えて自分を奮い立たせると、右手を上着の内ポケットに入れてカプセルを取り出す。
「僕はニコイチに乗る。綾は棟の影に隠れて」
「……?アヤって……え!?ここは……」
―……戻っちゃったか―
周りをキョロキョロと見回す伊部に、光秋は少しだけ残念に思いながらそう判断する。
「光秋くん!いったい何が……」
「説明は後で。今は三佐たちに連絡を。僕は奴を何とかします!」
「わ、わかった!……」
困惑気味の伊部の返事を聞くと、光秋は左を向いてカプセルからニコイチを出現させ、急ぎ乗り込んで認証を済ませる。
制帽を左脇に挟んでシートベルトを締めた直後、
「!」
光秋は背後に鋭い悪寒を感じ、すぐに右ペダルを一杯に踏んで急上昇する。
直後に人型がニコイチがいた辺りに右突きを放つのを見降ろしつつ、後退しつつさらに上昇して距離をとり、補正が掛かっているモニター越しに月や星、街灯などの弱い灯りに照らされ、振り返ってニコイチを見上げる人型を見る。
全体に丸みを帯びた細見の体つきはUKD‐02よりもニコイチに近いが、胸部にコクピットらしき出っ張りはなく、腰回りに装甲板もない軽装さは身軽な印象を与える。両肩には人型の手程の長さの棒が1本ずつ伸び、背後には翼を想起させる五角形の板が左右に2枚ずつ生えている。腹部には02同様、長八角形の赤い扉の様なものが付いている。
―アレさえ壊せば!―
思いつつ、光秋は腹部の扉を一瞬凝視する。
直後、
「!」
人型のガスマスクの様な顔が急接近するや、すぐに左腕を前にして構えつつ右腕を腰に引き、
「あさぁ!」
間合いを詰めてきた人型の腹部の扉に右正拳突きを放つ。
が、
―貫けない!?―
拳は扉に命中したものの、人型を地面に向かって吹き飛ばすだけに終わる。
―今のままじゃあ……赤くならないとダメなのか?―
右手に薄っすらと痛みを覚えつつ、光秋は奥歯を強く噛む。
その間に人型は背中の円形の溝を黒く吹かして体勢を立て直し、一気に上昇してニコイチの上に着く。それを見上げながら光秋は、
―否、一発でダメでも、何度も殴りつければ!―
気を取り直し、上昇して人型に迫り、
「!」
右突き、左突きを人型の腹部に入れる。
が、
―まだか!―
人型には傷一つ付かず、上空に吹き飛ばすだけに終わる。
人型はすぐに体勢を立て直して滞空し、
「!」
すかさず光秋は右拳を腰溜めにして人型に接近する。
しかし、
「!」
一瞬後に人型は左手を左肩の棒に伸ばしてそれを勢いよく振り下ろし、光秋は咄嗟に左腕を前に出しつつ急いで後退する。
「……!」
充分に距離をとって滞空すると、人型が持つ棒の先から赤い光が伸び、それが5、6メートル程の刃を形成しているのを見る。
―光の剣?……―「あんなのアリか?……!」
思わず言った直後、左手首の辺りに薄っすらと熱さを感じ、ニコイチの同じ箇所を見ると、
「!?」
その部分の装甲が僅かではあるが爛れた様に変形しているのを認める。
―ここ、さっき受けた辺り……アレで焼いたのか?―
思いつつ、光秋は人型の光の剣を凝視する。
「アレに触れたらNメタルでもダメ、か……」
直後、
「!」
人型が剣を突き出して突進し、光秋は慌てて上昇しつつ後退して距離をとる。
―これじゃ迂闊に近づけない!―
思いつつ、奥歯を噛み締める。
その間に人型はニコイチの後ろ側に回り込み、光秋は下を見て振り返りながら人型を目で追う。
と、人型は背中の板それぞれに付いている円形の溝を吹かし、本体のものと合わせて5つの溝に押されて瞬間的にニコイチに迫り、左手の剣を突き出す。
「!」
光秋は紙一重で何とかそれをかわすや、右拳を腰に引く。
が、
「!……」
一瞬早く人型に右蹴りを入れられ、腹に激痛を覚えながらグラウンドに向かって落ちる。
「……!」
落下直前に気を取り直すと、右ペダルを一杯に踏んでNクラフトを吹かし、医療棟に背中が接触する寸前で止まる。
―クソ!あの光の剣にビビって動きが遅くなってる!……―
心なしか鈍い自分の挙動に、光秋は思わず毒づく。
直後に人型が正面に降り立ち、左手の剣を振り下ろす。
「!」
咄嗟に両手で人型の左手首を掴んでそれを止めるが、
「!」
人型は右拳を放ち、まともに食らった光秋は胸部に激痛を覚える。
その間にも人型は右拳を肩に引き、もう一撃放とうとする。
直後、
(加藤ぉ!)
「!」
外部スピーカー越しに藤原三佐の叫びを聞くと同時に、人型の左脇腹に大き目の瓦礫が突っ込む。
衝撃で体勢が崩した隙に光秋はNクラフトを吹かし、両手で人型の左手を押して距離を開け、
「!」
その腹部に右蹴りを入れて吹き飛ばすや、すぐに上昇して人型と距離をとる。
―今の声、三佐?……!―
思いつつ下界を見回すと、右側に拡大映像が表示され、その中に藤原と伊部を見る。
直後、
「!」
5つの溝を吹かした人型が一気にニコイチに迫り、両手で持った剣を振り下ろす。
と、
(光秋くん!)
「!」
外部スピーカー越しに伊部の叫びを聞き、光秋は右ペダルを深く踏んで落下以上の速さで垂直降下してそれをかわす。
直後、
「?……」
右上の辺りに寒気とも違う違和感、強いていうなら心地よさとでもいう様な感覚を覚え、それを感じる辺りに顔を向けると、
「!?」
夜空を背景に伊部が体を大の字に広げて自分の許に落ちてくるのを見て、光秋は慌ててハッチを開く。
「!……」
吸い込まれる様に背中から入ってきた伊部を膝の上に受け止め、脚周りに軽い痛みを覚えつつ急いでハッチを閉めると、前進しつつ上昇して止まっている間に接近してきた人型と距離をとる。
左側にある伊部の顔を見ながら、光秋は戸惑った様子で問う。
「どうやって……」
「……綾が、手伝ってくれたから……」
「?……!」
本人も言い方に困っている様な伊部の答えを聞きつつ、光秋は背後に強い悪寒を感じ、
「話しは後。今は――」
振り返って人型と対峙する。
「ここを乗り切ります!」
言うと光秋は左腕を前にして構え、右ペダルを一杯に踏んで人型に接近する。
距離を詰めるや、人型は左手の剣を突き出す。
「!」
光秋は姿勢を低くしてそれを避け、腹部に右突きを入れて人型を吹き飛ばす。
―さっきより動きがいい……伊部さんのおかげか?―
伊部を見やりながら、恐怖心が若干薄まって先程より動きがよくなったことを実感する。
直後に人型は体勢を立て直し、5つの溝を吹かしてニコイチの左側に回り込む。
「!」
視覚が殆ど機能していない左側に回り込まれ、束の間人型を見失ってしまう。
と、
「……!」「後ろ!」
背後から来る悪寒と伊部の叫びを同時に感じ、すぐに振り返る。
「!」
左手の剣を振り上げる人型をすぐ正面に捉え、一瞬硬直する。
刹那、
―こんなところで!―
膝の上の伊部が心なしか体を寄せてくる感触にそんな言葉を起し、ニコイチの左腕を上げさせる。
同時に知覚がニコイチ大に広がる感覚を覚え、それに合わせてニコイチの節々のカバーが開いてNフレームを露出させ、赤い燐光が夜の闇を照らす。
操縦席の腕が頭を固定し、額の角も伸びて光秋とニコイチの一体化が完了すると同時に、人型の剣が左腕に迫る。
と、
「!」
腕を薄っすらと覆っているNフレームの光に剣が触れ、装甲に接する寸前で止まるや、左蹴りを腹部に入れて人型を吹き飛ばす。
「……!」
咄嗟のことに唖然としつつ左腕を見ると、光秋は装甲に傷一つ付いていないことを確認する。
―この光、物理に干渉するのか?……一種の念力か―
自らが発する燐光を見ながら、漠然と理解する。
直後に人型が剣を突き出して迫り、光秋は屈んでそれを避け、右手で人型の左手を鷲掴んで力を込め、
「!」
持っている剣ごと握り潰すと同時に腹部の扉に腰溜めにした左突きを入れて人型を吹き飛ばす。
と、人型の腹部の扉に僅かだがヒビが入るのを見る。
―あと一撃!―「よし!」
言うと光秋は左腕を前にして構え直し、腰に引いた右拳に意識を集中する。
「…………」
意識が増すに連れて右腕、特に掌のNフレームが他の箇所以上に輝きを強め、光の強さが一定まで達した刹那、
「!」
光秋はNクラフトを全開にして人型の間近に迫り、
「あさぁ!」
腹の底からの気合と共に赤い光を纏った渾身の右正拳を人型の腹部に放つ。
が、
「!?」
拳が触れる直前、人型は落下以上の速さで急降下してそれを避け、外れた右拳は人型の顔の左側面を掠って頬周りの装甲を抉り、血の赤色をしたNフレームを露わにする。
「!……」
皮膚が剥がれて筋肉が露出にした様な人型の顔に一瞬恐怖し、その間に人型は後退しつつ上昇する。
と、上空に数本の稲妻が走って黒い穴が空き、同時に人型が上昇速度を上げる。
「逃げるか!」
言うや光秋は上昇し、人型を追おうとする。
が、
「待って!」
「!」
伊部の制止に、すぐに止まる。
「深追いは危険」
「……そう、ですね。手負いの敵は何をするかわからない……」
釘を刺す伊部に素直に返しつつ、光秋は人型が穴に入り、穴が夜空に溶け込む様に消えるのを見る。
―……終わったぁ…………―
心中に安堵の声を呟くと、知覚の拡大感が消えていくと同時にNフレームの輝きが消え、節々のカバーと角が閉じてニコイチがいつもの姿に戻ると、光秋は足元のグラウンドにゆっくりと降下する。
人型との戦いで気付かなかったが、正面の本舎を挟んだ駐車場側にはいくつもの赤ランプが煌々と灯っており、それに照らされてこちらに向かって来る大勢の人影を見つつ、光秋は地面に着地し、左膝を着いて機外へ出、右手に載せた伊部をゆっくりと地面に下ろす。自分もシートベルトを外して制帽を被り、若干の疲れを覚えつつ席を立ってリフトに歩み寄る。
と、腰の右側が思い出した様に痛みを覚える。
―拳銃なんて挟んでたからなぁ……―
右腰のホルスターに納まる拳銃を意識しながらそう思うと、リフトを出して下へ降りる。
と、
「加藤ぉ!伊部ぇ!無事かぁ!」
叫びながら本舎側から駆け寄ってくる藤原と、それに続く懐中電灯を持って先を照らす小田と竹田を見、リフトから降りた光秋は疲れを含んだ顔で応じる。
「はい、なんとか……」
「!……お、おい!何だこりゃ!?」
懐中電灯の明かりに照らされたニコイチの左手首、その破損状態に、竹田が驚きの声を上げる。
「あの黒い人型にやられました。あの光の剣、二尉たちも見たでしょう?」
返しつつ、竹田の視線を追って、光秋も懐中電灯に照らされた爛れた様なニコイチの左手首を見る。
と、
「藤原三佐!」
黒いスーツ姿の寺島支部長が本舎から呼び掛け、藤原隊一同はその方に顔を向ける。
頼りない明るさの中で、光秋は駆け寄ってきた寺島のワイシャツの襟のボタンが2つ外れていることと、ネクタイがないことに気付く。
―急いで来られたか……―
慌てて着替えて出てきたという感じの寺島の服装に、そんなことを思う。
「だいたいの話は聞いた。アンノウンは?」
「もう撤退しました。中……小破程度には追い込みましたが、撃墜はできませんでした」
寺島の問いに、光秋はすぐに答える。
「ん。支部と周辺の被害状況は?」
「医療棟が所々やられましたが、他の建物は無事です。ガラスが何枚か割れたかもしれませんが。周辺の被害は、今のところ未確認です」
「人的の方では、医療棟に当直医と看護師がいましたが、アンノウン出現直後に非難させました。他の一般職員も同様です」
寺島の再度の問いに、小田と伊部がそれぞれ答える。
「……よし。周辺も含めて被害の全容確認を急がせる。藤原隊は大至急本件の報告書を作成、でき次第私に直接提出しろ」
「了解。全員、待機室に向かうぞ」
「「「「了解」」」
寺島の指示に藤原が答えると、一同は寺島に敬礼をして本舎地下の待機室へ向かう。光秋も内ポケットにニコイチを収容したカプセルを仕舞い、藤原たちに続く。
待機室に着くと、光秋はテーブルを挟んで録音器とパソコンを持ってきた小田と向かい合わせに椅子に座り、光秋の左隣に伊部、角を挟んで右隣に藤原、その真向かいに竹田が座る。
「急ぐから、今回は聞き取りながら作成する。早速始めてくれ」
「はい」
パソコンと録音器の準備ができた小田に返すと、光秋は話し始める。
「事の発端は……上杉さんの件の後順調に巡回をして、最上階を回っていた時に、この前の演習の時の黒い人型、UKD‐02ですっけ?ソレを送り込んできたものに遭遇しました」
「「!?」」
「親玉の登場、というわけか……」
光秋の言葉に小田と竹田は驚愕し、藤原は険しい顔で呟く。
「見た目は黒い球体で、大きさはサッカーボールくらい。テレパシーで話し掛けてきて、02を送ったのが自分だということと、今回現れたのは僕の様子を見るためだったこと、手ぶらではなんなんでさっきの人型……UKD‐03とでもいうのか?……を、送ってきたことを話していました……その後、伊部さ……二尉が駆け付けて、黒い球に発砲しました」
「伊部が?……本当か?」
「はい」
小田の確認に、伊部はすぐに答える。
「でも、何で伊部が?……人型、ここでは03とでもしておくが、アレが現れるところでも見たのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……なんというか、勘というか……」
「自力で浮かんでニコイチに飛び乗ったことと、関係があるのか?」
「!?」
「……」
藤原の指摘に、竹田はあからさまに驚いた顔をし、伊部は観念した様に顔を俯ける。
そんな伊部の様子を見て、光秋は、
―……あぁ。あの時三佐に見られたか……そろそろ潮時かな?―
と、綾の件をこれ以上藤原と小田に隠せないと察する。
「それに竹田、お前も何か知っているな」
「え!えー?何のことです?」
「恍けんでもいい。顔に書いてある」
「……」
藤原の追及に、竹田は何も言えなくなる。
「どういうことです?」
小田が藤原に顔を向けて訊く。
「ニコイチが『蜂の巣』の時のように赤くなるのは見たか?」
「はい。関係箇所への連絡の途中に」
「そうなる前に、伊部が宙に浮いてニコイチに飛び乗った。儂は何もしていないが、あれはどう見てもサイコキネシス、それも少なくとも7はあるはずだ。お前にそんな力があるとは聞いていないが」
言いながら、藤原は伊部を見る。
「いや、だから……」
「竹田二尉。いいんです」
竹田の歯切れの悪い言葉を遮る様に、伊部は顔を上げて言う。
「いいって……お前……」
「だいたいのことは光秋……加藤くんから聞きましたから」
「!……加藤から?……」
「……」
呟く様に言いながら竹田は光秋を見、光秋はその視線に少々の居心地の悪さを感じる。
「……いったい、何がどうなってるんだ?」
左手で頭を掻きながら、小田は竹田、伊部、光秋を見回して問う。
「……それについても、追って話します」
光秋は意を決し、そう答える。
「そうか?……じゃあ、とりあえず続きを」
「はい」
小田に促され、光秋は話を再開する。
「伊部二尉が黒い球に向かって、確か2発撃ちましたよね?」
「うん」
光秋の確認に、伊部は短く答える。
「しかし2発とも、黒い球に着く直前で止まり、その後に確か、『つまらん』と言って消えました。その後に03が動き出して、伊部二尉の能力、詳細は後で話しますが、それで医療棟から脱出し、地面に下りてニコイチに搭乗し、03と交戦しました。結果は03の左手と、あの光の剣の発生器を握り潰し、頭部の左側面の装甲を破損させ、撃墜こそできませんでしたが、何とか撤退させました」
「ん……で、伊部のその力については?」
「それは……どこから話せば…………」
小田の問いの答えを考えつつ、光秋は頭の回転が鈍くなりつつあることを自覚し、瞼を重く感じ始める。
「……どうした?」
「!あ、いえ……」
小田の呼び掛けに、光秋はハッとして答える。
と、
「疲れたんでしょう。睡眠もそこそこにあんなのと戦って。あとプレッシャーも相当あっただろうし」
伊部が光秋を見ながら言う。
「一尉、加藤くんは少し休ませてあげてください。そのことについては、私が説明します」
「いえ、いいです。その件については僕が一番の当事者ですし、これくらい」
伊部の提案を遠慮しつつ、光秋はなんとか眠気を覚まそうとする。
しかし、
「否、その件については伊部に頼もう。加藤は少し休め」
と、藤原が言う。
「大丈夫です」
「今はよくても後で響く。これからもっと忙しいことになるだろうからな。お前がすべきことは一通り済んだ。だから今、休める時に休んでおけ」
「もっと忙しいって……」
「演習の時の様な簡単な査問があるかもしれん。それに備えて、それこそ一番の当事者であるお前は、今は寄宿舎で休め。命令として言っている」
―……それもそうか……―「では、そうさせていただきます」
藤原の言葉に納得して応じると、光秋は席を立って一同に一礼する。
と、
「あぁ加藤。最後にこれだけ教えてくれ」
小田が呼び止める。
「ニコイチの左手首が破損していたが、あれも03の所為か?」
「はい。あの光の剣が掠めた時に」
「わかった」
「……」
小田の返事に黙礼で返すと、光秋は寄宿舎へ向かう。
「まったく。今回は上杉のバカ騒ぎだけで済むと思えば……」
光秋が部屋から出るのを追う様に、竹田が愚痴を呟く。
本舎裏口からグラウンド側に出た光秋は、大型の照明が設置されて昼間さながらに照らされる医療棟とグラウンドを視界の左端に眺めつつ、真っ直ぐ寄宿舎へ向かう。
と、
「加藤二曹!」
「!……」
大河原主任の呼び掛けを聞き、光秋は左側を向いて駆け寄ってくる灰色のツナギを見る。
「大河原主任……なにか?」
「『なにか?』じゃない。現れたアンノウン、UKD‐02と同じ様な物だったんだろう。大丈夫か?」
頭が回りにくくなってきた光秋の問いに、大河原は心配した顔で返す。
「大丈夫です。ご覧の通りなんとか退けましたから……あ、そうだ。戦闘中、僕アンノウンの手を握り潰したんです。グラウンドにも欠片が落ちてるかもしれません。手ごろなサンプルになりませんか?」
「何?」
半ば思いつきで言ったことに、大河原は興味を示す。
「わかった。捜してみよう……で、君はこれから何処に?」
「寄宿舎です。少し寝かせてもらうことになりまして……」
言いながら、光秋は右手で口を隠して小さく欠伸をする。
「あぁ、それもそうか。呼び止めてすまんかったな」
「いえ……」
「まぁ、欠片の件を教えてくれたことはありがたい。早速捜そう」
「お願いします……」
応じると、大河原は振り返ってグラウンドの方へ駆けていき、光秋も寄宿舎への移動を再開する。
寄宿舎の2号室に着くと、光秋は部屋の灯りを点け、携帯電話を取り出して脱いだ上着を二つ折りにしてカバンの上に置き、その上に制帽を置く。
―ドアの鍵は一尉が持ってるから、開けっぱなしでいいよな?……―
そんなことを考えながら腰のガンベルトを外してホルスターから拳銃を出し、安全装置が掛かっているのを確認して弾倉を取り出し、拳銃を戻したガンベルトと弾倉をカバンの中に入れる。左手首の数珠と腕時計も外してカバンに入れ、ワイシャツのボタンを2つ外しながら敷きっぱなしの布団の腰を下ろす。
―どれくらい寝ていいか聞かなかったが……―「とりあえず、2時間くらいいいか」
0時10分を指している携帯電話の時計を見つつ呟くと、光秋は2時にアラームを合わせて携帯電話と外したメガネを右の枕元に置き、紐を引いて電灯を豆電球にして布団に入る。
―…………さっきまで確かに眠かったのに、少し動くとダメだな…………―
若干冴え始めた意識でそう思いつつも、それから少しして、光秋は眠りにつく。