あまり大きな進展はありませんが、光秋と一緒にほっとしてくれればと思います。
では、どうぞ!
「…………!」
呆然としているところを我に返ると、光秋は演習場の大型装備品置き場にニコイチを棒立ちさせていることに気付く。
「戻ってきた?……!」
呟きながら周りを見回すと、右隣の地面に黒い人型が仰向けに倒れ込んでいる。
と、
(加藤!無事か?)
―!……戻ってきた!―
左耳の通信機から響いた藤原三佐の心配した声に、光秋は強い実感を持ち、同時に体から疲れが湧き出てくるのを感じる。
「無事です!あ……伊部二尉も!」
(そうか!……すぐにそっちへ行く!少し待ってろ)
口が滑りそうになりながらも通信機越しに応じると、光秋は左隣の綾を見る。
と、
「……」
「?……綾!?」
綾が左側から光秋の膝に倒れ掛かり、大儀そうに頭を上げて顔を合わせる。
「…………ごめん……いきなり起きたから、疲れちゃって……それに、イベさんが、もう……起きる、から…………!」
「!…………」
寝むそうな様子で切れ切れに言うや、綾はいきなり光秋の顔に近づき、押し付ける様に唇と唇を合わせてくる。
少しして口が離れると、綾は倒れる様に光秋の膝の上に寝込んでしまう。
「綾!……綾!」
焦った声を掛けながら揺すってみる。
と、
「……う……ん…………加藤くん?」
伊部二尉が、少し寝ぼけた顔で起き上がる。
―……もう、いないか―
寂しさを覚えつつ、光秋はそう理解する。
と、
(加藤!伊部!)
「!」
外音スピーカー越しに藤原の声を聞いた光秋は、周りを見回して右側に自分の許に近づいてくるゴレタンと多数の車を見つけ、ゴレタンの車体部分に腰を下ろして防具一式を着けた藤原が右手を振っているのを確認する。
「……藤原三佐?…………!そうだ!あの黒いのは?」
「もう終わりましたよ」
ようやく意識がはっきりしてきた伊部の問いに、光秋は応じながら足元の人型を指し示す。
「!…………夢じゃ……」
「?」
伊部が小声でなにか言いかけるが、直後に、
「?……なんで髪解けてるんだろう?ゴム知らない?」
「どこかに落ちてませんか?」
と、質問に応じつつ、シートベルトを外して左の肘掛から身を乗り出して床を捜してみる。
人型との戦いに夢中で気付かなかったが、2人のヘルメットと飲みかけのペットボトルがコクピット後部に押しやられている。
―よく考えたら、だいぶよく動いたもんなぁ……!―「ありましたよ」
思いつつ、操縦席のそばに落ちていた黒い髪留め用のゴムを拾って伊部に差し出す。
「ありがとう」
応じながら受け取った伊部はそれを口に銜え、両手で長髪を後ろに束ねてゴムで締める。
ゴレタンがニコイチの右前に停車すると、光秋はニコイチに左膝を着かせ、ハッチを開けて機外へ出る。その間に、伊部は2つのペットボトルを拾ってヘルメットを被り、光秋にもヘルメットを渡す。
機外に出ると、光秋はニコイチの右手をハッチの上に置き、
「どうぞ」
と伊部に呼び掛け、伊部が掌に乗るとそれをゆっくりと地上へ下ろす。
伊部が掌から降りたのを確認すると、光秋は右の肘掛に通信機を納めてカプセルを取り出し、防弾ベストを退かす様にして上着の内ポケットに入れ、ヘルメットを被って席を立ち、リフトを出して下へ降りる。
周りを見ると、ニコイチと人型の周囲に人だかりができている。
リフトから降りると内ポケットからカプセルを出し、その先端をニコイチに向けて収容する。
―……そういえば、今回は抱かなかったな…………―
唇に先程のことを意識しなが、ふと思う。
「加藤!」
「!」
呼び掛けにカプセルを内ポケットに仕舞いながら振り向くと、防弾ベストを着けた小田一尉が歩み寄ってくる。
「小田一尉!」
応じると、光秋も一尉の許に歩み寄る。
が、
―!?……―
3歩程歩いたところで脚に力が入らなくなり、崩れる様に地面に両手を着いてしまう。その拍子に、被っていたヘルメットが頭から落ちる。
「加藤!?」
「おい!どうした!?」
小田が驚きの声を上げながら駆け寄り、それを聞いた防弾ベストを着た竹田二尉も後に続く。
「……大丈夫です……ちょっと疲れが出たみたいで…………」
光秋は右手を上げて応じるが、体中に鉛が付いた様な重さを感じ、疲れていると自覚する。
―考えてみたら、あの暗い空間での戦いでもうばててたんだ……
「念のためだ、上杉の所へ運ぶ。竹田、車を持ってこい」
「はい!」
そんなことを思っている間に藤原が指示を出し、竹田が人混みを掻き分けて駆けていく。
伊部も光秋の前にしゃがみ、心配な顔で問う。
「大丈夫?」
「……大丈夫ですよ……」
光秋は、言葉通りであるよう努めながら返す。
「退いてくれ!急患なんだ!速く!」
怒声とクラクションを響かせながら、竹田が人混みを掻き分けて光秋の左前に緑の軍用車を停める。
と、
「三佐。私も付いていきます」
伊部が光秋の左腕を肩に回して立ち上がらせ、車まで並んで歩く。
「そうしてくれ。加藤はゆっくり休め。後のことは儂らに任せろ」
「ありがとうございます…………」
藤原の言葉に、光秋は少し申しわけないと思いながら返す。
伊部に手伝われる様にして、光秋は後部左の席に沈む様に座り、伊部も右の席に座ると、前部右の運転席に着く竹田が後ろを見やり、
「いいか?出すぞ」
と確認する。
「どうぞ」
伊部が応じると、車は人混みを掻き分けながら後退し、左折してゴレタンが来た方向へ向かう。
「そうだ。これ飲んでおいたら?少しは楽になるかも」
言いながら、伊部は両手のペットボトルを見比べ、
「……こっちだね。私殆ど飲んでなかったから」
と、左手の中身が四半分程減っている方を差し出す。
「ありがとうございます……」
受け取ると、光秋はキャップを開けて中のスポーツドリンクを一口飲む。
「…………」
すっかり温くなってしまっているものの、若干の甘さが体中に溜まった疲労感を和らげてくれる。
5分程して、一行を乗せた車は白地に赤十字が描かれた病院用テントの前に停まる。
光秋は車から降りると、右手で車の屋根を掴む様にして、ろくに力が入らない脚をなんとか立たせる。
「来たか」
「上杉?」
テントから出てきた白衣を羽織っている上杉に、車から降りた竹田が応じる。
「一尉からの連絡で聞いてます。速く」
「おう。伊部」
「はい」
竹田に応じつつ、車から降りた伊部は光秋の許に駆け寄り、左肩を首に回させる。
「……」
それに対して光秋は、伊部への申しわけなさと、自分への少々の情けなさを感じる。
―あんなに戦った後だから、仕方ないといえばそうだが……―「すみません…………」
思わず小声で呟く。
「なに言ってるの?別に謝ることなんてないよ。加藤くんは今日頑張ったんだもん!」
「…………はい…………」
テントに向かいながら返された伊部の言葉に、少しだけ気分が楽になる。
「ほら、オレにも」
「ありがとうございます」
駆け寄ってきた竹田にも右腕を回され、光秋は両脇を2人に抱えられる形でテントに入る。
テント内には左右に2つずつベッドが置かれており、光秋は左手前のベッドに近寄る。左手首の数珠と腕時計を外して上着のポケットに仕舞い、防弾ベストとプロテクター、上着、右脹脛のホルスターを外して竹田に渡す。
靴を脱いでベッドに上がると、ワイシャツのボタンを2つ外し、メガネを外して枕元の左側に置き、布団を被って横になる。
―終わったんだ…………―
楽な体勢になったことで疲労感がどっと沸き出すと共に、強い安堵を覚える。
「…………」
加えて強烈な眠気も覚え、光秋の意識は一気に遠ざかっていく。
「……!」
「……」
「……」
―?…………―
暗い意識の中、光秋は遠くで複数の人が話しているのを感じる。なにを話しているのかはわからないが、1人はかなり興奮していることは何となしにわかる。
―……なんだ?…………―
「加藤が運ばれたって聞いて……加藤!」
「寝てるだけですよ!調べたけど、特に異常も見当たらなかったし」
―上杉さんと、もう1人は……タッカー中尉?―
意識がはっきりしていく中で、光秋は興奮している声がタッカー中尉のそれであることに気付く。
―なんだろう?…………―
思いながらゆっくりと瞼を開けると、声のする方――右の足側に、飛行服姿のタッカーと上杉を見る。
「!かと……ジャップ!」
光秋の視線に気付いたタッカーが、速足で歩み寄ってくる。
「……タッカー中尉」
呟く様に応じると、光秋は上体をゆっくりと起し、深呼吸をしつつ体を伸ばすと、左枕元のメガネをかけてタッカーを見る。
「もう少し寝てた方がいいんじゃないか?」
光秋の左側に歩み寄りながら上杉が言う。
「……大丈夫そうです。ぐっすり寝たら、疲れも取れたみたいで」
まだ若干の疲れを覚えつつも、寝る前に比べてずっと軽くなった感じに、光秋はそう応じる。
「どれ?」
上杉は右手を光秋の額に当てると、目をつむって集中する。
「……確かに。もう粗方回復してるみたいだな」
「なんだよ。心配して損したぜ……」
上杉が手を離しながら言うと、タッカーが安堵した顔で呟く。
「お前が勝手に心配してたんだろ?」
「……」
加わってきた嫌味を含んだ声を聞き、光秋は左の足側に制服姿の竹田が丸椅子に座っていることに気付く。その右隣には、飛行服姿の純が立っている。
「まぁとにかく、無事でよかったじゃないですか」
少々焦りを浮かべた純が、タッカーと竹田を見やりながら言う。
「心配かけてすみません。お騒がせしました」
言いながら、光秋は深く頭を下げる。
と、
「……ところで、伊部二尉は?」
「昼飯取りに行ってるよ。もう12時回ってんだ」
周りを見回しながら訊く光秋に、竹田が応じる。
「しかし、前は5時間も寝てたのに、今回は運び込まれたのが10時半頃だから、1時間半くらいでほぼ回復か……そう考えると、すげぇもんだな」
光秋を見ながら、上杉は本当に感心している様子で言う。
と、
「……!加藤くん!もう大丈夫なの?」
「伊部二尉……大丈夫です。お騒がせしました」
両手で2枚重なっている一枚皿を持った制服姿の伊部がテントに入りながら心配そうな顔で問い、光秋は頭を下げながら応じる。
その間に、上杉はテントの隅から小さい机の様な台を持ってきて、
「ほれ。食卓だ」
と、それを光秋の脚を跨がせるようにベッドの上に置く。
「ありがとうございます」
光秋が応じると、伊部はベッドの右側に歩み寄り、
「タッカー中尉と、純君も来てたのね」
言いながら、重なっていた一枚皿の1つと、皿の上に載せていた水の入ったコップ1つをテーブルの光秋の許に置く。
「……」
食べ物を前にして、光秋は思い出した様に急激な空腹感を覚える。
「私は加藤くんと一緒に食べてるから、みんなも食べてきたら?」
「そうだな。上杉」
「はい」
伊部が出口近くに置いてある丸椅子を1つベッドの左側に運びながら言うと、竹田は応じながら立ち上がって出口へ向かい、上杉もそれに続く。
一方、
「俺はいい」
「……ボクも」
タッカーと純はそう応じ、タッカーは光秋に顔を向ける。
「ジャップ、食べ終わってからでいいが……何が起こったのか、訊かせてもらうぞ。着替えてからまた来る」
言うとタッカーは出口に向かい、純も一礼してその後に続く。
―やっぱり、か……予想はしてたが……―
2人が出て行った出口を見ながら、光秋はそう思う。
―ま、こうなった以上は、話すべきか……『機密』と言って引き下がる様な人でもないだろうし、タッカー中尉にも僕のことを知っておいてもらった方が、僕も心強いと思ってるのは確かだ……それはそうと……―
思うと光秋は、台の上の一枚皿に視線を落とす。
―今は食べよう!―
思うや両手を合わせて皿の上の箸を右手に持ち、白飯と肉主体の昼食を食べ始める。
―……その時は、伊部二尉のも立ち会ってもらいたいな……―
左手に持ったコップで水を飲みつつ、左側で丸椅子に座って同じ物を食べる伊部を見ながらそう思う。
いかがでしたか。
進展がない代わりに、人同士の関わりに重点を置く形となりました。みなさんは彼らをどう感じましたか?
では、また次回。