白い犬   作:一条 秋

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 さて、前回終盤の突然のアクシデントの続きです。どんな展開が待っているのか?
 では、どうぞ!


31 異界の使者

 異様な事態からの衝撃から立ち直ると、光秋は大穴からかなり離れた辺りでニコイチを滞空させ、左耳の通信機に意識を向ける。

「UKD‐01より各機。演習空域に異常事態発生。周りからも確認できますか?」―……声が震えてるな―

言いながら、自身が抱いている恐怖を自覚する。

(こちらレッド・リーダー。こちらからも確認できてる……いったい何だ?)

―こっちが訊きたいですよ……―

通信機越しのタッカー中尉の呟きに、光秋は心の中で思わず呟く。

 と、

「……!」

穴の中から黒い物体が吐き出される様に現れ、物体が出ると同時に穴は空に溶け込む様に消えてしまう。

 光秋はすぐにモニター右側に表示された拡大映像に目を凝らし、穴から出てきた黒い物体が人型であることを確認する。腕や脚はニコイチと同じように丸みを帯びおり、節々は黒いカバーで覆われているが、脚は膝から足先に向かって広がる扇状である。両腕には肘から手首までを覆う長八角形状の分厚い盾の様な物が付いおり、その手首側には3本の細い縦穴が空いている。胴体部上部を殆ど覆うほどの2枚の装甲板は胸筋を想起させ、その下には長八角形の赤い扉の様なものが付いている。半球形の頭部には円形のカメラらしきものが2つと、3本の穴を持つ排気口の様なものがあり、それぞれ目と口に見えないでもないが、それ以上に、目はガスマスクのレンズの様な無表情な印象を与え、排気口は口というよりも(くつわ)を想起させる。

 黒い人型がゆっくりと地上に降下するのを見つつ、光秋は拡大映像の右隣に出た情報表示に目をやる。

 が、

―?……『該当データ無し』?―

表示内には拡大映像と同じ映像の上に「該当データ無し」という文字を重ねて映すだけであり、説明欄も全て「不明」と書かれている。唯一「全長」の欄だけが「10メートル」とあるだけである。

―10メートル……ニコイチと同じくらいか―

 と、

(演習参加者全員に告ぐ!異常事態発生。監視衛星の映像から未確認機を確認。至急演習中止。各自実弾に換装後、アンノウンを包囲せよ!繰り返す!)

通信機から男の慌てた声が響き、光秋は左隣に立つ伊部二尉に顔を向ける。

「演習中止、実弾に換装後、コイツを包囲せよと」

「……了解」

若干の不安を含んだ伊部の返事を聞くと、光秋は前を向き、視界の右端にF‐15を先頭にした編隊が行き過ぎるを見、自分も左パネルの地図で現在位置を確認し、黒い人型の上を左に迂回して装備品置き場に直行する。

 と、

「…………加藤くんが現れた時と、同じだね……」

「!?」

伊部の呟きに、光秋はハッとし、顔を向ける。

「今の、どういうことです?」

「え?あぁ、加藤くんがニコイチに乗って落ちてくる前にも、さっきみたいに稲妻が走って、空に穴が開いたの……ただあの時は、割るような感じじゃなくて、空間が液体でも混ぜる様に歪んで、白い穴が開いた感じだった気が……加藤くんは覚えてない?」

「いや、僕は……真っ白な空間の中を進んで行ったと思ったら、いきなりこの場所に出たって感じで、こっちに来る前後がどうなってたかわからなかったんです」

「そうなの?」

―しかし、だとしたらあの黒い人型……神モドキさんに関係が?…………―

その推測が、光秋の恐怖と不安を一層強める。

 

 装備品置き場上空に戻った光秋はゆっくりとニコイチを着地させると、通信機に意識を向ける。

「こちらUKD‐01。ただ今戻りました。実弾への換装お願いします」

(大河原だ。了解した)

大河原主任の緊張を含んだ声が応じる。

「それと主任、N砲も持ってきてあるんですよね?」

(あるが?)

「それも用意しておいてください。相手の能力がわからない以上、できるだけ備えておきたいんで」

(了解だ。とりあえずまず、ガトリング砲の方を先にやる。そこで待機していてくれ。あぁあと、安全のため盾と砲は下ろしてくれ)

「了解……ここで待機してくれと」

「わかった」

 伊部に報告すると、光秋はニコイチに左膝を着かせ、ガトリング砲と盾をニコイチの左右に置き、椅子の背もたれに寄りかかって実弾の用意が終わるのを待つことにする。伊部もヘルメットを取って椅子の左脇に腰を下ろし、2人は束の間の休息を楽にして過ごすように努める。

 が、

―…………いかんなぁ―

漠然とした不安と恐怖から、光秋は体中の不快な力みを取れずにいる。

 と、

(加藤ぉ!)

「!」

通信機から上杉の声が響く。

「上杉さん?なにか?」

「!」

光秋の応答に、伊部も顔を向けて興味を示す。

(ニコイチの足元にいる。ちょっと出てきてくれ)

「はい?……」

応じると、光秋は伊部を見、

「上杉さんが『出てきてくれ』と。ハッチ開けます」

用件を伝えてハッチを開け、操縦席を機外へ出す。

―足元って……!―

下を見回し、ニコイチの左膝の近くに白衣姿に右手に持った通信機を耳に当てている上杉を見つけると、光秋は顔を向けながら通信機越しに言う。

「なにか?」

(スポーツドリンクの配給だ。上げてくれ)

言いながら上杉は、左脇に抱えている物を示す。光秋にはよく見えないが、スポーツドリンクが入った水筒かペットボトルと察する。

「了解」

応じると、ニコイチの左手を指し出し、通信機を白衣のポケットに仕舞った上杉が乗った手をハッチの上に置く。

 光秋の前に来ると、上杉は右手に持ったペットボトルを指し出す。

「ほい」

「ありがとうございます」

礼を言ってそれを受け取ると、光秋は早速フタを開けて一気に四半分程飲む。演習と異常事態から来る緊張で少しばかり溜まっていた疲労感が心なしか軽減し、少しでも糖の味を覚えたことで僅かながら安らいだ気分になれる。

「ところで、なんで医療班の上杉君がこんなことを?」

上杉からペットボトルを受け取りながら伊部が訊く。

「配給担当のスタッフは皆待機者が大勢いるとこに行っちまって、今は暇な医療班も手伝わされてるんすよ」

「……そう」

「……」

上杉の「今は」という言葉に、光秋は一層不安を抱く。

 その様子を見てか、上杉は微笑を作りながら、

「そんな顔すんなよー。根拠はないけど、これからも暇だと思うし、なんかあっても、世界の合軍とESOのエース軍団相手じゃ、何が相手だろうとひとたまりもねぇって!それにほら、天下の白いお犬様もいることだし!」

と、努めて明るい声で言い、両手で光秋の両肩を軽く叩く。

「ありがとうございます…………」

光秋も明るく努めた声を返すが、不安は減ることはない。

―神モドキさんに関係があるなら……あるいは…………―

 

 同じ頃、異常事態の報告を受けて現場に来た富野大佐は、左隣に立つ横尾中尉と共に、木々を挟んで視線の先に直立している黒い人型を凝視する。

 その周囲は、多数の戦車が砲口を黒い人型に向けて円形に包囲し、上空では常に4機の戦闘機が旋回を続けながら交代で待機している。

 そんな状況にも関わらず、黒い人型は棒立ちになったまま指1本動かす気配もない。

 と、

「富野君!」

「!」

呼び掛けられた富野は声のした右後ろを振り向き、短い黒髪に細身の顔つきをし、青服の上に富野たち同様防弾ベストを着た男が駆け寄ってくるのを見る。演習時、武装集団側の指揮をしていた男である。

安彦(やすひこ)か?珍しいな、現場に来るなんて」

「衛星からの映像だけじゃね。直接見なきゃわからないこともあるさ……で……」

富野と顔見知りの口を利きながら、「安彦」と呼ばれた青服は黒い人型に目を向ける。

「出現時の様子は衛星からの映像で観たが、派手な登場にわりに、その後カカシみたいに動かない……と?」

「あぁ。我々がこれだけの戦力を向けても気に留める素振りすら見せない。アレに『気』といえるものがあればの話しだがな……もっとも我々も、相手の能力がわからない以上、無暗に刺激して戦闘を行うようなリスクも犯せん……」

富野はもう一言言いたそうな顔をするが、すぐにその言葉を飲んでしまう。

 安彦はそれを察した様な顔をし、

「だね。今のところ、紳士協定といったところか……」

と、静かな声で返す。

 

(二曹!実弾の用意完了だ。今そっちに送るから、模擬弾と換えてくれ)

「了解です」

大河原の通信に答えた直後、ニコイチの足元に5つのガトリング砲の弾倉がテレポートして来る。

「じゃあ、上杉さん降りてください。換装が済んだらすぐ出ないといけないんで」

「了解……医者がこんなこと言うのも変かもしれないが……怪我すんなよ!」

「……はい!」

光秋が意識して覇気のある返事をすると、上杉はハッチの上に置きっぱなしになっているニコイチの左手に乗り、光秋はそれをゆっくりと地面に下ろす。上杉が手から降りるのを確認すると、操縦席を機内に下ろしてハッチを閉め、ニコイチの両腿の荷台の模擬弾と足元の実弾を交換する。

 右手に持ったガトリング砲の弾倉も交換し、左手に盾も持つと、左隣に椅子に掴まり立っている伊部を見る。

「じゃあ……行きます」

「どうぞ」

返事を聞くと、ペットボトルのスポーツドリンクを軽く一口飲んでそれを膝の上に置き、両手を操縦桿に置いてニコイチを直立させる。

 

 光秋がガトリング砲の弾の交換を終えた頃。

「!」

富野大佐は目の前の黒い人型の目が緑色に光ったかと思うと、その扇形の両足がふわっと地面から浮き上がり、上昇を始めるのを見る。

「動き出した!?」

富野の右隣に立つ安彦が驚愕の声を上げる間に、黒い人型は上空に待機していた戦闘機群よりも高い高度まで急上昇し、体を後ろに振り返らせると背面にあるニコイチと同じ形の円形の溝が露わになる。しかし、ニコイチが溝から白い光を放つのに対し、黒い人型は黒い影の様な不定形なものを放出している。

 一瞬後、黒い人型は背面の溝を少し吹かすと、かなりの速さで前進を始める。

 

 黒い人型の上空に待機していたタッカーは、人型が自分たちを歯牙にもかけずに飛び去ったのを見、強い反感を覚える。

―野郎!何者か知らねぇが、マンガみてぇなふざけた格好しやがって!その上俺たちは無視かよ!―「各機!あの黒い奴を追うぞ。俺に続け!」

一気に言うやタッカーは自機のF‐22のジェット光を強め、拳程の大きさになりつつある黒い人型の後を追う。

(((了解!)))

同時に応じた純を含めた他のF‐223機もタッカー機の後を追う。

 

「……!」

 ニコイチを立ち上がらせ、右ペダルに足を置こうとした刹那、光秋は前方から冷たい刃物を押し当てられる様な強い悪寒と不快感を覚える。

―何だ?……―

思いつつ、正面の悪寒を感じる辺りに目を凝らす。

 と、

「!」

その意思を拾ってモニターに表示された拡大映像に、光秋はこちらに向かって上空を一直線に飛んでくる黒い人型を見る。

「こっちに来た!?」

左隣でヘルメットを被ろうとしていた伊部が驚愕する間にも、人型は高度を下げながら真っ直ぐニコイチへと接近してくる。

「……!」

 光秋は意を決し、通常映像に切り替わった人型に赤いマーカーが付くのを見ると、すぐにガトリング砲を向け、レーザーとマーカーを合わせて引き金を引く。多数の弾が人型に殺到し、着弾で発生した黒煙が人型を覆い隠す。

「……やったか?」

モニター越しに見る限り撃った弾の殆どが人型に当たった様子に、緊張した声で呟く。

 しかし、

「!」

人型は煙を掻き分けてニコイチとの距離を一気に詰め、肩溜めにした右拳を繰り出す。

「!」

咄嗟に大きく後退してそれを避けると、盾を胸の前に構えつつ再びガトリング砲を放つ。

 が、

「!?」

多数の弾が人型に当たり爆発を起こすものの、人型には損傷どころか傷一つ付くことがない。

 と、

(ジャップ!上昇しろ!)

「!」

通信機のタッカーの声を聞き、光秋は右ペダルを一杯に踏んで急上昇をかける。

 直後に人型の背後の4機のF‐22から8発のミサイルが放たれ、人型を中心に巨大な火球が咲く。

「今度こそ、やったか?……」

火球の上を横一列になって飛ぶ4機のF‐22を見下ろしながら光秋は呟く。

 だが、

「!」(馬鹿な!?)

タッカーの驚きと同時に、人型は火球の中から飛び上がって一気にニコイチに迫る。

 同時に右腕の盾の手首側の穴から包丁の様な形をした三本の(やいば)を生やし、間合いを詰めたニコイチにそれを突き出す。

「!」

光秋はすぐに後退して刃を避け、近距離でガトリング砲を放つ。

 が、人型はそれを意に介さず、高く上げた右腕を振り下ろす。

「!」

光秋は後退をかけつつ、胸の前に出した盾でそれを受ける。

「……!?」

 一瞬後、左腕に浅い切り傷の痛みを覚えたかと思うと、視界の端に大小3枚の緑の板が落ちていくのを見、盾が持ち手部分だけになっていると理解する。

―盾を切った!?―「コノォ!」

瞬間的に激するや、残った盾を脇に捨てると同時に右脚を伸ばし、人型の腹部に力一杯の蹴りを喰らわす。

 まともに喰らった人型はバランスを崩した様子で後ろに飛ばされ、その隙に光秋は急上昇して人型と距離を取る。

 直後、

(二曹!)

大河原から通信が入る。

「主任?何か?」

(ソイツにガトリング砲は効果がないようだ。N砲を送るからガトリング砲を放せ!)

「了解!」

言うとすぐに光秋はガトリング砲の持ち手から手を放し、ガトリング砲が消えたのと入れ違いに現れたN砲の持ち手を掴んで砲口を下にいる人型に向ける。

「!」

すでに体勢を立て直して突進してくる人型に向かって2発連続で放つ。

 が、人型は両腕の盾を前に出して2発とも無傷で受け流し、再び一気に間合いを詰める。

「クッ!」

人型が左拳を放つ直前、光秋は相手の右側に回り込み、

「!」

近距離で人型の右肩に向けて一射する。

 命中し、爆発に煽られた人型は左拳を空振りさせた体勢のまま左に落ちる様に飛ばされ、その間に光秋は再び上昇して距離を取る。

―これだけやっても何ともないってことは、コイツ……ニコイチと同じ!―

目前の無傷の人型を見て出した漠然とした理解に、より一層の恐怖を覚える。

 が、一方で、

―……待てよ―

光秋は間合いを保ったまま人型に一射し、

「!」

当てられた人型が間合いを詰める間に左に回り込んで横腹に左蹴りを入れる。

 よろけた人型から後退して間合いを取りつつ、

―やっぱり!見た目通りニコイチよりも頑丈そうだが、同時にニコイチよりも重くて遅いんだ!―

と、相手の短所を見つけ、光秋は少しだが自信を持つ。

「それなら!」

「?どうすの?」

 伊部の問いには答えず、光秋は人型の後ろに回り込み、

「!」

一気に間合いを詰めて人型の背の円形部分に右蹴りを入れ、間髪いれずにN砲を一射する。

 すぐに後退して間合いを取りつつ、

「コイツ、ニコイチより遅いんです。今の様に一撃離脱を繰り返していけば、いずれは!」

伊部に結論から出した戦い方を説明する。

―もう一丁!―

 思いつつ、光秋はこちらを振り返った人型の左に迂回し、

「!」

背後に回り込んで背中に左蹴りを入れ、N砲を向けて引き金を引く。

 が、

―しまった!―

砲弾は放たれず、その間に振り返った人型の広い左足がニコイチ胸部のコクピットを正面から蹴り上げ、光秋は胸が爆発した様な激痛を覚える。

「うっ!…………」

自分の小さな呻き声を意識の隅に聞きながらも、束の間意識が遠退き、ニコイチは背中から力なく地面に落下していく。

 背中が地面に着く直前、

「加藤くん!」

「!」

伊部に左肩を強く揺すられて我に返るや、咄嗟に右ペダルを踏んでNクラフトを吹かし、弾む様に急上昇してなんとか体勢を立て直す。

―いかん。油断したな―

 心中に自省を呟いた直後、光秋は接近警報が鳴ると同時に右側に菱形の編隊を組んで近づいてくる4機のF‐22を見つける。

(俺の上に乗れ!)

―タッカー中尉か!どれだ?―

通信機の声を聞いて思った直後、その意思と通信源を拾ってか、菱形の先頭機に青いマーカーが付き、光秋はその機の真上に接近して左手を吸気口に引っ掛け、落ちる様にタッカー機に密着する。

 直後に右後ろから迫ってくる悪寒と接近警報を感じ、

「急いで!」

と、通信機に怒鳴り、すぐにタッカー機を先頭にした編隊が急速に人型から間合いを取る。

 間を置かず、光秋は大河原に通信を送る。

「主任!弾の補給を!」

(そんなに速く動いていては無理だ!せめて速度を落とさんとここにいるテレポーターでは届けられん!)

「……」

大河原の返答を受け、光秋は後ろを振り向いて様子を見る。

 が、速度こそニコイチや戦闘機に劣るものの、未だ間合いを詰めんと執拗に追いかけてくる人型を認め、

―無理だ!―

即断する。

「速度を落としたら奴に捕まります!この状況で失速なんて無理です!」

(だが、このままだと補給もできんぞ!)

「!……」

大河原の返答に、光秋は押し黙ってしまう。

 と、

(まったく!)

「?」

外音スピーカー越しに聞き覚えのある声を聞いたかと思うと、視界の右端を小さい影がすれ違う。

「!」

「あれって!」

伊部の呟きを聞きつつ、顔を向けて追ってみると、拡大映像の中に人型に正面から接近する曽我の背を見る。

「曽我さん!離れて!」

防弾ベストしか付けておらず、頭部にいたっては素頭の曽我を見、光秋はすぐに通信機に呼び掛ける。

 が、

(あんなオモチャみたいな相手に、いつまで手間かけてるの!)

怒った声で返すや、曽我は滞空して右手を勢いよく前にかざす。

 しかし、

(……あれ?)

―やっぱり!―

曽我の戸惑った声を聞き、光秋は薄々予想していたことを確信に変える。

―超能力耐性か!―

 直後、

「!」

人型が左手を曽我に伸ばすのを見るや、タッカー機から離れて上昇し、人型を真下に捉える。

「!」

瞬時に右脚を真っ直ぐに伸ばし、右ペダルを一杯に踏んで急降下をかけ、人型の頭上に落とし蹴りを喰らわす。

 体勢を崩した人型が落下するのを横目で見つつ、光秋は左手で曽我を掴んで上昇する。

(ちょっと!放しなさい!)

ニコイチの手を両手で叩きながら怒る曽我を顔の前に持ってくると、光秋は心なしかドスが利いた声で通信機越しに言う。

「退がってください!アレには超能力は効かないんです!」

(?……どういうこと?あなた何でそんなこと……)

 と、曽我が困惑した顔で応じた直後、

「!」

光秋は真下から急速に迫ってくる悪寒と接近警報を感じ、

「話しは後!とにかく離脱して!」

早口に応じ、左手を開いて曽我が全速力で上昇しつつ後退するのを見届ける。

 直後、

「!」

光秋は下に目前まで迫った人型を見、人型は3本の刃を生やした両腕をニコイチのコクピットへ伸ばす。

 咄嗟に後退しつつ上昇して間合いを取ろうとする。

 が、

―間に合わない!―

 が、直後に人型の背後に爆光が咲き、前によろけた拍子に両腕の刃がニコイチ両腿の弾倉の荷台の輪を切る。

 落ちていく荷台とガトリング砲の弾倉、体勢を立て直そうとしている人型を視界の端に見つつ上昇を続け、

―攻撃?何処だ?―

光秋は下界を見回す。

 と、

「!」

モニター右側に表示された拡大映像越しに、木々の合間から隠れる様にして砲身を伸ばすゴレタンを見つける。

 直後、

(加藤!無事か?)

通信機から小田一尉の声が響く。

―声が震えてる?―「小田一尉!ありがとうございます!」

一瞬小田の声の調子に疑問を抱くものの、光秋はすぐに礼を言う。

 と、

(待たせたな!そのまま上昇を続けろ。巻き込まれるぞ!)

「?」

通信機越しの藤原三佐の指示に疑問を感じつつも、すぐに右ペダルを深く踏んで人型との間合いをさらに開ける。

 ニコイチが充分に距離を取った直後、

(各自一斉砲撃!撃てぇ!)

「!」

通信機に富野大佐の声が響いたかと思うと、下界に広がる緑の合間から次々と砲弾が上がり、ニコイチに迫ろうとしている人型をタコ殴りにする。

 四方八方から休みなく殺到する無数ともいえる砲撃に、人型は前後左右に煽られ、すぐに大きな黒煙の中に消える。

「!……これは……」

(有事に備えて用意しておいた戦車や重火器類の一斉攻撃だ。これなら黒い奴もひとたまりもあるまい!)

光秋の驚愕を含んだ呟きに、藤原は自信満々の声で説明してくれる。

「……」

 その間も休みなく黒煙に向かって行われる無数の砲撃に、光秋はそちらにも漠然とした恐怖を覚える。

「……凄い…………」

―…………これが……戦争?―

伊部の声を聞きつつ、光秋の心中にそんな言葉が浮かぶ。

 しばらくすると砲撃は散発的になり、やがて地上からの砲火が止んで黒煙がゆっくりと晴れる。

 と、

「……!」

光秋は眼下に、前に組んだ両腕をゆっくりと開く無傷の人型を見る。

「……」

(……馬鹿な…………!?)

声が出ない光秋に代わる様に、藤原の静かな驚愕が通信機越しに響く。

 と、

「!」

表情のない顔を上げた人型はニコイチを見据え、光秋は全身に冷えたナイフを当てられる様な非常に強い悪寒を覚える。

 直後、

(コノォォォ!)

(中尉!無茶です!燃料だってもう殆どないんですよ!)

「!」

通信機にタッカーと純の叫びを聞いて気を取り直すや、人型に背後から機銃やミサイルを放ちながら迫るF‐22を見る。

―タッカー中尉?……!―

 思った直後、人型は銃弾を意に介さず、ミサイルを左腕の盾で受け流しながら振り返り、間近まで迫ったタッカー機に右腕の刃を伸ばす。

「中尉!」

(!)

光秋が思わず叫ぶのと同時に、タッカー機は人型の左に回り込み、切っ先が左翼の底を擦れるもののなんとか刃の直撃を回避する。

「……コノォォォ!」

叫びつつ、光秋はN砲の持ち手を両手で持って高く上げ、人型の背後に急降下して頭部にその砲身を叩きつける。

 が、

―!折れた!?……!―

視界の端に本体から離れた砲身が跳ぶのを見た直後、人型は振り返りざまに右回し蹴りを喰らわし、光秋は左脇腹に激痛を覚えながら地上へ落下する。蹴られた弾みでN砲本体も落としてしまう。

「……!」

しかし今度は意識が遠退くことなく自力で体勢を立て直し、樹上直前で滞空して上を見る。

 直後、

「!」

人型が右腕の刃を伸ばしながら頭から一気に降下し、後退しようとするが間に合わず、目前までの接近を許してしまう。

 一杯に伸ばされた腕先の3本の刃がニコイチの頭上に迫る。

―ダメか!―

 が、直後、

「!」

人型の背に爆光が咲き、よろけた隙に一気に後退して間合いを取る。

「……!」

直後に響いた接近警報に上を見ると、多数のF‐15・F‐22の混成編隊が後ろから前へと行き過ぎ、何機かは人型にミサイルを放つのを見る。

 と、

(ブルー・リーダーより先行していた各機へ。遅くなった。各自一度後退して補給に入れ。その間我々が引き継ぐ)

(古谷隊長!……)

光秋は通信機越しに、古谷大尉の指示とタッカーの安堵の声を聞く。

 と、

(うわぁ!)

「!」

突然通信機に響いた男の絶叫に辺りを見回すと、人型が縦横に動き回って戦闘機からの攻撃を回避しつつ、近い間合いに入った戦闘機に刃や拳を当てて次々と撃墜していくのを見る。

「……」

光秋が見る限り、撃墜機のパイロットはいずれも脱出に成功しているが、コクピットの間近に刃を突き刺すという乗り手の生命を考えているとは言い難い戦い方に、身の奥から熱が湧き上がってくる様な感覚を覚える。

 そして、

―あんなことしてたら、その内死人が出る!―「……そんなこと!」

小さな叫びとなって現れた熱は光秋自身を前進させ、上空にいる人型に一気に間合いを詰めると、

「!」

人型の頭部に腰溜めにした右拳を見舞う。

 それによって人型の体勢が崩れると、瞬時に人型の上方に移動し、

「!」

頭頂に渾身の右蹴りを喰らわす。

 あまりの力に、人型は下の広場に背中から落下する。

「加藤くん!」

伊部の叱責の声が飛ぶが、光秋は応じずに人型を追って間合いを取りつつ広場に着地し、左半身を前に出して組手の構えをする。

「……!」

人型が起き上がるやNクラフトを吹かして滑る様に近づき、頭部に左突きを連続して2発入れる。

 同時に光秋の中の熱も強まり、それを表す様にニコイチの節々のカバーの隙間から赤い燐光が漏れ出す。

 しかし、

「!」

光秋は構わず右拳を人型の胸に入れ、右蹴りを腹に見舞って人型を後ろに飛ばし、そのまま右脚を前に出して右構えの組手の体勢になる。

 一連の動きから光秋の中の熱が強まるのと比例して、燐光は輝きを増す。

「……!」

そこでモニター越しにようやく燐光に気付き、ハッとする。

「ちょっと、これ!」

―いかん!また……それに……―

伊部の慌てた声を聞きつつ、光秋は起き上がろうとしている人型に目をやる。

―恐怖で思い付かなかったが、あれにももしかしたら、誰か乗ってるんじゃないか?それにこのままじゃ、また『蜂の巣』みたいに!…………―

 その認識が熱を少し冷やして冷静にさせ、燐光の輝きを弱めさせていく。

「……」

鼻で大きく深呼吸して熱を鎮め、燐光を完全に消すと、人型が体を引きずる様に立ち上がり、両腕先の刃を引っ込める。

―降伏か?さすがに限界か……―

 と、

「……!?」

光秋は背後に多数の雷鳴を聞き、振り返るとガラスが割れる様な轟音を響かせて正面の空間に黒い大穴が空く。

 直後、

「!」

背後を人型に掴まれ、そのまま抵抗する間もなく穴の方に押されてしまう。

「!…………」

「…………」

伊部が左腕に縋る様にもたれてきた感覚を最後に、光秋の意識は黒一色になる。




 いかがでしたか。
 読者の方々の中にはお待ちかねの展開と思った方もいたかと思います。期待の応えられたかはわかりませんが。
 もっとも、黒い人型との決着はまだ着いていません。次回どうなるか?
 お楽しみに!

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