白い犬   作:一条 秋

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 今回で演習の準備は終わります。が、その前にどんなことに触れるのか?
 では、どうぞ!


29 演習前夜

 それからしばらくの間、光秋は再びニコイチでの単独訓練に入る。

 ガトリング砲に慣れる他に、飛行や格闘の訓練も休みを挟みつつ並行して行う。

 

 午後2時50分。

 ガトリング砲を元の場所に戻し、空中での格闘訓練を行っていると、左耳の通信機に連絡が入る。

(加藤。小田だ。至急野営地、お前たちが今朝テント組み立ててた辺りに集合しろ。明日のことで連絡がある)

「了解、すぐに向かいます」

通信機越しに返事をすると、光秋は左パネルの地図で現在位置と目的地の位置関係を確認し、ニコイチを2時くらいの方向に向けて前進する。

 

 野営地の少し手前にある広場に着陸すると、光秋は通信機を納め、カプセルを取り出し、制帽を被ってニコイチから降りる。左膝を着いたニコイチをカプセルに収容してソレを上着の内ポケットに仕舞うと、野営地に向かって歩き出す。

 少し歩くと、緑色のテント群が見えてくる。光秋はその中に、藤原隊の誰かがいないかと歩きながら目を凝らしてみる。

「自分のテントの場所訊いてなかったからなぁ……」

と呟くと、

「加藤ぉ!こっちだ!」

「!……」

返ってきた小田一尉の呼び声に首を巡らせ、左側のテントの合間に手招きしている小田を見付け、その許に速足で歩み寄り、軽く一礼する。

「お待たせしました」

「ん。こっちだ」

小田はそう応じ、振り返って歩き出す。光秋もその後に続く。

 少し歩くと2人は、テントの前に藤原三佐、竹田二尉、伊部二尉が集まっているのを見、その許に歩み寄る。他のテントの前にも、同じ様な人の集まりがある。

「お待たせしました」

光秋は3人に向かって一礼し、テントの入り口前に立つ藤原が、

「ウム。では、明日の演習についての連絡を行う」

と、左手に持った冊子に目を向けながら応じる。

「まずその想定だが、武装集団が合軍の仮設基地を占拠、正規軍がこれを奪還する。我が藤原隊は正規軍の所属となる。集合時間は8時ちょうどだ。遅れるなよ。これ以上の詳細は、集合時に追って知らされる。また我が隊は今回、ニコイチとゴレタンの評価試験も務めねばならない。いつも以上に気を引き締めるように。またいつものことだが、演習とはいえ模擬弾等には少量の火薬も含まれているからな。()()()()()、油断しないように。連絡は以上だが、何か質問はあるか?」

「「「……」」」

藤原の問いに、小田たちは沈黙を返す。が、光秋は、

―ウチは正規軍……あの紙によその隊のことも書いてあるのかな?―

と、藤原が持つ冊子に好奇心の目を向ける。

 藤原は周りを見回し、質問はないと判断する。

「ウム。では各自解散して、訓練を再開するように」

「「「!」」」

「!……」

藤原が言い終わると、小田たちは一斉に敬礼し、光秋も少し遅れて慌てて敬礼する。

 敬礼を解くと、小田たちは振り返ってテントから歩き出す。

 と、

「三佐」

1人残った光秋は藤原に近寄る。

「なんだ?」

「その紙に、他の隊の配置も書いてありますか?」

言いながら、藤原の冊子を指す。

「ん?書いてはあるが?」

「少しの間貸していただけませんか?」

「どうかしたか?」

「いえ、ちょっと好奇心から……」

「ウーム……構わんが、訓練はいいのか?」

「休憩中に少し見るだけです」

「それならいいが……お前なら失くすこともないか」

「ありがとうございます」

言いながら藤原は冊子を差し出し、光秋は軽く一礼してそれを受け取る。

「儂はその辺りで鍛えとるから、読み終わったら持ってきてくれ」

「はい」

返事を聞くと藤原は前に歩き出し、光秋はその背に一礼する。

 1人になった光秋は、明るい場所で読もうと野営地を後にする。

 

 野営地から少し離れた広場に着いた光秋は、冊子をパラパラとめくり、

「……ここか」

「参加者所属一覧」と書かれたページを見つける。題の下には表が載っており、左から順に「名前」、「識別番号」、「所属部隊」、「演習時の所属」が書かれている。

 試しに人さし指で表の細かい字をなぞりながら自分の名前を探してみる。

―……!あった―

題が付いたページの次のページの半ば辺りに自分の名前を見つけると、指を右に動かして「所属部隊」と「演習時の所属」を見る。

―『日本ESO京都支部・実戦・一般・藤原隊』、『正規軍』……―

 表の見方を覚えると、ページを適当にめくって知っている名前を探してみる。

―……お、タッカー中尉か。所属は、『正規軍』か。同じ組だな。他は……『横尾純』。さっき会った人だな。えー……『正規軍』かぁ―

 と、

―……!―

光秋の脳裏に、先程の曽我の言葉が浮かぶ。

―『組分けがどうなるかは知らないけど、別々になったら覚えてらっしゃい!』……どうだろう?―

若干の不安を覚えつつ、曽我の名前を探してみる。

―曽我、曽我ぁ……―「あれ?」

「曽我」という名がいくつか書かれている箇所を見つけるが、「ガイア」と読めそうな文字は見つからない。

「……まさか……」

光秋は半信半疑ながら、指で表をなぞって目星を付けた名の「所属部隊」を見てみる。

―主任の名前は、三佐みたいな名前だったよな……! ―

そこには、「日本ESO東京本部・実戦・特務・藤岡隊」と書かれている。

―……やっぱりこの人か?―

思いつつ、光秋は「名前」に目をやる。

 そこには、「曽我地球」と書かれている。

―『地球(ちきゅう)』と書いて『ガイア』かぁ……なるほど。しかし親もすごい名前つけるなぁ……大地神かぁ……―

感心しつつ、光秋は曽我の「演習時の所属」を見る。

―……!『正規軍』……―

同じ組と知って、少し安心する。

―少なくとも、雪辱戦でボコボコにされる心配はなくなった……か?……―

不意に先程の曽我の記憶を思い出し、心中に再び小さな不安が起こる。

―僕あの人がどういう人間か、まだよく知らないからなぁ……案外味方でも後ろから撃ったりして……!いや、人を疑うのはよくないな!どの道明日になればわかることだし―

思うと光秋は、冊子を閉じる。

「さてと!」―休憩は終わりだ。三佐に返してこないと―

心中に呟くと、光秋は藤原を探し始める。

 と、

「加藤くん!」

「!」

突然の呼び掛けに、声がした方に顔を向けた光秋は、左前に伊部を見る。

「二尉?……」

「休憩はすんだ?さっきからずっと待ってたのに」

「待ってた?……あっ!ニコイチの訓練……」

「そう!」

「……」

伊部の少し怒気を含んだ声に、光秋は身が縮む様な気になる。

「…………すみません」

「まぁいいけど。とりあえず、それ三佐に返してこよう」

「はい」

応じると光秋は、伊部の後に続いて歩き出す。

 

「……!」

 広場の人影たちの中に藤原を見つけた光秋は、伊部と共に速足で歩み寄る。

「藤原三佐ぁ!」

「!」

光秋の呼び掛けに、周囲の青服や緑服たちに混じって訓練をしていた藤原は手を止めて顔を向ける。

「おぉ、加藤。伊部もか?」

「これ、ありがとうございました」

言いながら、冊子を藤原に差し出す。

「もういいのか?」

「はい」

「ウム……」

応じた藤原は、右手を伸ばして冊子を受け取る。

「どうだ、一緒に?」

 藤原は左拳を示しながら光秋を訓練に誘うが、

「いえ……僕は今、コッチを優先しないと……」

光秋はそれを断りつつ、右手で上着の内ポケットからカプセルを出して示す。

「そうだったな」

「……」

 光秋は藤原に一礼して後ろに振り返ると、

「二尉、お待たせしました」

と、カプセルからニコイチを出し、リフトに駆け寄る。

「……」

周りから見られている様な違和感を覚えつつ、

―感じ過ぎだろう―

と思うことでその覚えを隅に押しやり、操縦席に着いて認証を済ませ、カプセルを右肘掛に納め、通信機を左耳に付け、制帽を膝の上に置く。

 右手で伊部をコクピットに乗せてハッチを閉めると、左膝を着いているニコイチを立ち上がらせ、右ペダルを軽く踏んでゆっくりと上昇させる。

 

 高度を一定まで上げると、光秋は席の背もたれの左側に掴まって立つ伊部を見る。

「ところで、なにします?」

「そうねぇ、三佐もいないし……私はあくまで加藤くんのフォローだから、とりあえず支部ではできなかったニコイチの本格的な動きに慣れておきたいな」

「じゃあ適当に飛んだり、素振りしたりってことで?」

「うん。そうして」

「了解」

 言うと光秋は右操縦桿を前に倒し、ニコイチを前進させる。

「……」

意識の多くを操縦に向けつつも、横目で伊部の顔を見てみる。

―伊部二尉のこと忘れて勝手に休んでたこと、まだ怒ってるかな?……いや!もう過ぎたことだ!いつまで考えててもしょうがない……だな。それより、目の前のことに集中しよう!―

心中に言い切って気持ちを切り替えると、光秋はニコイチを急停止させ、腰に引いた右拳を勢いよく前に放つ。

 

 午後6時。

 休憩を挟みながらの訓練を終えた光秋は、ニコイチを広場の片隅に下ろして左膝を着かせ、右手で伊部を地面に下ろす。左耳の通信機を肘掛に戻し、カプセルを取って制帽を被り、自分もリフトで降りると、カプセルにニコイチを収容する。カプセルを上着の内ポケットに仕舞うと、伊部の許に歩み寄り、その右隣に着いて2人で食事場へ向かう。 

 伊部に続いて食事を受け取っると、周りを見回し、2人で食事ができそうな席を探す。

 と、

「……」

両手で持った一枚皿に一瞬視線を向け、若干の不安を覚える。

―カレーかぁ……―

 と、

「ジャップ!二尉!」

「!」

突然呼び掛けられた光秋は、左隣の伊部の視線を追って右側を見、少し離れた所に向かい合って座る青服姿のタッカー中尉と白服の横尾純を見つける。

「!タッカー中尉」

応じるや伊部に目をやり、軽く頷いたのを確認すると、2人でタッカーたちの許へ向かう。

 光秋はタッカーの右隣に座りつつ、

「奇遇ですねぇ」

と、タッカーと純に言う。

「俺たちはさっき訓練終わったとこだから」

タッカーは応じつつ、右手のスプーンでカレーを口に運ぶ。

「僕らもです」

返しつつ光秋も、右手に持ったスプーンでカレーを口に運ぶ。

「……」

それを飲み込むと、光秋は喉の奥に軽い痒みの様な感覚を覚え、左手に持ったコップの水を一口飲む。

 痒みが退くと、

「……そういえば、中尉の制服姿見るのも今回が初めてですね」

と、思い付いたことを言う。

「そうだっけ?」

「えぇ。初めて会った時は飛行服でしたし、その後はたいてい私服で……」

「……そうだったな」

応じるとタッカーは、カレーを口に運ぶ。

「……白い犬さんって、けっこうなんてことない話するんですね?」

光秋の左前に座る純が加わる。

「どんな話を期待してましたか?」

光秋は少々の好奇心を覚えつつ返す。

「どんなって……例えば、さりげなく武勇伝とか言うのかと……」

「僕はそんなものありませんよ。運よく」―もしくは悪く―「ニコ……01のパイロットになれたってだけで、その辺にいくらでもいる、当たり前の人間です……期待を裏切ってすみません」

「あぁいや!裏切るなんて……」

冗談の声で言った光秋に、純は慌てて返す。

 と、光秋の前に座る伊部が、

「ちょっと!純君の方が年上なんだから、そんなにあたふたしないの」

と、顔を向けて注意する。

「!……ボクの方が年上?」

伊部の言葉に純は、少し驚いた顔をする。

「そう。加藤くん、今確か……」

19(じゅうく)です」

「……ボクより3つ下なんだ……」

純は呟く様に言う。

「……」

光秋は、カレーを食べて水を飲む動作を繰り返す。

 と、

「……!そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったですね」

言いつつ光秋は、スプーンを皿の上に置いて右手を純に差し出す。

「加藤光秋です」

「!横尾純です!こちらこそよろしく」

純は少し慌てつつ、右手で光秋の手を少し強く握る。

「えーっと……『純さん』でいいですか?『横尾さん』だと、お姉さんと混同しそうなんで」

「えぇ……じゃあボクも、『光秋君』、で、いいですか?」

「僕の方はどう呼んでもらってもかまいませんよ」

互いの確認に応じると、光秋はカレーを口に運び、それを飲み込むと水を飲む。

「……」

両耳の奥がいよいよ痒くなってくる。

 それでも二口三口食べていると、我慢も限界に達し、

「……!」

光秋はコップの残り水を一気に飲み干すと、両手の人さし指を両耳に入れ、耳の穴の中を強くかく。

「?……どうしたジャップ?」

その様子を見てタッカーが問う。

「いや、カレー食べると、耳の奥が痒くなって……」

手を止めて問いに答えると、再び耳の穴をかく。

「あれ?でも……加藤くんアレルギーなんて?」

「そんな大袈裟なもんじゃありませんよ。ただどうも、スパイスが合わないみたいで……山葵(わさび)なんかは大丈夫なのに……」

心配そうな顔をする伊部に応じると、光秋はコップを持って水のおかわりを貰いに行く。

 

 食事場近くのポリタンクの許に着くと、光秋は蛇口をひねってコップの8分目まで水を注ぐ。

 と、

「……おぉ、奇遇だな」

「?……」

蛇口を閉め終わると同時に後ろから声をかけられ、振り返ると、

「!」

正面に、青服姿に右手に空のコップを持った富野大佐を見る。

「富野大佐!……お久しぶりです!……」

予想外の事態に動揺しつつ、光秋は思わず敬礼してしまう。

「ふん……」

富野は返礼せず、光秋の右脇を横切ってポリタンクの水をコップに注ぐ。

「……」

光秋は富野の方に体を向けつつも、突然の大人物との遭遇になにを話したらいいのかわからなくなる。

―大佐、つまり僕よりずっと上だし!この世界じゃ大物みたいだし!なにより最後に見せた姿が『蜂の巣』での失態だし!……―

心の中で半べそをかく様な声を上げる。

 と、

「昼の訓練の相手は、ESOの特エスか?」

富野が振り返りながら訊いてくる。

「!……はい!本部の……」

「ふん……」

緊張した声で答えると、富野は光秋の許に歩み寄る。

「以前と比べれば少しは動きがよくなったようだが、それで1人相手に、しかも反撃らしい反撃もない上で10分近くかけるようでは、まだまだだな」

「はい……」―見ていたのか?―

「まぁ、多少の進歩は認められたようだしな。明日に期待する」

 言うと富野は、光秋の左脇を横切って去っていく。

「……!はい!ありがとうございます!」

気を取り直した光秋は後ろに振り返り、敬礼をしながら遠ざかっていく富野の背に言う。

―……気に掛けてくれてるというのか?……周りの人たちの話を聞く限り、整理戦争時代の大物みたいだが……でもやっぱり、苦手だな……―

 

 食事場へ戻った光秋はタッカーたちを見つけると、テーブルにコップを置いて自分が座っていた席に着く。

「……いやに遅かったな?」

「あぁ……水汲んでたら、富野大佐に会っちゃって……」

「トミノ?……」

光秋の返答に、タッカーは知らないという顔を返す。

「陸軍の富野大佐ですよ。名前は確か……平造って」

「整理戦争の英雄の一人、『炎の貴公子』のことですよ」

光秋と伊部が補足を言ってみるが、タッカーは、

「と言われても、なぁ……」

と、知らないという顔を向け続ける。

 と、

「光秋君、平造兄さんと知り合いなんですか?」

純が話しに加わる。

「「兄さん?」」

純の言葉に、光秋とタッカーが少し驚いた顔で訊き返す。

「その、父が特エス時代に主任を務めてて、それが縁で家にもよく遊びに来てて……中尉には話しませんでしたっけ?」

「……あぁそういや、ピュアの親父さん、ESOじゃかなり有名なんだっけ?」

「横尾主任の活躍は、未だに日ESOでは伝説的扱いですよ……そういえば、純君とフミって、その人の子供だったね」

―大佐の通り名、『炎の貴公子』なんていうのか……それに、特エスだったんだ……それに……―

タッカーが少し納得する顔を、伊部が思い出した顔をする横で、光秋はそんなことを思いながら純に視線を向け、

―この人のお父さんが主任……―「世間って狭いなぁ…………」

と、小声で呟く。

 

 午後7時半。

 食事を終えた光秋は、トイレに寄った後に荷物置き場へ行き、自分のカバンを右肩に斜め掛けして藤原隊のテントへ向かう。その途中で、歯磨きのためにポリタンクの前に立ち寄る。

―……この辺だよなぁ?……!―

昼間の記憶を頼りに自分のテントを見つけ、扉のチャックを開けて靴を脱いで中へ入ると、テントの奥に3人分の荷物が運び込まれているのを見る。

 と、

「……?」

薄明かりの下で、光秋は小さな違和感を覚える。

―伊部二尉の荷物がない?……あぁそうか。寝る時は別なんだ……―

 すぐに納得すると、扉のチャックを閉め、テントの布越しに僅かに入ってくる薄明かりの下、扉と反対側の荷物置き場の近くに腰を下ろす。

 自分のカバンを前に下ろすと、

―どうせシャワーすらないし……いいな―

と、中から目薬が入った袋を取り出し、制帽をカバンの上に置いて3つの内の1つを左目に注す。

―明日何時起きだっけ?―「後で訊いとかんと……」

呟きつつ、注した目薬とその袋をカバンの上に置き、上着のポケットから財布を、ズボンのポケットから鍵を出し、2つをまとめてカバンの奥に入れる。入れ違いにワイシャツと下着の上下1枚ずつ、靴下一足、大き目のビニール袋を1枚出し、着ていたワイシャツと下着、靴下と着替えて脱いだ方をビニール袋に入れる。

「ハンカチは……いいな」

あまり使わなかったのでハンカチは替えないことにすると、ビニール袋の口を閉じてカバンに仕舞う。

 そうしつつ、目薬を3つとも注し終え、袋をカバンの中に仕舞った頃、テントに小田が入ってくる。

「お、加藤……」

「小田一尉……お疲れ様です」

光秋が応じると、小田は扉のチャックを閉め、扉の近くに腰を下ろす。

「一尉、明日の起床時間って、何時ですか?」

「確か、6時だったな」

「ありがとうございます」

 小田に礼を言うと、光秋は上着のポケットから携帯電話を出し、アラームの時刻を5時50分に合わせてポケットに戻す。

―そういや今何時だ?―

そう思って光秋は、左手首の腕時計を見る。蛍光塗料の光を出す針は、7時50分を指している。

―7時50分……少し早いだろうが、明日も早いしなぁ……―

 そう思うと、カバンを他の荷物の方に置き、荷物の近くに置いてある寝袋を1つ取って袋から布団を出し、それを床に広げる。

「なんだ?もう寝るのか?」

「はい。今日はけっこういろいろありましたし、明日も早いし。この後は、特に予定もないでしょう?」

「そうだが……」

小田に応じつつ、光秋は枕にした袋をさっきまで腰を下ろしていた辺りに置き、右側に携帯電話と腕時計、数珠、カプセルを置く。

「ところで、藤原三佐と竹田二尉は?」

両脚を寝袋に入れながら訊く。

「まだ飯だろう?訓練やめた時間が遅めだったし、2人ともよく食うしな。特に竹田は上杉と会って、話し込んでたしな」

―……上官と先輩を指し置いて寝るのも失礼かな?―

そう思うと、寝袋の奥に伸ばしていた両脚を体の方へ引き戻す。

「?……どうした?」

「いやぁ、よく考えたら、上官と先輩を指し置いて寝るのもどうかと思いまして……」

小田にそう答えながらも、光秋は瞼が重くなり始めているのを自覚する。

 それを見て小田は、

「いや、眠いんなら寝てもいいぞ。三佐には俺から言っておくから」

と言ってくれる。

「……いいんですか?」

「体調管理も仕事の内だ。その分、明日しっかりやれよ」

「はい。ありがとうございます。お休みなさい」

「おう、お休み」

小田の返事を聞くと、光秋は上着を簡単に畳んでカバンの上に置き、メガネをカプセルのそばに置いて寝袋の中で横になる。ワイシャツのボタンを2つ外して首元を楽にし、チャックを閉めて目を閉じる。

「…………」

寝る気になった体が寝付くのに、大して時間は掛からなかった。

 

 10月2日土曜日午前5時50分。

「……!」

耳元に携帯電話のアラーム音を聞いた光秋は、目を覚まし、アラームを止めて寝袋のチャックを開け、一気に上体を起こす。

「……」

深呼吸と背骨伸ばしを一緒に行い、メガネを掛け、カバンの上の上着を着ると、枕元の小物をポケットに入れ、腕に巻いていく。

 カバンからクシと鏡、髭剃り機を取り出し、髪を整えると、寝ている藤原たちを踏まないように注意して出口に向かい、扉のチャックを開けて靴を履いて外に出、チャックを閉める。

―寒い……―

 秋の早朝の寒気を感じつつ髭剃りを済ませ、靴を脱いでテントに戻ると、自分の寝袋の右隣に寝ていたワイシャツ姿の小田が上体を起こす。

「!一尉、おはようございます……」

「……あぁ、おはよう……」

光秋が声の大きさに注意して言うと、小田は欠伸混じりに応じる。

 光秋が自分の寝袋に戻ってクシと鏡と髭剃り機をカバンに仕舞い、寝袋を畳んでいると、

「ン、ンンンン!」

光秋の足側に寝ていた藤原が唸る様な声を上げながらワイシャツ姿の上体を起こす。

「三佐、おはようございます」

「おはようございます」

「あぁ……おはよう……」

寝袋を畳んでいる小田と光秋が続けて言うと、藤原は欠伸混じりに返す。

 光秋が寝袋を片付け終えた頃、

「竹田!いつまで寝てんだ。起床だぞ!」

畳み終えた寝袋を左脇に抱えた小田が、藤原の左隣に寝ている竹田を揺すって起す。

「……?……あー……はよっす…………」

ようやく起きた竹田は制服の上着を着たままの上体をゆっくりと起し、寝ぼけ顔で欠伸混じりに言う。

「おはようございます」

それに光秋は応じつつ、扉のチャックを開けて靴を履いて外に出、藤原たちが出てくるのを待つ。すぐに出てくると思い、扉のチャックは開けたままにしておく。

 少しして、上着を着た藤原と小田が出てくる。

 また少しして、寝ぼけ顔の二尉が出てくると、

「よし、皆そろったな。まずは食事だ!」

「「「はい」」」

藤原の号令に光秋たちは応じ、全員で食事場へ向かう。

 歩きながら光秋は、ふと思ってみる。

―いよいよ今日だ…………―




 いがかでしたか。
 次回からいよいよ演習に入ります。光秋たちの働きにご期待ください。
 では、また次回。

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