白い犬   作:一条 秋

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 今回は大きな催しの前の準備の話になります。
 では、どうぞ!


27 演習の前

 学校のグラウンド2つ分はあろう広場の片隅にニコイチを着地させると、光秋は左膝を着かせてカバンを持った伊部二尉を地面に下ろし、自分も制帽を被ってカバンを右肩に斜め掛けし、リフトで降りてニコイチを収容し、そのカプセルを上着の胸ポケットに仕舞う。

 と、

「おぉい!2人とも!」

「「!」」

小田一尉の呼び掛けに、2人は後ろを振り返り、自分たちの許に駆け寄ってくる小田の姿を見つける。

「小田一尉、おはようございます」

「おはようございます」

伊部が挨拶し、光秋もそれに続く。

「おはよう」

2人の近くに来た小田はそう返すと、

「とりあえず、荷物置いて野営地の設置作業だ。あの辺で指示を仰いでくれ」

と、後ろを指す。

「「はい」」

2人が同時に返事をすると、

「野営地は夕方までに完成させないといけないし、他にもいろいろやることがあるからな。ペキパキ頼むぞ!」

小田はそう言って来た方へ駆け戻っていく。

―慌ただしいな……―「じゃあ、行きますか」

「そうね」

光秋の言葉に伊部が応じると、2人は速足で小田が駆けていった方へ向かう。

 

 野営地の設置作業が行われている所、その少し手前にある大量の手荷物が地面に直に置かれている所にカバンを置いた光秋と伊部は、速足で作業場の方へ向かう。

 伊部が監督官らしき人を見つけ、2人でその許へ行くと、合軍の青い制服を着た中年くらいの男に今夜の寝室となるテントの設置を命じられる。ちょうど同じ作業に就いていた竹田二尉と合流し、3人で協力して作業を始める。

 光秋は組み立ての説明書を見たり竹田たちの指示を聞いたりしながら、2人より半動作分遅れやや四苦八苦しながらも、なんとか作業をこなしていく。

―この手のことをあんまりやらなかったからなぁ……そのツケか……―

 それでもしばらくすれば一通りの作業にも慣れ、周囲の他の作業に興味を向ける余裕が出てくる。

 青服・緑服問わず、殆どの人手は光秋たちと同じ緑色のキャンプで使う様なドーム型テントの設置に就いているが、中には小屋程の大きさがある白地に赤十字が描かれた病院用テントや、司令部となる緑屋根の脚長テント、光秋には何のためのものかよくわからない大型テントの設置に就いている者たちもいる。また、それらの合間を縫う様に大小様々な荷物を右へ左へ運んでいる者たちもいる。

 と、

「……?」

光秋は藤原三佐と小田の姿が見えないことに疑問を感じる。

「竹田二尉」

「なんだ?」

竹田は作業を続けながら応じ、光秋も手を休めずに続ける。

「そういえば、藤原三佐と小田一尉の姿が見えないんですが、2人はどこです?」

「三佐は隊長たちの打ち合わせだろう?一尉は、オレたちとは違う仕事だろう?」

―……二尉もわからないのか?―

竹田の言い方から、光秋はそう感じる。

―……後で会ったら訊けばいいか―

そう断じると、目の前の作業に集中する。

 

 日もすっかり高くなった頃にテントの設置作業を完了すると、光秋は装備品の運搬作業に就かされる。

 指示された積み下ろし場所へ行くと、トラックやテレポートによって運ばれた物資が部類ごとに仕分けして積まれており、その中から黒い丈夫そうな箱が積まれている所に向かい、内1つを両手で抱える様に持って所定の場所へ運ぶ。

―……重いな……箱自体も重いんだろうが、中身は銃器かな?―

そんなことを考えながら歩いていると、

「……?」

後ろから右の肩周りを小突かれ、歩きながら振り返ると、同じ様な箱を両手で抱え持ってすぐ後ろを歩いている小田を見る。

「一尉」

「寝床の組み立て、終わったそうだな」

小田は光秋の右隣に着きながら言う。

「えぇ」

 光秋は歩きながら応じ、小田も歩きながら続ける。

「俺も朝からこうして荷物運びやってるが、そっちも昼までには終わりそうだな……ちょっと、疲れてないか?」

「大丈夫ですよ。この程度、昔からよくやってましたし、訓練漬けで基礎体力も伸びてるでしょうし。いい運動です」

小田の少し心配を含んだ声に、光秋は疲れを見せずに応じる。

「そうか……あぁそうそう。大河原主任が呼んでたぞ」

「主任が?」

「あぁ。作業がひと段落したらでいいんだが、装備の説明があるから後で来てくれと」

「わかりました。ありがとうございます」―なんだろう?……―

思いながら、光秋は小田と並んで歩を進める。

 所定の場所に着くと、2人は同じ箱が並べられている所に箱を下ろし、光秋はその先で箱の中身の仕分けが行われているのを見る。

 青服や緑服が箱から中身を取り出し、銃器や模擬弾を種類ごとに分けて並べており、その後ろは武器庫の様相を呈している。

―……物々しいな―

思いながら光秋は、小田を追う様に振り返って積み下ろし場へ向かう。

 と、

「……?」

右前から箱を抱え持った制服が2人並んで歩いてくる。制服はデザインこそESOや合軍のそれと同じなのだが、制帽からズボンまで白なのである。

―なんだ?……―

後ろへ行き過ぎていく白服たちを視界の端に見ながら、光秋は先を行く小田の右隣へ駆け寄る。

「一尉、あの白い服の人たち、なんです?」

「あぁ、さっきすれ違った奴らか?士官学校の生徒だよ」

「生徒?」

「あぁ。白の制服は、士官学校生の制服なんだ。俺も昔着てたが……懐かしいな」

「……そうですか」

言葉通りの小田の懐かしむ顔に、光秋は短く相槌を打つ。

 

 しばらくの間、光秋は小田と共に積み下ろし場と仕分け場の往復を繰り返す。

 最後の箱を運び終えると、

「終わりましたね。さっき言ってた大河原主任ですが、どこに行けば?」

と、左隣に立つ小田に問う。

「その前に、今何時だ?」

小田の質問に、光秋は左手の腕時計を見る。

「12時5分です」

「なら、昼飯食ってから行けばいい。主任たちの方も飯の時間だろうし、遅れると炊事の連中に迷惑かけるからな」

「そうですか?」―……それもそうか。腹も減ったし、一尉の言うことも然りだしな―「わかりました」

「ちょうどいい。一緒に行こう」

「はい」

言うと光秋は、小田の後に続いて食事に向かう。

 

 食事場に着いた光秋は、小田の後に続いて食事を配っている列へ並び、配られた大小4つに区切ってある四角い一枚皿に盛られた食事を両手で持って席を探す。

 折り畳み式のテーブルが何列か並び、脚長テントの屋根で即席の食堂を成している所を見回していると、

「……?」

左隣に一枚皿を両手で持って立つ小田に腕を小突かれ、視線を追って左側に目をやると、

「……!」

藤原と竹田、伊部が集まって食事をしているテーブルを見つけ、小田と共にそこへ向かう。

「お!一尉、加藤もか」

「……」

2人に気付いた竹田に、光秋は一礼を返し、竹田の正面に座っている伊部の右隣の丸椅子に着き、小田は光秋の正面に着く。

「おぉ!今食べ始めようと思ったところだ。やっと隊全員揃ったなぁ」

竹田の右隣りに座る藤原はそう言いながら、右手に持った箸を一枚皿に伸ばす。

 光秋も手を合わせ、箸に右手を伸ばす。

 と、

「よう!ジャップ!」

「!タッカー中尉!」

合軍の青い制服を一式着こんだタッカー中尉に呼び掛けられ、タッカーが自分の右隣に着く。

「お前も来てんのかよ……」

竹田が嫌そうな顔で呟くと、

「二尉、食事時にケンカはなしっすよ」

白衣を羽織った上杉が光秋の右前に着きながら言い、

「そうそう。明日には協力して戦うんだし」

青服一式を着た横尾中尉が後を続けながら、伊部の左隣に着く。

「富野大佐も来てるんだよね?」

「うん。でも今は軍の偉い人たちと別の場所で食べてるみたい」

伊部の問いに、横尾は右手に箸を持ちながら返す。

―富野大佐……―

その名を聞いて光秋は、短い黒髪をした若い印象を持つ顔と、「蜂の巣」戦の後に藤原を通して言われた、自分は激励と捉えている言葉を思い出す。

―『このままで終わるか、上に行く者の1人となるか、()()()だ』……―

 と、

「……!ピュア!遅いぞ」

「すみません、混んでて」

「?……」

タッカーに応じた聞き覚えのない声色に、光秋は右側に目をやると、白い制服を一式着た短い黒髪に光秋と同じくらいの体つきをした、歳も大して変わらない様に見える男が上杉の左隣に座るのを見る。

 と、

(じゅん)!」「純君!」

「?」

横尾と伊部の驚いた声に、光秋はそちらに顔を向ける。

「どちら様です?」

横尾(よこお)(じゅん)君。フミの弟さん」

―弟?……―

伊部の返答に、光秋はそう思いながら右端の白服に視線を向ける。

「なんだ?横尾中尉とピュアって姉弟(きょうだい)だったのか?」

「えぇ……というか、中尉と姉も知り合いだったんですか?」

タッカーの驚きを含んだ問いに、純も少し驚いた調子で返す。

「知り合いというか……まぁ知り合いだな……」

タッカーの歯切れの悪い返答に、光秋は右手に箸を持ちながら、

―関係の切っ掛けは、綾だもんな。機密に触れるから、はっきりとは言えないか……―

と、小田と藤原を意識の隅に捉えながら思う。

 それがわかってか、横尾は話しを逸らす様に、

「ところで、純が空軍士官校に行ってるのは知ってたけど……中尉、教官でも教導隊でもないですよね?」

と、タッカーに尋ねる。

「あぁ……経験者の声を聴くってことで、偶に学校の方に顔を出すんだよ。それが切っ掛けで知り合ったんだ」

「そっかぁ……」

タッカーの返答に、横尾は頷きながら返す。

―そんな授業もあるのか……―

 光秋はそう思いながら白飯を口に運んでいると、

「……ところでひょっとして、あなた白い犬さん?」

と、純に好奇心の目で問われる。

「え?……」

口の中の物を飲み込みつつ、突然のことに戸惑った光秋は横尾と藤原に顔を向ける。

「大丈夫、純は『言うな』って言ったことは言わないから」

「はぁ……」

横尾の言葉に応じながら、光秋は純の方へ顔を向け、

「そうですが?……」

と、声の大きさに注意して答える。

 途端に純は目を輝かせ、

「本当に!」

と、嬉しそうな声を上げ、光秋の方へ身を乗り出す。

「同世代のエースとこんな所で会えるなんて感激です!あ!握手してください!」

「!?……」

興奮気味な言動に圧倒された光秋は、箸を置いて右手を差し出し、それを純に両手で力強く握られる。

「ありがとうございます!」

嬉しそうに言いながら純が頭を下げて椅子に座り直すと、

「ところで、あんたなんで加藤君が白い犬だって知ってるの?機密に触れるから私は一切喋ってないはずだけど?」

と、横尾が問う。

「タッカー中尉の話に最近よく出てくるんだよ。もちろん名前は伏せてたけど、『メガネのジャップがすごい』って」

「……ちなみに、どんな話です?」

純の返答から、光秋は漠然と嫌な予感を感じる。

「えっと……UKD‐01の飛行実験中に割り込んできたサン教の戦闘機を実弾なしで全滅させたとか、専門家でも手が付けられなかった高レベルサイコキノを手懐けたとか、あとは……」

「ちょっと待った!」

思わず手をかざして純の話しを止めた光秋は、居心地が悪そうな顔をしているタッカーを見る。

「中尉、勝手に話を作らないでくださいよ!」

「んん……」

タッカーはバツが悪そうに俯く。

「え!じゃあ、全部嘘なんですか?」

「……」

純の驚いた顔に、光秋は少し考えてから、

「実弾なしで戦闘機を撃退したのは事実です。ただし全滅じゃない。他の話も、なにを話したかは知りませんが、事実を少し誇張したものでしょう」

と答える。

「そうなのか……」

と、純は少し残念そうな顔をしながらも、

「……でも、誇張の分を差し引いたって、やっぱりすごいと思いますよ」

と、嬉しそうに言う。

「……ありがとうございます」

と、光秋は軽く頭を下げて言いつつ、

―そういうもんか?……そういうもんか……普段の弱々しさを知ったら、がっかりするだろうなぁ……―

そんなことを考えてみる。

 と、

―……!そうだ!主任が呼んでたんだ!―

思い出し、殆ど手を付けていない食事を急ぎ足で平らげる。

 一同の中で真っ先に食事を終えると、

「ごちそうさまです。一尉、主任はどこに来るように言ってましたか?」

と問う。

「大型装備の保管場所だ。さっきまで俺たちが箱を運んでた場所の近くだぞ」

「ありがとうございます」

言うと光秋は席を立って皿を返却場に返し、今朝カバンを置いた場所へ向かう。

 

 大型ポリタンクの水で歯磨きを済ませた光秋は、速足で装備品置き場へ向かう。

「……!」

山積みの弾薬の中に白髪に灰色のツナギを着た後ろ姿を見つけると、

「大河原主任!」

と、その背中に呼び掛ける。

「!おぉ、三曹!あ、いや失礼。二曹になったんだったな」

大河原は振り返りざまに言い、光秋はその前で止まる。

「装備について話があると聞きましたが、なんでしょう?」

「うん。ちょっと来てくれ」

言うと大河原は振り返って歩き出し、光秋もその後に続く。

 少し移動すると、2人は正面に、黒い6つの砲口を持つ巨大な銃器が置かれた台を認める。

「ニコイチのガトリング砲ですね」

「そうだ。ただNP蜂起制圧戦の報告を受けて、若干の改良がしてある。あそこを見てくれ」

光秋の確認に、左隣に立つ大河原は砲の持ち手側を指す。

「?……!」

目を凝らした光秋は、持ち手の引き金近くに一の字に伸びる短めの突起を見つける。

「あの突起ですか?」

「そう。制圧戦の報告で、君、両手が塞がると照準器が点けられないと報告したな」

「……あ、確かに」

大河原に言われて、光秋は小田にその様なことを言ったことを思い出す。

―綾のことでいろいろあって、忘れてたんだな……―「で、あのツマミで点けられるんですか?」

「あぁ。注文通り片手でな。下に傾けるとレーザーポインターが点く。水平に戻すと消える仕組みだ。N砲にも同様の改良がしてある。ただ、構造の複雑化を防ぐため、支持棒の点灯機能は廃止させてもらった。初めのうちは慣れてきたのと変わって戸惑うかもしれんが、気を付けてくれ」

「了解です」

「それと、もう1つ見せたい物がある。こっちへ」

「?……」

大河原に言われて、光秋は再び後を追って歩き出す。

 

 ガトリング砲を挟んで反対側に着くと、振り返った大河原は、

「これだ。見てくれ」

と、右手で横の台を指す。

「?……!」

大河原の手を追って左側を向いた光秋は、台の上に置かれた巨大な一枚板の様な物を目にする。

 緑色をしたほぼ長方形のそれは、一辺が緩い弧を描いており、その少し手前にはコの字を縦にした様な持ち手らしき物が付いている。

「これは?……」

「ニコイチ用の盾……というより、防具と言うべきかな?」

正面を向きながら言われた光秋の問いに、大河原は一枚板を見ながら答え、説明を始める。

「戦車用の装甲を流用して、手から肘までを覆うように作った。何枚か重ねてあるから、戦車砲なら種類にもよるが2発は耐えられるだろう。気休め程度だろうが、ないよりましだろう」

「防具?」

光秋はすぐに浮かんだ疑問を口にする。

「なぜわざわざ?Nメタル……その、僕が勝手にニコイチの装甲をそう呼んでるんですが、あれはもともとかなり丈夫にできています。確かに、いつまでももつという保証はありませんが、追加装甲の様なことをしなくとも……」

一気に言った光秋に、大河原は顔を合わせて応じる。

「確かに、手ぶらの状態でも充分な防御力があることは実証されている。だが君が言った通り、限界がわからない以上、備えておくに越したことはない。加えて、君自身のためでもある」

「?……僕自身と言いますと?」

「ニコイチが被弾すると、それが痛みとして君にも伝わるんだろう?京都駅テロ阻止の報告書で読んだよ」

「はい……?」

「痛みの度合いにもよるだろうが、それによって、『パイロットの心身に異常が起こり、作戦に支障をきたす可能性アリ。補助的な防具装備の開発を求める』、と、報告書にあったんでな。そうならばと、あり合わせで作ってみたんだ」

―?……テロ阻止の時、僕は痛みのことなんて報告してない……!まさか、伊部二尉?―

そう考えると、光秋は伊部が痛みのことを心配してくれたことを思い出す。

―二尉が……―

思いながら盾に目をやると、少し嬉しくなる。

「そういうことなら……確かに必要かもしれませんね」

呟く様に言うと、光秋は顔を前に向け、

「ありがとうございます!大河原主任」

と、少し深めに一礼する。

 と、大河原は、

「いや。礼を言うのはこっちだ。寧ろ謝らねばならんな」

と、すまなそうな顔で応じる。

「?……どういうことです?」

「ニコイチでの運用実績次第では、『ゴーレム』の正式装備に採用するかもしれん。それを言ったら、他の装備やゴーレム・タンクもだがな。要するに、君を半ばモルモット扱いしているということだ。が、現状ではニコイチしかないのだから、その辺は勘弁してほしい」

「それは……」

少し深刻な内容に、光秋はそれ以上言えなくなる。

 と、

「……!」

『ゴーレム』の名前が出たことを思い出し、光秋は雰囲気を変えることも兼ねて前から抱いていた疑問を問う。

「そういえばゴレタン、あ、僕が勝手に付けたゴーレム・タンクの略なんですが、アレの型番、H……」

「PHM‐01か?」

「そうです。どういう意味なんです」

「『Prototype(プロトタイプ) Human(ヒューマン) Machine(マシーン)』、日本語に直せば、『人類の機械の試作品』と言ったところか?ニコイチが一応異種族によって作られたことに対応して付けられたんだ」

「なるほど……でぇ、正式機の『ゴーレム』の方はどうなんです?」

「ん……最大の問題である脚の完成の目処も付いたし、今年中か、年が変わってすぐの頃には試作機1機ができるといったところか」

「……そうですか…………」―もう少し考えて喋るんだったな……―

 訊いてしまって、光秋は少し不安になる。

「?……どうした?」

「あぁいえ、うっかり訊いておいてなんですが、少し気になってたんです。図らずとも自分がこの世にもたらした物が、世の中を変えていく。それが物々しい方向に進んでしまうかもしれないことが……」

「物々しいって?……」

「例えば……その新しい物が原因で、新しい争いが起こってしまう、とか……」

「……」

光秋の言葉に、大河原は口を結んだ渋い顔を返す。

「……まぁ確かに、人間の歴史とはそういう側面があるのも事実だな。君の所はどうか知らんが」

「僕の方も同じですよ」

「そうか?……まぁそれでも、()()そうなった時に気に病むのは、君ではなく我々開発者の仕事だよ」

「え?」

「それはそうだろう?ニコイチはまだしも、『ゴーレム』は我々()()()()()()()が作ったんだ。それで問題が起これば、作った者が責任をとるのが道理だ……もっとも、ESOや合軍の管理体制を嘗めちゃいかんがな。『ゴーレム』、及びそれに続く兵器群は、合衆国政府の下にある!万が一その構図が壊れた時、その時にそれを戻すことが君の役目だよ!」

「はぁ……」

大河原の若干檄が籠った言葉に、光秋は少し圧倒される。

 と、

「……」

大河原は熱が引いた顔をし、先程より落ち着いて続ける。

「……その、我々が責任をとると言った後で、君に後始末を押し付ける様なことを言ってしまったな……とにかく!万一の時に汚名を頂くのは我々だ。それに関して、君は心配しなくていい。それ以前に、君はもう少し自分の所属する組織の管理力を信じたまえよ」

「……はい」

半ば励ましてもらった手前、光秋はそれ以上のことを言えなくなる。

 と、

「……!」

糢糊とした気持ちを隅に押しやろうと、光秋はあることを思い付く。

「主任……その完成品した『ゴーレム』ですが、部類上どこに置かれるんです?」

「?…部類というと、どういうことだ?」

「例えば……戦闘機はいろいろ種類があっても、結局『戦闘機』という部類に分けられますし、戦車や軍艦にしても、最後はそれぞれの部類に置かれます。それと同じ様に、『ゴーレム』はどこに置かれるのかと思いまして」

「そういうことか。しかし、そうだなぁ……」

言いながら大河原は腕を組み、眉間に皺を寄せる。

「ゴーレム・タンクならぎりぎり戦車に置けそうだが、履帯や車輪がなく、脚で移動するような物となると……新しい部類を作るしかないだろうな。寧ろ、その方が一番落ち着くかもしれんな」

「やっぱり、そうなりますか」

予想通りの展開に、光秋は沈んでいた気持ちに少々の活気が生じるのを感じる。

「なら、お願いがあります」

「なんだね?」

「その新しい部類の名称ですが、『メガボディー』としていただきたいんです」

「『メガボディー』?」

光秋が真っ直ぐに目を合わせて言った言葉に、大河原は目を丸くする。

「……直訳すると、『巨大な体』という意味だが?」

「その通りです」

光秋は大河原の目を見続けながら言う。

「ニコイチに乗っていると、自分の境界が曖昧に感じることがあるんです」

「『蜂の巣』戦の報告にあったようにか?」

大河原の問いに、光秋は一瞬顔を曇らせるものの、すぐに続ける。

「……あんな特殊な場合に限らず、普段の操作でも我が身の様に、いえ、そのものと言っていいほどの一体感を感じるんです。そんなニコイチが基になっているなら、それに続く物にも、せめて名前だけでも同じ様な感じを出してあげたいんです。それに、小難しい上に物々しい名称とその略語を付けられるより、シンプルかつそんなに物騒な感じがなくていいじゃないですか」

「んーん……」

一気に言うと、大河原は腕を組み直して考え込む。

「……わかった。俺の一存では決められないが、候補として上に報告しておこう」

「ありがとうございます!」

光秋は制帽を脱ぎ、深く頭を下げる。

 と、

「ここにいたかぁ」

「?……!」

知っている声に制帽を被り直して首を巡らせると、後ろから歩み寄ってくる竹田と上杉を見つける。

「二尉、なにか?」

「いやぁ、一尉にお前がどこになにしに行ったかって訊いたら、ニコイチの装備の話だって聞いて、面白そうなんでオレも見に」

「オレは二尉に誘われて」

竹田に続いて上杉も答える。

「うぉ!これ新装備かよ!」

盾を目にした竹田は、光秋たちを眼中の外に置いてその許に駆け寄る。

「二尉、ガキじゃないんだから……」

光秋の右隣に着いた上杉が、少し呆れた顔で言う。

「二尉!午後からまたすることあるんじゃないんですか?」

「三佐はなにも言わなかったし、一尉はオレたちがここにいること知ってんだ。用があったら呼びに来るって」

光秋が少し大きい声で訊くと、竹田は答えつつ、移動しながら盾を舐める様に見つめる。

 と、

「あの二曹、彼は?」

大河原が上杉を見ながら光秋に尋ねると、上杉は自ら、

「あぁ、上杉勇児、ESOの専属医です。そちらは、大河原主任ですね?二尉からときどき聞いてます」

と、自己紹介する。

「ウエスギ?……あぁ!君がか」

「?……大河原主任って確か、もともと本部の所属ですよね?……え!ひょっとしてオレ、本部でも有名ですか!?」

大河原の少し驚いた顔に、上杉は嬉しそうな顔をする。

「ま、まぁな……」

それとは対照的に、応じる大河原の顔は少し気まずい表情になる。

 そんな大河原を見て、光秋は夏に大河原から聞いた上杉の評判を思い出す。

―そういや、あんまりいいもんじゃなかったよなぁ……『女にだらしない』……―

思いつつ、大河原に同情を覚える。

 と、

「なぁ加藤!」

盾を見終えた竹田が、2人の気まずさを吹き飛ばす様な覇気のある声で光秋の左隣に歩み寄ってくる。

「コレ、試しにニコイチで持ってみろよ」

「今ですか?……」

盾を指しながら言う竹田に、光秋は大河原を見る。

「いや、せっかくだからそうしてもらおうか。本番までにある程度慣れておいた方がいいだろう。ついでにガトリング砲の方も」

「……わかりました」

大河原に応じると、光秋は真後ろを向いて上着の内ポケットからカプセルを取り出し、正面に左膝を着くニコイチを出現させる。

 カプセルを内ポケットに戻すと、駆け寄って搭乗し、認証を済ませるとすぐに立ち上がって台の方へ3歩程前進する。屈んで左手を盾に伸ばし、手の甲を下にしてその持ち手を掴む。右手でガトリング砲の持ち手を掴むと、そのまま立ち上がり、砲と盾を持った両手を下ろした直立の姿勢をとる。

「こんなところか?」

(いいじゃねぇか!様になってるぜ!)

外音スピーカーから竹田の興奮した声が響く。

 それを聞いた光秋の意思を拾って、大河原、竹田、上杉が写る拡大映像がモニター正面に表示される。

(せっかくだ、決めポーズの1つもとってみろよ!)

「ポーズですか?」

はしゃぎ声で言う竹田に、光秋は外部スピーカーを作動させて訊き返しつつ、

「じゃあ……」―ついでに……!―

と、左腕を正面に構えて盾を前に出し、その腕を素早く腰に引いて入れ違いにガトリング砲を前に向け、

「!」

空に狙いを定めると同時にニコイチの親指で持ち手の突起を下ろしてレーザーを点け、引き金を引く。

(いいじゃん!いいじゃん!決まってんじゃん!カメラ持ってくりゃよかったなぁ)

弾倉を付けていないガトリング砲の砲身が勢いよく空回りする下で、竹田の興奮した声が響く。

(二尉、それは困るな。装備品もニコイチも重要機密に属するんだ。無許可の撮影は禁止だぞ)

「主任、もう少しガトリング砲を持たせてください。先程仰った様に、慣れておきたいんで」

大河原の注意の声を聞いた光秋は、外部スピーカーに吹き込む。

(かまわんよ。君が使うんだし、時間も押している。存分にやってくれ)

「ありがとうございます」

言うと光秋は、親指で持ち手の突起を元に戻してレーザーを消し、屈んで盾を台の上に戻す。

 

「二尉もそろそろ戻った方がいいんじゃないっすか?加藤の見てて思ったんですけど、ゴレタンの動作確認とかあるだろうし」

「えぇー?……でもなぁ……」

上杉の指摘に、竹田は未練たらしい目でニコイチを見上げる。

「それがいい。練習不足で事故なんて起されたら洒落にならんからな」

大河原が真顔で言う。

「ほら、主任もあぁ言ってるんですし」

「うん……」

上杉に促された竹田は渋々振り返り、少し重い足取りでこの場を後にする。

「……!」

大河原も用を思い出したのか急ぎ足でこの場を去り、ニコイチだけが残される。




 いかがでしたか。
 前回の続いて新しい登場人物、新しい装備が出ましたね。これが今後どう影響してくるのか?
 次回もお楽しみに。

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