白い犬   作:一条 秋

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 祝・UAが1000を超えました!
 お気に入りの件数こそ相変わらず伸び悩んでいますが、こうして多くの人に読んでいただいていると思うとやる気が出ます!
 今後も頑張らせていただきます!

 さて、今回は前回の続きから始まります。
 戦闘は終結した気配ですが、果たしてこの後どうなるのか?
 では、どうぞ!


17 白い犬

 深呼吸して落ち着いた光秋は、ニコイチを左に向けて眼下を見下ろしてみる。

 視線の先には、光秋が撃墜した戦闘機の胴と機首が路上で両手を天にかざして立つ10人程の緑服たちによってゆっくり下ろされる光景がある。

 と、

(…………白い犬……)

「?」

外部スピーカー越しに、呟く様な声を聞く。

 と、

(……白い犬!)

(白い犬!)

(白い犬!)

手をかざして戦闘機を下ろしている人たちの合間に散々と立つ緑服たちが、明らかにニコイチを見上げて口々に言い出す。

「…………?」

その光景に光秋が唖然としていると、口々の声は徐々にリズムをとり出し、戦闘機を近くの平地に置いた10人も含めてその場の全員が拳を作った片腕をテンポよく上下する。

白い犬!

白い犬!

白い犬!

白い犬!

白い犬!

「…………」

他人(ひと)からこの様に見られた経験などない光秋は、呆然としながら永遠に続くかと思える程のその光景を眺めるだけである。

 

 しばらく経った頃。

―…………そろそろ下りよう―

そう決めた光秋は、未だ「白い犬!」の合唱を続ける緑服たちを眼下に見ながら、ニコイチを彼らがいる足元の路上に降下させる。

 ニコイチが着地すると、緑服たちは一斉に、

(オォー!)

と雄叫びを上げ、中には両腕を上げてガッツポーズを取る様な者も出る。

「…………」

光秋は照れとも気恥ずかしさとも言える感情を抱きながら、外部スピーカーを切って左耳の通信機に吹き込む。

「三佐」

(おぉ!何だ?)

そう応じる藤原三佐の声までも、どこか熱気を含んでいる。

「近くに他の機影は見えませんし、見たところ鎮圧は終了した様ですので、一旦支部に戻りたいのですが?……」―綾が心配だ……―

(んー…………そうだな。後はニコイチがなくとも充分だ。支部で報告を済ませたら、帰宅してもかまわんぞ?)

「わかりました」

 言うと光秋はニコイチを前に歩かせ、率先して道を開けてくれる緑服たちの間を通って先程放ったガトリング砲を左手に、N砲を右手に拾う。

 と、光秋が飛び立つために右足をペダルに掛ける直前、

(あ、加藤!)

藤原よりは冷静そうな小田一尉の声が通信機から響く。

「はい?」

(戻るのなら、俺も乗せてくれ。お前の報告を記録しなくちゃならんからな)

「えっ!?……」

思わず通信機に拾われない程度の小声で驚く。

(どうした?)

「あ、いえ……」―綾のこと…………しかし、報告するなら記録役は必要だし、断ったら不審がられるだろうしなぁ…………―「了解です。どこにいます?」

(お前のすぐ後ろだ)

言われて背後に振り返ると、正面の足元に緑服の上に防具一式を着け、右肩に自動小銃を掛けた小田を見る。

 ニコイチに左膝を着かせると、N砲を置いた右手を差し出し、その上に小田がしっかり乗るのを確認した光秋は、ハッチを開けて操縦席を機外に出す。

 外に出ると再び夏の暑い気候にさらされるが、

「……」

今回はそれに加えて煙や埃の様な臭いが鼻を突く。

 光秋は右手をハッチの上に置いて小田が操縦席の左側へ移動すると、席を機内へ下ろし、右手にN砲を持たせながらハッチを閉め、立ち上がってゆっくりと上昇し、進路を右に向けて前進する。

 その後ろでは、少しは興奮が冷めた緑服たちが、それでもニコイチを目で追う光景がある。

 

 「……あ、そうだ。一尉、よろしければ」

言いながら光秋は、左手で膝の上に置きっぱなしになっていたタッパを取り、操縦席の背もたれの左側を白い手袋をした右手で掴みながら立つ小田の方に差し出す。

「なんだ?」

「食堂からの差し入れです。補給で戻った時にもらって」

「ん。じゃあ……」

 言うと小田は両手の手袋を脱いで左手でタッパを受け取り、ふたを開ける。

「なんです?」

「おにぎりが3つだ」

光秋の問いに、小田は中身を見ながら返す。

「お前も食うか?もともとお前の差し入れなんだし」

「……いえ、今はいいです」

「そうか?……」

言うと小田は右手で海苔で包まれたおにぎりを1つ取り、大口で一口かじる。

 それを視界の端で見る光秋は、

―湿った海苔が苦手なんだよな…………―

などと考えながら、何となしに右手のN砲に目をやる。

「…………よかれと思ったんですがねぇ……やっぱり欲張っちゃいけないですね…………」

「ん?」

おにぎりを飲み込みながら、小田は光秋の呟きに応じる。

「いえね、弾数の多いガトリング砲と、接近戦でも使えるN砲、2つ持って行けば便利かと思ったんですが……実際はレーザーが使えないから照準に自信がなくなるし、いざという時すぐに弾の補充ができないし、もう少しよく考えるべきだったって…………」

「なるほどな……」

「それに僕は結局、最後にやった格闘戦の方がどうも性に合って……ニコイチの補助があるとはいえ、やっぱり射撃にはあまり自信がなくて…………」

「まぁ、目のことがあるんだ。しょうがないさ。それに、その性に合う格闘戦で戦闘機を全滅してくれたおかげで、みんなの士気は上がったんだ。いいじゃないか」

「そうですが……そもそも、なんでみんなあんなに喜んだんです?」

「……俺もよくわからん。ただ、お前が戦闘機を次々墜としていった時、なぜか気分が高揚したんだよな……戦場みたいな所にいると、みんなあぁなるんだろう?」

「はぁ…………」

光秋はそこで何と返していいかわからず、つい黙ってしまう。

 

 京都支部本舎の正面に着地した光秋は、ニコイチに左膝を着かせ、ハッチを開けて機外へ出ると、N砲を置いた右手をハッチの上に上げる。そこに小田が乗り込むのを確認すると手を地面に下ろし、小田が手から下りたのを確認すると左耳の通信機を右の肘掛に納め、シートベルトを外し、操縦席から立ち上がりながら左肘掛に納めてあるカプセルを取り出す。

 カプセルをズボンの左の脚ポケットに入れると、ハッチの左端からリフトを出し、それに左足と両手を掛けて降下する。

 リフトを放して着地すると、ニコイチの正面側―光秋から見て左側から、右手にタッパを持った小田が歩み寄ってくる。

「ごちそうさま。1ついただいた。なかなか美味かったぞ」

「お礼は、食堂の人たちに言ってください」

言いながら小田はタッパを差し出し、光秋はそれを両手で受け取りながら返す。

 と、

「三曹!戻ったか」

言いながら、大河原主任がツナギを10人程引き連れて本舎の正面玄関から光秋と小田の許に歩み寄ってくる。

「はい。現場の方も、ひと段落したので」

タッパを右手に持ちながら、光秋はそう返す。

「ん。とりあえず、ニコイチを一度立たせてくれ。脚の器具を外す」

「!……はい」

 大河原の言葉にハッとした光秋は、すぐに小田にタッパを返してリフトを掴み、コクピットへと上がる。

―久しぶりで、忘れてたな!…………―

上りながらそんなことを考えると、コクピットに上がってリフトをハッチに仕舞い、席に着いて認証を行う。

―あと終わった後の安心感もあるんだろうな…………―

イスが機内へ下りる間にそんなことを考え、静脈の認証が済んでモニターが点くと、光秋は左手のガトリング砲を地面に置き、ニコイチを直立させる。

 すぐに取り外し作業が開始されるのを横に見ながら、光秋は機外へ出てリフトで下りる。

 着地すると、先程と同じ位置に立っている大河原に歩み寄る。

「取り外しが終わるまで、どれくらい掛かります?」

「残弾の安全管理もあって、すぐにはなぁ……とりあえず、30分といったところか?」

「…………わかりました」

と、光秋の右前に立つ小田が、

「その間に、報告済ませればいいだろう」

と加わる。

「……ですね。では、後お願いします」

そう言って一礼すると、光秋は小田の後を追って本舎の玄関へ向かう。

 自動ドアをくぐると、2人は最寄りのエレベーターに乗り込み、地下1階に向かう。

「ニコイチ、すぐ仕舞わないと気になるか?」

「はい……手元にないと落ち着かなくって…………」

左隣に立つ小田がタッパを返しながら尋ね、光秋は両手でそれを受け取りながら返す。

 

 藤原隊の待機室に通された光秋は、『蜂の巣』の報告の時の様に、防具一式を外した小田の自筆と録音器を前に一通りの報告を行う。

 新装備のガトリング砲装備の上で出撃したこと、現場へ向かう途中に鴨川付近でNPのヘリを戦闘不能にしたこと、その後現場に直行し、ガトリング砲でEジャマー1基を破壊したこと、2基目のEジャマーをガトリング砲で破壊し、その際に護衛の戦車2台を戦闘不能にしたこと、3基目のEジャマーの手前でサン教の戦闘機1機とNPのヘリ2機を戦闘不能にした後、ガトリング砲でEジャマーを破壊したこと。

「その時通信が途絶えて、管制室に連絡したらハッチが開いたって報告があったんだが、何があったんだ?」

―!……綾を入れた時か!―

小田の問いに、光秋は内心軽い動揺を覚えつつ、

「……何かの拍子に、膝がスイッチに当たったみたいで……すぐに閉めました。通信に関しては、僕も戦闘に夢中だったので、よく覚えていません」

と,平静としながら答える。

「ん…………」

と短く応じると、小田は右手のボールペンをメモ紙に走らせる。

―顔に出たかな?…………―

束の間不安に襲われるが、小田がそれ以上追究してこないので報告を再開する。

 3基目のEジャマーを破壊した後、藤原の指示で補給と休息を兼ねて支部に戻ったこと、予備弾倉を積む荷台をニコイチに装備する際、光秋の方からN砲の装備を要求したこと、荷台の取り付けが終了した辺りで支部がサン教の戦闘機1機の奇襲を受け、光秋がN砲で機首を叩き折ることでこれを戦闘不能にしたこと、その後ガトリング砲の予備弾倉を4つ積み、N砲とガトリング砲を装備して再び現場へ向かったこと、藤原の要請を受けて援軍に駆けつけ、N砲でEジャマーを破壊したこと、NPのヘリ部隊のミサイル攻撃をガトリング砲で迎撃し、サン教の戦闘機10機をニコイチの格闘戦で戦闘不能にしたこと。

「…………と、こんなところですね」

光秋は、報告からひと呼吸おいて言う。

「了解した。他に言っておきたいことは?」

「……あ、ニコイチの武装に関して、もっと改良の余地があります。照準器なんかは、引き金の近くにボタンを設けた方がいいかと」

小田の問いに、光秋はすぐに浮かんだことを答える。

「了解だ。記録しておく。もう1つ、今回は『蜂の巣』の時みたいに、暴走の兆候はなかったんだな?」

「はい。強いて言えば、当たり前の戦闘の興奮くらいで」

「わかった」

 言うと小田はボールペンを走らせ、それが終わるとペンを置いて光秋と顔を見合わせる。

「これなら、復帰の時期が早まるかもしれないな。上手くすれば、ESOのアイドルだ」

「アイドル?」

小田の唐突な言葉に、光秋は思わずオウム返ししてしまう。

「僕がですか?」

「さっきのみんなの熱狂ぶりを見ただろう?『白い犬ぅー!』ってな」

「はい?…………」

 光秋はどう応じていいかわからず、

「とりあえず、記録ありがとうございました。ニコイチが心配なんで、今日はこれで。失礼します」

と一礼し、部屋を出て最寄りのエレベーターに乗り込む。

 

 1階に上がった光秋は、駐車場に置きっぱなしになっているニコイチの許に向かう。

 正面玄関を通ると、目の前に脚の器具が外されたニコイチと、その足元で武装や器具の確認作業を行っているツナギたちの姿を見る。

 光秋はニコイチに歩み寄りながら、

「大河原主任!」

と、辺りを見回しながら叫ぶ。

「あぁ、三曹。見ての通り、もう外した。仕舞ってかまわん」

「はい」

光秋の右側に置いてあるガトリング砲の砲身の影から顔を出した大河原が答えると、光秋は応じて左手を左の脚ポケットに入れてカプセルを取り出し、それをニコイチに向けてレバーを「出」から「入」に切り替え、ボタンを押す。

 カプセルの先端から白い光線がコクピット部に向かって放たれ、光の当点を中心にニコイチは縮小し、それを吸い込む様に光線はカプセルの先端へと戻る。

 ニコイチの収容を終えると、

「御苦労さまでした!」

と言って一礼し、カプセルを左の脚ポケットに仕舞って振り返って駆け足で本舎へ向かう。

 自動ドアをくぐると左側の通路を直進し、突き当たりで右に曲がり、目の前のドアを開けて本舎の裏側に出ると、歩調を速めて医療棟へ向かう。

―今のコース……伊部二尉がニコイチの所に案内してくれた道だよな…………―

ふと、光秋の脳裏にその時の光景が浮かぶ。

 

 上杉の診察室の前に着くと、光秋は1つ深呼吸して息を整え、ドアをノックすると返事を待たずに開ける。

「上杉さん!」

「!……加藤!?……」

突然の訪問に、ドア側から見て左の椅子に座っていた上杉は思わず立ち上がって光秋と顔を合わせる。

「……NPは?」

「その件はもう終了しました。僕には帰宅許可も出されてます」

「あぁ……そう?…………」

光秋の返答に応じつつ、上杉は椅子に腰を下ろす。

 光秋はドアを閉めながら、

「……綾は?」

と、上杉以外人影がない部屋の中を見回して問う。

「あぁ、ここに連れ込んですぐに戸松教授から連絡がきてよ。無事だって言ったら、『すぐに迎えに行く』って一方的に言ってきて……んでここまで部下連れで来たと思ったら、アヤちゃん連れてそそくさと出てっちまってよ……」

―つまり、今は教授のとこか……―

光秋は上杉の説明をそう理解する。

「それで、その後連絡は?」

「それが全然」

「!?……」

 その上杉の返答に、光秋は頭が若干熱を帯びるのを自覚する。

「全然って、上杉さんの方から連絡はしなかったんですか?」

光秋は険しい声と言い方にならないよう注意しながら問う。

「もちろん、オレだって何回も電話したさ!オレはあんまりあの人信用してないしな!」

上杉は若干不満を含んだ強い調子で答え、ひと呼吸置いて落ち着くと、

「でも、何回かけても繋がらないんだよな…………」

と、平時の口調で続ける。

 直後、

「!」

光秋は左足に携帯電話の振動を感じ、同じポケットに入れてあるカプセルが共振してブ―ッブーッと耳にくる音を聞く。

 素早く左手を左の脚ポケットに伸ばし、携帯電話を取り出して画面を開き、左耳に当てる。着信表示には、「戸松教授」とある。

「もしもし!?」

(あ、加藤君か?)

「教授!」

「!」

電話越しに聞こえた教授の声に光秋は思わず大声を上げ、その声に上杉もハッとする。

「今どちらに?いやそれより、綾は?」

(彼女なら、騒ぎが収まってすぐに例の小屋に送り帰したよ)

「帰した?」

(我々がもう大丈夫かと話し合っていたら、『帰りたい』と言い出すんでな、施設の車で送って行った。その時携帯のバッテリーが切れててな、君の部屋で充電させてもらって、それで今かけているんだが)

「それはいいんですが、今綾1人なんですか?」

(あぁ。彼女がそうしてくれと。この電話も、帰路の車の中でかけているんだが)

「大丈夫ですか?その……安全とか?……」

(?……あぁ。大丈夫だよ。事件現場とあの小屋と、大分距離がある。そもそも、もう殆ど収まったんだろう?)

「はい…………まぁ、わかりました。ありがとうございます」

 言うと光秋は一礼し、電話を切って左の脚ポケットに仕舞う。

「なんだって?」

上杉が問う。

「本人の要望で、家に戻ったそうです」

「今まで連絡が付かなかったのは?」

「電話の電源が切れていたそうです」

「ふーん?……」

光秋の返答に、上杉は渋い顔を作る。

「それなら、僕も家に戻ります」

「おう。気を付けてな!」

「では」

光秋は上杉に一礼し、振り返ってドアに向かう。

 と、

「……!?」

突然開いたドアから小田が現れ、光秋は一瞬心臓を跳ね上げる。

「一尉!?」

「やっぱりここにいたか」

 言うと小田は右手を差し出し、

「?……」

光秋はその手にタッパが掴まれているのを見る。

「忘れ物だ」

「!……すみません!」

頭を深めに下げながら、光秋は両手でタッパを受け取る。

「ところで一尉、なんで加藤がここにいるってわかったんです?」

光秋同様に驚いている上杉が、椅子から腰を浮かせて問う。

「ん?こいつが待機室から出て行って少しして、タッパがテーブルの上に置きっぱなしになってるのに気付いてな。慌てて追いかけたら駐車場にはもうニコイチがなくて、帰ったかと思ったんだ。そうしたら大河原主任が本舎の方に行ったことと、作戦中から上杉に用がある様子だったことを教えてくれて、もしやと思って来てみたら……」

「案の定、オレの診察室にいた、と?」

「あぁ。2人とも、なんかあったのか?」

「いえ、もう済みました!」

上杉が強めの調子で応じる。

「そうか?……それにしても、竹田はどこまでいったんだ?一向に帰ってこないが?」

「!」

 小田が何気なく言った言葉に、光秋は綾のことと目の前の騒動ですっかり忘れていた竹田二尉のことを思い出す。

「あぁ一尉、何なら、僕が捜してきますが?」

「お前が?……しかし……」

「どうせもう帰りますし、散歩がてらです。一尉はこの後、事後処理で忙しいでしょうし」

「そうか?……それなら……頼むか」

「了解です。では」

 言うと光秋は小田の左脇をすり抜けて部屋から出ると、振り返って室内の小田と上杉に一礼し、ドアを閉める。

 

 京都支部の正門をくぐった光秋は、とりあえず最後に竹田を見た際、彼が向かって行った右へ歩を進める。ふと右手に持ったタッパに目をやり、

―傷まないだろうか?…………大丈夫か?……―

と、現状ではどうにもならないことを考えてみる。

 しばらく歩道を直進すると、道の端に立ち止まって左手を左の脚ポケットに伸ばし、携帯電話を取り出して竹田の番号にかける。

「…………?」

10回以上着信音を鳴らしても竹田が出る気配はなく、

―かけ直すか?―

と、左耳から電話機を少し離した直後、

(…………もしもし?)

電話越しに、竹田の狼狽を含んだ声を聞く。

「二尉?加藤です」

(あぁ…………あのよぉ加藤、アヤのことなんだけど…………)

―申しわけなさで一杯になっている―

竹田の声を光秋はそう感じる。

「いなくなったことなら心配いりません。今、家にいます」

(……!マジか!?)

先程までの暗さが嘘の様な生気に富んだ声がスピーカーから響く。

「えぇ……ところでその様子ですと、だいぶ捜したようですね?」

(当たり前ぇだろう。機密だし、後輩だし、後輩の女なんだし!)

「……最後のが余計な気がしますが……とにかく、もう大丈夫です。それより、すぐに支部に戻ってください。小田一尉が渋い顔してましたよ」

(りょーかい!……ところで、お前これからどうすんだ?)

「帰宅許可が出たので、家に帰ります。綾のことも心配なんで」

(足どうすんだよ?)

「近くで、タクシーでも拾います」

(バカ。こんな騒ぎの後だぜぇ?タクシーなんてしばらく来ねぇよ)

「あぁ、そうか……」

(ちょうどいい。オレが乗せてってやるよ)

「……しかし二尉は……」

(いいのいいの。お前が捜すの手こずったって言えば、一尉も少しは納得するだろう)

―……そういうもんか?でも、早く帰った方がいいだろうし…………―「じゃあ、お言葉に甘えて。どちらで待ち合わせれば?」

 

 竹田が指定した待ち合わせ場所に向かう途中、光秋は小さな本屋を見つける。

―結局今日も台無しになっちまったし、その埋め合わせに…………―

そんなことを考えながらその本屋に入ると、薄めの文庫本を1冊買い、その本が入ったビニール袋とタッパを右手に再び歩を進める。

 歩きながら光秋は、ふと先程の戦闘を振り返ってみる。

―そういえば、今日も起ってたな……―

鼻からフーっと溜め息を吐くと、

―僕は正真の野郎、いや、牡だな…………―

と、軽い虚しさを覚える。

―それに、この間チンピラと素手でやりあった時は、あっさりやられて、今回ニコイチに乗ってやったら大活躍か…………生身の、なんと弱いことかな…………―

 そうしているうちに、光秋は指定された2車線道路の小さめの十字路に着く。

「…………」

右の歩道から左右前後を見回して竹田の車を捜しながら、歩道の端で立って待つ。

 しばらくすると、緑色の軍用車が徐々に速度を落としながら右側から近づき、光秋の前に停車する。

 左前部のドアの窓が下ろされると、右側の運転席に座っている竹田が体を開けた窓の方に伸ばし、光秋と顔を合わせる。

「待たせたな。乗れよ」

「はい」

光秋は窓から流れ出る心地よい冷気を感じながら返事をすると、左前部のドアを開けて車に乗り込み、助手席に座ってタッパと袋を膝の上に置き、シートベルトを締める。

 窓を閉めながら車はゆっくりと前進を始めると、竹田は何となしに横目で光秋の膝の上を見る。

「加藤、それは?」

光秋は竹田の視線を追い、それが自分の膝の上の物を指しているのを見る。

「あぁ。タッパは、作戦中に食堂から差し入れられたものです。袋は、綾への……詫び、と言うのかな?その土産です」

「詫びって?」

「今日ほんとは、鴨川を散策してたんですよ。僕が誘って…………それがこんなことになっちゃって、それで、本を1冊」

「本かよぉ……ほんとお前ら本好きだねぇ……お前も訓練の合間とか、よく読んでたし…………!悪い……」

考えなしに言ってから、竹田の表情が若干曇る。

「いいんです。今日のことで、復帰も少し早まりそうですし」

「そう?……なら、いいや……んで、なんの本よ?」

「怪談ものです。暑いですし、僕も読みたいし」

「?……絵本じゃないのか?横尾中尉からはこの間そう聞いたけど?」

「あれは、少し前に卒業しました。そう考えると、これもすぐいらなくなると思いますが」―…………最後には、僕自身もな……―

 光秋がそんなことを思う間にも、車は2車線道路の左側を前進し続ける。

 

 しばらく走ると、竹田と光秋を乗せた車は、光秋と綾が住む小屋の少し手前に到着する。

「ここら辺でいいか?」

「はい」

竹田に答えながら、光秋はシートベルトを外して左のドアを開け、右手にタッパと本が入った袋を持って車外へ出る。

 ドアを閉めると、直後に竹田が窓を開け、顔を近づける。

「じゃあ、アヤにもよろしくな」

「はい。ありがとうございました」

言いながら、光秋は一礼し、顔を上げると3歩程下がる。

「じゃあな!」

と言って竹田は窓を閉め、車をUターンさせて来た道を帰っていく。

 光秋は見えない所に行くまで車の後を見送ると、振り返って右前に建つ小屋―家に向かう。




 いかがでしたか。
 自分が所属する組織の人たちから称賛される光秋、というより白い犬ですが、これが今後どうなっていくのか?
 そして次回、戦闘後初めての綾との対面です。果たして彼女はどんな顔をするのか?
 次回もお楽しみに。

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