白い犬   作:一条 秋

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 今回は前回始まった対NP戦が本格的に書かれます。今までの穏やかさが嘘のように戦闘描写多めです。
 そしてそれを見る綾の心境は?
 では、どうぞ!


16 市街戦

 光秋がしばらく摩天楼の上空を前進し続けると、藤原三佐から通信が入る。

(加藤、監視衛星によると、Eジャマーは全部で6基。内1基がお前の斜め左前方に設置されている)

「確認します」

 光秋が応じると、モニターの左側にビル群の隙間からキノコ型の緑の大型機器が顔を覗かせる拡大映像が表示され、その映像枠の右側から白く太い矢印が伸び、通常映像のビル群の足元を指し示す。同時に左パネルの地図にも、現在位置を示す赤三角のすぐ近く―左上に赤丸が表示される。

―そこか!―

光秋はガトリング砲を両手保持させ、矢印の方向へ高度を下げながら直進する。

 拡大映像と矢印が消えると、足元に映像にあったEジャマーを見つける。

「目標発見!指示願います」

(破壊せよ!)

「了解!」

藤原の指示に応じると、モニター下部に映るEジャマーに赤丸のマーキングが施され、光秋はガトリング砲の砲口をマーカーに合わせる。

 が、直後、

(やっぱり白い犬だ!抜かるな!)

怒気を含んだ声が外音スピーカーから響くと、Eジャマー周囲の建物の影から一斉砲撃が起こる。

「!?」

光秋はすぐに上昇をかけながら後退してそれを回避すると、Eジャマー周囲の建物の中から武装した黒いスーツに顔が半分隠れる程のサングラス姿の集団がぞろぞろと湧いて出てくるのを見る。

―さっきのヘリ以来静かだったのはこのためか!しかし!―

光秋は再び外部スピーカーを入れる。

「こちらはESO、京都支部実戦部隊所属、UKD‐01である!全員即時武装解除し、投降せよ!従わない場合は、実力行使する!」

 と、

(喧しい!)

怒声と同時に1発の砲弾がニコイチに向かって放たれる。

「……」

光秋は機体を右にずらしてそれを回避する。

「了解した。実力行使する!」

言うとガトリング砲を再びEジャマーに向ける。

―アレさえ壊せばいい!―

左手に握った砲本体左側の突起を奥に回すと、右上部に設置されたライトから赤いレーザーが放たれ、マーカーの中央にそれを合わせる。

「!」

右の人さし指で引き金を引くと、6本の砲身は時計回りに回転しながら数発の砲弾を吐き出す。

 本体右側から小振りのドラム缶程の空薬莢が排出させる傍ら、ほぼ全弾が命中したEジャマーは装甲越しの光秋にも不快に感じる程の轟音と爆光を上げて炎上する。

 突起を手前に引いてレーザーを消した光秋は、Eジャマーの黒煙で視界良好とはいえない中、爆風で体勢を崩して倒れたNPたちを走査する。

―……重傷者は……いないみたいね―

 そう判断すると、若干上昇して前進を再開する。

―そういえば、実弾を使うのは今回が初めてだったな……―

そう思うと光秋は、操縦桿から離した右の掌を見やる。

―今回は…………人を殺すのか?…………―

その掌には、発砲時にニコイチを通して感じた反動の痛みがまだ残っている。

 

 一連の光景を後方のビルの屋上から隠れる様に身を低くして見ていた綾は、より困惑することになる。

―何でアレから光秋の声がするの?しかも何で、あんな嫌なこと言って、あんな嫌なことするの?……―

目の前に新たに立ち上った黒煙を見ながら、綾はそんなことを考えてみる。

 と、

―『怖い僕だって、僕の一部なんだよ』―「…………アレもそうなの?……光秋…………」

前に聞いた光秋の言葉を思い出し、どうしようもなく悲しい気持ちになる。

 胸に風穴が開いてしまった様な感覚を覚えながら、綾は再び飛び立ち、ニコイチの後を追う。

 

 「UKD‐01より三佐。目標1基を破壊しました。次の位置を」

痛みの感慨をいったん隅に置いた光秋は、通信機に事務的な声を吹き込む。

(了解した。次はしばらく先の左前だ)

―左前?……―

藤原の報告からその方向を意識すると、再びビルの合間のEジャマーを映した拡大映像と、そこから伸びる矢印が表示される。

 光秋は先程よりも慎重に矢印の許に近づくと、横向きに伸びる2車線道路の中央に設置されたEジャマーを捉える。

「目標発見!」

(破壊せよ!)

 と、直後、

「!」

左右のビルの影からEジャマーを挟む形で戦車が2台現れ、一斉にニコイチを砲撃する。

「また戦車か!」

思わず声を上げると、高度を上げながら後退する。

 上空での回避を続けながら、光秋は外部スピーカーを入れ、

「こちらはESO、京都支部実戦部隊所属、UKD‐01である!即時武装放棄し、投降せよ!従わなければ、実力行使する!」

と、相手に呼び掛けるが、砲撃は止まない。

「了解した!実力行使する!」

言うと光秋は両手保持しているガトリング砲をEジャマーに向け、すぐに照準を合わせて引き金を引く。

 砲撃を受けたEジャマーが爆炎を上げる傍ら、2台の戦車は尚も砲撃を続ける。

―行かせてはくれんか!―

上空で左右に忙しく回避を続ける光秋は、2台の行動をそう解釈する。

―……なら!―

断じるや、素早く左へ弧を描く様に移動し、道路に足が着くすれすれまで降下すると、そのまま滑る様に戦車の1台に接近し、

「!」

左脚を上げてその足底を戦車の砲身の根元に落とす様に叩き込む。

 砲身が跳ぶ様に外れると、光秋はEジャマーが起こす黒煙を切って宙を滑り、

「!」

もう1台に急接近してこれにも左足を叩き込む。

―これでいいか?―

心中に言うと上昇し、上空で左折して前進する。

「こちら01・ニコイチ、目標を破壊。次は?」

(そこから右前だ)

 藤原の指示に、光秋は機体を若干右に寄せる。

 

 後方のビルの屋上に腰を下ろしてニコイチの背を凝視する綾は、ここに来て行動の原動力となっているニコイチと光秋へのある種の好奇心と、周囲から来る未経験の異様な雰囲気―不快感ともいえるそれから離れたいという欲求の心の中でのバランスが若干変わり始める。

「みんな、嫌なことばっかり考えてる!…………」

思わず手で両耳を塞ぐが、頭に直接流れ込んでくる様な不快感は、尚も綾を苦しめる。

「……どうしちゃったんだろ……あたし?」―光秋と一緒の時は、こんなことなかった!…………戻りたい…………―「でも、まだ…………!」

自分に言い聞かせる様に呟いた綾は、言うことを聞き難くなってきた体を鞭打つ様に飛び立たせ、ニコイチの後を追う。

 

 モニター右側に映るEジャマーの拡大映像、そこから伸びる矢印の許へ向かう光秋は、左側に新たに表示された先程と同型同装備の黒いヘリ2機が映る拡大映像に目をやる。

 と、

―!……後ろ?―

背中に刺す様な悪寒を感じると同時に接近警報が響き、咄嗟に跳ねる様に垂直上昇して悪寒から逃れる。足元に目をやると、黄色い戦闘機が1機過ぎて行く。

―F‐14?しかも、あの色!―

(加藤!聞こえるか?)

「三佐!」

(今入った情報だ。サン教過激派の戦闘機が現場に数機テレポートしてきた)

 と、間合いを詰めて通常映像に切り替わった正面のヘリ2機からミサイルが数発放たれ、光秋は右に大きく移動してそれらを回避する。

「今黄色い戦闘機を1機確認しました。しかし、何故サン教まで?」

(そこもNP同様、現体制に不満があるからな。ESOや合軍の様な政府機関は叩ける時に叩きたいのだろう。上手くすれば、今ならNPだけの所為にもできるからな)

「狐と狸の化かし合いですか?」

言いながら光秋は、正面が空いたのを機に矢印への前進を再開する。

 が、

「!」

目の前に再び黄色い戦闘機が現れ、ニコイチに向かって機首の機銃を放つ。

 光秋は沈む様に高度を下げ、上を行く銃撃とマーカーが付いた戦闘機をやり過ごす。

―NPならまだしも、部外者が邪魔をするなよ!―

心中に言いながらマーカーを目で追い、ガトリング砲の砲口とレーザーをそれに合わせる。結果機体が完全に逆さまになってしまうが、気にせず引き金に指を掛ける。

―当たるなよ!―

数発の弾が砲口から放たれ、内何発かが戦闘機後部の翼やエンジン部付近に当たる。

 一回転して機体の上下を戻した光秋は、振り返って正面に表示された所々から細い黒煙を上げる戦闘機の拡大映像に目をやる。

―コクピットは……大丈夫みたいね……!―

そう判断した直後、機首のキャノピーが跳んで外れ、2つの操縦席が放出されるのを確認する。

 と、

「……?」

光秋は、通常映像に映る落下していく戦闘機の影から、小さな別の影が現れるのを見る。

―……人?―

光秋の疑問に反応したモニターが、正面にその影の拡大映像を表示する。

「!…………」―綾!?―

突然のことに思わず声を上げそうになるものの、なんとかそれを飲み込んで映像を凝視する。

 映像には、薄ピンクのツバの大きい帽子を被り、白い半袖のワイシャツに赤チェックのロングスカートを着、灰色のカバンを右肩に斜め掛けにした、黒い長髪に黒い肌の女が宙を飛んでいる様子が映し出されている。

―どう見ても綾だよな!?何でここに?―

 直後、

「!」

右の脇腹に悪寒を感じ、同時に響いた接近警報に、光秋は咄嗟に水平に後退をかける。

 直後に視界の右側から現れた黒いヘリが、機首の機銃を撃ちながら目の前を過ぎて行く。

 と、

「!」

光秋は右前方に、綾に迫るもう1機のヘリを見る。

―切れろ!―

咄嗟に左耳の通信機にそう念じると、綾に迫るヘリに突進する。

「もうやらせないんだよ!」

瞬時にヘリの左側に着くと、腰溜めにした左拳を力加減を少々意識しながらローターに叩き込む。飛ぶ力を失って落下に入りそうになったヘリ胴体をすぐに抱え受けると、振り返って通常映像に映る目の前に浮かぶ綾を見る。

 が、直後、

「!」

光秋の右側からもう1機のヘリが迫り、綾もそれに気付いて光秋の視界の左側へと一直線に退避する。

 光秋がそれを目で追ったのも一瞬、不意にモニター左側に表示されている矢印が目に入る。

―!……綾!そっちに行くな!―

咄嗟のことに声が出ず、すぐに抱えているヘリを左近くのビルの屋上に置き、綾の方に体を向けたその時、

「!」

光秋は通常映像に、先程まで快調に浮遊していた綾の体が突然落下を始めたのを見る。

―Eジャマーの影響下に入った!―

 断じるや右ペダルを一杯に踏み、右の操縦桿を前に一杯に倒して綾の許に直行すると、綾の下に付いて速度を合わせながら降下し、左肘掛のスイッチを押してハッチを開く。直後に若干上昇をかけると、綾の細身の体がコクピットに吸い込まれる様に落下してくる。

「!…………」

膝で綾の体を受け止めた光秋は、その衝撃から脚の付け根周りに一瞬激痛を感じ、少しの間絶句する。

 その間にも光秋の意思を拾ったハッチが自動で閉まり、地面に足が着く直前、ニコイチは弾む様に急上昇をかけて再び高高度を取る。

 激痛から立ち直った光秋は、操縦桿を握る左腕の上に乗っている綾の顔を凝視する。

「……綾!どうしてここに?」

少し怒った調子で言われた光秋の言葉に、綾も本気で驚いた顔で光秋を凝視し、

「光秋!?…………」

と、半ば悲鳴の様な声を出す。

 と、光秋の視界正面に再び矢印が入り込む。

「……まぁ、話は後だ。今はアレを!……!」

光秋は言った直後に、背筋に鋭い悪寒を感じ、素早く左に移動する。

 視界の右端を銃撃が過ぎるのを見ながら振り返ると、ニコイチの正面からヘリが1機迫る。

「!」

直後にヘリは機首の機銃を乱射し、あまりの激しさに光秋は上下左右へと大きく動いて不規則に回避を続けることで手一杯になる。

―クッ!―

 

 同じ頃。京都支部本舎前。

「加藤ぉ!加藤ぉー!」

藤原三佐は左手に持った小型無線機に何度も呼び掛けるが、無線機のスピーカーからはノイズ1つ聞こえてこない。

「……ダメか」

「管制室に照会してみては?」

藤原の右隣に立つ小田一尉が言う。

「そうだな」

藤原は無線機のツマミを回し、周波数を合わせる。

「こちら藤原隊の藤原だ。管制室、聞こえてるか?」

(こちら管制室。聞こえてます)

スピーカーから若い男の声が響く。

「UKD‐01の様子はどうか?」

(01ですか?それが……)

「……何だ?」

(先程のそちらの報告通り、Eジャマー2基の破壊はこちらも衛星で確認したのですが、3基目の手前でサン教の飛行機を撃墜したあたりからどうも動きが妙で……)

「妙?」

(01は戦闘時の動きが速いので、見失わないようにするのと動きを正確に捉えることとの遠近調整が難しく、こちらも全ての動きを掴んでいるわけではないのですが、どうも回避行動しか見られなくなって)

「ウーム……」

(その直前にも、一瞬ですがコクピットが開いたような?……)

「何?……まぁ了解した。ご苦労」

言うと藤原は、無線機の周波数をニコイチのそれに戻す。

 両腕を胸の前で組んだ藤原は、

「ウーン……」

と、一声唸る。

「避けるだけとは、加藤の奴、どうしたんだ?」

「やはり久々の戦闘ですし、そうでなくとも突然の大きい規模の作戦です。調子が悪いのでは?」

「そうなのか?……」

小田の言葉に、藤原は眉間に皺を寄せる。

 と、

「どうかね?」

「「!」」

背後から掛けられた声に藤原と小田が振り向くと、両袖を肘まで捲くった白いワイシャツに茶色いスーツ用ズボンを着た寺島支部長が、本舎正面玄関から2人の許に小走りで駆け寄って来る。

「支部長!部屋におられなくて大丈夫なのですか?」

藤原が心配の声を掛けるが、駆け寄った寺島は、

「なぁに、私とて無線機は持っているし、いざとなれば何処にいてもやられるものだよ。で、どうなんだね三佐、現場は?」

と、涼しい顔で返す。

「Eジャマー2基を破壊しましたが、3基目の防衛をなかなか突破できないようです。あと不確定情報ですが、加藤三曹自身に不調が起きた可能性が」

藤原の説明に、寺島は右手で顎を撫でる。

「……敵のEジャマーは、6基だったな?」

「はい」

藤原が答える。

「つまり01は、3分の1を破壊してくれたわけか……それなら、通常戦力と並行すれば、エスパー戦力もなんとか活かせるか?……よし!本隊の進撃を各支部長に進言する。君らも準備を!」

「「はっ!」」

藤原と小田が敬礼すると、寺島は本舎へと駆ける。

 

 綾を膝の上に乗せたままの光秋は、銃弾が横殴りの豪雨の如く迫る中、ニコイチを左に大きく移動させてそれを回避する。

「綾、そろそろ降りてくれ!乗っかられてるとどうもやり辛い!」

左への移動を続けながら、少し興奮した声で言う。

「あ!うん……」

綾が少し戸惑った顔で答えて体を前に向けると、正面に並んでいたパネルが左右に避けて道を開ける。

 光秋は横目で、綾が操縦席の左後ろに移動して両手で背もたれをしっかり掴むのを確認すると、パネルが正面に戻ったのをきっかけに視線を正面のヘリに戻す。

「!」

左への横這いを続けていたニコイチを上昇させると、ヘリの真上に付いて間合いを詰め、腰溜めにした左拳をローターの中央に叩き込む。力を絞ってあるため粉砕はされないが、大きな衝撃をまともに受けたローターは不調を起こし、横一の字に停まってしまう。直後に左手でヘリの尾部を掴むと、辺りを見回して適当な置き場所を探す。

 が、

「!」「光秋!」

右脇腹を突く悪寒、接近警報、綾の悲鳴をほぼ同時に知覚し、視界の右端に1発のミサイルを捉えた光秋は跳ねる様に上昇してそれをかわす。

 すぐにミサイルが来た方に体を向けると、正面下方に、先程ローターを壊してビルの屋上に置いたもう1機のヘリを見る。

 と、

「!」

ヘリは機首の機銃を放ち、光秋はニコイチを上下左右に振って回避する。

―あいつら、まだやるのか?―

 と、

(白い犬!聞こえるかぁ!)

「?」

銃撃を続けるヘリから拡声器を通した怒声が響く。

(貴様には1カ月前の借りがあるんだぁ!倍にして返してやる!おい、やれ!)

(は、ハイ!)

気弱そうな声が聞こえた直後、ヘリは両側に装備した残りのミサイル7発全てをニコイチに向けて放つ。

―『蜂の巣』組の残党か!―

思いながら右手のガトリング砲を正面に向け、照準を付けずに引き金を引く。手首を時計回りに回しながら放たれた砲弾がある種の壁を形成し、それに触れたミサイルがニコイチの遥か前方で次々と火球に転じていく。

 続けて銃撃が迫るが、光秋は高度を下げながら後退してそれを避けると、一直線にヘリへと接近する。

 正面に付くやヘリに覆い被さる様に位置し、機首部のコクピットにガトリング砲の砲口を突き付ける。同時に外部スピーカーを入れる。

「もういいでしょう!丸腰同然でこれ以上、何をしようって言うんです!」

 怒鳴ると光秋は左手に持つもう1機のヘリを屋上のヘリの左隣に置き、左手で両側のミサイルを外し、機首の機銃を潰す。

 右隣のヘリの機銃も潰すと、光秋はニコイチを右に向け、正面に据えた矢印に直進する。

 しばらく進んで矢印が消えると、光秋は足元の路上にEジャマーを発見する。

 左手に突起を握らせ、両手保持したガトリング砲の砲口をEジャマーに向け、マーカーとレーザーを合わせる。

 が、

「!」「ひっ!」

Eジャマー周囲のビルの影から多数の砲弾が放たれ、光秋は綾の悲鳴を意識の隅に聞きながらニコイチを水平に後退させる。

―ここでもか!―

心中に毒づきながら、目の前のEジャマーを恨めしそうに凝視する。

 と、

―光秋が怒ってる?これも光秋の一部?あたしが発見した、光秋の一部?……あの人たちの所為で、変わっちゃった光秋?…………―

―!?……声が頭の中に入ってくる?―

突然の不可思議な事態に光秋は一瞬呆然とするが、すぐに気を取り直して左手を左耳の通信機に当てる。

―……無線はまだ切ってるはずだ。外からも爆発音くらいしか聞こえないが?今の声は?……―

 と、

―…………何だろう?前にもこんなふうに光秋を見た憶えがある。イスに掴まって、必死なってる光秋の横顔を見た憶えが……コレを見るのも初めて、中に入るのも初めて、そこに座ってる光秋を見るのも、初めてのはずなのに…………懐かしい?―

―まただ!また声が?……………テレパシーか?そういえば前に横尾中尉がやったのと、なんとなく感じが似ているような?……それに、この声色と、話してる内容は…………まさか!―「綾?」

言いながら光秋は、思わず左後ろで掴まり立ちをしている綾の方へ顔を向ける。

「え?……」

突然顔を向けて呼び掛けられた綾は、戸惑った顔を返す。

 と、

「!」「あぁ!」

光秋が声のことに気を取られたために、後退の速度が鈍くなったニコイチの右肩に砲弾が1発着弾し、光秋と綾の視界右側に閃光が広がりコクピットを微振が襲う。

―考えるのは後だ!―

そう断じた光秋は顔を正面に戻し、前進しつつ上昇をかける。マーカーとレーザーを合わせて照準を取りつつEジャマーの真上に付くと、視界の隅に右パネルの表示を確認する。

―スピーカーは入ってるな!よし!―

 直後、

「撃つぞ!死にたくない奴はすぐに下がれ!……!」

叫んだ5秒後、光秋は右の人さし指で引き金を引く。数発がEジャマーに直撃して爆光と轟音を上げると、Eジャマーから赤い炎と黒煙が上る。

―…………人は、大丈夫みたいね……―

燃えるEジャマーの周囲を走査した光秋はそう断じ、ニコイチを前進させてその場から離れる。

 距離を取りながら、脳裏に藤原の顔を浮かべて通信機に念を送る。

「こちらニコイチ。目標を破壊しました」

(加藤か!?)

藤原の驚いた声が通信機から響く。

(了解したが、今まで何で無線を切って……いや、それに関しては後だ!支部長の進言で、じきに本隊が現場出動する。お前は一度下がって補給と休息をとれ)

「?……目標はまだ3基程あるんじゃあ?」

(充分だ。とにかく一度下がれ)

「……了解」

 答えた光秋は、振り返って来た道を戻る。

 

 しばらくの間、光秋は左パネルの地図を確認しながら京都支部を目指す飛行を続ける。

 と、1基目のEジャマーがあった辺りを過ぎてから、光秋と綾は眼下の道路にESOの緑の車両群が次々とテレポートして来るのを見る。

 ニコイチと入れ替わる様に現場の方向へと向かうそれらの車両は、竹田が2人の迎えに使った物と同型の物もあれば、荷台に人や武器類を積んだトラックもある。それらが視界の内の道路全てを埋める様にして、車線を無視して現場に直進しているのである。

「…………さながら、戦争かな?」

それまで沈黙だったコクピットの中で、光秋は思わず呟いてしまう。

「センソー?」

綾が尋ねる。

「あぁ。ちょっと大袈裟な言い方かもしれないがな、こんなふうに、互いに暴力を向け合うこと、さっき河原で話した『平和』とは、逆のもの、とでも言えばいいのかな?」

「……ボーリョク…………さっき光秋がやったことも?」

「…………だろうな……」―自覚していても、いざ言われると……いや、綾に言われるから……辛いのか?―

 と、不意に浮かんだ光秋の意思を拾ったモニターが、右側に両手保持しているガトリング砲の拡大映像を表示し、光秋はそれを感慨の目で見つめる。

―ニコイチは、確かに大きな“力”を持っていて、兵器然としている。でも、僕が暴力だけの人間じゃないように、ニコイチにも、それだけであって欲しくない!……僕だけの“力”と言うのなら、そうでありたい!―

 そこまで考えると、光秋は遠い背後から響く爆音を聞く。

 

 正面に鴨川を捉えると、光秋は大河原を思い浮かべ、通信機に吹き込む。

「こちらニコイチ。大河原主任、聞こえますか?」

(あぁ三曹。どうした?)

「三佐の指示で後退して、間もなく支部に着くのですが、補給等はどちらに行けば?」

(あぁ、すまん。まだ支部から運び出してないんだ。本隊の出動が早まってこっちの準備は間に合わなかったんでな。とりあえず、支部の方に来てくれ)

「了解」

 言うと光秋は、今度は上杉に通信を繋ぐ。

(……もしもし?)

―電話に繋がったか―「上杉さん?加藤です」

(加藤?お前今出動中じゃあ?)

「補給のために支部に向かってます。もうすぐ着くんですが……本舎前の駐車場に出て待っててくれませんか?」

(何だよ?どっか怪我したか?)

「いえ、それとは別の問題で…………」

言いながら、左後ろの綾の方に若干視線を向ける。

(……わかった。駐車場んとこだな?)

「はい。お願いします」

 言うと光秋は通信を切り、支部へ直行することに専念する。

 少しの間飛んで、眼下に支部本舎前の駐車場を捉えると、ゆっくりと垂直降下し、本舎中央部の近くに着地する。

 と、

(三曹!)

大河原の声が通信機と外音スピーカーから同時に響き、光秋は声のした方―左下の辺りに目をやる。

 と、頭にヘッドフォンを被り、上着の袖を肘まで捲くり上げた灰色のツナギを着た主任が、右手でヘッドフォンの右スピーカーから伸びるマイクを口に近づけ、ニコイチを仁王立ちになって見上げているのを見つける。

「はい?」

光秋は通信機越しに応じる。

(ニコイチの脚に予備弾倉の荷台を取り付けるから、そのまま立たせておいてくれ)

「了解です」

(どうだ?新しい武器は)

「…………」

一瞬、綾の方を見る。

―こいつの前で、そういう話は…………だが、答えないわけには……―「弾が多い分、長時間使えて助かります」

(そうか!それは、苦労して作った甲斐があった)

「…………!主任!N砲はまだあるんですか?」

(あぁ。あることはあるし、使える状態だが?)

「補給ついでに用意してください!」

(?……ガトリング砲では、やはり不満か?)

「いえ、両方持って行くんです。N砲なら、接近戦でも使えますし」

(なるほど。だが、これから取り付ける荷台はガトリング用の物だから、弾は最初に積んだ5発しか持って行けんぞ?)

「結構です。主力はあくまでもガトリング砲、近くなったらN砲でいきますから」

(わかった。すぐ用意しよう)

言うと主任は振り返り、ヘッドフォンのマイクに何か吹き込みながらニコイチから駆けて離れていく。

―これで少しは、気を遣った戦い方ができるかな?―

 と、

「光秋、また嫌なことしに行くの?センソーに……」

綾が後ろから問いかける。

「…………あれは、厳密には戦争って程じゃないよ。それに…………」

光秋はシートベルトを外すと、体を左後ろに向け、綾と顔を合わせる。

「嫌なものを何とかするために行くんだって、言ったろう?」

「そうだけど……そうだけど…………」

言いながら、綾は顔を俯ける。

「それより僕は、お前が何であそこにいたのか知りたいね。竹田さんはどうしたんだ?」

 と、

(加藤ぉ!オレはここだー!目の前の足元だよ!見つけられねぇのかー?)

上杉の声が外音スピーカーから響く。

「……しょうがない。その話は後にしよう」

言うと光秋は前に向き直り、外部スピーカーを入れる。

「はい。ただ今」

言いながら正面の足元に立つ白衣を羽織った上杉を見つけ、左右に目をやって荷台の取り付け作業がまだ始まっていないことを確認すると、外部スピーカーを切って、左膝を着いてニコイチを屈ませ、上杉の許に左手を差し出す。

 上杉が掌の中央にしゃがんで親指を立てた右手を差し出したのを合図に、ニコイチを立たせてハッチを開け、左手をハッチの上に置いて上杉を手から下ろす。

 左手で左肘掛のレバーを上げて操縦席をハッチから綾の頭が出るぎりぎりまで上げると、右手を外に出して、

「上杉さん、こっちです!」

と、声の大きさに注意しながら上杉を招き寄せる。適温に保たれているコクピットに、夏特有の暑さが入り込んで来る。

「なんだよ、こそこそ…………とぉ!?」

言いながら歩み寄ってきた上杉は、眼下のコクピットの中で操縦席に右手を添えて自分を見上げている綾を見、束の間言葉を失う。

「……!」

 少しして調子を直した上杉は、顔を巡らせて誰も見ていないことを確認すると、ハッチに両手を着いて屈み、顔をコクピットに入れると、

「何でアヤちゃんがいるんだよ!?」

と、驚きを含みながらも音量に注意を払った声で問う。

「僕もよくわからないんですが……」

と、光秋は弱々しく答える。

「とにかく、補給が済み次第また出なきゃいけません。綾を乗せたままでは行けませんし、かと言ってこのまま降ろしたら機密に触れます。何かいい案ありませんか?」

「オレに言われてもなぁ…………どっか別の場所で降ろして、後で迎えに行くっていうのは?」

「さすがに知らない所で1人っきりにはできませんよ。殊にこんな状況じゃ」

「だよなぁ…………」

 2人の間に、しばし沈黙が流れる。

 と、

「…………!」

光秋の頭に、ふと案が浮かぶ。

「被災者に支給する、オレンジ色のけっこう大きい毛布がありますよね?」

「あ?……あぁ、あるけどよ?」

「すぐに持ってきてください!それを綾の頭から被せて……」

「……!なるほど!顔が隠れるし、オレが連れてけば避難者ってことにも!」

「えぇ!後はすみませんが、上杉さん、見ていてもらえませんか?」

「了解だ!じゃあ、まず下ろしてくれ」

「はい」

 言うと光秋は操縦席を機内へ下ろし、モニター正面にハッチの上に立つ上杉を確認すると、左掌をハッチの上に乗せ、それに上杉が安定した体勢で乗るのを見ると、ハッチを閉めて左膝を着いてニコイチを屈ませ、左手を慎重に地面に下ろす。

 掌から下りた上杉は、近くにある本舎の正面玄関へと駆けていく。

―本舎の中を通って、医療棟に向かうのか?―

遠くなる上杉の背を見ながら、光秋はそんなことを考えてみる。

 と、

「光秋…………」

後ろから綾が呼び掛ける。

「また、あたしを置いて行っちゃうの?」

 光秋は再び体を綾の方に向け、互いの目を合わせて答える。

「危険なとこなんだよ。綾だってさっき、危ない目に遭っただろう?」

「…………」

光秋の言葉に、綾は軽く頷いて答える。

「この白いの、ニコイチって言うんだがさ、頑丈にできてるから、僕はまだ安全なんだよ。ただその安全にしたって、ずっと保障できるものでもないし、そうでなくとも、何が起こるかわからない場所に行くんだ。綾を連れては行けないよ」

「わかる……けど…………」

呟く様に言いながら、綾は顔を俯ける。

 と、

(三曹?)

大河原の声が通信機と外部スピーカーから同時に響く。

「はい?」

と、体を前に向け直した光秋は声のした方―左側を見ながら通信機に言い、すぐ近くに大河原の姿を見つける。

(何で座らせているんだ?)

「!……すみません!すぐ立たせます!」

大河原の言葉にハッとした光秋は、慌てて言いながらすぐにニコイチを直立させる。

(そこまで慌てんでもいいが、何かあったのか?)

「ちょっと、上杉医師に用がありまして……」

(ウエスギ?……あぁ!あの女にだらしない専属医だな。本部でも医者よりそっちのことで有名だぞ)

「はぁ?…………」

(おぉっといかん!こちらも待たせてすまん。今取り付けを始めるから、今しばらく待っててくれ)

「了解」

通信が終わると大河原は、ニコイチの背部側へと駆けていく。

 荷台の取り付け作業はすぐに開始され、ニコイチの両腿に1つずつ、外側にガトリング砲の弾倉を2つ運べる容器が付いた輪が、サイコキネシスで浮き上げられたツナギたちによって固定されていく。

 その様子を意識の隅に感じながら、光秋は綾の方に体を向け直す。当の綾は、立ち疲れたのか、背もたれの側面に背中を預け、床に腰を下ろしている。

―座らせてあげたいが、僕がイスから離れるとニコイチが止まるしな…………―

 と、

(おーい!待たせた!)

ニコイチの正面の足元に左腕にオレンジ色の毛布を抱えて立つ上杉の声が、外部スピーカーから響く。

―…………ちょうどいいか?―

そう思いながら体を前に向ける光秋は、通信機を主任に繋ぐ。

「主任、加藤です。作業に後どれくらい掛かりますか?」

(ん?荷台の取り付けはもうすぐ終わるが?)

「……わかりました」―上杉さんには、少し待ってもらうか―

(あぁただ、その後弾倉の積み込みがあるが?どかしたか?)

「いえ、用事を頼んだ上杉医師が戻ってきてくれたので、終わり次第コクピットに上げようと。あとそれなら、予備弾の積み込みは僕がやりますが?」

(そうか?それなら…………じゃあ、後は頼む。ちょうど取り付けも終わったし、動いても大丈夫だ)

「了解です。ありがとうございます」

言いながら光秋は、頭を軽く前に倒して礼をする。

(おーい加藤!まだかぁ?人型ロボットに見降ろされるってのは、意外と怖いんだぜー!)

上杉の声に光秋は、ニコイチの左膝を着かせると、上杉の許に左手を差し出す。上杉が掌の上で体を安定させたのを確認すると、ハッチを開いて左手をハッチの上に置く。再び外の熱気が入り込んでくる。

 光秋は操縦席をぎりぎりまで上げながら、

「すみません。お待たせしました」

と、手から下りてコクピットを見下ろす上杉に詫びる。

「ほれ、頼んでた毛布」

言いながら上杉は、左手の毛布を光秋に投げて渡す。それを光秋は前に差し出した両手で受け取る。

 と、上杉はその場にしゃがみ込むと、ハッチに着いた左手を基点に光秋と綾に背を向け、足の方から慎重にコクピット内に下りてくる。

 光秋の右前に着地した上杉は、光秋の方に振り返ると、右手に持ったタッパを差し出す。

「?」

それは小さ過ぎたのか、モニター越しでは光秋にはわからなかった物である。

「あとこれは、食堂からの差し入れだ」

「差し入れ?……ありがとうございます」―後で、食堂にお礼に行かんとな―

思いながら光秋は、毛布を膝の上に置いて両手でタッパを受け取る。

 直後、

「!」

光秋は左後ろから刺す様な悪寒を感じ、すぐにハッチを閉めて操縦席を下ろすと、素早くシートベルトを締める。

「?……おい、加藤?」

突然のことに驚いた上杉に、光秋は、

「何処かに掴まってください!綾もだ!」

と返し、素早く立たせたニコイチを悪寒の来る方―左後ろへと向け、同時に両手で持ったガトリング砲の砲口を正面上方に向ける。

 正面上空に黄色い戦闘機を捉えたのも束の間、その戦闘機の両翼から1発ずつミサイルが放たれる。

「!」

光秋はガトリング砲の引き金を引き、砲口を左右に振って弾幕を張ると、弾に触れたミサイルが2つとも火球に転じる。

 が、かなりの距離を空けて迎撃したものの、爆発で生じた衝撃波はコクピットを若干揺らし、周囲の建物のガラスにヒビを入れ、中には完全に割れる物も出る。

―こんな所にまで!―

毒づきながら光秋は、右パネルのレーダー表示に目をやり、ミサイルの迎撃のために見失った先程の戦闘機を捜す。

―……!そこか!―

ニコイチを真後ろへと振り返らせ、右ペダルを踏んで一気に上昇し、眼下に黄色い戦闘機を捉える。

 素早く照準を合わせ、引き金に指を掛ける。

 が、

「!……」

戦闘機の下に本舎を見、一瞬発砲を躊躇する。

 その間に戦闘機は照準から逃れ、ニコイチの後方へと過ぎて行く。

「……!おい、加藤!ここじゃあ」

「わかってます!」

右後ろに両手で背もたれを掴んで立つ上杉に、光秋は戦闘機を目で追いながら返す。

―向こうの両翼にはまだ1発ずつミサイルがある。ここでまたミサイルや飛行機を爆発させたら、大惨事になる!―

その認識が、光秋に発砲を躊躇わせる。

―それにこの武器じゃあ、流れ弾の問題だって……―

 と、

(退避だ!退避!本舎から離れろ!)

大河原の怒声が外部スピーカーから響く。

 それを聞いた光秋は、

「……!主任!」

と、戦闘機の動きに合わせて砲口を右へと流しながら、通信機に吹き込む。

(何だ?)

「N砲はどうなってるんです?」

(下だ!足元を見ろ!)

―足元?……―

 言われて光秋は目を下方に向けると、

―!あった!―

正門の塀寄りの所に、地面に直置きしてあるN砲を見つける。弾倉もすでに装填されている。

 光秋はすぐにその近くに着地し、右手のガトリング砲を置いてN砲に持ち替える。

 直後、

「!」

正面から来る悪寒と接近警報を感じた光秋は、跳ねる様に一気に上昇する。少し遅れてニコイチがいた辺りに銃弾が殺到し、地面のコンクリートを抉る。

 光秋は足元を過ぎて行く戦闘機を目で追いながらニコイチを振り返らせ、大きく間を開けて旋回した戦闘機がニコイチ目掛けて突っ込んで来る。

「……」

光秋は右半身を後ろに引いて左腕を縦に前に出し、受けの姿勢を取る。

「……!」

戦闘機が右翼のミサイルを撃ったのを合図に、光秋は前に出る。

 が、直後、

「!」

戦闘機は機首の機銃を撃ってミサイルを誘爆させ、その爆光の中に隠れる。

―目隠し?―

そう理解した光秋は目を右へ左へと動かして戦闘機を再び捉えようとするが、爆光の眩しさが手伝って見つけることができない。

―クッ!何処に……―

 と、

―……!上!―

―また声!?上?―

再び聞こえた声に戸惑ったのも一瞬、光秋は視線を上に向ける。上空に自分に向かって一直線に突っ込んで来る影を見つけるや、それとの間合いを一気に詰め、正面に戦闘機のキャノピーを入れた刹那、

「!」

左肩の上に位置させた右腕を素早く横一の字に右に払い、N砲の砲身を機首の付け根に叩き込む。

 光秋は胴部と泣き別れになった機首を素早く左脇に抱え、落ちて行く胴部を拾おうと降下する。

 と、胴部はすぐに宙に停止し、それと同高度を取って滞空した光秋が下を見ると拡大映像が表示され、本舎駐車場の中央で両手を上にかざしている数人のツナギを見る。

―作業員さんたちが、受け止めてくれたか!―

 そう思う間にも胴部はゆっくりと降下し、それを追い抜いて光秋は先程地面に置いたガトリング砲の近くに着地する。

 ニコイチに左膝を着かせ、脇に抱えていた機首を地面に置くと、そのキャノピーの周囲を5人程の緑服が拳銃や自動小銃を向けて取り囲むのを見る。

 と、右後ろに立つ上杉が、

「どうする?ここじゃ降りられねぇぞ?」

と、光秋に尋ねてくる。

「……!主任!」

光秋は通信機に呼び掛ける。

(何だ?)

「ガトリング砲の予備弾は何処です?積み込み次第出ます」

(あぁ、本舎の裏手だ。今移動させる)

「いえ、それなら自分で行きます」

 言うと光秋は左手で地面のガトリング砲を拾って立ち上がり、ある程度上昇して正面の本舎へと前進し、その裏手の広間へ着地する。右側の足元には、ガトリング砲の弾倉を4つ積んだ無人の大型トラックが止まっている。

 光秋はニコイチに左膝を着かせて屈ませると、

「上杉さん」

と、上杉に目をやって呼び掛け、ハッチを開けて操縦席を機外に出す。

 その間にも光秋の前を通って席の左側へ移動した上杉は、綾に帽子を脱がせて光秋の膝の上にあった毛布を頭から被せる。

 光秋はN砲を地面に置いた右手をハッチに置き、帽子を両手で抱くように持った毛布に隠れた綾が右隣の上杉に付き添われて掌に向かうのを見る。

「…………綾」

光秋はその背に呼び掛ける。

「今度は、絶対付いて来たらダメだぞ。さっきもそうだったし、今の飛行機だって危なかったけど、これから僕が行く所はもっと危なくて、怖くて、嫌なんだから」

「…………」

強くはないがはっきりとした調子で言うと、綾は振り向かずに毛布下の頭を軽く頷け、上杉と共に掌に乗り込む。

 光秋は2人が手の上で体を安定させるのを確認すると、ゆっくりと手を下ろし、地面に着いた2人が医療棟へ向かう背中をしばし見送る。

「…………さてとね!」

 そう言って気持ちを切り替えると、機内へ戻ってハッチを閉め、左手のガトリング砲も置いて両手を右のトラックの荷台に伸ばし、ガトリング砲の弾倉を1つずつ両腿の荷台に積んでいく。4つ全てを積み終わると、右手にガトリング砲、左手にN砲を持って立ち上がる。

 鼻で大きく息を吸い、吐くと、

「行くかね……」

と呟いて、右ペダルを軽く踏む。

 本舎の屋上まで上昇すると、光秋は背後に振り向いて高度を上げながら前進する。

 

 鴨川を越えた辺りまで進むと、光秋は通信機を藤原に繋ぐ。

「こちらニコイチの加藤。藤原三佐、どうぞ」

(こちら藤原!何か?)

そう答える藤原の声の後ろからは、散発的に銃声や爆音が響いている。

「補給・休息を終え、ただ今現場に向かっています。僕は何処に行けば?」

(そうだな……ん?ヌオッ!)

「!」

通信機から響く爆音が光秋の左耳を打つ。

「三佐!?」

(……無事だ!)

「!…………」

いつも通りの藤原の声に、光秋は安堵する。

(ちょうどいい。儂らに合流しろ。場所は……いや、やはり発煙筒を上げる。色は赤だ)

「了解!至急向かいます!」

言うと光秋は前進を止め、周囲に目を凝らす。

「……!あれか!」

視界の右端に赤い煙の柱を見つけるや、その方向へ急ぎ前進する。

 

 煙の柱と距離を詰めた光秋は、その根元に視線を落とすと、縦に伸びる2車線道路を舞台に、手前側に周囲の建物の影に隠れながら応戦の銃撃を行う緑服たちと、距離を置いて奥側から建物の瓦礫でバリケードを築いてその影から銃撃を行う黒服たちを見る。

(加藤!)

通信機から藤原の声が響く。

「はい!」

(奥にEジャマーがあるだろう。あれが最後だ。破壊してくれ!)

藤原の言葉で前方に目をやった光秋は、前後を2台ずつ戦車で囲まれたEジャマーを見つける。

「了解!」

 言うと光秋はEジャマーへと直進し、それに気付いた黒服たちや戦車4台からの集中砲火を弧を描く様に上昇してかわすと、Eジャマーの真上に着いて左手のN砲を真下に向ける。

―両手塞がっててレーザーが使えないが、こんなとこか?―

モニター正面下部に映るEジャマー、その赤丸のマーカーに砲口を合わせるよう意識し、

「…………!」

一瞬後に引き金を引く。

 砲口から放たれた砲弾がEジャマーを直撃し、その爆発がEジャマーを粉砕して爆風に煽られる戦車4台の中央に赤々と燃える爆炎を咲かせる。

「よし!」―死んで、ないよな?…………―

心中に不安を覚えながらも声を出して呟くと、光秋は背後に振り返って外部スピーカーを入れる。

「NPは、直ちに武装解除の上投降せよ!最後のEジャマーを破壊した!」

 が、直後、

「!」

光秋は背後に無数の悪寒が刺さる感覚を覚え、急いで振り返る。

「!」

視界の正面に、ざっと見て20機程の黒いヘリの一団が我先にと自分たちの許へ直進して来るのを見る。

 と、

(白い犬が!またしても!)

と言う拡声器を通した怒声を外音スピーカー越しに聞いた直後、距離を詰めたヘリの一団から一斉に無数のミサイルが放たれる。

「!……そっちの味方だっているんだぞ!」

怒鳴りながら少し前に出た光秋は、右手のガトリング砲を前に向け、砲口を左右に大きく振って次々とミサイルを火球に変える。

 が、

「……なっ!」―弾切れ!?―

突然空回りを始めた砲口を見てそう判断するが、同時にまだ数発ある撃ち漏らしたミサイルが徐々に近づいてくる光景も見る。

「……くっ!」

 と、

(加藤ぉ!避けろぉ!)

「?」

外音スピーカーから響いた藤原の声に思わず背後に振り返りと、足元に防具一式で身を固めた藤原が、燃え盛るEジャマーと他の緑服たちが乗員たちの退車を急かしている戦車4台を背にして仁王立ちになっているのを見る。

 直後、素早く両手を上に上げた藤原の動きに合わせて、すぐ後ろの戦車2台の砲塔部が車体から分離して宙に浮き、空を切る様に前に出された藤原の手の動きに合わせて砲塔部2つが急上昇を掛けながら前進する。

「!?うぉっ!」

自分に向かって来る砲塔2つに声を上げた光秋は、素早く降下してそれらを避けると、目で追ったそれらがゆるやかに軌道を変えて手近なミサイル2つに当たって誘爆させるのを見る。

「!」

光秋は思わず背後に向き直る。

 と、最初の2つに続いて残り2つの砲塔が、4台の車体が、燃え盛るEジャマーがニコイチの頭上を飛んで、それぞれミサイルに当たって誘爆を起こさせる。

 と、今度はコンクリート片を主とした瓦礫群が濁流の様にニコイチの上を過ぎ、ミサイルが全弾掃討された宙を一目散に駆けてNPのヘリ群に殺到する。ヘリの一団は機首の機銃を連射して襲いかかる瓦礫群を砕いて迎撃するが、瓦礫はただでさえ数が多い上に後から後から次々と来るために、多くは銃撃を抜けてヘリのプロペラに当たり、ローターの基部を傷つけ、機銃を歪め、機首のコクピットのフロントガラスを砕く。

 瞬く間にヘリは全機落下を始め、藤原が素早く両手を前にかざすと、一瞬宙で止まってゆっくりと降下を始める。

―すごい!…………あれが三佐の“力”!…………―「あれが、超能力戦!…………」

ニコイチを後ろに向け直した光秋は、足元の藤原を見、思わず呟く。

 直後、

「!」

正面の上方から来る悪寒と接近警報を感じた光秋は、視線を上に向けると、遠くに10機の黄色い戦闘機群を見つける。左右に5機ずつに分かれ、それぞれがV字の編隊を組んで接近して来るのである。

「NPの次は、サン教か!」

軽い怒りを含んだ小声を呟きながら左手のN砲を脇に捨て、空いた手でガトリング砲の空弾倉を鷲掴んでそれも脇に放り、素早く左腿の予備弾倉を1つ掴んで装填する。

 ガトリング砲を両手で持って飛び立つと、それと同時に戦闘機群から一斉に放たれたミサイルがニコイチに殺到する。

「僕だけを狙ってくれてよかったさ!」

言いながら光秋はガトリング砲を前に向け、

「!」

砲口を左右に振って自分に迫り来るミサイルを火球に変えていく。

「迎撃が楽だからな!」

そう言う頃にはミサイルは全弾破壊され、しかし一方で、ろくに狙いを付けず撒き散らす様な撃ち方をしたためにガトリング砲の残弾も尽きてしまう。

 光秋はガトリング砲を脇に放ると、高度を上げながら戦闘機群に直進する。

(加藤!速く動け!猪突はするな!)

通信機から聞こえる藤原の声が、光秋に、

―『速く動け!』―

と言う言葉を呼び起こさせ、ニコイチに戦闘機群の上を取らせる。

―左から!―

断じると同時に左下の編隊の先頭の1機に素早く接近し、戦闘機の機首付け根の左上を取る。

 直後、

「!」

ニコイチは腰溜めにした右拳を繰り出して機首の付け根を粉砕する。

 瞬時に光秋は右の戦闘機の機首右側に接近し、

「!」

右腕を腰に引きながらその付け根に左正拳突きを叩き込むと、さらに右の戦闘機の許に素早く移動し、その左を取って、

「!」

左腕を引きながら機首の付け根に右正拳を食らわす。

右腕を引きながら左へ並行移動し、左の戦闘機の左側を取った直後、

「!」

体を戦闘機の方に向けると同時に機首付け根に右突きを見舞う。

 瞬時に左に移動してこの編隊最後の1機の左を取ると、

「!」

右腕を引きながら機首付け根に左突きを入れる。

―次!―

そう思い、左腕を引きながらもう1つの編隊がいる背後に振り返る。

 光秋は視界の右端に先頭の1機を捉えると、素早く接近して右を取り、

「!」

機首の付け根に右突きを入れる。

 すぐに右腕を引いて左前に前進し、

「!」

2機目の機首右側に右突きを入れると、瞬時に左に並行移動して、

「!」

3機目の機首右側に左突きを入れる。

 左腕を引きなら背後に振り返ると、正面に捉えた4機目に接近し、

「!」

機首の左側に右突きを入れ、すぐに左に移動すると、

「!」

最後の1機の機首左側に左突きを食らわす。

「!…………」

 光秋は左腕をゆっくり引いて両拳を腰の辺りに落ち着けると、

「…………ふぅう…………」

と、鼻から大きく吸った息を口から大きく吐き出して、興奮で火照った自分を冷ます。




 いかがでしたか?
 最後の戦闘機とニコイチの戦いですが、少しわかりずらかったかな?反省は今後の描写に活かさせていただきます。
 さて、目の前の敵を制圧した光秋ですが、この後どうなるのか?
 次回もお楽しみに。

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