白い犬   作:一条 秋

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 前回に引き続き、今回も日常回になります。
 あまり派手なシーンはありませんが、当たり前の日々を綾と過ごす光秋の心境にご注目ください。
 では、どうぞ!


14 外の世界

 7月17日土曜日午前10時半。

 迷彩柄の帽子に白地に赤と青の線模様が描かれた半袖のワイシャツ、薄黄色の長ズボンにサンダルを着て、右肩にカバンを斜め掛けした光秋は、京都駅構内に建ち並ぶ服屋の入口手前に立って、綾と横尾中尉の買い物が終わるのを待っている。

「そういや加藤……」

右隣に立つ黄色いTシャツの上に白い半袖のワイシャツを羽織り、青いジーンズを着た上杉が言う。

「はい?」

「なんで駅の中の店に行こうって言い出したんだよ?服屋ならオレがいいとこ知ってっから、そこに連れてこうと思ったのに……」

「確かに今回は、『服を買う』って目的で来ましたが、僕はあいつに、外の世界を見せてやりたかったんですよ。ここなら、なかなかいいでしょう?」

「……そういうこと……ただそれにしたって、オレならもっといい場所知ってるぜぇ?」

「僕が知ってる適地は、ここしかなかったんです」

「フーン…………」

上杉が静かに答えると、光秋は首を巡らして左側の広間とその左奥に続く飲食店街の通路、右側に伸びるコンビニや飲食店が散在する白い通路を、そこを散々と歩いて行き来する人々を見回してみる。

―初めて来た時と、あんまり変わんないなぁ……もっとも、初めての方はこことは厳密には違うんだが……しかし、場所は違えど、いつ来てもすごい人の数だなぁ、ここは―

 そんな感慨を抱いていると、

「そういやさぁ……」

と、上杉の右隣で中腰になっている青いTシャツに茶色い半ズボンを着た竹田二尉が口を開く。

「加藤お前、アヤのこと『お前』とか『あいつ』って言うのな?」

「え?…………」

竹田のその指摘に、光秋はハッとする。

―……そういや、そうだ!……今まで気付かなかった…………しかし、そんな呼び方の仲になったって、僕はまだまだ綾のこと、殆どわかってないのかもしれない。現にこの間の日曜だって、綾が思いつめてたこと、全然気付けなかった…………―

 と、光秋はその時綾に言った言葉を思い出す。

―『好かれる努力をしろ』、か…………よく言ったもんだ…………僕も、色んな綾を好きになる努力を、すべきなのかな?……―

「……おい、ジャップ?」

「!」

左から腕組をして立つ白い半袖のワイシャツに黒い長ズボンを着たタッカー中尉に呼び掛けられ、光秋は我に返る。

「中尉……なにか?」

「いや、考え込んでたみたいだから、どうしたのかと」

「あぁ、いえ……なんでも……」

言いながら光秋は、右手をタッカーの前に出して軽く振る。

 と、

―みんな、ちょっと来て―

と、音とは違う横尾中尉の声が4人の頭に直接響く。

―!?…………これが、テレパシー?―

若干の戸惑いから、光秋はつい右手を頭に添えてしまう。

「?……」

タッカーが光秋のその仕草を不思議そうな顔で見ると、竹田が立ち上がって、

「よし、中尉のお呼びだ。行くぞ!」

と、右隣にある店の入り口に入っていく。

 その後を追う上杉が、

「まったく、横尾中尉くらいのテレパスが1人いると、こういう時便利っすよねぇ」

と、呟く様に言う。

「ほら、ジャップ、行くぞ」

「あ、はい!」

自分を抜いて左前を行くタッカーを追いながら、光秋は、

―……話には聞いていても、直接体験するのはこれが初めてなんだよな……神モドキさんの時は知識がないのと、状況把握で精一杯で、そこまで気が回らなかったし……テレパシー……空耳や聞き違いなんかと違って、はっきり聞こえた。でも聴覚を使ったわけじゃない、か……にしても初めてのそれが、『ちょっと来て』って、日常的な内容とはな……―

と、新体験の感動と、その内容のありきたりさに対する憤りを感じる。

 一行が店に入って奥まで進むと、薄赤いTシャツに白い薄手の長ズボンを着、右肩に茶色いハンドバッグを提げた横尾が、試着室の青カーテンの右隣に立って待っている。

 一行が近付いてくるのを確認した横尾は、

「来た来た!」

と言って、カーテンの方に顔を向け、

「アヤちゃん、来たよ。いい?」

と、微笑んで問う。

 カーテン越しに綾の声で、

「はーい!」

と返事が聞こえ、試着室の前に一行が並ぶと、横尾が、

「では!ご覧をぉ!」

と、微笑みながらカーテンを左から右へとずらす。

「!…………」

試着室にいる綾を見た光秋は、思わず絶句してしまう。それまでピンクのワンピース姿しか知らなかった綾が、白い半袖のワイシャツに赤チェックのロングスカートを着、首の金色の首飾りがその魅力を引き立てているからである。

―綺麗だ…………―

光秋の脳裏に、漠然とそんな言葉が浮かぶ。

 と、

「おいジャップ!」

「!」

右隣に立つタッカーに肘で小突かれ、光秋は我に返る。

「あ?あぁ!……」

「どうした?鳩が豆鉄砲食らった様な顔して?」

ニヤケながらのタッカーの言い回しに、光秋は、

「……中尉、そんな言葉どこで覚えたんです?」

と、思わず尋ねてしまう。

「昔祖父さんが言ってた」

と、タッカーが答えると、

「だがオレも、今回ばかしはそいつの言うことに賛成だな!」

と、光秋の左側に上杉を挟んで立っていた竹田が歩み寄り、

「お前、アヤに見惚れてボーっとしてただだろう?」

と、光秋にニヤケた顔を近づける。さらに、

「ホーント、こんな美女と同棲とは羨ましいねぇ!」

と、ニヤケた上杉に後ろから頭を指で小突かれる。

「同棲って……」

 と、光秋が弱々しく言い返すと、

「光秋!」

サンダルを履いて試着室から出た綾が、光秋の前に歩み寄る。

「……どう?」

と、真っ直ぐな視線を向ける綾に、光秋は、

「……あぁ、なかなか、いいと思うよ!……」―ぎこちないな……―

と、自分でもそう自覚しながら答える。

 と、

「……!」

フッと綾が笑ったかと思うと、

「そう……」

と、その口から笑気を含んだ声を光秋は聞く。

 

 その後、綾と横尾がもうしばらく店内を見て回り、数着の服を購入すると、一行は駅の外に出てその近所を徘徊する。

 京都駅の八条通り側にある広場を歩いている光秋は、

「あそこに座るか?」

と、左前にある段差の柵を指さす。

「うん」

と、左隣を歩くワンピースに戻って服が入った紙袋1つを両手持ちする綾が応じると、2人は柵に歩み寄る。

 光秋は先に腰を下ろすと、左に立つ綾を見、

「熱いから気を付けて」

と、一言警告する。

 が、

「え?」

と、光秋の方を見た綾の空いている右手の先が直に柵に触れ、

「あっつ!……」

と、綾は急いで右手を引く。

「だから言ったのに……」

その様子を見て、光秋は思わず言ってしまう。

「金属は熱を溜め易いから、直接触るとそうなるんだよ」

「そんなこと言ったって……あたし知らなかったもん!……」

 光秋の言葉に熱冷ましに右手を振っている綾は少し膨れた顔で応じると、今度は地肌が触れないように慎重に腰を下ろす。

「ベンチが少ない……いや、ないんだよな、この駅……」

正面を向いた光秋が、ふと愚痴をこぼす。

 と、後ろにいた竹田が2人に追いつき、光秋の右側に歩み寄る。

「加藤、オレたちそこのコンビニで買い物してくるけど、なんか欲しい物あるか?」

「そう、ですね……じゃあ、ウーロン茶お願いします。綾は?」

「あたしもそれで」

「了解」

言うと竹田は来た道を引き返し、少し離れた所で待っているタッカー、上杉、横尾と合流し、一行は光秋と綾の背後にある駅の通路に消える。

 ―にしても、今日も暑いが、まぁ、8月よりましか……―

光秋がそんなことを考えると、

「ねぇ……」

と、綾が話し掛けてくる。

「ん?」

「なんであたしだけ、みんなと色が違うの?」

「色?」

「ほら」

言うと綾は、自分の右腕を光秋の左腕にくっ付ける。

「あぁ……」

綾の言いたいことを理解した光秋は、その2本の腕を見比べる。どちらの肌も黒っぽい色なのだが、綾の方ははっきりとした濃い色合いなのに対し、光秋の方はそれに比べて薄く、シャツの袖の合間からは茶色がかった白色も覗いているのである。

「それはさぁ、綾の前の人、伊部さんが生まれたのが、アフリカって言う、暑い土地だからだよ」

「暑い土地?……ここも、暑いよ?」

「アフリカの暑さは、こんなもんじゃないんだよ。その暑さの元になる強い日差しから体の奥を守るために、皮膚が黒くなるんだよ」

「光秋も、ちょっと黒いよ?でも服着てる所は、白い?」

「同じことが、直接日の当たってる所に一時的に起こってるんだよ。綾なんかは、それが当たり前になって、いっつもそうなってるんだ」

「ふーん…………」

光秋の大雑把な説明に、綾は解かった様な、解からない様な顔を返す。

 「……前に、世界の話をしたよな?」

「うん?」

光秋の唐突な言い出しに、綾は首を傾げて応じる。

「今僕が言ったのは、あくまで人から聞いた話で、実際に僕がそこに行って、調べたわけじゃないんだ……いわゆる、耳学問(じがくもん)だな」

「うん?……」

「アフリカっていうのは、ここからずっと遠くにあるから、気軽に行けるもんでもないんだ……」

「ウチからここまでも、遠かったよ?」

「それとは比べ物にならないくらい遠いんだ。それだけ世界は、広いんだよ…………」

「ふーん…………」

再び綾の微妙な表情に、光秋は、

―まぁ、本格的な外出が今回初めての綾には、ちょっと難しかったかな?―

と、その心情を察してみる。

 と、

「おーい!待たせたー!」

と、左手にビニール袋を持った竹田を先頭に、買い物に行った一行が右側から2人の方に歩み寄ってくる。

 

 7月20日火曜日午後8時半。

 上着が半袖の青チェックのパジャマを着た光秋は、自室の居間で1人廊下に背を向け、床に腰を下ろしている。左手に持った赤い携帯電話を操作し、それを左耳に当てる。

(…………もしもし?)

「あ、戸松教授ですか?加藤です」

(加藤君?)

「ちょっとお時間よろしいでしょうか?」

(かまわんが、なにかね?)

「次の綾の検査のことなんですが、そちら、ESOの研究施設で行うことはできますか?」

(…………設備そのものはこちらの方がいいのだし、可能ならそれに越したことはない。が……)

その声色に、光秋は電話越しに戸松の渋い顔を想像する。

「大丈夫ですよ。現にもう何度かこちらに検査に来られましたが、いつも綾は大人しくしてますし、最近は分別だって充分付いてきてるんです。先日だって、アクセサリーの着用を条件に、街に行くことも許可してくださったじゃないですか」

(そうだが…………)

「……正確なデータが取れれば、そちらも本来の目的を果たし易くなるのでは?」

(…………わかった。今回はこちらでやってみよう)

「ありがとうございます!」

(で、迎いのことだが……)

「それは大丈夫です。ここから街まで降りて、タクシーを拾います」

(……そうか…………)

「では次回、そちらでお願いします」

(あぁ、わかった)

「では、失礼します」

それを最後に、光秋は通話を切る。

「よし!」―これで検査の後、2人で京都観光でもできる!近いうちにまた、綾にいろんなものを見せてあげられる!―

その思いに光秋は、顔を微笑ませる。

 

 7月23日金曜日午前10時。京都市北区の路上。

 迷彩柄の帽子に白地の半袖のワイシャツ、薄黄色の薄手の長ズボンを着て左肩にカバンを斜め掛けし、白い靴下に黒いスニーカー靴を履いた光秋は、光秋の左腕を両手で抱いて並んで歩くピンクの帽子に白い半袖のワイシャツ、赤チェックのロングスカートを着、ピンクのサンダルを履いて首に金色の首飾りを掛けた綾に目をやる。

「とりあえず、検査の方問題なかったし、よかったかな?」

「…………うん」

少し困った顔で言う光秋に、綾も少し表情を曇らせて応じる。

 が、綾はすぐに、

「そういえば戸松先生、あたしたちが帰るとき、嬉しそうだったね」

と、微笑んで言う。

「確かになぁ。綾の変わりぶりに、いい意味で驚いてたよなぁ……『女らしくなった』って……」

言いながら光秋は、その時の戸松の白い歯を見せる笑顔を思い出す。

「僕も、先生とは長い付き合いじゃないけど、少なくともあんなあからさまに笑ったところを見たのは、初めてだなぁ……」―綾のこと、少しは人並みに見てくれたのかな?―

 と、

「……?」

光秋は、右手に伸びる2車線の車道の左側に停められた明るい黄色いワゴン車を目にする。選挙カーの様に上に演台を乗せ、車体と同じ様な色あいの黄色い背広を着た小太りの男が、左手にマイクを、右手に拳を作って熱弁している。

(……わかっていただきたいのは、()()()、教義を履き違えた愚か者たちと、我々、サン教の教義を一語一句理解し、実践している真っ当な信者たちを一緒にしないでいただきたいということです!)

―サン教!……―

車体上部の四隅に設置された拡声器越しに聞こえたその単語に、光秋は若干意識をワゴン車の方に向ける。

(我々サン教は、本来平和的な手段による教義の実践を目指しています!しかし!一部の愚か者たちは、その教義を自分たちの都合のいいように解釈し、先のESO襲撃事件の様な、暴挙の言い訳にしているだけなのです!サン教の名を(かた)って悪事を働く者たちの存在は、我々真っ当な信者たちとしても、非常に悲しいことで…………)

「……」

 そこまで聞いたところでワゴン車の前を通り過ぎた光秋は、そこで意識を向けることをやめる。

―……『一部の行儀悪い奴らの所為で、その集団全員が悪く見える』っか、高校の先生が言ってたっけ。もっとも、僕はサン教がどういう集団かよく知らないから、今の演説と、3カ月前の戦闘だけで、判断するわけにもいかんかぁ……―「宗教、か……」

「シューキョー?」

 光秋の呟きに、綾が顔を向ける。

「あぁ……前に話した、世界の見方とか、価値観とか、そういうのの一種と考えてくれればいいよ」

光秋の我ながら大雑把な説明に、綾は、

「んー…………」

と、よく解からないと描いてある顔を返す。

―……家の方こそ浄土真宗だけど、僕自身は無宗教だしなぁ…………これ以上の説明は、言えんよなぁ…………―

綾の顔を見ながら、光秋はそんなことを思う。




 いかがでしたか。
 中途半端なところで終わったと感じる方もいると思いますが、これには構成上の事情があります。どういうことかは次回をお待ちください。
 では、また。

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