白い犬   作:一条 秋

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112 一筋の光

「…………」

 

 うつらうつらしていた意識が速足で明確になっていくのに合わせて、光秋は独り暮らしを始めて以来すっかり馴染んだ布団以外に、自分の背中を覆うように触れているものを感じる。

 

―…………あぁ、そっか。法子さんと綾だ。昨日来たんだっけ……―

 

 覚め切るまでもう一歩といったところの意識で昨夜のことをぼんやりと思い出しながら、肩から前に回された伊部姉妹の手を握り、背中以上にその存在感を感じ取ると、安心感から再び寝そうになる。

 が、そんな中でも抜けきらない一抹の緊張感が辛うじて意識を繋ぎとめる。

 

―あれ?このまま寝ちゃ不味いような……今日って…………!―「あぁっ!?」

 

 微睡みの中に先日東京本部で見たレーザー砲のことが浮かぶや、慌てて体を起こして枕元に置いていた携帯電話を開く。表示されている日付は3月26日土曜日、時刻は午前6時だ。

 

「いっけねっ!」

 

 今日の予定を思い出して完全に目を覚ますや、すぐにベッドから下りようとする。

 が、梯子の手前で寝ている伊部姉妹を前につい足踏みしてしまう。

 

「んっ、んーっ……?なに?」

 

 そうこうしている間に、先程からの騒ぎで目が覚めたらしい法子が目をこすりながら訊いてくる。

 

「……すみません。ちょっと」

 

 それを見ていよいよ割り切るや、光秋は天井に頭がぶつからないように四つん這いの体勢で伊部姉妹の体を跨ぐ。

 

「…………っ」

 

 寝間着越しに体と体が触れ合った瞬間、その場に根が張られていくような抗いがたい誘惑に襲われるものの、なけなしの自制心でどうにか梯子に手を掛け、勢いのままに下りて急いで朝食の支度を始める。

 

「朝ごはん?私がやるよ」

「いいですよ。法子さんと綾は寝てて。昨日疲れただろうし、そうでなくてもせっかくの休みだし」

 

 まだ瞼が下がり気味な法子の申し出をトースターに食パンを放り込みながら断ると、光秋は服を抱えて脱衣所へ向かい、手早くズボンとワイシャツに着替える。

 ちょうど食パンが焼き上がると、コップに注いだ牛乳と一緒にコタツに運び、事前に電源を入れておいた布団の中に足を入れてそれらを食べ始める。

 

「…………」

 

 しばらくはその様子をベッドの上で眺めている伊部姉妹だったが、トーストを半分食べ切ったところで下りてきて左横に入る。

 

「寝てていいのに」

「同じ部屋にわさわさしてる人がいれば、どっち道目が覚めちゃうよ」

「そういうもんですか?」

 

 法子の言い分に首を傾げながらもトーストを食べ切り、牛乳を飲み干すと、光秋は空いた食器を台所の水盤に運び、その足で脱衣所に移動して歯磨きを始める。

 コタツにもぐり直しながら歯を磨き、終えて再度居間に戻ってくると、法子が言ってくる。

 

「お皿は私が片付けるよ。自分の分もそろそろ食べるし、ついでに」

「じゃあ、お言葉に甘えて。洗ったらそこの水切り棚に置いといてください」

 

 その厚意を素直に受け取ると、光秋は目薬を注して背広を羽織り、カバンを斜め掛けして玄関へ向かう。

 

「じゃあ、行ってきます。合鍵はそこに置いといたんで、部屋を出る時使ってください」

「わかった……その、いつ頃帰れそう?」

「今のところはっきりとは……目途がついたら連絡します」

「……わかった」

 

 靴を履きながら応じると、見送りに来てくれた法子――そして綾は少し寂しそうに返す。

 

「…………じゃあ、行ってきますっ」

「行ってらっしゃいっ」

 

 そんな顔に後ろ髪を引かれそうになるも、努めて覇気の籠った声で告げ、それに合わせるように同じ調子で返してくれた伊部姉妹の声を背中に部屋を出る。

 

―なんか、本当に同棲してるみたいだな……結婚したら、こんな感じなのかな―――

 

 くすぐったい気持ちを持て余す中、不意に浮かんだ思いに自分で自分が恥ずかしくなった。

 もっともそれも数秒のことで、頭を振って雑念を払うと、速足で駅へ向かった。

 

 

 

 

 本部に着くや、光秋は事前に決められた予定に従ってニコイチに乗り込み、一路試験が行われる演習場を目指す。少し前にレールガンの試射やゴーレムの試乗を行ったあの場所だ。

 位置情報を入力した地図に従って山の合間に降りると、すでにレーザー砲が運び込まれていた。

 

―ニコイチの目線から見ても、やっぱりデカいな。アレを今日――どころか、場合によっては今後のDDシリーズ戦で使っていくかもいれない、か……―

 

 敷かれた鉄板の上に横たわるレーザー砲の長大さに改めて圧倒されつつ、今更ながら新しいものに触れる時独特の不安が湧いてくる。

 その時、レーザー砲の近くにこちらに手を振っている人影を見付ける。

 

「福山主任」

 

 思うやレーザー砲の許にニコイチを進ませ、膝を着かせてコクピットから降りると、福山に駆け寄る。

 

「おはようございます」

「おはよう。今日はよろしく頼む」

「はいっ」

 

 昨夜からどうしても緩みそうになる気持ちを引き締めようと、意識して力を込めた声で応じる。

 

「早速だが、レーザー砲の使い方を説明する。降りてきてもらって早々悪いが、もう一度乗り込んでくれ」

「了解っ」

 

 再び力を込めることを意識して応じるや、駆け足でコクピットに戻った光秋は直立したニコイチの目線から福山を見下ろす。

 

「準備できましたっ」

(では、まずレーザー砲を持ってみてくれ)

「了解」

 

 応じると、鉄板の上のレーザー砲を見やる。全長の大部分を占める長大な砲身、その後部に備えられた箱状の部品の下側に持ち手らしきものを見付けると、ソレを右手で掴み、砲身部分に左手を添えて抱えるように持つ。

 

―……バランスとるのにコツがいるな―

 

 そのあまりの長さ故か、特異な形状のせいか、気を抜くと一方に傾きそうになる独特の感覚に思わずヒヤリとする。

 

(後部の箱状の部品、その砲身部との付け根の近くにボタンがある。それが内蔵された燃料電池のスイッチだ。まずそれを押してくれ)

「了解……コレか」

 

 言われて指示された辺りを探し、上側に丸く出っ張った部分を見付けると、光秋は恐る恐るそれを押す。直後に箱状部品から風が吹くような稼働音が鳴り出し、レーザー砲が起動したと理解する。

 

「押しました」

(では、後部を肩に担ぐように構えてくれ。側面の支持棒を奥に回すことで照準器が作動する)

「はい」

 

 言われた通り箱状部分を右肩に担ぎ、側面から伸びる支持棒を左手で掴んで砲口を前に向ける。掴んだ支持棒を奥に回すと、砲身部の付け根辺りから赤いレーザーポインターが照射される。

 

―レーザーポインター復活か。動作は改良前のN砲と同じなんだな―

 

 懐かしい感覚に思いを馳せそうになったのも一瞬、光秋は持ち手部分に備えられた引き金を見やる。

 

「照準器で狙いを定めて、あとは引き金を引くと?」

(そうだ。ここまでで質問は?)

「特には」

(では、実射試験に移る。電源を切ってついてきてくれ)

「わかりました」

 

 応じると光秋はレーザーポインターを消し、箱状部分のスイッチを再度押して福山の後についていく。

 移動の合間、福山はこちらを見上げながら声をかけてくる。

 

(ところで三尉、ふと思ったんだが)

「なんです?」

(今日は特エスたちを連れてこなかったのか?)

「?…………!」

 

 言われてようやく、この瞬間まで桜たちを見学に誘うということを失念していたことに気付く。

 

「あー……」

(レールガンの時は1人連れてきたから、てっきり今回も連れてくるのかと思っていたが)

「そのー……連絡がきたのがギリギリでしたからね。予定の都合とかで今回は断念したというかぁ……僕も、いろいろバタバタしてましたし……」

 

 忘れていたとはどうしても言い出せず、つい曖昧な言い回しで誤魔化してしまう。

 

(そうか)

―……すみません。法子さんと綾が来ることで頭が一杯になってて誘うの忘れてました。すみません……―

 

 短く応じた福山はそれ以上言及してこなかったものの、遅まきながら気付いたミスとそれを誤魔化してしまった罪悪感から、光秋は胸の中で謝罪しつつ見えていなことを承知で足下を歩く福山にコクピットの中で頭を下げた。

 それから少し進むと、5キロ四方はあろうかという開けた場所に出る。

 と、遠くに見えた黒い物影に、光秋は思わず心臓を跳ね上げた。

 

「アレってっ……?」

 

 驚きを拾ったモニターが拡大映像を表示すると、映し出されたのは案の定というべきか、腹部に大穴を空けたDD-01・ツァーングだった。

 

(去年の合同演習に乱入してきた機体――人類が最初に遭遇したDDシリーズだな。調査がひと通り終わったので、試射の標的に回してもらった)

「はぁ……」

 

 外音スピーカーから漏れたらしい声に福山が説明してくれるものの、未だ困惑が収まり切らない光秋は生返事を返すのが精一杯だった。機能を停止していることは充分わかっていても、DDシリーズに対する恐怖は心の深い所から少しずつ湧いてきてしまうのだ。

 

「でも、その……いいんですか、アレ撃っちゃって?貴重なサンプルなんじゃ……」

 

 そんな心境を改めたいと思って、ふと浮かんだ疑問を投げかけてみる。

 

(レーザー砲は元々対DDシリーズ用に作られたものだ。試射の標的にこれ以上の適材もない。そもそもDDシリーズに対抗できる力を得る為の装備開発であり、その為の今日の試験だからな)

 

 整然とした語りこそ普段とそこまで変わらないものの、それを述べる福山の声にはほんの微かに“熱”が籠っていた。

 

「……確かに」

 

 その声を聞いて恐怖心も落ち着いてくると、気を取り直した光秋は改めてツァーング、その残骸を見据える。

 

―合同演習に乱入してきたヤツって言ってたから、だいたい半年前のヤツか……―

 

 さっきよりは動揺の少ない心持ちでそう思うと、その時の光景が脳裏に浮かんでくる。

 

―あの時は、とにかくこっちの攻撃が効かないことが何より恐ろしかった。どれだけ弾が当たろうが傷一つ付かず、お構いなしに迫ってきた。その上での黒い空間での再戦……本当、綾がいなかったらどうなってたか―

 

 思いつつ、右肩に担いだレーザー砲を見る。

 

―でも、今は違う。ようやく赤くなったニコイチ以外でDDシリーズに効く攻撃ができるようになるんだ。その第一歩をこれから踏み出すんだ!―

 

 現状をそのように再認識することでなけなしの動揺もいよいよ収まり、活力を宿した目をモニター越しに福山へ向ける。

 

「そういうことなら……早速始めますかっ」

(そうだな。まず、標的の2キロ手前まで移動してくれ)

「了解っ」

 

 応じるや、指示された位置に速足で向かう。

 

「移動しました」

(では、先程説明した手順でレーザー砲を起動させてくれ)

「はいっ」

 

 言うと同時に箱状部分の電源スイッチを押し、送風音を聞きながら砲口をツァーングへ向ける。

 

「レーザー砲起動しました」

(では、試射を開始してくれ。狙いは左胸だ)

「了解っ」

 

 応じると同時にツァーング、その胸部を映した拡大映像に赤いマーカーが表示され、支持棒を回して点けたレーザーポインターをマーカーの中心に合わせる。

 

―実戦なら腹部の赤い扉を狙うところだが、今は壊れてるしな―

 

 思うや、少し硬くなった声を通信機に入れる。

 

「照準よし。撃ちますっ!」

 

 叫ぶと同時にニコイチの指が引き金を引き、砲口が一瞬強く輝く。

 それとほぼ同時に、拡大映像の中のツァーングの左胸には周囲が赤々と縁どられた直径3センチ程の穴が穿たれていた。

 

「……凄い……本当に……」

 

 人間の作った物がDDシリーズに傷を負わせた。どれだけ攻撃してもまともな傷など付けられなかったその非常識なまでの耐久性を目の当たりにしている光秋にとって、目の間の光景は想定通りとはいってもやはり衝撃的だった。

 

「…………」

(三尉)

「!は、はいっ」

 

 福山に声をかけられてようやく我に返ると、そんな自分を誤魔化すように張りのある声で応じる。

 

(システムは問題なく作動しているようだ。その調子で左の上腕部と前腕部、左脚部にも1発ずつ頼む)

「了解っ」

 

 早速指示された左上腕部に狙いを定めると、再び引き金を引き、一瞬の煌めきの後にツァーングの左腕に穴が空けられる。

 

「……」

 

 今度も息を呑んだものの気持ちの切り替えは早く、そのまま前腕部、脚部へと続けて撃っていく。

 

―…………突っ立ってるだけの――しかも形が人型の――相手を撃ち続けるっていうのは、なんだか妙な気分になってくるな―

 

 不意に胸の奥に覚えたむず痒さにそう思いながら、拡大表示された3つの穴を改めて観察してみる。

 

―上腕の方は結構深く入ったな。前腕は……盾の部分に当たった所為かそれ程深くないか。あそこは厚いから通りにくいのか?脚も厚手の所を撃ったせいか似たようなもんか―

 

 数をこなして当初の驚きが冷めたせいか、場所によっては思ったよりも軽度な損傷に少し拍子抜けする。一方で、

 

―それでも、重装甲部分にも傷を負わせてみせた。1回当たってこれなら、2回、3回と続けば……―

 

思いながらその想像を目の前のツァーングに重ね合わせ、レーザーの連射によって腕部装甲がボロボロになっていく様子に、これが想像だとわかっていても強い達成感を抱いてしまう。

 

(……ひとまずこんなところか。4発撃ってみたわけだが、使い心地はどうだ?三尉)

「そうですね……」

 

 福山の問いに現実に戻るや、光秋は使用時の感覚を振り返ってみる。同時に、直前まで抱いていた達成感、それを表すように頬が僅かに緩んだことに、我がことながら少し怖くなる。

 

―さっきの感覚は、危ないな。努力や成果を喜ぶことはいいが、今のはなんか……大事なことを忘れそうになるような…………―

(三尉?)

「!」

 

 やや急かすような福山の声にハッとするや、レーザー砲の使い勝手に思考を注力する。

 

「そうですね…………まず、これまで使ってきたキャノン砲やレールガンなんかと違って、弾じゃなくて光線……と言っていいのかわからないけど、とにかく根本的に違うものが飛んでいくわけでしょう。その辺の感覚はやっぱり違いますね。あと、今回は止まっている標的相手に使ったけど、実戦ではDDシリーズは常に動き回ってるわけだから、その違いがどこまで影響するかって不安はありますね。威力に関しては申し分ないです」

(なるほど)

 

 赤裸々に告げる光秋に、福山は短く応じる。

 と、さっき言ったことを受けてか、光秋は不意に思い付いたことを言う。

 

「少し、コレを持って飛んでみてもいいですか?」

(飛ぶ?)

「はい。持って飛んだ時の感覚の違いとか、今の内に感じておいた方がいいかと思って。発砲はしません」

(…………そうだな。いい機会だし、そういった方面の具合も見ておいた方がいいか。レポートをしっかり頼むぞ)

「了解。では、早速」

 

 福山の了承を得るや、光秋はレーザー砲を抱え直し、早速上昇を始める。

 

「……やっぱり」

 

 そうして最初に感じたのは、薄々予感していた進む際の違和感だった。ニコイチの全長に並ぶ程の長さ、それ故の空気抵抗の変化ということか、普段よく使うキャノン砲を持って飛ぶ時と比べて右側に「引っかかる」ような感覚を覚えた。

 加えてその重量と「肩に担ぐ」というこれまでにない姿勢のためか、安定して飛ぶためのバランス感覚も今までのそれと違っていた。右側に適度に気を配って飛ばないと、すぐそちらへ傾きそうになるのだ。

 

―この感覚……強いていうなら2リットルのペットボトルをいくつか買った時の帰り道のそれに近いかな。油断するとすぐ腕が引っ張られそうになって―

 

 日常の体験談を思い出す間にも充分な高度に達すると、光秋は地上のツァーングを改めて見る。

 

―とりあえず高度はこんなところかな。さて―

 

 胸の中に呟くと、再びツァーングにレーザー砲を向けてポインターを点ける。拡大映像越しに赤い点がきちんと当たっていることを確認すると、そのままゆっくりと右に移動する。その間も、レーザーポインターは決してツァーングから外さない。

 結果としてツァーングを中心にその周囲を反時計回りに旋回し、それが3周目を終えると今度は時計回りに切り替わる。

 それも3周目を終えると、今度は弾むように急上昇し、ツァーングの真上に差し掛かると同時にその頭上にポインターを当てる。

 

「…………なるほどな」

 

 ひと通り飛んでレーザー砲装備での飛行を体感すると、電源を切って福山の許へ着地する。

 

(どうだ?)

「詳しいことはレポートの方で改めて書きますが、そうですね。思っていた通り、大きさと重量からこれまで使ってきた装備とは移動する時の感覚がかなり違います。あと、担ぐっていう持ち方のせいか、ときどき箱部分が肩からズレるような感覚があって不安ですね。なにか固定できるものを付けてもいいかも」

(そうか)

 

 大まかながらも赤裸々な光秋の言葉に小さく頷くと、福山は手元の通信機に何ごとか吹き込む。

 

(今撤収の指示を出した。三尉も本部に戻ってレポートの作成を頼む)

「了解……何か手伝いましょうか?」

 

 応じると同時にレーザー砲を鉄板に戻そうと操縦桿を倒そうとして、不意に目に入ったツァーングを移動させようとしているスタッフたちに思わずそんな言葉をかける。

 

(いや、いい。それよりレポートの方を頼む)

「わかりました」

 

 福山の返事に頷くと、光秋はレーザー砲を鉄板の上に戻す。

 

「では、お先に」

 

 そう言い残すとニコイチを上昇させ、真っ直ぐ本部を目指す。

 

「思ったより早く済んだのはよかったかな。あとはレポートを書くだけか」

 

 そう確認を呟く口元は、すでに伊部姉妹と過ごす休日を想像して緩んでいた。

 

 

 

 

 本部到着後、速足で自分の待機室へ向かった光秋は、部屋に入るや法子にメールを送る。

 

『今本部に着きました。これからレポートの作成に入ります。昼頃には帰れると思います。』

 

 送信したメールをなんとなしに読み直した直後、すぐに法子から返信が来る。

 

『わかりました。部屋で待ってます。』

「……さてとね。最後のひと頑張りっ」

 

 その一文で気合いを入れ直すと、ノートパソコンとルーズリーフを用意して机に座り、早速レポートの作成に取り掛かる。

 

「…………にしても、ついにここまで来たんだ」

 

 考えをまとめるためもあって試験場での光景を振り返っていると、改めて感動にも似た深い感慨を覚える。

 

―DDシリーズを傷付けられる武器、それが実現できた。もちろん、実戦で通用するかはまだわからないが……その可能性を少しでも高めるのが、今の僕の役割なんだよなっ―

 

 その自己認識は少し疲れていた体に活力を取り戻させ、伊部姉妹に一刻も早く会いたいという単純な欲求も合わさって筆を進めさせていく。

 小休止を挟みながら書き進めることしばし、どうにか形になった報告書をパソコンの画面の中で読み返すと、そのファイルをメールに添付し、先日教えてもらった福山のアドレスに送信する。

 

「よしっ。終わったぁ」

 

 ひと仕事終えた安堵の声を漏らす一方、手はすでに荷物をまとめ、帰るための準備を始めていた。

 

「これでやっとっ」

 

 気持ちの方もそれに追い付け、追い越せとばかりに緩やかに高まり、1分とかからずに支度を終えると速足で部屋を出る。

 

―もうすぐ11時半。寮に着く頃には昼時か……せっかくだし、観光がてら食べに出るかなっ!―

 

 腕時計を確認しながら帰宅後の伊部姉妹との予定を思い浮かべ、疲れを忘れた足は軽やかに建屋を出、門をくぐり、普段以上の速さで駅へと向かった。


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