白い犬   作:一条 秋

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108 平手の音

 しばらくして疲労がある程度引いた頃、隣に座っている菫が声をかけてくる。

 

「遅くなりましたけど、お疲れ様でした」

「あぁ。菫さんもな……」

 

 かけてくれた労いの言葉に応じると、そっぽを向いた桜がぽつりと呟くのが聞こえる。

 

「アタシだって…………」

「桜さんもお疲れ様。最後の方、決めてくれたな」

「!べ、別に、アンタに言われた通りにしただけだし……」

 

 光秋なりの誉め言葉をかけると、桜は何故か居心地悪そうな顔で視線を外に逃がす。

 

「?あっ、そうそう。北大路さん――」

 

 そんな仕草に首を傾げつつ、光秋は北大路にも声をかけようとする。

 が、

 

「「「!?」」」

 

直後に轟いた爆音が続く言葉を掻き消し、車内は騒然とする。

 

「お、おいっ。あれ!」

「……煙ですか?」

 

 すぐに周囲を見回した徳川の視線を追って、光秋もビルの陰から立ち上る黒煙を捉える。

 

「えっ?何で!?予知は阻止したんじゃ……!?」

「いや、もうとっくに渋谷区は出た。これは予知とは関係ないんじゃない?」

 

 戸惑う桜に羽柴が応じる間にも、ビルの向こうから散発的な銃声が響く。

 

「とにかく、行ってみましょう」

「だね。飛ばすよッ!」

 

 光秋に応じるや、羽柴はサイレンを鳴らして黒煙の立ち上っている辺りにパトカーを向かわせる。

 最寄りの十字路を左に曲がり、向かう方向から逃げてくる人波や車列とすれ違う。少し走った所で右折して4車線の大通りに入ると、2基のEジャマーを積んだトレーラーを中心に銃器を持った30人程の人々と3機のフラガラッハが展開して、正面の8階建てのビルに銃撃を仕掛けている光景があった。

 ビルの4階部分からは黒煙が上がり、こちらからも所々から応戦の発砲、あるいは机やロッカーの投擲が行われている。さらに目を凝らせば、銃撃の多くはビルに届く直前に見えない壁に弾かれていた。

 

「これって……」

「フラガラッハってことは、路上の人たちはNPか?それが攻撃を加えてるってことは……重量物を投げる戦法や念壁を張っているところを見ても、ZC?」

 

 ひと段落後の唐突な銃撃戦に菫が絶句する傍ら、光秋は戦闘を交える一団を推測する。

 

「とにかく止めないと!パトカー止めてください」

「あ、あぁ」

 

 応じるや、羽柴は十字路付近の路肩に停車し、歩道に降りた光秋は隠れる様にパトカーの後ろに移動すると、正面にニコイチを出現させる。

 路上、ビル内共に目の前の相手に精一杯なためか、攻撃されることなく無事コクピットに乗り込み、起動させると、ニコイチの頭部を足元のパトカーに向け、左耳の通信機を繋ぐ。

 

「車内、聞こえますか?」

(あぁ。聞こえてる)

 

 徳川の声が応じる。

 

「今から双方の鎮圧に向かいます。柿崎さんは本部に戻ってEJCを3つ取ってきて。柏崎さんはソレを受け取り次第鎮圧に加わる。北大路さんは別命あるまで車内で待機。その間は徳川さんと羽柴さん、お願いします」

 

 言うことを言うと光秋は膝を着いていたニコイチを直立させ、徒歩で銃撃戦の許へ近付いていく。

 ビルの上空に3機のヘラクレスがテレポートしてきたのは、まさにその時だった。

 

「ヘラクレスまでっ?」

 

 周囲に倉庫らしき建物はなく、これ以上の戦力増加はないとつい油断していた光秋にとって、メガボディの追加出現は完全に不意打ちだった。

 

「!」

 

 動揺している間にもヘラクレスの1機が手に持ったマシンガンを路上に向け、反射的にNクラフトを噴かして射線上に割り込んだ光秋は、ニコイチに銃撃を浴びせられながら外部スピーカー越しに叫ぶ。

 

「こちらはESO東京本部であるっ。双方武器を収めて、投降しろっ!」

 

 叫んですぐ、返事代わりと言わんばかりにビルから投げ込まれた机がニコイチの右頬の辺りに当たって砕ける。

 直後にヘラクレスの1機が左側の路上に降り立ち、足元から放たれたロケット弾やフラガラッハのマシンガンを念壁で防ぐ。

 

―反撃の気配がない?…………!―

 

 受け身に徹しているヘラクレスに首を傾げたのも一瞬、3機目のヘラクレスが地上に降下したのを視界の端に捉える。

 そのヘラクレスは機体前面に念壁を張って迫る銃撃を防ぎ、腰部の両脇に増設された大型推進器の推力に物をいわせて突撃する。途中で妨害を試みたフラガラッハを撥ね飛ばしてEジャマーに肉迫すると、すれ違いざまにマシンガンを叩き込んで2基とも粉砕する。

 

―やられたっ!―

 

 NP側が仕掛けたものとはいえ、超能力に対する抑制を失ったことに光秋が内心舌打ちすると、機外からもそれに合わせる様に動揺と殺気の声が聞こえてくる。

 

(Eジャマーがっ!)

(不味いぞっ!?)

(今だッ!一気にたたみかけろ!)

(NPの奴ら、よくもやってくれたなッ!)

 

 叫びと同時に、路上のNPたちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑い、ビル内にいたZCたちは猛禽類の様にその頭上を飛び交う。

 

―さっきまで拮抗状態だったのに、Eジャマーを失った途端にこんな一方的な…………―

 

 捕食者と化したZCと、狩りの獲物となったNP。眼下で繰り広げられる光景にそんな印象を抱いて、光秋は戦慄する。

 そんな中、外れた念が隣のビルの壁を砕くのを目撃する。

 

「!?」

 

 よくよく周りを見渡せば、周囲のビルの中には未だ多かれ少なかれ人がおり、拡大映像に映る表情はいずれも恐怖で引き攣っている。

 

―考えてみれば、今は平日の昼過ぎ、まだまだ働き盛りの時間帯じゃないか!―

 

 思う間にも、2機のフラガラッハがマシンガンを闇雲に連射し、ばら撒かれた弾や薬莢が周囲のビルや路上を傷付ける。

 

「やめろッ!まだ避難していない人が大勢いるんだぞ!!」

(そんなこと言ってる場合か!Eジャマーが壊れた!奴らを抑えられる力がなくなったっ!)

 

 咄嗟に近い方のフラガラッハに取り付いてマシンガンを下に向けさせながら怒鳴ると、相手からは悲鳴混じりの声が返ってくる。

 

―あぁ、こういうのを『錯乱』っていうのか……―

 

 こんな時でも妙に覚めた部分でそんな感想を呟いた矢先、念力でマシンガンを爆破されたもう1機のフラガラッハが衝撃に押されて背後のビルに倒れ込む。

 

―いかんっ!―

 

 思ったものの目の前のフラガラッハから離れることもできず、瞬く間にその背部がビルに迫る。

 その時、

 

(倒す方向くらい考えろッ!!)

 

EJCを背負って飛んできた桜がビルに触れそうだったフラガラッハを念力で支え、そのまま仰向けに横たえると、近くで念の弾を放ちながらNPたちを追い詰めているサイコキノに突進する。

 

(やっと予知出動が終わったていうのにッ!!)

 

 叫びと共に勢いの乗った頭突きをその背中に叩き込み、不意を突かれたサイコキノはその場に倒れ込む。

 直後、四方から無数の念力や銃弾が迫る。

 

(知るかよ!ESOの飼い犬がっ!)

(くッ……!)

 

 それらに加えて怒声を浴びせられながら、桜は周囲を念壁で囲って攻撃をやり過ごす。

 

「桜さん!」

 

 その様子を見るや光秋は正面のフラガラッハを見据え、マシンガンの発砲が止まってることを確認する。

 

―今っ!―

 

 思うや、それまで下向きに押さえ込んでいたマシンガンを勢いよく上に上げ、がら空きになったフラガラッハの胴部に右蹴りを入れて突き飛ばすと、勢いに負けて手から離れたマシンガンを折って桜の許へ滑る様に向かう。

 

「柏崎さん!飛べっ!」

 

 叫ぶと同時に桜のいる近くに右拳を打ち込み、生じた激震に足を盗られたZCたちの攻撃が束の間止む。

 

(!)

 

 巨大な拳が地面に触れる直前に桜は飛び立つと、そのままニコイチの腕とすれ違う様に上昇し、頭部の角に跨る。

 

「無事かっ?」

(オウッ!)

 

 元気な返事にひと安心しつつニコイチを上昇させ、距離をとった所から下を俯瞰してみる。

 フラガラッハは3機とも動きと止め、NPのメンバーたちはなけなしの反撃を行いながらもZCの念力、あるいはヘラクレス3機の巨体から逃げ惑っている。よく見ればZCのビルの後ろの2車線道路でも同じような光景が繰り広げられ、逃げるNPとそれを追うZCによって戦闘域は少しずつ広がり、周囲一帯がその余波で少しずつ壊されていく。

 

―一応はZC優位といったとこか……もっともこいつら、超能力が自由に使えるようになったのをいいことに遊んでるな―

 

 念の弾をわざと外して追い立てたり、ヘラクレスの脚部を振って足蹴にしたり、相手をいたぶるようなZCの戦い方に、戦闘の恐怖を押しやるように苛立ちが募っていく。

 

―状況を見るに、仕掛けたのはNPの方だろう。だから、彼らが酷い目に遭うことはまだわかる。ある種の自業自得だろうさ。でも、こんな時間のかかる戦い方をすれば、その分周囲への被害も拡大する。ZCの人たちはそのことを解っているのか?―

 

 思った矢先、混戦から少し離れた所に停まっていた(から)のトレーラー――状況からしてフラガラッハを運んできたもの――が徳川たちの乗ったパトカーの方向へ走り出し、少ししてそれに気付いたEジャマーを破壊したヘラクレスがサイコキノ2人を連れて後を追う。

 荷台に乗り込んだ者たちが自動小銃を撃ってくるが、ヘラクレスのパイロットが張ったらしい念壁によってそれらは弾かれ、返しとばかりに肩回りに浮かんだサイコキノ2人が念の弾を撃ってくる。狙いが甘いのか、狩り立てて楽しんでいるのか、念はトレーラーに当たることなく進路上の路面を穿ち、それらを避けようと蛇行したトレーラーが路上に面したビルのガラスや標識の看板を砕きながら進んでいく。

 

―思ったそばからっ!―

 

 思うや光秋はパトカーを見やり、通信を繋ぐ。

 

「柿崎さん、戻ってるか?」

(はいっ。ここにいますっ)

 

 応じるや、窓から身を乗り出した菫が手を振ってくる。

 

「悪いがもう一度本部に行って、今度はEジャマーを取ってきてくれ。なるべく広範囲のやつ。とにかく超能力を封じないことには収拾がつかない」

(わかりましたっ!)

(念の為俺もついて行く。さっき本部に連絡入れたから、もう少しで応援も来ると思うが)

「わかりました」

 

 菫に続いた徳川の報告に応じると、光秋は角の上の桜を見やる。

 

「とりあえずあのトレーラーと、追いかけてるヘラクレスを止めるぞっ」

(了解っ!)

 

 返事を聞くやニコイチを急降下させ、ついにビルに突っ込んで動きの止まったトレーラーと、それににじり寄るヘラクレスとの間に割って入る。

 

「もう一度言う。双方武器を収めて投降しろ。従わない場合、実力を以って対処するっ」

(やってみやがれッ!)

 

 威圧を意識して告げた勧告に対し、ヘラクレスは挑戦的な怒声と共にマシンガンの連射で応じる。

 同時に肩回りに浮かんでいたサイコキノ2人がトレーラーへ接近し、荷台に乗っているNPたちに手をかざす。

 

「柏崎さんっ!」

(!)

 

 呼びかけと同時に桜は角からトレーラーの上空に移動し、トレーラーの周囲に張った念壁でサイコキノたちの念力を防ぐ。

 

(((!?)))

(お優しいウチの主任に――白い犬に感謝しな。そうでなきゃ誰がアンタたちなんか助けるかっ)

 

 困惑の目を向けるNPたちに、桜が憎々しげに言ったその時、サイコキノの1人が拳を握り締める。

 

(図に乗んなよ!ESOの犬がっ!)

 

 叫びと同時に距離を詰めると、腰に引いた右拳を突き出し、念壁を貫いたそれは桜の胸に当たる。

 

(ッ!)

「!桜さんっ!」

 

 痛みに顔を歪めながら桜は路上に落ち、それを見ながらもヘラクレスの銃撃を防いでいる光秋はその場から動くことができず、その間にももう1人のサイコキノが(うずくま)る桜に指鉄砲を向ける。

 

―不味いッ!―

 

 思った刹那、一瞬辺りが暗くなる。

 

(えっ!?)(何だ!?)

「!?」

 

 それと同時に、それまで宙に浮いていたサイコキノたちが糸が切れた様に地面に落ち、その様子に光秋は周囲を精査する。

 

―念力が消えた?Eジャマー?菫さんが間に合った?否、それなら連絡が入るはず。それに今一瞬陰ったのは…………!―

 

 周囲に目を巡らせながら逡巡していた最中、上空から複数の悪寒を感じ、見上げた先に上部4か所にパラシュートを広げた正方形の物体が3つと、その少し下に6機のフラガラッハを捉える。さらにその先には、輸送機らしい影が3つあった。

 

―NPの増援?さっきの陰はあの輸送機か―

 

 状況を整理する一方、痛みから立ち直ったらしい桜を見てひとまず安堵する。

 

「柏崎さん、EJCをっ」

(わかってる!)

 

 応じながら桜は肩紐のスイッチを操作し、自分を殴りつけたサイコキノに勢いの乗った頭突きを、指鉄砲を向けた方に念力を相乗させた突っ張りを入れてニコイチの頭部近くに上昇する。

 

「!」

 

 ちょうどその時、途切れることなく続いていたヘラクレスのマシンガンの連射が止み、ひと足に距離を詰めた光秋は左腕でマシンガンを上に払い、腰に引いた右手刀を突き出してヘラクレスの右腕を肩部から切り落とす。

 右腕ごと武器を失ったヘラクレスは慌てて距離をとり、それと同時に桜が角に跨ってくる。

 

(NPの奴ら増えやがったよ!どうするっ?)

「落ち着け。少し様子を見る」

 

 半分は自分に言い聞かせるつもりでそう桜に返すと、光秋は背部推進器を噴かしながら徐々に降りてくるフラガラッハの一団を改めて見据える。

 

―Eジャマーのお陰で超能力の効果範囲が制限されたことはありがたいが……さて、どう来なさる……?―

 

 思う間にもフラガラッハたちは路上に着地し、その内の1機から聞き覚えのある声が響く。

 

(援護する。展開中の同志は速やかに撤退しろ。勝手に動いた落とし前は帰還してからつけさせてもらう)

「!この声、赤坂の!」

 

 怒りを押し殺しているようなその声は、赤坂迎賓館で初めて遭遇し、工場地帯でのDDシリーズ戦でなし崩しに共闘したNPメンバーのそれだった。

 同時に、こちらに歩み寄ってくる1機のフラガラッハが目に付く。

 

―何だありゃ…………?―

 

 その手にしている装備に、光秋は束の間困惑した。他のフラガラッハが見慣れたマシンガンを持っているところを、その機は細く長い円錐にこれまた長い柄が付いた、中世の騎士が持っているような馬上槍を備えていた。

 

(…………槍?)

「僕にもそう見えるが……」

 

 声色から、桜も自分と同じような顔をしているとわかった。10メートルの機械仕掛けの巨人が、自身の身長を少し上回る長大な槍を持って摩天楼の只中に現れるという光景は、非常時にあっても思わず反応に困ってしまうくらいシュールだった。

 そんな槍持ちフラガラッハに向かって、ニコイチから距離をとっていた片腕のヘラクレスは突進していった。

 

(邪魔だ!ノーマルの雑魚がっ!)

 

 怒声を上げて背部と両脇の推進器を勢いよく噴かすヘラクレスに、槍のフラガラッハは避ける素振りを見せず対峙し、その穂先を正面に向けてこちらもビルの合間を駆ける。

 

―サイコキノの機体に接近っ?自殺行為だ!―

 

 いかにEジャマーの影響下といえど、EJCを内蔵しているヘラクレスに近付けば念力に捕まってやられてしまう。そうでなくとも、機体正面に張った念壁に弾かれて、最悪木端微塵に四散する。

 そんな予測を抱いた直後、フラガラッハはそれまで槍に目が行き過ぎて見落としていた両腰部に増設された大型推進器――形からしてヘラクレスが装備しているのと同型――を噴射してさらに速度を上げ、ものの数瞬でヘラクレスとの距離を詰める。

 案の定穂先は念壁に触れ、両機の前進が一瞬止まった直後、

 

「ッ!?」

 

見えない壁に遮られていた穂先は前進を再開し、数メートルと進まない内にヘラクレスの上半身と下半身の繋ぎ目を貫いた。

 腰から下を失ったヘラクレスは背部推進器の勢いのままにフラガラッハの脇を抜いていくものの、バランスを崩した機体は数秒後には左肩から路上に墜落する。

 

(……マジかよ?あんな槍で念壁貫いて…………)

「…………なるほど」

 

 桜の方もフラガラッハの悲惨な末路を予想していたらしく、それが覆ったことが信じられないといわんばかりの声を漏らす一方、一連の光景を見た光秋はようやくフラガラッハの意図を察する。

 

(なんだよ?)

「さっき柏崎さんが喰らったサイコキノのパンチと原理は同じだ。広範囲に張った念壁は一か所ごとの防御力がどうしても落ちてしまう。つまり、極一点に集中して強い力を掛けられると突破されてしまう。機体本体の推力を底上げして、得られたスピードをあの槍を通じて破壊力に変換、一点に掛かった力は念壁を突き破り、サイコキノ、もしくはそれが操る機体という『本体』を破壊する……と、こんなとこか?」

 

 自身考えを整理するために言葉にしてみたものの、そうして改めて得られた認識は槍持ちのフラガラッハ――そのパイロットに対する畏怖を抱かせるのに充分だった。

 

―一点突破って理屈は単純だが、実際やれるかというと早々できるもんでもない。もし貫く力が足りなければ、自分の方が機体ごと弾かれてしまう。仮にその場に留まれたとしても、さっきも思ったように、迂闊に近付けば念力でやられる可能性だって高くなる―

 

 思いつつ脳裏に過るのは、Eジャマーが作動する前のNPたちが一方的に追い詰められる光景。手持ちの武器が効かないという絶望と、不可視の力でいたぶられることへの恐怖だった。

 

―それに加えて、――具体的な値こそわからんが――それだけの力を生み出す為に得た加速、当然パイロットに掛かる重圧も相当なものだろう。自分より格段に強い相手に対峙する恐怖と、肉体的な大きな負担、それらを乗り越えて、あの槍持ちのパイロットは()()をやってみせた…………―

 

 上下が泣き別れになったヘラクレスを改めて見て生唾を飲んだその時、ヘラクレスの胸部のハッチが開き、中から若い男性が這い出てくる。

 それを頭部の単眼で捉えると、フラガラッハは槍を右肩に担ぎ、ヘラクレスの残骸に歩み寄る。

 

(おいおい。人を雑魚呼ばわりしておいてもう終わりか?超能力に加えてそんな大口叩くもんだから、こっちもそれなりに期待したんだぜ。だらしねぇなぁ……)

 

 スピーカー越しに落胆の声を漏らすと、フラガラッハは左手首のコブをハッチにもたれ掛かっているサイコキノに向ける。

 

―あれはっ!―

(やめ――)

 

 そこに機銃が内蔵されていることを光秋が思い出したのと、桜の静止の叫びが銃声に掻き消されたのは同時だった。

 

(…………)

 

 放たれた弾丸はハッチの縁――サイコキノの頭の数センチ横を掠り、僅かに欠けた痕を目にして顔色をなくしたサイコキノはその場に膝を着く。

 

(…………本当、だらしねぇ)

 

 その様子に落胆の色を強くして呟くと、フラガラッハはこちらを振り向く。

 

(お前はどうだ?噂の白い犬)

「っ!」

 

 言いながらフラガラッハは再び槍を構え、途端に全身を剣山で撫でられる様なヒリヒリとした痛みが襲ってくる。

 

「警戒しろ、柏崎さん。向こうはやる気満々のようだ」

(みたいだね……)

 

 言うまでもないがと思いつつも注意すると、返ってきた桜の返事は、少し震えていた。

 

「……ッ」

 

 自分も気を抜けば恐怖で動けなくなりそうな体に喝を入れ、ニコイチを身構えさせてフラガラッハの突撃に備える。

 その時、槍持ちの後ろからもう1機フラガラッハが近付いてくるのを見る。

 

―もう1機――いや、アレは……っ!?―

 

 増援かと思った直後、拡大映像に近付いてくるフラガラッハの胸部が映し出され、開けっ放しのコクピットに収まる人影に、光秋は恐怖ではなく困惑から息を呑む。

 

「何で……()()()()()が……!?」

 

 

 

 

 この数分前。光秋の指示を受けた菫が徳川と共にテレポートした後。

 パトカー内に残った北大路は、自分たちの横を過ぎて行ったトレーラーと、それを追うニコイチを窓から眺めていた。

 

「……これ以上ここにいても巻き添えになるだけだね。北大路さんだっけ。一旦離れるよ」

「……離れる?」

 

 収まる気配のまるでない周囲の争乱を見ながら告げる羽柴に、北大路は窓から顔を離すことなく訊き返す。

 

「そう。少し飛ばすから、シートベルト確認して――」

「それって、()()()ってことですか?桜ちゃんたちがまだ戦ってるのにっ」

 

 言いながら振り返ったその顔は、怒りに歪んでいた。

 

「言い様によってはそうなるかな。でも、私たちがこれ以上ここにいたって――」

「意味はありますっ!」

 

 そう叫んだのと、車のドアを開けて外に飛び出したのは同時だった。

 

「ちょっと!北大路さんっ!?」

 

 羽柴の静止も耳に届くことなく、北大路は一直線に横たわったままのフラガラッハに駆け寄る。

 

―『どんな時でも、選択肢が一つだけってことはないよ』……だったら―

 

 先日の通り魔事件の際に光秋が言っていたことを脳裏に浮かべながら機体をよじ登り、仰向けになっている座席に体を収める。

 

「私だってっ!」

 

 言いながら操縦桿に触れると、フラガラッハの状態と動かし方が頭に流れ込んでくる。

 

―主電源は入ってる。ハッチは……開閉機構が爆破されて閉められないか。武器は両腕に内蔵された7.62ミリ機銃と腰に収納されてるナイフ2本だけ、他にも所々不調が出ているけど…………私ならっ―

 

 サイコメトリーによって、手にした物の使い方は完璧に把握できている。自分にできないことはない。そんな自信の下に、得られた情報に従って操縦桿やボタンを操作してフラガラッハを起き上がらせると、不調のせいか覚束ない足取りでトレーラーとニコイチの後を追い、少しして槍持ちのフラガラッハと対峙しているところに遭遇した。

 

 

 

 

 近付いてきたフラガラッハのコクピットに北大路の姿を認めた光秋は、未だ困惑しながらも通信を繋ぐ。

 

「北大路さん、何してるっ?すぐに降りろ!いや、その前に距離をとって――」

(私だってっ!)

 

 動揺のせいで上手く指示をまめとめられない光秋を遮って、北大路は乗っているフラガラッハの右手にナイフを持たせる。

 

(私だってできるッ!!)

 

 叫ぶやフラガラッハを駆けさせ、同時に背部推進器を噴かして槍持ちに接近する。

 そのまま右腕を伸ばし切り、手にしたナイフを未だ背を向けたままの槍持ちに切り付けようとする。

 が、

 

(!?)

 

右脚を軸にした槍持ちは腰部の推進器を軽く噴射しながら独楽(こま)の様に翻ってそれをかわし、的を失った北大路機は勢いのままにニコイチに突っ込んでくる。

 

「!!…………大丈夫かっ!?」

 

 上体を逸らしてナイフをかわしつつフラガラッハの胴部を受け止めた光秋は、推進器の噴射が止まるのを見計らってコクピットの北大路の様子を窺う。

 改めてよく見れば、北大路はきちんと座席に座っているわけではなかった。もともと大人が座ることを前提にした席の前に方に引っ掛けるように腰を置き、長さの足りない脚を無理やりペダルに伸ばしている。機体の方も、至近距離での爆発に晒されたのか、右腕を筆頭に所々に深い傷がついており、右半身の数か所に大小の破片が突き刺さっている。機体の状態にしろ、乗り手にしろ、見るからに実戦に出していいものではなかった。

 

「とにかく、そのフラガラッハを捨てて降りろ。さぁ!」

 

 厄介そうな敵を前に光秋も焦っていた。先程の返事も待たずに急かす声をかけると同時に、開けっ放しのコクピットにニコイチの左手を差し出して乗るように促す。

 しかし、

 

(嫌です!)

「っ!!」

 

返ってきた拒否の言葉に、もともとの焦燥感も合わさって頭に血が上っていく。

 

「いい加減にしろっ!ワガママが通じる場面じゃないんだよ。いいから早く降りろ!!」

 

 これまで抑えていたものが外れた遠慮のない怒声と共に、ニコイチの左手をコクピットに突き付ける。

 

(――言ったくせに)

「んっ?」

(選択肢は一つじゃないって、自分で言ったくせにッ!!)

 

 光秋にも劣らない怒声を発するや、北大路はニコイチを突き飛ばし、再び槍持ちに向き直る。

 

「なっ!待て――」

 

 たたらを踏みながらもかけた制止の声は推進器の噴射音に掻き消され、北大路の駆るフラガラッハは再び槍持ちに切りかかる。

 今度もあっさりと避けられるものの、直後に北大路は機体を振り返らせ、再度向かい合おうとする。しかし、機体の不調か、操縦者の技術の問題か、その動きは戦闘中にあってはあまりにも遅いものだった。

 

(キャッ!)

 

 完全に振り返る直前、間合いを詰めた槍持ちは長柄の先で北大路機の胴部を突き飛ばし、ついにバランスを崩した機体は仰向けに倒れる。

 間を置かず槍持ちは穂先を肩に担ぎ、倒れた北大路機の腰部に右足を乗せて、単眼でコクピットを覗き込む。

 

(……まさかとは思ってたが、やっぱりガキかよ……)

 

 失望とも呆れともつかない声を漏らしたのも束の間、槍持ちから冷たい声が響く。

 

(ガキをいたぶる趣味はねぇが……嬢ちゃんもそんなモンに乗ってこんなとこに来たんだ。覚悟はできてるよな?)

 

 確認するように告げると、槍持ちは左腕を下に向け、手首の機銃の照準を北大路に合わせる。

 その時、

 

「ッ!!」

(ヌオッ!?)

 

北大路に意識が向いていると見るやペダルを踏み込んだ光秋は左肩から突っ込み、がら空きだった槍持ちの背部をさらに押して北大路機から離しながら角の上の桜に叫ぶ。

 

「柏崎さん!今の内に北大路さんを回収っ。一度羽柴さんたちと合流しろ!」

(了解ッ!)

 

 返事と同時に桜は角から飛び立ち、倒れたフラガラッハのコクピットから北大路を抱えてビルの合間に消える。

 それを見届けた直後、押されるがままだった槍持ちは腰部の推進器を噴かして自ら速度を上げ、機体同士が離れるや槍を地面に突き立てて急停止する。

 そのまま槍を軸に推進器の噴射を加えて機体を回転させ、その勢いのままに脚部をニコイチに叩き付ける。

 

「ッ!」

 

 受け身も満足にとれないまま、まともに喰らったニコイチは横に飛ばされ、自身にも伝わってきた痛みに悶えながらも槍持ちを見据えて構える。

 

(部下を逃がすために自ら突撃してきたってか?随分粋じゃなねぇか!気に入ったぜっ!)

「それはどうも……ならお願いとして、そろそろ引き上げていただけませんか?」

 

 心底から嬉しそうに告げながら槍を向ける槍持ちに反射的に応じつつ、ダメでもともとと言ってみる。

 

(冗談言うな。俺にとってはここからが本題だっ!)

「そうですか……」

 

 案の定、喜色に富んだ声で拒否の返答を得ると、光秋もいよいよ意識を臨戦態勢に移行する。

 

―高推力で打ち込まれたあの槍で、ニコイチの外装を抜けるか?答えは限りなく否といっていいだろう。が、伝わってくる衝撃は馬鹿にできない。ニコイチがいくら()っても、衝撃や痛みで僕がダメになったら元も子もない。さっきの蹴りだって結構痛かったしな……故に、迂闊には当たれない……―

 

 現状最大の脅威を整理すると、渇いた喉に生唾が流れる。

 

「…………」

(…………)

 

 互いにカメラの視線を交わして出方を窺い、膠着状態に陥る。

 が、それも10秒と続かなかった。

 唐突に槍持ちが後ろに跳び退いた直後、それまで立っていた場所に上空から大振りな徹甲弾が撃ち込まれる。

 反射的に両腕を前に出して飛び散った破片を受け流すと、光秋は上を見る。

 

「今の……上?まさか!?」

 

 思わぬ形での中断に戸惑いながらも弾の来た方を見上げると、予想通りヘラクレスが、しかも5機も滞空していた。その内の1機は左肩から砲身を伸ばし、大口な先を下界に向けていた。

 

「っ?」

 

 さらにもう1機――中央に浮かぶヘラクレスには見覚えがあった。左腕とコクピット周りを中心に装甲板を増設した仕様は、工場地帯でのDDシリーズ戦で共闘した機体だ。

 

「半鎧まで……」

 

 あの時は頼もしく感じた機影から、今は槍持ちと同じ痛々しい敵意を感じることに、つい感傷的な声を漏らしてしまう。

 と、半鎧は未だ続くビル前の乱戦に頭部を向ける。

 

(申し訳ありません。フラガラッハを仕損じました)

(いい。あの槍持ちはできる。それよりもだ……ここの連中は、研修係に何を教わってきたんだ。即行を心掛けろとあれほど……)

 

 砲身付きの謝罪に苛立った声をスピーカーから漏らすと、周囲の4機に目配せする。

 

(お前は俺とここに残れ。残りは撤収の援護をしろ)

((((了解))))

 

 応じるや、3機はビル前へ飛んでいく。

 

「っ……」

 

 残った1機をよく見ると、その左腕は爪付きと同じ3本爪の腕に換装されており、ニコイチそのものではなく()()()()()損傷を与えようとしていると察した光秋は息を呑む。

 

(♪~。こいつはまた、面白れぇ奴らが来たもんだぜ!)

 

 ご機嫌そうに口笛を吹きながら再び距離を詰めてきた槍持ちも加わって、いよいよ三つ巴となる。

 

―流石に殴る・蹴るじゃいよいよ限界だよな。3本爪にしろ、槍にしろ、タフさでやり過ごせるものでもないし。かと言って、未だ避難が完全といえないこんな場所で、キャノン砲やレールガンは迂闊に使えない。それ以前に、Eジャマーの影響下で菫さんが取り寄せられるかどうか…………―

 

 自分の出方を思案するも決定的な案は出ず、その間にも槍持ちは再び突撃の構えをとり、半鎧の目配せに頷いたヘラクレスも3本爪を開いて向けてくる。

 桜の叫びが響いたのは、その時だった。

 

(光秋ゥゥゥ!!)

「!」

 

 上空を見上げると、身長を優に超える鉄球を従えた桜が落ちる様に迫ってくる。

 

(受け取れェェェッ!!)

 

 再び叫ぶと同時に、桜は鉄球をニコイチ目掛けて投げ飛ばす。

 

―大河原主任が言ってたやつか!―

 

 昨日の電話を思い出しつつ、上昇した光秋は鉄球に手を伸ばす。

 すぐに半鎧とヘラクレスがマシンガンを撃ってくるものの、射線に割り込んだ桜が念壁で防いでくれた。

 そしてニコイチの右手は、長さ1メートル程の柄を確実に掴んだ。

 

「よしッ!」

 

 ニコイチを通して伝わってきた感触は活の籠った声となり、そのまま背中に引いた柄を半鎧とヘラクレス目掛けて勢いよく振り下ろし、ワイヤーで繋がった鉄球が拳の様に迫る。

 結局2機には避けられてしまったものの、銃撃が止んだことで盾役から解放された桜が再び角に跨ってくる。

 

「無事か?それと、コレどうした?」

(無事だよ。それとソレは、菊連れて引き上げた先で徳川さんたちと合流したんだけど、本部からこっちに戻る時に、あの福山って人に持っていくように言われたんだって)

「福山主任が……」

 

 答えられた名前を呟きながら、光秋は改めて手にした鉄球を観察する。

 長さ1メートル程の柄は、一方が杭の様に鋭く尖っており、もう一方からはざっと50メートルはあろう細長いワイヤーが伸びている。ワイヤーの先には直径が2メートル程、表面に鋭い棘がいくつも生えた鉄球が付いており、試しに引き寄せて左手で持ってみると、強い腕力を誇るニコイチの腕越しにもずっしりとした手応えを感じた。

 直後、半鎧とヘラクレスが銃撃を再開してくる。

 

「念壁!クッションで」

(了解!)

 

 回避による流れ弾や受け流しによる跳弾を気にして瞬時に断じると、桜はEジャマーの影響下にあって可能な限り広範囲に念壁を張る。

 ニコイチの頭部を中心に張られた念壁、それに触れた弾丸は一度宙に留まり、数秒後に糸が切れた様に真っ直ぐ地上へ落ちていった。

 

「近場の爪付きに仕掛ける。しっかり掴まって!」

(オウッ!)

 

 桜の返事を聞くや、光秋はマシンガンを撃つのをやめたヘラクレスとの距離を詰める。同時に右手を背中に引き、鉄球を叩き付けようとする。

 が、

 

―!この位置じゃ不味い!―

 

ヘラクレスがビルを背にしていることに気付き、当たって壊してしまうのではという危惧からつい動きが止まってしまう。

 その隙を突くように、ヘラクレスは左腕の爪を伸ばしてくる。

 

「!」

 

 咄嗟に高度を上げてかわすと、そのままヘラクレスの左斜め上に移動する。その位置からなら、振った時の射線上に巻き込んでしまいそうなものはなかった。

 

「この位置なら!」

 

 言うや光秋は右手を振り下ろし、ワイヤーの先の鉄球はヘラクレス目掛けて飛んでいく。

 ヘラクレスは念壁を張って受け止めようとするが、ニコイチの腕力を引き受けた質量はその止めようとする力を上回り、本体に達した鉄球は左腕の付け根を内部へと深く歪める。

 すぐに左腕を切り離すや、ヘラクレスはマシンガンの砲口を向けてくるが、

 

(ここはいい。ビルの方へ行け)

 

半鎧の指示に踵を返し、ビルの方へ飛んでいく。

 

―残るは2機……―

 

 それを見届けると、光秋は正面に滞空する半鎧と、その後ろの地上でこちらを見上げている槍持ちを見据える。

 刹那、槍持ちは路上を駆け、走り幅跳びの要領で飛び跳ねると、背部と両腰部の推進器を噴かして背を向けたままの半鎧に迫る。

 

(!)

 

 半鎧の方も接近に気付くや振り返って正面に念壁を張るが、槍持ちは跳躍の勢いのままにそれを槍で突き破り、穂先が半鎧の胸部に迫る。

 直後に半鎧は装甲板で覆われた左腕で胸部を庇い、腕を貫いたところで槍が止まるやソレを切り離し、右手に持ったマシンガンの砲口を槍持ちの胸部に合わせて発砲する。

 

(面白れェッ!!)

 

 叫びながら槍持ちは左腕が刺さったままの槍をマシンガンに叩き付け、射線を変えられた一連射は明後日の方へ撒き散らされる。

 

(チッ!)

 

 その一振りで砲身が歪んだのを見た半鎧は舌打ちしながら上昇し、槍持ちの方も両腰部の推進器を噴かしながらゆっくりと地上へ降りていく。

 

「…………凄い」

 

 一連の攻防を観ていた光秋は、そう漏らすのが精一杯だった。

 

―今の一戦、どちらも一瞬の判断ミスが命取りって、そんなギリギリの戦いだった。それをあの2人は、片や機体特性を、片や度胸を武器に、互いに乗り越えてしまった…………―

 

 心の中で感じたことをどうにか整理する間にも、全身から冷や汗が湧き出てくる。

 その間にも槍持ちは路上に着地し、直後に崩れる様に右膝を着く。

 

(チッ。さっきの蹴りか……)

「……まさか」

 

 スピーカーから漏れた舌打ちに、光秋は先程喰らった蹴りのことを思い出す。

 

―結構な痛さだったが、その分相手側にも響いてたってことか?……半鎧の方はビルの方に行ったか。そうならっ―

 

 半鎧の位置、なにより戻ってくる気配がないことを確認すると、槍持ちと向かい合う位置に着地し、鉄球の柄を左手に持ち直す。右手でワイヤーの中程を持って長さを調整すると、300メートル程の距離をゆっくりと詰めていく。

 

「桜さん。いつでも念壁が張れるように待機してて」

(了解っ……)

 

 歩きながら出した指示に、桜の緊張した声が応じる。

 残り200メートル程まで近付くと、槍持ちは槍を杖代わりにして強引に立ち上がり、光秋もいつでも鉄球を投げられるように身構えながら立ち止まる。

 

(まったく、ついてねぇな。せっかくノッてきたところで機体不調なんてよ)

 

 どうにか機体が安定すると、槍持ちのパイロットは軽い通り雨に遭った程度の気軽さで愚痴ってくる。

 

「…………」

 

 そんな気軽さに反して、加えて機体が万全でないにも関わらず、槍持ちから感じる威圧感は衰えを知らず、気を抜けば震えそうになる声を抑えて光秋は告げる。

 

「ただちに武装解除して投降してください。従わない場合は、実力を以て対処します」

(……まぁ、そっちはそれが仕事だもんな……)

 

 返ってきた声は頷いているものの、了承する気配は一切なかった。

 

(だが、俺としちゃあ、なかなか面白い状況になってきたわけでよ……それを終身刑をくらって檻の中でお預けっていうのは、これ以上ない苦痛ってわけなんだよ。だから……)

 

 言いながら、それまで杖にしていた槍をニコイチに向けてくる。

 

(最後まで抗わせてもらうぜ!)

「…………承知しました。では、こちらもッ」

 

 曲がることのない強い意志を乗せた返答に粛々と応じると、光秋は右手を軽く振って鉄球を縦回転させ、残り200メートルの間合いを詰める機会を窺う。

 

「…………ッ!」

 

 そんな張り詰めた時間を終わらせたのは、背後から迫ってきた鋭い悪寒だった。

 

「!」

 

 振り返ると同時に前に出した左腕に弾丸が殺到し、路上の先にマシンガンを向けたフラガラッハを見る。

 

(潮時だ。引き上げるぞ)

「!この声、赤坂の!」

 

 直後に聞こえたのは、耳に馴染みつつあるNPの声だった。

 

北沢(きたざわ)ッ!テメェ水を差すんじゃねぇ!!)

 

 途端に槍持ちから殺気を乗せた怒声が響くが、赤坂――槍持ちから「北沢」と呼ばれた男は気にした様子のない冷静な声で応じる。

 

(悔しいが、怪物たちとの戦いでお前を失うわけにはいかん。機体も不調なんだろう?満足のいく戦いがしたいというのらな、今は退け)

(チッ……!)

 

 言い負かされた悔しさを含んだ舌打ちをすると、槍持ちは両腰部の推進器を下に向けて噴かし、一気に高高度へ上昇していく。北沢機も背部推進器を噴かしてそれに続くと、ちょうど頭上に差し掛かった輸送機に取りつき、一目散にこの場を離れていく。

 

(逃げんのかよ!)

「いや、待てっ」

 

 輸送機を追おうとする桜を手で制しながら周囲を見回すと、ビルの周囲に5機のヘラクレスと十数人程の人影が集まり、Eジャマーの影響外までまとまって急上昇すると、そのままテレポートして跡形もなく消え去るのを見る。

 

「……一先ず終わった……か……」

 

 路上にフラガラッハやヘラクレスの残骸を残しながらも、数秒前とは打って変わって静かになった周囲を見て、光秋は警戒心を残しながらも呟く。

 と、ニコイチの胸部上に下りた桜がハッチをノックし、開けると不満げな顔でコクピットに入ってくる。

 

「また止めたっ」

「まぁ聞きなさい。今回はビル街のど真ん中、しかも避難も充分にされてない所だ。これ以上戦闘が長引けば、それこそどうなるかわかったもんじゃなかった。終わってくれるならそれに越したことはない。だいたい、テレポートで逃げたZCはともかく、飛行機で逃げるNPを下手に追いかけたりしたら、それこそ被害が拡大しかねない。うっかり墜落させようもんなら……っ」

「……そりゃあ……そうだけどさ…………」

 

 輸送機が落ちて火の海になるビル街を想像して震え上がる光秋に、言わんとすることを察した様子の桜は、しかし不満を拭い切れない声を返す。

 

「あとは――というか、理由としてはこっちの方が大きいんだが――ただでさえ予知出動の帰りで消耗してたんだ。これ以上続いたら、疲れで絶対取り返しのつかないことが起こるよ」

「…………」

 

 光秋自身不思議と強い確信を持って告げた言葉に、桜は押し黙って俯く。

 それに反する様に光秋は空を見上げ、一面の青色の中にすでに見失った輸送機、そこに乗り込んだ赤坂のNPメンバーを思い浮かべる。

 

―『キタザワ』っていうんだ、あの人…………―

 

 ZCの爪付きのパイロット――南の時もそうだったが、年が変わってからというもの、何かと遭遇する機会の多いNPメンバーの名前を間接的に知ったことに、思わず感慨を抱いてしまう。

 その時、こちらに近付いてくる振動を感じ取る。

 

―この揺れ、メガボディの歩く時の?それも複数……まさか、また!?―

 

 NPか、ZCか、あるいはどちらも舞い戻って来たかと思うや、すぐに鉄球を構え直す。

 が、ビルの陰から現れたのは、右肩にスフィンクスのマークが描かれたゴーレムだった。

 

「あのマーク、スフィンクス!デ・パルマ少佐か……」

 

 直後に左肩の「01」の番号にも気付くや、味方の到着を理解して安堵の声が漏れる。

 その間にもビルの陰からはさらに3機のゴーレムと5台の兵員輸送車が現れ、こちらに気付いたデ・パルマ機が歩み寄ってくる。

 

(よう。いるとは聞いていたが)

「やっぱり少佐でしたか。どうしてここに?」

 

 通信越しにかけられた声に、真っ先に浮かんだ疑問を返す。

 

(どうしてって、連絡受けたから鎮圧しに来たんだよ。一応データ取りも兼ねてな。ま、完全に出遅れちまったようだが……)

 

 落胆の色を乗せながら、デ・パルマ機はすでに戦闘が終結してしまった周囲を見回す。

 

「なるほど……あー、ところで、あちらのゴーレムは?2番機は関大尉として、他の2機は誰が?」

 

 返ってきた答えにどうにも気まずさを感じ、話題を変えることも兼ねて2つ目の疑問を問う。

 

(あぁ、そういうやお前は知らないんだっけ。スフィンクスのパイロットは、俺を含めて全部で4人いるんだよ。3番機と4番機の奴は、この前まで別のとこでテストしてたんだ)

「そうなんですか……」

 

 相槌を打ちつつ、改めて「03」、「04」と書かれた2機のゴーレムを見やる。

 

「……すみませんが、事後処理をお願いします。我々はもともと予知出動の帰りだったもので、全員消耗していて。せめて特エスたちだけでも本部に帰したいので」

(了解。俺たちもとんぼ返りってわけにもいかないからな。後は任せろよ)

「ありがとうございます」

 

 一礼して応じると、光秋は徳川たちと合流しようとニコイチを歩かせる。

 

―それと、個人的に改めなきゃいけないこともあるんで―

 

 思いつつ、後ろに横たわるフラガラッハに険の強い視線を向ける。それは、先程北大路が動かしていた機体だった。

 

 

 

 

 徳川たちと合流すると、光秋は福山主任に一報入れて菫に鉄球を東京本部にテレポートしてもらい、桜と共にパトカーへ乗り込んで真っ直ぐ本部へ向かう。

 

「…………」

「「「…………」」」

 

 お面の様な無表情を貼り付けた光秋に、車内はこれまでの比ではない重い沈黙に包まれていた。

 しばらく走って本部の門をくぐると、パトカーは本舎の近くに停車する。

 

「今日はありがとうございました」

「あぁ……」

 

 事務的な語調で礼を言う光秋に徳川が不安そうに応じる傍ら、少女たちは次々と降りて待機室のある建屋へ向かう。

 その背中に向かって、光秋はパトカーから降りながら声をかけた。

 

「北大路さん。ちょっと」

 

 呼ばれて足を止めた北大路は、こちらを振り返る。

 

「何ですか?」

「…………」

 

 その挑戦的な視線に、もともと危うかった光秋の自制心がついに決壊した。

 

「っ!」

 

 気が付けば右手が(くう)を走り、パァン!という生々しい音が駐車場一帯に響き渡っていた。

 

「「「「…………」」」」

「…………!?」

 

 光秋の平手打ちに徳川たちが唖然とし、赤くなった左頬に手を添えた北大路が目を丸くする中、光秋は腹の底から叫んでいた。

 

「何ですか、だと……?貴様はっ!自分が何をしたかわかってるのかっ!!一歩間違えたら、自分が死んでたかもしれないんだぞッ!!それを、それをッ――っ」

 

 そこまで言って言葉が詰まり、同時に息が詰まった。

 2、3回咳き込んでどうにか呼吸は整ったものの、怒りを体現するような動悸の激しさは一向に収まらず、血が上り過ぎて頭の中もごちゃごちゃしてくる。

 それに対して、周囲は数瞬前の反動のように途端に静かになり、それに耐えられなくなった光秋は先を行っていた桜や菫を追い抜いて、独り速足で待機室の建屋へ向かう。

 そんな背中に、今度は北大路の声がかかる。

 

「……そっちが言ったくせに……」

 

 かけられた声には光秋にも負けない怒りと、同じだけの湿度があった。

 

「選択肢は一つじゃないって、『そうしようと思った方』に賭けた方が賢いって、そっちが言ったくせにッ!!」

 

 叫ぶや、北大路は右の靴を脱ぎ、それを渾身の力を込めて光秋に投げ付ける。

 

「ッ」

 

 靴は見事に背中に命中し、大した痛みはなかったものの、ただでさえ怒りを持て余していた光秋は思わず振り返る。

 

「…………」

 

 そうして、こちらを睨み付けてくる北大路と目が合った。その目元には、数メートルの距離があってもわかるくらい涙が溢れていた。

 途端に言おうとしていた文句は口の中で霧散し、今度こそ振り返ることも立ち止まることもなく建屋へ向かう。

 少し歩いて建屋の玄関をくぐったものの、待機室へは向かわず、何処へ行こうというでもなくひたすら建屋の奥へと歩を進めていった。


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