メカ描写が多いですね。
では、どうぞ!
7 飛行起動実験 前編
4月23日金曜日早朝。
高高度の青空の中を、ニコイチの白い機体が南へと駆けていく。
そのコクピットに納まる光秋は、ESOの緑の制服姿であるが、制帽は膝の上に置いてあり、その左耳には専用の通信機が付いている。
右肘掛の内側に埋め込まれる様に収納されていたこの通信機は、スピーカー部が白いフック型であり、そこから伸びる白い脚の先には豆粒大の黒いマイクが口の左端に位置する形で付いている。光秋の体に合わせてあるのか、付け心地も音質も良好に感じられ、付けっぱなしでも周りの音も充分に聴きとることができる。
カプセルとマニュアルは、収納と充電を兼ねて元あった場所に納めてある。
―……雲1つないいい天気だなぁ。今日の飛行実験にはちょうどいいか―
モニターの左側から照りつける太陽光を見ながら、光秋はそんなことを考えてみる。
―実験に協力してくれる
そう思うと光秋は、数珠の巻かれた左手の腕時計に目をやる。
―7時50分……三佐には『8時半までに着けばいい』と言われているが……―
考えながら左パネルに表示されている地図を見、赤い三角で示される現在地と、赤い点でマーキングされた目的地までの距離を目測する。
―このまま飛んでも間に合う、が……―
右パネルのレーダー表示を見、
―近くに影はなし……ま、余裕がある方がいいか―
そう決めると、足を掛けている右ペダルを若干深く踏む。
それに合わせて速度を増したニコイチが、青空の中を直進して行く。
8時ちょうど。
周囲を木々で覆われている中で、そこだけ学校のグラウンド2つ分程の広さを誇る草原に、2人の男が向かい合って立っている。1人は緑の制服姿に素頭の藤原三佐。もう1人はデザインは同じでも青色の制服を着、制帽を右脇に抱えている若い男である。
2人の周りでは、青や緑の制服やグレーのツナギを着た人々が、地域行事で見られる様な脚長の白テントや、大型のカメラなどを多数忙しく設置し、少数の白衣姿の人たちが指示や作業補助をする光景がある。
藤原が少し驚いた様に言う。
「まさか、陸軍の大佐が視察に来られるとは……」
「大佐」と呼ばれた正面の男が答える。
「ESOの方に無理を言って、なんとか見学させてもらえることになった。UKD‐01にも、あのメガネの青年にも、改めて会いたかったのでな」
「加藤に?」
「あぁ。ESOの、それも君の隊に入ったのだろう?なら、今後共同任務に就く機会もあるだろうからな。どれ程の者か、この目で見ておきたい」
「はぁ…………」
そこで大佐は、左手の時計を見、雲1つない上空を見回してみる。
「……まだ来ないのか?」
藤原も左手首の腕時計を見て言う。
「慣熟訓練を兼ねて、支部から単独飛行をさせました。半までに来るよう言ってありますので、もうしばらくかと……」
「……ん?あれじゃないか?」
「?……」
大佐が藤原の背後上空を右手で指し、藤原もその指の先を目で追う。
その先には、青空の中にポツンと浮かぶ白い点がある。が、2人が見ている間にも、その点は徐々に人型とわかるほどに距離を詰めて来る。
地図上で点と三角が重なったのを確認すると、光秋はモニターの下部を見回し、前方に藤原から合流地点として知らされた広場を見つけ、
「あれか!」
と呟きながら、そこに向かって高度を下げながら前進する。
光秋の思考を感知したモニターが、視界右側に広場の拡大映像を映す。それによって光秋は、広場の所々で行われているカメラ類の観測機器や、データ収集所となる白テントの設置作業を見る。
と、その映像の中に、周囲の作業と距離をとって並んで立つ2つの人影を見つける。
「?……」
その映像ではぎりぎり人とわかる程の点でしかなく、さらに拡大された映像が、最初の映像の右側に重なる様に表示される。
―三佐と……もう1人は青服?合軍の人か?―
そう思う間に2つの映像は消え、ニコイチは藤原たち2人のそばに着地する。
(加藤、早かったな?)
モニター越しに左半身を前に向けた藤原が言う。
光秋は右パネルを触れて操作し、外部スピーカーを作動させ、
「早い方がいいと思いまして」
と、映像の藤原に言う。
もっとも、外の2人にとってそれは、
「……まるで、一本角の巨人が喋っている様だな」
と言う、真正面から向き合っている大佐の呟きの様な感覚を与える。
光秋はニコイチの左膝を着かせ、制帽を被って機外に出て機体から降り、2人の許へ駆け寄る。
「加藤三曹、ただ今到着しました!」
「うむ」
言いながら右手で敬礼すると、藤原は頷いて返す。
敬礼を解くと、光秋は大佐を見やりながら言う。
「三佐、この方は?」
と、
「おいおい、覚えてないのか?」
と、大佐が不機嫌そうに話し出す。
「
―この場所で?ここは、確か僕が初めて現れた…………!―
光秋はハッとし、藤原たちに連行させた先で会った若い印象の男を思い出し、目の前の大佐にその記憶が重なる。
「……あの時の!?……失礼しました!」
動揺した光秋は、反射的に敬礼をする。
「まったく!会ったことそのものを忘れているとは。こんな鈍い者が新兵器のパイロットとは先が思いやられる」
「…………」
富野大佐にそう言われた光秋は、恥ずかしさと情けなさで顔を俯ける。
と、そこに、光秋の左側に設置されているテントから、伊部二尉と、肩に先が着くくらいの短い黒髪をした日系の青服女性が、3人の許に駆け寄って来る。
「大佐、席の準備が完了したそうです」
「わかった」
青服の女性に短く返すと、富野は女性を左脇に従える様にしてテントの方へ歩き出す。
「三佐、こちらも準備ができたようです」
「ウム」
伊部に頷いて返すと、藤原は、
「加藤、お前も来い。協力してくださる空軍のパイロットの方々を紹介する」
と言って、伊部を右に従えてテントに向かう。
「あ、はい!」
と、光秋も2人の後に続く。
歩きながら光秋は、
―やっちまったもんはしょうがないかぁ……―
と、大佐の件を割り切ろうとする。
テントの前には、飛行服を着た5人の屈強そうな男たちが、各々にヘルメットを脇に抱えて並んでいる。
そんな彼らに向かって藤原は敬礼し、
「
と、光秋を紹介する。
「!」
光秋は先の件を頭から振り払って敬礼をする。
「古谷大尉」と呼ばれた中央に立つ茶色いチリ毛をした光秋より頭1つ分程背の低い男は、空いている左手で返礼をしながら、
「こんな若者が、新兵器のパイロットを?」
と、驚きを隠さずに言い、藤原はそれに微笑んで答える。
「えぇ。ですがご心配なく。これまでの起動実験では、常に良好な成績を残しています。今回の様な実戦に近いものこそ初めてですが、こ奴ならやってくれますよ」
と、光秋の左肩を右手で軽く叩く。
―……大佐といい、この大尉といい、アレは新兵器ってことになってるのか……にしても、期待されてるな、僕……―
藤原の言葉に、光秋は少し尻の座りが悪い思いを抱く。
パイロットたちが自機に待機するために去った後、入れ違いに、ツナギの上に白衣を羽織った白髪混じりの頭に藤原に劣らないガッシリとした体格の男がテントに近づいてくる。よく見ると、背丈は古谷大尉と同じくらいである。
「UKD‐01起動実験班主任の
白髪の男の自己紹介に、藤原は、
「こちらこそ、部下がお世話になっております」
と、握手をして返す。
「君とも、きちんと会って話すのは初めてだったな、加藤三曹」
「はい、今日もよろしくお願いします」
顔を向けて言う大河原主任に、光秋はそう返す。
「あぁ、こちらこそよろしく。もっとも、今日はいつもの様に無線で指示を出せばいいというものではないからな。その辺をよろしく頼むよ」
最後の方は笑顔で言った主大河原は、テント下のパイプイスに腰掛けている富野の許に行く。
「あなたともお会いできて光栄ですよ、富野大佐。整理戦争の英雄にこんな所で会えるとは」
軽く礼をしながら大河原は言う。
―『整理戦争の英雄』?―
大河原の言葉に、光秋は心中に首を傾げる。
大河原の挨拶に、富野は立ち上がって、
「こちらこそ、無理を言って見学を許可していただきありがとうございます。ESOの新兵器の力、とくと拝見させていただきます」
と、最後は口だけを歪めた笑みで言う。
主任に案内され、藤原隊一行はニコイチの正面に移動する。
全員が立ち止まると、大河原は白衣の右ポケットから携帯電話を取り出し、どこかに連絡を取る。
「あぁ俺だ。例のモノ、コンテナから出してここに置いてくれ……そう、ここだ。場所はそっちからも見えてるだろう?……あぁ、慎重にな!よろしく頼む」
「あの主任、『例のモノ』とは?」
藤原が尋ねる。
と、一同の目の前に深緑色をした金属製の物体が現れる。
「「「「!……」」」」
「……主任、コレは?」
物体に目を丸くする一同を代表して、藤原が問う。
「私が設計・主導開発をした、UKD‐01専用の火器です」
大河原が言うそれは、直方体の本体を中心に、円柱形の砲身とニコイチ大の引き金が伸び、銃の形状を形作っている。
「戦車の砲塔を流用した物で、これに5発の砲弾が入った弾倉が付きます。三曹、ちょっと」
「はい?」
大河原に手招きされ、光秋は近くに来る。
「コレの予備弾倉を付けるための器具を01の脚に付けたいんだが、作業がし易いように立ち上げてくれ」
「わかりました」
言うと光秋は、すぐにコクピットに上がり、認証を済ませてニコイチを立ち上げる。
そうしながら光秋は、モニターに映るニコイチの視点から、改めてニコイチ専用の火器を見下ろしてみる。
―コレが現れた時の、あれがテレポートか?神モドキさんがニコイチを出した時のと同じだ。にしても……―「コレ、物々しいなぁ……」
ニコイチを立たせ終わった光秋は、テントのそばに立って腕を組み、大河原たちの作業を見物している。
ニコイチの両腿に形を合わせた輪を浮かせて取り付け、細かい固定作業を行うツナギ姿の作業員たちは、皆宙に浮いている。そしてニコイチの足元には、彼らや輪を支える様に両手を上にかざすツナギたちの姿もある。またニコイチの正面側には、光秋同様に距離をとって作業を見物している竹田二尉がいる。
―あれがサイコキネシス―念動力か?散々浮かされてきたが、浮かされてる人を見るのは初めてだなぁ……―
と、
「加藤」
「……小田一尉?」
光秋の左側から、小田が歩み寄って来る。
「何か?」
「いやぁ、お前さん、あんなふうに動きのある超能力を見たのは初めてだったよな?」
小田はニコイチの作業風景に顔を向けながら言う。
「えぇ」
「あぁやってニコイチを立たせた状態で降りたのも、初めてだったよな?」
「えぇ」
「どうだ?降りた時、股の間のあれに寒気感じたか?」
「えぇ……て!えぇ?」
光秋は少し動揺する。
「ハハッ、冗談だよ。まさかちゃんと答えるとは思わなかったが」
「……一尉!……」
光秋の顔が少し険しくなる。
「わるいわるい。そうふくれるな。ところで……」
そこで小田は笑顔を消し、真顔になる。
「三佐が言ったことは、あんまり気にするなよ」
「三佐の?何です?」
「ほらぁ、古谷大尉だっけ?あのパイロットさんと話してた時に言ってただろう。お前ならやってくれるって」
「あぁ。別に、そんなに気にしてません。やることをやるだけです」
「そうか?ならいいんだが……空中戦は初めてなんだから、無茶はするなよ」
「はい、大丈夫です。無茶をする気はありません。ただ……」
「ん?」
「期待されたら、それに応えたいという気持ちもあるのも、事実です」
「それはそれでいい。が、とにかく無茶だけはするな!事故なんて起きたら洒落にならん。御身大事だぞ!」
「……はい」
と、
「……お前が、あのホワイト・ドールのパイロットか?」
「「?……」」
第三者の声がかけられ、声のした方―光秋の右後ろに2人が目をやると、飛行服を着た短めの金髪に光秋とほぼ同じくらいの背丈の白色系の男が、光秋を睨みつける様な目をして立っている。
「……はい……」
光秋は恐る恐る返事をする。
「イエローが、あんな飛行美の欠片もない物を飛ばしやがって!」
静かだがあからさまな怒気を含んだ声で言うと、それまで距離をとっていた金髪は速足で光秋に近づき、
「!?」
右手でその胸倉を掴んで顔を寄せさせる。
「おまけに、なんで俺たちがそのテストに駆り出されて、やられ役をやんなきゃいけないんだ!えぇ?」
「!…………」
今度は少し怒鳴り声で言われ、光秋は身をすくませる。
「中尉、その辺にしていただこう!」
金髪の飛行服の襟の階級章を一見した小田が強い口調で言う。
「…………」
その言葉に金髪は、渋々手を放す。
「ついでに先程の発言、統一政府が樹立された今の時代には、時代錯誤以外の何物でもないんじゃないか?」
「……偉そうに」
小田の言葉に金髪は、聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
と、
「何だとこの野郎!」
いつからいたのか、竹田が大声で怒鳴りながら大股で3人の許へ近づき、左手で素早く金髪の胸倉を掴む。
「さっきから黙って聴いてりゃあ!何が気に入らねぇのか、オレの後輩にイチャモンつけるは、一尉には口答えするは!」
怒鳴りながら、竹田は右手で拳を作り、
「何だってんだ!」
叫びながらそれを金髪の顔面に繰り出す。
が、
「竹田!」
「!」
小田の一喝に、竹田は寸前でその拳を止める。
「お前も、その辺にしとけ」
「けど一尉、こいつ―」
「ESOと空軍の関係を悪化させる気か?」
「……」
続きを遮る様に言われたその言葉に、竹田は渋々拳を下ろし、胸倉から手を放す。
「中尉、間もなく実験の開始時間だ。お互い、そろそろ持ち場に戻る頃だろう?」
「……」
小田の言葉に金髪は無言を返し、「面白くない」といった顔を向けたのを最後に、光秋たちに背を向け、速足でその場から離れて行く。
光秋は、その背を少し沈んだ顔で見送る。
―気分悪いな……―
8時55分。
器具と予備弾倉の取り付け作業の終了を聴いた光秋は、すぐにコクピットに戻って制帽を腰の右側と肘掛の間に挟み置き、待機状態に入る。が、その表情は先程の一件を引きずってか、少し暗い。
と、
(仮設管制より01へ。三曹、聞こえてるか?)
大河原の声が左耳の通信機から聞こえる。
「こちら01、良好です。よく聞こえます」
(よし。今から目の前の武器の説明をする。まず、実際に持ってみてくれ)
「了解」
応じると光秋は、イメージでニコイチをしゃがませ、右手で取っ手を握って左手を砲身に添えると、人が長銃を抱え持つ様にしてその砲を持ち、直立する。
(見ての通り、基本的な構造は人間用の銃と変わらない。引き金を引けば弾が出る。ただ、命中率を上げる工夫がしてある。砲口を地面に向けて、左の支持棒を奥に回してくれ)
「はい」
光秋は指示通り、ニコイチの左手に左の奥に伸びる支持棒を握らせ、それを奥に向かって回す。と、砲身付け根上部の台形型の突起から、地面に向かって赤い光線が伸びる。
―!これは……―
(レーザーポインターだ。これで少しは当て易くなるだろう。消す時は、手前に回すんだ)
「はい」
光秋が教えられた通り棒を手前に回すと、レーザー光は消える。
(よし。次は弾の装填だ)
大河原が言い終わると同時に、ニコイチの左の足元に深緑色の薄めの直方体をした弾倉がテレポートして来る。
(ソレを上部の窪みに差し込むんだ)
「はい」
光秋は左手で弾倉を取ると、その長辺を本体上部の窪みに合わせ、弾倉の上を押す様にして差し込む。
(そうだ。左右の予備も同じ様にやればいい。弾倉1つに5発の弾が入ってる。今回は訓練なのでペイント弾だ)
「わかりました」
(ここまでで、なにか質問は?)
「……ありません」
(よし。武器の説明も済んだし、そろそろ実験開始時刻の9時だ。離陸して会敵予定地に向かってくれ)
「了解」
光秋はそこで鼻から大きく息を吸い、先の件のモヤモヤを吐き出すつもりで口から息を出す。
―今は目の前のことに集中する時だ!三佐の期待に応えるためにも、いい結果を出す!―「加藤光秋、UKD‐01ニコイチ、出ます!」
腹から声を出すと共に右ペダルを踏み、背部の円形を光らせた白い巨人が、周囲に弱い風を吹かしながら大空へと上昇して行く。
定高度まで機体を上昇させた光秋は、右パネルのレーダー表示、その外円に示される方位を確認しながら、ニコイチを南へ前進させる。
それと同時に、大河原から通信が入る。
(仮設管制より、参加機各機へ。これより改めて本実験の説明を行う。本実験は、UKD‐01の飛行時の起動データ、及び戦闘時のデータの採取が目的である)
―プラス、僕にとっては実戦を想定した訓練か……―
(仮想敵を務めるペガサス小隊は、01の保有火器1発の被弾で撃墜。01は、機銃百発の被弾で撃墜とする。なお、模擬ミサイルは1つ50発分だ。会敵次第、実験開始とする。以上)
通信が切れると、光秋はモニター映像とレーダーの見回しを交互に行い、砲をいつでも撃てるよう身構える。
と、ピピッという接近警報が響く。
「!」
同時に前方の映像が拡大され、青空の中を横一列に飛ぶ5機の黒い戦闘機が映し出され、各機に赤丸のマーカーが付けられる。合わせてその右隣に敵機の詳細が表示される。
―『F‐22』……―
曲線主体の形状に、広めの台形型の主翼と、左右と上2つの尾翼が特徴的である。
―ステルス機か……ということは―
光秋はレーダーに目をやるが、そこには何も映っていない。
「レーダーは役に立たん、か……が、やってやる!」
言うと光秋は右ペダルに力をかけ、ニコイチを加速させて敵機群との距離を詰める。
―見つけた!―
隊長機を頂点にVの字の編隊を形成し、その最左翼を務める金髪の男も、青空の中に浮かぶ白い点を視認する。正面パネルのレーダーに目をやるが、前方の機影は映っていない。
―向こうもステルスか!―「ますます憎たらしい!」
酸素マスク越しに怒気を含んだ声で呟く。
と、古谷の声でヘルメットに通信が入る。
(ペガサス・リーダーより各機。目標を捕捉した。各自散開して、目標を包囲しろ!)
(ペガサス
(ペガサス
「ペガサス
(ペガサス
返信が終わると同時に4機は編隊を崩し、金髪の男―ペガサス4は左に迂回して目標の後方に回り込もうとする。
―5対1の中を突っ込んで来るからよ!―
中央機を残して4機がバラバラの方向に飛ぶと、それを追って拡大表示も4つ追加される。
が、それらを無視して、光秋は中央の1機を目標に決める。同時に全ての拡大表示が消え、距離に比例して直径が拡縮するマーカーのみが相手機の位置を告げる。
前方に砲口を向け、距離を詰めてマーカーが適当な大きさになると、レーザーポインターを照射し、光線がマーカーの中心に来た一瞬、
「!」
習慣的に右人差し指が引き金を引く動きをし、完全同期したニコイチの指が砲の引き金を引く。
ドンッ!という爆音と共に砲口から弾が放たれ、同時に砲本体右の横穴から爆風と薬莢が排出される。
放たれた弾は目標に直進し、
―行ける!―
と光秋が感じた一瞬、
「!」
目標は弾の左側に回避し、そのまま旋回するかと思ったのも束の間、ニコイチに向かって機首の機銃を撃ちながら前進して来る。
「!」
咄嗟に右に回避し、銃弾と目標が通り過ぎるのを待ってやり過ごす。
が、
「!」
今度は背骨あたりに針で刺される様な不快感を感じ、反射的に振り返って感の差してきた辺りに一射する。
ろくに狙いも付けずに放たれた弾は、しかし、放った先のニコイチに直進している相手機に命中し、機首先端からキャノピー前部を緑色に染める。
「当たった?」
思わず光秋は驚きを声に出す。
(ペガサス3撃墜。離脱せよ)
知らない男性の報告を聞く傍ら、光秋はふと思い出す。
―そういえばマニュアルに、『乗り慣れて機体と体が馴染んでくると、視聴覚以外の五感にも働きかけて状況を伝える』とあったが……―「こうゆうことか!……」―さながら今のは触覚?……―
仮設管制では、その様子を最寄りのカメラで捉えてテーブルの上のモニターで観戦する光景がある。
「始まってすぐに1機撃墜かぁ!やりますねぇ」
大河原はその映像をパイプイスに座って見ながら、藤原に言う。
「当然!我が藤原隊の一員なのですから」
大河原の右隣に座る藤原は誇らしげに返す。
と、そこに小田が割って入る。
「しかし主任、いくら01が高性能でも、5対1はハンデがありすぎるのでは?加えて加藤は、体に問題が……」
「もちろん、こちらもそれを把握した上で、さらにはこれまでに得られた01のデータを分析した結果、この設定にしたのです。01と彼の力をもってすれば、大丈夫でしょう」
「はぁ…………」
こう返されると小田は、それ以上何も言えない。
「ところで、三曹が発進の際に言っていた『ニコイチ』とは、何です?」
大河原の質問に、藤原が答える。
「あぁそれは、我々の間での01の愛称です」
「ほぉ、愛称ですか?……なかなかいいネーミングですな」
大河原は微笑んでそう言うと、モニターに顔を戻す。
光秋は相手に捕捉されないようにニコイチを縦横に移動させながら、右下を樹上すれすれに低空飛行する1機を次の目標に定める。
現高度を維持して自機の速度を上げ、目標と並行飛行を行う。照準を合わせると、
「!」
素早く引き金を引き、目標の背部を緑色に染める。
「よし!」
(ペガサス5撃墜)
報告を聞きながら、思わず声が出る。
が、直後、
(イエロー!)
「!」
通信機から怒声が響き、耳の痛さに光秋は一瞬顔をしかめる。
(調子に乗るなよ!)
―さっき絡んできた人!―
続いた声色に、光秋はそう判断する。
通信から一拍遅れて届いた左の脇腹の冷たい不快感に、
―!……また!―
光秋は素早くニコイチを跳ねる様に上昇させる。
足元を銃弾と相手機が過ぎて行くのを確認すると、
―そっちがその気なら!―
と、ソレを次の目標に決め、上空からその後を追う。
「おぉ!加藤がドッグ・ファイトに突入したぞ!」
その様子をモニターで見ながら藤原が言うと、竹田が藤原の右肩に寄って映像を注視する。
「相手は誰です?」
「さぁ?この映像からだとそこまでは……」
と言う大河原の返事を半ば聞き流しながら、
「もしあの金髪だったら……」
と、竹田の顔が徐々に怒りに歪み、
「加藤ぉ!ボコボコにしてやれぇ!なんだったらホントに墜としちまえぇ!」
と、相手には聞こえないとわかっているにも関わらず、映像の中のニコイチに怒鳴り散らす。
その傍らで小田は、
「竹田、お前なぁ……あと唾を跳ばすな……」
と、呆れ顔で右手で頭を抱える。
光秋は前下方の目標に照準を合わせ、ニコイチの指を引き金にかける。が、それを引こうとした刹那、
「!」
目標が急加速し、上昇して縦に弧を描き、背面飛行に入った直後、
「!」
光秋は鳩尾に刺す様な冷気を感じ、一拍遅れて放たれた銃弾を前進して回避し、振り返って後方に移動したはずの目標を捜すが、見失ってしまう。
「くっ!」
と、
「!」
同時に起こった右の首筋の寒気と接近警報に、光秋はすぐに後退する。
と、その前を相手機が1機通り過ぎて行く。
「?……通り過ぎただけって?……」
が、間を置かずに通信が入る。
(ビビってんのか?イエロー!)
金髪の男の笑い声である。
「なんの!」
応じた光秋は、右ペダルを一杯に踏んでその後を追う。すぐに間合いを詰め、目標に砲口を向ける。
―後ろを取った!―
と思ったその時、
(甘いんだよ!)
金髪の声が無線を駆けると、目標は横2列に並んだジェット孔の光を強め、瞬く間にニコイチを振りきる。
―こっちはこれが限界だってゆうのに……空気抵抗か!予想はしていたが…………―
と、次の瞬間、
「!」
光秋は背中に寒気を感じ、接近警報が鳴る。が、今回は反応が遅すぎた。振り返る途中、放たれた模擬ミサイルがニコイチの右胸部に命中し、ボンッという爆音を立てながらその周囲に小規模の爆光を咲かせる。
その光をモニター越しに浴び、爆発の微振に身を揺られながら、光秋は顔を歪める。
「くっ!」―あと1発!―
と、今度は、
「……!」
頭頂を冷気が貫き、光秋は思わず顔を直上に向け、ニコイチもそれに合わせて顔を上げると、右舷前部の扉を開いてミサイルを掴んだ腕を広げながら直進して来る黒い機体を見る。
(もらったぞイエロー!)
金髪の声がそう言うと同時に放たれたミサイルは、徐々に光秋の視界を埋めていく。
―これまでか!…………―
と、光秋は判定上の撃墜を覚悟する。
が、直後、
(「!?」)
横から割り込む様に殺到した銃弾がミサイルに数ヵ所穴を開け、ソレはニコイチに当たる直前で爆発する。
(何だ!?)「実弾!?」
金髪と同時に呟くと、光秋は銃弾の来た方、自機の前方に目をやると、合わせて動いたニコイチの目がそのかなり先に複数の機影を捉える。
「?……」
拡大映像が表示されると、そこには少なくとも5機、黄色く塗られた戦闘機が映っている。
―何だ!?…………―
光秋の体に寒い緊張が走る。
いかがだったでしょうか。
実験のはずが、思わぬ来客襲来ですね。さてどうなるのか。
次回をお楽しみに。