白い犬   作:一条 秋

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103 追跡の乱入者 後編

―まだ諦めてなかったのか。爪付きまで復活してるし……―

 

 光秋が曲がり角の陰に隠れて様子を窺っていると、玄関の前に犯人を家の中に押し戻しながらZCたちにショットガンを向ける徳川が目に入る。

 

―既に目的の者がいることは確定している。本郷さんたちの戦力は桜さんの念力と徳川さんのショットガンくらいか……本郷さんの銃は催眠にかかることを見越して全部弾抜いてきたし。ZC側はメガボディが2機、足元の人だかりも殆どが自動小銃持ち、5人くらいいる手ぶらはサイコキノか?なかなか踏み込まないのが気になるが…………しかし桜さんもいるにしろ、流石にあの数は……―

 

 外から見ても疑いようのない絶体絶命な光景に焦りを覚えながらも、どうにか落ち着いて状況の分析を試みていると、爪付きから癖毛――南の声が響く。

 

(白い犬!いるんだろうっ!出てきやがれっ!!)

「!?」

 

 この状況で自分が名指しされたことに戸惑ったものの、次の瞬間には決断を急ぐことになる。

 

(出てこねぇと、家ごとぶっ潰すぞッ!!)

「…………やりかねんな」

 

 周囲への被害などお構いなしだった先程の戦闘の様子、そして今これ見よがしに掲げた3本爪を開閉して示す爪付きに、その言葉が脅しではないと察するや、光秋は胸ポケットのカプセルに手を伸ばす。

 

―いや、でも……ただ出ていってもな。家から出られない本郷さんたちが…………―

 

 九死に一生を得た親子の顔が脳裏にちらつき、カプセルを掴んだまま固まりそうになる中、菫が声を掛けてくる。

 

「あの、光秋さ――加藤主任。私がテレポートで桜たちを拾うから、それからZCをやっつければ」

「……ちょっと待ってくれ。本郷さん、柏崎さん、北大路さん、徳川さん、その相方さん、犯人、親子……全部で8人……この距離でいけるか?」

「Eジャマーは効いてないし、本郷さんの車までなら余裕でいけますっ」

「なら頼む。僕の方も準備する」

 

 自信を込めた菫の返答に決心すると、光秋は曲がり角の奥の引っ込み、なるべく背の高い建物のそばに駆け寄ると、屈んだ体勢のニコイチをその陰に隠れるように出現させる。

 

―癖毛たちの意識は民家に向いてるから大丈夫だと思うが……―

 

 リフトを伝って地面から足が離れる最も無防備な状況下、こちらに気付いたZCに攻撃されるのではないかという多大な不安を抱きながら上がり切ると、すぐに操縦席に着いて認証を済ませる。

 起動すると元の位置で待機している菫を見やり、深く息を吸って外部スピーカーに告げる。

 

「いいぞ。やってくれ!」

 

 言うと同時に、短距離走の走り出しの要領で立ち上がりながら走り出すと、曲がり角を出てZC一行の前に躍り出る。

 

(テメェ、いつの間に――)

「!」

 

 ずっと家の中にいると思っていた白い犬が後ろから現れて動揺したのだろう。南の戸惑った声を遮る様に、光秋はペダルを踏んで一本道を一気に駆ける。

 直後に爪付きは3本爪を発射し、大きく開かれたソレを光秋は足裏のツメを地面に突き刺して踏み止まりながら受け止める。

 

―さて、出てきたはいいが……この後どうする?どう戦う?―

 

 住宅街の只中、しかもZCたちの背後には先程の親子の家があるという認識からあまり激しく動くわけにもいかず、そうした不都合をどうにかできるアイデアがすぐに思い付くわけもなく、勢いよく炎を噴き上げる3本爪を押さえ込んだまましばし膠着状態に入る。

 と、爪付きの傍らに控えていたイピクレスが手に持ったマシンガンを向けてくる。

 

―!不味いっ!―

 

 ソレでニコイチが傷付くことはまずないものの、跳弾や流れ弾が被害を拡大させるかもしれない。そんな危惧を覚えながらも、勢い衰えぬ3本爪を抱えている身を動かすこともできず、わかっていても何もできない自分に奥歯を噛み締める間にも砲口から多数の弾丸が吐き出される。

 刹那、

 

「!?」

 

ニコイチの胸部前に桜が割込み、両手を前にかざしたかと思うと、迫っていた砲弾が寸前で停止し、しばし留まった後で次々と地面に落ちていく。

 

「桜さん!?」

(分かってる!跳ね返すと危ないんだろうっ!)

 

 光秋は思わぬ登場に驚いただけだったのだが、桜には注意に聞こえたらしい。応じる間にも、絶え間なく迫る弾丸の勢いを直前で殺して地面に落とすという防御方法を続行していく。

 しばらくしてマシンガンの連射は止んだものの、今度は15挺の自動小銃の弾雨が迫り、同じ防御方法を続ける桜の表情に焦りが浮かんでくる。

 

―あの弾の落ち方、普段の念壁とも違うようだけど……やっぱり負担が大きいのか?…………!―

 

 一連の様子に不安を覚えたその時、光秋は人だかりの中から銃を持っていない1人が飛び立ち、桜の後ろ側へ回り込むのを目撃する。

 

―不味いッ!―

 

 思ったものの光秋自身動ける状態ではなく、桜もここにきてマシンガンも加わった弾雨を防ぐのに手一杯で回避も追加の念壁を張る余裕もなく、あっという間に接近してきたサイコキノの右手が背中に向けてかざされる。

 その直後、

 

「!?」

 

桜の後ろにいたはずのサイコキノは爪付きの付近に跳ばされ、桜の背中に放たれるはずだった念力が3本爪のケーブルを左腕側の付け根から切断する。

 

―今のは――菫さん!―

 

 突然の展開に困惑したのも一瞬、ニコイチを通じて先程まで隠れていた曲がり角の辺りに菫の気配を感じて合点するや、光秋は切断されたケーブルを掴み、噴射の止まった3本爪をマシンガンの連射を続けるイピクレス目掛けて振り回す。

 

「桜さん!退()がれっ!」

 

 3本爪自体は当たる直前に念壁によって防がれてしまうものの、同時に弾雨の射線上に割り込んだ光秋は背後の桜に向かって叫ぶ。

 それと同時に、自動小銃の火線が1本、また1本と減っていく。

 

「?」

 

 弾倉の交換かと思いつつ人だかりに目を向けると、小銃を撃っていた者たちの服に火が点き、皆急いで服を脱いだり叩いて消そうとしたりと銃撃どころではなくなっている。

 

「自然発火?……いや、徳川さん?」

 

 あまりの光景にさらに周囲を走査すると、民家の塀の陰にZCたちに向かって手をかざす徳川を見付け、特別意識した所為かその呟きが聞こえる。

 

(マッチ1本火事の元ってな……あんまりやりたくないんだが……)

―……徳川さん、発火能力者だったのか―

 

 どこか不満を含んだその声に、光秋は銃撃を止めてくれたのが徳川なのだと独り納得する。

 

(たくどいつもこいつも!おいっ、左腕!)

 

 その光景を南も爪付きの頭部を通して観るや怒声を上げ、隣のイピクレスの左腕を念力で引き寄せて自機のソレと付け替えると、一気にニコイチに迫るや取り外した左腕を両手で持って棍棒代わりに振り下ろしてくる。

 

「!力勝負なら!」

 

 反射的に手元に引き戻していた3本爪を両手で抱え持って受け止めるや、ニコイチの腕力にものをいわせた光秋は爪付きの左腕を押し戻してがら空きになった胴部へ右蹴りを入れる。

 が、脚部から炎を噴き上げた爪付きは飛翔してそれを避け、ある程度まで上昇すると再び左腕を両手持ちして迫ってくる。

 が、いくらも進まない内にその両腕が壊れた左腕諸共見えない力に押し潰される。

 

(光秋!やれぇ!!)

「桜さんか――!」

 

 爪付きの背後に手をかざした桜の姿を捉えたその時、さらに背後に先程桜の後ろに回り込んだサイコキノを見付け、その手が桜に向けられているのを凝視する。

 刹那、

 

「!」

 

弾む様に上昇したニコイチが爪付きに左肩からぶつかり、そのまま肩で退かすようにして正面の視界を確保するや、光秋は3本爪を大きく振りかぶる。

 

「桜さん!来いッ!」

 

 声の限りに叫ぶと同時に3本爪が右側からサイコキノへ迫り、重量物の接近に慌てて急降下したサイコキノは桜への攻撃の機会を逃してしまう。

 その直後に、桜がニコイチの角に跨ってくる。

 

「無事か?」

(何とか。ありがと……でも、爪付きが……)

 

 不安そうに呟く桜の視線を追って地上を見やると、両腕を肘の先から失い、左肩の装甲板も凹んだ爪付きがゆっくりと道路に下りていく。

 

―両腕を潰した、得意の念力もニコイチには効かない、あとできることといえば体当たりくらいか……?―

 

 相手の方もこちらの様子を窺うように単眼を向ける爪付きを観察する一方、桜を狙っていたサイコキノが迷ったように滞空しているのを視界の端に見る。

 

―あちらさんもさっきの一振りが効いたのか、迂闊に動く気配はない…………決めるなら今、か…………?―

 

 そう断じようとした直後、遠くにサイレンの音を複数捉える。徐々に大きくなっていくそれは、明らかに四方から、今一同が戦闘を繰り広げている一帯を囲む様に近づいてくるのがわかった。

 

「……応援か?」

(チッ!)

 

 映像越しに家の合間を走るいくつもの赤ランプを観た光秋が呟くと同時に、舌打ちを漏らした南は残っていた爪付きの両肩を外してこちらに投げ付けてくる。

 

「!」

 

 それを見た光秋は反射的に避けようとするが、

 

―避けたら周りの民家に当たる!?―

 

咄嗟にそう思うと同時に、角の上の桜に叫んでいた。

 

「桜さん、キャッチして!」

(!?)

 

 突然呼ばれて驚いたのも一瞬、桜は言われた通り念力で2個の肩部を拾い上げ、引き寄せたそれらをニコイチの手で掴んだ頃には、爪付きは滞空していたサイコキノを伴って先程の民家の前のZCたちの許へ向かっていた。

 

(テレポーター、準備しろ!ずらかるぞっ!)

(!待ちや――)

「待てっ!」

 

 南の叫びを聞くや角から飛び立とうとする桜を、光秋はニコイチの手で行く手を遮って止める。

 

(何だよっ!?)

 

 すかさず桜は抗議するものの、その間に民家の前に集合したZC一行は忽然と消えてしまう。

 それを見るや、ニコイチの胸部に移動した桜はハッチを足で叩いてくる。

 

(おい、光秋!開けろ!出てこい!!)

「……とりあえず叩くのやめなさい。あと加藤主任な」

 

 モニター越しに言いながらハッチを開けると、桜が落ちる様に入ってくる。

 

「何だよ今のは?何で止めた!?」

「向こうは撤退の気配を見せた。そこを迂闊に刺激するとかえって危ないって思ったのと、下手に集団に近づくとテレポートに巻き込まれて相手の拠点に単身連れていかれると思ったからだ」

 

 詰め寄って訊いてくる桜に、光秋はさっき咄嗟に思ったことをそのまま告げる。

 

「アタシは離れた所からでも充分に攻撃できるよ。そもそもあとほんのちょっと足止めすれば、一網打尽にできたかもしれないじゃないか!」

 

 そう言って桜が指したモニターの一角には、民家の前を囲む様に集まった数台のパトカーとESOの車両が映っていた。

 

「確かにそうだが……」

 

 それを観て、光秋の中の判断が束の間揺らぐものの、敢えてそれを横に退けて返す。

 

「でも、彼らにはまだ余力があった。そしてここは住宅街のど真ん中だ。下手に包囲なんてすれば、ヤケクソになって周囲への被害が拡大するかもしれなかった。メガボディだって、辛うじてとはいえ2機とも健在だったし…………」

 

 言いながら、先程の戦闘の余波で生じた道路の舗装や周囲の建物の破損を見やる。

 

「ただ、桜さ――柏崎さんの言うことも一理あったな」

「え?」

 

 その上で続けた一言が余程意外だったのか、桜は一瞬意表を突かれる。

 

「ここで逃がしたってことは、遠からずまた何処かで彼らは事件を起こすということ、その機会を与えてしまったってことだ。だから、一網打尽にできるチャンスを棒に振ったという指摘には言い返せない」

「いや……アタシは別に、そこまで…………」

 

 数瞬の揺らぎの間に感じたことを告げると、桜は居心地の悪そうな顔を浮かべる。

 

「だから、次の機会にはその辺も踏まえた上で判断するように努める。とりあえず、今の僕たちの最優先事項は催眠事件の犯人の方だ。一度本郷さんたちと合流しよう」

「…………了解」

 

 桜が頷くのを見ると、光秋は民家の前にニコイチを降下させる。

 と、桜が思い出したように呟く。

 

「あっ、そういえば、刑事のおっさんさっき怒ってたよ」

「えっ?何で……?」

 

 藪から棒な報告に、これといって身に覚えのない光秋は狼狽する。

 

「ほら、菫がテレポートでアタシらを逃がしてくれた時、犯人だけいなくてさ。それ見た時、おっさん『あのヤロー!』とか言ってたけど」

「テレポートして犯人だけいない……?あっ!」

 

 そこまで言われて、今更ながら致命的なミスに思い至る。

 

―そうだよ。犯人には手錠を掛けてた――()()()()()()()()()()()()。超能力は原則効かなかった…………―

 

 思う間にも地上に近付き、玄関のそばでこちらを見上げる本郷を捉える。

 

「っ…………」

 

 こちらを真っ直ぐに見据えるその眼光に委縮しつつも、逃げるわけにもいかず、ひとまず着地したニコイチの膝を着かせ、浮遊した桜と共にリフトで地面に下りる。

 

「……完全武装した超能力者たちに囲まれて逃げ場を失ったところを助けてもらった、それには礼を言おう」

「はい……」

 

 静かに告げられた本郷の言葉に、光秋は消え入りそうな返事をする。

 

「ただ、その時に犯人を取りこぼし、一人命の危機に晒してしまった、それはいただけん」

「…………はい……」

 

 声を荒げるわけではないがいくらか眼光を強めながら言われたことに、さらに小さくなった声で恐る恐る応じる。

 

「……まぁ、説教はこのくらいにして……ここらの処理は他の奴らに任せるとして、俺たちは当初の予定通り犯人を署まで連行する。準備しろ」

「…………はいっ」

 

 その指示に、気を取り直すつもりで意識して力のある声で応じると、光秋はひとまず後ろのニコイチをカプセルに戻した。

 

 

 

 

 後部席中央に手錠をしっかりとはめた犯人を、その左右に光秋と桜を乗せた本郷の車が発車し、その後ろを菫と、事情聴取に同行してもらった親子を乗せた徳川たちのパトカーがついていく。

 

「…………」

 

 隣ですっかり意気消沈した犯人を見て、車内からトラブルが発生することはないとひとまず結論すると、光秋は窓から見える範囲をさっと見回してみる。

 

―さすがにもうZCは来ない……よな?でも二度あることは三度あるって言うしなぁ…………もう来ないでくれっ。もう来ないで、もう来ないで、もう来ないで…………―

 

 今一番の願いを口の中に呟き続けていると、不意に犯人のごそごそした声が耳に届く。

 

「……?」

「なに?」

 

 桜の方も聞こえたのか、隣で俯く犯人に警戒の目を向ける。

 と、助手席に座っている北大路が応じる。

 

「ただの独り言。気にしなくていいよ」

 

 北大路の持つサイコメトリーは強力であり、Eジャマーの影響で多少読み取りにくくなってはいるものの、同じ車内にいる犯人の大まかな様子を監視、場合によっては一足先によからぬ事態に対処するための合図を送るには充分だった。

 

「…………」

 

 そんな北大路が特に警戒した様子もなくそう言うなら大丈夫かと、光秋は再び車外へ意識を向けようとするが、

 

「僕は凄いんだよっ!!」

「!……落ち着きなさいっ」

 

出し抜けに叫んだ犯人に3秒と経たずに再び向き直り、今にも北大路に詰め寄ろうとするその肩に手を置いて押さえ込むことになる。

 しかし、それでも犯人の怒りは収まらない。

 

「特エスだからって、小学生くらいが生意気言ってんじゃないぞっ!僕はこの半年で大勢の悪人共を成敗してきたんだ。誰にも気付かれず、直接手を下さずにな!それがどれだけ――」

「少し静かにしてくれないか。気が散って運転の妨げになる」

 

 興奮気味に犯人が語る中、少し強い語調で告げられた本郷の一言に、車内に再び沈黙が訪れる。

 

「焦らんでも、署に着いたら取り調べでたっぷり話を聴いてやる。根掘り葉掘りな。それまで、もう少し静かにしててくれないか」

「…………」

「……っ」

 

 一見穏やかだが、その下に隠れた有無を言わせない強制力に犯人はすっかり押し黙り、光秋も自分に向けられたわけではないにも関わらず思わず縮こまりながら押さえていた手を離す。

 と、本郷がバックミラーを介して後部席に視線を寄こしているのに気付く。

 

「ただ、今の内にこれだけは言っておく……もし、君が陰ながら悪を倒す“正義の味方”なんてものを気取ってるんだとしたら、抵抗する(すべ)のない女子供を楯にした時点で、その妄想さえ破綻しているぞ」

「…………」

 

 本郷の一言が堪えたのか、先程以上に気の抜けた表情を浮かべた犯人は、そのまま静かに顔を俯ける。

 

―…………大きな力を得たことによる増長と、それでもなお曲げられなかった現実を知ったことによる挫折、か…………―

 

 その丸まった背中に何故か共感のようなものを覚えながら、ふとそんな言葉が浮かんでくる。

 その間にも車は署の駐車場に着き、下車した光秋は犯人の横に寄り添いながら建物内へ入っていく。

 

―とりあえず、三度目はなかったか……―

 

 事後処理本番がこれからだということを承知しつつも、当初の危惧が杞憂に終わったことにひとまず安堵した。

 

 

 

 

 事情聴取がひと段落し、署内の留置所に犯人が入れられたのを見届けた光秋は、その足で近くの自動販売機に寄って加糖の缶コーヒーを購入する。

 取り出し口から取ったそれを持ってふと腕時計を見ると、間もなく6時を指そうとしていた。

 

―順調に進んでいたと思ったが、意外と時間経ったんだな…………疲れたぁ……―

 

 思いつつフタを開けたその時、廊下の奥から徳川が歩み寄ってくる。

 

「よう、加藤」

「……徳川さん」

 

 応じると、疲れの溜まった体に温かいコーヒーを一口注ぐ。

 

「お疲れみたいだな」

「えぇ。初仕事っていうのもあるのか、思った以上に…………あ、そうだ。子供たちは……?」

「ちゃんと寮まで送って行ったぜ」

「ありがとうございます」

「ついでだからさ……」

 

 頭を下げる光秋に応じながら、徳川も缶コーヒーを購入する。

 犯人を署内に送り届け、逃走や襲撃の心配が護送中に比べて減ったと判断して解散を考えた光秋だったが、寮、あるいは学校への移動手段に困っていた。そこに名乗りを上げてくれたのが徳川であり、人質になっていた親子の送迎と合わせて少女たちを送っていってくれたのだ。

 

「それで、取り調べの方はどうだった?」

「ほぼ順調でしたよ。ときどき犯人が興奮することがあって冷や冷やしたけど…………志望していた進学校の入試に落ち、やむなく今通ってる公立校に入学。しかし周囲との確執だったり、当人の強過ぎる自尊心だったりの所為で孤立。いろいろ鬱憤が溜まっていたところ、去年の夏に初めて催眠能力を使用。校内の不良グループを仲間割れさせて自滅に追いやったのに味を占めてその後の犯行を繰り返した…………主張を要約すれば、こんなところでしょうか」

 

 自身犯人の言ったことをまとめたいこともあってひと通り説明すると、光秋はまた一口コーヒーを飲む。

 

「なるほど。超能力犯罪じゃよく聞く話だな」

「やっぱり、そういうもんなんですか?『大きな力を笠に増長する』というか……」

「こんな仕事してると、偶に聞こえてくるもんだぜ」

 

 応じると、徳川もコーヒーを一口すする。

 

「…………そういうもん、ですか……」

「……なんだよ?」

「あ、いえ……なまじ大きな力を持ってしまったがために増長する……少しキツい言い方をすると、『バカにナイフ』といいますか……前に住んでいた所では、ノーマルでもそういうことに陥る人の話がちらほら聞こえてきて、そう考えると、超能力者もその辺そんなに変わらないのかな?……て」

「んー……そう言われるとなぁ……」

 

 光秋が感じたままを語ってみせると、徳川は天井を見上げる。

 

「…………あとは、少し前の自分の面影を見たような気がして……」

「ん?」

「いえ、なんでもありませんっ」

 

 思わず零れた一言に徳川の視線が戻ると、光秋はやや強い語調で返しながらコーヒーをすすって誤魔化す。

 

「それよりも、この後も報告書書いたりとか、なにかと大変です……あっ、桜さんが壊した天井の修理費も手配しないと…………」

 

 そのままさらに誤魔化すことも兼ねて今後の予定を告げると、さらなる疲労感が襲ってくる。

 

「そりゃまた……」

「ま、主任になるって聞いた時からある程度覚悟はしてましたが…………さてとっ」

 

 コーヒーを飲み干して少し力を込めた声を出すと、光秋は自動販売機脇のゴミ箱に缶を捨てる。

 

「とりあえず、一度本部に戻ります。今日はありがとうございました」

「おう。せっかくだ、落ち着いたら一緒に飯でも行こうぜ。いい店知ってるんだ」

「その時はよろしくお願いします」

 

 徳川の誘いに一礼して応じると、光秋は本郷を探しに歩き出した。

 

 

 

 

 東京本部前の道路に本郷の車が停車すると、その助手席から降りた光秋は運転席の本郷を見る。

 

「わざわざすみません。本郷さんも調書作りとかあるのに」

「なに。休憩がてらドライブというのも悪くない。こちらこそ、今回は世話になったな。また機会があれば一緒にあちこち廻ろうや」

「その時は、今回よりはマシな仕事ができるよう善処いたしますっ」

 

 軽い意志表明を告げた光秋は車から離れ、走り出した車はいくらもせずに角を曲がって見えなくなる。

 と、スーツのポケットに入れている携帯電話が振動する。

 

「涼さん?……もしもし?」

 

 画面を確認するや、すぐに電話を左耳に当てる。

 

(光秋さん?今よろしいでしょうか?)

「あぁ。どうした?」

(夕方のニュースでZCの事件が……住宅地のど真ん中でメガボディ戦があったって聞いて、もしかしてと……)

「あぁ……」

 

 多分な不安を含んだ涼の声に相槌を打ちながら、光秋は待機室のある棟へ向かう。

 

「まぁ、確かにその場にはいたよ。別件で仕事してたら突然絡まれて。ただ、僕も含めてとりあえずみんな無事だった。わざわざ連絡してくれて、ありがとな」

(いいえ。光秋さんが……みなさんが無事ならいいんです)

「重ねてありがとう。とりあえず、特務部隊主任としての初仕事はまずまずといったとこかな……これから事後処理があるんだけれども……」

(!すみません!変な時にかけて)

「いや、今は休憩中みたいなもんだったから……ただまぁ、そろそろな」

(……わかりました。引き続き、お仕事頑張ってください)

「あぁ。涼さんも、最近物騒だから気を付けてな」

(はいっ)

 

 涼の返事を聞くと光秋は電話を切り、玄関をくぐりながら携帯電話をポケットに戻す。

 最寄りのエレベーターに乗り込むと、壁に背中を預けながらふと思う。

 

―この間の工場地帯の時といい、涼さんもなにかと気にかけてくれるよな…………姫君から心配されるとは、僕も出世したもんだ。本人の前じゃ嫌がるだろうから絶対言わんだろうが…………―

 

 決して悪い気はしない、さりとてどうにも落ち着かない、なんともむず痒い気分を持て余している間にもエレベーターの扉は開き、光秋は待機室へ向かう。

 部屋に入ると机に腰を下ろし、カバンから出したルーズリーフに今回の捜査協力の流れを箇条書きしていく。

 と、

 

「……あっ、絡んできたZCについては…………」

 

流れの把握も終盤に差し掛かったところで一旦手が止まり、事態に乱入してきたZCたちをどう処理したものかと頭を抱える。

 

―こっちは事情聴取に立ち会ったわけでもないし、今回はあくまでも催眠魔事件の協力だったし…………とりあえず、さっと触れるくらいでいいか?何かあれば後で別件で報告求められるだろうし…………―

 

 多少の不安を抱きながらも箇条書きを終えると、机の端に退けてある支給されたノートパソコンを手元に引き寄せ、報告書を作成していく。

 しばらくしてひと通り形にしたところで手を休め、強張った体を伸ばす。

 

「っ…………」

 

 その時、再び携帯電話が振動する。

 

「春菜さん?もしもし?」

 

 姉貴分の名前を確認しると、すぐに電話に出る。

 

(もしもしコウちゃん?今いい?)

「……えぇ、まぁ……」

 

 読み直しが残っている報告書を一見し、ひと休みがてらと頷くと、春菜は話し出す。

 

(さっきニュース観たんだけど……なんかまた戦闘あったって……大丈夫?)

「あぁ……大丈夫ですよ」

 

 先程の涼と同じようなことを訊ねる春菜に内心「またか」と思う一方、2人目の心配してくれる人に薄っすら笑みが浮かぶ。

 

(……なんか、随分呆気ない返事だけど?)

「いや、そんな変にリアクションとか期待されても……実際どこも怪我してないですし、一緒に行動してた人たちもみんな無事でした。あまつさえ、今報告書書いてたとこですし」

(!ごめんっ、邪魔した?)

「あ、いや、休憩入ろうと思ってたんでそこは大丈夫ですよ」

 

 無事であることを強調しようとしてつい滑ってしまった一言に慌てる春菜を落ち着けようと、光秋もやや慌てながら付け加える。

 

「しかし、工場地帯の時といい、春菜さんからこうも労いの電話をもらえるとは」

(わたしはコウちゃんの姉貴分だからね。これくらいのことはするよ)

「こんな美人から『大丈夫?』なんて言われるとは、男冥利に尽きますね」

(コラッ、からかうんじゃないの!)

 

 先程の滑りを誤魔化すことも兼ねてふと浮かんだことを言ってみると、春菜からもいい反応が返ってきて口元の笑みがますます濃くなる。

 

(……ま、それだけ口が達者なら、本当に大丈夫かな?)

「どうも……でも、春菜さんが美人なのは事実でしょう?」

(コウちゃんって意外と軟派(なんぱ)なんだね。もっと真面目な子かと思ってた)

「僕はただ感じたままを言ってみただけですよ」

(ならいいけどねぇ……それでホウちゃん泣かせたりしたら、わたし本気で怒るからね)

「法子さんを泣かせるような事態なんて、僕の方から願い下げですよ」

 

 今までとは異なる割と真剣な一言に、光秋も心底からの気持ちで応じる。

 

(……ごめん。つい話し込んじゃったね。まだ仕事あるんでしょ?頑張ってっ)

「ありがとうございます。春菜さんも、ご覧の通り最近物騒なのでお気を付けて」

(ありがと。じゃあね)

 

 応じると春菜の方から電話は切れ、携帯電話を仕舞った光秋は背もたれに体を預けてふと思う。

 

―涼さんどころか、春菜さんにまで労ってもらえるか……まぁ春菜さんの方はやんちゃな弟に対する気苦労みたいなもんなんだろうが……いよいよいい身分になったもんだなぁ…………―「さてっ、いい身分の人はちゃっちゃと仕事終わらせちゃうかっ」

 

 再びむず痒い気分を持て余しながら気合を入れると、書き上げた報告書の確認に取り掛かる。

 

 

 

 

 完成した報告書を提出すると、机の上を軽く整理し、帰り支度を整える。

 

―結局、ZCのことは本当にさらっと触れただけだったが……ま、何かあれば言ってくるだろう―

 

 提出してもまだ残っていた不安をそう思うことで割り切ると、室内を大まかに見渡して待機室を出る。

 玄関に向かいながら腕時計を確認すると、7時を過ぎていた。

 

「食堂やってるかな?…………いや、偶には外で食べるのもいいか」

 

 夕食をどうするか決めると、帰路の途中にいい店はないか思い返してみる。

 

 

 

 

 電車に揺られ、冷風に追い立てられながら街中を歩くこと少々。結局寮近くのラーメン屋に入った光秋は、注文した醬油ラーメンにメガネを曇らせる。

 

―…………ラーメンって、あったかい…………―

 

 視界不良の中でも器用に箸を動かして麺をすすっていると、ふとそんなことを思う。

 実際、日没後の未だ衰えぬ寒さの中を歩いてきた身にその熱は安堵をもたらし、麺に絡んだ油分は疲れた体を慰めてくれる。

 そうして1杯完食し、いくらか温まった体で残りの道を歩き切ると、部屋に着くや荷ほどきをして風呂を沸かす。

 

「熱っ…………ふぅー…………」

 

 肩まで湯船に浸かると、抜けていく疲労感に思わず声が漏れる。

 

―犯人追いかけて、人質救出して、さらにはZCの乱入に対処……主任業、最初からえらいこっちゃだよなぁ。こうして無事に風呂に入れる現実に感謝だ…………―

 

 今日あったこと――度重なる危機を紙一重に何度も潜り抜けたことを振り返りながら充分に温まると、体を洗って風呂から出る。

 寝巻に着替えて髪を拭きながら暖房の効いた居間に戻ると、机の上の時計を確認する。

 

―もう9時回ってんのか……寝る前に買い溜めた本の1冊でも読もうかと思ったが…………―

 

 未だ体の奥底に感じる疲労に、名残惜しくも早く寝るべきかと考えてみる。

 そうしながら髪を乾かし、冷蔵庫から目薬を出して1本注す。

 と、机に置いていた携帯電話が振動する。

 

「法子さんっ!」

 

 画面に表示された名前に涼や春菜の時とは段違いに喜んでいる自分を自覚しつつ、すぐに電話に出る。

 

「もしもしっ?」

(光秋くん?今いい?)

「はい。ちょうど落ち着いたとこで……住宅街の件、ですか?」

(うん…………アキ、大丈夫だった?)

「綾か……うん。大丈夫だよ。ちょっと危ない目にも遭ったけど、なんとか無事だ」

(よかったっ…………)

 

 法子と綾、二人分の安堵が電話の向こうから聞こえると、光秋も自然と肩の力が抜けていく。

 

「その……この前といい、いつもありがとな。心配してくれて」

(当たり前じゃんっ!)

 

 知らぬ間に零れた一言に、綾が語気を強めてくる。

 

(…………ごめん。怒鳴っちゃって)

「いいよ…………当たり前、か…………」

 

 普段から特に意識することなく使う、何の変哲もないこの言葉が、この時は声に出してみると不思議と胸の辺りが温かくなった。

 

「……そっちこそ、暖かい日が多くなってきたけど、体調管理とか大丈夫ですか?季節の変わり目が一番体調崩しやすいっていうけど」

(それこそご心配なくっ。私たちの体は丈夫にできてるから)

「それはなにより」

(光秋くんこそ、忙しいからって不摂生な生活送ってない?ご飯ちゃんと食べてる?)

「母親みたいなこと言わないでくださいよー……ちゃんと食べてるけれども」

 

 法子の訊き方に、光秋は苦笑いを浮かべながら応じる。

 それから先は、とりとめのない会話が続いた。勉強漬けの日々が終わってほっとした、自分より階級が下の者がいなくなったと竹田がぼやいている、買い溜めた本をなかなか読み進められなくて困った、出勤時にいつも通る道に生えている桜の木に蕾がついていた。

 そんななんでもない話題を一つ重ねる(ごと)に、光秋は胸の内に隙間風が通る様な切なさを覚える。

 

―あぁ、さっきまで疲れてたのがどんどんよくなっていく。やっぱり、法子さんと綾と話すと楽しい……けど…………声だけで、触れられないんだよな…………―

 

 そんなことを思う間にもスピーカーから聞こえてくる伊部姉妹の声を聴きながら、おもむろに前に伸ばした右手、その掌に最後の夜に感じた二人の手の感触を思い出してみる。

 

―ちょっと前までは、毎日でも触れられたのに…………今だって、なりふり構わず会いに行けば触れられるのに…………―

 

 記憶の中の感触は胸の中の隙間風をさらに強め、知らず知らずの内に視線が机の上のカプセルに引き寄せられる。

 その時、

 

(会いに行くからっ!)

「!?」

 

唐突に響いた法子とも綾ともつかない――あるいは二人分の叫びに、光秋は飛び上がりそうになりながらもカプセルに伸ばそうとしていた手をすぐに止める。

 

(今月末、会いに行くからさ…………)

「……わかってる…………待ってますっ」

 

 引き留める様な一言に、静かながらも一言一句噛み締めるつもりで応じると、光秋はふと時計を見る。

 

「!いっけねっ、もうすぐ11時だ」

(えっ?もうそんな……)

 

 間もなく1周しようという長針に反射的に慌てた声を吹き込むと、それを聴いた法子も電話の向こうで時刻を確認する気配が伝わってくる。

 

(……今日はこの辺にしようか)

「ですね。そろそろ寝ないと明日が怖いし。遅くまですみませんでした」

(いいんだよ。あたしたちだってお話ししたかったんだし)

「ありがとう……じゃあ、おやすみなさい」

(おやすみなさい……おやすみっ)

 

 法子と綾の返事を聴くと、光秋は切った電話を充電器に繋ぎ、歯を磨くとすぐに布団に入る。

 

―しかし、さっきは危なかったなぁ。危うく出来心に負けてひと騒ぎ起こすところだった…………自分の中の“弱さ”に負けて、なまじ持っている“大きな力”を闇雲に振るってしまう……スケールや方向性はともかく、考えようによっては僕も今回の犯人と同じようなことをするところだった――否違う、すでに一回やっちまってるんだな……―

 

 脳裏を過るのは蜂の巣での戦い――崩れ落ちる法子と、怒りに我を忘れてニコイチを振り回す自分の姿だった。

 

―そう考えると、今回の事件、少なくともその発端はそう珍しいものでもなくて、誰にでも生じ得るものかもしれない。誰の中にも“弱さ”はあって、些細なきっかけでそれは自分を負かしてしまう、か…………今回僕が負けずに済んだのは、法子さんと綾がいてくれたからだ。蜂の巣の時だって、法子さんが止めてくれたからこそだった…………何かを起こすのが人なら、それを止めるのも人ってことなのかな…………?―

 

 妙に覚めた頭で思案を繰り広げながらも、意識は少しずつ眠りへと落ちていった。




 今回で「不審事件捜査編」は終了です。
 次回からも引き続きよろしくお願い致します!

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