白い犬   作:一条 秋

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100 捜査協力 前編

 3月7日月曜日午前7時半。

 まだ若干眠気を残した顔を浮かべながら、光秋は東京本部の門をくぐる。

 

―まったく、久しぶりにのんびりできたってのに、まだ休み足りないってか?我が身ながら情けないというか……―

 

 欠伸をしながらそう思いつつ、昨日一日の過ごし方を振り返る。久しぶりに10時近くに起床し、部屋の最低限の掃除と土曜日の模擬戦の反省を少々やった以外、買い溜めていた本を読み進めたり、録り溜めていたドラマを観たり、横尾ノートを読み返したりと自由気ままに過ごしていた昨日を。

 

―……実際、このところ研修なり戦闘なりで忙しかったから、思いっ切り休めたのは大いに助かったが……それももう終わりだぞ、光秋。気合い入れて行こうッ!手始めに、待機室に着いたらアクチュエーター持って福山主任のこと行かないと―

 

 胸中に気合いを入れつつ今後の予定を組むと、なけなしの眠気を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 待機室に着き、机の上に置いたままのアクチュエーターを確認すると、光秋は携帯電話を取り出して福山に連絡を入れる。

 

(もしもし?)

「おはようございます、加藤です。先日借りた部品返したいんですが、今どちらですか?」

(……借りた時の建屋の来てくれ。そこで待っている)

「わかりました」

 

 応じると、光秋は電話を切り、アクチュエーターを抱えて部屋を出る。

 

「今朝の主任、なんか様子が変だったような……何かあったか…………?」

 

 電話越しのいつもと若干違うように聞こえた福山の声に不安を覚えながら、光秋は先日訪ねた建屋に急ぐ。

 

 

 

 

 建屋の入り口をくぐると、光秋は屋内に福山の姿を捜す。

 しばし周りを見回すと、奥の方に佇むゴーレム、その足元に数名のツナギやスーツを着た者たちと何事か会話している白衣を見付け、すぐに駆け寄る。

 

「福山主任っ」

「あぁ、加藤三尉。失礼、また後で」

 

 光秋の呼び掛けに振り返ると、福山は会話を中断し、光秋の方へ歩み寄る。

 

「今回は協力ありがとうございました。先日借りた部品……アクチュエーターです」

 

 言いながら、光秋は抱えていたアクチュエーターを福山に差し出す。

 

「うむ……」

 

 ソレを短く応じながら受け取ると、福山はいろいろな角度から観察しながら訊いてくる。

 

「それで、特エスたちの訓練の役には立てたかな?不全箇所を調べると言っていたが」

「はい。この辺の3本のコードの内、赤いやつが断線してるって」

 

 応じつつ、光秋は先日北大路が示していた辺りを指さす。

 

「……ちょっと調べてみよう」

 

 言うや福山は踵を返して近くに置いてある道具箱に歩み寄り、光秋もそれについて行く。

 流れるような手際で指さした辺りの外装を剥がすと、福山はメガネの位置を微調整して中を観察する。

 

「……確かに、1本切れてるな。稼動中の負荷か……?」

 

 言いながら福山は顔を上げ、入れ違いに中を覗いた光秋は、3本ある内の赤い線が中程で切れているのを直接捉える。

 

―なるほど。北大路さんの能力も大したもんだ―

 

 そのサイコメトリーの感度に感心すると、光秋はアクチュエーターを抱えて思案を続ける福山を見、ふと先程電話をかけた時から気になっていたことを訊ねる。

 

「話は変わりますが……主任、最近何かありましたか?」

「何か、とは?」

「いえ、さっき電話した時、いつもと違う感じが……そう、不機嫌そうな感じがしたので、何か気に障ることでもあったのかと」

「……すまない。雰囲気に出ていたか」

 

 その時感じたままを告げた光秋に、福山はどこか気まずそうに詫びる。

 

「あ、いえ、そんな謝るようなことじゃ。ただちょっと気になって……」

「実は、土曜の午前中に葵社から連絡があってな…………ゴーレムを正式採用して陸軍とESOに提供すると」

「……えっ?」

 

 苦虫を嚙み潰した様に告げる福山に、しかしそんな顔をする理由がわからない光秋は首を傾げる。

 

「それって、むしろ喜ぶべきことなんじゃ……?正式化ってことは、福山主任たちがやってきたことが認められたってことじゃ――」

「違う」

 

 断言すると、福山は普段殆ど変化のない顔に目に見えて不満を浮かべる。

 

「MB‐01・ゴーレムは、あくまでも『メガボディ』という技術……存在そのものの試作品なんだ。それはつまり、実用化――実戦で用いるに当たって、まだ多くの問題を抱えているということ。特に対DDシリーズ兵器としては、まだまだ形にさえなっていないと言っていい――はっきり言って、“未完成品”だ」

「……なるほど」

 

 険しい目付きで淡々と話す福山に、光秋は思わず気圧される。

 

「いや、でも、そうなると何でそんな“未完成品”を正式化することになるんです?」

「……NPとZC――現在代表的な反社会的勢力との抗争で、その有用性を示したから……だそうだ」

 

 それでもふと浮かんだ疑問を呟くと、福山は多少険の退いた表情で、渋々といった様子で応じる。

 

「Eジャマー、もしくはEJCと併用することで、メガボディは対高レベル超能力者兵器、あるいは超能力者の補助装備としての高い価値を示した。先日の出動や、これまでのNP、ZCの活動を含めてな」

「……確かに」

 

 福山の説明に、光秋は深く納得しながら頷く。実際、サイコキノが乗っていたらしいヘラクレスやイピクレス、特に爪付きには苦戦したし、Eジャマーによって超能力の有効範囲が限られた中で車両よりも自由度の高いフラガラッハの動きは――特に桜たちにとって――脅威だった。

 

「そうなれば、軍やESOとしても対抗手段を早急に用意しなければならない。そして現状、ちょっとの手直しですぐに実戦投入できるのはゴーレムしかない……」

「なるほど……」―要するになし崩しですか……―

 

 不満を抱えながらも事態を呑み込まざるを得ない様子の福山に、光秋は胸の中で半ば同情的に呟く。

 

「もちろん、僕もNP、ZCの脅威は把握しているし、そちらへの対処も必要なことも理解している。だから、そのように説明されれば、意固地になって拒否し続けるわけにもいかない。そもそもそこまでの権限がない」

「はぁ……それが、不機嫌の原因と?」

「そういうことになるな。僕は上手く自制していたつもりだったが……」

 

 そう応じる福山の顔には、僅かだが恥じらいが浮かんでいた。

 そんな珍しく表情の変化が激しい今の福山に、光秋は出会って以降最も親近感を覚えた。

 

「まぁ、多少出ちゃうのは仕方ないというか……主任も人間ってことですね」

「三尉は僕を何だと思ってたんだ……?」

 

 失礼を承知で微笑を浮かべて呟くと、福山は眉間に皺を寄せる。

 

「もっとも、僕も開発陣の一人として、“今のゴーレム”を提供することだけはどうしてもできなかった。そこで週末中に会社の上層部と交渉して、これまでの稼働データ、それこそ先日の実戦も含めたそれから導き出した改良型――現状『ゴーレムⅡ』と呼んでいる仕様が形になるまで待ってもらうことになったがな。今日からそのプロジェクト開始というわけだ」

「改良型ですか……ん?いや、そうなると……あちゃぁ……」

 

 皺を吹き飛ばす様に心なしか力の籠った様子で福山が述べると、光秋は自分が今この場にいて、しかも福山に時間を割いてもらっていることに軽い罪悪感を抱く。

 

「それじゃあ、変なタイミングでお邪魔しちゃったみたいですね。すみません」

「それは構わんさ。今話したことを三尉は知らなかったんだからな。そもそも全て、この週末中に決まったことだし。それに仕事が始まるのは8時からだ。体操代わりにはちょうどよかった」

「ならいいですが」

 

 アクチュエーターを示しながら告げる福山に、光秋は軽く頭を下げる。

 

「それじゃあ、時間もいい感じなので、僕はこれで。福山主任も頑張ってください」

「ありがとう」

 

 短い挨拶を交わすと、光秋は建屋の出入り口へ歩き出す。

 が、10歩程歩いた所で不意に足を止め、福山の方を振り向く。

 

「主任っ」

「?」

 

 呼び掛けに福山が顔を向けたのを見ると、光秋はおもむろに浮かんできたことを告げる。

 

「お互い都合がついたら、一度飲みに行きましょうよ。男の知り合いがいないのも、なんか寂しいんで」

「…………あぁ」

 

 やや長い間の後、それでも遠目にもわかるくらいはっきり頷いてくれた福山を見ると、光秋は今度こそ建屋を後にする。

 その胸中には、我ながら自分らしくない行動をとったことに、多少の戸惑いがあった。

 

―まさか僕が、福山主任を食事に誘うなんて……しかもあんな砕けた調子で……この間観たドラマか何かの影響かな?―

 

 そんなふうに自己分析する一方、そんなことが自然とできた今の自分に、光秋自身は好感を覚えた。

 

 

 

 

 午前9時。

 福山の許から待機室に戻って以降、光秋は桜たち3人の能力のおさらい、そして入間主任のノートを参考にした運用方法を考えていた。

 そこに机の上に置かれた内線電話が鳴り、突然のことに一瞬ハッとしつつも、光秋は受話器を取る。

 

「はい、加藤隊待機室です」

(藤岡だ。悪いがちょっと俺の待機室まで来てくれ)

「?……わかりました」

 

 突然の呼び出しに首を傾げたのも束の間、受話器を戻し、机の上に広げていた筆記用具をまとめて端に寄せると、光秋は席を立って藤岡主任の待機室へ向かう。

 

「えーっと確か……こっちか」

 

 記憶を頼りに廊下をしばらく進むと、目的の部屋の前に着き、ネクタイを締め直してドアをノックする。

 

「失礼します。加藤三尉参りました……?」

 

 言いながらドアを開けると、光秋は室内に藤岡の他、もう1人いるのを見る。

 歳は30代初めといったところか。やや癖のある黒髪をほどほどに伸ばし、アゴには剃り残しと思しき中途半端な長さの髭が2、3本くっ付いている。少しくたびれてきた黒いスーツと合わさって、身嗜みに無頓着な印象を与えてくる。

 

―せめてきちんと剃ればいいのに。でなきゃ藤原三佐みたいに伸ばすか……―

 

 どうにも目が行ってしまう髭にそんなことを思いながら入室すると、椅子に座っていた藤岡が立ち上がって見慣れぬ男性を紹介してくれる。

 

「来たか三尉。こいつは本郷(ほんごう)(たける)。俺の中学からの友人で、今は警視庁捜査一課の刑事だ」

「本郷だ。よろしく」

「加藤隊主任、加藤光秋三尉です……捜査一課って確か、殺人や強盗といった凶悪犯罪を扱う部署ですよね。よくドラマの題材になったりする」

 

 手を挙げて挨拶する男性――本郷に応じつつ、光秋は聞きかじったことを言ってみる。

 

「まぁな。君が噂の加藤三尉か。入隊1年で一般の一隊員から特務部隊主任に出世したっていう」

「御存じ、なんですか……?」

「こいつからいろいろ聞いてるよ。機密ってのに触れない範囲でね」

「はぁ……」

 

 藤岡を親指で指しながら本郷は告げ、光秋はどんなことを言われたのか好奇心と不安を覚える。

 

「……話に聞いてたよりも男前だねぇ」

「え?あー……ありがとうございます」

 

 束の間観察の目を向けて本郷は言い、突然の褒め言葉に光秋は戸惑いながらも頭を下げる。

 が、直後、

 

「実は俺、娘がいるんだがねぇ……どうだい?婿にならないか」

「えぇっ!?」

 

さらに突然の、そして全く予想していなかった(たぐい)の誘いに、光秋は今度こそ返答に困ってしまう。

 

「こんな感じの子なんだがねぇ」

 

 その間にも本郷はスーツの胸ポケットを探り、取り出した写真を見せてくる。

 

「…………えぇ……?」

 

 それを見て、光秋は本日3度目の困惑を覚える。

 写真に写っていたのは、熊のぬいぐるみを抱えて楽しそうな笑顔を浮かべる、左右に結った黒髪が似合う2、3歳程の女児だった。

 

「どうだ!かわいいだろう。あと15年もしたら間違いなく美人になるぞ!」

「は、はぁ…………考えておきます」

 

 自信に満ちた顔でぐいぐい迫ってくる本郷に圧倒されつつ、拍子抜けした光秋はお茶を濁すつもりで返す。

 

「言っとくが、真に受けなくていいぞ。一昨年(おととし)に子供を授かってから、若い男を見れば誰彼構わず自慢ついでに言ってくるだけだからな」

「誰彼構わずとは何だ。これでもちゃんと優良そうなやつを選んで声かけてるんだぞ」

 

 すっかり見慣れた様子で呆れながら忠告する藤岡に、本郷は振り返って若干目くじらを立てる。

 

「……あの、それで、警察の方が来られたということは、ESOへの捜査協力の要請でしょうか?」

 

 すっかり脱線し、放っておけばさらに面倒な方向に行きそうな気配の会話に終止符を打つ為、なにより部屋に入った時から気になっていたことを知る為に、光秋は意を決して藤岡と本郷に訪ねる。

 

「おぉっと、そうだったな。清にはもう話したんだが……とりあえずこれを見てくれ」

 

 それにハッとした本郷は手招きし、歩み寄った光秋は机の上に大きな地図が広げられているのを見る。それには、所々に赤いシールが貼られていた。

 

「これは……?」

「東京都一帯の地図、そこにここ半年程の間に起こった人身事故や暴力・傷害事件の現場を示したものなんだが……ここを見てくれ」

 

 光秋の疑問に応じつつ、本郷は地図の一点を指さす。

 

「…………この辺りに集中してる?」

 

 都内一帯を書き記した地図の一点、本当に極めて狭い範囲に下の絵が隠れる程に貼られたシールの数に、光秋は思わず唖然とする。

 

「いや、でも、半年の間ですよね?それも人身事故や事件って、要は人が傷付いた事柄を区分なしに示したんでしょう?それだったらこれくらいの件数に……なりますか?」

「まぁ確かに。実際都内全体を見渡せば、他にもシールが集中してる箇所はいくつかあるしな。ただ、この辺りに限っては被害者にも特徴があってな」

 

 若干動揺しながら自信なく訊ねる光秋に、本郷は胸ポケットから取り出した手帳を開く。

 

「不良学生、暴力団組員、ニュースで取り上げられた事件の容疑者などなど……」

「……?特に共通するものなんて……それこそ町の不良から犯罪者まで、いわゆる“悪い奴”がピンからキリまでって感じではありますが……」

「まさにそこだ」

 

 手帳を読み上げる本郷に、光秋は首を傾げながらも直感的に思ったことを告げると、藤岡が断じる様に言ってくる。

 

「どういうことです?」

「君の言う通り、被害者たちにこれといった共通点はなかった。経歴も現在の立場もバラバラ。一時期世の中を騒がせて顔が知られている者から、良くも悪くも無名な者までさまざま。ニュースに取り上げられた奴にしたって、その後実刑判決を受けた者から無罪放免になった者もいる。被害にしたって、高所からの落下から喧嘩による負傷と実に多様。一応確認したが、被害者同士面識もなかった。こちらが確認できた範囲ではな」

「……どういうことです?」

 

 曖昧な補足に、嫌な予感を感じながらも結局訊いてしまった光秋に、本郷は案の定の返答をしてくる。

 

「被害者の内何人かはすでに死亡しているからな。それじゃあ、全員の細かな交友関係を把握するのは難しいだろう」

「……確かに」

 

 あっさりと言われた本郷の答えに薄ら寒さを覚えながらも、光秋は努めて平静に返す。

 

「でもそうなってくると、ますますわかりません。それならこれらの事件・事故は、単に同じ場所で発生しただけの偶然ってことになりませんか?それこそこうしている間にも、どこかしらで何らかの事件や事故は起こってるんでしょうし……いったい、何がこの人たちを結び付けたっていうんです?」

「そこで君がさっき言ったことが出てくるんだよ」

「?」

 

 本郷に言われて、光秋は先程自分が言ったことを思い出そうとしてみる。

 

「不良にヤクザ、犯罪者やその容疑者、まさに“悪い奴”のピンキリだ。そういう嫌われ者たちが、短い期間に狭い範囲でこんなにも大勢何かしら酷い目に遭っている。こうなると流石に作為的なものを感じないか?」

「そうかもしれませんが……」

 

 言われて納得しそうになるものの、どうしてもあと一歩のところで腑に落ちない。

 

「それとまぁもう一つ、被害者やその時近くにいた人から気になる供述があってな」

―それを先に言ってくれればいいのに……―

 

 イタズラが成功したような微笑を浮かべる本郷に、明らかに焦らされていると感じた光秋は内心眉を寄せる。

 

「例えば、赤信号を無視して横断歩道を渡った奴の場合、みんな口を揃えて青だったと言っている。歩道橋の階段から落ちた奴は、『まだ床が続いていると思って歩いたら落ちた』と供述した。乱闘騒ぎで捕まった不良2人は、それぞれ『自分が最初に殴られた』と言っている」

「……実際と認識の齟齬?…………それって……」

 

 ここまでの説明を聞いて、研修の記憶から光秋はある能力を連想する。

 

「催眠、ですか?」

「正解!」

 

 クイズ番組の司会者の様な語調で応じると、本郷はさらに続ける。

 

「半年の間にこの範囲で起こった事件・事故を詳しく調べると、被害者はみんな何かを誤認、もしくは周囲の証言とは明らかに異なることを、しかし嘘は一切ついていない様子で供述していた。事件発生時に近くにいた者たちからも、被害者の様子が少しおかしいという趣旨の供述をほぼ必ずもらった。これらのことから、この一連の事件・事故は催眠能力者によって故意に起こされたものである可能性が高くなったってわけだ」

「……なるほど」

 

 淀みも迷いもなく述べられた本郷の説明に、光秋はようやく腑に落ちる感覚を覚える。

 

「それで、ここに来られたのはその捜査協力と?」

「まぁな。もっとも正式なものじゃない」

 

 光秋の問いに応じながら、本郷は藤岡を見やる。

 

「さっきも言ったが、俺たちは中学からの腐れ縁でね。なんの因果か、お互いお堅い職業に就いちまって、しかも警官になった俺は、気が付けば超能力絡みの事件専門みたいになっちまってさ。捜査に行き詰まると、よくこうして昔のよしみで助けてもらってるんだよ」

「無論、その過程で本格的な協力体制が必要になった場合は、正式な手続きも踏むがな。今回は最初からそのつもりだが」

 

 感慨深い顔で語る本郷に、藤岡が補足する。

 

「はぁ……それで、僕――私をお呼びになった理由は?」

 

 一連の会話で事態の概要は把握したものの、その中での自分の立ち位置が未だわからない光秋は、藤岡と本郷を見回しながら問う。

 

「あぁ。今回の件だが、お前に任せようと思う」

「!?」

 

 あっさりと告げられた藤岡の言葉に、思わず衝撃を受ける。

 

「僕に……ですか……?」

「お前も晴れて特務部隊主任になったんだ。その初仕事にはちょうどいいと思ってな」

「はぁ……まぁ……」

 

 指摘されて、自分の今の立場を改めて認識する。

 

―そうだ。今の僕は特務部隊主任、こういうことが仕事なんだ。遅かれ早かれ、形はどうあれ、いずれ“実戦”には出ないといけないってことか―

 

 同じESOであっても、京都での一般部隊とはまた異なる特務部隊の仕事――新しいことに対する多分な不安を自覚しながらもどうにか自分を律すると、光秋は踵を揃えて背筋を伸ばし、藤岡をしっかりと見据える。

 

「了解しました。加藤三尉、捜査協力に専念しますっ」

「まっ、そういうわけで、よろしく頼むわ」

 

 多分に力んだ光秋とは対照的に、本郷はどこか呑気そうに応じた。

 

 

 

 

 藤岡の部屋から退室すると、一緒に出た本郷が声をかけてくる。

 

「そんじゃま、早速現場行ってみるか」

「じゃあ、特エスの子たち呼び出します。少し待ってください」

 

 言うと光秋は、一旦自分の待機室へ向かう。

 

「じゃあ、俺車で待ってるよ。表の駐車場な」

「わかりました」

 

 後ろからの本郷の呼び掛けに応じつつ、光秋は速足で部屋へ向かい、机の引き出しから桜たちが通っている小学校の電話番号が掛かれたメモを取り出す。

 

「まさかこんな早くに仕事がくるとはなぁ。とっとと登録しとくんだった……」

 

 自分の見通しの甘さを悔やみつつも、携帯電話にメモの番号を打ち込んでいき、一回深呼吸して気持ちを落ち着けてから通話ボタンを押す。

 

(はい、雄国(おぐに)小学校です)

「あ、ESO特務部隊の加藤と申しますが、柏崎さん、柿崎さん、北大路さんにお仕事が入りまして」

(あ、わかりました。3人にお知らせします)

 

 ESOと提携し、特エスの生徒も何人か抱えているだけあって、電話に出た職員の対応はスムーズだった。

 

(今お知らせしました。少しお待ちください)

「わかりました。ありがとうございます」

 

 しばしの保留音の後にそう告げられると、光秋は電話を切って部屋を出る。

 

―道中、学校に寄ってもらうように本郷さんに頼まないとな。そこで3人拾って―

 

 そんな算段を立てつつ、本郷の待つ駐車場へ速足で向かう。

 が、5メートル程進んだところで着信の振動に足を止める。

 

―菫さん?……そういや待ち合わせ場所何処にするか言ってなかったな。校門前って言っとこ―「もしもし?」

(あの、お仕事というので正門の近くに来たんですけど、光秋さん今何処にいますか?)

「えっ?……正門って、本部の?」

(はい)

 

 菫たちが通う学校の住所は光秋も知らされており、東京本部との凡その位置関係も把握している。車でも軽く10分以上はかかる道のりであり、だからこそ電話を終えてから3分と経たずに到着の連絡が来たことに、激しく困惑してしまう。

 

「もう着いた?正門って……?」

(その……テレポート使って……どっかよそにいて呼び出しがあった時は、こうやって来なさいって入間主任が……)

 

 その困惑に不安を感じたのか、菫は恐る恐る説明する。

 

「あぁ。なるほどな……」―そうだった。菫さんの能力それだし、急を要するなら当然使うよな……―

 

 それでようやく状況を合点すると同時に、部下の能力を失念していたこと、それによって余計な困惑をしてしまったことに、学校の電話番号の登録を忘れた以上の悔いを覚える。

 

(…………光秋……さん?)

「!あぁ、ごめん。なんでもないんだ……正門前だよな?だったらそこで待ってて。こっちもすぐに行くから」

(わかりました)

 

 不安そうに訊いてくる菫に我に返り、指示を出すと、光秋は携帯電話を仕舞って歩みを再開する。

 

―超能力者、それも高レベルの人と仕事する感覚がまだ掴めないんだろうな。京都でだって、移動時間が極端に短い体験なんてしなかったし……―

 

 反省とも自己弁護ともつかない思いを持て余しながら、先程よりも速い足で本郷の許を目指す。

 

 

 

 

 廊下を速足で抜けて玄関を出ると、光秋は駐車場一帯を見渡して本郷の姿を捜す。

 

「車で待ってるって言ってたよな……特徴訊いとくんだった」

 

 広い駐車場にちらほらと停まっている車を見比べつつ、本郷らしき人影が見付からないことに途方に暮れる。

 その時、クラクションの音が鳴り響く。

 

「!……あそこか」

 

 音がした辺りに目を凝らし、黒い乗用車の運転席の窓を開けて手を振っている本郷を見付けるや、光秋はすぐに駆け寄る。

 

「すみません。お待たせしました」

「いやぁ、いいんだがさ……特エスは?」

「正門の前で待たせてます。今呼んできます」

 

 言うや、今度は正門に向かい、そこで待っていた学生服姿の桜、菫、北大路の許に駆け寄る。

 

「すまない。待たせた。あそこに車待ってるから、それに乗って。黒いやつ」

「いや、その前にさ、アタシたち制服のままなんだけど。着替えなくていいの?」

「あー…………」

 

 着ている学生服を示す桜に、光秋は本日すでに何度目かわからない失念に気付く。

 

―…………調査しに行くだけだし、別にいいかな?本郷さんも待たせてるし……―「いや、そのままでいい。こっちに」

 

 多少迷いながらも断じると、3人を手招きして本郷の車に向かう。

 

「本郷さん、お待たせしました。こちらが加藤隊の桜――柏崎、柿崎、北大路です。みんな、こちら警視庁捜査一課の本郷さん」

 

 両者の間に立つと、光秋は双方の簡単な紹介をする。

 

「こりゃまた、おチビさんぞろいだな……刑事の本郷だ。よろしくな、嬢ちゃんたち」

「よろしくお願いします!」

「よろしく」

「……」

 

 車窓から身を乗り出して告げる本郷に、菫は快活に、桜はあっさりと、北大路はこくりと頷いて返す。

 

「あー、ところで、3人とも学校の制服だが?」

「はい。調査なので着替えはいいかと思い――」

「バカヤロッ」

 

 指摘に応じようとした光秋の言葉を、本郷のやや険を含んだ声が遮る。

 

「平日の真っ昼間に制服着た女児連れ回してたら、俺らの方が誤解されるわ!待っててやるから着替えてこい」

「はい……3人とも、やっぱり着替えてきて」

「どっちだよ……」

 

 注意されてすっかり意気消沈した光秋の指示に、桜が苛立ちを含んだ呟きを漏らしながら、3人は本舎へ駆けていく。

 

―……つくづく踏んだり蹴ったりだなぁ、今日は…………―

 

 玄関に消えていく3人を見送りながら、光秋は()()()()()()()()()()()新しい仕事の大変さを思い知った。

 

 

 

 

 学校の制服からESOのそれへと着替えを終えた少女たちが戻ってくると、本郷の運転する車は(くだん)の現場へと向かう。

 

「…………本郷さん。こちらの不手際で余計な時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 その道中、助手席に座る光秋は、右隣でハンドルを握る本郷に頭を下げる。

 

「一応、清から初仕事とは聞いてたけどなぁ……意外とおっちょこちょいなんだな?」

「…………」

 

 怒っているわけではないものの、どこか呆れた様子で返す本郷に、光秋は何と応じていいかわからず、仕方なく後部席に座る桜たちに顔を向ける。

 

「桜さんたちも。僕の考え不足で振り回してしまって申し訳ない」

「いいえ。私もちゃんと教えてあげれば……」

「菫が悪く思ってどうすんだよ……」

 

 それに落ち込み気味に返す菫に、桜が呆れた顔で呟く。

 

「桜さん――柏崎さんの言う通りだ。君らは僕の指示に従っただけ。それで生じた問題は、全部僕の責任だよ。柿崎さんが気にすることじゃない」

 

 それに続く形で光秋も告げる。できることなら頭を撫でて直接的に励ましてやりたいとも思ったが、走行中に変な体勢になるのは危ないとの認識から、一旦却下する。

 

「まっ、俺も新人の頃は、警察手帳忘れて訊き込みに行ったりしたからな。それで先輩に大目玉喰らって、慌てて署にとんぼ返りしたことあったっけ……だからまっ、あんま他人(ひと)のことは言えねぇけど」

「はぁ……」

 

 おそらくは本郷なりの気配りなのだろう。変わらぬ呑気さで語ってくれた失敗談に、しかし反応に困った光秋は曖昧な返事をすので精一杯だった。

 そうしている間にも、一行を乗せた車は繁華街へと差し掛かる。

 

「……この辺だな」

 

 周囲を見回しながら呟くと、本郷は路肩に車を寄せて外に出、光秋たちも後をついて行く。

 平日の真っ昼間にも関わらず人の行き来が多い歩道を、特に光秋などは本郷の姿を見失わないように注意して進み、少しすると歩道の端に置かれた3、4つの花束が見えてくる。

 

「これって……献花台ですか?」

「台っつうか、直置きだけどな。本件の一番新しい被害者、その現場がこの辺だ」

 

 呟く様な光秋の問いに応じつつ、本郷は車道を指さす。

 

「今から1週間前の夜9時頃。グループでたむろしていた青年の一人が車道に飛び出して、ちょうど走ってきたタクシーに跳ねられた」

「……その時の様子が、どこかおかしかった?」

「あぁ。一緒にいた奴等の証言では、突然何かを避ける様に車道に出て、それで跳ねられたらしい」

「……」

 

 本郷の説明を聞きながら、光秋は置かれた花束を見る。

 

「…………」

 

 特に意識したわけでもなく、自然とそのそばに歩み寄り、膝を折ると、そっと手を合わせて黙祷する。

 

「なにして――」

「しっ。ちょっと静かにしてあげよ」

 

 唐突な合掌に桜が問い掛けようとするが、菫に遮られる。

 ややあって目を開けると、光秋はちょうど同じくらいの視線の高さになっている少女たちに顔を向ける。

 

「いやなに、大したことじゃないよ。ただ、これくらいはやっといた方がいいかなぁって。一応、この人の死んだ原因調べるのに関わるわけだしさ……要は僕個人の気持ちの問題」

 

 そう言い、もう一度花束を見やると、光秋は膝を伸ばして本郷を見る。

 

「それで、我々の仕事は?」

「事件当時、被害者がどんな状態だったか――より詳しく言うと、その時何が見えていたのか知りたい。確か、サイコメトリーならそういうのもできるんだろう?」

「わかりました。北大路さん」

「……了解」

 

 光秋の呼び掛けに応じると、北大路は路面に手を当て、目をつむって意識を集中する。

 

―残留思念……その人が触れたものに残る思いの痕跡。サイコメトラーや、一部のテレパンなんかは、それを読み取ることができると聞いてはいるが…………―

 

 その様子を黙って眺めながら、光秋は研修で聴いたことを思い出す。

 

―触っただけでその時の状況が把握できる……まるでオカルトだな―

 

 これまでに見てきた超能力、そして神モドキや黒球といった超存在の持つ超常的な、正に理解を超えた“力”。それらに対する信頼や畏敬を思い出す一方、目の前で行われているマジックの様な光景に多少の胡散臭さも感じてしまい、それらが合わさってついそんな感想が胸の内に漏れる。

 

「特エスの主任がそんなこと言うんですか?」

「?……もしかして、今の……」

「今ここに、それもすぐ近くにいる人の考えなんて、1週間前の残留思念を読み取るよりも簡単ですよ」

「…………」

 

 唐突にかけられた北大路の棘のある言葉、そのさらに続いた一言に、光秋はバツの悪さを覚える。

 

―そうだった。そういうのがわかるのが北大路さんだな……―

 

 そんな思いと、また心の中の独り言を読まれるのではという若干の警戒心から、光秋はつい北大路から後退ってしまう。

 それを認識しているのか否か、読み取りを終えたらしい北大路は路面から手を離し、本郷を見やる。

 

「どうだった?何が見えた?」

「もの凄い速さで向かってくる自転車が。それを避けようとして、咄嗟に……」

「なるほど」

 

 北大路の説明を聞きながら、本郷は手帳にメモをとる。

 

「自転車……念のため訊きますが、そういうのが向かってきたっていう証言は……」

「もちろん無い。さっきも言ったように、周りの奴等はみんな『何かを()()()()()()()車道に飛び出した』って言ってるからな。自転車とすれ違ったんなら、まず気付くだろう」

「ということは、その自転車が何者か――犯人が見せた幻影……」

「そういうことだな」

 

 初めての特務部隊主任としての仕事に緊張しているのか、自分でも訊くまでもないだろうと思っていることであっても、一つ一つしつこいくらい丁寧に、噛み砕いて理解したいというのが今の光秋の心境だった。

 

―自転車を避ける――危険を回避してとった行動が、逆に危険への(いざな)いだった、か……―

 

 その上で、ここで起こったことをそのように呑み込むと、改めて花束を一見する。

 

「ほんじゃ、次行くか。この調子で何カ所か回って、今みたいに被害者が見たものを確認していくから」

「わかりました。北大路さん、引き続き頼む」

「……」

 

 本郷の呼び掛けに向き直って応じ、ひと声かけた北大路が無言で頷くのも見ると、光秋は再び車に乗り込む。

 

 

 

 

 それからしばらくの間、一行は本郷の運転する車で繁華街のあちこちを周り、北大路が事件現場をサイコメトリーするということを繰り返す。

 

「これさ、必要なのは菊だけで、アタシと菫が来ることなかったんじゃ……」

「だな。すまない……」

 

 何カ所目かでそんなことを言ってきた桜に、光秋は本日何度目かの申し訳なさに身を縮ませる。

 そんな光景を横に添えつつ、本郷は北大路が読み取った情報をメモしていく。

 自分から車道に飛び出していった者たちは、皆迫ってきた自転車などを避けるか、信号が赤のところを青と思って渡っていた。

 歩道橋で転落した者たちは、まだ足場が続いていると思って一歩を踏み出してそのまま階段を転げ落ちた。

 乱闘騒ぎが起こった現場では、相手が突然殴り掛かってきた思念が2人分読み取れたらしい。

 

「2人同時に相手を殴った?」

「そうじゃありません。『突然自分を殴ってきたイメージ』、それが2人分あるんです」

 

 理解の齟齬を防止のために確認する光秋に、北大路ははっきりと応じる。

 

「突然殴られたイメージが2人分……2人同時に催眠にかかったということでしょうか?」

「さぁねぇ。少なくとも、喧嘩してた奴等は『自分が先にやられた』と思っていたんだろうが……」

 

 腕を組んで思い付いたことを言ってみる光秋に、本郷はメモの手を休めずに返す。

 その時、近くでクラクションの音が鳴り響く。

 

「!?」

 

 突然の大きな音に驚きつつ、光秋は辺りを見回す。

 と、今度は聞き覚えのある声がかかる。

 

「おーい、加藤!」

「!」

 

 声のした方を見やると、路肩に停まったパトカーの助手席に座った警官が、窓から出した手を振っている。

 その顔付きと雰囲気に、工場地帯での戦闘がひと段落した時に会った小田一尉の後輩のことを思い出すと、光秋はパトカーへと歩み寄る。

 

―えっと……この人の名前なんだっけ……?確か「川」が付いた名前…………―

 

ど忘れしてしまった相手の名前を焦って思い出そうとしながら。

 

野川(のがわ)?……戸川(とがわ)?……!―「富川(とみがわ)さん!」

「いや、徳川(とくがわ)だ」

「…………失礼しました」

 

 結局間違えて本人に訂正され、多分に恥じらいながら頭を下げる。

 

「なに、徳川。知り合い?」

 

 と、運転席に座っていたもう1人が訊ねてくる。

 頭部を覆う程度に短く切り揃えられた黒髪に、やや黒く焼けた肌と引き締まった顔付き、座っていても長身な印象を与えてくる細くも大柄な体格と、活発そうな外見をした人だ。

 

「あぁ。中学・高校と先輩だった人の知り合い。この間会ってさ」

 

 運転席の人に応じると、徳川は光秋に向き直る。

 

「奇遇だな。こんなとこでなにしてんだ?」

「一応仕事を……徳川さんたちは?」

 

 先程の間違いの記憶に一瞬怯みながらも、光秋も訊き返す。

 

「一応仕事を。パトロールしてらお前が見えてさ」

「あぁ。警官とは聞いてましたけど、こういうお仕事ですか」

 

 光秋の調子を真似て返した徳川に応じつつ、光秋は目に前に停まるパトカーをしげしげと眺める。

 

―パトカーに乗ってあちこち回って……密着とかによく出てくる仕事だよな―

 

眺めていると、偶に観るその手の番組のワンシーンが浮かんでくる。

 と、後ろから本郷の声がかかる。

 

「なんだ、君にも警察の知り合いいたのか」

「いえ、知り合いといいますか……」

 

 確かに、互いに顔と――光秋は今思い出したが――名前を知り合う間柄ではあるが、徳川の個人的なことについては全く知らない光秋は、素直に頷くことに抵抗を覚える。

 と、徳川の方も本郷に気付く。

 

「そちらは?」

「あぁ、こういう(もん)だ」

 

 応じながら、本郷は懐から出した警察手帳を開いて見せる。

 

「警部補?」

「失礼しましたっ」

 

 それを見て、車内の2人はすぐに姿勢を正す。

 

「……そんなに高い位なんですか?」

 

 徳川たちの反応の意図がいまいちわからない光秋は、つい訊いてしまう。

 

「まぁ、俺らよりは上だな。ちなみに俺たちは巡査長だから」

「あぁ、9つある警察の階級の内、下から2番目というか、1番下と2番目の間ですよね」

 

 徳川の返答に、光秋は以前テレビかなにかで聞きかじったことを思い出しながら応じる。もっとも、肝心の本郷の立ち位置は未だに理解できない。

 

「まぁ俺の階級――警部補ってのは、下から3番目だ。それと、これくらいからチームリーダーみたいな仕事に就くようになるんだ」

「ちなみに、俺たちの直接の上司も警部補だ」

「あぁ」

 

 本郷の説明と徳川の補足に、光秋はようやく合点する。

 

「ところで、お二人さんこの辺を担当してるのか?」

「えぇ」

 

 本郷の質問に、運転手が頷く。

 

「じゃあ、ちょっと前にここであった乱闘騒ぎも知ってますか?」

「知ってるもなにも、それに対処したの俺らだぞ」

「!」

 

 徳川の予想以上の返答に、もしやという程度の軽い気持ちで訊いた光秋は意表を突かれる。

 

「よろしければ、その時のこと詳しく教えてくれませんか?」

「詳しくっていっても……男2人が殴り合ってたあれだろう……」

 

 すかさず頼む光秋に、徳川は目をつむって記憶を辿る。

 

「パトロール中に喧嘩の連絡受けて、それで止めに行ったんだよな?」

「そうそう。私らが来たころには野次馬もそこそこいて、それ掻き分けて取っ組み合ってる2人を離したんだよ」

 

 確認するように目配せする徳川に、運転手も首肯しながら続く。

 

「その時、何かおかしなことってありませんでしたか?不自然なこととか」

「おかしなことって言われてもな……」

 

 さらに問う光秋に、徳川は眉間に皺を寄せる。

 

「喧嘩の仲裁なんてしょっちゅうだからな。一応署に連行して詳しく訊いた時も、特におかしなことは言ってなかったし」

「身体検査しても特に異常は見られなかったしね」

 

 腕を組んでさらに記憶を辿る徳川に、運転手も頷いて返す。

 

「……例えば、どっちが先にやった、とか……」

「あぁ。それは両方『相手が先にやった』って言ってたぞ。もっとも、そういう証言ってよく聞くけど」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 徳川の口ぶりからこれ以上新しい情報は得られないと察し、光秋は礼を言ってパトカーから離れる。

 

「お手間をとらせてすみませんでした」

「いや、俺が停めてもらっただけだからさ。仕事頑張れよ!羽柴(はしば)、やってくれ」

 

 頭を下げる光秋に激励で返すと、徳川は運転手に頼んでパトカーを走らせる。

 

「……すみません。時間をとらせて」

「いいさ。そんじゃ、捜査再開すっか」

「はい」

 

 本郷の言葉に頷くと、光秋は少女たちを伴って再び現場を巡る。

 

 

 

 

 昼食などの休憩を挟みつつ最後の現場のサイコメトリーを終え、ふと腕時計を見ると時刻は午後3時になっていた。

 

―けっこうな時間になったなぁ―「みんな、疲れてないか?特に北大路さん」

「私は別に……」

「アタシはどっちかてぇと待ちくたびれてるよ」

 

 問い掛けに菫と桜が応じると、光秋は無言を返す北大路に再度問う。

 

「北大路さんは?」

「疲れてたらどうなんです?ここで解散させてくれるんですか?」

「それは……」

 

 若干イラつきを含んだ表情で訊き返してくる北大路に、光秋は返事に困りながら本郷を見る。

 

「いや、現場はこれで終わりなんだが……この後、署に保管してある事故車両の調査も頼みたいんだけど……」

「……わかりました」

 

 その視線に心苦しそうな顔を浮かべながらも返ってきた本郷の言葉に、光秋は北大路を横目に見ながらも頷いて返した。

 

「というわけで、みんな車に乗って」

「まだ続くのかよー」

「文句言わない!これが私たちのお仕事でしょ」

 

 光秋の指示に、桜は包み隠さない嫌々を表し、それに対して菫の叱責が飛ぶ。

 そんなやり取りをしながらも後部席に乗り込む2人に続いて、北大路もドアに足を掛けた直後、一瞬光秋の方を振り向く。

 

「菫ちゃんと桜ちゃんは完全にとばっちりだけどね」

「…………」

 

 その一言が自分の人事ミスを責めているのだと察した光秋に言い返せる言葉はなく、黙って助手席に乗り込んだ。

 

 

 

 

 繁華街近くの警察署に移動した光秋たちは、車を降りると本郷案内の下に事故車両の保管場所へ向かう。

 

「ここが、そうなんだが……」

 

 言いながら、本郷は建屋のシャッターを上げ、後に続いて中に入った加藤隊一行は、照明に照らされたタクシーから高級感溢れる外車まで、実に多種多様な数台の車両を目にする。

 

―これはまた……―

 

 事故車両というだけあっていずれも多かれ少なかれ破損しており、最も酷いもので車体前部が完全に潰れている車に、光秋は気温が高めな日にも関わらず薄ら寒さを覚える。

 

「……つまり、コレらに乗っていた人たちの事故当時の様子をサイコメトリーする、と?」

「あぁ。乗り物に乗ってたなら、通った道を調べるより乗ってた物を調べた方がより精度が高いらしい。前に協力してもらった特エスの受け売りだがな」

「なるほど……じゃあ、北大路さ――」

 

 本郷の説明を聞いていざ指示しようとした矢先、北大路は最後まで聞かずに手近な車に触れる。一見なんの変哲もないタクシーだ。

 

―…………完全に威厳無しだなぁ―

 

 部下のそんな様子に内心頭を抱えている間にも、タクシーから手を離した北大路は一同に向き直る。

 

「コレって、最初の方に見に行った飛び出しの?」

「そう。飛び出した奴を撥ねた車だ」

 

 北大路の質問に、本郷は手帳とプレートのナンバーを照らし合わせながら答える。

 

「なにが見えた?」

「突然飛び出してきた男の人を撥ねるところが。それこそ突然出てきたから、ブレーキを踏む暇もなかったみたいです。凄く動揺してる」

「本人の証言とも一致してるな」

 

 光秋の問いに北大路が答えると、本郷は手帳を確認しながら呟く。

 

「……運転手が催眠にかかった感じは?」

「特に不自然な記憶の繋がりはないから、可能性は低いと思います。仮にかかっていたとしても、高度な催眠ほどかけられている人は自覚しにくいって入間主任も言ってたし」

「つまり、本人の記憶を探っても、その時催眠にかかっていたかどうか判断するのは難しいわけか……ありがとう」

 

 不意に浮かんだ疑問を答えてくれた北大路に、光秋は先程からの気まずさを誤魔化すことも兼ねて礼を言う。

 その間にも、北大路は次々と車を触って知り得たことを報告していく。

 ある車は青信号と思って進んだところを横から追突され、ある車は突然強烈な眩暈(めまい)に襲われて歩道に乗り上げ、ある車は車道を真っ直ぐ進んでいたはずが突然目の前に現れた電柱を避けきれずにそのまま突っ込んでしまった。

 

「『真っ直ぐ走っている』という催眠をかけられつつ、電柱の方へ誘導された……ということでしょうか?」

「おそらくな。ドライブレコーダーとか付いてたらもっと詳しくわかったかもしれないが」

 

 ちょうど悪寒を抱かせた前部が潰れている車、それに触れる北大路を見ながら推測を述べる光秋に、本郷はメモをとりながら悔しそうに呟く。

 その時、携帯電話の振動音が響く。

 

「あ、俺だ……わかった。すぐ行く」

 

 上着のポケットから取り出したソレに出た本郷が短い言葉を交わすと、通話を切りながら光秋を見やる。

 

「部下に任せてた監視カメラの方で気になる点が見付かったらしい。こっちは一旦中断して、一緒に来てくれ」

「わかりました。3人とも」

 

 本郷に応じると、光秋は少女たちを手招きし、一行は保管場所となっている建屋を後にする。

 

 

 

 

 本郷の後をしばらくついて行くと、加藤隊一行はいくつもの机が並んだ事務所らしき部屋に通される。

 部屋の奥には大きめの画面のパソコンが2台並んでおり、それぞれに男性が1人ずつ付いて画面を食い入るように観ている。

 

「おう、待たせたな」

 

 言いながら本郷がそちらへ歩み寄ると、男性2人は画面から顔を離して本郷へ向き直る。

 

「本郷さん、お待ちしてました」

「そっちは……ESOの?」

「東京本部加藤隊主任、加藤三尉です」

 

 疑問の目を向ける1人に応じつつ、光秋は一礼する。

 

「今回協力してもらってるスタッフたちだ。で、何がわかったんだ?」

「はい。これをちょっと観てください」

 

 本郷の問いに頷くと、1人がパソコンを操作して画面に3つの映像を映し出す。監視カメラのものらしき上から路上を映したものが2つと、ドライブレコーダーのものらしき車道を映したものだ。

 

「まずこれなんですが、この辺に注目しててください」

 

 言いながら映像の右上を指さすと、男性は映像を再生する。

 夜の繁華街、疎らながらも滞ることなく人の行き来が行われている歩道。そこに6人程が固まって現れたかと思うと、前の方を歩いていた1人が不意によろけ、体勢を立て直すや後ろにいた1人に殴り掛かり、2人の間で拳の応酬が始まる。

 

「これって……」

「あぁ。両方とも相手の方が先に殴ったと証言している乱闘騒ぎだな」

 

 思わず呟いた光秋に応じつつ、本郷は示された右上辺りに目を凝らす。

 光秋も視線を追って注視すると、終始佇んでいる人影に気付く。映像で見る限りではフードを被っているため人相はおろか男か女かも判らず、体形もこれといった特徴のない中肉中背だ。

 

「……この人、ずっと動きませんね。あ、今動いた」

 

 光秋の言う通り、それまで黙って佇んでいた人影は騒ぎに気付いた野次馬たちが集まってくるのと入れ違うように映像から消えていく。

 

「次はこちらを」

 

 言いながら男性は映像を止めると、今度は違う監視カメラの映像を再生する。夜の十字路を上から撮ったものだ。

 

「今度はこの辺をよく見ててください」

 

 言われて光秋は男性が指さした左下――ちょうど横断歩道の手前辺りに目を凝らす。

 多数の車が途切れることなく映像の中を上と下へ往来する中、信号が赤へと変わって今度は左右へと車が行き来する。

 と、そこへ映像下から速度を緩めることなく1台の車が交差点へ侵入し、右から来た車と激しく衝突する。

 

―これって、さっき北大路さんが調べた車の1つか?信号を誤認して横から追突されたっていう。それに……―

 

 映像全体を眺めながら保管場所でのことを思い出す一方、先程示された左下を見ていた光秋は、そこにも終始佇んだままのフードの人影がいることに気付く。

 

「すみません、この映像もう一度再生していただけますか」

「はい」

 

 頼みに応じるや男性は映像を頭から再生し、人影に改めて目を凝らした光秋は、それが微かに向きを変えているように見えた。

 

「……このフードの人、事故車両を目で追ってるように見えませんか?ちょっとわかりにくいけど」

 

 人影自体映像の端に小さく映っているだけなので詳細は見え辛く、元来の視力の低さも合わさって大した自信もないことを承知で感じたことを言ってみた光秋だが、それに対して男性2人は深く頷いてくれた。

 

「自分らもそう思ってたんです。後で補正をかけて改めて観てみますけど。そして最後が……」

 

 応じると、男性は3つ目のドライブレコーダーの映像を再生する。夜の繁華街を走っているところのようだ。

 

「今度はこの辺を見ててください」

 

言いながら左端辺りを男性が指さした矢先、歩道から突然人影が飛び出し、止まる間もなくそのまま撥ねてしまう。

 

「…………」

 

 人が撥ねられる瞬間という生々しさに思わず目を逸らしたくなるのをどうにか堪え、指さされた辺りを注視した光秋は、ここにも例のフードの人影を見付ける。

 

「これって、最初に行った現場の……」

「みたいだな……たむろしてる連中の後ろに映ってる……つけてるのか?」

 

 光秋の呟きに返しながら、本郷も映像の中のフードに目を凝らす。

 

「このフードの奴が犯人ってこと?」

「……てことなのかな?3件も現場にいたわけだし」

 

 一連の映像を横で見ていた桜の言葉に、光秋も半ば同意しながら本郷を見る。

 

「どうでしょう?」

「立場上、はっきりとした証拠が出てくるまでは犯人と断言するわけにもいかない……でもまぁ、重要参考人ではあるかな。2人は引き続き映像のチェック、それと画像解析も」

「「了解」」

 

 男性2人に指示を出すと、本郷は光秋と少女たちに向き直る。

 

「俺たちはもう一度現場を洗ってみよう。今度はこのフードについてサイコメトリーしてほしい」

「了解――と言いたいところですが……」

 

 すぐに頷こうとした直前、壁に掛かっている時計が目に入った光秋は、少女たち、特に北大路を見ながら口籠る。時計の針は、すでに5時半を指そうとしていた。

 

「午前中からずっと働き詰めですし、子供たちだけでも今日はこの辺で帰していただけないでしょうか?明日の朝一番に再開ということで……?」

 

 胸中に多大な不安を抱きながら、本郷の顔色を窺う。

 

―さすがに警察の捜査でそういうのはなしかな?でも、そろそろ帰した方が……―

「そうだな。暗くなってきたし」

「いいんですか?」

「君が言ったんじゃないか」

「そうですが……」

 

 あっさり了承してもらえたことに拍子抜けする一方、桜たちを寮に帰せることに安堵する。

 

「実際、特エスとはいえ小学生を遅くまで働かせていると世間に知れたら、評判悪くなるし」

「そうそう。祝賀パーティーの時も散々叩かれたもんな……」

「祝賀パーティー?」

 

 男性2人の会話に出てきた思わぬ単語に光秋が首を傾げていると、本郷が少し呆れた様子で言ってくる。

 

「おいおい、ニュース観てなかったのか?襲撃事件の後、たびたびやってただろう。警備に当たっていた警官の中にNPのメンバーが紛れ込んでて、そいつ等が襲撃犯たちの活動を手助けしたって」

「あぁ、それは聞いてます」

 

 言われて、事件後から東京へ引っ越すまでの間に藤原三佐たちがそんな話をしていたのを思い出す。

 

「その件が報道されてからしばらくの間、警察の方に山の様な苦情が来たんだよ。『市民を守る警察の中にテロリストがいるのか!?』ってな」

「酷いもんだと、署に直接怒鳴り込みに来る人もいましたよね……」

 

 本郷の説明に続いて、男性の1人が苦悶の表情を浮かべる。

 

「まぁ、さすがに今は苦情の方は落ち着いたが……とにかく、市民の警察への信頼が揺らいでいる今、あんまり無茶な捜査は控えた方がいいってことさ」

「なるほど……」

 

 一連の説明に、光秋は深く頷きながら納得する。

 

「なんなら、俺が家の近くまで送っていくぞ」

「……ではお言葉に甘えて」

 

 本郷の提案に、光秋は少し考えて頷く。

 

「よし、こっちだ」

「失礼します」

 

 言うや本郷が部屋を出ていくと、光秋も男性2人に会釈し、少女たちを引き連れて後に続く。

 全員が車に乗り込むと、本郷は光秋の説明に従って桜たちの寮へ向かった。

 

 

 

 

 警察署からしばらく走って寮の近くに差し掛かると、助手席に座る光秋は暗くなってきた周囲を注視する。

 

「そこです。その辺で停めてください」

「ほいよ」

 

 街灯に照らされた車道の一角を指さしながら告げると、本郷はそこへ車を寄せて停車し、座席から腰を浮かした光秋は後部席に座る少女たちに振り向く。

 

「明日だが、柏崎さんと柿崎さんはいい。北大路さんだけ頼む」

「そうでしょうね」

 

 無愛想に応じる北大路に若干苛つきながらも、光秋はさらに続ける。

 

「学校の方には僕から連絡しておくから、明日の朝8時までに東京本部に来てくれ。本郷さんもそれくらいに迎えに来ていただけますか?」

「いや、そういうことなら、俺が明日直接ここに迎えに行くぞ?」

「いいんですか?」

「それで真っすぐ現場に向かえば、時間も短縮できるしな」

「……ではそれで。北大路さんは8時くらいに寮の前で待ってて。僕もそれくらいにここに来る」

「わかりました」

 

 思わぬ申し出を交えた明日の確認を終えると、北大路はそのままドアを開け、少女3人は歩道に降りる。

 

「今日はお疲れ様でした」

「またなっ」

「あぁ。3人とも気を付けてな」

 

 菫と桜の挨拶にまとめて応じると、頃合いを見た本郷が車を発車させる。

 

「このまま君の家に向かえばいいか?」

「いえ。本部に向かってください。明日出舎せずに直接現場に行くって連絡と、北大路さんが休むって学校に連絡したいので」

「了解」

 

 応じると、本郷は差し掛かった十字路を曲がって本部へ向かう。

 

「にしても、本当にあのサイコメトラーの子と2人だけでよかったのかい?」

「?……いいも悪いも、あとの2人の能力はこういった調査には不向きですし、それなら北大路さんだけ呼んで、あとは学校に行かせた方がいいでしょう。今日、まさにそういうミスをしたばかりですし……」

 

 本郷の問いに答えつつ、光秋は数時間前の悔いを思い出す。

 

「いや、そういうことじゃなくってな…………君、あの巻毛の子とあんまり仲よくないだろう?」

「あぁ……」

 

 言われてようやく質問の意図を解すると、光秋は窓から漏れる明かりが目立ち始めた町並みを眺めながら少し考える。

 

「……確かに、あまり上手くいっているとはいえないでしょうね。初めて会った時から妙な距離があったというか……主任になると決まってからは、ずっと敵意向けられてるような気がします。他の2人が間に入ってくれるからこそバランスが保たれているというか……」

「やっぱりな……俺も仕事柄、特エスやその主任とはよく関わるんだが、あれくらいの年頃の特エスを抱える主任は苦労するみたいだ。ノーマルの子供なら最悪力づくでどうにかなるワガママも、高レベル超能力者なら力で押し通したりするからな。あと、大人の都合に振り回されることに、子供なりに思うことあるみたいだし」

「……やっぱり、そういうもんですか……?」

 

 自分の中にも薄々あった感覚――大人の都合に子供を巻き込んでいること、それを他人の口から告げられて、光秋は胸の奥に言いようのない疼きを覚える。

 

―今では――()()()、僕もそういうことに関わってるんだよなぁ…………―

 

 そこでちょうど赤信号に差し掛かり、車が停車すると、本郷が赤いランプを眺めながら呟く。

 

「もっとも、そういう子がいるからこそどうにかなることもたくさんあるからな。実際今回の事件だって、超能力なしの捜査だったらもっと時間が掛かったかもしれないし、その間に被害者も増えてたかもしれないからな。だから一晩休んでからの捜査再開くらいどうってことないというか……事件の多くは週末の夜に起きてるから今日くらい大丈夫というか…………俺自身娘を持つ身としては、それくらいはしてやりたいっていうかな…………」

―…………本郷さんも、同じ気持ちなのかな?―

 

 どこか煮え切らないように語る本郷に奇妙な共感を覚えると、光秋は車窓に向けていた顔を本郷へ向け直す。

 

「……少なくとも、明日については大丈夫です。北大路さん、仕事はちゃんとしてくれるし。今日だってそうだったでしょう?」

「まぁね」

 

 応じると同時に信号は青へ変わり、本郷は車を走らせる。

 

―いろいろ腑に落ちないことはあるけど、少なくとも今は事件解決に――北大路さんたちに過度な負担が掛からない程度に――尽力しないと。それだけは動かせないよな―

 

 そう思うことで一応の納得を覚えると、光秋は再び流れ出した景色を眺めながら、本部に帰ってからの片付けごとの段取りを考えた。


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