白い犬   作:一条 秋

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96 使者の隊

 DDシリーズ、それも一度に3機の出現という現実を否が応でも受け入れるや、光秋は全身の肌が粟立ち、口の中が急速に乾いていくのを実感する。

 

―何で奴等が、こんな時に――?―

 

 そんな怯えた思考すら遮る様に、3機の内の1機――中央に滞空するツァーングが右手に持った細長い黒い筒の先を眼下のこちらに向けてくる。

 

「!散れっ!!」

((!))

 

 銃床のない長銃という趣のソレに直感的な危険を感じるや、光秋は通信機に叫びながら地面を蹴り、同じくデ・パルマ少佐と関大尉のゴーレムも跳び退くや、直後にツァーングの筒から赤色の細い光が放たれ、直前までニコイチが立っていた辺りの地面を焼き払う。

 

「やっぱり……“ビーム”っ!」

 

 コンクリートで舗装された地面に細く、しかし深々と空いた穴と、その周囲を囲む赤々と燃える破片に、ニコイチ最大の天敵の再来を理解した光秋は生唾を飲む。

 

「それでもっ!」

 

 そう声に出して自身に喝を入れ、気を抜けばすぐに動けなくなりそうな我が身――それを引き写すニコイチに鞭打って身構えさせる。

 が、予想に反して次の攻撃は来ず、それどころかナイガー2機を引き連れたツァーングは一行に背を向け、ガスマスクのレンズの様な目でニコイチを一見したのを最後に激戦区の方へ飛んでいく。

 

―不味いっ!と、その前にっ―

 

 すぐにペダルに足を置いて追おうとする直前、光秋は膝の上のすっかり顔色が悪くなった北大路を認識するや、ハッチを開いて菫に通信を繋ぐ。

 

「菫さん、今ニコイチのハッチを開いた。北大路さんをそっちに回収して」

(えっ?えっと……)

「早くっ!」

(は、はいっ!!)

「!ちょっ、ちょっと――」

 

 怒鳴って急かすや、反論しようとしていた北大路が膝の上から消え、ハッチを閉めるやペダルを深く踏んで飛び立つ。

 

「先行きますっ!」

 

 通信越しに告げるや、デ・パルマと関の返事を待たずにDDシリーズたちの後を追い、不安な目で右手のN型90ミリキャノン砲を一見する。

 

―手持ちの武器はこれだけ――いや、菫さんに頼めば試作レールガンも回してくれるだろうが、それでもあのデタラメに頑丈な装甲を貫けるか……赤くなれればまだ勝機はあるだろうが、自在にやるのはまだ自信が…………―

 

 そう思っている間にも、正面前方にDDシリーズ3機を捉え、それぞれに赤いマーカーが重なる。

 

―やるしかない……かっ。それに、消耗させて、黒い空間と人を取り込むことに注意さえすれば勝ち目はある。3機だろうとそれは変わらないっ。やってやるっ!―

 

 そう思いながら自分を鼓舞すると、光秋は汗ばんだ手で操縦桿を握り直し、それと同時にナイガーの1機とツァーングがこちらを振り返る。

 

「!」

 

 同時に今回の出動において群を抜いて強烈な悪寒を感じ、光秋は反射的にニコイチを右に逸らすと、ほぼ同時にその左脇をツァーングの撃ったビームが掠めていく。

 

「……っ!」

 

 機体を介して自身の左脇にも、それも1センチに足るか足りないかといった至近に感じた膨大な熱気に冷や汗を流したのも一瞬、両手でしっかりと保持したキャノン砲を放ち、徹甲弾がツァーング目掛けて飛んでいく。

 が、ツァーングは左腕を前に出し、弾は前腕部に備わったひと際分厚い装甲に跳ね返されてしまう。そして案の定、着弾した辺りには傷一つない。

 

―やっぱり……否、もっと近付けば―

 

 挫けそうな心をどうにか持ち直しつつ、光秋はビーム砲に注意しつつ接近を試みる。

 その矢先、ツァーングの後ろに控えていたナイガーが高度を上げ、こちらも右手に持ったビーム砲を向けてくる。

 

「お前もかよっ!」

 

 思わず怒鳴りながらこちらも高度を上げ、足の裏を熱線が過ぎる感覚に靴の中を一気に湿らせつつ、応戦のキャノン砲を撃ってさらに上昇する。

 そうして下を見ると、そこが激戦区の真っ只中であり、ZCとNP、両者の鎮圧に出た合軍主体の部隊が三つ巴を繰り広げ、その内の極一部がこちらに攻撃を試みながらももう1機のナイガーのビーム砲、あるいは周囲に発射した羽根によって妨害されている光景を目にする。

 

―もう1機のナイガーは妨害に徹してる?少なくとも3対1じゃなく2対1……て、大して変わらんかっ―

 

 一瞬浮かんだ楽観論を殺到した二条のビームが打ち壊し、光秋は縦横に回避しつつキャノン砲で応戦する。

 いずれもことごとくかわされて当たらず、あっという間に弾が尽きるや空になった弾倉を2機に投げ付け、上昇して距離をとりながら菫に通信を送る。

 

「柿崎さん!弾の補給を!」

(はいっ!)

 

 直後に上空に弾倉が現れ、迫るビームを避けつつそれを取ると、すぐにキャノン砲に差し込む。

 

「といっても、このままじゃな…………」

 

 両機の素早さの前にこちらの砲撃は当たらず、当たっても損傷を与えられず、消耗させようにも2機分の攻撃を前にこちらが先にバテてしまいそうな状況に、光秋は焦りを抱きながら2方向から迫るビームをかわしていく。

 そんな中、右太腿部をツァーングが放った1発のビームが掠っていく。

 

「っ!!……!」

 

 自身の同じ位置にも感じた熱さを伴った激痛に奥歯を噛み締めて耐えつつ、キャノン砲で応戦するものの、ツァーングは左腕を前に出してあっさりとそれを弾き、さらなる応戦のビームを撃ってくる。

 

「どうするっ!?」

 

 既に脚の痛みは引いたものの、一向に勝機の見えない戦いに、光秋は思わず叫ぶ。

 

(だから、こういう時こそアタシを出せよっ!)

「!?」

 

 藪から棒に聞こえた声に驚愕しつつ周囲を見回すと、EJCを背負った桜が上空から急降下してニコイチの前に滞空し、DDシリーズ2機に向けて右手をかざす。

 

「なっ!バカっ!!」

 

 すぐに引っ込めようと左手を伸ばすも間に合わず、一条のビームが桜に、そしてもう一条がニコイチの胸部へ迫る。

 

―ダメか……―

 

 思った刹那、迫っていた二条のビームは桜の前に広範囲に張られた念壁に当たって霧散し、2人はことなきを得る。

 

「……防いだ?」

(や、やった!?どんなもんよっ!)

「いや、君が一番驚いてるように見えるんだが――!」

 

 思わぬ光景に困惑したのも一瞬、予想外の成功を喜んでいる桜に改めて左手を伸ばしてその身を掴むと、そのまま手を胴部に寄せてさらなる2機の攻撃から距離をとる。

 キャノン砲の応戦を交えつつ後退しながら、桜を掴んだ手を胸部に寄せ、開けたハッチに強引に押し込む。

 巨大な、そして得意の念力も通じない掌に成す術もなく押しやられた桜が膝の上に落ちるのを確認すると、光秋はすぐにハッチを閉め、なけなしの徹甲弾を撃ち尽くすと菫に通信を送る。

 

「柿崎さん、榴弾を」

(は、はいっ!)

 

 返答を聞きながら空になった弾倉をナイガーに投げ付け――身を翻してかわされた――、直後に現れた弾倉を回避と後退を交えたやや危な気な手付きでどうにか受け取ると、装填したそれを早速ツァーングとナイガーそれぞれに1発ずつ放つ。

 可能な限り頭部を狙って撃たれた榴弾は着弾と同時に爆発し、即席の目くらましが2機の視界を塞いでいる間に急降下した光秋は適度な大きさのビルの陰にニコイチを屈ませる。

 

―流石に頭に爆発を喰らえば効いて……ないだろうなぁ。そういう話はとりあえず後にして…………―

 

 そう思い、慌ただしくなっていた気持ちをどうにか落ち着けると、膝の上の桜を見据える。

 

「何で来たっ?」

「菫に跳ばしてもらって」

「そうじゃなくて、どういうつもりで出てきたんだっ?指示は出してないはずだぞっ」

「アタシだって聞いてないよ。だから直接聞きに来たら、あの黒い奴等にやられそうになってたから助けてやったんじゃん。少しは感謝してよね」

「それは、まぁ……助かった。ありがとう……」

 

 どこか強気な桜に調子を乱されながら、光秋はとりあえず頭を下げる。

 

「……まぁ、それはいい。とにかく本隊に戻れ。そこで待機してろ」

「嫌だっ」

「!」

 

 挑戦的な目で指示を一蹴する桜に、いつDDシリーズたちに見付かるかわからない焦燥感も抱いていた光秋は、思わず頭に血が上る。

 

「こんな時に我儘を言うなっ。遊びじゃないんだぞ、アイツ等は本当に危険なんだぞっ。冗談抜きで死ぬかもしれなんだ……そもそも、DDシリーズに君の力は――」

「さっきは効いたじゃん。光線防いだじゃんっ」

 

 つい語調を荒くして話す光秋に、その一言を待っていたとばかりに桜は得意気に言い返す。

 

「それは、そうだが……」

「アタシだって、アイツ等に念力が効かないのは聞いてるよ。だから、さっき防いだ時も、正直上手くいくかわかんなかった。でも防げたっ。だったら、アタシと一緒に戦えば勝てるよっ!」

―…………勝てるかどうかはともかく―

 

 ニコイチにとっての大きな弱点たるビーム攻撃と、それを防いでみせた桜の念壁。なまじ実証の場面を観てしまったが為に、光秋は桜の主張に抗い難い誘惑を覚える。

 一方、

 

―でも、流石にDDシリーズ戦、それも複数相手の場に連れて行くのは……―

 

こちらも何度か対峙し、その力、手強さ、恐ろしさを肌で感じている分、桜を――子供を一緒に戦わせることに迷いが生じ、それ以上に恐怖を抱く。

 

「…………」

 

 その相反する、それでいて互いに譲れない二つの気持ちが決断力を鈍らせ、時間がないとわかっていながら光秋の口は重くなる。

 それを見て、桜が顔一杯に不満を浮かべて言ってくる。

 

「何グズグズしてんのさっ!答えなんて一択しかないだろう。だいたい、さっきアタシのことを『我儘』って言ったけど、そもそもこの出動そのものがあんたの我儘じゃん。来る途中に自分でそう言ったじゃんっ。アタシは自分の意志でそれに付き合ってんだよ。だったら、最後まで“我儘”通せよっ!!」

「……」

 

 怒鳴られて、光秋は現場に向かう途中に少女3人に語ったことを――無理を通してでも出ようという気になった春菜の安否を思い出す。

 

「そうだったな…………」

 

 小さな声で呟きながら、光秋の胸の内に混沌と渦巻いていた気持ちが一つにまとまっていくのを感じる。

 桜をDDシリーズ戦に巻き込むことへの迷いや恐怖、あるいは罪悪感といったものが完全になくなったわけではない。しかし、そうしてでも叶えたいことが急速に像を結んでいく、それを叶えたいという欲求は、確実に迷いを隅に追いやっていった。

 

―DDシリーズをこのままにすれば、それは春菜さんの危機に…………更には合衆国国民の危機になる。それを防ぎ、原因を除くのが僕の役割であり、“やりたいこと”ならば、確かに選択肢は一つだ…………―「わかった。柏崎さんの協力を頼む」

 

 なけなしの迷いが舌の動きを鈍らせようとするものの、「やりたい」という想いが短いながらも明確な一言を紡がせる。

 

「そうこなくっちゃっ!」

 

 それを聞くや桜は上機嫌な笑みを浮かべ、一方で光秋は一瞬前以上に険しい目で桜を見据える。

 

「ただ、これだけはしっかり守ってくれ。必ず僕の指示に従うって」

「わかってるって。あんたを困らせるようなことはしないよ」

「じゃあ、一つ指示を出す…………もし、僕がDDシリーズにやれた場合、柏崎さんは全速力で逃げろ」

「はっ?」

 

 思わぬ指示に桜は目を丸くするが、光秋は構わず続ける。

 

「何なら柿崎さんに頼んでテレポートするもよし、とくかく本隊まで逃げろ。そして3人揃って近くの大人に……否、藤岡主任に指示を仰げ。わかったな?」

 

 有無を言わせぬ語調で言い切った直後、背にしているビルの向こうから強烈な悪寒が近付いて来るのを感じ、光秋は桜の返答を待たずに次の指示を出す。

 

「さて、行くぞ。外に出て、どっか適当なとこに掴まって」

「ちょっ、押すなよっ」

 

 ハッチを開けるや背中を押して桜を急かし、ニコイチの額の角に跨ったのを見ると、ハッチを閉めながら通信越しに続ける。

 

「念壁だが、ニコイチ正面全体に可能な限り満遍なく張って。あと、守りをあてにして荒い動きをするかもしれないから、落とされないようにしっかり掴まってな」

(無茶言い過ぎ……)

「今更言いなさんな。頼りにしてるぞ、()さんっ」

 

 できる限りリラックスした声で最後の一言を付け加えると、光秋はニコイチを直立させ、キャノン砲の具合を確認すると、角の上の桜を見やりながら告げる。

 

「それじゃあ……行くぞっ!」

 

 言うや地面を蹴ってNクラフトを噴かし、ビルを越えると同時に背後を振り返ると、こちらに向かってくるツァーングとナイガーを捉える。

 向こうもこちらの姿を捉えるや早速ビーム砲を撃ってくるが、ニコイチの正面全体に張られた桜の念壁が確実にそれらを防いでくれる。

 

―守りは順調か……ならば!―

 

 自らの直前で霧散する光弾に手応えを感じるや、光秋はキャノン砲を両手でしっかりと構え、ひと足先を行くツァーングに狙いを定めて急接近する。

 当然応戦の射撃が激しくなるが、桜は若干表情を強張らせたくらいで耐えてくれる。

 

「このまま突っ込む!もう少し頼む!」

(アタシに構わないで!行けぇっ!!)

 

 通信機から響いた桜の叫びを追い風にして一気に距離を詰めると、光秋はツァーングにぶつかる寸前に若干高度を下げながら地面を背にし、至近距離から腹部の赤い扉に榴弾を撃ち込んで足元を行き過ぎていく。

 

(無茶な飛び方……)

「言ったろう。荒い動きをするって」

 

 2機から充分に距離をとった辺りで滞空するや渋い顔で言ってくる桜に返しつつ、光秋はこちらを振り向くツァーングの無傷な腹部を見据える。

 

―矢張りこれでも無理、か……それなら―

 

 思うや、通信を菫に繋ぐ。

 

「柿崎さん、レールガン頼む」

(はいっ)

 

 返事の直後、ニコイチの少し上に銃身の長い拳銃とでもいう様な形の試作レールガンが現れ、光秋はソレに左手を伸ばす。

 が、直後にナイガーが背部に備えた4基の羽根の内上側の2基を射出し、一気に距離を詰めた羽根の先からそれぞれビームが放たれる。

 

「!ヤバッ!!」

 

 それを見て光秋は反射的に手を引っ込め、掴み損ねたレールガンが落ちていく光景に慌てて後を追おうとする。

 が、それより一瞬早く桜がニコイチから離れ、落下以上の速さでレールガンに追い付いて念力で捉えたソレを投げて寄こしてくる。

 

(光秋ッ!)

「おうっ!」

 

 投げると同時に通信機から響いた声に応じると、光秋は今度こそ左手にレールガンをしっかりと掴み、すぐに内蔵された燃料電池の起動スイッチを押す。

 刹那、羽根の1基が桜目掛けて突撃してくるのを見る。

 

「念を張れ!自分の周りになるべく濃く!」

 

 叫びながら光秋はキャノン砲を放ち、爆発に煽られた羽根の軌道が僅かに逸れる。近くにいた桜も爆発に巻き込まれるものの、そちらは指示通り念壁を張って迫りくる爆風や高熱、細かな破片から自分を守っていた。

 そこに光秋はニコイチを急接近させ、それに気付いた桜がすれ違いざまにニコイチの角に再び跨ったのを確認すると、DDシリーズ2機と羽根2基に注意を払いながら問う。

 

「すまない。大丈夫か?」

(何とかね。言われた通り念壁張ったし。でも、やっぱ爆発をすぐ近くで見るのは心臓に悪い……)

「重ねてすまない。怪我は?」

(そっちは全然。アタシならあれくらい完全に防げるから)

「ならいいが……なら、引き続き盾役頼む」

(了解っ!)

 

 自分で告げた指示と、それに快活に答えた桜の声に、光秋の胸中に思い出した様に小さな罪悪感が湧く。

 

―……否、それに浸るのは後――だっ!―

 

 ビームを撃ちながら突撃してくる羽根を身を捻ってかわしながらその気持ちを隅に押しやると、光秋はツァーングの後ろに控えるナイガーを注視する。

 

―やっぱりこの羽根、厄介だな。ビームもそうだが、突撃じゃ念壁は効かないし、死角から迫られるのも。なら、本体を先に潰すしかっ―

 

 思うやナイガーに狙いを定め、正面からのビームを桜に防いでもらいながら距離を詰める。

 そんな中、左右から鋭い悪寒を感じる。

 

「!」

 

 咄嗟にそれから逃れる様に上昇すると、足元を羽根から放たれたビームが交差して行き過ぎていく。

 

―つくづく厄介だな……―「柏崎さん、正面のビームはいい。羽根の方を警戒して」

(でもそれじゃ――)

「見えてる分はかわすさっ」

 

 言うや光秋は弧を描く様に降下してナイガーへの接近を再開し、正面から迫るツァーングとナイガーのビーム砲を上下左右に動いてやり過ごしていく。

 死角から飛んでくる羽根のビームは桜がニコイチの周囲に張った念壁に阻まれ、背部や側面に霧散したビームが煌く。

 そうして瞬く間に2機の許に接近すると、光秋はツァーングの右脇腹に右蹴りを入れて距離を離し、その勢いのままにナイガーの懐に入ると、腹部の扉にレールガンの砲口を突き付ける。

 

「これでっ!」

 

 言いながら引き金を3回引き、電磁加速された弾丸3発が立て続けに至近距離からナイガーの腹部を叩く。

 しかし、

 

―やっぱり、ダメか……―

 

着弾の衝撃でナイガー本体を多少揺することはできたものの、肝心の腹部には目立った傷はなく、心のどこかに抱いていた悪い予想が的中したことに歯軋りする。

 その間にも、ナイガーは空いている左手を左肩から生えている棒に伸ばす。

 

―いかんっ!―

 

 ソレがビームの刀身を発生させる柄だと思い出すや、光秋は慌てて後退する。

 が、10メートルと進まない内に背後から強い悪寒を感じ、先程蹴り飛ばしたツァーングが左腕の装甲の先から3枚の(やいば)を伸ばして迫ってくるのに気付く。

 

―こっちもっ!?―

 

 その刃もビーム同様にニコイチの装甲を傷付けられるものだと思い出し、前と後ろからの挟み撃ちに、光秋は咄嗟にツァーングにキャノン砲を撃って爆発で動きを鈍らせた。

 もっとも、その一瞬の間にナイガーは柄を掴み、抜き放たれた先端から伸びた光の刀身がニコイチに振り下ろされる。

 

「!」

 

 反射的に左腕を前に出して本体を庇うと、光秋は数瞬後に迫りくる腕を焼かれる痛みに身構える。

 が、直後に地上からナイガーの右脇腹に徹甲弾が撃ち込まれ、破損こそしなかったものの斬り掛かろうとしていた体勢が崩れる。

 

「!」

 

 それを見るや光秋は腹部に蹴りを入れ、駄目押しとばかりに最後の榴弾も撃ち込んで距離を空けると、後ろから再度迫ってきたツァーングにも振り返りざまの回し蹴りを入れてこの場を離脱すると、低空飛行で徹甲弾が飛んできた辺りに移動し、眼下のビルの陰にキャノン砲を持ったゴーレム――デ・パルマ機を確認する。

 

「少佐っ!」

(ようっ。危機一髪だったな。流石の“デタラメ”も、同じ“デタラメ”相手じゃ分が悪いか?)

「えぇ、まぁ……」

 

 自身痛感していることを通信越しに言われて、光秋は苦い顔を浮かべる。

 

「とっ、そんな場合でなく……」

 

 気を取り直しながらデ・パルマ機の許に着地して同じビルに身を潜めると、弾がなくなったことを思い出して菫に通信を繋ぐ。

 

「菫さん、弾の補給頼む」

(また榴弾ですか?)

「あぁ」

(わかりましたっ……ただ……)

「?どうかしたか?」

 

 自信のなさそうな菫の声に、光秋はDDシリーズ2機への焦燥感を抱きながらも、努めて落ち着いて問う。

 

(光秋さ――加藤さんが今いる辺り……て言っても、私もニコイチの位置はだいたいしかわかんないんですけど……そこ、Eジャマーの効いてるとこみたいで……)

「あぁ……」

 

 菫の言いたいことを察して、光秋も表情を曇らせる。

 

「跳ばすのは難しいか?」

(頑張ればできなくも……ただ、やっぱり難しいというか……)

「と言ってもなぁ……」

 

 菫に応じつつ、光秋はビルの陰からDDシリーズ2機の様子を窺う。

 が、ここから見える範囲で2機の姿を確認することはできなかった。

 

「……少佐、この辺りのEジャマーを切ることってできますか?」

(何だ?)

「テレポートで弾の補給をしたくて」

(難しいだろうな。いくらも離れていない場所が激戦区の一部だ。超能力者相手のところを迂闊には切れん。といっても、羽根付きがちょっかい出した所為でNP、ZC共に退却ムードだけどな。だから俺もお前の援護に来れたわけなんだが……)

「……ありがとうございます」

 

 困った様子で状況説明するデ・パルマに、光秋は一応礼で応じる。

 

(切れないとなれば、Eジャマーの範囲外に移動するかだが……)

「さっきまでは高い所にいましたからね。だから範囲外ってことで問題なく跳ばしてもらえたんだろうけど……途中で確実に2機に見付かりますね」

 

 言わずもがなとわかっていながら言ったデ・パルマに、光秋は通信の向こうの苦い顔を想像しながら返す。

 

(それなら、アタシが範囲外まで行って取ってこようか?)

「いや、柏崎さんが動いても結局見付かるだろうな。それ以上に、DDシリーズの近くを一人生身で飛ぶのは危険だ」

 

 角の上からニコイチの頭部を見下ろす桜に応じると、光秋はふと気付く。

 

「……そうえいば、関大尉は?」

(あいつは激戦区の方だ。というか、あいつが残った敵の相手を引き受けてくれたから俺が来れたんだがな……)

「そうですか……」―少佐と大尉のコンビで援護してもらえれば、まだ何とかなると思ったんだけどなぁ…………―

 

 デ・パルマの返答に、甘い見通しを崩された光秋は胸中に落胆の声を溢す。

 刹那、

 

「!?」

 

そんな感傷を押し流す様に鋭い悪寒が正面から迫り、直後に向かいの曲がり角から現れたナイガーの羽根の1基がこちらに迫ってくるのを見る。

 そして自分と羽根との間には、デ・パルマ機が接近に気付くことなく佇んでいる。

 

「少佐っ!!」

 

 一瞬後に光秋はデ・パルマ機を右に押しやりながら羽根の射線から逃れるものの、刃の様に鋭い端部が背中を掠っていく。

 

「っ!柏崎さん、念壁!」

 

 背中の中心部――ニコイチでいえばNクラフトの辺り――に切り傷の様な痛みを覚えつつも指示を飛ばすと、上昇して上から迫る羽根に向き合う。

 ある程度まで上昇すると反転してビームを撃ってくる羽根に、光秋も桜の念壁に守られながら接近する。

 

「左に念を集中して。加速する!」

(了解っ!)

 

 桜の返事を聞くや、光秋は縦横に動きつつ左側を守られながら羽根に迫り、Nクラフトと同様の機構を備えた側面に左蹴りを入れる。

 渾身の一撃が効いたのか、撃ち過ぎて消耗したのか、蹴り飛ばされた羽根は体勢を立て直すでもなくゆらゆらと頼りなく浮遊する。

 

―もう少し粘れば、コレだけでも落とせる――活動停止に追い込めるか?―

 

 が、そんななけなしの希望を押し潰す様に、左右と下、そして特に上空と後ろから、強烈な悪寒を感じ取る。

 

「!」

 

 反射的に羽根が力なく漂うだけの前に避けると、一瞬後にニコイチがいた辺りを五条のビームが交錯し、後方に周囲に展開していた羽根を背中に回収するナイガーを、上空にビーム砲の砲口でこちらを追うツァーングを認める。

 

―結局見付かったかっ―「念壁、周囲に張って。正面からのは何とかする」

(了解っ)

 

 補給もままならない中で再び対峙してしたまったことに奥歯を噛みながら、光秋はナイガーの羽根を警戒した指示を桜に出し、威嚇にもならないであろうことを承知でレールガンの砲口をツァーングに向けてビーム砲から逃れようとする。

 その時、関の緊迫した声が通信に響く。

 

(少佐!加藤君も聞こえるかっ?撤退したNPの一部がそっちに向かった。消耗はしていると思うが、規模自体はかなり大きい。注意をっ!)

「!?」

(こんな時にっ!)

 

 報告に唖然とする光秋の気持ちを代弁する様に、桜は四方八方から迫るナイガーの羽根のビームを防ぎながら忌々しげに叫ぶ。

 光秋もニコイチを不規則に振りながらツァーングとナイガーからのビームをギリギリのところでかわし続け、気付けばEジャマーの影響外の高度まで上がっていた。

 

「こうなりゃ今更か……柏崎さん、念壁をニコイチの周囲に。あとレールガンをちょっと持っててっ」

 

 言うや桜の返事も待たずにレールガンを左手から離し、慌てた桜がソレを念力で受け止めたのを意識の端に見ながら菫に通信する。

 

「柿崎さん、Eジャマーから出た。弾をっ」

(はいっ!)

 

 言いながら外した空の弾倉をツァーングに投げ付け、直後に現れた弾倉を差し込んだ直後、

 

「!?」

 

未だビームを撃ち続けるツァーングとナイガーのさらに後ろから3つ目の強烈な悪寒を感じ、光秋の意思を拾ったモニターが2機の向こうの光景を映し出す。

 拡大映像の中に映し出されたのは、先程関が報告したものと思しきNPのメガボディや戦車などの一団と、それらを追う様に迫る2機目のナイガーだった。

 

「いよいよ3対1……?勘弁してくれよ…………」

 

 非情な現実を前に、怒りや憤りよりも呆れの声が漏れる。

 その間にもナイガーの援護射撃を受けたツァーングが刃を伸ばしながら迫り、光秋は桜に預けていたレールガンを受け取りながら変則的な羽根の攻撃を回避しつつ詰められそうな距離をどうにか一定に保とうとする。

 そんな時、こちらに迫るNPの一団――というよりもそれを追う2機目のナイガーに迫ろうとするデ・パルマ機が目に入る。

 

「!少佐、何を!?」

(もう1機の羽根付きの足を止める。ソイツ等は任せたぞっ)

「無茶ですよゴーレムで!」

(無茶も何も、合衆国製のメガボディが最終的に対峙すんのはDDシリーズなんだ。俺はただ自分の本分を果たすまでだよ。そもそもたかが足止めだ。頃合いを見て退散するさっ!)

 

 最後の方は笑い声で告げると、デ・パルマ機はキャノン砲を構えてナイガーへ向かっていく。

 

―それはそうでしょうけど……―

 

 心の中で応じつつツァーングの胸部に榴弾を当てて体勢を崩し、突っ込んできた羽根を蹴り飛ばしてこの場を離脱すると、光秋は迫りつつあるナイガーを拡大映像越しに確認する。

 放たれた2基の羽根は、あるいはビームを撃ってフラガラッハの腕を溶解させ、あるいは羽根そのものを突撃させて90式戦車の砲塔上面を切り裂き、一定時間飛行して本体に戻ると別の2基がまた飛んでいく。

 NPの方もフラガラッハの手持ちのマシンガンや手首の機銃、戦車砲やロケット弾などを撃って反撃するものの、空中を自在に動き回るナイガーにはろくに当たらず、当たっても多少揺さぶられる程度で損傷を生じさせることができないでいる。

 

「……」

 

 そんな理不尽なまでの差を見せ付ける相手の許に向かいつつあるデ・パルマ機を改めて見やり、逡巡したのも一瞬、光秋は桜に指示を出す。

 

「柏崎さん、少佐の援護に行け」

(はっ?バカ言うなよ!アタシが抜けたら、誰がビーム防ぐのさっ!)

 

 桜の怒りも尤もなことで、現に回避運動を行っている今もツァーングとナイガーから執拗なビーム攻撃が加わっており、それらを桜が念壁で防いでくれていることで保たせている状況だ。

 

「そうだが、ゴーレム1機でDDシリーズと戦わせるわけにもいかん……いかに少佐の腕が立っても、アレは別次元だ」

(今嫌って程思い知らされてるけどさっ!)

 

 それを解っている上で羽根の突撃をかわしながら言う光秋に、桜は背中から飛んできたビームを防ぎながら苦い顔を浮かべる。

 

「とにかく行けっ。こっちは何とかする!」

(あぁっもう!わかったよ!行けばいいんだろうっ!)

 

 急かす光秋にヤケクソに応じると、桜はニコイチの角から飛び立っていく。

 

(言ったからには何とかしろよな!アタシがいなくなってやられたなんて承知しないぞっ!)

「そのつもりだっ!」

 

 通信越しに桜に応じると、光秋は跳ねる様に急上昇しつつ近くの羽根にキャノン砲を撃って2機の注意を引き付ける。

 直後、ツァーングと2基の羽根の援護を受けたナイガーが左手に持ったビーム剣で斬り掛かってくる。

 

「!!……1本くらいくれないもんかねっ!」

 

 咄嗟に高度を上げて空振りしたナイガーの後頭部に左の踵を叩き込んで距離をとりながら、右肩から伸びたもう1本の柄を羨ましそうに見て思わず呟く。

 その間にも3方向からビームが迫り、念壁の守りを失った光秋は先程以上に俊敏な回避を行う。

 

「っ!」

 

 それでも、背後から飛んできた1発が左の脹脛を掠っていく。

 と、

 

(!加藤お前、どういうつもりだ!?)

「?」

 

デ・パルマの困惑した声が通信に響き、見るとデ・パルマ機の肩に辿り着いた桜が念壁によるビームの防御を始めている。

 

「あぁ。少佐の援護に向かわせました。念壁ならビームを防げ――」

(そんなことは訊いてない!すぐに戻せっ!)

(そんな言い方ないだろうオッサン!それよりアタシが防いでやるから早――うわっ!?)

「!?」

 

 焦った様なデ・パルマに目くじらを立てながらもビームを防ぐ桜だが、その寸前を高速で過ぎていく羽根を見て、光秋は回避運動の最中にありながら驚愕する。

 

(ほれ見ろっ!ゴーレムじゃ00と違ってアレに対処し切れな――!)

 

 言ったそばから反転して背後から迫ってきた羽根を寸前でかわすデ・パルマ機を見て、光秋は反射的な回避を続けながらも心中に愕然とする。

 

―ビームは念壁で防ぐ、DDシリーズそのものの直接攻撃は避けるなり受けるなりメガボディで対処する……それはあくまでも、()()()()()()()()()()()()()()()連携ってことなのか?僕は、桜さんを危険に晒したっていうのか…………!?―

 

 そう思う間にも羽根の1基はデ・パルマ機に執拗な突撃を続け、念壁では防げないこの攻撃にデ・パルマの紙一重の回避で守られている桜の姿に、光秋は血の気が一気に失せていくのを感じる。

 そんな時、

 

「!?」

(白犬ぅぅぅっ!!)

 

DDシリーズとも異質な悪寒を頭上に感じ、反射的に後退した直後、目の前をスピーカー越しに叫びながら爪付き――といっても3本爪の腕は既にないのだが――のヘラクレスが上から下へ猛スピードで行き過ぎていく。

 

「さっきの!?」

 

 既にこの辺りから撤退したと思っていた光秋は思わぬ、そして間の悪い再会に驚愕し、同時にイピクレスのそれに交換された右腕に剣が握られていることに気付く。

 

―まさか、斬り掛かろうとしたのか?自分もビームに巻き込まれるかもしれないっていうのに…………―

 

 未だこちらを射抜かんと八方から迫るビームに冷や汗をかきつつ、そんな中に自分を討つ為に自ら飛び込んだ爪付きの無謀とも蛮勇ともつかない行為に、思わず呆れと感心を五分五分に抱く。

 その間にも爪付きは両脚に内蔵された大型推進器を噴かして勢いを殺し、滞空したと思うや急上昇して再び斬り掛かってくる。

 

「!待って!今は人間同士で争ってる場合じゃないっ!コイツ等をなんとかしないと――」

(知るかぁっ!腕は高けぇって言っただろうがぁっ!!)

 

 外部スピーカーに乗せた呼び掛けも虚しく、間合いを詰めるや振り下ろし、振り上げ、横薙ぎと何度も振るってくる爪付きの剣を後退してやり過ごしながら、既にDDシリーズ2機で手一杯だった光秋はさらなる負担に苛立ちを抱く。

 その時、ニコイチと爪付きの間――というよりも爪付きに向けて地上からマシンガンの一連射が放たれ、爪付きは反射的に脚部推進器を前に突き出して急速後退する。

 

―マシンガン?関大尉か……?―

 

 付きまとっていた相手と距離が開けたことにほっとしたのも一瞬、銃撃が来た方向に顔を向けた光秋は、両手保持したマシンガンを空に――というよりも爪付きに――向けているフラガラッハを見付けて意表を突かれる。

 直後、フラガラッハのパイロットがスピーカー越しに告げる。

 

(超能力者とは目先の優先順位の判断もつかんのかっ!)

 

 多分な苛立ちを含んだ怒声を響かせるや、その単眼がこちらを捉え、光秋は反射的に身構える。

 が、

 

(白い犬、貴様と組むのは不本意だが、状況が状況だ。援護くらいはしてやる)

「!……協力してくれるんですかっ?」

 

これまた予想外の申し出に、思わず目を丸くする。

 その間にもフラガラッハは上空に向けてマシンガンを斉射し、傍らに寄って来た90式戦車も戦車砲を撃ってニコイチへの再接近を試みようとしている爪付きを牽制する。

 

(この黒い奴等を倒すまではな。周りの見えない“怪物”と違って、我々にはそのくらいの判断はできる)

 

 フラガラッハのパイロットの言葉に呼応する様に、後から来たナイガーの方でもデ・パルマを中心とした密な牽制が開始され、状況を見て自己判断したのか、桜がこちらに戻ってくる。

 

「…………っ」

 

 その光景に、未だDDシリーズへの有効打を与えられていない危機的状況であることを承知の上で、光秋は胸が熱くなるのを実感する。

 共通の敵を前に、逃げ切れぬことを悟った者たちがなし崩しに協力した。光景の根底にあるものがそんな打算であることも重々承知している。

 しかし、

 

―それでも、これだけの人が僕等に協力してくれたんだ。今はそれで充分じゃないか!―

 

自分でも呆れるくらい単純な受け取り方に自然と笑みを浮かべ、光秋は足止めをくらった爪付きから距離をとると再びツァーングとナイガーに対峙する。

 

―さて、また“お膳立て”してもらった以上、しっかりやらんとなっ!―

 

 胸の内にそう気合いを入れ直した直後、通信機から桜の声が響く。

 

(お待たせ!今合流する――)

「!後ろっ!」

 

 その最中、ナイガーの羽根の1基が桜の背後から迫り、光秋の叫びで気付くや反射的に手をかざして念壁を張る。

 勿論本人もそれで防げないことは理解しており、瞬く間に距離を詰めた羽根がその鋭利な先端で無防備な体を引き裂こうと迫る。

 

―桜さんがやられる?僕がデ・パルマ少佐の方へ行けって――()()()()()()()()()って命令したから?……僕の所為で?―

 

 1秒にも満たない時間にそんな思いが脳裏を駆けた刹那、光秋は身の内から湧いた言葉に自ら叫んで応じた。

 

「そんなこと……させるかぁぁぁっ!!」

 

 1カ月少々のぎこちない交流を通じて抱いた楽しさや気まずさ、憤りやこれからへの想い、それらが不可分に混ざり合った叫びは光秋の感覚を押し広げ、ついにはニコイチの節々のカバーを押し上げて露出した骨格から赤い燐光を噴き上げる。

 燐光を追い風にしたニコイチは羽根よりも数瞬早く桜の許に駆け寄り、左腕を前に出してその身を庇う。

 光秋自身も羽根の激突、その際の激痛に備えて左前腕に力を込め、それを引き写す様にニコイチの同じ箇所に燐光が集中すると、密集した光がニコイチの前腕程の直径を誇る円を形成し、腕を、ひいてはその後ろの桜を守る光の盾を形作る。

 直後に勢いのついた羽根がその盾に突撃し、コンクリート壁に当たった小石の如く明後日の方向へ弾き飛ばされていく。

 

(…………光……秋……?)

「よかった……無事だなっ」

 

 目と鼻の先で起こった瞬間的な出来事に呆気にとられながら、桜は頭部の角を引き伸ばしたニコイチの顔を見上げ、完全に同期したニコイチの視覚でそれを捉えた光秋は無傷な姿に安堵の声を漏らす。

 

「すまなかった、考えの浅い指示を――と、それは後だな!」

 

 デ・パルマの指摘以降ずっと胸の内に溜めていた言葉を告げようとした矢先、普段以上に敏感になった感知機能が上空から迫る悪寒を捉え、そこに向けて突き出した左腕、その前に張られた燐光の盾をツァーングのビームが叩き、盾に触れた光弾は念壁の時の様に霧散する。

 

―やっぱり!行けるぞっ!―

 

 その光景に、ナイガーと初めて交戦した際にビーム剣を同じような――しかし今ほど洗練されていない――方法で防いだことを思い出し、光秋の中にようやく活路を見出した手応えが生まれる。

 

「桜さん!乗れっ!」

(えっ?ちょっ!?)

 

 言いながら光秋は手首で桜を押しやり、再び角に跨ったのを確認すると、光の盾で迫りくるビームを防ぎながらツァーングに肉迫する。

 

「!」

 

 懐に入るや腹部の扉に右蹴りを叩き込み、背後に回り込んだ羽根を悪寒だけを頼りにキャノン砲で撃つ。

 命中した榴弾の爆発に煽られて明後日の方へ飛んでいくビームを視界の端に捉えると、バランスを崩しているツァーングを蹴って羽根の側面に接近し、高々と上げた左足、その踵に力が籠っていく様を思い描くと、それに合わせる様に左足、特に踵に燐光が集中する。

 

「あさぁっ!」

 

 自身思いの丈を表す様に気合いを上げ、一杯に上げた踵を振り下ろすと、光るハンマーと化した一撃は羽根を煎餅(せんべい)の様に真っ二つに叩き割る。

 

「まず羽根1()っ!」

(凄げぇ…………)

 

 落ちていく羽根の残骸を見て手応えが強まるのを感じながら光秋は叫び、角の上の桜は口を力なく開けて小さく溢す。

 直後に背後から迫ってきたツァーングの左手首の刃を右に避け、そのまま振り返る勢いで右脇腹に燐光を纏った左回し蹴りを叩き込むと、ツァーングの装甲に僅かだがヒビが入るのを見る。

 

―行けるっ!このまま押し込んで――!―

 

 やっと与えることができた明確な損傷に気を昂らせ、さらに追撃を行おうとした刹那、左右から悪寒を感じた光秋は反射的に両腕を上げ、それぞれに張られた光の盾が羽根からのビームを防ぐ。

 が、その数瞬の間にツァーングは体勢を立て直してしまう。

 

―!前と、また左右かっ!―

 

 目の前に再び刃を突き入れようとするツァーングを認める一方、左右に付いた羽根からも再びビームの発射を感知し、3方向からの致命的な攻撃と、3つ全てを防ぎ切るには力が足りないという直感に、光秋はつい迷い、硬直してしまう。

 が、

 

(ビームはアタシがっ!)

「!!」

 

刹那に響いた桜の声に、咄嗟に両腕を正面で交差させ、腕ごとに集まっていた燐光を一つに集約させてニコイチの上半身に達する程の巨大な盾を形成する。

 直後に3方から攻撃が迫り、左右のビームは桜の念壁が掻き消し、正面から来たツァーングの刃は光の大盾に阻まれて止まる。

 

「っ!」

 

 それでも尚ツァーングは刃を突き入れようと前進を試み、光秋もそれ以上の接近を阻もうと交差させた両腕に更なる力を込める。

 それに比例する様に大盾もその輝きを増し、ツァーングの刃が微かに押されていく。

 そして、

 

「!」

 

迫ろうとする刃を押しやる様に光秋は交差させていた両腕を前に押し出し、合わせて前進した大盾がツァーングを突き飛ばすと、バランスを崩して無防備になった腹部、その扉に燐光を纏った右跳び蹴りを入れる。

 

「あさぁっ!」

 

 気合いを伴って放たれた蹴りは腹部を貫き、すぐに脚を引き抜くと同時に、機能を停止したツァーングが糸が切れた様に地上へ落ちていく。

 

「ようやく1()っ!!」

 

 その光景に僅かな疲労が混ざった歓喜を上げたのも束の間、2機のナイガーがそれぞれの羽根を2基ずつ放ちながら迫ってくる。

 が、すぐに内1機――羽根が3基しかない方――は地上からの弾雨に捕まり、先程よりも苛烈化した攻撃への対応に手一杯になってしまう。

 

―NPの人たちと……!鎮圧に出ていた部隊も合流したのか!―

 

 弾雨に捕まらなかったもう1機のナイガーからのビームを避け、あるいは死角から来る羽根のビームを桜に防いでもらいながら状況を確認した光秋は、もう1機のゴーレムを筆頭とした増援の姿と、ナイガーを確かに抑えてくれている光景に、今まで以上の頼もしさを感じる。

 

―ならば、僕はコイツに専念するまでだっ!―

 

 現状における自分の役割を明確に自覚するや、縦横に動いてナイガーからのビームをかわしつつ、少しずつ間合いを詰めていく。

 相手もそれがわかってか、より変則的な、それでいて密な羽根の射撃を続けるものの、

 

「桜さんっ!」

(任せろっ!!)

 

それらは全て桜の念壁に遮られてニコイチに届くことはなく、迂闊に近付けばニコイチの攻撃で撃墜されることを警戒してか突撃もしてこない。

 

(へへっ、何だろう?さっきから後ろに目が付いてるみたいに、羽根がどっから来るのかわかるよ……)

 

 角の上の桜が頼もしくも少し気味悪そうに呟く間にも、光秋はナイガーとの間合いを縮め、あと一足跳びといった所まで来ると右脚に意識を集中させ、同時にニコイチの右脚も燐光に覆われていく。

 そして、

 

―今っ!―

 

充分に間合いを詰めた刹那、光秋は輝く右脚を伸ばしてナイガーに突撃をかける。

 が、

 

(俺を忘れてんじゃなねぇよっ!!)

「っ!?」

 

直後に左から斬り掛かってきた爪付きに、意識の殆どをナイガー本体と羽根に割いていた光秋は完全に不意を突かれ、反射的に右に避けて後退してしまう。

 

―!しまったっ―

 

 同時にナイガーも放っていた羽根を回収して急速に距離を空け、離れていく黒い影に内心舌打ちする。

 

(悪い、逃し――!)

「少佐っ?」

 

 直後に入ったデ・パルマの通信の不自然な途切れに、光秋は地上を見回し、爪付きと共に撤退したと思っていた別のヘラクレスが、上空からナイガーを牽制している一団に両手に1挺ずつ持ったマシンガンの掃射を加えているのを見る。デ・パルマ機をはじめとした一団の一部がそれに巻き込まれ、防御や回避で手一杯になっているようだ。

 

「!」

 

 それを隙と見たらしいナイガーも羽根による射撃をデ・パルマたちに加え、ビームに炙られていくメガボディや車両たちに光秋はその許に向かおうとする。

 が、

 

「!またかっ!!」

 

すぐにさっきまで相手していたナイガーからの射撃に捕まり、さらには爪付きの斬り掛かりも加わって、その場に足止めされてしまう。

 先程スピーカー越しに話したフラガラッハがマシンガンによる援護射撃を行うものの、高速で飛び回る2機にはなかなか当たらず、ナイガーが差し向けた羽根の1基に逃げ惑うことになる。

 

―えぇいっ!―

 

 一時は自分たちの側にあった“流れ”が崩れつつあることに苛立ちながら、光秋は何度目かの接近をかけてきた爪付きの一振りを薄っすら燐光を纏った右腕で受け止め、外部スピーカー越しに怒鳴り声を上げる。

 

「いい加減にしてくれ!今貴方たちと争ってる場合じゃないんだっ!早く残りのDDシリーズを倒さないと、ここにいる全員死ぬことになるかもしれないんだぞっ!!」

(だから知るかってんだよっ!!)

 

 爪付きの方も負けず劣らずな声で怒鳴り返しながら、ニコイチの右腕にさらに剣を押し付けてくる。

 その時、

 

(南!いい加減にしろっ!)

(「!?」)

 

拡声器を介した怒声が響いたかと思うや、絡み合う2機の間にマシンガンの一連射が放たれ、両者は慌てて後退する。

 

「アレは……アレもヘラクレス、なのか?」

 

 射撃が来た方向に顔を向けた光秋は、そこに浮かぶまたも見慣れぬ機影に、爪付きの時程ではないが判断に迷う。

 ヘラクレスと、その低レベル、もしくは攻撃向きでない超能力者仕様たるイピクレスとの境界が未だ判らないものの、宙に浮いていることからおそらく前者ということなのだろう。が、プレーンな状態では露出している肩や腰の接合部、そして左腕部全体とコクピットを収めた胸部周りに装甲版を増加した防御に重点が置かれた外見は、ヘラクレスとイピクレスの中間といった印象を抱かせてくる。

 右前腕部には機銃が、両脹脛の側面には3連装ミサイルランチャーが1基ずつ装備され、右手に握ったマシンガンの砲口は未だこちらに向けられている。

 

―どっちにしろ、ZCの増援ってことだよな?なのに何であんなタイミングで撃ったんだ?―

 

 一歩間違えれば同士討ちになりかねない射撃に疑問を抱いたのも一瞬、新参のヘラクレスはマシンガンの口をやや上に向け、ニコイチに迫っていた羽根を牽制しながらスピーカー越しに呼び掛けてくる。

 

(援護する。行けっ!)

「?……協力してくれるんですか!?」

 

 一方的に告げられたまたも予想外の言葉に、先程の疑問もまだ解消されていない光秋はフラガラッハの時以上に困惑する。

 しかしナイガーからの絶え間ない攻撃にゆっくり考える余裕はなく、やむなく四方から来るビームを回避、あるいは桜に防いでもらいながら半分鎧を纏った様なヘラクレスに接近し、互いに背を向けてナイガーからの攻撃を警戒しつつスピーカー越しに問い掛ける。

 

「申し出はありがたいのですが、これだけははっきりさせておきたい。先程の攻撃は何です?危うく同士討ちでしたが」

(手荒い仲裁になってしまったことは素直に詫びる。こうでもしないと、あの聞かん坊は止まらんのでな)

 

 言いながら、半鎧(はんよろい)は2機のプレーン・ヘラクレスに剣を没収されて押さえられた爪付きを頭部の単眼で一見する。

 さらに周囲を見渡せば、デ・パルマたちを攻撃していたもう1機のヘラクレスも同じくプレーン2機に拘束されており、ナイガーへの牽制にはイピクレスが何機か加わっている。

 

(その上で、我々は黒い奴等撃退の為に、貴官を援護する)

「…………了解っ」

 

 念を押す様に続けた半鎧に、周囲の状況から光秋は首肯を返し、それっきり目の前のナイガーに意識を集中する。

 

(黒い奴と戦ってる最中にも仕掛けてきた奴の仲間だよ、いいの?)

「正直、いろいろ引っ掛かるものはあるがな。危ない人たちを取り押さえて、攻撃にも協力してくれた。少なくともこの半鎧の人とそのグループらしき人たちは、今に限っては信じていいだろう」

 

 不安そうに訊いてくる桜に通信を介して胸の内を伝えた直後、光秋は頭上に悪寒を感じ、一瞬後に飛来した羽根のビームが直前に張られた桜の念壁に当たって散る。

 

―つくづく僕の感じ方に合わせてくれるな、桜さんっ―

 

 先程から自分が感知した危険を的確に防いでくれる桜に改めて舌を巻きながら、光秋は散発的にビームを撃って不規則に移動し続けているナイガーを目で追い、背後の半鎧を一見する。

 

―加えて、敵さんたちに仕切り直させてもらったんだから……少しは決めないとなっ!―

 

 胸中に叫ぶや、微かに動きが鈍ったナイガーへ突進する。

 直後に放たれたビームを桜がニコイチの胸部の一点に正確に張った念壁で防いでもらいながら更に距離を詰め、懐に入るやナイガーが肩から抜いたビーム剣を振り下ろすより先に腰に引いた右脚を勢いよく突き出す。

 

「あさぁっ!」

 

 気合いと共に放たれた燐光を纏った右蹴りはナイガーの腹部の扉を貫き、腕一杯に掲げられたビーム剣の刀身が消えると同時に黒い細身は地上へと落ちていく。

 放たれていた2基の羽根も親機の後を追う様に力無く地上へ落下し、ついにナイガーただ1機となる。

 

―よしっ!このまま――!?―

 

 勢いに乗って最後の1機を畳み掛けようと振り返ったその時、光秋は押さえ込んでいた2機のヘラクレスの腕を念力で圧し折って抜け出た爪付きが剣を奪い返してこちらに突っ込んでくるのを目撃する。

 

(白犬ぅぅぅ!!)

「いい加減にしろぉ!」

 

 スピーカー越しに絶叫しながら迫る爪付きに逃れられないと直感するや、いよいよ忍耐の限界が近付いていた光秋も腹の底から怒声を発しながらキャノン砲を向け、剣を大きく掲げた右腕目掛けて1発撃つ。

 が、放たれた砲弾は腕の前に張られた念壁に防がれ、爆発で爪付きの速度を多少殺いだ程度に終わる。

 

「ならっ!」

 

 途端に光秋は左手のレールガンを向け、見る見る大きくなってくる爪付き、その右腕に狙いを定めて撃つ。

 電磁加速された徹甲弾はニコイチの感知機能と完全同期した光秋の狙いに従って吸い込まれる様に進み、キャノン砲の時同様に念壁に接触する。

 刹那、

 

(何っ!?)

 

一瞬の拮抗の後、念壁を貫いた徹甲弾は爪付きの右前腕を砕き、剣を握ったままの右手が細かな破片に混じって落ちていく。

 

(っの野郎ォォォ!!)

「だからいい加減に……」

 

 武器を失っても爪付きは機体正面に念壁を濃厚に張って尚も突撃を続け、それを見た光秋はキャノン砲を上に放ると、空いた右手を握り締め、燐光が集中する拳を腰に引く。

 そして、

 

「しろって言ってんだろうがァァァ!!」

 

爪付きが自分の間合いに入った瞬間、高度を下げつつ身を屈めた光秋は突撃をかわし、先程以上の怒声を叫びながら輝く右拳を爪付きの腰部に叩き込む。

 念壁を無視した拳は止まることなく本体に達してその身を粉砕し、腰から下――主推力たる2基の大型推進器を失った爪付きが背後へと不安定な軌道を描きながら過ぎていく。

 

(ほい)

「ありがとう」

 

 その様子を横目で追いながら、光秋は右手に集まっていた燐光を散らして、桜が念力で持ってくれていたキャノン砲を受け取り、再び爪付きが攻めてくる気配がないと見るや改めて最後のナイガーの許へ向かおうとする。

 が、ナイガーはすでに本体と4基の羽根、合わせて5基のNクラフトを噴かして戦域を離れ、そのまま進行方向に開いた赤い穴へと撤退した。

 

―逃げた……が、とりあえず終わったか…………―

 

 取り逃がしてしまったことを悔いたのも数秒、脅威が去ったことに光秋はひとまず安堵し、それを表す様にニコイチの輝きも治まり、節々のカバーも閉じていく。

 その時、

 

「!」

 

ニコイチが通常の状態に戻るのを待っていたかの様なタイミングで地上から悪寒が迫り、反射的に前に出した左腕に榴弾が命中して視界が黒煙に覆われる。

 

「桜さん、無事か?」

(アタシは大丈夫だけど……?)

 

 困惑した桜の返事を聞きながら腕で黒煙を払うと、援護を申し出てくれたフラガラッハが砲塔をこちらに合わせた90式を伴って本土側へ駆けて行くのが目に入り、直後にスピーカー越しの声が届く。

 

(赤坂での借りは次に返す)

「赤坂って……!あの人、迎賓館襲撃に参加してた人か!」―そういえば、あの声……―

 

 捨て台詞に相手のことを察すると同時に、迎賓館で取っ組み合いを演じたフラガラッハのパイロットと声色が似ていることに気付いた光秋は、ペダルを踏んで追撃を試みる。

 が、

 

「っ!!」

 

進もうとした矢先に強烈な頭痛が襲い、動きが鈍ったところに再び戦車砲を撃たれて慌てて防いでいる間に、フラガラッハと90式は遠くに逃げてしまう。

 

「…………」

 

 周りを見渡せば何処も似たようなもので、ZC側も半鎧を筆頭に半壊した爪付きやその相方を引き摺る様に海岸側へ移動し、三々五々にまとまってテレポートで跳んでしまう。

 

「こっちも逃げられた……か…………」

 

 未だ鈍痛が残る頭に手を添えながら呟くと、光秋はひとまず鎮圧部隊の許へ降下する。

 と、ニコイチのハッチの上に下りた桜が、頭部越しにこちらを窺いながら声を掛けてくる。

 

(ねぇ、ちょっと開けて)

「あぁ」

 

 応じると、光秋は開閉ボタンを押して桜をコクピットに招く。

 

「…………」

 その一連の動作の間にも、光秋は先程感じた頭痛に顔を歪め、少しでも和らげようと頭を撫でる。

 

―秋田からだいたい3カ月ぶりか…………最初の頃に比べたらずっとマシになってるんだろうが、やっぱり赤くなると後がキツイな…………―

 

 そう思っている間に桜が床に足を着けるのを見ると、光秋はハッチを閉める。

 と、傍らに降り立った桜は不安そうな顔をこちらに向けてくる。

 

「どうかしたか?」

「こっちの台詞だっての。光るのやめてから具合悪そうだけど、大丈夫なの?」

「…………まぁ、なんとかな。これくらいなら、少し休めば回復すると思うけど…………」―果たして、その時間はあるのか…………?―

 

 思わず出かかった不安をどうにか呑み込むと、光秋は未だ警戒厳となすといった様子の鎮圧部隊、その隅の方に並んで佇むデ・パルマ機と関機のそばに降り立つ。

 

(ようっ、御犬様!やったな)

(DDシリーズを一度に2機撃墜、とんだ戦果だっ)

「いえ、みなさんの協力のお陰です。みなさんが他の機を足止めしたり、援護したりしてくれたから得られた結果ですよ。それこそ僕一人で対処してたら、どうなってたか…………」

 

 幾度も自分の脇を掠っていくビームを思い出し、それによって装甲の所々に刻まれた痕に鳥肌を立てながら、光秋は傍らの桜を見やる。

 

「特に桜さんには大感謝だな。君が念壁でビームから守ってくれなければ、今頃蒸発してたかも」

「冗談の顔で言うことかよ…………」

 

 意識してやってみたことが思いの外上手くいったらしい。怪訝な顔をする桜に、光秋はあながち冗談でもない恐怖を誤魔化せた自分に内心拍手を送る。

 

「お二人も無事……とはいかないでしょうが、とにかくなによりです」

 

 掛けるべき言葉を迷いながら、光秋はデ・パルマと関のゴーレムを改めて見回す。

 ZCやNPとの交戦で負った凹みや欠けにはじまり、ナイガーの羽根が掠ったできた深めの切り傷、至近距離を通過したビームの熱に炙られてできた爛れ、そうした損傷が全身隈なく付いた両機に痛々しさを覚える一方、それでも基本的な稼働には問題がない域に抑えてどちらも欠けることなくここに立っている事実に、改めて2人の技量を思い知る。

 

(ま、お陰様でな。もっとも、これ以上は流石にキツイからな。事後処理、例えば逃げ遅れた住人やら残敵やらの捜索は他のとこに任せて、一度本土側まで戻ろうかって話してたとこだ)

「確かに、そうした方がいいかもしれませんね…………それ、僕も一緒に行かせてください」

 

 ボロボロのゴーレムを再度見てデ・パルマの言葉に相槌を打ちながら、自分の状態を顧みた光秋はそれについて行くことにする。

 

―正直、さっきからの頭痛が敵わん。次戦闘にでもなったら、どんな小規模でもちゃんと対処できるか自信ないからな…………いや、でも……―

 

 そこまで考えた時、あることが脳裏に浮かんで判断に迷いが生じる。

 

「あ、でも、NP、ZC両方撤退したなら、残りは逃げ遅れた残敵ですよね。それなら最後までいた方が――」

(いいや、僕たちと一緒に行こう)

「……」

 

 関の思った以上に強い語調の反論に、光秋はつい面喰う。

 

(残敵と言って侮ってはいけない。寧ろ追い詰められている分、何をするか予想がつかないから怖い。そんなのに疲労状態で当たったら…………)

「……窮鼠(きゅうそ)猫を嚙む、ですか……わかりました」

 

 戒める様な関の言葉に、光秋は袖下の両腕を微かに粟立てながら素直に頷く。

 

「その前に、連絡をとりたい相手がいるので少し待ってください」

(おう。俺もその間に本隊の方に一報入れとく)

(じゃあ、僕はここの指揮官に一言)

 

 デ・パルマと関の返答を聞くと、光秋は左耳の通信機を藤岡主任に繋ぐ。

 

「藤岡主任、加藤です」

(何だ?)

「NPとZC、あと一応乱入してきたDDシリーズの撃退が終わりました。ただ、こちらの消耗も激しいので、一度本土まで後退します」

(わかった。ならそこで落ち合おう)

「了解」

 

 応じると、光秋は桜を見る。

 

「というわけで、一度退くぞ」

「りょーかい。ならアタシは角んとこいるよ。途中で何かと出くわした時、その方がすぐに動けるし」

「悪いな。もうひと頑張り頼む。EJCの電源は?」

「まだ大丈夫だよ」

 

 桜の返答を聞くと、光秋はハッチを開けて桜を額の角へ向かわせる。

 

(よし、こっちはいいぞ)

(こちらも。ケガ人の護衛も頼むとのことです)

 

 デ・パルマたちの方もちょうど終わったらしく、それぞれ武器を構え直したゴーレム2機と、角に桜を乗せたニコイチ、負傷者を乗せた数台の車両が、各々身を寄せながら本土側へと歩き出す。

 

―…………そういえば、春菜さんは無事なんだろうか?落ち着いたら、誰かに訊いてみるか…………―

 

 結局状況の只中にいてはわからなかった懸案に、光秋はニコイチの歩を進ませながら小さく決意する。


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