執筆中に突然ルビがふれなくなるという状態になり吃驚(びっくり)。
ですが、何とか書き上げました!
では、追憶 Ⅱ 罅(ひび)
どうぞ!!
「一夏ーっ!一緒に帰ろ!」
「おう!ちょっと待ってろ」
鈴と友達になってからそろそろ一年。鈴は日本語も普通に話せるようになって、俺のことも「君」付けで呼ばなくなっていた。最初は少しむず痒い感じはあったけど、俺はそれ以上に、鈴が心を開いてくれていることが嬉しかった。
「あれ?織斑君、今日掃除当番じゃなかったっけ?」
「え?…あ、本当だ」
クラスの委員長、
「悪い、鈴。俺、今日掃除当番だから…」
鈴を待たせるのも悪いと思って、断ろうとしたんだが…
「…あたしも手伝う。それなら、早く終わるでしょ?」
と、言ってきた。
「そりゃ、正直ありがたいが…いいのか?遅くなるぞ?」
「いーの!一人で帰ってもつまんないもん」
「だったら、弾たちと帰れば―――」
「今日は店の手伝いだからってもう帰った」
「だったら三枝さんと―――」
「もー!いいの!あたしが残りたいから残るの!」
そう言って、鈴は用具入れから箒を二つ取り出した。
「…もう、しょうがないなぁ」
「三枝さん?」
すると、帰り支度をしていた三枝さんは、ため息をついてランドセルを机に置くと、用具入れからもう一つ箒とちりとりを取り出した。
「私も手伝ってあげる。二人より三人、でしょ?」
「いいのか?」
「どうせ家に帰ってもすることないし、大事な親友のためだもの。タダ働き上等じゃない」
そう言って、眼鏡をかちりとあげる三枝さん。親友、か。その言葉は俺に向けてか、鈴に向けてか……多分、どっちもだろうな。
三枝さんは、鈴の少ない女子の友達だ。今でこそ無くなったけど、まだ鈴が馴染めずにいた頃は率先してよく鈴と一緒に行動してくれてた。体育とか、男女別だろ?ああいうの。
ともかくまあ、みんなに好かれるイケメンだったんだよ、三枝さんは。女だけど。
「ありがと、遥!」
鈴も嬉しそうだ。うむうむ、仲良きことは素晴らしきかな。
「…織斑君、今ジジ臭いこと考えてたでしょ」
「考えてたね」
…因みに、俺の考えることはよくバレる。この二人…あと五反田兄妹には特に。何でだろうね。
「ま、まあさっさと終わらせちまおうぜ」
と、いうわけで少し脱線しちまったけど掃除を始めた俺たちは、いつもなら一時間はかかる掃除を二十分で終えることができた。
「「「失礼しました」」」
掃除を終えた俺たちは、教室の鍵を返すために職員室に寄った後、下駄箱に向かっていた。
「鈴と三枝さんのおかげで早く終わったよ。サンキュ」
「別に。あたしが勝手に残っただけだし」
「鈴に同じ。後、さんはいらない」
三枝さんは、「さん」付けが嫌いらしい。でも、何か慣れないんだよなぁ、三枝…って。
「でも、この三人で帰るのって久しぶりだな」
「そういえば、そうだっけ」
鈴が加わってから、普段は五反田兄妹を入れた五人で行動するのが当たり前になってたからな。いっつも五人でバカやって……こんな楽しい日々が、これからもずっと続いていくんだろうな。
―――――なんて、あの頃は本気でそう信じてた。そんな根拠、どこにもないのにさ。
「あ……」
―――――そう、どこにもないんだ。だって、俺たちの…俺たち五人の日々は、こんなに小さな……鈴のもらした声で、崩れ始めたんだから。
「鈴、どうか―――」
したのか―――とは、言えなかった。いや…言う必要がなかった。何故なら―――
「靴が無い……」
そう、靴が無かった。俺のじゃなくて、鈴の靴が。
「どうしたの?」
靴を履きかえた三枝さんが俺たちの様子を見に来た。そして、鈴の空の下駄箱を見て、愕然とした。
「何これ…まさか…!」
この状況を纏めると、俺は…いや、多分三枝さんも同じ可能性に行き着いただろう。
いじめ。
でも、何で鈴が…確かに、転校したての頃はあったけど、何で今更…
「…きっと、誰かが間違えて履いていったんだよ」
「そんなっ!」
そんな訳ない。そう言うつもりが、俺は言えなかった。
鈴の表情が、一瞬だけどあの頃の―――――転校してきたばかりの頃の表情と被ったから。
寂しそうな、あの表情と。
その表情を見て、俺は胸が握りつぶされたような、そんな苦しさを感じた。
「……っ!」
だから、俺は―――
「え…」
鈴に背中を向けて、ひざを折った。
「おぶされよ。家まで運んでやる」
「で、でも…」
「鈴!!」
未だ遠慮する鈴を、俺は思いっきり怒鳴りつけた。背中を向けてるから顔は見えないけど、多分、びっくりして泣きそうな顔してると思う。最低だよな……女の子を泣かせるなんて。千冬姉にバレたら殺されちまうかな。でも…それでも!!
「俺が守ってやる!!」
「ぇ……?」
「辛いことは我慢しなくたっていい、泣きたかったら泣いていい!」
…ああ、俺今すっげえ恥ずかしいこと言ってる。顔がすげえ熱い。けど…
「だから、頼れよ!三枝さんを!弾や蘭を!俺を!お前はもう、一人じゃないだろ!!」
「ぁ……」
「織斑君…」
あの日、友達になろうと言った日から、俺が鈴にずっと伝えたかったこと。俺が鈴に、本当にしてやりたかったこと……ようやく分かった。
「俺に、お前の笑顔を守らせてくれよ」
俺は、鈴を守りたかったんだ。カッコいい王子にも
しばらくして、後ろから小さな嗚咽が聞こえてきた。それを励ます、三枝さんの声も。でも…後ろは見なかった。
そして五分位たって、俺は鈴をおぶってから、帰路についた。
「ねぇ…一夏…」
「何だ、鈴」
「…ありがとね」
帰り道。その言葉だけが、耳に残った。消え入りそうなくらい小さな声だったけど、首筋が少しくすぐったくて、確かな温かさを感じた。それだけで、俺は十分だった。
「わざわざありがとね。一夏君、遥ちゃん」
「いえ、鈴によろしく言っといてください。失礼します、おばさん」
「失礼します」
俺と三枝さんは、いつの間にか眠っていた鈴をおばさんに任せて、鈴の家を後にした。
靴が無いのは、「学校で遊んでたら汚れて、そのまま置いてきた」って伝えた。不審がられたかもしれないけど、とりあえずはこれでいい。
さてと。
「三枝さん、確か携帯持ってたよな?」
「持ってるけど、どうするの?後、さんはいらない」
「ちょっと貸してくれない?」
「まあ、いいけど…」
そう言って、俺は三枝さんから携帯を受け取ると、そのボタンを押してコールした。
『はい、織斑です』
宛先は、勝手知ったる自宅だ。時間は五時を少し回った頃。案の定、帰宅したばかりの千冬姉がいた。
「俺だよ、千冬姉」
『む、一夏か。わざわざ電話してくるとは、何かあったのか?』
「うん。…千冬姉、今日、ちょっと帰りが遅くなるかもしれない」
『………』
携帯の向こうで千冬姉が黙る。
『…一夏、私はお前に六時が門限だと伝えたはずだな?』
「うん」
『それを破ればどうなるか…忘れた訳ではなかろう?』
「…うん」
忘れる訳無い。気絶するくらい強烈なげんこつなんて生まれて初めてくらった。
『それを知っていて尚、帰れないほど大事なことがあるのか?』
「…うん。どうしても、俺がやらなくちゃいけないんだ」
『……』
また千冬姉が黙った。やっぱおこられるかな…と思ってたら、携帯の向こうで千冬姉の溜息が聞こえた。
『…分かった、気をつけて帰ってこい。食事は私が用意しておこう』
「千冬姉!」
『帰ったら覚悟しておけよ?』
「やっぱりすんのかよ!!」
…まあ、何はともあれ許可はもらえた。通話を終了して、携帯を三枝さんに返す。さて…
「どこに行く気?」
踵を返したところで、三枝さんに呼び止められる。
「鈴の靴、探しに行く」
どうせごまかしても無駄だ。俺は、素直に白状した。
「…本当にもう、織斑君は……」
三枝さんは呆れ顔で溜息をついた。
「私も行くわ。人数は多いほうがいいでしょ」
「何言ってんだ。三枝さんは女の子なんだから、夜に出歩いたら危ねーだろ?」
「…あら?そういう気遣いできるんだ。ちょっと意外」
「うるせーやい」
さすがにその位の気遣いはできる。それに…
「それに、これは俺がやらなきゃいけないんだ」
あいつの笑顔を守ると誓ったから。
「……分かった。けど、補導とかされないでよ?」
「ああ、約束する」
じゃあね、と手を振る三枝さんに見送られ、俺は学校へと向かうために走り出した。
薄暗くなってからの学校は不気味だ。できれば近寄りたくないもんだけど、そうも言ってられない。
「探さなきゃな」
鈴の言うとおり、間違えられただけならそれでいい。でも、もし本当にいじめだとしたら…
そう考えるだけで俺はいてもたってもいられず、それらしい場所を探し始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
空が暗くなってきた。今何時だろ…八時位か?
あれから、学校内のごみ箱、校舎裏、ごみ捨て場…学校の外もけっこう探してみたけど、靴らしいものはなかった。
「やっぱり、ただの思い過ごしか…」
そう思った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。でも…同時に安心した。それは、ずっと考えていた最善の結果だったから。
「ぅわっ!?」
気が抜けた状態で学校の裏あたりを歩いてたら、今まで気づかなかった溝に足を滑らせちまった。
「いつつ…」
服は少し汚れちまったけど、幸い怪我も無いし、まあいいか。そう思って立ち上がろうとした俺は―――――そこで何かを見つけた。
やめろ。見るな。頭が、心が、本能が叫ぶ。警告してくる。
けど、その何かを拾い上げた時、俺は、それから目を離せなかった。
嘘であってほしかった。
間違いであってほしかった。
「そんな…」
暗闇の中でもはっきりと見えたそれは、紛れもなく……今朝、鈴が履いていたはずの靴――――その泥だらけになった、無残な代物だった。
疑惑は、確信に変わってしまった。
オリキャラ、三枝さんの登場です。
詳しい設定は追憶が終了した後に改めて掲載いたしますので、しばしお待ちをば。