IS~白き隻眼~   作:鈴ー風

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前回、次は早めに投稿すると言ったな?あれは嘘だ。
……すいません、すいません。マジすいません。結構時間かかりました。反省します。
さて、今回は一夏が頑張ります。そして、あの人も出ます!ちょっとだけど!あと、長いです!八千字越えました!
オリジナル展開第二段です!どうぞ!


第八話 覚悟

 彼女……更織(さらしき)(かんざし)が整備室を出ていった後。当然話など出来るわけもなく、一人部屋へと帰ってきた。そこで、まだ晩飯を食べていないことを思い出して食堂へ向かい。

 

「………」

「………」

 

 食堂の入り口で、セシリア・オルコットとはち会わせていた。なぜにこうまで会ってしまうのか。俺は別にいいんだが、対するセシリアはこめかみに青筋が立つほどご立腹らしい。

 

「……ふんっ!」

 

 そして、いつものようにそっぽを向いて行ってしまった。何なんだ、一体……あれか?逃げるほどに引き合う的な感じか?いや、俺逃げてねえし。

 

「あ、織斑君!」

 

 ふと声をかけられた方を向くと、まさに食べ終わったらしい遥が手を振っていた。

 

「ああ、手伝い終わったのか?」

「まあねー疲れたけど。で、織斑君の方は?」

「……え、あーその……」

 

 爽やかな笑顔の遥に、俺は苦笑いで返す。あの状況を一体どう伝えればいいのやら……

 

「なあ、今からちょっといいか?」

「いいけど……織斑君、ご飯これから?」

「ああ、そうだぞ」

 

 とりあえず、話すにしてもまずは何か食いたい。そろそろ腹が自己主張を始めそうだ。

 

「じゃあ私が頼んできてあげるよ!何がいい?」

「お、すまん助かる。日替わり定食で頼む」

「おっけー!」

 

 そう言うと、遥はおばちゃんの所に行ってしまったので、俺は適当な席を探して座って待つ。すると、暫くして遥がトレイを持って戻ってきた。……二つ持って。

 成る程、俺の分も頼んでくれた訳が分かった。

 

「おまたせ~」

 

 俺の目の前に置かれた日替わり定食と、遥の前に置かれたのは超ボリュームのメガ牛丼だった。量もさることながら、確かカロリーが尋常じゃなかったはずだ。つか遥、お前一回飯食ったんじゃないのか?

 いろいろ言いたいことがあったが、すぐに言えば良かったんだ。

 俺は、ついつい口を滑らせちまった。

 

「太るぞ?」

 

 後悔先に立たず。

 ああ、叩かれたよ。それはもう、スパーンと、気持ちいいほどに。

 俺が悪いんだよな?

 大丈夫、分かってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――まあ、こんな感じだ」

 

 あれから、定食を食べながら簪とのやり取りをかいつまんで説明した。すると、遥がだんだんと申し訳なさそうな表情に変わっていくのが分かる。

 

「そっか……織斑君には悪いことしちゃったね」

「いや、仕方ないさ。怒ってた理由は後で調べるとしても、遥だって何も知らなかったんだ。どうしようもなかったことだ」

「でも……」

 

 なおも申し訳なさそうに俯いている遥。……ああ、頼むからそんな顔はやめてくれ。

 

「んんっ!それよりさ、これからのことを考えようぜ。遥、あの簪って子のこと、実際どのくらい知ってるんだ?」

 

 無理矢理にでも、話題の方向を変えてみる。どうやら上手くいったようで、遥はうーんと考え始めた。

 

「実を言うと、私も更織さんのことそんなに知ってる訳じゃないんだ。IS整備・技巧技術の講習を何度か受けたことがあって、更織さんとはそれで知り合ったの。だから、顔や性格なんかはある程度分かってたつもりだし、何度か話してみても大人しい子だったから、そんなことするとは思わなかったんだけど……」

「そうか……」

 

 特にこれといってとりたてた情報も無い。さて、どうしたもんか……ISの訓練について悩んでたと思ったら、今度はその相手のことで悩むなんてなぁ。

 

「……あ、そういえば確か、この学園の生徒会長さん。彼女も更織って名字じゃなかったっけ?珍しいよね、一緒の名字なんて」

「…何?」

 

 遥からの思わぬ情報に、暫し頭を働かせる。更織って名字はそんなにありふれた名字じゃないし、むしろ珍しい位だ。それが学年が違うとはいえ同じ名字の赤の他人が、しかも様々な国の人間が集まるこのIS学園においてそう都合良く集まるものなのか?

 それに、遥が言っていた簪の性格についても気になる。遥は、簪が俺が話したようなことをする人には見えなかったと言っていた。それが事実だとしたら、彼女が普段はしないようなことをわざわざしていたってことになる。それほどのことをする理由が、俺にはあったってことだ。…俺自身に全く心当たりがないのが遺憾だが。

 少し、調べてみるか。

 

「……遥、少し頼み事してもいいか?」

「うん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑先生、少しいいですか?」

 

 遥と別れた後、俺はその足で職員室まで来ていた。もう先生達もまばらなその空間の中に、丁度荷物を纏めていた千冬姉がいた。

 

「何だ織斑、こんな時間に」

 

 確かに、時間はもう八時を回っている。そろそろ出歩くのは諌められる時間だ。が、今回に限ってだけは、出来るだけ早く動きたかった。

 

「ちょっと聞きたいことが」

「……今でなければ駄目か?」

「できれば、今日中に」

 

 声を潜めてのそのやり取りだけで察してくれたのか、千冬姉は即座に荷物を纏めて立ち上がった。

 

「ついてこい。私の部屋で聞こう」

 

 俺は何も言わず、千冬姉の後についていった。

 

 

 

「まあ、適当に座れ」

 

 千冬姉の部屋(というか宿直室)に通され、立ちっぱなしも疲れるからその辺に腰掛ける。相変わらず物少ないなぁと、部屋を見回してしみじみ思う。

 

「それで?一体何の用だ」

「あ、そうだ。織斑先生」

「今はプライベートだ。名前で構わん」

 

 そう言って、千冬姉の持ってきたコップを受けとる。中身はお茶だ。…うん、美味い。

 

「じゃあ、千冬姉。…単刀直入に聞くよ。四組の更織簪、そして、この学園の生徒会長についての資料(データ)が欲しい」

 

 まっすぐと目を見て告げる。千冬姉は、凛々しい表情を崩すことなく、言葉を発する。

 

「……理由を聞こう。何故、その二人の資料が欲しい?」

 

 いくら教師で姉弟だろうと、簡単には教えてもらえないか。そりゃそうだ、流石に個人情報を第三者に勝手に話せるわけないよな。

 俺は、千冬姉に整備室であったことをかいつまんで話した。すると、それを聞いていた千冬姉の表情が明らかに苦々しいものに変わった。

 

「何か知ってるんだな?」

 

 千冬姉はそれに答えず、目を閉じて小さく溜め息を洩らす。…無言の肯定だ。

 

「頼む、千冬姉。何か知ってるなら教えてくれ!」

「…確かに、更織の行動には心当たりが無いわけではない」

「それなら!」

 

 だが、と千冬姉は俺の言葉を遮る。

 

「それを知ってどうする?」

 

 千冬姉は、その鋭い眼光で俺を見据えていた。

 

「不用意に関われば、お前にも責任が生じる。…更識の事情については私も心当たりがある。だが、今回の件はお前にもどうしようも無かったことだ。無論、私にもな。そんな不可能を知ってなお、責任を負ってなお、お前は更識のことをを知りたいか?ならばこう聞こう、知ってどうする?更識を知って、お前は何をするつもりだ?」

 

 常人なら確実に震え上がるであろう千冬姉のその目は、真剣だった。同時に、悲しそうにも見えた。教育者として、姉として……責任を負えないなら、無理に踏み込むな。無闇に傷つこうとするなと、そう訴えているようだった。それは、嘗ての俺のことを考えた上で千冬姉から与えられた、戒めのようにも思えた。

 それでも。

 

「……やっぱり俺は知りたい、千冬姉」

「何故だ?更織のためか?」

「違う」

 

 千冬姉は俺のことを心配して、諦めろと言ってくれた。俺のためになるだろうと、そう考えて。だからこそ、俺は諦めるわけにはいかない。

 

「もちろん、簪の事情次第では、力になりたいってのもある。けど、一番は俺のためだ。何より、俺がこれからの一週間、セシリアに対抗するISの経験値を積むためには、遥から紹介された簪の力が必要だ」

 

 一度言葉を切り、一呼吸置く。

 

「それに、簪があんなことを言った理由が知りたい。何があったとしても、何も分からないままじゃ言われ損だ。言われっぱなしは性に合わない」

「……お前らしいな」

 

 俺の言葉に、千冬姉がふっと表情を綻ばせる。

 

「更識のことは分かった。いいだろう。だが、生徒会長の資料(データ)まで欲しいというのは何故だ?」

「それについては…っと、丁度良いタイミングだ」

 

 千冬姉の質問にどう答えようか、というタイミングで、携帯がメロディーを奏でる。千冬姉に断って、電話に出る。相手は……

 

『あ、織斑君?今大丈夫?』

「ああ、良いタイミングだ、遥。で、どうだった?」

『うん。織斑君の考えでビンゴ。調べてみたけど、簪さんと生徒会長、同じ更識家の人間だったよ』

「そうか、ありがとな」

 

 そう言って通話を終える。携帯を仕舞いながら、千冬姉に向き直る。

 

「…って、わけだ。同じ家柄の人だ、何か関係があるかもしれないと思って」

「気づいていたのか。彼女達が同じ家柄だと」

「いや、正直生徒会長の方は名前も知らなきゃ顔も知らない。ただ、遥から二人の名字が同じだって聞いて、何となくな。ほら、更識って珍しい名字だし」

 

 俺の言葉に、暫し唖然とする千冬姉。だが、すぐに元の表情に戻り、ふっと口元を緩ませる。

 

「…大した奴だ、我が愚弟ながらな」

「おかげさまで」

 

 珍しく俺を褒める千冬姉に笑って返す。

 

「……分かった、教えてやろう。だが、それには私より適任者がいる。お前は先に部屋へ戻っていろ、すぐに向かわせる」

「え、ああ、分かった」

 

 千冬姉に促され、宿直室を後にする。

 

 

「…さて、と」

 

 一夏を部屋へと帰し、私は携帯を手に、ある番号を打ち込んでいく。

 

「ああ、更識姉(・・・)。夜分遅くにすまんな――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、とりあえず帰れと言われた俺は、自分の部屋まで帰ってきた訳なんだが……

 

「いつ来るんだろうか…」

 

 千冬姉はすぐ向かわせるって言ってたけど、お茶くらい用意しといた方が良いのか?そもそも誰が来るんだ?千冬姉以上の適任者って……

 考えながら、いつの間にか着いていた部屋の扉を開ける。

 

「やあ♪」

 

 バタン。

 今見たことをそのまま言おう。自分の部屋に帰ってきたら、知らないおねーさんがいた、以上。

 

「いやいやいやいや」

 

 自分で言ってて意味分からん!とりあえず、もう一度……

 

「やあ♪」

 

 バタ

 

「もう閉めさせないわよ」

「一瞬で!?」

 

 一瞬で扉に手をかけられた。何故だ!さっきまでベットに腰掛けていたのに!おまけに何だ、その「余裕」って書いた扇子!どっから出したの!?

 

「このくらい、おねーさんには朝飯前よ♪」

「人の心を読まないでください!」

 

 なんなんだこの人は!ていうか、箒!箒は何してるんだ!?

 

「箒ちゃんなら少し出てもらってるけど?」

「だから人の心を読まないでください!」

「とりあえず座らない?あ、お茶入れてくれる?」

「勝手に話を進めないでください!」

 

 扉を手放し、そのままベットに腰掛けるおねーさん(自称)はどこまでもマイペースだった。さっきからずっと俺の本能が叫びっぱなしだ。まともに相手をしてはいけないと。

 

「一応、織斑先生から頼まれたんだけどな~?君に簪ちゃんの話をしてあげてって。…ね?織斑一夏君?」

 

 よし、ちゃんと相手をしよう。

 いやまさか、この人が千冬姉の言う適任者で、ひいては生徒会長だとは思わなかったけれど。

 

「……分かりました。話、聞かせてもらえますか?」

 

 話を聞くために、生徒会長と向かい合う形でベッドに座る。

 

「うん。でもその前に……」

 

 生徒会長は、新たな扇子をばっ!と開く。

 

「お茶、入れてくれるかしら?」

 

 「お茶!」と書かれた扇子を手に、生徒会長はどこまでもマイペースだった。

 ちなみに、お茶よりも紅茶の方が好みだったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…さてと、まずは自己紹介ね。私は更識楯無。あなたが知りたがってる簪ちゃんの姉にして、この学園の生徒会長よ」

 

 紅茶を飲み干したカップを置き、生徒会長が真剣な眼差しに変わる。

 

「はい、知り合いから聞きました。俺は…もう知ってると思いますけど、織斑一夏です」

 

 俺も自然と姿勢を正し、お互い、軽い自己紹介を終える。さてここからが本題だ。

 

「それで、単刀直入に聞きますけど、楯無さん。簪…さんのことですけど――――」

 

 俺は、千冬姉に話したように、楯無さんにも簪とあったことをかいつまんで話した。楯無さんは、ずっと黙ったままだった。

 そして、俺が話終えたとき、静かに楯無さんが話し出した。

 

「……一夏君。多分、簪ちゃんがそんなことをしたのはね」

 

 そう語る楯無さんは何だか辛そうで。

 

「私のせい」

 

 楯無さんの手にする「後悔」と書かれた扇子越しに見た顔は……とても、悲しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりここにいたか」

 

 楯無さんから話を聞いた翌日、放課後。俺は再び、整備室へ来ていた。予想通り、今日もそこには簪の姿があった。

 

「……何?織斑一夏」

 

 こちらを一瞥した簪の声からは、明らかな拒絶の意図が見てとれた。だが、この程度で怯んでいられない。

 

「少し、話がしたくてさ」

「私には話すことは無い」

「…じゃあ、これから俺が話すことは独り言だ。聞き流してくれて構わない」

「…………」

 

 そういうと、簪は目の前にディスプレイを展開し、黙々と作業に戻った。…本当に話す気は無いみたいだな。ま、いいか。

 簪の目の前には薄暗い灰色のISが設置されている。しかし、所々パーツが無く、未だ完成はしてないらしい。

 だから、そのISを見ながら、俺は一人呟くように言葉を吐く。

 

「倉持技研が手掛け、倉持技研に見捨てられたIS、《打鉄二式(うちがねにしき)》。更識簪、君の専用機だよな?」

「っ!?」

 

 直後、一瞬で俺の方を向いた簪。その表情は、驚愕…ともすれば、怒りとも取れるものだった。

 

「……どうして、それを?」

 

 簪の声が明らかに低くなる。それは、はっきりとした敵意(・・)だった。

 だけど、怯んでる暇はない。

 

「調べた。って言っても、俺も聞いただけなんだけどな」

 

 そう、これは楯無さんに聞いた話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まず、簪ちゃんが君を許さないって言った理由のひとつは多分、君のIS』

『俺のIS?でも、俺の専用機はまだ……』

『そう、まだ出来ていない。今現在も製作が続いている。…でもね、それを作っているのは他でもない、篠ノ之束博士本人なのよ』

『束さんが……?』

『そう。それもある研究所が管理していたISを持ち出して、勝手にね。…その研究所っていうのが、倉持技研。簪ちゃんの専用機を開発していた所』

『それって……』

『篠ノ之博士がISを持ち出した結果、研究所は一同総出、躍起になって篠ノ之博士の足取りを追った。篠ノ之博士の居場所が分かれば、ISの謎に迫れるかもしれない。そうすれば、研究も飛躍的に進むと、そう考えたんでしょうね』

『成る程……』

『そして、研究所の人員が篠ノ之博士捜索に駆り出され、結果、倉持技研が開発、調整を行っていた簪ちゃんのIS、《打鉄二式(うちがねにしき)》は放置された。…未完のままでね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり、彼女が俺を恨んでいた理由…それは、俺という「男性操縦者(イレギュラー)」の存在によって自分のISが奪われたから。だから、彼女はずっとここにいたんだ。あの日も、今日も、いつも……

 

「自分の手で完成させる気なのか、そのIS」

「………」

 

 無言。それは時として肯定に等しい。

 彼女は、作り上げるつもりなんだ。自らの手で、自分のIS(パートナー)を。

 なら、俺に出来ることは一つ。

 

「良かったら、手伝わせてくれないか?俺にも、君のISを作る手伝いを」

「……何故?」

「仕方がないこととはいえ、間接的に俺のせいで君のISは未完成のまま放置された。俺には、君を手伝う権利があると思うんだ」

「……嫌」

 

 顔を背けた簪の示す答えはやはり、拒絶。でも、これは初めから予想できていた。

 だから俺は、用意していた次の台詞を口にする。

 

 

 

 

「負けたくないからか?自分の姉に……更識楯無さんに」

「……!」

 

 

 

 

 

 

 再び振り返る簪の表情は、またも驚愕に染まっていた。

 

「何、で……」

「聞いた。これも、他ならぬ楯無さん本人に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そして、恐らくこっちが本題。あの子はね、越えようとしてるのよ。……姉である、私を』

『楯無さんを、越える……?』

 

 その意図が、俺には分からなかった。確かに姉に負けたくないって思うことは変なことじゃないし、別段不思議でもない。

 けど、それが何故ISに、ひいては楯無さんのせいになるんだ…?

 

『何故、って顔してるわね』

『まあ……はい』

『簡単なことよ。私ね、嫌われてるの。簪ちゃんに』

『嫌われてる……?』

 

 益々分からない。何故、血を分けた二人の間に軋轢(あつれき)が生まれたのか。二人の間に、何があったのか。

 

『私達の家……更識はちょっと特殊な家柄でね。詳しくは言えないけど、社会の裏側の仕事を代々生業(なりわい)としているの。当然、口には出来ないような汚れた仕事も、ね』

『…………』

『当然、そんな仕事をしていれば命の保証は無い。だから、私達姉妹は幼い頃からいろんな訓練を受けてきた。厳しく、過酷な訓練を受け続けてきた。…全ては更識を継ぐために。……でもね、あの子は……簪ちゃんは、更識を継ぐには優しすぎた。強くはあったけど、不器用すぎたの。…前にね、簪ちゃんが訓練を終えた私のそばに寄ってきて飲み物をくれたことがあったの。「はい、おねえちゃん」って、一点の曇りも無い真っ直ぐな笑顔でね。その笑顔を見たときに、私思ったの。この子の笑顔だけは守らなきゃいけない、この子に、更識の闇を継がせるわけにはいかないって』

『……それで、楯無さんはどうしたんですか?』

『簡単よ。今までの数倍訓練を頑張って、今までの数十倍成果を出して、今までの数百倍、簪ちゃんに愛情を向けた。殺伐とした世界の中で、あの子の笑顔だけが私の支えだった。あの笑顔を守れるなら、どんなことをしてもいい。そう思えた。……でも、だから気づけなかった。あの子の本当の想いに』

 

 目を伏せて話す楯無さんは簪のことを話している間、とても優しい顔をしていた。恐らく、これが嘘偽りの無い、楯無さんの簪に対する本心なのだろう。

 だからこそ、それを「過去」として話す楯無さんが、酷く辛そうに見えた。

 

『確実に結果を残し続けてきたある日、更識の後継者は私になるだろうって話が上がってきたの。私が更識の後継者になれば、あの子に…簪ちゃんに汚れた世界を、汚い現実を見せずに済む。あの眩しい笑顔を守れる、そう思った。…でも、簪ちゃんは、その頃から訓練を頑張るようになって、ずっと私に付いて回るようになった。「おねえちゃん、おねえちゃん」って。多分、置いていかれると思ったんでしょうね。でも私は、あの子を更識に巻き込みたくなかった。だからね、つい、簪ちゃんに言っちゃったの』

 

 楯無さんは一度言葉を切り、浅く息を吐いた。そして、思い出すように、戒めるように、はっきりとそれを口にした。

 

『「簪ちゃんは何もしなくていい。全部、お姉ちゃんが簪ちゃんの代わりにやってあげるから」ってね』

『………』

 

 言葉が、出なかった。

 だって、それは……

 

『それっきり、簪ちゃんは訓練を辞めた。そして、その頃から私に付いて回ることも無くなった。……私は、拒絶しちゃったの。簪ちゃんを。否定しちゃったのよ、最愛の妹を。…嫌われて当然よね』

 

 話せなかった。言葉が、声が音に成らなかった。

 だから、俺はただ黙って聞いていた。

 

『それに、私のIS、一応セルフメイドなの。ちょっと理由があって自分で作ったんだけどね』

 

 そう言って楯無さんは「IS」と書かれた扇子を取り出す。その扇子には、菱形のストラップが下がっていた。

 あれが、楯無さんのISの待機状態なんだろう。

 

『…これが理由で、簪ちゃんは意固地になってるんだと思う。同じ様に自分の手でISを作ることで、私に追い付こうとしてるんだと思う。追い抜こうとしているんだと

思う。……そんなの、私は求めてないのに。ただ、私は……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪は、強くなろうとして、追い付こうとして、故に挫けてしまったんだろう。一人で抱え込みすぎて。

 楯無さんは、誰よりも簪のことを想って、想い続けて、故に間違えてしまったんだろう。一人で抱え込みすぎて。

 二人は不器用すぎたんだ。互いに互いを強く想い合っていた。でも近すぎたから、誰よりも想い合っているはずなのに、すれ違ってしまった。

 嘗ての俺と、鈴のように。

 

「…簪、お前の気持ちが分かるなんてことは言わない。所詮、人の感情は他人が完璧に理解できるもんじゃない。……でもさ、だからこそ、相手を理解しようとするんじゃねーかな?必死に相手を知ろうとして、相手に自分を知ってもらいたくてさ。でも、色々間違えちまうんだよな」

「ぇ……?」

「なあ、簪さん。君は何で一人でISを作ろうとしたんだ?何で、楯無さんに追い付きたいんだ?」

 

『不用意に関われば、お前にも責任が生じる』

 

 ……ああ、千冬姉の言う通りだ。俺は簪を、楯無さんを知ってしまった。二人の中に過去の俺達を見てしまった。

 もう後戻りは出来ない。知らないふりは出来ない。

 だからこそ踏み込もう。俺が背負う傷も、罪も、責任も、全て受け入れよう。

 受け入れた上で俺は進む。この姉妹を救うために。

 過去の俺を、越えるために。たとえ、また傷つくことになったとしても。

 

 それでも、俺は前に進む。

 「覚悟」は、ずっと前から決まってる。

 

 

「一人でISを作って、楯無さんを見返したいのか?」

「違……」

「楯無さんを恨んでるからか?」

「っ!…違う!」

 

 簡素な空間を切り裂くように響いた声。それは、初めて明確に示された簪自身の想いだった。

 

「見返したいなんて思ってない!恨んでるわけない!私は、ただ……追い付きたかった。お姉ちゃんの隣に立ちたかったの!お姉ちゃんの背負うものを、半分分けて欲しかった!一緒に背負わせて欲しかった!お姉ちゃんのこと何も知らないくせに、知ったような口をきかないで!」

 

 俺を睨む簪の目は痛いほどに鋭く、眩しかった。

 だからこそ、その想いの強さが感じられた。

 簪の「覚悟」を感じた。

 

「……ああ。俺は楯無さんのことを殆ど知らない。簪さんのこともな。…でもな、二人が、どれ程互いを想い合っているかは、分かってるつもりだ。さっき言ったよな?所詮、人の感情は他人が完璧に理解できるもんじゃないって。だからこそ、相手を理解しようとするんだって」

 

 そう言って、俺は整備室の入り口へ歩き出す。俺にできる、最後の役目を果たすために。

 責任を、果たすために。

 

「だから、真っ正面からぶつかれよ。簪さんの、たった一人の姉に」

 

 そう言って、整備室の扉を開け放った。

 

 

 

 

 




後書き談話
箒「遅い」
遥「長い」
布「中途半端~」

ぐっはぁ!容赦ない言葉攻め!作者の心に会心(クリティカル)ヒット!
作者は悶絶している!

遥「何バカなことやってんの」

あ、ハイ。スイマセン。

布「何で、中途半端なの~?」

えーとね、書いてたら思った以上に長くなってだね。二つに区切ったの。だから中途半端なんだよ、のほほんさん。

布「ふえぇ~」
箒「それより、今回私が出てないんだが」

だって箒さん、楯無さんに追い出されてたじゃないか。

箒「違う。真面目な話だと言うから出てきただけだ」

で、結局出れてないわけだしぃ。

箒「ぐっ……」
遥「それはいいけど、次こそ早く書きなさいよ?」

あ、ハイ。承知しております。
それでは、次回予告ドゾ!



相「織斑くん、大丈夫かなぁ」
鷹「一人で話つけに行ったんでしょ?心配だなぁ」
遥「大丈夫だよ。織斑くんなら、きっと簪さんを……」

次回、「絆の在り方」

簪「私は、お姉ちゃんの隣に立ちたい」
楯「私は、簪ちゃんと並んで立ちたい」
一「俺は、鈴の……」
鈴「私は、一夏の……」

繋がりあう想いは、かくも遠い。

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