ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
盤をひっくり返したような波乱の五月を乗り越え安定と変化の夏を過ごし根を下ろすことのできる地盤を秋に感じその地盤に潜む危うさを見出した冬の中、冒険者たちは新たな年の始まりを迎えていた。
年が明けたからといって何かが劇的に変わったわけではないのだがそこはそれ、新たな年の始まったというだけでめでたい。何かと忙しなかった一年から次の一年が始まるのを祝って冒険者の街アキバは賑わっていた。住人たちの顔は皆が皆ほころんでいる。
もちろんそれは、アキバの街を取り仕切る十三のギルドのひとつ<三日月同盟>であろうと例外ではなかった。
「新年やー!めでたい!めでたい!みんなおいでおいで!お年玉あげるで!」
「マリエ、今から初詣に出かけるんですからそれが終わってからにしてくださいまし。支度が進まないでしょう」
本来メンバーのハメを外しすぎたりしないよう嗜める役割のギルドマスターが一番ハメを外しているっぽいことがこのギルドらしいといえばらしいという光景だった。
「あら、そういえば奏を朝から見てませんね。まだ起きてきてないんですか?
寝正月を過ごすなんて言ってはいてもさすがにもう起きてきてるでしょう」
「カナ坊なら朝早くに出かけて行ったよ?」
ギルメンの年少組に囲まれながらお年玉を配るマリエールはヘンリエッタの問いに何気なしに応えるが、その返答を聞いたヘンリエッタはどうしても昨日の奏の相談ごとを踏まえて邪推せざるおえない。生々しい話ではあるのだが
「まさか、お年玉を用意できなかったなんてくだらない理由での逃走なんて言いませんよね…。」
「兄さんならちゃんとお年玉を用意しきって朝のうちに配り終えてますよ。枕元にお年玉袋を置いてくとかサンタクロースみたいなマネしてますけど」
ヘンリエッタの予測する最悪の未来を晴れ着に着替えた千菜が否定する。奏が帰ってきてから献身的に奏のリハビリに貢献してきた彼女は今は一緒に行動をしているわけではなかったらしくふてくされたような声でヘンリエッタに兄のずれた所業を告白した。
どうやらヘンリエッタの考えた情けない予想は幸いにはずれたようであったが、しかし、それはそれでまたヘンリエッタの脳裏に新たな疑問が沸いてくる。
「お年玉袋を枕元に置いていくって、奏は随分と早くにでかけたようですね。千菜、行き先は聞いています?」
すると、千菜は苦虫を噛み潰したような表情をするとヘンリエッタの質問に答えた。
「クインとのデートですよ、デート。しかも龍神様に会いにいくって。私でもまだ紹介してもらってないのに、もう冠婚葬祭の予定でも立ててるんじゃないんですかっ!」
「さすがにそれは気がはやいでしょう…。というかクインさんなら彼女になっても構わないって言っていたじゃありませんか」
「それはそれっ、これはこれですっ」
どうにもふてくされ方が尋常ではない様子から千菜が晴れ着の支度でもしている時に部屋に奏がお年玉を置きにやってきたのだろうとヘンリエッタはあたりを付ける。
着替え中にでも勝手に入ってきた奏を着替えを終えることもなく千菜が問い詰めただろう様子が目に浮かぶし自分も連れて行けと千菜が言ったことも予想がつく。
しかし奏はそれを断ったのだろう。
「あなたもそろそろ兄離れする時かもしれませんねぇ」
「私にべったりだったのは兄さんの方です!」
「べったりしてる自覚があるならけっこうですよ」
少しずつ少しずつ彼と周りの関係は変わっていく。
けれど、どうにもあまり変わりそうになさそうな関係がここには一つ。
◇◆◇◆
年が明けたというだけで気持ちというのは晴れ晴れとするものであり普段から見ている景色も心なしかいつもよりも違って見える。高速で澄み渡る空を飛ぶグリフォンの背であればそれは格別のものだろう。それが好きな人と一緒であればさらに特別なものだろう。
「ねぇ、八枝」
「んー?」
奏の背の方から風を切る音とは違う確かな呼びかけが彼の耳に届く。冬ともなるとグリフォンに乗っての移動はどうしても空の上の冷たい風は寒くてかなわないので厚着に厚着を重ねて耳まで毛皮の類で包んでしまうのだがそれで周囲の音まで聞こえなくしてしまうような、デート中に彼女の声を聞き逃してしまうような阿呆ではないのがこの男だ。
「今更言うのも、というか私が言うのもなんなんだけど、本当に千菜も一緒に来なくて良かったの?私は初対面だけど千菜はそうじゃないんでしょう?」
「正直迷いはしたけど、いいんだよ。アサハナ様に会うんだったらまず最初はお前を先に会わせたかったんだよ。これから先のことを考えたなら尚更な」
奏が後ろを振り向くことをしたわけではなかったがクインは彼の言葉がいたって真面目に真剣に答えていることを感じた。
(そ、それは、かかっ冠婚葬祭的な意味で!?神様にいの一番に紹介したいってそういうこと!?
いやいやまさかぁ、付き合ってまだ一ヶ月だし。キ、キスだってまだ一回だけだし…。
あれ、でも八枝って龍神の眷属になったって言っていたような…。眷属ってことは龍神様は八枝の親みたいなものになるわけじゃ…。つまり、今回は親への紹介みたいなもの!?)
もちろん、彼女が感じた彼の言葉の正直さは本当かもしれないが、言葉の真意がそうであるかは知れたものではない。探偵モードならいざ知らず、彼女が持っている回路はシリアス回路だけではない。いやんいやんと真っ赤な頬に手を添えて頭を振る彼女の乙女回路は
「ヒメ、あんまり後ろで暴れんなよ。しっかり捕まってないと落ちちまうぞ。」
「はい、旦那様。」
「?」
ぎゅっと奏の背に幸せそうな顔で抱きつく彼女の顔を見れば彼女の自慢の彼氏はその幸せすぎる勘違いに気づくことはできるのであろうが、いかんせん彼はグリフォンを操っている真っ最中である。残念なことに彼がその顔を見ることはできないし、付け加えるなら今の彼が彼女の勘違いを指摘するかと問われればきっとしないであろうことは最近の彼らを見てきた人間なら容易に想像のつくところだ。クインの勘違いもわからなくもない、かもしれないくらいには彼らは仲睦まじい。
お互いに好き好んで生きている。お互い好きなように生きている。それは百恵が弟に願った在り方なのかもしれない。
「そろそろ降りるぞ。」
グリフォンは高度を下げていき一つの集落に降り立った。冒険者の住む街とは違いそこは大地人の住む街、アサクサの街。奏が最初に根をおろした街。
見慣れているのか街の人々がグリフォンが降り立ったことに驚いている様子はない。<大災害>後は奏や千菜がちょこちょこと今と同じように突然空から降りたつからだろう。にこやかに手を振っている人間すらもいる。
振られる手やかけられる声に返事を返しながら奏は目的の場所へと向かっていく。
行き着く先は街の広場。その場にはあらかじめ連絡を入れていた待ち人が二人。
「どうも、明けましておめでとうございます。おやっさん、おばさん。
いや
彼女と彼は奏と千菜を最初に受け入れた大地人。
「やっぱり、バレちゃったのね。でも、わたしはお母様と同じであって同じじゃないの、だからハナさんとでも呼んでちょうだい。」
この世界で最初に親密になって名前も知らなかった人。
おかしかったのにその疑問を感じすらしなかったのは明らかな異常だった。暗示の類であるのか精神誘導の類なのか、どちらにしても今の今まで気づきもしなかった。<冒険者>にそんなことができるのはそれこそ神様かなにかだけだろう。
「たはは、じゃあハナさん、教えてください。おやっさんも<古来種>とかなにか?」
「いや、俺はただの大地人だよ。しがない大地人さ、名前はとうの昔に捨てたがね。今まで通りおやっさんとでも呼んでくれ」
懐かしむようになにかを思い出すおやっさんの顔は穏やかだ。名前を捨てたという言葉から測れる尺度はわからない。身分を捨てたという意味なのか、それとも…。
和やかに笑うハナは悪びれるそぶりもなくこの人が名前を失くしたのはわたしのせいなのよ、なんて自慢する。それがとても幸せそうに見える。
「アサハナ様に俺が会えたのもハナさんのおかげですか?」
「そうね、秋頃に会った時、奏くんに死相が見えたものだからちょっと助けになればと思ったんだけど。思ってた以上に縁を作っちゃったみたいね、おかげで私たちの正体もバレちゃって。孫の顔見せついでに文句でも言いに行こうかしら」
龍神アサハナも同じことを言っていたことを奏は口にはしない。気をきかせてかこちらの会話に入らず少し離れたところにいるクインのこともある、本題から逸れてあまり彼女を仲間はずれにし続けるたまま長話を続けるのは本意ではなかった。
「ごめんなさいね、騙すつもりはなかったんだけど。奏くんはどうしてもそういうのに敏感だったみたいだから。私もパパも身分も何もかも捨てた身だった、あまり正体を探られるようなことはあまりされたくなかったの。
お母様に会いに行きたいのでしょ?そちらの女の子の紹介かしら?」
なにやら愉快そうに笑うハナの視線の先には奏が連れてきた
「はは、そんなに甘い展開だけで進めれたらよかったんですけどね、それはおいおい。今回は新年の挨拶と報告が半分。相談が半分って感じです。もちろんハナさんとおやっさんに会うのも目的の一つでしたけどね」
「嬉しいことを言ってくれる。アサハナ様にもよろしく言っておいてくれ。俺の伝言にアサハナ様がどんな顔をするか正直予想もつかんが」
「それじゃあ、用意をしましょうか。といってもすぐにいけるけれどどうする?」
その言葉は奏には意外だった。結界に入る手法は前回のものを採用するとして結界の張られたフジの樹海の中に入らずとも外から干渉する手段はないかとアテを探しにきたのだが嬉しい誤算であった。
「いけるんだったら今すぐにでも。
クイン!」
「終わったのか。
ご主人、ご婦人、初めまして<モルグ街の安楽椅子>のクインといいます。若輩ではありますけれどもどうぞ奏共々よろしくお願いしたい」
奏に呼ばれたクインは二人に挨拶をする。口調は奏と二人でいるときとは違う外向き用。丁寧至極、奏としてはこの口調も自分以外の前でもやめさせたいと感じはするが今のところどうにも直せそうにない。ロールプレイをやめさせようというのもなかなか勝手がすぎると以前の奏ならあきらめるだろうが今の奏は前と違って幾分か自分勝手になりつつあった。
奏はクインを後ろから抱きしめる。優しく頭を撫でながら逃げられないように体を密着させて抱きしめる。
「ひゃい!?奏!?なに?なに?こんな人前でそんなことしたらダメだって」
「慣れない人には硬いやつですけど、ほんとはこんな感じでかわいいやつなんです。な、ヒメ。
それじゃあこのままでいいんで送ってもらえますか」
いつもどおりに顔を真っ赤にして暴れるクインではあるがもちろん奏の拘束から、もとい抱きしめから逃れられることはかなわないのだから撫でられるままに撫でられるしかない。そんなクインが平静を保っていられるはずもなく素をさらけ出す。いつもの奏の前や千菜の前でいる赤道一姫だ。
クインを後ろから抱きしめているのが思いのほか気分がよかったのか離す気も失せてしまった奏はこのままアサハナの神域まで送ってくれるようにハナへと頼む。
「がはははっは、奏、前々から思っていたがお前は英雄の素質があるな!」
「最高よ、奏くん。いい男になったわね。さすが龍神の眷属です。わたしは龍神の娘として成長した奏くんを誇りに思います。
それじゃあ、いってらっしゃいお母様によろしくね」
二人の視界が真っ白に染まる。
少しの浮遊感と虚脱感。そして壁を越える感覚、それは正しい結界の通り抜け方。奏にとっては懐かしい感覚だった。