ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第六十四話 罪人の近況

 ヘンリエッタから聞かれた。誕生日プレゼントは何がいい?と。

 それに奏はなにもいらないと答えた。普通にのんびりとした正月が過ごせればそれでいい。しいていうならお年玉で渡すお金の工面をしてもらえると助かる。

 その程度でよかった、他の面々にもそう伝えて欲しい、年の瀬でお金も余裕がないのにそんなものに使う金が勿体無いと気を遣ってでも本心からそう思っていた。

 ぶっちゃけこの年で誕生日プレゼントとかどういう顔をして受け取ればいいかわからないからなのだが。

 

「まあ、お年玉の融通は本当にそれでいいのか疑問に思わなくもないですがいいでしょう。でも誕生日くらい少しくらい無理を通してもいいのですよ」

「壊れた魔法の鞄(マジックバック)の代わりの新しい魔法の鞄(マジックバック)が欲しいとは思いはしますけど…、そこはそう簡単に手に入るものじゃなくて、自分で手に入れるから意味のあるものでしょう。

 年をこたつの中でこせるだけで本望です。生きてて寝正月を体験できるとは思ってなかったですから自分の誕生日よりそっちの方が楽しみです」

 

「そういえば実家は神社でしたね」

「ええ、毎年三途の川の一歩手前までは足を運びますから。今年は閻魔様に挨拶参りに行かなくて良さそうでホッとしてますよ」

 

 元から誕生日なんて実家が神社である奏にはあってないようなものだった。印象に残るのはせいぜいお年玉の中身が姉や妹よりも多かったことくらいだろう、ケーキも大晦日に食べていた。三ヶ日は神社にとっては休みにならないのだ。あっちの世界ではいつもそうだった、なんで正月にしかも神社の家に生まれてしまったのだろうとこればかりは自分の生まれを呪ったこともある。

 

「そう思うとテンション上がってきた、姉ちゃんに自慢(嫌がらせ)しに行こうかな」

「あら、もうお姉さんとの面会はお許しが出たんですか」

「はい、昨日リーゼちゃんから連絡をもらいました。体調は最悪らしいですけど、もう会う分には構わないそうです。<円卓>からの処分も下りましたしね」

 

 そんなことをうきうきとした顔で口走りながら奏は席を立つ。ヘンリエッタは姉に会いに行こうと楽しそうにする奏を見て微笑みながら奏と千菜の実姉の近況を聞いた。

 

「アイザックが引き取り手に名乗り出るとは思いませんでしたが」

 

 本来百恵の身元を預かる予定だった<D.D.D>が諸事情でギルド内部に問題が発生し、<円卓会議>からの仕事に対応することができなくなった。それに関して奏が言えることはない、正確には奏が口出しできる範疇を超えてしまっている。<D.D.D>が機能停止することの影響は受けるしその問題に一番に矢面に立つことになるリーゼのことを心配する部分はあるがこればかりはどうしようもなかった。

 

「<黒剣騎士団>は良くも悪くも武闘派ですし、男性ばかりですからちゃんと女性としての最低限保たれるべき生活を送れるか百恵さんが心配ですね」

「大丈夫ですよ、うちの姉は炊事洗濯なんでもできますから、むしろ<西風>じゃ甘やかされるからちょうどいい。

 …もしもの時もソウジロウは身内と女に甘いからそこんとこダメです、けどアイザックならあれを押さえ込める。<ホネスティ>もなくはないですけど、今も昔もあそこは生粋の武闘派じゃないですからダメでしょう」

 

 アイザックがなにを思って百恵の預かりを請け負ったのかはわからない。だが客観的にみればその結果は決して悪いものではなかった。

 

「また、そんなことを言って…。

 奏、百恵さんは実のお姉さんでしょう、『もしもの時』なんてそんな風に言うのは感心しません」

 

 「言わなくちゃいけないんですよ。本当の最期を何度も看取ってきた人間が人殺しを許容してしまったら誰よりもだめでしょう。

 ま、お互い無茶苦茶やり合って良くも悪くも我が儘押し付けあうのが俺たち姉弟ですから。気を抜けば寝首を掻かかれるを地で行くんです、千菜も俺も姉ちゃんも。若干俺が割を喰ってる気がしなくもないけど……、とにかくっいいように使って使われる仲、これくらい日常茶飯事なんですよ。だからこ掛け値なく大好きで信頼できるんですけどね」

 

 真面目な顔で奏を諌めようとするヘンリエッタに奏は譲ることのできない確固たる意思をもって反論する。その顔に普段の誰にでも警戒感を持たせない柔らかな雰囲気はない。けれど最後にはふざけた口調でお茶を濁すようなことをのたまうのだ。

 死の先を見ることができる人間と本当の死を見ることができる人間。どちらも本来なら見なくていい人間の死の先を知っている人間であってもその価値観はどうしようもなく相容れない。

 

「それじゃ、行ってきますね。帰ってきたらお金の相談乗ってくださいよ」

 

 奏は話しを締めくくり終わってから自分の話したことに気恥ずかしさを覚えたのかヘンリエッタに死活問題であるお年玉(大人の見栄)の相談について一言言ってそそくさと食堂を後にしようとした。そんな奏の背中にヘンリエッタは言葉を投げかけた。

 

「奏、今夜はあなたはそれどころじゃないかもしれませんよ?」

「?」

「割を喰っていると思っているのはあなただけじゃないってことです」

 

 それ以上ヘンリエッタが何かを言うことはなくただにこにこと微笑むだけだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 奏儚百恵はオールラウンダー(天才肌)な人間だ。できないことはないなんていうのは言いすぎかもしれないがやろうと思ってできなかったことはきっとなかった。おーるらうんだー(完璧凡人)な奏とは大きく違う。

 彼女が持ち得ないものがあるとするならば凡人故に持ち得るものだろう。現状をそのまま許容しきるだけの脆弱さが彼女にはない。才能がある人間は上を目指す権利を持っているとはよく言ったもので、才能ある人間は勝手に上を目指すものだ、彼らに権利なんてものを持っているなんて意識はない。

 つまり、現状を固定化されてしまうとどうしようもなくなってしまうのだ。

 

「奏、もうここやだ…。なんでもするから、なんでもするから、なにかやらせておくれ」

「うん、思ってた以上に応えてるのはよくわかった。だから軽々しく“なんでもする”なんて口走らないでくれ、今の一言でモテない男は反応しちまうんだ」

 

 サッと目をあさっての方向にそらす<黒剣騎士団>の面々を尻目に奏はすがりつく姉をなだめようとする。どうにも男ばかりの<黒剣>の面々の行動は姉から見ると見ていてもやもやするらしい。けれど一応は謹慎観察処分にある百恵がなにかをするわけにもいかずただ眺めているだけしかできない悶々とした日々を過ごしているらしい。奏の姉である百恵も奏と同じで根は世話焼きのお節介なのだろう。

 

「僕のためになにかしてくれようっていう気持ちはすごく嬉しいんだけど、女慣れしてない人ばっかりでいちいちチョイスがズレてるのよ。暇つぶしにってデコトラ馬車のカタログ持ってこられたときはどうしようかと思ったよ、意外と面白かったよっ、もう」

 

「やった!ほら見ろ俺のセンスは正解だったろ?」

「ちくしょぅ、だったら今度イタ馬車のカタログもらってくるか…?」

「あっ、お前抜けがけ禁止つったろが」

「『世にも奇妙になる薬全集』、『レイネシア姫フィギィア』、『万能十二香辛料セット』……、これで、勝つるっ!」

 

(全員ねぇよ)

 

 ギルメンにちゃんと罪状が伝わっているのかどうか心配になってしまうような緩さだった。

 

「じゃあなにか?手持ち無沙汰すぎる上にここのメンツのやることなすこと見ていてヒヤヒヤするからここには居たくないと?それはちょっと無理だぞ、一応罰としてここに監禁されてるわけだから」

「いや、違う。ここにはすごく満足してる。みんないい人だし」

 

 背後では感涙の涙を流しながら男たちが空をも付き穿たんばかりに拳を突き上げている。今の彼らなら避雷針の代わりにもなるだろう、二人はそれをスルーだ。

 

「だから恩返しじゃないけどご奉仕がしたいんだよ。ほら奉仕活動ってやつ?手持ち無沙汰で日がな一日ベッドの上ってのはこの呪いで動けないことよりも辛いんだ」

 

 呪いで動けなくなっている時も呪いが緩まりある程度の自由が利くときに何もやることなくただベッドで過ごす時間も違いはない。百恵にはその現状があまりにも許容できない、いままでやってきたことができなくなって生きているのか実感が感じられなくなってしまった。

 

「ご奉仕!ご奉仕ですか!?マジで!?」

「ならばこのネイビーメイド服を着てください!」

「割烹着もありますよ!」

「ナース服も!」

 

「ええーい、黙れ!この年中発情期の男どもが!さっきから後ろの方でガヤガヤ騒ぎやがって、真面目な話してんだろうが」

 

「「「お前には言われたくねえよ」」」

 

「やっぱり<黒剣騎士団>(こんなところ)に預けず<西風>に預けるべきか…」

「よし表でな」

「よし刀抜きな」

「秘蔵のレイネシア姫のブロマイドはいかがかな?」

 

 拳で語り合おうとするものに、本気で屈服させようとするもの、買収しようとする知能犯。バカばかりだ。

 

「いいじゃねえか、やらせてやれよ」

 

 一触即発の空気が流れる中で野太い乱雑な声が届いた。その声の主はこのギルドキャッスルの主であり百恵の身柄を預かると発言したアイザック。アイザックはやる気まんまんに意気込むギルメンを押さえ込み一喝して下がらせる。ぶうぶうと文句を言いながらも男どもはどこかへ下がっていった。

 

「アイザック」

「なんだよ」

 

「お前も俺の姉ちゃんのメイド服がみたいわけ…?」

「そっちじゃねえよ!!?」

 

 まるでゴミでも見るかのような目で勝手な勘違いを盲信する奏だったがアイザックの部下である連中の反応を目の前で見せられていたとなると納得できない反応ではなかった。そのことを言うことができる上司が世の中にどのくらいいるのかは分からないが、部下の失態は上司の失態でもある。

 

「お前の姉貴の奉仕活動だ。前から<三日月>(お前んところ)のセララって娘いたただろ、あいつを見てて高レベの<家政婦>が欲しかったんだ。お前の姉貴なんだ、どーせおおかたの雑務はできんだろ。ただで万能メイドが手に入るならこれ以上はねえだろ」

 

「アイザック君、一応彼女はうちの監視預かりという立場です。そのように働かせるのは問題になります」

「あぁ?いいじゃねえか、本人が働きたいって言うんだからやらせてやれば。こっちがなにか不利益被るわけでもねえし」

 

 <黒剣騎士団>の参謀担当であるレザリックがアイザックの言葉に待ったをかけた。レザリックの意見は至極全うなもので身柄を預かっているからこそその人権を尊重しなければならない。ミナミのような独裁政権を敷いているならばいざ知らずアキバの街を統治するのは<円卓会議>という合議制自治組織である、人の善意で成り立ち運営されるべき組織だ。罪人の扱いとはいえその人物の人としての権利をないがしろにすることは許されないのだ。

 奏としては姉の望みを通させてやりたいという思いもある。だが本人が望んでいることだとしても外からはそう見えないのが事実なのだ。

 

「ええ、だからタダ働きさせるのが問題なんです。きちんとお給金を出さなければ」

「なんだよ、回りくどい言い方しやがって。賛成なら最初っからそう言えっての。おう構わねえよ給金くらいポンと出してやれ。うちの財布事情はお前に全部任してんだ」

 

「レザリックさん」

 

 なんとありがたい話なのか。殺人、アキバの街の転覆加担を行った人間に対しての待遇としては破格の待遇だった。けれど……。

 

(これで<黒剣>は矯正されるな、俺しーらね)

 

 奏は知っていた。百恵はストイックさは他人にも厳しいことを。お節介で世話焼き上手のスパルタメイド。きっと<黒剣騎士団>は幸か不幸か寝坊のひとつもできない超健全真面目ギルドになることだろう。

 心の内でそんなことを考えながら奏は苦笑いを浮かべておくだけだった。

 

 


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