ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第六笑 愉快に響くが高笑い
第六十三話 早起きは三文の得されど時は金なり


「か、…さん、かな…さん、おき…くださ…」

「むにゃ?」

 

 目を覚ますと半裸姿であられもない格好の彼女が隣に寝ていた。ということが勿論あるわけもなく、(むしろそんなことがあった日には寝起きから頬に真っ赤な紅葉マークを頂戴することになるだろう)眠気眼をこすりながら見つめた先にはギルドメンバー、俺と同じ<神祇官>(カンナギ)の女の子明日架ちゃんがいた。

 

「おはよう、明日架ちゃん…」

 

 どうやら、わざわざ起こしに来てくれたらしい。勝手にどこかにいなくなって久方ぶりに帰ってきてここ最近はずっと起こしてもらっている。我ながら随分と面の皮が厚いものだ。

 

「まだ、身体の調子は戻りませんか?」

「んー…、だいぶマシにはなってきてるんだけどねぇ、どうにも自分じゃ起きれない、本当に年上としてのメンツがたたないんだけど明日も起こしてもらっていい?」

 

「もうっ…、奏さんのメンツなんてあってないようなものなんですから、どんどん頼ってください」

「あれ?おかしいな、あくびの涙がとまらないや」

 

 やっぱり、いろんなところに結構ガタがきているらしい。大概のことがひと段落したらこのざまだ。身体の節々が痛いし、どうにも頭も重い。おまけに眼がかすんでなにも悲しくなんかないのに涙がとまらない。ギルドでの立ち位置も最底辺に落ちてしまってるじゃないか。

 

「ふふっ、冗談です。じゃあ明日はアシュリンにモーニングコールへ行くように言っておきますね」

「……できるだけ優しく起こすように言っといてね」

 

 小さく笑う明日架ちゃんに一応釘をさしておく。小さい子は時に突拍子もないことをするからな、アシュリンはいい子だけど周りがどんな悪知恵を吹き込むかわからない。飛燕あたりは耳元でシンバルでも叩いて起こせばいいとでも言うかも知れない。

 

「それじゃあ、お邪魔しました」

「うん、わざわざ起こしにきてくれてありがとね」

「いえいえ、どういたしまして。あ、それと!」

 

 部屋から出ていこうとする明日架ちゃんがぱちりと、胸の前で両手を叩いてなにかを思い出したかのような動きをする。なんだろうか、ここ二ヶ月仕事をサボった分の罰だろうか?トイレ掃除一ヶ月くらいならまぁ、引き受けようじゃないか。

 

「ヘンリエッタさんが朝ごはんを食べたらきてくれっていってました」

「りょーかい。伝言確かに受け取りました」

 

 よかった、流石にそこまで俺のギルド内での立場は落ち込んでるわけではないようだ。

 ヘンリエッタさんからのお呼び出しか、なんだろう?帰ってきてからは怒られるような悪さはしてないはず…だよな?ぺこりと一礼して部屋から出ていく明日架ちゃんを尻目に頭の中を探ってみるがやっぱり思い当たる節はない。でもなぁ、知らないところで勝手に因縁作っちゃうって最近やっと自覚したからなぁ。あるんだろうなぁ、なにか。

 

 朝から眠気も吹き飛ぶ爽やかなのか憂鬱なのかイマイチ容量を得ない気持ちにさせてもらったところで、洗面台へと向かう。今日も今日とて<三日月同盟>のギルドホームは変わらず朝から(といってももう9時を回ろうとしている)賑やかだ。

 そう思いながら廊下を歩いていると前からアシュリンが歩いてくるのが見えた。ヘンリエッタさんが用意したたくさんのリボンやフリルをあしらった可愛らしいワンピースを着ててとてとと歩く狼牙族の女の子。彼女もちょうど俺に気づいたらしく、大きな笑顔を咲かせたかと思うと駆け寄って飛びついてきた。

 

「おっと、っと」

 

 小さな女の子と言っても<冒険者>。その身軽な身体を大きく弾ませて胸に飛び込んでくるアシュリンを少しよろめきながらも受け止める。

 

「おはようです!奏お兄さん!」

「おはようアシュリン。だめだぞ、いきなり人に飛びついたりしたら、危ないだろ?」

「えへへ、ごめんなさいです」

 

 抱き上げているアシュリンに注意はするが、にこにこと嬉しそうに笑う彼女にあまり強く言い聞かせることはできない。困ったものだ。

 

「事案発生だ」

「うるせーぞ、飛燕。どこから湧いて出た」

 

 本当にどこから湧いて出てきたのかいつのまにか隣にはいつも通りの気だるそうな目でこちらを指差す狐尾族の青年が。

 

「またまた、そんな風に頬もゆるゆるでにやにやしながら注意しても説得力なんて皆無っすよ。傍から見たらただのロリコ…」

「よっと」

「いったあぁ。今足払いした!図星を突かれたから暴力に出た!」

 

 だまらっしゃい。いいんだよ、子供のうちは元気が一番なんだから。アシュリンだってもうちょっと大きくなったら勝手に落ち着いてくるんだよ。

 あれ、でも千菜はあの歳でもまだ抱きついてくるよな?やっぱりちゃんと注意しておいた方がいいのだろうか…、でもなぁ、あんまり厳しくしてアシュリンに嫌われたくないもんなぁ。

 今嫌われてしまったらこのあともずっと嫌われたまんまになりそうだ。挙句の果てに俺の言うことを聞かなくなってしまったアシュリンがグレてしまって飛燕みたいな目の下に分厚いクマをつくって死んだ魚のような目になってしまったら…。

 

「アシュリン、ずっと奏お兄さんのことを好きでいてくれな?」

「?はいです」

 

「やっぱりまごう事なきの変態(ロリコン)じゃないっすか」

 

「俺はお前みたいな見た目で損をする奴筆頭のような人間にアシュリンをしたくないんだ」

「おっとそこから先は戦争っすよ、中身でがっかりする奴筆頭」

 

 戦争?本気で言ってやがるのか?お前ごときでは役不足よ!私に戦いを挑みたければ奏四天王に戦いを挑んで勝利を掴んでからにするのだな。

 

「四天王?そんなんいるんすか?」

「忠実なる<暗殺者>(パシリ)弧猿。頼んだら多分手伝ってはくれる<腹黒メガネ>シロエ。変態仲間<おパンツの騎士>直継。そして前者の三人と俺を含んだ戦力でも手も足も出ないし、頭も上がらない四天王最強の<覇姫>千菜」

 

「それ、千菜さんひとりでよくね?」

「むしろ俺が四天王のひとりでよくね?」

 

 千菜には勝てないよ、だって妹だもん。

 俺の肩書きなんてせいぜい、四天王最強のお兄ちゃん(笑)くらいが妥当だろう、役不足もここに極まれりだよ。実力不足じゃなくて格不足ってあたりが手に負えない。

 そもそもヘタレ代表の集まりみたいな男連中が千菜に勝てるかよ、ゲル状の暗黒物質(ダークマター)にされる。

 今は何やら料理スキルなしでもキャベツの千切りくらいはできるらしいからゲルにはされずにこんがり肉が出来上がるかもしれないが、人肉なんて食べれそうなのは俺の知ってる中ではアサハナ様くらいだろう。

 どんなわたしをた・べ・て、だ。

 人身御供にしてもあまりにも品が無いだろう。

 

 ―閑話休題―

 

「じゃあ、アシュリン、もういきなり人に飛びつくことはしちゃだめだぞ?」

「はいです」

「飛燕、お前もそろそろ行った方がいいんじゃねーの?さっき玄関で小竜が待ってるのを見たぞ」

「おっと、いっけね。また噛み付かれる」

 

 抱き抱えていたアシュリンを下ろしながら二人にそう伝えるとアシュリンはにこにことうなずき、飛燕は無愛想な顔を少し歪めてめんどくさそうに小走りに玄関の方へと走っていった。今から狩りにでも出かけるのだろう。

 

 アシュリンと飛燕と別れて洗面所へと向かい、顔を洗うついでに少しばかり身だしなみを整える。着物を寝巻きにしてるせいもあるのだろうが少しばかり着衣が乱れている。

 そりゃあ、こんな格好でギルドホールをうろちょろしてれば、俺のメンツなんてあってないようなものだよな。しかもそれを女の子に普通に見せてしまってるんだから中身が残念なんて飛燕ごときに言われるのか。というか、クインしかり千菜しかり明日架ちゃんしかり、俺は女の子に寝顔を簡単に見せすぎな気がする、<ゾーン設定>見直すべきか…。

 

「でもマリエちゃんよりはマシか」

「zzz……」

 

 隣には器用に歯ブラシを咥え立ったまま眠りこけている敬愛すべきギルドマスターの姿があった。関西生まれの人間は日常的にボケをかまさないと生きていけないのだろうか?偏見かもしれないけど東側の人間にも変な奴がいないわけではないけれどここまで露骨に笑いを取りにくるのは大阪の人間だけじゃないの?

 

「ほらマリエちゃん、昨日遅くまで書類と格闘してたのは知ってるけどこんなところで寝ちゃだめだって。ああっもう、歯ブラシも咥えたまま立ったまま寝るなんて器用な真似して」

「んんぅ、カナ坊かぁ、今日も早起きやなぁ」

「いやいや、どちらかというとおそようって感じの時刻だし」

 

 歯ブラシを咥えさせたままはさすがに危ないのでマリエちゃんの口から歯ブラシを引っこ抜いて、コップに注いだ水で口の中をゆすがせる。

 そのまま半分眠ったままのマリエちゃんを背中におぶって洗面所を出る。背中でのんきに寝息をたてるマリエちゃんを自室に運ぶため道中で見つけたリリアナに手伝いを頼んだ。いくらマリエちゃんとはいえ男ひとりに自室に入られるのは嫌…、かどうかはおいておいて問題があるだろう。

 

「はい、マリエちゃん。ベッドはこっちだよぉ」

 

 ばふっとダイナミックにベッドに倒れこむよう寝転がる彼女にリリアナが掛け布団をかける。すると気持ちよさそうにマリエちゃんは顔をほころばせた。

 

「ありがとうなぁ〜。リリアナぁ、カナ坊ぅ」

「どういたしまして」

 

 マリエちゃんにはその返事が聞こえているのかいないのか、定かでない様子だったのでリリアナと一緒に部屋を出ようとする。

 

「そろそろ、俺も仕事の手伝いに復帰した方がいいな」

「それなら多分、大丈夫ですよ。ここ二ヶ月くらいで奏さんがいなくても<三日月同盟>(ウチ)は十分に回るようになってますから。マリエールさんのは別件です」

「うん、なんかもうなんとなくは察しがついてたよ、みんな結構怒ってるだろ」

 

 なんとなくはわかっていた。最初の方はなんにもお咎めなしでみんなにこにこ迎え入れてくれた上に、俺がアサハナ様のところで無理に身体を回復させ続けた後遺症のせいで一時絶対安静にしなくちゃいけないこともあっさりと受け入れてくれた。帰ってきてから一週間が経とうとしているがまるで老後のおじいちゃんみたいな生活を送っている自信がある。

 

「うーん?まあ怒ってはいますよ。それと同じくらいにはみんな喜んではいますけど」

「喜んでる?なに?ストレスのはけ口見つけちゃった的な?」

 

「なんでそんな卑屈になるんですか…。違いますよ、普段頼みごとをしない奏さんが珍しくここ一週間ずっとわたしたちに頼りきりじゃないですか」

 

「いや、珍しくって…。俺は結構迷惑かけてばっかりだったと思うけど」

 

 俺の詰めの甘さは折り紙つきだ。大抵のことはやってのける自信はあるが、俺一人でやったことはどこか抜けている。

 

「そうですよ、奏さんは誰かの手伝いばっかりしてきて自分でなにかするってことはなかったじゃないですか、それがいいことでも悪いことでも。奇抜で能力は高くても欲がなかったんですよ。

 それが今ではわたしたちに頼りっきりで、休んでばかり。クインさんとイチャイチャしたり、<記録の地平線>(ログ・ホライズン)に遊びに行ったきりで夜遅くに帰ってきたり、散々すき放題なんですから。怒ると同時に安心しちゃいましたよ」

 

 

 それは姉ちゃんにも言われたことだ、俺の行動原理は自分の居場所(世界)を守ることにしかない。

 以前は他人からの評価で自分の世界を維持し続けることに固執した、世界を崩されないように大事に大事に見守り続けていたようなものだ。壊れそうなところを補強して、手に負えないところは切り捨て新しいものに組み替えた。

 今は違う。俺が守りたい世界(居場所)には俺以外にも世界(居場所)を守ろうとしている仲間がいることに気づいた。世界が広がった。俺以外にもそんな奴らがいてくれるならそれはとても頼もしいことだろう。一人で担いでいたものを他の仲間が一緒に担いでくれる。それなら自分自身のことに興味がではじめる、欲が出て我が儘になる。

 

 それがいい変化なのか悪い変化なのかはまだ俺にはわからないけれどそれでも一緒にいてくれる仲間がいてくれることに気づけたことはとても嬉しいことだ。

 

「おいおい、リリアナ。あんまりそんなこと男相手に言うものじゃないぞ」

「奏さんは絶対に手なんか出してこないって信じてますからだいじょーうぶです。

 口ではなんだかんだといっても中学生にならない娘にはそんなことしないしちょっとのボディタッチだって誰も奏さんからされたことないこと<三日月同盟>の女の子たちはみんな知ってるんですから。むしろ女の子から触られる方が多いでしょう?奏さん割と慣れてるように見えてちょろいですから」

 

「ど、ど、童貞ちゃうわっ」

「誰もそんなこと言ってませんから」

 

 な、なんだと?<三日月同盟>(ウチ)の女の子らにはそこまで情報共有されてちょろいなんて不名誉な共通認識をされているのか?まことに遺憾である。

 

「なんならわたしの好きなところ触っていいですよ。胸でもおしりでもお好きなところをどうぞ」

 

 エルフ耳の女の子リリアナは赤紫のローブでわかりづらくともしっかりと女性らしい膨らみを見せつけてそんなことを言ってのける。この娘はこんなに度胸のある娘だったか!?

 いや、違う。これは単に俺を舐めてるだけだ。俺が触れるわけがないとタカをくくっているんだ。

 

「ふ、リリアナ悪いが俺はお前のその意外と着やせするナイスバディには興味がないんだ」

「なっなんですってー?」

 

 リリアナはスタイルがいい。普段は体の線が出にくい服を着ているせいでわかりにくいが<軽食販売店クレセントムーン>の制服を身にまとった時には高校生ながらマリエちゃんやヘンリエッタさん大人の雰囲気を放つ二人に迫る勢いであろうプロポーションの良さを発揮してみせたのだ。元から着こなしの良さもあるのだろう、サブ職の<裁縫師>として自分で作った服を着込んだリリアナはとても様になっている。<三日月同盟>一のおしゃれさん、ファッションリーダー的な立ち位置になるだろう。

 しかしそれでも答えはNOだ。リリアナはショックを受けたように両手でその体を抱きしめる。しかしあえて言わせてもらおう。

 

「俺には可愛い彼女がいるからな」

 

「どうも朝からごちそうさまです」「いえいえお粗末様です」

 

 いえーいと、まっすぐ伸ばした手同士を叩いてハイタッチする。

 

「もう何回くらいキスしたんですか?夕日の見える浜辺なんかで愛を確かめるように何度も何度も、なんて…、きゃー」

「期待を裏切るようで悪いんだけどそんな砂糖のハチミツ漬けのようなあまあまラブロマンスはしたことないや……」

 

「え?ないんですか?」

「ないない」

「あんなみんなの前でもこれみよがしにぴったりとくっついてソファーで頭をあずけ合いながら寝てたりしてるのに?みんなが気まずくて共有スペースなのに入れないようになってるのに?」

 

 えー、普段そんな気遣いしないんだから別にそんな気を遣わなくていいくていいのに。

 

「一回だけだよ。付き合ってるからってそんなホイホイするもんじゃないだろ」

「なんでですか?」

「なんでですかって…、あいつ赤面症だから二人きりだと顔真っ赤でこっちが手を出すのが申し訳ないくらいなんだ。むしろ人が周りにいるほうが大丈夫っていうか、なんなんだろうな?告白の時なんかは俺より度胸あったのに」

 

「あー、そういえばクインさんってそういう方でしたねぇ。スイッチのオンオフが極端に上手いせいで普段(オフ)の時は超奥手ってことですか、あざといです、可愛すぎでしょう。

 最近クインさん、奏さんの前では前みたいな口調で喋らないでしょう?」

 

 言われて思い返してみればそうかもしれない。帰ってきてから口調が変わっていたからあえて口にはしなかったけど俺の前と他の奴がいるのとじゃ確か口調が違うかも知れない。千菜あたりと一緒にいるときもそうだったから気づけなかった。

 

「ああ、前と比べたら砕けたというか丸くなったというか」

「愛されてますねぇ、ゾッコンですねぇ、もうラブズッキュんって感じですねぇ」

 

 ラブズッキュんって…、古くせぇ。ニヤリと若干胡散臭い笑みを浮かべてリリアナが面白がってるのはよくわかる。女の子は恋バナ好きだよね、知ってるよ。ミノリや五十鈴ちゃんにも根掘り葉掘り聞かれたもん。

 

「リリアナ、そろそろ朝ごはん食べに行ってくるわ」

 

 あまり深入りされるのは面倒だ、長話になりかねない。ここは逃げるが勝ちというものだろう。

 

「あっ!奏さん、まだ聞きたいことが…」

 

 知らん。恋バナならギルマスとか戦闘班の班長とかおパンツ騎士の三角関係、ロリコンメガネと合法違法の女の子たちの三角関係とかもっと面白いのが転がってるだろう。そっちで我慢していてくれ

 

 ◇◆◇◆

 

「ごめん、ギーロフ、セコンド。みんなにいじめられてた」

 

 食堂に入り厨房前の椅子に腰掛けて新聞を読むギーロフとテーブルに置くノートに献立らしきものを書き込んでいる<三日月同盟>(ウチ)のコック兄弟に話しかける。

 

「奏、お前はそういう説明足らずのところがあるから変な噂を立てられるんだと思うぞ」

「どうせ、楽しくおしゃべりしてただけでしょう。ボクたちが待っている間に」

 

「いや、悪い。今回は半分くらいは本当なんだ。みんな俺を泣かせにくる、あとは自業自得であってるけど」

 

 呆れたようなポーズを揃ってやるコック兄弟ではあるがさっさと厨房に戻っていく。十分もすれば朝ごはんが目の前のテーブルに並ぶのだった。相変わらずウチのシェフたちの作る飯は美味いな。素人の作る料理とはやっぱり違う。流石実家がレストランなだけはある。

 

「そしてなにより白米が上手い」

 

「そりゃそうさ。白米が不味くちゃ料理全体の味の半分は落ちちまう。白米だからこそ一番に気を使うのがプロの料理人の仕事なのさ」

「このれんこんのきんぴらも美味い。朝ごはんはやっぱりこれだよね」

 

 褒めれば褒めるほどウチの料理人たちは次の料理を良くしてくる。最近では師匠だけでなく色んなギルドの料理人たちと集まって意見交換会なるものを開いていると聞いている。美味い食事が街に広がっていくのは良きことなり。

 

「朝ごはんの途中にお邪魔しますよ」

 

 耳障りのいい凛とした声が食堂の入口から聞こえてきた。入口の方を見てみるといつものデキる女の空気を醸し出す<三日月同盟>の会計担当ヘンリエッタさんが立っていた。

 ヘンリエッタさんはギローフにコップをひとつ出してくれるように頼み、ギローフの出した湯呑に俺が急須に入っている緑茶を注ぎ込む。緑茶に関してだけは淹れるのは俺の仕事だ、おいしい緑茶の淹れ方、注ぎ方にはコツがある。

 

「おいしい」

「それはよかった。少し待ってくださいね、すぐ食べ終わりますから」

「そんなに急がなくても構いませんよ。いつも言ってるじゃないですか正しい食事も鍛錬のうちだって。そんな急ぐ話でもありません」

 

 食事も鍛錬。これはうちでは当たり前のことだった、なにせ日常生活そのものをルーティンにするのだから。食事どころか一日中修行しかしていないといっても過言ではない。むしろ食事を鍛錬のうちに数えるのはアスリートや武術家と呼ばれるような人種にとっては当たり前のものだと思う。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 

「なんでヘンリエッタさんが言うんですか」

「あれだけ見ていて気持ちのいい食べ方を見せられれば誰でも言いたくなりますよ」

 

 ヘンリエッタさんはそんなことを言いながら俺が朝ごはんを食べているうちに皮をむき終えたみかんの一粒を口の中に放り込む。

 

「そういえば、俺になんか用事があったんですよね、どんなお仕置きですか」

「してほしいというならしますけど、それはまた今度。

 供贄一族の菫星様から奏に会えないかと打診が入っているんです」

 

「供贄一族の頭領から?……ああ、都市防衛結界の復旧についてか」

「察しがよくて助かります。都市防衛結界の修復には十年単位でかかると予想されています。とは言っても<円卓>としても供贄一族としてもはやく復旧できるのであればそれに越したことはありませんからね。結界術の専門家の意見が聞きたいそうです」

 

 アプローチとしてはいいんだろうが、正直俺が力になれるかどうかはわからないな。一流の<陰陽師>として名前は通ってるらしいけどいかんせん元はちょっと霊感があるだけの日本人だ。知識だって最低限身につけたばかりでもっと学ばなくちゃいけないことが山ほどある。

 

「あんまり、期待はしないで欲しいですねぇ、こっちが勉強させてもらうくらいの気概でいいんだったら行きますけど」

「それで構いません。どうせ十年そこそこはかかると最初に宣言されてそれを飲んでいるんです。うまくいったらラッキーくらいにしかみんな考えていませんよ。好きにしてきてくださいまし」

 

 それじゃあ、着替えたら顔合わせくらいしてきますかね。

 菫星さんって一回くらいしか顔を合わせたことしかなかったんだけど、仲良くなれるかね。鉄仮面だからな、あの人。三佐と一緒で意外と甘党だったりしたら会話も合わせやすいんだけど。

 

「何言ってるんですか、今日は行きませんよ」

「え、駄目なんですか」

 

「駄目なんですかって…、奏、最近ちょっと気が抜けすぎているんじゃありませんか。まったく、本題はこれからです。席にもどりなさいな」

 

 本題?まだなにかあるのか、都市防衛結界の復旧作業の手伝いなんて結構な大事だと思うんだけどな。これより重要イベント?

 

「今日は十二月三十一日、大晦日です。それに明日はあなたの誕生日でしょう?

 みんな今夜のパーティーの準備とあなたへのプレゼントの準備でてんてこ舞いなんですよ」

 

 

 そういえばそうだった、どうりでみんな浮き足立っている。アサハナ様のところにいたせいで感覚がマヒしてた上に最近まともに日付を見る生活をしてこなかった。食って寝て好きな時にことをして好きな場所にいた。そりゃあわからなくもなる、なにせ誕生日なんて正月よりも特別なものじゃなかったんだから。

 

 時は金なり、そして信頼も金なりだ。

 




 

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