ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第六十一話 結末

「はい、これでおしまい」

 

 回復呪文の光が消えナズナが手荒く奏の背中を叩く。それに小さな悲鳴をあげながらも奏は立ち上がって身体の細かな調子を確認する。

 

「大丈夫か?カナ坊。もう足痛くないか?」

「うん、大丈夫。一時はちょっと安静にしとかなきゃかもだけど、<冒険者>の身体ならすぐよくなるでしょ」

「ほうかぁ、よかったぁ。おかえり、カナ坊」

「ただいまマリエちゃん。心配かけました」

 

 少し涙目になりながら奏の顔を覗き込むマリエールを安心させるようと奏はピースサインをしてにこりと笑う。それを見て安心したのか感極まったのか奏に抱きつき頬ずりする。相変わらずのギルマスの反応を嬉しく思いながら、柔らかなその感触よりも傷口に響く痛みの方が痛くてしょうがないので本当に惜しみながらもやんわりと押し戻す。

 

 そんな中で、こっそりとナズナが耳打ちしてきた。

 

「奏、アンタ、どんな無茶をやってきたんだい。専門外(歯科医助手)のアタシでもわかるよ、身体中ボロボロで無理やりここまで持たせた感じじゃないか、その身体一時どころかしばらくは本当に絶対安静にしとかないといけないよ」

「……やっぱりわかりますか」

「特に聞くことはしないけどさ、これ以上心配かけるんじゃないよ。最近の千菜やマリエールの様子といったらもう、ひどいもんだったよ。心ここにあらずって感じでさぁ」

 

 ぐりぐりと脇腹をつねって奏に注意するナズナ。こればっかりは文句のひとつも反抗もするわけにもいかないので奏は素直にされるがままになる。それをじーっと見つめる視線にナズナは気づく。

 

「ああ……、もうひとり表面上はなんとか取り繕ってた娘がいたねぇ」

「え、なんか言いました?」

「…半端な対応はすんなってことだよ」

「イタいっっ!」

 

 どすっと手刀を脇腹に突き刺す。そのいつもならされない理不尽な暴力はナズナなりの奏に対するけじめのつけさせ方(お仕置き)なのだろう。脇腹を抑えてうずくまる奏のことなんて知ったことではないとひらひらと手を振って怪我の具合が良くなったらソウジロウにも顔を見せるよう伝えて奏から離れていくナズナ。

 

「……わかってますよ、ったく。絶妙に加減しないんだよなぁ、あの人。

 クイン!」

「ひゃい!」

「あとで話したいことがあるんだけど、いいか?」

「わ、わわ、わかった」

 

 わかっているのかわかっていないのかいまいち要領を得ないが一応返事はしたので奏は良しとする。それよりも今はまだやらなければいけないことがある。

 

「さて、百恵さん、でよろしいですか。あなたを拘束及び監禁させてもらいます」

「わかりました、謹んでお受けいたします」

 

 リーゼの凛とした声がその場ではよく通る。奏と千菜をなんとか視線にいれないようにしているところがどうにも彼女らしい。ひとりポツンと<全式の儀式杖>の回復を受けている百恵も自身の拘束と監禁に対してひとつの抗議もすることなく素直に受諾する。

 

「気にしなくていい。当たり前のことを言ってるんだ、リーゼちゃんが正しい」

 

 奏も千菜も抗議する様子はなく、ただその行く末を見守るだけに徹しようとしていた。

 

「え?ええ、カナ坊、ええのん?実のお姉さんやろ」

 

 マリエールらしい言葉ではあったがこればかりはどうしようもないことだった。やってしまった事が大きすぎる。

 

「どういう意図があったのかは測りかねます。しかしこの方がレイド攻略の邪魔をしたのは動かしようのない事実です。結果はどうあれ、百恵さんがルグリウスを解放し千菜さんは命を危険に晒された。レイドチームももしかすれば全滅していたかもしれません。奏さんとの戦闘は私闘で片付けたとしてもその事実はごまかしようがありませんアキバの街を危機に晒したその責任はとってもらわなくてはいけません」

 

 奏と千菜の前で『罪』という言葉を使わないのもリーゼの優しさなのだろう、その優しさをこれ幸いと奏も言葉を差し込んだ。

 

「擁護するわけじゃないし拘束、監禁大いにしてもらって構わないんだがひとつだけ注釈させてもらっていいかな?」

「なんでしょう」

「ルグリウスはあのまま放置していてもいずれ自然消滅していた。寄り代がなくなっていた状態で生前に近い戦闘能力を維持していたんだ、夜が明ける前には消えていただろう」

 

 あくまで個人としてでなく現場の一専門家の意見として聞いてくれ前置きを入れることも忘れはしなかった。

 

「そうですか、一応報告には加味しておきます」

「いや、本当に煮るなり焼くなり好きにしていいぞ」

 

「なんで最後にそんなこと言っちゃうの!?お姉ちゃんのために擁護頑張ってよ!」

 

 言い訳も抵抗もするつもりはないらしいが見捨てられるのは悲しいらしい、詰め寄ることはしないが奏の足に絡みつく。まるで別れて出ていこうとする彼氏を必死に引きとめようとする女のようだ。

 

「姉さんわたしが危ない時助けようとしてくれなかったからなぁ」

「したよ!しようとしたけど奏が上から降ってくるのが見えたからやめただけで!」

「やっぱりお兄ちゃんがナンバーワンだよね」

 

 散々、いままでやられた分の仕返しとばかりにばっさりと切り捨てていく奏と千菜。それにさめざめと涙を流す百恵。仲のいい姉弟姉妹の光景だというのにどうにも内容が生々しい。

 

「あの、異議なしでいいのならちゃっちゃと連行してもよろしいですか?」

 

 散々に姉をいじめる弟妹の図に気を遣う気も失せたのかそれとも姉の方がなんだか不遇に見えたのかさっさと百恵を連れて行こうとするリーゼ。

 だが奏はそれを人差し指を立てひとつの提案をすることで制した。

 

「まあ、待ってよ。リーゼちゃん、最後に今回の黒幕の意見を聞こうぜ」

 

「そうだねー、事が全部終わってからでも判断は遅くないと思うよ、<D.D.D>の参謀さん」

 

 

 その声は誰もいない暗闇から当たり前のように響いた。まるでどこであろうと付きまとう影の底から聞こえるようなその声にリーゼの顔が僅かに引きつる。

 

「今回の一件、裏で糸を引いていたのはボクだ。そして幕を引くのもボクでなくてはいけない」

 

 ビルとビルの間、影と影が重なり合い生まれた暗闇の中から人影が出てくる。銀色の星屑のような光を返す毛並みに暗闇の中にあっても光を放っていた金色の眼をした猫人族<円卓会議>十三人の代表のひとりマイクロフトがその場に立っていた。

 

「奏クン、その光消してくれないかなー。その光は少しボクたちには刺激が強い」

 

「……」

 

 奏はマイクロフトに言われた通り黙って<全式の儀式杖>が放つ聖光を収めメニュー画面を操作して杖をしまう。

 

「すまない、でもこれは必要なことだ」

 

 マイクロフトが言葉を言い終えたと同時にマイクロフトの背後の暗闇から無数の黒い塊が飛び出し座り込む百恵へと殺到しその身体へと入り込んでいく。その黒い塊の正体は鴉、ただし普通の鴉ではなく足を三本持った異形の鴉たち。

 

「ああ、ううぅっ、くっ」

 

 無数の異物が身体の中へと入り込んでいくのに対して大きな悲鳴をあげることがないことが百恵の精神力の強さを表していたがその身体は変化していた。美しかった金髪がみるみるうちに色が抜け雪のような死人のような白髪へと変わっていった。身体の方も細くなっていき耐え切れず倒れ込みそうになるところを優しく奏が抱きとめた。

 

「マイクロフトさん!これはどういうことですか!

「理由は話す。だからそこのお姫様を押さえ込むことを先にしてくれないかな」

 

 

 百恵の変貌具合を見て血相を変えて問いただすリーゼにマイクロフトは顔色のひとつも変えることなくそれよりも別のものを見て指さした。指差した方向からは離れていても焼かれていまうのではないかという熱気。

 

「マイクロフト!!姉さんになにをしたぁぁ!!!」

 

 自分に向けられているわけではない殺気、それでもなお気圧されるほどの圧力。今にも飛びかからんとする千菜を押さえ込んでいるのはクインと何十本もの白銀の腕だった。その殺気を一番に受けているはずのマイクロフトはただただ千菜を見つめるだけでなにか言葉をかける様子もない。

 そんな中で奏がふらふらと立ち上がり修羅のような形相で拘束を解こうと暴れる千菜の元へと歩みを進める。

 

「ごめんな、ちょっと眠っててくれ」

 

 ただ悔しそうに申し訳なさそうに奏は拳を握り千菜の腹へと拳を打ち込んで千菜を気絶させ倒れ込もうとする千菜を抱き止め力いっぱい抱きしめる。

 

「にい…さ…」

 

 意識を手放した千菜をマリエールとクインに預け、マイクロフトの方は一瞥することもせず横たわる百恵の元へと戻る奏。

 

「……マイクロフトさん、ちゃんと説明していただけますね?」

 

 リーゼだけでなく周囲から浴びせられる厳しい視線。奏がどうしようもない程の妹想いの男だということは周知の事実、その奏にここまでさせた意味、説明しないわけにはいかないだろう。

 

「今回の一件、ボクが糸を引くきっかけになったのは奏クンからの依頼からだった。『実の姉の行方を探って欲しい』人探しなんてよくある依頼だったしほかならぬ奏クンの頼みだった、引き受けた。実際問題として少々手こずりはしたが百恵チャン、そこに眠る彼女を見つけることはできた」

 

 淀みない口調で淡々と語っていくマイクロフト。

 

「ただ、そこでひとつの問題が発生した。彼女が奏クンたちと再開することを拒んだことだ、彼女はこの世界で奏クンの人間的欠落を治すために動いていたからだ。そこまでなら別にいい、弟想いの姉の行動で片付けられる。依頼失敗の報告書を引き下げて身を引くこともできる。

 だが、その手段が問題だった。詳しくは省くけど彼女がその手段を実行するために手に入れた力は決して個人が所有していい力ではなかった」

 

 神格をその身に宿し<大規模戦闘級>(レギオンレイドランク)の戦闘能力をたったひとりの人間が所有すること。それは個人の枠組みを超えて周囲に与える影響があまりにも大きすぎる。

 

「たったひとりの所有する、しかも制約のひとつもないデメリットなしで振るうことができる兵器なんてものがあれば、それは戦争の火種にしかならない」

「兵器だなんて人をなんだと…」

「恐怖を感じなかったかい?彼女のたったひとつの拳でビルと同じ大きさの氷塊が砕け散り、もう闘うことも出来なかった殺人鬼は復活した。

 恐れを感じなかったというのならそれこそ君たちは奏クンの欠落なんて問題にならない程の人間として欠落を負っている。今すぐにでも奏クンと同じ目にでも合うといい、彼の十分の一くらいは恐怖を感じれるだろう」

 

 その言葉は問答無用で僅かばかりでも反感を覚えているものたちの反抗の意思を折っていく。誰もが身に覚えがあるからだ、だから誰も倒れる百恵と姉を大事そうに抱きしめる奏の近くに近づけずにいる。

 

「百歩譲ってボクたち<冒険者>はいいだろう。遠巻きに迫害でもしていればいい、いざとなればレイドチームでも組んでまるでレイドにでも挑むかのように討ち取ればいい。

 だが大地人は違う。彼らにとって死の価値観はボクらよりもより身近だ、良くも悪くも。死が身近だからこそ命をボクたちよりも大事に思うものもいれば殺すことに躊躇を覚えないものもいる。戦争を忌避する傾向がボクたちよりも薄い」

 

 同じ人間ではあっても<冒険者>と大地人その価値観の差は大きい。それはたかだか一年やそこらで全て分かり合うことは不可能なほどにだ。

 

「この世界はボクたちだけじゃ生きていけないことは明白だ。果たして大地人が戦争を始めたとして、ボクたちは無関心を貫けるだろうか?仮に彼女が戦争に巻き込まれ手駒にされて多くの命が散ることになる可能性が決してないと言い切れるだろうか。

 そんなことを考えんければいけないほど彼女の持つ特異性は異常すぎる。封印して使い物にならないようにしなければならないほど」

 

 マイクロフトが放ったのはその力を使うどころか発動することすら危うくさせる重度の呪い。神格をその体に宿す彼女には通るはずはなかったために彼女の計画の手助けをし奏が百恵を討つことで弱るのを待たなければならなかった。殺人鬼のおかげで都市の防衛結界が消え一番弱りきった街中で呪いを施せたのは嬉しい誤算だった。

 

「あなたの言い分はわかりました。独断行動であったことは問題に上げざるおえないので<円卓会議>には報告することになります。あなたが街の中ででそこまで危険なものを使ったこともありますし、あなたも拘束せざるおえません。

 最悪<モルグ街の安楽椅子>は<円卓会議>から除籍も免れないと考えておいてください」

 

 頭の中で分かっていてもどこか納得のいかない終わり方に吐き捨てるように言葉を紡ぎマイクロフトを拘束することを告げる。

 

「わかっているさ。結局ボクは彼女の願いを完璧には叶えさせてあげれなかった。どんな罰でも受け入れよう」

 

「奏さん、一応あなたのお姉さんも拘束しなければいけません。私はマイクロフトさんを連行しますので百恵さんはあなたが連れてきてください。時間はどれだけかかっても構いませんので」

 

 

「悪い、恩に着る」

 

 そういってリーゼはマイクロフトを連れ去っていった。他のメンバーたちもそれを見て去っていく。奏と百恵、二人だけが残されたところで奏は口を開く。

 

「まったく、わかっていたけど難儀なもんだな、姉ちゃん」

「うん、困ったね。体中気だるくてしょうがないや」

 

 うっすらと目を開く百恵が奏の言葉に返事を返す。

 

「ちょっと散歩でもするか」

「そうだね」

 

 奏は百恵をその背中に担いで歩き出す。少しだけほんの少しだけ。

 人の身で神になろうとした女は罰を受けた。それでもほんの少しは救われてもいいだろう。

 

 秋頃には出来なかった話をしよう。積り積もった話をしよう。吹き抜ける風は冷たかったけれどお互いに触れ合う体は暖かかった。

 

 

 


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