ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第三十五話 さすが貴族!やることが汚い!

 

『天秤祭』二日目

 

 昨日の店主の突然の失踪もまるで歯がにもかけない勢いで<三日月同盟>出店の店<陰陽屋>は繁盛をして見せていた。全盛期の頃のブランドと経歴、前日の急な店主の失踪が相まり<陰陽屋>はいつ店主がいなくなるかわからないぞ、と大手ギルドのメンバーたちの間で噂を呼んだ。

 

 大手ギルドというのはその名の通りに在籍人数が多い。女三人寄れば女々しいというのとはまったく意味は違うが、とにかく人が集まれば噂が立つのだ。その噂は戦闘系のギルドの間でまず広まり、生産系の職人たちに広がる。そして職人たちから伝わるのは職人たちが作った物を売る商人たちだ。商魂たくましい彼らはそういった金になる物珍しいものにはまるで木の樹液に集まる昆虫たちのようによってくるのだ。

 

 サブ職<陰陽師>の制作アイテムなんて<陰陽師>の絶対数の少なさまもあってそうそうマーケットに出回るものではない戦闘系の面々には特殊効果がついた武器防具、職人には研究材料、

いいのか悪いのかそんな噂で戦闘系ギルドや大手ギルド以外に対してもの知名度が増した<陰陽屋>は朝から一日目の出鼻をくじかれた分を取り戻すように大忙しだった。

 

 <陰陽屋>の店主である奏の失踪の理由が店の前で突如として謎の集団に襲われたの客のカップルがいたことを受けてその集団をわずか一日で壊滅させたという理由だったことをある大手に所属しているカップルたちが話したことも一因しているようだ。

 

 

 

 そして、意外にも人気を博していたのはエルノの存在だった。レイネシアと同じコーウェン公爵家の一員である生粋の貴族であるエルノが一店員として働いている。

 そんな馬鹿げた話があるものかと最初は信じていなかった者たちもエルノから発せられる本物の貴族オーラに女性はハートを打ち抜かれ、男たちは彼が話すレイネシア姫の幼少期の話や日常話を聞かされすぐにアンタは本物だ認定をされた。

 

 貴族のエルノがなぜこんなところで働いているのかという疑問の声も多かったがエルノは、

 

「マイハマを離れて久しいレイシアが立派にアキバの<冒険者>の方々と助け合ってられるかを確認しに来たというお題目で、久しぶりにレイシアに会いたくなったのと、アキバの街で<冒険者>の皆さんと仲良くなりに常々興味があった商いを通じてできないかと、友人のここの店主に相談したところ素人のわたしを快く雇ってくれた」

 

 と白々しくもにこやかに語ってみせた。

 

 この時の顔を見て奏は言った。クラスティと同じ悪い人の顔だと、さすが貴族汚い、と

 

 ものは言いようというものでレイネシアに会うついでに観光がしたいと奏に相談したエルノを店の手伝いをしてくれと無理やり丸め込んだ奏が評判まで上げてもらっておいて言っていい言葉ではない。

 エルノとしては一日目に来ていた奏の弟子の女の子へのわずかばかりの贈り物のつもりなので奏になにを言われようが知ったことではないのだが、

 その証拠に今も客の女の子と楽しげに談笑している。

 

 

「すいませーん!会計お願いしてもいいですかー!」

「はい!ただいまー!」

 

 

店内をバタバタと走り回るのは昨日の騒動のままにもつれ込むような感じで店の手伝いをしているござる。むさくるしいその顔もニコニコと笑っているものだから愛嬌を感じさせている。

 

 

「金貨15枚になるでゴザルよ。……はい、確かにちょうど頂き申した。ありがとうございましたーでゴザルよ」

 

 

 ロールプレイの口調も相まってなかなかにシュールな光景ではあるが満点の接客対応なのであるから奏もロールプレイにも目は瞑っている。

 前日からやっている三バカよりも店の品の覚えもよく接客も上手いのだ。千菜からは、さすが、ゴザルねとお褒めの言葉も承っていてござるも上機嫌だった。

 そんなござるに店の奥で<加護付与>を行っているのはずの奏が駆け寄って

 

 

 

 

「ござる!悪い、店少し空ける!」

 

「またでゴザルか!?昨日も午後からは店を空けているでゴザろうよ!」

 

「緊急事態だ。エルノ付き合え、姫さまのピンチだ」

「っ!わかった」

 

 着けていたエプロンを脱ぎ捨て真っ黒な華やかさの欠片も感じさせないいつものコートを走りながら羽織る。店の客へと奏は大声で呼びかけ一言断りを入れると店の客たちは言った。

 

「何してんだ、早く姫様の所に行ってこい」

 

 奏とエルノは店の入口の前で一礼するとレイネシア姫が主催で執り行っている夕餐会の会場である風水の館へと走った。

 

 

 

「まったく、噂通りに店主がよくいなくなる店でゴザルよ」

 

 

入口で二人を見送ったござるは言う。背後からまた会計を求める声が聞こえてきた。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「ふんっ。どうしたのですかね? よもや準備が出来てないなどとは云いますまい? あれだけ事前に申し込みを行なったわけですし」

「その……」

 

 

レイネシアは窮地に立たされていた

ことは、マルヴェス卿がミナミの新技術を採用した精霊船でアキバに向かうに当たり、事前に<斎宮家>にも納める荷物を保管できる倉庫を借りられるよう、レイネシアの方に打診してレイネシアの祖父にあたるセルジアット公にまで了解の印を得られて、出向いてきたのだ、がそれを祭りの準備の中で失念してしまったのだ

 

 伝達の事故で連絡そのものが届くことなく失せてしまったのか、それとも事務メイドが失念したのか、それともレイネシアがあまりの忙しさに書類をどこかに紛れ込ませてしまったのか…。原因はどこにあるのかわからない

 

 しかし、今更それを問い直している暇はない。

 マルヴェス卿は、レイネシア側からの返事も所持しているのだ。今回の不手際はレイネシアの落ち度以外の可能性はないのだが…

 

 

「いい加減、返答を返して貰いたいものですな!こちらは貴女みたいに暇なのではないのですよ?さぁ!」

「その……」

 

 

 謝ることは、容易い。

 しかしこういった交渉に不慣れなレイネシアは、頭を下げて良い場面なのかどうなのか判断がつかないのだ。自分の未熟さが嫌になる。

 

 

「それがコーウェンの作法ですかな? それとも〈冒険者〉――アキバの街との協力関係を作ったというのが眉唾であったのかな?」

 

 

 せせら笑うような声に俯いたレイネシア。

 云い返したい言葉はあふれているのだが、そのどれが正しく、あるいは危険なのかが判らないのだ。

とにかく謝罪し、船荷の保証を含め、事を穏便に処理しなければ。細かい手順については追々考えるとして、今はこの問題を、せめて宴の後に繰り延べられないか? レイネシアは痺れきった頭でそう考える。

 

 

「こんばんわ!」

 

 

 そこへ一人の来訪者の姿が現れる。俯いてしまっていたレイネシアは気づくことに遅れてしまったがそれが誰なのかすぐにわかった。それはザントリーフへと向かった運命の演説のあの日レイネシアを引き返せない崖へとにこやかに手を引き突き落とした張本人シロエだった。

 

 

「どうも、お初にお目に掛かります。僕は<円卓会議>12ギルドの一つ<記録の地平線>(ログ・ホライズン)のギルドマスター、シロエと申します。マルヴェス卿、ようこそアキバへ」

 

「シロエ……、家名はないのですか?」

 

「ええ。<冒険者>ですから」

 

 

 シロエは西の大貴族マルヴェス卿と向かい合ってもその飄々とした態度いっさい崩すことはなかった。むしろ、いつもよりも纏う空気にピリっとした鋭さがある。まるで先程までイライラとしていた残り香が抜けきっていないように。

 

 大地人の礼節や風習に疎い彼ではどのようなトラブルを呼び込んでしまうかわからない。レイネシアはそれを防ぐためにアキバの盾となることを決意する。

 しかしその肩をそっと、だが有無を言わせない確かな力で抑える制止の手がかかった。レイネシアが肩口に振り向くとそこにはクラスティがいた。

メガネに阻まれ目を見ることはできないのだけれど不敵な笑みを浮かべていることだけはレイネシアにもわかった。

 

 

「それで?なにがあったんですか?エリッサさんは?どこ?」

 

「こちらです。シロエさん。……これが経緯になります」

 

「あぁ…なるほど……そういうこともあるのか。……うん。だいたいわかった。おーい、ミチタカさーんっ」

 

 

 念話を使う手間すらも惜しんだシロエは会場に大きく響くほどの声を上げて会場にいる大男に声をかけた。それに悠々と近づいてきたのはシロエ、クラスティと同じく<円卓会議>の一席を担う12ギルドのひとつ<海洋機構>のギルドマスターであるミチタカだ。

 

 

「ミチタカさん、姫がポカやらかして、トラブルが発生したようです」

 

「ほう、そりゃ、またまた難儀なことだな」

 

「それで、円卓の倉庫がいっぱいらしいので、<海洋機構>の倉庫を貸してもらえませんか?これくらいなんですけど」

 

 

 シロエは手に持つエリッサから受け取った資料をミチタカへと手渡す。それをさらりと三秒程度か目を通したミチタカは答えた

 

 

「なんなら台車も出そうか?」

 

 

「なっなんだと?倉庫なのだぞっ。そんな簡単に用意できるはずが。分かっていないな。私は馬車で来たのではないのだぞ!?」

 

 

 

 

 

 

「知ってますよぉ。ついさっき見学させてもらいましたからぁ」

 

 

 会場に新たな声が響いた。会場の入口付近にいるにも関わらずその声ははっきりと一語も聞きのがすことなく神経を逆撫でするような声が聞こえてきた。

 新たなこの修羅場への来訪者は二人。エルノと奏だ。

 

 

「初めまして、マルヴェス卿。

港に停泊する美しい船を見つけましてね。乗員に話を聞くとこちらにおられるときいたので。

 しかし、なにやらマルヴェス卿はお困りのご様子。申し訳ありませんね、わたしは姪に何分甘く、蝶よ花よと面倒を見ててきたので些か世間知らずの箱入り娘、マルヴェス卿のそのサファのようにプギャーなお顔に見惚れて困惑してしまったようだ」

 

 

 マルヴェスにはところどころのエルノの言葉の真意が測りかねない。当たり前だ。<冒険者>特有の言葉なんて余計なことを教える奏のような存在と関わりの強いエルノぐらいしか大地人の中でわかる者なんているわけがないのだから。

 プライドの高いマルヴェス卿は言葉の意味を尋ねることなんてできないのでなおさらだ。

 

 

「お褒めに預かり光栄ですよ。まさかこんなところで貴男のようなお方にお会いできるとは、エルノ卿」

 

 

 エルノの言葉の意味をわかっている<冒険者>にはこのやり取りがおかしくて仕方がない。馬鹿にされて堂々とそれに礼を述べているのだ。こっけいさもここに極まっている。

 マルヴェスにバレないように奏は周囲の<冒険者>たちに笑いをこらえるように静かにジェスチャーを送った。ここで悟られてはまだ面白くないのだ。

 

 

「あまりにも船が美しかったもので眺めていたらこちらに気づいた船員さんが中を見られて行ってはどうかと進めてくれましてね。中を見学させていただいたのだが、実に素晴らしい船でしたよ。特にあの広大な氷室を詰んだ倉庫。積載量500トンのあそこに()()()()()()()()圧巻でしょうね」

 

 

「あんなに広い倉庫は三大生産系の倉庫以外では初めてみましたよ。あんなに広いのに何にも積んでいないから⑨かとも思いましたけど」

 

「おや?これはどういうことですかねぇ?マルヴェス卿。積荷がなかった?積荷を入れるための倉庫が必要だったんですよねぇ」

 

「どういうことですか?シロエさん、まさか今もめている件に関して何か関わりでも?」

 

 

 マルヴェス卿の顔がどんどんと青ざめていくのが真っ白く塗り固められた厚化粧の上からでもわかる。ギョロりとしたサファギンのような目は泳いであちらへいったりこちらへいったり、瞬きの回数も増えている。

 

 マルヴェス卿は西の大貴族だ。しかし今目の前にいるのは<自由都市同盟イースタル>の筆頭領主のセルジアット=コーウェンの養子といえど息子であるエルノ=コーウェンである。

 派閥は違えど女であるレイネシアと違って男であるエルノとは貴族としての文字通り、格が違う。

 

 もしも仮にそんなエルノの目の前でセルジアット公爵の孫娘であるレイネシアを罠に嵌めようとしたことが露見すれば、<神聖皇国ウェストランデ>の顔に泥どころではない、汚物を塗りたくることになるのと同義であることをしたことになるのである。

 

 下手をすれば〈自由都市同盟イースタル〉にマルヴェス一人の責任で〈神聖皇国ウェストランデ〉全体が弱味を握られることになってしまうかもしれないのだ。そうなればマルヴェスの居場所など〈ウェストランデ〉に残りはしないだろう。

 

 下手をすればその命で償わなければならないかもしれないのが貴族という世界だ。

 

 シロエから今来たばかりのはずのエルノと奏に事の説明が入る。そしてそれを受けて奏が口を開いた。

 

 

「まさか、何者かに積荷が盗まれたのでは?

 積荷を積むことなく観光のためにアキバへ来るなんて、我々と違って、お忙しい、マルヴェス卿が、なさるわけがありませんもんねえ」

 

 

 まるでさっきまでの会話を聞いていたかのようにわざとらしく言葉を区切り仰々しく声をあげ、両手いっぱい広げてオーバーなリアクションを奏がとる。既に会場の目はこの場に釘付けだ。

 

 

「そこの貴様!いくらエルノ卿の護衛とはいえ、少々声が大きいのではないかね!エルノ卿!護衛にどういう教育をしておいでか」

 

 

 

 仰々しい勘に障るような奏の言動に不快感を覚えたマルヴェス卿が大口を開けて奏に向かい怒鳴り散らす。

 だがそんなことで奏が少々な態度をとるような男なわけがない。むしろさっきよりも性根が腐ったような悪い笑顔でいきいきと言葉を返すのだ。

 

 

「護衛?違いますよ?申し遅れました。わたしは<円卓会議>12ギルド<三日月同盟>の一翼を担わせていただいております。奏と申します。この場にはエルノ卿の()()として立ち合わせてもらっています。

 なにか気に触ったのなら謝罪しますが?それとも<神聖国ウェストランデ>の貴族の方は<冒険者>とのこういった関係は珍しいものでしたかぁ?意外でしたぁ」

 

 

「それよりも、早急な対応が必要そうだ。500トンもの積荷を全て誰の目にも晒すことなく持ち出すことなど不可能なこと、乗船員に犯行を手引きした者が必ずいるはずでしょう。すぐに乗船員全員に尋問を行いましょうか。安心していいですよ、マルヴェス卿。わたしの友人の奏はどんな嘘も見抜く能力の持ち主ですし、<円卓会議>の12ギルドのひとつには自白剤や様々な薬品や発明品を専門に研究しているところもあります。それでも口を割らないようでしたら、

 クラスティ殿、拷問の準備をするよう取り計らってはもらえないかね?」

 

 

「本来ならお断りするのですが……他ならぬエルノ殿の頼み、至急準備をさせましょう」

 

 

 アキバと<自由都市同盟イースタル>との結束は固い。そう証明づける事実がこの会話の間にいったいいくつ出てきただろうか。それはまるでマルヴェス卿が傷つけようとしたことは全て無駄で、お前なぞに傷つけられるほどに軟弱な繋がりではない。そう叩きつけているようなものだった。

 

 

「そ、そんな大事なことをしなくても」

 

 

「いえいえ、わたしはあなたを買っているのですよ。レイシアをいじめてく(色々と)してくれましたからね。<斎宮家>への納入品どころかそれ以外の品まで失してしまったとあれば、商人としての貴男の名に傷がつくでしょう。それだけは避けねばならあないことではないのですか?」

 

「そっそんなお気になさらず結構ですよ。この件はエルノ卿のお力を、お、お借りする程のことではありませんから、わたし自ら現場に出向きことを収束させてきますよ。ほ…っほほっほ…」

 

 

 マルヴェス卿はそう言うと逃げるようにして取りつくろう程度の辞去を小さく残し急ぎ足で会場を去ろうとする。

 エルノとのすれ違いざま

 

 

 

 

 

 

 

 

「……次はこんなんじゃ済まさねえからな、三下」

 

 

 貴族が使うような言葉遣いではない荒くドスの効いた低い声をマルヴェス卿にしか聞こえない程度の大きさで囁いた。

 ビクリと背を揺らしたマルヴェス卿は早足だった足をさらに早めてそそくさと会場を去っていった。

 

 

 

 

「お兄様!ありがとうございました!お陰で助かりました」

 

「お礼なら、この場にいる全員に言いなさい。この場にいるのは全員がレイシアのために力を貸してくれた人だ。

 まあ、この恩はすぐに返せるようで僕としては安心しているのだがね」

 

「そうですね。皆さまありがとうございました。

……でもいますぐに返せるものなんて」

 

「ありますよ」

 

 シロエのその一言が合図だったかのようにレイネシアの肩を何処から現れたのかヘンリエッタが腕をアカツキがガッシリと掴む。

 

「へ?」

 

「着付けの方よろしくお願いします。

 レイネシア姫直々に祭りの盛り上げをお願いしますね。きっとみんな姫様の冒険者風の格好を見たら大変喜ぶ」

 

 

 呆気にとられたその精神的な隙を突くように、レイネシアはずるずると引きずられてゆく。

 鬼畜なメガネの騎士と叔父が仲良く手を振っていることに気づいたのはレイネシアが既に下着に剥かれた後のことだった。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 祭りも終わりの時刻が近づきどこの店も後片付けの準備をし始める頃、奏の〈陰陽屋〉もその例に漏れずせっせと後片付けをしている真っ最中だった。奏は皆が裏で売り上げの集計を待つ中でも一人カウンターに座って天井を見上げていた。

 決してなにかあるわけではない。ただ、祭りの余韻を味わっているとかそんな気分に浸かりたいだけの格好つけだ。夜にもイベントがないわけではないがこういった風にに一人黄昏るような時間は多分今日はもうないだろう。

あとは、騒いで、酒をのんで、酔ってベッドに倒れ込むことしかできないだろう。

 

 そんな風に奏が一人でいるところに店の来客を知らせる鈴の音が鳴った。

 

 

「もう、終わってしまいましたか?」

 

「あー……構いませんよ。今、とってもいい気分なんで特別にお客さん許しちゃいます。」

 

 

 髪の長い綺麗な女性だった。

 

 

「このしおり素敵ですね。これ、戴けますか?」

 

「タダでいいですよ、ソレなら。

 売れ残っちゃったやつですけど俺の一番のお気に入りなんです、ソレ。俺と同じようにソレを気に入ってくれたんなら、タダであげます」

 

 

 ここで初めて女性と目が合った。

 近づいてきて目を合わせたことで初めて気がついた。

この()はなにかおかしい

 

 

「そんなに見つめられては、頬が染まってしてしまいます。わたしの顔になにかついていますか?」

 

「……貴女、誰ですか?」

 

「わたしの名前はダリエラ。

 ただの旅のものがきですよ。しおり、ありがとうございました。

それでは、また(・・)、会う機会がありましたら」

 

 

 そういって女はくるりと身を翻して僅かばかりの花の薫りを撒いて回ったときに揺れた長いウェーブのかかった髪に目を引かせ、来たときと同じように店の鈴の音を鳴らして人混みの中へと消えていった。


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