ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第三十一話 千菜の顔

「小竜~、ここの箱の中身売り場の裏に運んどいて~」

「わかりましたー」

 

 天秤祭を明日に控えた〈三日月同盟〉のギルドホールではメンバーたちが各々の仕事の準備をするため忙しそうに動き回っていた。

 その中で千菜も倉庫の中で商業会館で出店する冬物衣料の展示即売会の商品の表を片手に声を上げて指示をしていた。

 

 大災害より後に人数が増えた〈三日月同盟〉ではあったがいかんせん天秤祭で出店する予定の店舗数の多さからメンバー全員が前日になっても、前日だからこそ忙しく駆け回っている。

 小物アイテムや武器の露店、軽食販売店クレセントムーンの復活、醸造酒の試飲即売店、冬物衣料の展示即売会、

天秤祭に向けて開かれた〈三日月同盟〉全員参加会議で挙げられた案をギルドマスターのマリエールは

「どれか一つに絞るなんてもったいないやん、全部やったらええやん」

 と無茶ぶりをしたがゆえにみんな〈円卓会議〉結成前の頃と同じような忙しさをもう一度味わうことになっていた。

 

 まあ、そんなことを言ってもあのときと違い失敗が許されないような状況でもないし自分たちから望んで突っ込んだ忙しさだったので全員が学園祭のようなテンションで楽しみながら作業に取り組んでいるのだった。

 

「千菜お姉さん、奏お兄さんがお客さんと一緒に帰ってきたです!」

 

 可愛らしいたくさんのフリルとリボンがあしらわれた服を着たこれまた可愛らしく小さな少女がぴょこぴょことはねるように倉庫の階段をかけ降りてくる。

 

「ありがとうアシュリン。わざわざ伝えに来てくれて」

「えへへ」

 

 駆け寄ってきたアシュリンと呼ばれた少女を千菜は撫でると気持ち良さそうに目を細める。

 ヘンリエッタの可愛いモノ好きが移ったもとい感染した千菜ではあったが時と場合は弁えているようだ。むろんヘンリエッタが時と場合を弁えていないというわけでは断じてないが。

 

「衣類の運び込みももうすぐ終わるしこれが終わったら行くね。

 アシュリンのところの準備はもう終わったの?」

 

「ヴィオさんのところはお酒の匂いがすごくって、私いるだけで酔っぱらっちゃいそうになっちゃったんです。だからヴィオさんが他のところのお手伝いに行ってもいいよって言ってくれて」

 

「あーなるほどね、じゃあアシュリンはリリアナのところでお手伝いしてきなよ。

 今、商業会館で〈第八商店会〉から借りたマネキンのコーディネートしてるところだから、そっちの方が楽しいでしょ?」

 

「はいです!千菜お姉さんありがとです」

 

 てたてたと走っていくアシュリンを見送りながら千菜は手元の表へと視線をおとす。

 表に記されている商品はおおかた商業会館への持ち込みが完了の印がつけられており持ち込みが終わっていないのはどうやらあと一箱だけのようだった。

 しょうがない最後の一箱は自分で運ぶかと表をぺいと投げると、

 

「痛い!角がデコに直撃祭り!」

 

「あ!直継さんいいところに!

 これ最後の一箱ですよ」

 

「千菜!まずは最初に謝れ祭り」

「アカツキさんが直継さんにだったら別に謝らなくていいって」

 

「ちみっこーー!!」

 

「まぁまぁ、後でマリエールさんと二人きりきなれるように仕込んでおいてあげるからさ」

「おっ…おう。なんか悪いな、気を使わせちまって」

 

(照れてる直継さんかわいい)

 

 最近、なんだかんだと目覚ましい勢いで仲良くなっていく気前のいい友人とギルドマスターの恋路を千菜は陰ながら応援していた。

 小竜のことを考えると少しばかりかわいそうに感じなくもないが恋愛とはやっぱり食うか食われるかの厳しい勝負なのだ。機会があれば小竜にもなんとか場を作ってやったりしているのだがどうしたってこればかりは当人たちの問題になってしまう千菜は見守るしかない。

 

 そんなわけでタイミングよく現れた直継に荷物を持たせた千菜は帰ってきた兄と兄が迎えに行った懐かしい人たちのもとへと忙しそうにするメンバーを尻目に小走りで向かうのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 

 アサクサの町を出発して一時間と少しの短い旅路を終えアキバの街へと奏は帰ってきた。

 〈ハーフガイアプロジェクト〉により本来の距離の半分程しかないこのセルデシアの大地。だがだからといって現実世界より早く目的地に着くということはなかなか難しい。

 こちらの世界の道は神代の名残を残してでもいない限りあちらの世界のようにコンクリートで舗装されてるわけでもないし目的地に直接向かえるような都合のいい道が何本も用意されてたりはしないからだ。

 そしてきわめつけにはモンスターが街道であっても出現することなどざらにあるので、グリフォンやワイヴァーンのような飛行型の召喚獣を使役していない限りこの世界での街道の移動は現実世界よりも多少なりとも難易度を増すのである。

 

 そんなわけでいつもよりもゆっくりと時間をかけて馬車を走らせ<三日月同盟>のギルドホールへと帰りついた奏は客間のソファにぐってりしていた。

 明日架が気を利かして持ってきてくれた湯呑からはゆったりと蒸気がたちのぼっている。

 

 ソウジロウとウィルの二人は馬車のなかで随分と仲良くなったらしく窓の外に見えるアキバの風景に目を輝かせるウィルの質問にソウジロウがひとつひとつ答えていた。おばさんはその光景を見ながらいつもどおりに微笑んでいる。

 おやっさんはお茶と一緒に出された茶菓子を気に入ったようでパクパクと頬張っていた。

 

 そこにドアノブがひねられるわずかばかりの金属音とドアの開かれる木の軋む音が聞こえた。

 そこには菫色のブラウスを着こなし上品な印象を受ける秘書風の女性と女性の象徴ともいえる部位がとても自己主張をしている全体的にやわらかな印象を受ける女性が立っていた。

 

「あ、マリエちゃん、ヘンリエッタさん、ただいま帰りました」

 

「おかえりカナ坊」

「ずいぶんとはやく帰って来れましたわね。もうアキバの街に入ろうとしている馬車も多かったでしょうに」

 

「南入口の方は多かったですけど北入口の方はまだそうでもなかったですよ」

 

「なあなあ!それよりもはやく紹介してーな」

 

 うきうきニコニコとしているマリエールに急かされて奏はここでなにもせずに暇を持て余していたを思い出す。そういえばマリエールとヘンリエッタを紹介するためにここでぼーっと過ごしていたのだった。

 

「えーっと、おやっさん、おばさん、こちらは俺がお世話になってるギルドのギルドマスターと会計さん。

 こっちがマリエールさん。姉です。でこっちがヘンリエッタさん。オカンです」

 

「なんでマリエが姉で私がオカンなんですか!同い年ですよ!」

 

「イメージ?」

 

「奏は天秤祭のノルマは倍ですね」

「お許し下さいお姉さま」

 

「よろしい」

 

「ぷふぅ、梅子...オカンって...」

「マァリエェ?なんであなたも笑ってるんですのぉ?」

「かんにんしてぇかんにんしてぇ...ふふっ」

 

「マリエのノルマは奏の倍ですわね」

 

 ヘンリエッタの一言にマリエールの顔は血の気がひくようにして青ざめる。

「そんなん無理や!昔カナ坊が繁盛してた店の復活版をやるんやろ」

 と非難の声こえをあげるマリエール。梅子のアホ!という言葉ももちろん最後には付け加えられる

 

「がっはは、実に愉快なお方たちですな。奏が身を寄せているのも頷ける」

「そうねぇ。奏君はアホの子だからこういうところでちゃんと自分を受け入れてくれる人たちがいてくれると安心するのねー」

 

 マリエールとヘンリエッタ、奏の三人の掛け合いを見たおやっさんとおばさんの二人は素直な感想を話し奏が成長し自分の居場所を作っていたことに安心する。

 

 別れの言葉を伝えようとせずにアサクサの町を去ろうとしたあの頃とは違い今は信頼できる人たちと共に居場所を作っていること、に。

 

 奏の『アキバのオカンと姉』と『アサクサの母親と父親』の挨拶もそこそこに終わり思いで話に花を咲かせようとし始めたところでまたドアが勢いよく開かれる音が部屋に響いた。

 

 あまりにも勢いよく開かれたドアはそのまま壁へとぶつかり壁にドアノブがめり込むような嫌な音が聞こえた気がした。

 ヘンリエッタと奏は何が起きたかすぐに察して顔をしかめマリエールはびっくり仰天と目と口を大きくドアの方を見る。

 

「こりゃ、ノルマはマリエちゃんの倍だな…」

「いえ、ウチの売り上げの五十パーセントですわ」

 

「俺の売り上げも合わせちゃダメですか?」

「許しましょう」

 

「どうも」

 

 ギルドの雰囲気に合わせたカントリー調の片開き扉から緑の大きな塊が飛び込んでくる。緑のその塊は目にも止まらないスピードで飛び出してきて、

 

「おじさん!おばさん!久しぶり~!!」

 

 部屋に入った一歩目で踏み切り真っ直ぐにソファーへ座る二人へと飛び付いた。

 飛び付かれた方のおばさんはひょいっとおやっさんを盾にし盾にされたおやっさんの方はまあまあ見事にソファーの後ろへと転げ落ちた。

 

「がっははは、相変わらず元気良さそうでなによりだ嬢ちゃん」

 

「久しぶり千菜ちゃん」

 

 おやっさんに飛び付いた千菜は立ち上がって倒れこんだおやっさんに手を貸して立ち上がらせる。そして窓際にいる一人も発見する。

 

「お、ウィルじゃない」

 

 そして千菜は何を思ったのか両手を大きく手を広げて見せて、

 

「おいで」

 

「そんなことしないよ!?」

 

 どこかでデジャブった光景をして見せた。

 

「あれ?っていうかソウジロウ、アンタなんでこんなところいんのよ。何で姫の目の前にいるのよ。

 さっさと帰ってシロエに押し付けたデート割り振りの手伝いしてきなさいよ」

 

「相変わらず手厳しいですね千菜さん」

「姫がアンタに優しくしたことが今まであったかしら?ハーレム魔さん?」

 

 かなり斬新なあだ名だ。

 

「ふふ、わりと記憶にあります」

 

 何かを思い出すように宙を眺めたりするソウジロウ。嫌よ嫌よも好きのうちと言ったりするが心当たりがないこともないらしい。

 千奈も自分で言っておきながらも否定できずにぐぬぬと唸るだけだ。

 千菜が一方的に嫌ってっるような言動をするが存外ソウジロウと千菜の関係は悪いものではなかったりするらしい。

 

「とは言っても千菜さんの言う通りシロ先輩にばかり任せちゃってたら悪いですからね。

 僕もそろそろおいとまさせてもらおうかと思います。ウィル君も是非ウチのギルドにも遊びに来てくださいね?歓迎しますから」

 

 そんなことを言ってソウジロウはマリエールとヘンリエッタに一言「お邪魔しました」と頭を軽く下げると魔法の鞄(マジックバック)からアサクサでもらった果物やらをおすそ分けですと渡して帰っていった。

 奏の魔法の鞄にも随分な量の農作物やらが入っているというのに律儀な男である。だからこそハーレムなんて常人には作ることなんて到底不可能な代物を形成できているのだろうが。

 

「姉ちゃんを簡単にあしらえる人が兄ちゃん意外にもやっぱりいるんだな」

 

 少年の小さくつぶやかれた言葉を一人捉えた奏は苦笑するのだった。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 ところは変わってアキバの街の一角。

 ゾーン購入もされていない人なんてまったく来ることのないようなただの廃墟に彼らはいた!

 

 

『皆の者、よくぞ集まってくれた!

 この日のために我等のギルド〈異端者審問委員会〉を中心に諸君らは苦しい訓練と必要なアイテムを集める面倒極まりないクエストの数々をよくクリアしてきた。

 準備は万端だ。あとはこの〈大規模戦闘〉(レギオンレイド)に挑むだけだ。是非とも皆の溜まりに溜まったその殺意をぶつけて欲しいと思う!

 それではシセラ将軍に一言いただこうかと思う』

 

 魔術師の言葉を受けて奥にいる1人の男がその姿を現し壇上へと上がる。

 その姿を見つめる男たちからは大きな歓声が上がるがそれを片手で収め男は目の前にいる同士たちへと低く張りのある声で語りかけ始めた。

 

『大地人も冒険者も関係などない、男は義理と人情だけに生き女に生きるべからず、ここにいる者たちはそれを理解した戦友であると私は理解している。

 私から多くは語らない。だが、一つだけ、

 そんなこともわからない異端者には月に代わって…」

 

 シセラという一人の男の声に反応し九十五人の同士たちは応えた。

 

「「サーチ&デストロイ!!!」」

 

「明日は魂を解放しつくすのだー!」

「オオー!!」

 

 アキバの街の外れのはずれ。

 天秤祭前日、男たちの聖戦(レギオンレイド)が静かに幕を開けようとしていた。

 






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