ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
一晩、とりあえずは一晩凌ぎきった。
戦闘持続能力の高い連中を集めていたけど正直ギリギリだったからな。何度か橋を渡ってきたやつらもいた。
千菜を休ませるためにこっちに呼び戻したときだけだったけど、防壁も一部が壊れたけど全然問題ないレベルだし。
夜の戦いはひとまずこちらの勝利でいいだろう。
夜が明ければゴブリンどもの攻撃は波を引くように減少した。今は最低限の見張りを残し全員をチョウシの町まで引き上げさせている。
「よっこいせっと」
「大丈夫かい?なんなら僕の使い魔貸すけどー?」
「いや、いいすっよ。無駄なMP使わせるわけにはいかないし。それに昔はよくこんな風にして家まで帰ってましたし」
〈ソウル・ポゼッション〉により白の毛玉から本来の姿、銀の毛並みに金の眼を持った猫人族へと戻って戦線に参加していたマイクロフトさんから気遣いの声がかけられる。
背中には、夜通しの戦闘に疲れて眠っている千菜。小学生の頃なんかはよく遊び疲れて歩きたくないと駄々をこねる千菜をしょうがなく背負って今と同じように家に帰っていた。
まさか二十歳を越えてからこれをするとは思っていなかったけど、これはこれでなんとなく安心する。やっぱりたった一人の妹なわけだし。
存在をきちんと肌で感じられるのは安心する。背中に感じる千菜の重さと暖かさを懐かしみながら、他の防衛組よりは軽い足取りでチョウシの町の中心まで歩みを進める。
「私は~重く~ないっ!」
ガスッ
千菜の重さ改め軽さを感じながら俺たち大橋防衛組はマリちゃんたちの待つチョウシの町まで歩くのだった。
割りと千菜の頭突きは痛かった……
「奏さ~ん!!どうしたんですか!?千菜さん、どこか怪我でも……」
「にゃはははは。大丈夫大丈夫、ちっと疲れてるだけだから」
「おーい!!ミスミノリ宿屋の方が汚れを落とさせてくれるそうだ~。
おや?ミス千菜大丈夫かっ!?どうしたというんだっ!?はっ!!まさか僕たちがゴブリンの部隊をあまり押さえることが出来なくて、押し寄せるゴブリンどもを止めるために傷を…「いや、ちが…」すまないっ!!すまないっ!!ミス千菜
僕がもっとたくさんのゴブリンを倒していれバフンッ!!」
なんかいらん方向に勘違いして懺悔し始めたわんころにヘッドバットを食らわし黙らせる。千菜を抱えてるせいで両手が使えんからしょうがない。
「勝手に人の妹を死んだ風に言うんじゃねーよ。
フンデルハウス=コード
生きとるわ。きちんと俺の背中で直に心臓の音を聞いとるわ」
「踏んでますっ。ホントに踏んじゃってますよ奏さんっ」
─閑話休題─
「ミスター奏すまないっ!!全くもって失礼したっ!!」
「いや、もうわかりゃいいんだよ。というか俺もちょっとやり過ぎたすまんかったわ」
あのあと俺と目の前にいるルンデルハウスは騒ぎに駆けつけてきた五十鈴ちゃんと俺を止めにかかっていたミノリンに正座させられ仲良く説教をくらった。
ルンデルハウスははやとちりしすぎだし人の話を聞けと俺はやり方が雑すぎるともっと大人な対応をしろと
去り際のミノリンの「そういえばこんな人だったなぁ……」というため息混じりのお小言は印象的というか絶望的だった。やべぇ、失望されたかも。
「あぁ、そうそうルンデルハウス」
「ん、なんだミスター奏?」
「お前、大地人だろ」
ルンデルハウスに向けて放たれた奏からの言葉はルンデルハウスの隠していた秘密をなんの迷いもなく看破したという一言。
この合宿中仲良くなった五十鈴にしかばれていない秘密、五十鈴にばれたのも偶々の偶然でしかない。
それなのに出会ってまだ一日も経っていない人間に看破された。ルンデルハウスの動揺は大きかった。
「ビビんなって。別にとって食おうってわけじゃねぇんだから」
「ど、どうしてそれを?」
「ヒミツ」
「……みんなには、黙っていてもらえないだろうか」
「いいよ別に。でもお前死んだら死ぬんだぜ?そこんとこわかってんの?」
「ああ、わかっている。でも僕はなりたいんだ〈冒険者〉に」
「ふーん。まぁ、深いところまでは突っ込むつもりはないけど約束しろ、死ぬな。ヤバイと思ったら全力で逃げろ。
お前が死んだらミノリたちは泣くぜ?それだけは覚えとけ。
ミノリたちを泣かしたら地獄の底でも追いかけ回して泣かす。いいな?」
「わかった。約束しようルンデルハウス=コードの名に懸けて」
◇◆◇◆
「このまま無事に終わってくれればいいんだけどな……」
「随分と弱気じゃないですかにゃ?奏ち。」
「なんか胸騒ぎがするんだよね。フラグ回収みたいな?今までが好調だった分そのツケが回ってきそうな気がする」
「病は気からといいますにゃ病というわけではなくともそういった悪い予感は考えすぎると実現してしまいますにゃ?」
「師匠と話してると安心するね。最近はちょっと緊張感のあることが多かったから敏感になってるのかな?」
「それはよかったですにゃ~」
緊張を解くため大きく深呼吸。
高レベル組を集めて戦況の報告をしあう。うちの戦場以外は全て危なげはなかったらしい、ただ疲労の蓄積は大きいと。新人たちに一晩かけての防衛は戦力的余裕があっても精神的にはキツいか。早く増援が欲しいところだ。
シロエからの念話じゃクラスティたち先行打撃部隊はナガシノについたらしいし、そこの戦況でこっちの対応も変わってくるな。最悪の場合は撤退も……アリだろう。
まあ、あの狂戦士に限ってポカやらかすわけがないだろうから大丈夫だろうが。
「奏兄!!大変だ!!」
「!?、どうした!!」
「いいから、取り合えずこっちまで来てくれ」
◇◆◇◆
「100や200じゃきかなさそうだな……」
「最低でも1000はいますにゃ」
トウヤに案内されてやってきたのは俺たちが防衛に陣取っていたチョウシの町に繋がる大橋だった。
戦闘の痕跡なのかところどころ大きく削れたりひび割れたりとしているがそんな中でもここにいる全員の注意は水平線の向こうに向いていた。
水平線の向こうに見えるのは大漁の魚頭、こちらに向かってくるサファギンの第軍勢だった。
さて、どうするかな、っていうかもう真っ正面から叩き潰すしかないんだけどな…。全員無傷はキツいだろうな。
ぎりぎりと弦を引き絞る音がした。
新人の
「ぷっ……くっくっくっ、あはっはっはっはっはー」
「かっ、奏さん?」「だっ大丈夫か?カナ坊?」
気がおかしくなったんじゃないかこの人?そんな視線が新人たちからはぶつけられ、ミノリンとマリエちゃんからは心配するように声をかけられる。直継は俺の顔をまじまじと見るとニヤリと笑い師匠はいつも通りのニコニコ笑い。
「いや~、ごめんなさい。
俺お前らのこと過小評価してたわ。舐めてたわ。これだけの大軍見たらビビってちったー怯むかと思ってた。
そんでビビってるやつはすぐにアキバに帰して数が多いようだったら本気で撤退しようと考えてた」
「ばかだなー奏。
この合宿に参加したやつらがそんな腰抜けになってるわけないだろ祭。
マリエさん、いっちょ景気づけに号令頼むわ」
直継は大きく笑っていった。
こういう時直継がいてくれるだけでだいぶちがうな俺だけじゃ変な人の失礼な発言で終わりだからな。新人たちも俺にムカつくだけだし。
「わかったで。えっと。……あ、あんな、みんなな!」
「今まで力貸してくれておおきに!みんなの力でチョウシの町はひとりの犠牲者も出さず、多くの田畑を荒らされずにゴブリンからの攻撃はしのいだ。
でも、もうちょい。こっちの敵も倒さんと終わらん…。この町を守りきることにならん。もう一戦、力を貸し手や……。うち、みんなならできるって信じとる。──ん、いこうっ!!出陣やっ!!」
「「「おおうっ!!!」」」
「くくっ、俺には絶対マネできんわ。このカリスマ性」
◆
「千菜、開戦一撃目頼む」
「ス──、ハ──、ス──、
最上段に構えられた薙刀が一機に降り下ろされる。
放たれた斬撃は〈千紫万紅の大薙刀〉から生まれる炎を纏い周囲の空気すらをも焼こうとせんばかりの熱量をもちサファギンたちのど真ん中に向かって回避不可能であろう速度でぶつかる。
砂浜に上陸していたサファギンたちを真っ二つに両断しその先の海すらも焼き切り裂く。
「あのサファギンどもを止めろ。
チョウシの町の地を一歩たりとも、
───踏ませるな」
「おおうっ!!」
「いくぞ千菜!!」
「ええ、本気でやるのはアサクサ以来でひさしぶりですけどついてこれます?兄さん」
「なめんな誰に言ってやがる」
「ふふっ。いらない心配?」
隣を並走しながら今まで見たことのない妖艶な笑みを向け問いかけてくる千菜。姫モードは色気が強くてお兄さん結構好きですよ
「心配してくれて嬉しい限りだよ、でも俺を心配する暇があるなら一匹でも多く敵をほふれ」
「任せなさいっ‼」
〈夜刀 風月玄沢〉を抜き放ちサファギンの軍勢のど真ん中に飛び込む。目の前のサファギンに飛び蹴りを決め後ろの連中ごと千菜の方に吹き飛ばす、決して千菜の攻撃範囲にははいらない。
足を斬り、目を潰し、武器を壊す。ダメージが余波だけでHPが削りきれていないヤツにはすぐさま止めを、千菜の〈禊ぎの障壁〉があと五秒で壊れる。詠唱開始まであと三秒。
「「凄い(すげぇ)奏さん/千菜姉」」
「「えっ?」」
「ははっ。さすが双子息ぴったり祭だな。お互い憧れる対象は違ったけど」
「えっ、だって直継師匠なんだよ、あれ。二人とも半端ないんだけど」
「直継さん、よかったら奏さんたちのしていることの解説をしてもらえませんか?」
「んー、千菜のやってる瞬間的な火力の底上げはいまいちわかんねーから説明が中途半端になっちまうけどそれでもいいならいいぜ」
「お願いします」
「千菜のやってるのは単純な実力差だよ。圧倒的な火力にどうやってんのかは知らねーけど特技の模倣による無駄の最少化加えて敵が自分に与えるダメージを減らすための位置取りと攻撃。
至ってシンプルなことだけど全部を同時にこなすのは至難の技だ。
奏のやってるのは
「「?」」
頭に疑問符をいくつも浮かべるミノリとトウヤを見て微笑みながらも直継は説明を続ける。
直継も最初これを聞かされたときはどんなものなのか見当もつかなかったものだ。逆に名前だけで見当がつくやつなんているわけないが
「ダメージ遮断魔法が壊れる瞬間に最適投射、ダメージを与えても削りきれない敵へのほぼ同時攻撃、敵の最善配置数の最適化、敵戦力の弱体化、仲間が心理的余裕を保ち続けて余計な動きを減らし余裕をもって戦える敵の数を差し向けて最高の環境を保ち続けようとする。
シロの
ワンパーティーで80%四人で90%二人までなら100%カバー出来るとか言ってたな。
まぁ、今はゲームの頃とはだいぶ違ってきちまってるからワンパーティーで80%とか四人で90%は無理かもしれねぇけどな」
カナミにメチャクチャ連れ回されていつの間にか出来るようになっていた、なんて本人はケラケラ笑いながら話していたが、本当はカナミに付いていくために奏はこの技術を身につけたんだと直継は思っている。
あのいつもキレイな笑みを浮かべている年下の友人はカナミに対して恋とか愛とかとは別の、それと変わらないほどに強い感情を抱いているのは常々感じていた。
それがどんな感情かはいまいち分からなかったが、それゆえに
カナミのために力を振るいたい、その気持ちの結晶こそがあの技術なのだ。
「よく見とけよ。二人とも。あの二人お前らにとって最高峰の教材だぜ?」