ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第二十二話 全開姫モード

 いつかした話をもう一度しよう。

 

 〈極者〉

 七番目の追加拡張パックで追加されたサブ職業。能力は至ってシンプル、ステータスの割り振り変更。

 〈エルダーテイル〉で設定されているステータスはHPとMPを除いて基本は五つ、筋力値、敏捷値、回避値、防御値、魔法値、〈極者〉はこれの一つ一つを減らし他のステータスに減らした分だけ振りなおすことが出来る。

 当時、このサブ職業が実装されると判明したとき一部のプレイヤー間には大きな震撼を与えたものだ。

 

 〈エルダーテイル〉非公式掲示板〈ニワトコ板〉の『男のロマンを語るスレpart82』では、『夢の極振りキタ━(゚∀゚)━!ー』というコメントで溢れ帰ったとかなんとか

とにかく盛り上がりが凄かった。

 しかし……、二ヶ月後には〈極者〉の活動報告は掲示板で見ることはなくなった。

 

 戦えないのだ。まったくといっていいほど。

 ステータスを振り直せるといっても制限はある〈極者〉のレベルによって一つのステータスにつき何割までと決まっている。

 レベル90の状態で振り直せるステータスの割合は六割、〈エルダーテイル〉の戦闘は通常攻撃においては自動攻撃の仕様をとっていた。その為必要最低ラインの耐久力は持っていないと、ただの通常攻撃で簡単に死んでしまうのだ。

 防御値と魔法値の数値を敏捷値に全て回してなんてことを考えたものもいたが百パーセント躱せるわけもなく、一撃食らったら終わりなんて状況では焼け石に水だった。

 その逆で防御値と魔法値に火力を落として高めたやつもいたらしいが、火力が落ちた状態では特技だけではタゲをとりつづけることが出来ず前者より悲惨な結果になった。

 とにもかくにもサブ職業〈極者〉はプレイヤーに一時の夢を与え、その夢を見たやつを谷底に突き落としたサブ職業として〈ニワトコ板〉では語り継がれることになったのだった。

 

 

 〈極者〉を経験した者はそれを知らない新参者へと語る

 

『お前らは知っているか?通常攻撃で死んだときのあっけなさを。笑えるぜ?』

『お前らは知っているか?パーティーが自分以外が全滅させられて敵に囲まれて必死に抵抗するんだよ。敵のHPバーは全然減らない。俺のHPバーも全然減らない。やがて特技が使えなくなって、通常攻撃をしているうちにいつの間にか殺されるんだよ。なんでいつの間にかなのかって?下手したらカップ麺作って食ってもお釣がくるんだぜ?やってられっかよ』と

 

 そんな中に一人だけいまだに〈極者〉てあり続ける奴がいた。

 

 俺の妹千菜だ。

 

 千菜は〈極者〉とては典型的な前述した攻撃型だ。

 ただし、覚悟が違うが。経験値ペナルティを恐れて最低限の耐久力を残した腰抜け共と違い防御値も魔法値も回避値も全て捨てた超攻撃型ビルド。

 

 攻撃と素早さだけにステータスを割り振り盜剣士(スワッシュバックラー)暗殺者(アサシン)の速度にも対応出来るだけの速度と圧倒的な物理火力を手に入れた。 加えて薙刀を使うことで火力に更に拍車をかけ広い攻撃範囲を手に入れたことで正真正銘の極振りになりなんかもうヤバかった。

 

 最初のうちはよく死んでいたが徐々にその数も減っていき二週間もしないうちに〈極者〉を極め一ヶ月もしないうちに完璧に使いこなしていた。

 そのときにはやっぱりウチの妹は天才かぁと乾いた笑いを浮かべながら嘆くことしか出来なかった……。

 

 

           ◆

 

 

「はあああっ!!」

 

 

 愛刀を振るってゴブリンを消し飛ばす。

 ゴブリンたちが攻めてきてどのくらい時間がたったかはわからない。だが全然余裕が残っている。奇襲部隊が上手くやっているのだろう。

 兄さんからは少しでも余裕がなくなったらすぐに後ろに下がってマイクロフトさんたちと合流しろと言われているけれどその必要もないと思う。

 格下の相手に全部を仕留める必要がないなら余力を残して充分に戦える。

 

「「ウオォォォン!!」」

 

 現れたのはダイアウルフ三体にボブゴブリンが二体、ゴブリンが四体、ゴブリンシャーマンが三体の計十二体。

 ボブゴブリンでも私の攻撃を防ぎきるとは思えないけとこれは、

 

「数が多いわね」

 

 別にダイアウルフとゴブリンシャーマン辺りを潰してしまえば抜かれても全然大丈夫だと思うけどだからといって抜かれるのもなんだか癪ね。全滅させましょうか?

 

「模倣〈クイックアサルト〉」

 

ゴブリンシャーマンのもとに素早く駆け込み、石突きで一体を下から殴り飛ばし残り二体の首を切り飛ばす。これで魔法を使ってくるやつはいない。

 

 

 《鏡花水月》

私がアサクサの頃から何か兄さんの役にたたないかと考えて見いだし、今の今まで訓練を繰り返してきた今までに存在しなかった新しい私だけしか使えない特技。

 〈極者〉のステータス変更を戦闘中に行い他の職業の特技を模倣する。

 例えば、さっき使用した〈クイックアサルト〉これは盜剣士の特技だ。素早いフェイントで相手に突進し隙をつくり、次の攻撃へと繋げる。沢山の盜剣士(スワッシュバックラー)が使う基本的でありながら優秀な特技だ。

 これは素早さのステータスに攻撃に振っていた防御値、魔法値のステータスを割り振り高速で突進しすぐさま次の攻撃に繋げる出来る。

 因みににゃん太師匠の〈クイックアサルト〉をこの合宿中に見せてもらって覚えた。

 模倣するだけだから追加効果が出ることはないけれど、もともと特技というのはゲーム時代にプログラミングされたものだから隙が少ない模範的な動きに近い。

 対人戦なら相手の動揺を誘い隙をつくることも出来る。

何より動きを真似するだけだから再使用制限時間(リキャストタイム)も使用後の硬直時間もない。

 弱点としてはこの目で実際に見た特技じゃなければ模倣出来ないことぐらいか。ゲーム時代に見たキャラの動きだけじゃ模倣は出来ない

 

 一瞬のうちに自分達の後ろにいるゴブリンシャーマンの下に近づき殺したのだ。ゴブリンは驚き襲いかかってくる。

 

 《鏡花水月》を使い駆けてくるゴブリンとダイアウルフに向けて〈フェイタルアンブッシュ〉を抜き放つ。

 タメの時間が少し短いか、ダイアウルフが思ったより速く詰めてきたわね。

 ダイアウルフ二体とゴブリンが三体炎の刃に消され、それを見たボブゴブリンとダイアウルフ、ゴブリンの動きが止まる。

 いいのかしら?止まっちゃって?

 

「模倣〈アクセルファング〉」

 

 私の攻撃力だったら止まったりしちゃったら当たらなくても余波でも死んじゃうわよ?

 

 ズバアァァン!!

 

 轟音の後には千菜の後ろに立つものはおらず花弁のような余炎が空気の中に溶け混むだけだった。

 

 

           ◆

 

 

「〈玄武〉出てきてくれ」

 

 

 深い緑色でなにやらごちゃごちゃと書かれた一枚の札を魔法の鞄(マジックバック)取り出しヒョイと空中に放る。

 すると札の中から、緑色の葉が一枚出てきたかと思うとどんどん葉は増えていき札を中心に渦巻き大きくなり札を隠してしまう。マリモのように緑色の巨大な球体が出来上がったかと思うと、中からあちらの世界では見ることの出来ないような美しいとさえ思えるほどの苔に覆われた巨大な甲羅を背負った貫禄ある亀が出てきた。

 

「玄武、働きづめで悪いんだけど防壁を作ってほしいんだ。この橋から先に抜けれないように、三枚ぐらいで上から下に向けて攻撃が加えやすいようにしてくるれとなおいい」

 

 のっそりとした動きで眠そうなたれ目をこちらに向け俺を一瞥するとコクリと頷き前足をグワッと上げ立ったような体勢になったかと思うと前足を凄い勢いで地面に叩きつけた。

 地面がゴゴゴゴと揺れたかと思うと盛り上っていき橋を覆うようにして半円状の壁が一枚、また一枚と建っていくなかなかに分厚く上に登り下に向けて攻撃を加えるのもしやすそうだ。

 

「ありがとう玄武、もう帰ってくれていいよ。お疲れ様」

 

 玄武はゆっくりと頷きのっそのっそとこちらに近づいてきたかと思うと頭を俺の足にコツっとぶつけると出てきた時と同じように葉っぱに包まれて帰っていった。

 

「三割ってところか……。まあこれクラスのものを造ればこんなもんか」

 

 陰陽札の中でも召喚札は特殊な札だ。出した召喚生物をだし続けている限り常時MPを持っていかれる。だから長時間は出しておくことが出来ない。

 その分召喚師(サモナー)と違いモンスターのランクは〈ミニマム〉ではなく〈ノーマル〉と高性能ではある。さっきみたいに出して用事を済ませたら直ぐに帰ってもらうのがセオリーだ。

 神祇官(カンナギ)の特技〈式神遣い〉ならそういったコストパフォーマンスを考えずに出しておけるんだけどな。実際、今も呼び出した小鳥ちゃんを飛ばしている。

 

「嵌めたかな?これ」

 

 今のところは全てが優勢に予定通りに進んでいる。

 あの化物の気配もここに到着してかなりの時間がたっているが一切感じない俺を殺したかったのならここについてからも何度か襲う隙はあっただろうから諦めたと見て構わないだろう。

 

 防壁の上に胡座をかき望遠鏡を覗き込むがゴブリン一匹たりともここまで抜けてくる様子はない。

 この作戦ゴブリン相手には見事に嵌まってしまったのだ。人間相手ならこんな定石だけを打ったら負けてしまうのだが、ゴブリン相手にはこれが最善策だったわけだ。

 

 ビギナーズラックという言葉があるがあれは初心者と戦う相手が上級者であればあるほど勝率が上がる傾向にある。

 

 ポ〇モンなどが良い例だ。

 読み合いを必須とする場合定石というのが出てくる。ある場面での最善策がを予め考えておくのだ。こういうのは固定化され上級者の人間たちには共通認識となる。それを踏まえた上で定石を手玉にとる奇策というものが勝負を動かす。

 しかし定石を知らない初心者は打つ手全てが上級者には奇策になるのだ。定石が全く通じない。

 本来なら引っ込めてくる場面で出っ張り続ける。普通だったら持たせない技を使わせる。

 読み合いが全く通じない。これほどまでに厄介なことはない。勿論負けることはないだろうがいいところまでは追い詰められたりしてしまうこともある。

 

 上級者としては中途半端に知識をつけた中級者が一番やりやすい。

 

 上級者の天敵は初心者というのはゲームに限らず結構な頻度であり得るのだ。

 ゴブリンは初心者冒険者は上級者(人によるが)といった具合なわけで、一流の人間はそんなの意に介することなくはね除けるけどな

 

 そこで奏さんは考えた訳ですよ。

 だったらシンプルに自分達の戦いやすい布陣で相手に嫌がらせしながら戦おうと、奇策ってのは相手の考えを読んで打つもの。読めないなら奇策は打てない。至ってシンプル。シンプルイズザベスト。

 

「はあ~、暇だわ」

 

 自分も戦場に出て戦いたい。でも一応指揮官の身である自分が非常時でもないのに戦うことは出来ない。

 ジレンマに悩む奏であった。


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