ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第十一話 姫と剣聖

 月が美しくツタに覆われた旧神代のコンクリートを照らすアキバの街の外れ、昼間の熱気を未だに残す乾いた風は光虫が飛び交うプラットホームを過ぎていく。

 そこはアキバの街の中央広場まで見下ろせる高架の上に長さ200メートルほどのコンクリートの台地。

 地面のコンクリートほひび割れ路線や支柱は錆び果て苔むし旧時代の面影も全く感じることができない。

 プラットホームを挟むように建っていた大きな柱も僅かな名残を残しつつ途中でボッキリと折れた状態で槍のように倒れるときを待っていた。

 

 そんな中に月の光がつくる3つの長い影法師があった。

 

 1つは大きな白いコートに、キラリと妖しく光るメガネがトレードマークの腹黒メガネことシロエ。

 1つは3つの影のなかでもっとも長い影を持つ猫人族のご意見番にして胃袋を掴む料理人、にゃん太。

 最後の1つは、腰にも届くほどの長い絹のような黒髪を下の方で結い、動きやすいように改造され扇情的に胸元や足を除かせる翠の改造和服を着た千菜。

 

 それぞれのにゃん太との組み合わせは見ることあってもシロエと千菜という組み合わせはなかなか見ることのない珍しい組み合わせの三人組であった。

 

「随分と浮かない顔ねシロエメガネ」

 

「メガネがまるで本体かのように呼ばないでくれるかな…。というかなぜ姫モード?」

 

 シロエは顔を軽くしかめながら悪態とも言えない文句を千菜へと返す。言っても無駄だということはわかっている。

 

「ソウジロウと会うからよ」

「?」

 

「それよりも姫の質問に答えなさいな。質問を質問で返すのは愚か者のすることよ。なぜそんな渋柿のような顔をしているの?」

「渋柿のような顔って…」

 

 集中状態、戦闘状態、

 普段とはスイッチを入れ換える時に入る千菜の通称姫モードはハッキリ言って奏とにゃん太ともう一人の人物除いて相手するとき以外はかなり毒を吐くし雰囲気もガラリと変わって恐い。

 

 シロエも最初はかなり面食らったものだ。

 何か怒らせることをしたのかと胃をキリキリと痛め奏に聞いてみたら、アレはああいうもんだけどら気にすんなと呆気なく解決したのだ。

 本人に聞いてみても、ああ~ゴメンねシロエさん。私アレに入っちゃうとちょっと口が悪くって、といつも通りの明るい弾んだ声で謝られてしまったのだからアレはちょっとどころじゃなかったよなどと言葉を口にすることも出来なかった。

 

「シロエちはソウジっちに会うのが気が進まないのですかにゃ」

 

「あー。ん……」

 

 にゃん太からの言葉に少しだけ思考を巡らせるシロエ。

 

「気が進まない訳じゃないよ。ちょっとばつが悪いだけ。ほら、ソウジロウがギルド立ち上げる時に僕も誘われたからさ。気まずいっていうヤツかな」

「にゃん太班長と千菜は誘われなかったの?」

 

「その時期は吾が輩はログインが不安定だったのかと思うのです。誘われた記憶がないですにゃ」

「姫は断ったわ。〈三日月同盟〉に入るつもりだったし。兄さんは一時の間はいたみたいだけど」

 

「そっか……」

 

 待ち合わせの相手はソウジロウ=セタ。 

 〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)にいた千菜と同じ〈武士〉(サムライ)にして千菜の対極にあたる〈剣聖〉。この世界にいる〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)出身者10人のうちの1人だった。

 

 〈剣聖〉であるソウジロウは〈武士〉(サムライ)の中でも打刀と呼ばれる速度と取り回しを重視した技量を振るいやすい刀の達人だった。

 そして達人の対となるように千菜は天才だった。

 

 圧倒的な破壊力の中に美しさを見いださせ、呼吸を忘れるほどに壮観な千菜の剛に対してソウジロウは優雅さの中に斬撃を隠すことのできる彼の技は、目を凝らしていても捕捉することは困難な柔だ。

 千菜が巨木をも越える巨人を叩き斬り、いかなる攻撃も力ずくでねじ伏せるのであればソウジロウは巨木をもへし折る巨人の一撃を受け流し、鉄槌をも防ぐ砂蟲の装甲も無意味化した。

 まさに対極と言っていい〈武士〉(サムライ)であった。

 

 直継がゲームから去り、時を同じくしてやはり個人的な事情で何人かの仲間が〈エルダーテイル〉というゲームから去った。

 そんな中でソウジロウは〈エルダーテイル〉を去らなかったメンバーの筆頭だった。

 「〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)を無駄にはしたくない」。そういってソウジロウは〈西風の旅団〉というギルドを立ち上げた。

 残った〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)のメンバーを誘った上でだ。

 しかし〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)はギルドではなくただの集団でしかなかったし、そこに集まる人間はハッキリ言って自由人、放蕩者と言ってもよかった人間が多かった。

 ソウジロウのギルドに参加した者も数人いたが断ったプレイヤーもいたのだ。

 

「呆れた。そんなことで会うのが気まずいなんて、これだからモヤシは。あの理想系ハーレム男子がそんなことで腹を立てるわけがないじゃない。アナタとは甲斐性が違うのよ」

 

「うぐっ…」

 

 辛辣だが的を射てしまってる言葉がシロエの胸に突き刺さる。

 

「今は昔と違うんでしょ?一歩自分から進むことを決めたんだったらしゃんとしなさい。男なんだから」

 

「千にゃちの言う通りですにゃ。あまり悩まぬことですにゃ。シロエちはもはや我々の縁側の大家なのですにゃ。胸を張って堂々としていてもらわねば」

 

 千菜とにゃん太の言葉にそういえばそうだった、とシロエは思い直す。

 ソウジロウが自らの居場所として〈西風の旅団〉というギルドを作り守ってきたように、シロエも新しい居場所を作ることになったのだ。いつまでも思い悩んでばかりはいられない。

 

「こんばんわ。お久しぶりです、シロ先輩。にゃん太老師。それに千菜さんも。奏さんは…いないみたいですね…」

 

 近づいてきた人影はまだ距離があるうちから声をかけてきた。ソウジロウの幼い表情にそういえばこの中の誰よりも年下だったとシロエは思い出す。

 

「ご無沙汰。ソウジロウ」

 

「ご無沙汰にゃー。ソウジっちは元気でやってたかにゃー?」

 

「相変わらずの緩んだ顔ね。その顔で今は何人侍らかしてるのかしら?ソウジロウ」

 

 近況報告も懐かしい会話もそこそこにズバリと際どいところに一太刀浴びせる千菜。

 シロエは姫モードの千菜のこういうところがぶっちゃけ恐い。兄妹揃って物怖じも遠慮も身内に限らずしなさすぎるのだ。

 その原因であろう人物を知ってしまっているシロエはもう受け入れるしかないと納得せざるをえないのだからやるせない。

 

「え?あ……。えぇ~と」

 

 そっとソウジロウは片手を上げて親指だけを折る。

 

「なるほど。その10倍以上はいるわね」

 

「そんなにいませんよっ!そんなことよりですねっ。どうしたんですか?シロ先輩から呼び出しなんて。ボクはシロ先輩は、千菜さんと奏さんにも嫌われてるんだと思ってましたよ」

 

「え、なぜ?」

 

 予想外の言葉にシロエは真顔で問い返してしまう。

 

「いや、その……僕、ハーレム体質だから」

 

 赤くなって口ごもるソウジロウに、シロエは返す言葉もない。にゃん太は大きな声でからからと笑っている。直継であればすかさずツッコミチョップを入れていたことだろう。

 

「アナタたち先輩後輩は1日に何度私を呆れさせるのよ。確かに私はアナタのことが好きではないわ。兄さんは知らないけど。でも好きではないからって兄さんも私もアナタのことが嫌いというわけでもないのよ。アナタに惚れないため(・・・・・・)の姫モードだしね。そうでしょ?シロエ」

 

「そうだね。そんなことで嫌ったりするわけない。僕たちは〈茶会〉(ティーパーティー)の仲間だったんだぞ。

それに奏も姫モードの千菜も重度のツンデレなんだから態度と気持ちが逆なんて日常茶飯事だよ」

 

「誰がツンデレよっ!!別に私はそんな属性なんて持ってないんだからねっ!」

 

 その台詞がどうしようもなくツンデレのテンプレートであることに千菜は気づいていない。

 

「ふふっ。そうですね。じゃあ、今回はどんなご用件で?」

 

「待ちなさいソウジロウ、兄さんはともかく姫はツンデレなんかではないわよ。勘違いしたまま話を進めようとしないで」

 

 

「単刀直入に言うと、力を借りたい」

 

「どんな力でしょう?」

「ソウジっちは今のアキバをどう思いますかにゃ?」

 

「この街、ですか。抽象的ですね……。それはやっぱり、いろいろと辛いと思いますよ。この街に限らずですけれど、この世界すべてが考えたようによっては牢獄じゃないですか」

 

 ソウジロウは髪の毛をかきあげる。武士風の長いポニーテールがホーム上の風に揺られてたなびく。

 

「牢獄ねぇ…いい得て妙ね。」

 

 ソウジロウの話の後ろで何度も話を聞けと文句を言っていた千菜もこのまま無視され続けるなと理解して諦めてソウジロウの言葉に同意を示す。

 

「だから辛いんですよね、良くないと思います。こういう状況だと弱いものいじめにも走っちゃいますしね。実を言うとうちのギルドでも具体的な話じゃないんですけどもう街を出ようなんて話も上がってしまってるくらいですし」

 

「アキバ、出ていくの?」

 

「いえ、そんな話もあるってだけで。ただ、やっぱり街の雰囲気がだんだん荒んでいくのは見てて辛いですよ。なんにもできないですし」

 

 (なんにもできない…ね。責任放棄じゃあないんでしょうね。ソウジロウはなにかしようとして可能性を検討した末にできないという結論が出てしまった。っていうところかしらね。

 兄さんみたいに見える訳じゃなくてもこれくらいは判るわ。なんだかんだで長い付き合いっていうことかしらね。やんなっちゃう)

 

 千菜がそんなことを考えているとシロエは強い意思を込めて言葉を紡いだ。

 

「なんとかする手がある」

 

「本当ですか?シロ先輩っ」

 

「……と思う」

 

 保証のできないことにしかついてこないヤツはあの〈茶会〉(ティーパーティー)では臆病者であって仲間ではない。保証のできない言葉を仲間には使え。皮肉好きな召喚術師(サモナー)がそんなことを昔言っていた。

最初は何を言ってんだコイツと千菜は思っていたが、今ならなんとなく納得できる気がする。

 

 シロエは強い意思を目に灯してソウジロウとの目に視線を合わせる。ここで向き合うことをサボってはいけない。

 

「ソウジロウだけじゃなくて〈西風の旅団〉の力も借りたい」

 

 ソウジロウは〈西風の旅団〉を生み出し守るためにしかるべき愛情と労力を支払ってきている。その力を借りるために目をそらすわけにはいかない。そうシロエは考えている。

 

「ひとつには今のアキバの雰囲気は良くないってことを周囲に話してほしい。このままじゃ荒んでしまう、って。誰かが言葉を口にすることが大事だと思うんだ。〈西風の旅団〉がそう思っている、もしかしたら動くかもしれないと思わせるだけでも十分に効果がある。もうひとつは、あと数日したら招待状が届くと思う。できればその日まではアキバの街にいてほしい。会議の招待状だ。その会議で、なんらかの決着をつけたいと思う」

 

「わかりました」

 

 ソウジロウはけろりとした顔で考えることもなく即答する。

 

「いいの?経緯とか作戦とか聞かなくて、腹黒メガネの立案よ?どんなレートの高い賭け吹っ掛けられるかわからないのよ?」

 

「僕をなんだと思ってるのさ。否定はしないけど」

 

「だってシロ先輩忙しいでしょ?そんなことで時間とらせちゃ申し訳ないですよ。それに僕は千菜さんと違って頭がそこまで回らない前衛バカですから〈茶会〉(ティーパーティー)一番の参謀の立案を聞いたからって、半分もわかりません」

 

「それに奏さんも作戦に参加してるんでしょう?

バックアップを奏さんが務めてるんだったら失敗するわけないじゃないですか。あの人が笑ってるときは失敗したことなんて一度もない。今もどこかで走り回ってるんでしょう?」

 

 ソウジロウの言葉にシロエは胸が熱くなるのを感じる。

 こんなにも信用されているとは思っていなかったのだ。一年も離れていたのに。一度はその手を振り払ったのに。

 

「ソウジっちはいい子ですにゃ」

 

「にゃん太老師に誉めてもらえるくらいですからねっ」

 

 ソウジロウはそう微笑みを返す。その微笑みは乙女を恋に落とす魅惑の微笑みだ。きっとこの笑顔を見た女の子はすぐにクラリときてしまうのだろう。

 だが、ここにはクラリときてしまう乙女はいない。

 

 

「惜しいわねソウジロウ。兄さんはもう終わらせてるわよ。本当だったら数日後に入るはずだったものを手に入れて、

今ではアキバで間違いなく一番の力を持った人間になっている

あの心理戦能力はシロエでも敵わないんだから」

 

 兄の自慢をするブラコン乙女はいるが、

 

 これにはこの場にいる全員が苦笑する。この兄自慢も随分と聞いたものなのだ。

 

 これは長くなるなとソウジロウも肩を竦める。女の子の話が長いのはよく知っているけれど千菜の奏を話すときの話は長いのだから。

 けれどそこで自慢は途切れる。

 

 

「そうそう兄さんからの伝言よソウジロウ。『また今度一緒に稽古でもしよう』ですって。

 よかったわね嫌われてなかったわよ」

 

 その時千菜が見せた笑みは姫モードの妖艶な笑みではなく暖かな優しいいつもの笑顔だった。




〈西風の旅団〉

アキバの街を拠点にする戦闘系ギルドの一角
規模は決して大きくないが、アキバの街では影響力を持ったギルドのひとつである。メンバーは公称約120名。実際には60名を割り込むと言われているが、その少人数でアキバの街の名だたる大手ギルドと渡り合ってきた。
規模では決して勝てなかったがサーバーの歴史に残る大規模戦闘の先陣争いを大手ギルドと繰り広げてきた。
戦果という意味では最も輝かしいものがあるかもしれないとシロエは語っていた。ギルドマスターのソウジロウはモテモテハーレム体質でギルドのメンバーはほとんどが女性という極めて珍しい構成のギルドである。(決して男性プレイヤーがソウジロウ以外にいないわけでは…ない………?)

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