ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第八話 できないこととやらないこと

 

「シロエ、アキバの街をちょっと支配しようと思うんだけど手伝わねぇか?」

 

 不敵な笑みを浮かべたままに奏はシロエにそう誘いかける。

 

「それってどういうこと?」

「そのまんまだよ。アキバの街をちょっと変えようと思ってる。いまのアキバの街じゃあちょっとダメだからな」

 

 シロエの質問に笑みを崩さずに、しかしシロエの目をじっと見つめ視線を切らずにそう告げる。

 

「それって話してたアサクサで会った男の子のためにやるの?」

 

「ガキンチョ?いやー違う違う。まあ、理由の1つに入るっちゃ入るけど、アイツと約束したのは仲間を紹介するってだけだからな。別にアキバの街に呼ぶとかしなくてもアサクサに俺らが行けばいいだけだからな」

 

 そんときはお前にも着いてきてもらうぞ、とお構いなしに言ってのける奏。

 それに少し気後れしながらもしょうがないかと無理矢理納得して、わかったよと返事をするシロエ。

 それじゃあなんで?シロエが言葉を繋げると、

 

 ここで初めて奏の視線が明後日の方向を向く。頬ポリポリとかきいい淀みながら

 

「あー、うん。“アイツ”のためだよ。いや、違うな。“アイツ”が帰ってくる場所がこんなのってのは悲しいから、だな。自己満足だよ、自己満足。なんか文句あるか」

 

 奏は視線を反らしたまま、なにかを誤魔化すように最後は食って掛かる。

 シロエは知っている。奏が“アイツ”と呼ぶ“彼女”のことを。

 

「なにか方法はあるの?別に無策でアキバの街を変えようとなんて思ってるわけじゃないんでしょ?」

 

 一歩踏み出せないでいるくせに。シロエの心の中で自分で自分を責め立てる声が響く。

 

「ある」

 

 そんなシロエを知ってか知らずか奏は間髪いれずに強気に即答する。

 

「まず、〈D.D.D.〉に力を貸して貰う。仲間(・ ・)のお願いだったらあの鬼畜メガネも全面的に協力するだろ」

「そこから先は少しずつアキバの街の有力ギルドを落としていって自治組織を作る。もちろん中小ギルドの代表たちも含めてな」

 

「!」

 

 “仲間のお願い”その言葉がどういうことを指しているのかはすぐにわかった。

 〈茶会〉(ティーパーティー)の頃からの長い付き合いになるこの友人は自分と同じように一定の場所に留まることを避けていた。だがアキバの街を変えるために友人はギルドに参加しようとしているのだ。

 自分がやってもいいのかと足踏みしている問題を解決しようと

 

 シロエと奏とでは違う。それは当たり前だ。

 奏は〈茶会〉(ティーパーティー)が解散してからもゲストとしてレイドに参加していた自分とは違って長期間とはいえないまでもギルドに籍をおき色々なギルドを転々としてきた。

 顔の広さもギルドに対する価値観も大きく違うのだろう。それでもいままで避けてきた道を歩もうとする奏のことがシロエには衝撃的でしかなかった。

 

「別に無理強いはしないからさ。お前が手伝いたいと思ったら手伝ってくれればいい。明日にでも返事を聞かせてくれよ」

 

 

 奏はそういうと座っていた瓦礫から立ち上がり手をぷらぷらと振って風の音だけが聞こえる街に消えていった。

 

「随分とシロエちにハッパをかけますにゃー?奏ち」

 

「…師匠、趣味悪いよ?人の会話を盗み聞きなんて」

 

 奏がシロエと別れすぐビルの瓦礫の影から奏の尊敬する猫人族の紳士にゃん太が微笑を浮かべながら現れる。

 さっきまでのシロエとの会話を聞かれていたのかと思うとにゃん太といえどちょっと気恥ずかしさを奏は覚える。

 特に理由(・ ・)の部分は本当に聞かれたくなかった奏は不満たらたらににゃん太に文句を言う。

 

「にゃー。それはすみませんでしたにゃ。ついつい若者の青春話は年寄りは聞いていたくなるものなんですにゃ」

 

 にゃん太も文句を言われるのがわかっていたかのように笑みを浮かべたままに謝り、奏も本気で責めるわけもなくなし崩しに話題は移る。

 

「シロエは考え込みすぎなんだよ。まあ考える力を持った側の人間だからしょうがないっちゃーしょうがないんだけどさ、考えすぎて凝り固まっちゃうときがたまにある。

 それをほぐしてやるのが俺や直継みたいなのなんだけどさ…」

 

「俺は背中を押せるほど言葉がないや」

 

 シロエと親友である直継だったら背中を押すことはできるんだろう。

 けど背中を押せるほどの人生経験もそれほどにお互いのことをこと細かく理解し合える深い友情も奏は残念ながらないと思っている。

 

「そんなことはないと思いますがにゃー。

十分にシロエちと奏ちは分かり合えていますにゃ。でも、自信がないなら今回は我輩が代わって押してきますかにゃ」

 

「もとからそのつもりだったんじゃないの?」

 

 前半の言葉をスルーして代わりに押してやるというにゃん太の言葉に茶々をいれる。

 

「若者の受難には言葉を紡いでやるのが大人というものですにゃ」

 

 真面目に答えるにゃん太は大人の余裕なのだろう。これだから敵わない。

 ハッタリにブラフは専売特許だと自負する奏もこの余裕の前ではなんでも見透かされてしまっている。

 

「じゃあ、お任せしてもいいですか?師匠」

「お任せされましたにゃ」

 

 それじゃあ俺は酔いが覚めるまでちょっとそこら辺をフラフラしてから帰りますわ、とにゃん太に話し奏はまた歩き出した。

 その離れていく背中を見送るなか珍しく眉間にシワを寄せ言葉を漏らす。

 

「奏ちはできる子ですにゃ。奏ちが本気で向き合えることが、言葉を尽くせるようになることが、絶対に出来るようになりますにゃ」

 

 自分の力では彼を導いてやることはできなかった。

 それはどうしようもない事実であり、彼の姉からも言われた自他共に認める手に負えない(・ ・ ・ ・ ・ ・)ものだ。

 

 彼自信にしかあれは解決できない。

 どうか彼があれに気づき強くなれることを願うことしか奏の尊敬する師匠とまで崇める、にゃん太にはできないのだ。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 師匠と別れた俺はフラフラとアキバの街を歩いて回った。次第に酔いも覚めてきて頭がスッキリとしてくる。わりと酒には強い方だ。

 

「さてと、シロエにあんだけ啖呵切ったんだからアキバの街をマジで落とさねぇとな」

 

 頭の中にあるアイデアをひとつひとつ整理していくやらなきゃいけないことを優先順位をわけ手札を一枚一枚確認していく。

 ハーメルンは潰す。新人プレイヤー集めて幽閉なんてゲーマーの風上にも置けん!年下虐めて何が楽しいんだよ。

 

「とりあえずは情報収集からだろ」

 

 少し路線がずれかけたが路線を戻してはじめにやらなきゃいけないことを口にだす。

 念話のメニューを呼び出し上から四番目にある名前をタップし念話をかける。

 数度のコール音のあとに通話状態に切り替わる。

 

「もっしもーし、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 

『……』

 

 返事が返ってこない。なんだ?繋がってるはずだけどな?

 

「もしもーし?おーい聞こえてんだろ?久し振りだからってシカトすんなよ」

 

『…今』

「ん?」

 

『…今、何時だと思ってる』

「あ…!えっと、夜中の2時頃かと~」

 

『乙女の睡眠時間を邪魔するとか死んだ方がいいんじゃないか?』

「えっと、悪い。ちょっと今さっきまでパーティーだったもんだからハイになってたみたいで『言訳無用!』

 

 ブツッッ!!

 

 キーンと耳鳴りを残すほどの大音量で怒鳴られて念話が切られる。

 はあぁ…、初っぱなからしくじった、幸先悪いな。

 

「帰るか」

 

 アキバの街改変計画一日目はこうしてずっこけながらスタートをきった。

 

 ─次の日─

祝宴の後片付けをした。アキバの街の改変なんてやってる暇なし。大忙しだったよ。

 

 ─その次の日─

 アキバの街に帰ってきてからは毎日食べている〈三日月同盟〉での朝ごはんを今日も美味しく平らげ、朝の型稽古をする。

 あちらの世界から続けている朝の日課だ。習慣というのはなかなか抜けないもので十年以上も続けていると実感するのだが俗に言う、やらないと逆に調子が出ないというのは本当のようだ。

 本当は朝ごはんの前にやるんだが昨日が片付けを終えて疲れて寝過ごしてしまったから朝ごはんのあとに今日はする。

 

 睡眠は大事、きちんと六時間以上は寝ましょう。

 一昨日夜中に人を起こした奴の言うことじゃないのは自分でもよくわかってます。ハイ

 

日課を終えたところで〈三日月同盟〉にある人物が尋ねてきた

 

「よお、シロエ。おはよう」

「おはよう奏。マリ姉たちに会わせてもらっていいかな?」

 

 シロエは昨日の夜みたいな何かを迷っている感じは消え、なにがなんでも成し遂げようとする覚悟を感じさせた。へぇ、さすが師匠。

 

「待ってろ。すぐ呼ぶよ」

 

 昨日まではご馳走の食べ残しや酒瓶が転がっていた〈三日月同盟〉の会議室は、今や綺麗に片付けられて爽やかな空気を漂わせていた。

 

 巨大なテーブルを囲むのは5人〈三日月同盟〉のギルマスであるマリエちゃん、会計を取り仕切るヘンリエッタさん、戦闘や狩りを面倒見ている小竜、実質的に〈三日月同盟〉を取り仕切る3人とその後ろで腕組みして壁に体を預けている俺、その向かい側に腰かけているのがシロエ

 

「今日はシロエさんからお話があるとかで」

 

「内容はうちらも聞いてへんのやけどね」

 

 小竜が歳上のシロエに会釈をしながら会話を切り出し、それにマリエちゃんが続く。

 対するシロエの表情は硬い。

 愛嬌のある丸メガネも今は全く役に立たない程に今のシロエの目付きは鋭い。もとから凝視グセのあるシロエではあるがそれでも今はそれを踏まえても迫力を感じさせるのだから3人もなんとなく察してはいるんだろう

シロエが何か大切なことをしに来ているのは。

 

「お世話をかけます。先日の大宴会はありがとうございました。マリ姉も〈三日月同盟〉の皆さんも」

 

 シロエの言葉にマリエちゃんはブンブンと手を振って気にせんでと、言葉を返す。

 ヘンリエッタさんもアカツキちゃんのことをすみずみまで堪能させてもらいましたとうっとりとした表情で逆にお礼を言う。

 

 アカツキちゃん涙目だったよな。かわいそうだったな…。

 

 挨拶もそこそこにシロエは本題に入る。

 

「知り合いの子ふたりがとあるギルドに勾留中というか、所属させられています。そのふたりを助けたいと思ってます」

 

 初心者の双子の姉弟。姉がミノリ、弟がトウヤというらしい。

 シロエが〈エルダーテイル〉がまだゲームだった頃に一時の間世話をしていた双子の姉弟が、〈EXPポット〉を新人プレイヤーから巻き上げて金に変えている〈ハーメルン〉にいる、らしい。

 

「だから、退場してもらおうと考えています。」

 

「退場って。潰すって意味ですか?PKでもしてプライドをへし折るとかそんなことじゃない…?その……。ギルドそのものを潰す。そんなことできるんですか?」

 

 小竜がおずおずと声をあげる。まあ、普通は無理だわな。

 

 ギルド解散は、ギルマスが解散決定をするかすべてのメンバーがギルドから脱退するかのとっちかだ。

 ギルドを解散させるなど喧嘩の売り言葉や買い言葉、罵倒ぐらいにしか普通は聞かないもの。計画としては実行するには非現実的すぎる。

でも、

 

「いいえ、文字通りの意味です。アキバの街から退場してもらいます」

 

 だよね。小竜の疑問は真っ向から否定された。

 

 そのときシロエのうちにある強い決心が顔を覗かせたのを感じた。

 

「シロ坊……。シロ坊の気持ちはわかる。せやけど……、うち……。いや、うちはな……」

 

 マリエちゃんは口ごもる。口から出ようとするのは謝罪の言葉だろう。

 

 〈ハーメルン〉を潰すということが成功するかは置いておいて、その行為は〈ハーメルン〉のバックにいる大手ギルドを敵にまわすことになる。

どこにでもあるような規模の中小ギルドである〈三日月同盟〉ではひとたまりもない。

 

 ギルドマスターとしてシロエの願いを断ろうとしている。ヘンリエッタさんや小竜のギルドの幹部に言わせるんじゃなくてギルドマスターとして自らが。

 けれどその言葉もシロエはきっぱりと遮る。

 

「マリ姉。悪いですが残りも言わせてください。これはまだ半分です。〈ハーメルン〉なんてもののついでです。そんなのじゃ足りない。まったく届きやしない。そこにいる奏はアキバの街を支配するとまで言ってのけた」

 

「「「えっ!?」」」

 

 マリエちゃんたちは半信半疑の顔をして後ろを振り向き俺の顔をまじまじと見る。

 ニヤリと笑みを返しほんとだよと伝える。

 

「でも、奏。君じゃ無理だ」

「ハイ?」

 

 アレ?

 

「だから僕がアキバの街を掃除をする(・・・・・・・・)。だから奏は僕に力を貸してほしい」

 

 俺の眼をじっと睨み付けるように見据えてそう強く宣言するシロエ。

 そして数秒の空白の後にまたマリエさちゃんたちに語り出す。

 

「〈ハーメルン〉なんてもののついでです。ミノリとトウヤは友人だから助けます。

けど、それさえもついでです。僕たちには他にやらなきゃいけないことがたくさんあるんです。

こんなことで時間をとられていていいわけないんですよ」

「異世界に飛ばされちゃってるんですよ僕たちは。力を合わせてサバイバルをしなきゃいけないこの状況を蹴飛ばしてまで、こんなカッコ悪いことをやりつづけるんですか?みんな、舐めてませんかね。─異世界を甘く見すぎてます。必死さが足りなすぎる」

 

 

 言葉も出なかった。

 俺も含めてシロエを除く四人は凍りつかされた。若干一名は単純に自分じゃ無理と言われたからだが。

 

 リスクはでかい、しかしリターンも飛躍的にでかくなった。

 「この街全体を変える」そのリターンは、中小ギルドの地位向上だ。

 でも、これは、魂の問題だろ。

 

「うちは……」

「力を貸してください」

 

 シロエが初めて頭を下げた。

 

「シロエ様?他のお仲間はどうなさいました?」

 

 言葉を探すマリエちゃんを助けるようにヘンリエッタさんが口を挟む。直継やアカツキちゃんのことだろう。

 

「調査と準備にかかっています。挨拶が遅れてごめんなさい。僕シロエがギルドマスターとして、ギルドを結成しました。〈記録の地平線〉っていうのがその名前です。今のところは直継、アカツキ、にゃん太、そして僕の4人がそのメンバーで、今回の任務(ミッション)は、その最初の作戦になります」

 

「ギルド……作ったんや」

「はい。誘ってくれていたのに、すみません」

「ううん……」

「ううん。そんなん、謝ることない。そか。シロ坊……。おめでとうな?ギルド、作れたんや。シロ坊、作れたんやね。おうち、作れたんやね」

 

 マリエちゃんの目には小さな涙の粒が見えた。

 心の底から祝福している。そのことは奏は眼で見ることをしなくても十分に感じ取れた。

 

「マリエさん。……話だけ、聞いちゃダメかな?俺、興味ある。俺たちは街での活動も多いし、

やっぱりシロエさんの言う通り悪い雰囲気感じてきたよ。この街はずっとこのままいっちゃうのかと不安に思ってた」

 

 小竜が言葉少なに意見を述べた。ヘンリエッタも言葉を添えた。

 

「ええ、協力できるかは手法によります。まったく目処こが立たない計画には乗るわけには参りませんでしょう?シロエ様」

 

 二人の言葉に後押しされるたマリエちゃんも「シロ坊、話してや」と促した。

 

 そこから語られたシロエの作戦は慣れている俺でさえも驚かざるおえない驚天動地の奇策だったがそれでこそ腹黒メガネといえるものだった。

これならわかる。俺じゃ無理だわ。成功率が違いすぎる。

 

 

 そしてマリエちゃんの答えは、

 

 

「うちら〈三日月同盟〉はシロ坊の作戦に乗る」

 

 

 

─アキバの街改変計画改め、アキバの街の大掃除計画始動─


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