ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第四話 俺の屍を越えて行け?はっ、俺の道にてめーの死体なんか転がしてんじゃねーよ

 破壊された城門。耳障りな奇声が広く雑踏とした集落に飽和する。

 

 居候の恩義があるおやっさんの困り事を聞き、調査に乗り出した俺と千菜。

 幾つものゴブリンとの戦闘の末の探索で発見したのはゴブリンたちの大規模な集落だった。

 

 〈式神遣い〉で小鳥を飛ばし簡単な偵察を済ませた俺たちは相談の末に集落に侵入することにした。

 千菜は正面から堂々と城門をぶち破り適当にゴブリンをあしらいながら隠れてやり過ごし、俺は千菜にゴブどもが意識を向けている間に裏から堂々と隠れて入らせてもらっていた。

 隠密行動はあまり得意じゃないけど、そこはアイテムの力で誤魔化せる。索敵能力は俺の眼は一級品。力場を視ればどこになにがいるかなんて手に取るように分かる。かくれんぼの天才(おに限定)と言われていたのも伊達じゃない。

 正々堂々正面から不意打ちって魅せよう

 

 

           ◆

 

 

「うーん、ちょっとこれはきついかな~なんてね……」

 

 目の前というか四方八方をゴブリンたちに囲まれ威嚇の奇声を浴びせられる千菜。

 四面楚歌っていうんだろうけど、どうもゴブリンじゃ迫力に欠けちゃうな、などとこの軍勢に囲まれてもどこ吹く風で独白するがそんな呑気なことを言ってられるような優しいて状況じゃない。

 

「女の子相手に大勢で囲んで威嚇なんかしちゃって…」

 

 手にそれぞれの武器を持ったゴブリンたちはジリジリとにじり寄り今にも襲いかかろうと距離を詰めてくる。

 ほんの少しでも千菜が動けば回りを囲んでいるゴブリンたちは躊躇なく飛びかかるだろう。

それでも千菜は気にした風もなく両の手に持つ紅の薙刀〈千紫万紅の大薙刀〉をくるりと一回転させてゴブリンたちを挑発するように啖呵を切る。

 

「舐めてんじゃないわよ。姫の御前よ。頭が高いわ。ひれ伏しなさい」

 

 スイッチが切り替わったように剣呑な目付きに代わりゴブリンたちを睨み付け、飛びかかろうとするゴブリンよりも早く身の丈を越える紅の薙刀を大きく振るい咲き狂う極炎の花と触れたものをなんの躊躇もなく切り裂く斬撃を容赦なく浴びせる。間合いに入ったものから肉片に変えられ灰とかす。

 

 

 その攻撃力は〈冒険者〉の域をはみ出していた。〈冒険者〉でありながら 〈冒険者〉を逸脱していた。

 

 

 千菜のサブ職業は〈極者〉だった。ロール系のサブ職業の中でもトップクラスの変り種のサブ職である。

 特技の種類はサブ職の中でもっとも少ないたったの一種類。

 

〈ステータス変質〉

 

 冒険者には様々な能力値というのがある。

 筋力値、敏捷値、回避値、防御値、魔法値、etc.

 この様々な能力値が複雑に絡み合い干渉し合うことで攻撃の速度、破壊力や魔法に対するダメージが決まったりする。

 本来ステータスというのはレベルの上昇や減少、サブ職のボーナス効果、装備の効果、アイテムの効果でしか変化することはない。

 それぞれのメイン職で基本ステータスというのは固定されているのだ。あとは自分のビルドに合わせた装備やサブ職を利用することで個性を出していくものなのだ。ステータスそのものを変質させる特技は〈極者〉しか持ち合わせていない。

 

 理屈は単純明快、ただ削って付け足すだけ。

 自分のいずれかのステータス値を削り、自分の好きなステータスに削った分だけ足し合わせるのだ。

 千菜はただ純粋に攻撃力が上がるようにステータスを割り振った。

 

 ダメージ量は攻撃の速度と重さに影響を受ける。

 防御力も回避性能も魔法すらも切り捨て攻撃に一点特化した超攻撃型ビルドが千菜の選んだ道だった。

 武士の派手な一撃特化の特技との相性もあいあまりその攻撃はレイドボスにもっとも近い唯一無二のものへとなっていた。

 

 その壮絶なる破壊力からつけられた二つ名が〈覇姫〉

 

 あまりに突拍子もない話に信じるのは実際にその破壊力を見た一部のレイダーのみだったが〈覇姫〉というただならぬ二つ名から千菜が只者ではないことは大きくプレイヤー間に広がっていた。

 

 勿論、〈極者〉の実装時、同じようにいうところの極ぶりをしなかったプレイヤーがいなかったわけではない。ピーキー過ぎてネタにしかならなかったが。

 

 防御力に特化すれば火力が足りなさすぎてヘイトを保ちきれずに仲間がやられ、MPがそこをつけば敵に延々と殴り続けられる生き地獄を味わい。

 

 回避に特化すれば、単純に火力足らねぇ、防御も足らず、必中攻撃の低火力な一撃も相殺できずにお陀仏と何がしたいのかわからない結末を呼び。

 

 普通に攻撃力に振る以外使い道がないと考え攻撃力に振っても一対一ならともかく敵が複数だと一体に気を使ってるうちに他のやつから意識が少しでも離れるとやられるため普通に戦った方が効率良いと単純明快な答えに行き着く始末

 

 千菜が〈極者〉を使いこなすほどになったのも、自分の胆力とダメージ遮断魔法をノータイムで途切れることなく扱う神祇官(カンナギ)の兄とその周囲にいた二刀流の接近魔法使いなんかの常識とはかけ離れたプレイヤーがいたお陰だろうと、千菜本人は考えているのだった。

 

「ほら、もっとシャキッとしなさいよ。腰が引けてちゃ私には一太刀も入らないわよ。死ぬ気で来なさい」

 

 伝わっているかはわからないがゴブリンたちにいい放つ千菜。既に戦闘にはいって身の丈を越える薙刀を全力で振るう数はいくつになったか覚えていないが薙刀に一切の衰えはない。

 けれども肉体的には余裕綽々だとしても精神の方はそうはいかない。

 

 斬っても斬っても一向に減る様子もない敵。周囲を常に囲み続ける敵意。少しでも気を抜けば儚く散る命。

 

 集中力は人並み以上にある。それでも一人で相手取るのには限界がある〈冒険者〉のそれを越えられても人の限界は越えられない。いずれ限界がくる。だから…

 

「全員静まれえぇ!!」

 

「やっと来た…まったく、遅いんだから…」

 

 張りのある怒号がビリビリと空気を揺らす。

 声の出所の方向には黒の外套を羽織った奏が立っていた。だが、いきなり現れた第三者よりもゴブリンたちにはその手に握られた鎖に簀巻きにされたものに視線を集めさせられた。

 鎖に簀巻きにされていたのは彼らのトップ。この集落のリーダーであった。

 全身が傷だらけではあるがまだ死んではいない。まるで加減されたようにかすり傷や殴打の跡しか身体にはみる限りでは見当たらない。

 その姿にゴブリンたちは動きを止まらざるおえなくなる。ゴブリンの世界は階級社会。自分よりも階級の上のものの命を犠牲にするような行動はとらない。

 

 そこを奏と千菜は利用した。真っ正面から挑んだらたった二人の〈冒険者〉じゃこの集落にいるゴブリン全てを討伐することなんて出来やしない。

 一騎当千なんて物語の中だけだ。

 現実は質より量。たかだか二人腕のたつ〈冒険者〉がいたところでその何十倍もの敵を全滅させるなんて不可能だ。

 

 だから集団のトップを捕まえてしまおうと。

 

 千菜が真っ正面から乗り込み雑兵を引き付け、裏から忍び込んだ奏が正々堂々正面から不意打ちってトップを叩く。

 

 作戦は成功。ここの集落のゴブリンのトップ、ゴブリン村長と呼ぼう。ゴブリン村長は無事に奏たちの手に落ちた。

 

「さて、お前らよく聞け!そして少したりとも動くんじゃねえ!動けば即座にコイツの首をはねるからな!」

 

 奏は腰の黒刀を抜き放ちゴブリン村長の首に据える。いつでも首をはねることが出来ることをアピールする。

 

「これから、今すぐにこの集落を捨てこの地から去れ!さもなくばコイツの命はない!全員がこの集落を出ればコイツも一緒に解放してやる!」

 

 恐喝

 

 言葉が通じているかは定かではないがニュアンスは伝わっているのだろう。ゴブリンたちは武器をその場に置き集落の裏口へと散っていく。次々とゴブリンたちは集落から立ち去っていき集落は空っぽになっていく。残っているのは奏と千菜とゴブリン村長だけ。

 

 ゴブリン村長は歯を食い縛り奏を憎しみの籠った眼で睨み付けたまま目線を外さない。

 奏はそんなゴブリン村長を一瞥してからゴブリンたちが去っていった方向を見た。

 

「そろそろだな…」

 

 ポツリと奏が独白する。その時、爆音と地響きが三人を襲った。遅れてゴブリンたちの醜い奇声が響いてくる

 大きな砂煙が立ち上ぼり集落を囲む高い城壁を越えてその姿を覗かせる。

 砂煙の上がる方向は、先程までここにひしめき合っていたこの集落に住む者たちが問答無用に追い出されいく宛もなるか先に進むこととなった方向だった。

 

「ウガアァァッ!!」

 

 奏が手下たちに何かしたのだと根拠もなく直感的に悟ったゴブリン村長はもはや大人しくすることができないように前のめりになって奏に咆哮する。

 しかしゴブリン村長を縛る鎖は切れることも綻ぶこともなく無慈悲にその身体を縛り付ける。

 

「騒ぐんじゃねえ。俺がお前らを見逃すことなんか出来るわけねえだろ。俺はアサクサのみんなに恩があるだけじゃなくて〈大地人〉っていう存在に恩があるんだ。このあとに他の大地人の村を襲うかもしれないお前らを放っとけるわけねえだろうが」

 

 まあ、説明してやっても聞こえちゃいねえだろうけどな、とゴブリン村長を一瞥することもなく告げる奏

 

 千菜は奏から受け取った鎖を握って腕を組んでじっと立っている。表情は先程からピクリとも変わらない。

楽しそうでも辛そうでもない。興味なさげにゴブリン村長を見つめるだけだ。

 

 奏も千菜も最初からゴブリンたちを見逃すつもりなどさらさらなくゴブリンたちが集落を捨て別の土地に行こうとするところを罠に嵌めて一網打尽にするつもりでしかなかった。

 予定通りに雑兵は罠に嵌まり、恐らく全滅とまでいかなくとも八割以上は死んだだろう。

 それだけ強力な罠を奏は仕掛けてきた。そのお陰でかなりの散財をするはめになったが、八割も削れれば戦力としては全滅に等しい。

 

 爆音と地響きは止まったが先程まで大音量で鳴り響いていた音が頭の中に反響してしばらくの間はやみそうにない。

 気分の悪い音を頭の中に残しながら奏は抜いていた黒刀をゴブリン村長の首に据えた

 

「俺には受けた大事な恩がある。その恩に俺が報いるために、不本意だろうが…」

 

 鎖に縛られ身動きのできない身体に躊躇いもなく光も飲み込むような黒い刀身が吸い込まれていく

 

「俺のために死んでくれ」

 

 数百を越えるゴブリンを従える集落の長は辺りに金貨と少しばかりレアなアイテムを落とし、引き換えにその命を身体から手放した。

 

 

 一人の偽る者は明日を笑うために獣を殺す

 獣は殺され海を渡り輪を巡る

 偽る者は今日を笑う

 死んだ獣は地にとける

 子は違う

 ただ歪んでいたから殺された

 違わなければ何か変わったのだろうか

 


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